デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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相澤先生は平常運転。

【もくじ】
01.除籍(仮)
02.???:青山優雅(あおやまゆうが)

※2の方が長いです。しおり代わりにご利用ください。
※2の方に残酷な描写があります。
※青山くんの個性に原作改変が入っています。



(2)除籍(仮)

 

01.除籍(仮)  

 

────────

 

「んじゃ、パパっと結果発表」

 

1年A組の担任教師、相澤(あいざわ)は宣言通りパパッといった。

 

(ひいらぎ)うてなさん、除籍です」

「「「「ええーっ!?」」」」

 

雄英高校のグラウンドの中央。

集まった体操服姿の生徒達が驚きの声をあげる。

 

雄英高校の入学日当日である。

相澤は生徒の困惑を置いてけぼりにしつつ抜き打ちの『個性把握テスト』を敢行した。

そして、レクリエーション気分だった生徒達を追い込むかのように、とんでもない条件を追加する。

 

『トータル成績最下位の者は除籍処分としよう』

 

除籍とは、文字通り雄英高校の生徒名簿からその名を除かれるということだ。

高校生ですらなくなるということ、幼少期から積み上げたキャリアを喪失するということ。

明確な後ろ盾を持たない、あるいはそういったものを意識してこなかった未成年にとっては、あるいは『死』すら意味するもの。

 

晴天の霹靂(へきれき)に生徒達は必死で身体を動かし、全ての種目を終え、悲喜交々(ひきこもごも)の表情で集合した直後の出来事であった。

 

「ハハッ、ウケる」

 

名指しされた生徒、(ひいらぎ)うてなは、自分の前に立つ金髪爆発頭から飛び出した嘲笑に、ビキビキと血管を浮かべた。

 

相澤から見て、柊うてなという女生徒は、誰に対してもおずおずとした態度を取る、引っ込み思案な少女だった。

あの入試の実技試験で見せた()姿()とは真逆の態度。

しかし、このテスト中、この男、爆豪(ばくごう)勝己(かつき)とだけは徹底的に反りが合わない様子だった。

 

相澤は一年A組を受け持つにあたり、根津(ねづ)校長から心理面のアドバイスをいくつか受けていた。

そのひとつが柊と爆豪、この二人に共通する精神的未熟さについて。

 

生徒達は全員未成年。それぞれのこころの成長は(いびつ)で、もちろん子どもじみたところは誰にだってある。

そんな中で、成人間近になっても極端な幼児性を残してしまうケースがある。

 

それに共通する傾向が入力の拒絶であった。

内面に形成された独自の世界観に適わぬ情報を知覚した時点で排除する行為である。

拒絶された内容は時を重ねるにつれて経験の格差に変わり、大人に近づけば幼児性として発現する。

 

爆豪の方はそれが癇癪(かんしゃく)という形で激しく現れているが、長期的にはそこまで心配は無かった。

彼は理想が高く、他者を選別しようする悪癖があるだけ。

非行にはしる不良生徒が持ちやすい傾向のひとつという程度だった。

この多様性主義社会において自らを競争の中に置く場合、その選別行為自体が余計なコストのかかるものだと気がついてしまえば、すぐにも改善されるだろう。

 

一方、柊の方はもう少し深刻かもしれない。

彼女は自分が好きなものを取り除いて、自身を取り巻く社会を平坦に捉えている。

外界に何も期待していないが故に、入力を見過ごしてしまう。

斜に構えるポーズ、思春期のそれとは異なる、強固な無関心。

 

幼少期にネグレクトなど、なんらかの生育阻害を受けた子に起こりやすい傾向だと、根津校長は語った。

もちろん、調べた範囲でそのような記録はないし、家庭のプライベートな事情にそこまで踏み込めない。

そのため、相澤はもっと手探りになるだろうと思っていたが、蓋を開けてみれば同レベルの相手をぶつけた程度でヘイトが生じた。

 

(いいじゃないか。全くの「期待ゼロ」ではないんだな)

 

あるいは、趣味嗜好(しこう)の類が普通の人とかけ離れているだけなのかもしれない。

 

「その……理由をお伺いしても……?」

 

柊はおそるおそる、尋ねてきた。

 

「俺は『個性』を把握するテストだと言ったはずだ。『個性』を使ったと思えば使わなかったり、適当こきやがったお前はその趣旨に沿って頑張ったと言えるのか?」

「……ごめんなさい」

 

「A組の中では、特にお前と八百万の個性はロジカルで万能だ。今回のルールで一番有利だったんだよ。仮に俺が、お前の『個性』を知ってる範囲だけでも使えてたら、寝袋に入ったままで三位以内だね」

「ひええ……」

「お前は明らかに手を抜いた。それが失格の理由だ」

 

ざわついていた生徒全員、いつのまにか静まり返っていた。

初日からこんな厳しい指導が来るとは誰も思っていなかった。

 

「どうして『個性』を使わなかった?」

 

柊は困ったように、目を逸らし、小声で答えた。

 

「その……公平(フェア)じゃないと思いまして……」

「ハァ!? ()めプかよゴラァ!」

 

それを爆豪が聞き(とが)めたが、柊は無視して話を続けた。

 

「わたしの『個性』は、外から好きなだけ補強できます……これはそういう趣旨のテストじゃないと思い……あぅ……すみません……」

 

説明しようとした柊は、途中から相澤の視線に負けてしまった。

 

「そういう趣旨だったんだよ。そう思ったならなんで()()()()()()? 最下位になってもよかったのか?」

「い、いえ……」

八百万(やおよろず)さん。君はどうだったかな? 自分の個性がどんなもんか、ちゃんと見せてくれたよな?」

 

柊をへこませた相澤はターゲットを変えた。

突如話を振られた女生徒、八百万はびくんと背筋を伸ばす。

 

「わ、私は……その……!」

「君は柊と違って、『個性』を使うたびに自分の体を削る。だからもちろんペース配分も見せてもらったよ。成績は文句なしの一位さ。必死で考えてやってくれたと信じてるよ」

「う、うぅ……」

 

明らかにそう思ってない目と表情。()き出しの猜疑(さいぎ)を込められてそう言われた八百万は震え上がってしまった。

 

彼女は最初から除籍なんてウソだと思っていた。

ここまでやるとわかっていれば甘えはなかった。

そう考えてしまい、自らの甘えと高慢に気がついて、今はプルプルと恐縮していた。

 

「いいか、君達。上げ膳据え膳で世話してやるにも、インプットが必要なんだよ」

 

相澤が視線を上げると、生徒全員がぴりりと注目した。

 

「わかってくれるよな? 与えられた時間は決まってるんだ。君達が教師に正しい情報を恵んでくれないと、その分教師も君たちをヒーローに仕上げることが難しくなる。テストでいい成績出したとしても、指導があまりにも難しければ、俺達は諦めるぞ。雄英高校の教師にはその権限がある」

 

「「「……」」」

 

「いいな。これから先、無駄な授業も、テストもないんだよ」

 

「なー、センセイよぉ」

 

話が途切れたところを見計らって、爆豪が口を出した。

 

「言ったよなぁ、『最下位は除籍』って」

「ああ、言ったな」

 

びっ、と親指で後ろの少女を差した。

 

「コイツは()めプかましたけど成績は最下位じゃねぇだろ? 下に四、五人はいるはずだ」

「お前よく見てるなぁ。その通り。柊は総合で十五位だ」

 

相澤は手に持ったスマホのディスプレイを立体表示モードに切り替えた。

ぶん、と音が鳴り、二十行の表組みが空中に投影される。

 

画面には今行ったテストの総合成績、その順位一覧が映し出されていた。

それを見ようと、生徒達がさらに距離を詰めて集まってきた。

 

「アンタの言葉がウソじゃねぇなら、コイツとセットで降ろさないといけない奴がいるんじゃねーのか? それとも十五位より下は全員アウトか?」

 

「「「うわぁぁぁぁ!!」」」

 

成績下位の生徒達が悲鳴を上げた。

 

十六位の瀬呂(せろ)は爆豪の袖を引っ張りながら怒鳴る。

 

「爆豪テメェ余計なことを!」

「引っ張んな」

 

その後ろからスパァンと十九位の葉隠(はがくれ)が爆豪の頭をはたいた。

 

「恐ろしいこと言わないでよぉ!」

「……」

 

女性から(たた)かれるのに慣れ切っていた爆豪は無反応だった。

 

「後の祭りなんだけどさ、ウチはもーちょい『個性』使うべきとこがあったかも」

「いやー、オレの『個性』じゃどうしようもなかったわ。体鍛えねーとなー」

 

十八位の耳郎(じろう)と十七位の上鳴(かみなり)は納得と諦めのムードである。

 

「ああ、オイラ、終わった……」

 

最下位だった峰田(みねた)は膝と手をつき、地面に涙を落としていた。

 

「おお、なんだ、カス共が」

 

奇しくも、彼らの教室における座席の位置は、爆豪の周囲に集まっていた。

それに気がついた爆豪はそれをニヤニヤと面白がる。

 

「どいつも俺の周りの席じゃねぇか。全員除籍されたらだいぶスッキリするなぁ」

「ひどすぎだろお前!」

「俺らがカスならテメェはその中心だよ! カスの爆心地(グラウンド・ゼロ)だよ!」

 

相澤は順位表を見ながらつぶやいた。

 

「ま、そういうことになるかな」

「「「ヒィィッ!!」」」

 

立体ディスプレイを閉じる。

 

「でも却下します。今回は『君らの最大限を引き出す合理的虚偽』ってことにしといてやるよ」

「「「助かったぁーっ!!」」」

 

槍玉に挙げられていた生徒達が一斉に万歳のポーズをした。

そこで爆豪はニンマリ、我が意を得たりという表情で切り返した。

 

「ハッ、それがウソだってんならよぉ、センセイ?」

「オイ、もうやめてくれ爆豪……」

 

峰田が爆豪の足にすがりついたが振り解かれる。

 

「そのゴーリテキキョギってやつに(ほだ)されなかった、あいつは一体何が悪いんスかぁ?」

 

言われた相澤は一瞬だけぽかんとした顔を見せた。

 

「意外だな……お前人を(かば)うとかできるのか」

「庇っとらんわ!!」

「はいはい、その言い分を認めましょう。柊」

「あっ、はい?」

「『仮』にしといてやる。イエローカードだ。次やらかしたら無条件でアウトだからな」

「えっ……!」

 

柊の表情が変わった。

相澤はここが釘の刺し所だと判断する。

ずばっと指を差し、指先で柊の額を軽く押した。

 

「お前は自分の中で決めつけるな」

「えっ?」

「お前が勝手に割り切っているだけで、本当は()に落ちていないことがたくさんあるはずだ」

「それは……」

 

相澤は柊に話しかけていたが、他の生徒も何人かは身につまされるところがあるのか、そのやりとりに耳を傾けていた。

 

「それに自分で気がつけるようになれ。そして外に問いかけろ。これはヒーローに最低限必要な『わがまま』だ」

「……」

「お前がどういう奴なのか、その実力を、『個性』を、ちゃんと見せつけてくれよ。このヒーロー科における合理性、公平(フェア)とはそれだ」

「……はい。わかりました」

 

「どうしても付いていけないってんならいつでも除籍してやるぞ。どうだ? やれそうか?」

「はい、やります……(かじ)り付いてでも」

「よろしい。励みなさい」

 

相澤は視線を動かし、ギロリと生徒全体を見た。

生徒達はびくりとしながら彼に注目する。

 

「……予定より早く終わったな。いったん解散だ。ラスト三分だけ事務的な話をするから着替えたら教室で席ついて待ってろ」

「「「「はい!」」」

 

開始時のバラバラだった雰囲気はどこかに吹き飛び、生徒達は一斉に元気よく返事をした。

すっかり恐怖政治の体制である。

そしてみんなノリがいい。

 

相澤が視線を外すと、二人の生徒が駆け出し、左右からサンドイッチにするように柊に抱きついた。

葉隠と耳郎だった。

 

「よかったねぇー! 首の皮一枚(つな)がったよぉ!」

「ふふ、柊、あんたいきなり崖っぷちだね……おお、これはなかなか暴力的な……」

「ふぇ!?」

 

二人は申し合せたわけでもなく、気落ちしているであろう柊を励まそうと自然に動いたのだった。

その気遣いに気付かない柊はきょとんとしたあと、急激に顔を火照らせている。

 

その様子を見てラッキーでスケベなチャンスと思ったのか、峰田まで駆け寄ってきた。

 

「うわーん、ありがとよ柊ィ! お前が最下位未満のカスのおかげでオイラ助かっだぶげろばぁ!!」

 

その男子生徒の声色は切実だったが、その顔面は煩悩にまみれていた。

そのまま柊の腰に飛びつこうとしたが、葉隠と耳郎のダブルキックで迎撃される。

小柄な体は蹴飛ばされてゴム鞠のように跳ね転がり、ボロボロになって倒れた。

 

「「……」」

 

障子(しょうじ)口田(こうだ)、巨漢の二人が無言で峰田の両腕を(つか)み、例の宇宙人のように校舎へと連行していった。

 

「次はまだプルってる八百万にしよう!」

「マジかよ耳郎さんのえっち! あっしも付き合いますぜ!」

 

そのまま駆け去る二人を見送り、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす柊。

 

「??」

 

遠くで八百万の「はわわーっ!!」という絶叫が聞こえても動かないので、相澤はもうひと手間だけフォローすることにした。

 

「追い込んだ側が言うのもなんだが……ひとりで抱え込むなよ」

「は、はい……?」

「やり過ぎない程度なら、ああやって雑に気持ちをぶつけてもいいんだ」

「……」

「重ねて言うが、せめて相談しろ」

「……わかりました」

 

考え込みながら、最後尾となった柊も校舎に向けて歩きだした。

相澤は軽くため息をついた。

 

(繰り返しになりそうだな)

 

受け口が小さすぎて、少しずつしか受け入れられない子はいる。

マンツーマンなら根気強く繰り返すしかないところだが、ここには頼りになるクラスメイト達がいる。

きっと放って置かれはしないだろう。

こうしてちょっと交流させただけでわかる位、みんないい奴らだ。

そうだとわかってしまえば、とっくに情まで移っていた。

彼はそんな甘い男だった。

 

悪いところは変えられなくてもいい。

それがどうでも良くなる位に伸びてしまえよ。

 

相澤は今年も生徒達にそう願った。

 

 

──こうして初日のホームルームが終わると、生徒達はめいめい帰る準備をしたり、お喋りに興じたりしていた。

 

「それでは、飯田(いいだ)くん、私はこれで……また明日よろしくお願いします」

「うむ! また明日な!」

 

重そうなボストンバッグを片手に退室する柊うてなを見送り、飯田が振り返ると、複数の生徒がニヨニヨしながらこちらを注目していた。

 

「な、なんだ君たちは!?」

「にしし、飯田くんや、柊さんとずいぶん盛り上がってたねぇ?」

 

芦戸(あしど)に呼び止められた飯田は少し慌てた表情でカクカクと腕を振った。

 

「あ、いや、ひ、ヒーローの話をしていただけだ。柊くんとは縁があってな。入試の時に声をかけられたんだ」

「わぉ、柊さんからいったの? 意外と肉食系だぁ〜」

「飯田お前ェ! 前世でどんだけ徳を積みやがったんだ!」

 

芦戸と峰田が茶化すと、飯田の腕振り速度が加速した。

鍛え抜かれた太い腕は振り回すとブンブン風切音が鳴る。

 

「そ、そういうのじゃないんだ! 助けてくれ(ムゲン)女子!」

「麗日お茶子です! 私も入試で柊さんに助けてもらったの。お礼言いたかったのにさー、飯田くんが独占しよった!」

「そうだったのか! 申し訳ない!」

 

プンスコな麗日に向かって飯田はビシッと腰を九十度に曲げた。

 

「明日、俺が責任を持って柊くんにきみを紹介しよう!」

「自分でやるからええわ!」

 

「なぁ、柊って結局どういう『個性』なんだ?」

「ああ、テストの時全然使わなかったよな」

 

峰田と上鳴の疑問に、麗日がぱたぱたと意味不明なジェスチャーを交えて答える。

 

「柊さんはすごいんよ! ガチャガチャのキューでフィギャーンなんだよ!」

「もうちょっと擬音以外の情報をくれ」

 

教室のドアが開き、耳郎と八百万がお手洗いから戻ってきた。

 

「あちゃあ、もう半分帰っちゃったかー」

「致仕方ありませんわ。残る方々にお声がけ致しましょう!」

 

響香(きょうか)ちゃん、どしたのー?」

「みんな、ちょっといい?」

 

耳郎が教室の中央に集まっていたグループに声を掛けた。

 

「あのさ、八百万(ヤオモモ)とも話してたんだけど、先生言ってたじゃない?」

 

『放課後マックで談笑したかったならお生憎(あいにく)様。これから三年間、雄英は全力で苦難を与え続ける』

 

「ウチ、ちょっと納得しちゃってさ。別にマックに行かなくなるってわけじゃないだろうけど、あんだけガチなのが続いたら、ウチらの方が気分変わっちゃうんじゃないかなって」

「あー、なんかそれ、わかるかも」

「オイラも受験勉強中はそういう気分になれなかったなぁ……え、あれがずっと続くの?」

 

耳郎の声がいたずらを計画するような声色に変わった。

 

「だからさ、今のうちに行っとかない?」

「「おお……」」

 

聞いていた生徒達もなるほど、という反応をする。

 

「あとね、八百万(ヤオモモ)がマック行ったことないんだって!」

「「「マジで!?」」」

 

八百万はプリプリと張り切った表情で両手を組んだ。

 

「皆様、どうか(わたくし)めに何の理由も、目的もなくマックでダラダラするという社会経験をさせてくださいまし!」

「ヤオモモが張り切ってる」

「ヤオモモかわいい」

「お高く止まってると思い込んでた今朝のウチを助走つけて殴りたい」

 

「イイじゃん! 行こう行こう!」

「俺もマックは受験ぶりだぜ」

 

上鳴と砂藤がその提案に快諾した。

 

「青山はどうする?」

 

青山は窓際の席で飄々(ひょうひょう)と過ごしていたが、窓の外を見て、何かに気づくとガタッと立ち上がった。

 

「ゴメン☆ 僕は迎えを待っていただけなんだ。リムジンが来たからお先に失礼するよ、さよなら(アデュー)

 

そう言いながらささっと帰ってしまった。

 

「リムジン! セレブやないかーい!」

「あいつも独特な奴だなぁ……」

 

「わっ、私もリムジンを回しましょうか? 十三人くらいは乗れますわ!」

「こっちもセレブや!」

「いやいや徒歩でいけるから!」

 

同じく窓側にいた切島と瀬呂も混ざってきた。

 

「もちろん俺も行くぜ! 爆豪は? あっ、いねぇ!」

「ヤオモモのお願いスルーしていっちまったよ。あ、俺も参加ね」

「ホントひでぇなあいつ!」

 

一方、麗日と飯田は残念そうな顔で参加を辞退した。

 

「ごめんねぇ、明日から忙しなるし、その前に買い出し行っときたくて」

「俺も本日は家族の手伝いを頼まれているんだ。大変申し訳ない!」

「いーよいーよ、気にしないで……んじゃ、このメンツで行こっか。放課後マックで談笑会!」

 

「「「オーイェー!!」」」

 

 

 

 

02.???:青山優雅(あおやまゆうが)  

 

────────

 

『違うのは……とても怖いから』

 

1年A組の生徒一人、青山(あおやま)優雅(ゆうが)が校門を出ると、見慣れた大型の乗用車が停まっていた。

 

両親が仕事関係の接待にて回す車で、さすがに毎日の通学で乗り降りするのは稀だった。

入学式や卒業式、その他ちょっとした節目の時くらい。

 

運転席から顔馴染みの運転手が会釈をする。

いつもと違ったのは、その運転手ではなく、彼の両親が車から降りてきたこと。

優雅の姿を認めて、彼の両親はいそいそと近づいてきた。

 

「パパン、ママン……」

「来たな、お疲れだ、優雅」

「さあ、車へ乗って。早く出発しましょうよ」

 

優雅は両親を挟んで、後部座席の真ん中に座らされた。

車が動き出す。

 

「どうして来たの?」

「ははは、サプライズさ。優雅の大切な日だったからね……」

「サプライズ……」

 

その()()()は、一番聞きたくなかった。

 

「これから外でランチにしよう。いい店の予約が取れたんだよ!」

「優雅の好きなサン・マルスランもあるのよ?」

 

「ちゃんと()()()か、確認しに来たね?」

 

優雅自身も驚く位、冷たい声になった。

脅かすつもりはなかったので、申し訳ない気持ちになる。

 

「いや……」

「優雅……」

 

優雅は抱えていた鞄から何かを取り出した。

心配そうに見つめる二人に、にこりと笑って見せる。

 

「ちゃんと()()きたよ。この通りさ☆」

 

それは雄英高校の巨大な校舎を案内するためのパンフレットだった。

各階の簡素な見取り図に、優雅の手で印が書き込まれていた。

印は各部屋の大まかな扉の位置と大きさ、設置されたセキュリティ装置の種類を意味している。

入学当日、ホームルームが始まる前に、道に迷ったフリをして歩き回った力作だった。

 

「あ、ああ、助かるよ……」

「流石だわ!」

 

それを見て、彼の両親は心から安心した顔をした。

 

 

一年前、青山家は『あの人』から唐突に、一人息子を雄英高校に送り込めという指示を受けた。

 

青山優雅は『無個性』で生まれた。

彼の両親は、優雅があるべきものを持たない、誰とも違う人生を送ることをとても心配した。

優雅もまた、幼な心に、それを怖いと思った。

それは同調心理と呼ばれるものだったが、分別のつかない幼い子どもにとって、それを抱え込むことは、暗く(よど)んだ水面に飛び込んでいくようなものだった。

 

(そんなボクのわがままを聞いてくれた、パパンとママン)

 

その後、親切な『あの人』を通して『個性』を手にいれる。

同じ『あの人』から不可解な指示が来る、その日まで、青山家は幸せに過ごしていた。

 

その指示を受けたとき、優雅は貰った『個性』とおっかなびっくり付き合いながら普通のヒーローを目指し、普通に過ごしていた、普通の少年であった。

 

もちろん一家は最初、それを拒否した。

優雅自身、そもそも「普通」な自分が、雄英高校に受かるとは思えなかったからだ。

 

すると『あの人』はおもむろに裏切り者が処刑される様を見せつけてきた。

自分たち家族と、もう一人以外はだれもいない場所で、突然その中のひとりが『あの人』に助命を乞いながら爆散したのだった。

その「ショー」は何度か繰り返された。

 

一家はその時ようやく、自分たちが正体の見えない悪意に絡め取られたことを知る。

優雅の前に、再びあの恐ろしい水面が現れたのだった。

 

その日から、優雅は己を鍛え始めた。

そうしないと雄英学園など合格できはしないから、生き残るために、必死で。

そういう気持ちもあったのだが。

 

まだ、夢想していたのだ。

ここから輝かしく、(キラ)めいた人生を取り戻す道を。

華麗に巨悪を倒し、家族を救い、幸せな人生を送る未来を。

 

そのための牙を自分なりに磨き続けていた。

少年はとっくに人と違う道を行くことは恐れていなかった。

 

彼は、家族の絆を、両親を、とても愛していた。

そして今、この()()()()が起こったことで。

少年の覚悟は急速に固まり、そして暴走に至りつつあった。

 

(愛の証明は十分貰った。きっと返せていないのは僕の方なのさ。だから……)

 

優雅は左右に座る両親の手を取った。

 

「パパン、ママン、心配しなくても大丈夫」

「優雅……」

「ありがとうね、優雅、私たちを助けてくれて……」

「ボクは二人を護るためならなんでもするよ。そう、()()()()、ね☆」

 

車が一時停止したタイミングに合わせて、優雅は自身の『個性』を発動させた。

ブレザーの腹が破れて散り、そこから光の矢が生じる。

 

放たれた光はほんの一瞬だけだったが、運転席のシートを貫通し、ハンドルを握る運転手の頭部をかすめて、フロントガラスを貫通した。

 

「そのまま動くな」

 

息子の突然の凶行に、左右の両親は半狂乱になった。

 

「なっ!? 優雅!?」

「きゃああああっ!」

「運転手の貝橋(かいばし)さんはね、ものすごく綺麗好きなんだ……」

 

優雅は平然と座り、淡々と語るように見せていたが、その顔には大量の脂汗が浮いていた。

その背筋はぴんとのび、膝の上においた両手は拳を握り、震えていた。

 

「そっ、そんな、()()()()()()()匂いさせたまま、車に乗るような人じゃないんだよ!」

「……ヒヒヒ、せぇーいかぁーい」

 

運転手は笑いながら、何事もなかったかのように運転を再開する。

 

「警告はしたぞ!」

 

優雅はさらにベルトから光を放った。

今度は運転手の頭の左半分を貫いたが、運転手は運転をやめなかった。

そして、そのグロテスクな断面を見せつけるかのようにこちらに振り向いた。

 

「「ひぃぃぃ!?」」

 

「ヒョロガリのお坊ちゃまだと聞いていたが……なかなか覚悟決まってるじゃねぇか?」

 

優雅はガタガタ鳴る歯を()きだして見せた。

 

「君のせいだよ。(ヴィラン)の下郎め。お、お前はここで()()()()()()!」

「おおっと、この車はお宅のモンだぜ? そしてこの身体もこう見えてご本人さ。ここで()()()()にしちまうのはどうなんだろなぁ?」

 

頭が半分になった男が(あざけ)りながら運転席の天井を拳でコンコンと(たた)く。

崩れたはずのその頭が、顔が、グミのように真っ赤な塊に変わったかと思うと、元の見慣れた運転手の姿を取り戻した。

 

だが、その顔は本物なら絶対しなさそうな、品のない、醜悪な笑みをしていた。

 

「人殺しにならないで済んだなぁ? 俺様の素晴らしい力に感謝しろよ?」

「くっ……」

 

彼の両親がようやく状況を理解し始め、喚き始める。

 

「どういうことなの、貝橋?」

「ま、まさか!? あ、『あの人』が!」

「ウソよ! だって私たちはこうして献金も()()()も……」

 

「フフ、もう()()()なんじゃないかな? 僕たち」

「そんなっ……」

 

絶望的な表情をこちらに向ける両親を無視して、優雅は目の前の男をにらみ続けていた。

馴染みの運転手と入れ替わった(ヴィラン)

 

目的が誘拐であることは明らかだったので、まずそれを阻止しようと試みたが、失敗した。

こちらの攻撃が全く通じていないようで、優雅は早くも手札が尽きてしまった。

そのまま一分ほど運転を続けた後、その男はつぶやくように言った。

 

「……この辺でいいか」

「一体何が起きているんだ!? 頼む、教えてくれ!」

「うるせぇよ」

 

運転手の後頭部から緑色の液体が流れ出し、車内に凄まじい悪臭が漂い始めた。

緑色の液体はそのまま巨大な人間の上半身のような形に変わり、後部座席を抱え込む勢いで流れ込み、眼前に迫ってきた。

 

「ひぃぃぃ!」

「きゃあっ!」

 

再び恐慌する両親。

優雅は口から恐怖を吐き出しそうになるのをかろうじて堪えた。

そのまま(ほお)を膨らませ、涙を浮かべ、ただ己の頼みとする『個性』を、ベルトを目の前の怪物に向け続ける。

 

「なぁに、用があるのは坊やだけさ」

 

その、わずかに砂色が混じった深緑色の異形が口を笑顔にした、そんな気がした。

 

「坊やは降りろ。親は逃がしていいと言われてる」

「わ、わかった。言うとおりにする。だから、パパンとママンを行かせてくれ」

「早く済ませろよ」

 

異形はずるりと吸い込まれるように運転手の身体に戻り、車を降りた。

 

「パパン、ママン、そういうことだから」

「優雅!」

 

唐突な誘拐劇に(おび)えながらも、優雅はかろうじて気丈を保っていた。

状況を(かんが)みずに悪く言えば、彼はこの時、物語の主人公感に酔っていた。

 

『あの人』に見放された。だとすれば。

もはや一線を超えてしまった僕たち家族を、助けてくれるものなど、もういないんだ。

善意の輪を出てしまった僕たちは、これからずっと全てを疑い、全てに(おび)えて生きるしかないのだ。

それならば、もう、全て排除するしかないじゃないか。

 

極論だった。

本来、優雅は()()()()、手を差し伸べて暴走を抑えてくれる、初めて本当に信用できる人達と絆を育むはずだった。

だが、その()の手はあまりにも早く、そして周到だった。

 

「パパン、運転はできるよね? 二人はこのまま家に帰って」

「優雅……」

「大丈夫だよ。こういう回りくどい手を使うということは、まだ。わかるよね?」

「あ、ああ……そうだな……私たちにはまだ立場がある……そのはずなんだ」

「ダメよ! 優雅! こんなところにあなたを置いていくなんて!」

「大丈夫だよママン。ボクもすぐ戻るから。()()()()()()んだ。いいね?」

「ああ、優雅……!」

「優雅……わかってくれ、私も、ママンもお前のために……!」

 

(どの口が)

 

それは一体、自分と父親、どちらの心の声が漏れたのだろうか。

優雅はすっかり泣き顔の父親に向けて、今まで見せたことのない、柔らかい笑顔を見せた。

 

「わかってる☆  護るから。必ず戻るから。愛してるよ」

 

リムジンが走り去る。

一人残された優雅は辺りを見回した。

 

降りたのはなんの変哲もない住宅街、であったはずだ。

そのはずだったのに、いつのまにか足元は土と砂に、周囲の風景は岩だらけの荒野に変わっていた。

 

「なんだ? ここはどこだい? ねぇ……」

 

運転手、あの異形もまた姿を消していた。

 

(いや、違う)

 

周囲の音を、動きを警戒する。

 

(僕だけが別の場所に移された……飛ばされたのか?)

 

こんな何もない場所で何をするつもりなのか?

それはなんだか想像がついてしまった。

だが、新しい疑問も生まれた。

 

(もしかして僕の『個性』を知らない奴か? こんな()()()()()()()場所を選ぶなんて)

 

少し希望が見えてきたかもしれない、と思った。

そして案の定、それは現れた。

 

「うっ……! やはり僕を始末するつもりか……」

 

現れたのは岩でできた人形だった。

問題は、その背の高さが二階建ての家くらいあるということだった。

その腕を振り回されれば、怪我や昏倒では済まず、肉団子にされてしまいそうな。

それが、優雅を取り囲むように、六体現れ、そして即座に襲いかかってきた。

 

「ね、ネビルレーザー」

 

恐怖に震えながら、優雅は腰につけたベルトを操作する。

そのベルトは、「身体に合わず暴走する彼の『個性』を制御するため」に作られた、特別なサポートユニットである。

その紹介文は一字一句間違いなくその通りなのだが、それでいて全てが欺瞞(ぎまん)だった。

 

身体に合わない……その通りだ。そもそもこの『個性』は生まれつき優雅が持っていたものではない。

暴走する……これもその通りだ。この『力』は徹頭徹尾暴走し続けているようなものである。

だから、機械の力を借りて、日頃から『個性』の力を制御し続けているのだ。

 

()()()()!!」

 

力の制御と引き換えに、一秒以上照射するとお腹を下すようになる……それがこの()()()()()()だった。

 

「据え膳!」

 

ベルトの発射口から光線を放ちながら、優雅は両手を広げてくるりと回転した。

その照射は彼が二回転するまでの()()()続いた。

 

彼を取り囲んでいた岩人形が、一体残らずバラバラになって崩れ落ちる。

その後方にある、いくつもの岩山を巻き添えにして。

 

「楽勝☆ それじゃ逃げるか……」

 

ぱち、ぱちと、控えめな拍手の音が聞こえた。

優雅は思わず足を止め、そちらを向いてしまった。

 

「お見事です。見立て通り、良い『個性』でしたね」

 

(ああ、そうか、君なのか……)

 

紫色の髪をした、小柄な少女だった。

それは先程まで教室を共にしていたばかりのクラスメイトの女生徒だった。

入試の実技でも同じグループだったから覚えている。

随分と強い『個性』だなとは思っていたが。

 

(だが、彼女なら僕の敵じゃない☆)

 

切り抜けられる自信はあった。

しかし、まだ問題は残っていた。

 

優雅は明確な害意を以て他者に暴力を向けるのが、この時が生まれて初めてだったのだ。

慣れるはずのない行為に、身体が、あるいは心まで震えていた。

 

それでも彼はポーズを決めて、ウインクも決めて、心と身体に目一杯の虚勢を張った。

 

こんばんは(ボンソワール)(ひいらぎ)さん、だったかな☆ これは『あの人』の差し金かな?」

「さて? どうでしょうね?」

「フッ、『あの人』の本命は君で、僕はその予備でしたってトコかな?」

「?」

 

その少女は一瞬、怪訝(けげん)な表情をしたが、優雅を指さして続けた。

 

「あの学舎(まなびや)は、ヒーローの未来そのものです。わたしは、それを(けが)そうとする者を、何人たりとも許しません」

 

「……どの口が言うんだか」

「全く仰るとおりなんですけどねぇ……」

 

「それで? 僕をどうするつもりだい?」

 

話しながら、気づかれないように、慎重に姿勢を変えていく。

確実にそれを仕留められるように。

 

「それをこれから相談したいのです」

 

向かい合う少女は笑顔のまま淡々と告げた。

 

「なにやら認識の齟齬(そご)もあるようですし。お互い、もう少し腹を割ってお話しをしてみませんか?」

「お断り☆」

 

(さら)っておいて何を言う!)

 

優雅は身を屈めながら半回転し、『個性』の光を放った。

背後からゆっくりと近寄り、彼を捕まえようとしていたテカテカの岩人形が、その光に切り刻まれた。

 

「鏡面装甲程度では抜かれますか。実に良い『個性』です」

「メルスィ!」

 

その少女がくい、と指を上げると、まるでドミノ動画を逆回ししたかのように無数の岩人形が立ち上がった。

その整然とした変化に優雅はぎょっとする。

 

(もしかして、ここら一帯全部()()なのか!?)

 

昼間だったはずなのに、空はなぜか真っ暗で、見渡す限り、砂と岩しか見えない荒野だった。

遠くに人工物らしき、灯りのついた灰色の塔が見えていることから、完全に人里離れたような場所ということではなさそうだ。

だが、月明かりはあまりにも明るく、岩に反射して灰色に輝いて、どこか異世界じみていた。

 

優雅はベルトから光線をばらまき、岩人形を破壊していく。

迫りくるそれらをとにかく破壊していかないと、視界すら覆われそうになるのだ。

それくらいの物量だった。

 

だが、彼の光もまた留まることを知らなかった。

 

その光はレーザーのように真っ直ぐ飛んだ。

その光は空間を通過する際に熱や電磁気を伴ってはいなかった。

その光はそれ自体が()()()()を持っていた。

その破壊能力は光が触れた空気すら破壊し、その反動で彼自身が吹き飛ばされることもあった。

 

「その『個性』の本質は()()。すなわち『破壊光線(ディスインテグレード)』」

「!」

 

言い当てられて少し驚くが、それで戦術は変わらないため、聞き流した。

 

「あらゆる物質を穿ち、原子まで崩壊し、中性子に変えて宇宙に帰す、超常の光の剣」

 

ずいぶん大仰に表現してくれる。

だがこっちはそれどころじゃない。

 

「それをあなたは、抑え込んでいる。機械の力で、身体に負担を強いてまで」

 

(しゃあしゃあと!)

 

パパンとママンが困るのをわかっていながら()()()()()のは誰だ。

手に負えないからって、捨てるつもりで『与えた』のだろう?

周囲の処理に忙しくて、『個性』を止める暇すらなくて、いよいよ苛立ってきた優雅は叫ぶ。

 

「当たり前だ、こんな『個性』!」

 

彼は溜まりに溜まった鬱憤をぶちまけた。

これまで発したことのない音量で、野太い大声が出た。

 

感情の昂りに合わせて、光の幅が太くなっていく。

それに包まれた岩人形達が何も残さず消失していく。

 

「こうやって、いつかきっと全部台無しにしてしまうんだ! 最悪な『個性』だ!」

 

生まれて初めての、まじりっけなしの感情を吐き出す。

思わず目に涙が(にじ)んだ。

 

「それでも、パパンとママンがくれたものだから!」

 

この『個性』でキラめいて見せるのだ。

両親の愛に応えて見せるのだ。

 

「ボクのために、あんな怖くて苦しい思いをしながら生きているパパンとママンが! この先何も報われないなんてボクはそれこそ許さない!」

「ですが、あなたはもう()()()()()()()()()ね」

「黙れぇっ!」

 

八つ当たりだと自覚しながらも、目の前の女に怒りが向く。

その女はこちらの表情を窺いながら、なんらかの感情を抑え込みながら、こちらを(あお)ってきた。

 

「なんてお優しい。なんて愚かな。あなたはきっと『善いヒーロー』になれたでしょうに」

「知った風な……」

 

(そうだ、なんで気が付かなかったんだ)

 

岩人形達の主である、この女をどうにかしてしまえば。

 

(こいつを殺せば終わりじゃないか!)

 

『その(ギョク)はもはや欠けてしまった』

「知った風な口を聞くなぁぁ!」

 

絶叫する。涙が止まらない。

なぜこんな(ヴィラン)が、そんなこと言うのだ。

 

そうだ、もう、元には戻らない、戻れない。

何も抗えず震えながら、ひたすら正義を夢想していられたあの頃には、もう。

 

『あの人』の手助けをしてしまった。

その結果どうなるかは、もはや関係がない。

自分の心がそれを受け入れてしまったこと自体が瑕疵(かし)だった。

 

(クズの(ヴィラン)は、僕の方だ)

 

彼にとって、心とは偽り様がないものだった。

そこを譲ってしまえば、もう逃げられる場所などどこにもないのだと、窮していた。

 

優雅は少女をにらみつけ、二度目の殺人を実行しようとした。

 

(ヴィラン)め、恥を知れ!」

 

もう、誰にも顔向けできない。

 

「消えてしまえ!」

 

ああ、もう消えてしまいたい。

 

渾身の光が優雅の身長よりも大きな直径の束となり、目の前の少女ごと、前方の岩人形を薙ぎ払っていく。

その先頭にいた、上半身を消失した少女の残骸が、突然真っ白になってどろりと崩れ落ちた。

 

そして、正面にいたはずの少女の声が、耳元でささやいた。

 

「でも、気持ちいいでしょう? 抑えずに、出し切るのは」

 

いつのまにか、少女は優雅の背中に密着していた。

そしてするりと片腕で羽交い締めにされた。

背中に何か柔らかいものがのしかかるのを感じた。

 

「は、離せ!」

 

片方の腕は空いていたが、どれだけ振り回しても少女の身体に届かない。

脇から首に回されたその細腕は鉄の棒のように動かず、人並みの腕力しかない優雅では振り解けそうになかった。

 

「全力を振り絞るって、素敵ですよね? なんだか自分の心まで解けていくようで……」

 

少女のもう片方の手が破れたシャツの下にすべりこみ、優雅の腹をまさぐり始めた。

 

「ああ、私もまた出し切りたい。オールマイトと戦った、あの日のように……」

 

首筋を何か濡れたものが這い、鳥肌が立つ。

その手の平も、舌も、ゾッとするほどに冷たかった。

 

「もっと、やりたくありませんか?」

「ぐぁっ!?」

 

彼の腹を撫でていた、その指が三本、めりこんだ。

その指は、まるで豆腐に指を突っ込んだかのようにあっさりと皮膚を破り、その奥の、さらに奥まで達した。

 

「全てを倒し、全てを守れるような、力が欲しくありませんか?」

「あ、ああああっ!!」

 

遅れて、激痛がやってきた。

ようやく異物の存在に気づいたのか、全身が熱を持ち、血圧が上がり、筋肉が硬直していく。

それでも、その冷たい指を押し戻せない。

それはより深く食い込み、傷口を押し広げていく。

 

「あ゛ッ! あ゛ッ!」

 

喉から搾りだされる声は、もはや悲鳴ではなくただの反応だった。

腹筋を引き裂いていく指の動きが止まらない。

 

「そのお力、さらに強く、鋭く、激しくメチャクチャに解き放ってみたくありませんか!!」

「ゔああぁぁッ!!」

 

めり込んだ三本の指が、一気に横に引かれた。

腰に巻いていたベルトが弾け飛んでいくのが見えた。

 

優雅は自分の腹に三本の熱が残ったのを感じた。

それをやった背後の少女の息に、愉悦が漏れ出て混じっていた。

 

「ハァ……(わたし)に染まれば、全てが叶うとしたら、どうしますか?」

 

拘束が解かれる。

優雅は赤いものを噴き出す腹を抑え、膝をついた。

月明かりでまぶしいほどだった視界が、急に暗くなった気がした。

腹筋は痛みを通り越して微かな(しび)れだけを残し、もはや力無く痙攣(けいれん)するばかりで、呼吸も絶え絶えになる。

 

「そうすればもう、そんな、おフランスかぶれのナルシストの振り、しなくてもいいんですよ?」

「ムッ! こっ……これは素なんだけど!」

「えっ?」

「隙あり☆」

 

優雅は残された力を振り絞った。

どうか当たってくれ。

消えてしまってくれ。

そう願い、引き裂かれた腹から破壊の光をばら撒いた。

 

数秒後、光が消えると、目の前には自分の『個性』に削られて穴だらけになった地面が残っていた。

そして、その女は無傷で立っていた。

 

「……今のはわたしの運が良かった。まだやれるのですか? そんなお腹で?」

「フフッ、元気いっぱいさ、ベルトが外れた僕は、こ、これからが本番なのサ……☆」

 

当然、ハッタリだった。

優雅はかろうじて立ち上がっていた。

内股で、腹を両手で抱え込む、この姿勢を変えることすらもうできないだろう。

今、お腹から何がこぼれ落ちたのかなんて、見る勇気もない。

 

「それでも、なるんだ。ヒーローは、まけないんだ」

「あはっ♪」

 

優雅は、目の前の少女が浮かべた満面の笑みを、嘲笑(ちょうしょう)と受け取った。

 

そりゃそうさ、もうふさわしくない。

それでも……それでもだ。

優雅は立ち続けるために、ひたすらに念じた。

 

「キラめくんだ、パパンとママンがくれたこの『個性』で、僕は、ヒーローに……」

 

ベルトを失い、腹の肉まで引き裂かれた。

それでも、まだ自分は撃てるという感覚があった。

だから奇襲だ。自身の腕ごといってやる。

 

「せめて、ふたりを救ける、ふたりだけのヒーローに……」

 

避けるということは、当たりたくないという事、当てればどうにかなるという事だ。

こいつは倒せる。押しているのは自分の方なんだ。

 

「なるほど、なるほど。そこまでして、なりたいんですねぇ。ヒーローに」

「ぐ、ぐっ……?」

 

その女は無造作にこちらに近づいてきた。

チャンスとばかりに『個性』の光を放とうとした優雅は、だが撃てなかった。

 

よりによって、このどうしようもない土壇場で、この女の余裕にあてられて、無駄撃ちさせられる可能性を警戒してしまった。

それは、全てを投げ出そうとした優雅の命を守ろうとする肉体と精神の、無意識の、そして渾身の正常性バイアスだった。

 

嘔吐(おうと)感を覚えることなく、口から自然と血が溢れ出てくる。

もうだめだ。これは長く持たない。

 

『なれますよ』

 

その女が手を伸ばし、優雅の血に濡れた手で、そっと彼の顎を(つか)み上げた。

 

『あなたのお父様とお母様』

 

こちらを見下ろす少女の顔は、ちょうど月明かりの影になり、優雅には見えないはずだった。

 

『その手が届く範囲だけの、限られた一握りの、誰かのためだけの』

 

そのはずなのに、その暗黒の表面に、三本の光の線が、笑顔のような弧を描いて見えた。

 

『そんな()()()()()()になら、まだなれますよ? どうします?』

「悪魔め……」

 

その言い草に唾棄してやりたかった。

だが、その言葉が、彼を(つな)ぎ止めていた何かをぷつりと切ってしまった。

急激に腹圧を失った優雅はそのまま意識を飛ばし、倒れ伏した。

 

 

 

──闇の扉が中空に生まれ、そこから小柄な黒いぬいぐるみのような、異形の生物が現れた。

 

荒れ果てた大地の中央に真っ赤な何かがぶち撒けられており、その中央に少年がうつ伏せになっている。

それと向かい合うように、血まみれの制服を着た少女も立ち尽くしていた。

 

「あ、ヴェナさん」

「なにこれ」

 

その声がため息混じりに聞こえて、少女は慌てて弁解しようとした。

 

「あ、そ、そのぅ、つい……」

「確かに、()()()()なら大丈夫とは言ったけどさぁ」

「あっ……あはは……」

「これはさすがに()()()()()なんじゃないの? ちょっとはボクにも気を使って欲しいな」

「ごめんなさい、わ、わたしも結構溜まってたんですよぅ……」

 

両手の人差し指を突き合わせながら、控えめに反論する少女。

その異形は両手を広げながら肩を(すく)め、首を傾げた。

 

「うてな、これはただの老婆心というものなんだけど」

「はい……」

「キミは最近、『欲望』に偏りすぎていると思うんだ」

「そ、そうでしょうか……」

「そうだね。せっかくだから、ヒーロー科で本格的に精神面を鍛えてもらうのはどうかな」

「それは……ええ、前向きに検討します」

 

何かを考え込むようなしぐさのまま、その少女は自分の手で闇の扉を開いた。

そして、その中に踏み込んで消えていく。

 

「では、後はお願いします」

「お疲れ」

 

残った異形は、残された血の海に向かって手を(かざ)した。

 

「やれやれだ。やっぱりベーゼは扱いづらいね」

 

異形が何かの仕草をすると、周囲の地面全体から黒い霧が立ち上り始める。

やがてそれが落ち着くと、周囲は湖の水面のように黒い平面が広がる世界に変わった。

 

「『魔力』の源泉は感情の奔流。確かにそうなんだけど」

 

灰色の大地と共に、血まみれの少年もその平面の中へと沈んでいく。

 

「もうちょっと均衡が取れてないと、ボクが介入しづらいんだよね」

 

やがて、その異形も同じ闇の中へと沈んでいった。

 

 

 

 






【あとがき】  トップにもどる

ここで初期八百万さんのメンタルフラグを折っていたり。

次回、**:ビギニング
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