デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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彼の独自路線がはじまる……

【もくじ】
01.田等院:出久捕まる
02.雄英高校:更衣室にて
03.デク:ビギニング

※本文、ヒーロー公認制度のくだりは原作改変です。



(3)デク:ビギニング

01.田等院:出久捕まる  

 

────────

 

午後、よく晴れたその日の名残を輻射熱(ふくしゃねつ)として街に残しながら陽は傾き、空が色づき始めた頃。

雑居ビルの屋上で、出久(いずく)は菓子パンをかじりながら双眼鏡を構えていた。

 

「今日は平和だったな……」

 

場所は田等院(たとういん)という、彼の自宅からもっとも近い鉄道駅がある街である。

 

彼はカメラの魅力に目覚めてから、街で見かけたヒーローを撮影することを趣味としていた。

当初は遭遇率の高い場所に当たりをつけて街を歩き回るだけだった。

だが、カメラの操作に慣れ装備も充実してくると、こうして見晴らしの良い場所で待ち構えるようになった。

その後念願の大型レンズを手に入れ、十分な射程距離を得たことで彼のスタイルは完成する。

 

傍目から見るとそれは、カモフラージュネットを被り、その陰で大筒を構えて何かを見張る不審人物であった。

パパラッチもしくは背中に立たせない系の暗殺者と判定されても可笑しくない程度の。

 

母親の努力により近頃ようやく身だしなみという概念を理解した、というレベルで自らの容姿に頓著しない性格も、その外見を助長した。

 

なお、出久はビルの所有者から事前に屋上の使用許可は得ているし、その目的も説明しているし、何なら成果物のコピーも提出している。

しかし、その所有者が会ったのは身元も明らかな、制服を着ていて受け答えのはきはきした好感の持てる少年であり、現場に現れるのが完全装備の不審なモジャモジャ頭だとは想像もつかない。

現実とはそういうものであった。

 

「春休み中が異常だったんだ……ほぼ毎日だったもんな」

 

パンを()みながら、出久は春休みの日々を思い出す。

 

ここ数週間、この田等院では(ヴィラン)事件が頻発していた。

毎度、大暴れする(ヴィラン)を現地のヒーロー達が総出で制圧するという大捕り物である。

 

始めの頃は無邪気にそれを大漁だと喜んでいた。

しかし、レンズ越しに疲弊し始めたヒーローの表情を見て、出久は正気に帰る。

ヒーロー達への感謝と尊敬を思い出した少年は、それからはささやかながら支援をしようと決意した。

 

少しでも早く(ヴィラン)の出現を確認し、映像のエビデンスを添えて正確に通報する。

 

行政は緊急通報をネット越しでも受け付けており、AIを使って機械的にフィルタリングするそのシステムは、条件が揃えば口頭より早く、正確な情報を近隣で活動する警察官やヒーローまで伝達してくれる。

超常黎明期に開発され、公認制度と共に整備拡張された、ヒーロー飽和社会に必須のインフラのひとつであった。

 

「学校始まったし、そろそろ終わらせるべきかもな」

 

出久はこの春休み中、こうして街を見張り続けていた。

それは趣味と実益を両立するための、彼の実質的な師にあたる人物に教えてもらった手口。

それは罪悪感マネジメントとも言う。

 

ふと、微かな振動を感じた。

 

「!?」

 

出久はとある可能性に気がついてカメラの三脚を(つか)む。

向きを変え、太陽の位置に合わせて絞りを調整し、カメラ背面のディスプレイをにらんだ。

 

高さ20メートルを超える、巨大な女性の人影が、二車線道路の車線をひとつを塞いで立っていた。

 

まず目に入るのは腰まで伸びた、よく手入れされた金髪。

その髪がさらりとシルエット全体に流れ落ち、体のラインをこれでもかと強調したぴっちりコスチュームを下品すぎないところに抑え込んでいる。

今も微妙にポーズを意識した姿勢で立っている、現在この街でもっとも話題のヒーロー。

 

「Mt.レディだ。(ヴィラン)が出たのか? ちょっと遠いな……よし、今日も良いケツをありがとうございます、と」

 

慣れた手つきで三脚を調整し、カメラの固定具合と角度を確認した後シャッターボタンを押した。

Mt.レディは向かい合う建物の屋上に立つ、コスチュームを着た男性と会話をしているようだ。

出久はその男性に焦点を合わせると、目を丸くした。

 

「おお!? あれはコンパス・キッド! ……こいつはレア映像だ!」

 

慌ててカメラを構え直し、シャッターを押す。

ヒーロー年鑑を何度も読み込んでいる少年は、そこまで有名とは言えないようなヒーローの情報まで記憶していた。

 

「彼は一般企業勤めの兼業ヒーローなので活躍の機会は少ないけど、ユニークな探知系『個性』を持つベテランヒーローなんだ。数年前の事件で爆発に巻き込まれて瀕死の重症を負ったけど、奥さんの地獄のリハビリメニューを乗り越えて、去年奇跡の復活を遂げて大バズりした。むしろ義手になったことでその『個性』は精度が良くなったとも言われていて……」

 

出久は夢中になると、思ったことをブツブツと独り言として口に出してしまう癖がついていた。

 

「今日は出張してきたのかな……個性は『指差し』、条件によっては探知系として最強格の……!?」

 

その『個性』は、何の手がかりが無くとも、一定範囲内にある本人が望むものへの方角を指し示す。

 

「いや、まさかだよな……」

 

今日は静か過ぎた。嫌な予感はとっくにあった。

それでも目新しい光景に興味が先に立ち、そのまま眺めてしまった。

 

『好奇心は猫をも殺す』

 

誰かのつぶやきを思い出したのは、手遅れになった後。

出久の心のどこかにまだ「どうせ自分になんて誰も興味を持たないだろう」という思い込みがあった。

 

コンパス・キッドがくるくると回転し始める。

やがて回転が止まり、出久には遠すぎてよく見えなかったが、そのヒーローの指がぴたりとどこかを差した。

その瞬間ぐるりとMt.レディの首が動き、カメラで見ていた出久と目が合った。

 

「!?」

 

その目元が、顔が、にまぁと(ゆが)み、唇が動いた。

それは特に読唇など知らない出久でも、読めてしまった。

ここ最近、ニュースで彼女のインタビューを毎日のように見ていたから。

 

『ミ・ツ・ケ・タ』

「ウソだろ? 四百メートルだぞ!?」

 

出久はばっと立ち上がり、機材をかき集めてリュックに放り込む。

 

Mt.レディは道路をゆっくりとこちらへ向かって歩いていた。

いや、ゆっくり歩いているように見えるだけで、実際には周りの自動車と()()していた。

 

「やばい……やばいやばぁぁい!」

 

追われる可能性に出久は心当たりがあった。

 

出久は自らの趣味であるカメラに真摯に向き合っているつもりではあった。

一方で、過去の成功体験から、彼の趣向は映像美を求める方向に偏っていた。

その遊び心として、そして少しばかり承認欲求を満たすために、ネットの掲示版サイトに自ら撮影した写真の中でも若干センシティブな香りのするものを選んで投稿していた。

 

最近ではMt.レディの尻を強調してセンターに収めた写真などを。

 

もちろん年齢制限に引っかかりそうな要素は、匂わせ程度にとどめている。

家族友人に顔向けできるよう、自分なりにまっとうな趣味の活動におさめてきたつもりだが、それでも家宅捜索なんて事になったら何がしか泥を被ることは避けられないだろう。

よって、どんな理由で追われるにせよ、ここで捕まるのはかなり都合が悪かった。

 

「うおお、行くぞワンチャンダイブ!」

 

出久は暴れる(ヴィラン)に絡まれたときの対策として、隣の建物までワイヤーを張って逃走経路を確保していた。

只今絶賛推定(ヴィラン)と化している彼の心の師匠、筒美(つつみ)火伊那(かいな)直伝の逃走術であり、使い方によっては条例に引っかかるものである。

フックを外してぶら下がれば立体起動で隣の建物の階下まで移動できる。

地上が霞みそうな程高いビルの屋上で、ぶっつけ本番の()()をさせられたことがある出久は、すっかりそのコツを(つか)んでいた。

 

出久は緩めたワイヤーを(つか)んで飛び降りようとしたが、その前に巨大な手がワイヤーを摘み上げた。

 

「うわぁっ!?」

 

出久はワイヤーを(つか)んだまま離せず、蜘蛛(くも)のように逆さまになってぶら下がった。

 

「ふふ、捕まえた。惜しかったわね」

「ま、Mt.レディ……ばかな……」

 

直線距離で四百メートルは離れていた。

仮に時速50キロでも三十秒はかかるはずが、さらに十秒も早く辿り着いたことになる。

 

「摘発のときとか、最初にゆっくり歩いて見せると、なぜか皆お片付け始めちゃうのよね」

「す、スピード違反……」

「五秒セーフよ! つーか私車両じゃないし!」

 

出久のつぶやきを聞き(とが)めたMt.レディは自分ルールで笑い飛ばした。

 

「注意一秒怪我一生……」

「キミ結構言い返すわね!?」

 

Mt.レディはワイヤーを持ち上げて、それにぶら下がる出久へ顔を近づけた。

 

「ふぅん、意外……ちょっと聞きたいことがあるんだけど。このまま事務所まで一緒に来てくれる?」

「は、はい……」

 

出久の視野全体で、さかさまの美女が微笑んだ。

 

それは任意同行のお願いだったが、彼は立場的に逆らえなかった。

そろそろぶら下がる腕の筋肉が限界だったので、なすすべもなく目の前のヒーローに救助を求めたのだった。

 

 

──出久はMt.レディのヒーロー事務所まで連行された。

 

応接室のソファーに座らされ、事務員と思われる人とお茶を飲んで談笑しながら小一時間待つと、ビジネススーツを着た金髪の女性がノックなしに入室してきた。

 

それはコスチュームを脱ぎ、シャワーを浴びて化粧も直してきたであろうMt.レディその人であった。

 

「お待たせ。緑谷(みどりや)君。名前はこれ、『でく』でいいの?」

「いえ、『いずく』です」

「はーい、直しておくわ」

 

Mt.レディは出久に名刺を差し出した。

出久も慌てて立ち上がり、それを受け取った。

 

「私は岳山(たけやま)(ゆう)。プロヒーロー・Mt.レディです」

「ご、御高名はかねがね……」

「ふふ、ごめん、挨拶が硬くなっちゃったわね。お互い楽にしましょうか」

 

笑えばそれだけで場が華やぐような、そんな影響力の強い笑顔だった。

出久は彼女が着替える前──コスチュームを着ていたときの強そうな笑顔と比べて、その変わりようこれが化粧の威力かと感嘆した。

岳山に促されて再びソファーに腰掛ける。

 

テーブル越しに向かい合うと、岳山が軽く頭を下げた。

 

「まず、荒っぽいコンタクトになったことを謝るわ。(ヴィラン)の襲撃が小康状態になった今、捕まえるならこのタイミングしかないと思ってね。コンパス・キッドさんに来てもらったら大当たり」

「やっぱり、(ヴィラン)、減ったんですか」

「兆候はあったのよね。親玉と思われるヤツを派手にぶっ飛ばしたら、それまで増え続けていた(ヴィラン)の勢いが止まった。おそらくそいつが()()()()いたんだわ。徐々に減って、最近ようやく打ち止めになったって所ね」

 

出久もそれを聞いて安心した。

やっぱり、あの見張りはもうしなくてもよさそうだ。

 

(あとはこの場を切り抜けられたら……)

 

往生際の悪い出久に止めを刺す形で、岳山がタブレットを取り出した。

 

「さて、この写真、キミが撮ったということでいいかしら?」

 

タブレットの画面に映し出されていたのは、出久が撮影して掲示版に投稿した、例の尻写真であった。

出久は脂汗ダラダラで視線を泳がせた。

 

「うーん、見たことはありますが、出所までは何とも……」

「いまさらしらばっくれないでよ」

 

岳山は口をとがらせた。

 

「キミみたいなフル装備のパパラッチが他にまだいるなんて考えたくないんだけど」

「ごめんなさい! 僕が撮りました!」

 

出久は勢いよく頭を下げた。

そんなに怒ってなさそうなのを察して、正直に詫びる方向に切り替えた。

 

「まあ、これについてはそこまで過激じゃないし、不問にします」

「ありがとうございます……掲示版、ご覧になっていたんですね」

「ふっ……深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているという事よ……」

「エゴサしただけですよね?」

 

コホン、と岳山は軽く(せき)払いをした。

 

「さて、キミの持ち物とこの写真を見て、キミの撮影能力については評価しているつもりなの。この人から話、もう聞いてる?」

 

岳山の横に座る事務員の人がうなずいて、出久も肯定の返事をした。

 

「はい。壊れた建物に対する(ヴィラン)保険適用に必要な写真を撮りたい、と」

「そう。ワタシ案件は全部無条件で適用して欲しいトコなんだけど、実際は厳しくてね……ブッ壊し過ぎたわ」

 

出久は以前トップニュースになった建築中のタワーマンションが傾いた事件を思い出した。

あれは結局鉄骨を全て解体して組み直すことになり、数十億の損害が見積もられていた。

さらに商店街の一区画もまるまる営業不能になってしまい、そちらも相当の損害額になったらしい。

 

恐ろしいのはそれらの破壊と損害が、彼女がたった十秒足らず、全力で動いただけで発生したということだ。

彼女は、Mt.レディはこれからもそういうリスクまで背負ってヒーローをやらないといけない。

それを思うと、出久も協力できるならしたいという気持ちになったのだが。

 

「本当はこの人の指示で、遠隔から撮ってもらうつもりだったんだけど、気が変わったわ」

 

ここから岳山はとんでもないことを口走り始める。

 

「私ね、撮影スタッフと一緒に、相棒(サイドキック)も雇いたかったの」

「はぁ」

「やっぱり現場に踏み込めるかどうかは大きな違いよね。でも、相棒(サイドキック)って、アレがかかるじゃない? その、こっちは翌年支給なのに、プロヒーローには毎月歩合で払わないといけないアレが」

「……ヒーロー手当」

「そうそれ」

 

岳山は首だけ窓の方を見て、ボソっとつぶやく。

 

「融資を建物の損害賠償にもってかれて、手当込みで相棒(サイドキック)に支払う分がもうない」

「もう詰んでますよね!?」

 

中学レベルの経理知識しかない出久でもわかった。

岳山はがばっと前に向き直る。

 

「いいえ、あと2クォーターを凌げばなんとかなるわ! こっから自損をゼロ……いや半分にすれば!」

「自転車操業だ……」

「そこで私考えた! めっちゃいろいろ考えた!」

 

この人はなんでそんな事自分に話すんだろうか、と出久は思った。

 

「そして思いついたの。手当を払う必要のない人を相棒(サイドキック)にすればいいんじゃね、と」

「あなたは何を言っているんだ」

 

出久は相槌をうちながら、隣の事務員の人が置物のように動かないことが気になった。

 

(つまり、このひとっていつもこうなのか?)

 

あるいは、何も聞いてないフリをしている?

見ざる言わざる聞かざる?

出久は逃げる算段をし始めたが、当然間に合わなかった。

 

「キミ、『無個性』って聞いたけど間違いない?」

 

何度も聞かされた、挫折感を呼び起こす単語を、絡みつくような声でささやかれた。

先ほど話の種として隣の人に話したのだが、すでに彼女まで伝わっていた。

 

「ええ……少なくとも、五歳から十歳まで、毎年個性診断を受けてます」

「ふふ、十分だわ」

 

岳山はなぜかどや顔で言った。

 

「緑谷君、私の相棒(サイドキック)にならない?」

「はぁ!?」

 

全く、想像だにしていなかった提案をされた。

いや、小学生の頃にオールマイトからそういう提案をされる自分を夢想したことはあったけれども。

 

(ヴィラン)とのケンカは私が全て受け持つわ。相棒(サイドキック)には、それ以外の現場で起きるこまごましたことをやってもらいたいの。さっきの撮影の件も含めてね」

「待ってください、僕は……」

「大丈夫、給料はアルバイトとして拘束時間分をちゃんと出すから……」

「僕は高校生なんです!」

「はぁ!?」

 

今度は岳山の方が目を丸くした。

迷彩ジャケットに黒の上下と、今の出久は高校生とはとても思えないような格好をしていた。

 

「高校生……マジかぁー、ただの童顔だと思ってたわー。稼働時間気をつけないと……まあ時給を下げる理由ができたとポジティブに」

「それ本人の前で言うか普通!」

 

いよいよツッコミ役が板についてきた。

出久はそんな関係ないことを思いながら言葉を続ける。

 

「あと、当たり前ですけど、プロヒーロー免許なんて持ってませんよ」

「そうよね、『無個性』だもんね。あと高校生でもあるし」

 

(そう何度も強調しなくてもいいじゃないか)

出久は内心でちょっと傷ついた。

 

「でも、やりたいんでしょう? ヒーロー」

「いえ……」

「あの写真から、伝わってきたの」

 

いつの間にか、岳山が真剣にこちらを見つめていた。

 

「あの写真、あんな遠くからじゃ、私の動きを相当先読みしてないと撮れないわよね」

「……」

「きっと私だけじゃない。キミはヒーローが好きでずっとあこがれている。ヒーローの事をいろいろ考えてる。それを積み重ねて『自分ならこう動く』と思いながら撮ってる。あの写真を見て私はそう思ったの」

「もうやめてください」

 

褒められているのか(けな)されているのかわからないが、それでも自分の写真についていろいろ言及されて、出久はむずがゆくなってしまった。

 

「なりたかったんでしょう?」

「……僕はプロヒーローにはなれません」

「そうね、なれないわね。ヒーローは『個性』持ちが前提だから……でも」

 

岳山は少し詰まった後、表情を変えずにその先を言った。

 

「あなたは()()()()()()()()わよ」

「どういう事ですか? 僕に何をやらせるつもりですか?」

 

出久の表情が急激に固まった。

それに反比例するように、岳山の表情が緩んだ。

 

「回答によっては怒るぞって顔ね。そういうの、ヒーローとしては好きよ」

 

岳山は手に持っていたタブレットをテーブルに置いて見せた。

 

「たぶん、今キミは怪しげな勧誘に遭っていると思ってるでしょうけど」

「それは最初からですね」

 

出久の即答に苦笑しながら、岳山はタブレットを指差した。

 

「実は、全く筋が通らない話でもないの。税理士さんの受け売りだけどね」

 

画面にはお固い文章が羅列されていた。

タイトルは『ヒーロー公認制度に関する法律』

岳山は画面をスクロールし、文字をなぞりながら、その内容について語り始める。

 

「ヒーローの定義について、法律にはこうある。『ヒーローとは免許を受けた個性を有するプロヒーロー免許保持者本人である』と」

 

「次に、プロヒーロー免許についてはこうよ。『個性を有する者が申請した個性をヒーロー活動において使用することをヒーロー公安委員会の設置した基準と任命責任によって許可する』」

 

「最後に、ヒーロー活動について。『ヒーロー活動とは個性を有する者が自身の保有する個性を行使して以下各法に定められた基準の範囲内で救助業務、災害時における警察活動一般、緊急逮捕、個性犯罪者に対する武力制圧の権利を行使する活動とする』これらの基準となる各法は…………以下省略」

 

一息ついた後で、岳山は顔を上げて出久を見た。

 

「この文面で何か気がついた?」

 

出久はその原文を読んだのは初めてだったが、それでも自分に関わりの深いものがあったので、気になるところがあった。

必ず現れる『個性を有する』という文言。

 

「はい……『無個性』について解釈の余地があります」

「大正解。この法律ができた頃ね、日本に『無個性』がどれ位いたか知ってる?」

「えっと……」

「人口の九割よ」

「おお……」

 

超常黎明期。

裏を返せば、たった一割の『個性』持ちの中から、さらにその一部。

およそ百万人の『個性』が暴走しただけで当時の平和は溶けて無くなったということである。

 

「この法律には明文化されていない大前提が隠れている。『無個性の人は今まで通りやっていい』っていうね。これは当時、自警主義(ヴィジランテ)思想が蔓延(はびこ)る中で、この法案を通すために必要な多数派工作だった……」

 

これに続く、税理士の言葉を岳山はあえて言わなかった。

 

『後に、この【解釈】によって、多くの勇敢な【無個性】の方が犠牲となりました。確かに判例はあります。ありますが、血塗られたこの【解釈】は法曹界にとってはタブーに近いのです。ですから……』

 

もちろん私利私欲はある。

だがそれよりも今、話を聞いて拳を握りこんでしまった少年に水を差すのもどうかと思ったのだ。

 

「無個性が少ない今はもうノータッチだけど、当時そう解釈したという判例は残っているのよ。だから、最悪、()めて法廷までいっても、この解釈を一発だけなら押し通せると見てるわ。つまり……」

 

岳山はタブレットをなぞっていた指先を、出久に向けた。

 

「キミは『個性』がないからヒーローになれない。でも、だからこそ()()()()()()()()

 

出久は、なぜか、その言葉が()みた。

 

「あなた、ヒーローやれる。わたし、手当払わずに済む。ウィンウィン」

 

でも錯覚だと思い直した。

 

「……その時、岳山さんは、どうなるんですか?」

「私?」

「はい。僕がやらかしたときの話です。こんなのすぐバレますよ。そのとき、結局岳山さんがダメになるという話なら、僕はやりません」

 

岳山はその質問を、肩を(すく)めて受け流し、質問で返した。

 

「ねえ、キミは『ビッグになる』って、どういう事だと思う?」

「ええと、立派なヒーローになるという事でしょうか?」

 

岳山は首を振った。

 

「私はね、多くの人々に、大きな貸しを作ることだと思ってるの」

「なるほど」

「究極的な話、この世の全ての(ヴィラン)が私に借りを作ってしまって、私にお伺いを立てないといけなくなったら、ヒーローとは私のことになるでしょう?」

「いやそれ魔王……いえ、それはその通りですけど、なんというか、欲深いんですね」

「言い方気をつけないとモテないわよ!」

「すいません!」

「つまり、ヒーローをクビになった程度じゃ私の夢は終わらないってコト。答えになったかしら?」

「はぁ……」

「それでもいいから、私は今、私が全力で動ける環境を作りたいの。お願い。私を救けてくれないかな?」

 

出久は降って湧いたような機会に大きく心を揺らされていたが、懸命に冷静を保とうとしていた。

その上で、目の前の女性に倣い、あえて己の欲と利益に問いかけてみる。

自分が納得のいく、そして都合のいい形にするためにはどうあるべきか。

 

言い包められているという自覚はあった。

しかし、彼女の切実な表情に抗える程、確固とした正義感が育ってはいなかった。

その状態で「救けて」と言われてしまい、それほど困っているなら、という気持ちの方が勝ってしまった。

 

「……その、時給はいかほどで?」

 

それを聞いた岳山は、その日最高の笑顔で答えた。

 

「二百五十円でどう?」

「ドル円固定相場時代かよ!」

 

その後、二人は熾烈(しれつ)な労使交渉の末、静岡県の最低賃金プラス二十五円で妥結した。

 

 

 

 

02.雄英高校:更衣室にて  

 

────────

 

(おおお……)

 

耳郎(じろう)響香(きょうか)は着替えながら、内心ではのたうち回っていた。

 

ここは校内にいくつかある女子更衣室のひとつ。

ヒーロー基礎学の授業にて、No.1ヒーローことオールマイト先生の登場と共に、一着サイズの衣装ケースが生徒全員に渡された。

 

生徒各自でデザインの希望を出したヒーローコスチューム。

これに着替えて戦闘訓練をしようというのが本日の授業内容であった。

 

(あぁー、やっちゃったよ、高校デビュー……)

 

彼女は昨日、妙に高いテンションでやってしまった数々の行動を、翌日の午後になっても引きずっていた。

 

あこがれていた雄英高校の入学初日。

ヒーローへの道が目の前に開けた気がして。

気をつけていたはずなのに、想定外の事が起こり過ぎてすっかり舞い上がっていた。

 

決して示範(しはん)ぶりをアピールしたかったわけではない、そのはずなのだが。

 

(ああ、どうしてあんなノリになったんだっけ?)

 

何がきっかけだったのか、思い出してみる。

 

『ここまではコンテストだった。でもこっからはずっとオーディションだぜ、気張れよ』

 

昨日、出発前の玄関先で言われた、父親の激励。

 

(あのオッサンめ、変に格言めいたこと言うから意識しちゃったじゃんか!)

 

とりあえず八つ当たりの対象に入れておく。

 

(次はやっぱり相澤先生だ、いきなり除籍とか言い出すから!)

 

間違いなくあれでライブ中みたいなバチバチのテンションになってしまった。

怖い先生だけど、いずれ何らかの形でやり返してやらないとロックじゃないと心に誓う。

 

(……でもやっぱ、(ひいらぎ)所為(せい)なのかな、いや、所為っていうのも違うよね)

 

響香から見て反対側のロッカーで、八百万(やおよろず)と並んで着替えている少女。

八百万が百七十センチ以上あるので小柄に見えるが、響香と同じ位の身長のはずだ。

 

個性診断テストで除籍を言い渡されたときの、あの姿が印象に残っている。

 

(でも、あの時は、もっと小さく見えたんだ)

 

あの時、響香はなぜか思ってしまったのだ。

この子を笑わせるために、自分はどんなパフォーマンスを見せればいいのだろうかと。

 

そして、そこからはもう目一杯になった。

勢い余ってクラス中にちょっかいを出してしまった。

でも多分、あの子には全く響かなかったのだ。

 

(……まあ、ヤオモモと一気に仲良くなれたからいいか!)

 

なるべくポジティブな要素を切り出していこう。

ただし、クラスメイトに植え付けてしまった自分への誤ったイメージは謹んで訂正させていただきたいところだ。

 

(ちょっとずつ修正してかないとなぁ。パリピだと思われちゃうぞ)

 

響香は着替え終わり、ロッカーの扉を閉じた。

ちろりと、やらしくならない程度に周りのクラスメイト達のコスチュームをのぞかせてもらう。

 

(うう、みんなパツパツじゃん、スタイルも良いし……)

 

自分以外はみんな体のラインがくっきり出るようなコスチュームだった。

もちろん曲線の見栄えも十分だ。

何も身に着けていない子が若干一名いたが、彼女は特殊なのだ。

 

みんなパツパツにしたほうが動きやすいということだろうか。

 

(私はこのゴテゴテのパンクスタイルでも十分動きやすいというのに……)

 

メリハリに欠ける自分の身体が恨めしい。

いや、メリハリがあっても恥ずかしいものは恥ずかしいはずなのだ。

なんでそうしていられるのだ。

絶対強者の凄みというやつか。

それにしても。

 

(ヤオモモと柊、こいつらは……)

 

「柊さん、あの重たいバッグの中身は撮影機材でしたのね」

「はい、そうだったんです。オールマイト先生の授業、一挙手一投足まで記録するために……」

「ええ、世紀のナンバーワンヒーローですもの。後世に残すべき資料価値があると思いますわ」

「そうですよね!」

「ご本人に嫌がられたのは残念でしたわね」

「はい……隠しカメラに切り替えていこうと思います」

「あなた……次何かしでかしたら除籍ですのよ?」

 

「まずお互いの服装にツッコみなさいよ!」

「はわっ!」「ひゃあ!」

 

響香は思わず突撃してしまった。

昨日、この二人と少し交流を深めて、ほぼ確信に至っていることがあった。

 

(こいつら羞恥心が小学校高学年あたりで止まってんじゃないの!?)

 

「ヤオモモと柊も! あんたら何なのよその格好は! 特に柊!」

「あ、あははは……」

 

柊うてなはごまかすように笑った。

その騒ぎに部屋中の女子達が集まってきた。

 

「「「おお〜……」」」

 

少女達は二人の姿を見て、何とも言えない微妙な感嘆の声をあげた。

その二人は女子の中でも特に肌の露出ぶりが際立っていた。

 

「私は個性の都合で、肌を出さないといけないのです。こんな感じに……」

「うん、わかったけど、周りの情緒に気を配ってあげてね?」

 

八百万は少しも恥じらいの無い様子で、レオタードの大きく開いた胸のあたりを引っ張ると、コスチュームが伸びて立派な双丘が露わになった。

手を離すと、縁の部分がはだけた生地をひっぱり、ぴたりと元に戻る。

はだけては直すというのを繰り返すのが前提のコスチュームということらしかった。

 

「私も全身スーツのはずだったんですが、この超圧縮ポケット付きベルトが予算オーバーだったみたいで、スーツの方に(しわ)寄せが……でも大丈夫です、胸と腰はこうやって隠して……」

「だからってなんで逆バニーになるのよ!」

 

柊の方はもっとひどかった。

全体のシルエットで見れば、白と藤色を基調としたプロテクターつきの戦闘服である。

だが、よく見れば下は鼠蹊(そけい)部に沿ってギリギリの瀬戸際まで詰められたローライズ。

上は背中側を見ればいくつものアタッチメントがついてメカニカルなデザインである一方、前側は首から鎖骨までしか覆われていなかった。

 

つまり、前面の胸から腰にかけては白い肌が露わになっていた。

ポケットの連なったベルトを巻いて局部を隠しているだけという有り様である。

 

とどめにこっちは本人も少し恥じらいを見せるので見る側にとって大変よろしくない状態だった。

 

「柊さんえっちやなぁ……」

「うてなちゃんも露出趣味? (とおる)ちゃんと同じだね」

「ちょっと待って三奈(みな)ちゃん風評被害だよ!?」

 

「私知ってるわ」

 

カエルを模したコスチュームを着た少女、蛙吹(あすい)梅雨(つゆ)がぼそりと言った。

彼女は柊の背中側、腰に巻かれたベルトの位置を調整している。

どうも臀部(でんぶ)の露出ぶりが気になるようだ。

 

「ミッドナイトがデビューしたときのコスチュームもベルトがこんな感じだったのよ」

「へぇー」

「下に何も着けてなかったから、テレビに出てくるたびにお茶の間が凍りついたそうよ」

 

柊はそれを聞いて、何かを納得した様子だった。

 

「ああ、そっかぁー、ミッドナイト先生かぁー」

「あれ、柊さん自覚なかったん?」

「さっきも言いましたけど、これ私の希望したデザインとちょっと違うんですよぉ……」

 

柊が支給された衣装ケースからコスチュームの仕様書を取り出して見せる。

その仕様書には「予算内でご要望に応えるため教師の方からアドバイスをいただき、デザインを調整しました。例の規制もクリアできてるはずです」とコメントが添えられており、連名で教師の承認サインがあった。

記名はなんとオールマイトとミッドナイトであった。

 

「これは……きなくさいですわ」

「オールマイト先生を問い詰めよう」

 

八百万と響香は神妙な顔でうなずき合った。

 

「とにかく、下は百歩譲ってそれでもいいけど、上はダメ! ほら、ここはみ出てるし!」

「ええ!?」

 

響香が指差した箇所は、ベルトの下にある乳房からほんのり隆起した外縁部の暖色がちらりと見えていた。

 

「え、あの、ここは見えてもセーフなんじゃ……」

「「「アウトだよ!!」」」

 

生まれ育ち(掲載誌)の違いによる認識のギャップであった。

 

響香は自分のロッカーから着替えの入ったサブバッグを取り出すと、その中から灰色の下着を取り出し、柊に投げ渡した。

 

「このスポブラあげるから、授業はそれでしのいで! 一応新品だから!」

「は、はい、あの、洗ってお返しを……」

「いいの! それサイズ間違えて買っちゃったの。だから使ってあげて? 次からちゃんと下も履きなさいよ!」

「……ありがとうございます。耳郎さん」

「うん」

 

それは響香が二年前、大人っぽい好みのデザインだったのでサイズを無視して買ったものであった。

当時の彼女は、自分はきっとそのサイズに育つであろうと、将来を高く見積もり過ぎてしまったのだが。

 

「あ、ちょっときついかも」

「この発育の暴力がぁ!!」

「ホアァァーッ!」

 

時を超えて敗北を重ねた響香は柊の胸に耳たぶのイヤホンジャックを突き刺してしまった。

結局、初日と同じテンションであった。

 

この後もしばらく、彼女はそういうリーダーシップ(ツッコミスキル)を備えた、元気で頼り甲斐のある人物だと、周囲からちょっとだけ誤解されることになる。

 

 

 

 

03.デク:ビギニング  

 

────────

 

悪魔の契約にサインをした翌日、出久は学校帰りにMt.レディ事務所に呼び出された。

事務所に到着してすぐ、昨日と同じビジネススーツ姿の岳山に事務所の更衣室に連れ込まれた。

 

「えっと、僕は何か着替えを?」

「ちょっと待って……あ、あったわ」

 

岳山は更衣室のチェストやハンガーから様々なものを引き出してはキャリーバッグに詰め込んでいた。

その中の一着を出久に投げ渡す。

 

「それ着てみて」

 

広げてみると、どこかで見たことあるような、全身ダークブルーのレギンスだった。

ずっしりと、要所に薄いプロテクターがいくつも編み込まれた本格的なものだった。

 

(これ……素材がすごいな。本物のヒーローコスチュームなのでは……?)

 

出久はおっかなびっくり着替え始める。

その様子を岳山はじっとりと眺めていた。

 

「ふふ、結構鍛えてるわね」

「……あんまり見ないでください」

 

出久は思わずレギンスで前を隠した。

「乙女か」とツッコミを入れつつ、岳山は衣類の捜索に戻る。

 

「さて、着替えながらでいいわ。これからについて説明するわね」

「はい」

「緑谷君、昨日説明したとおり、キミには私のサイドキックになった新人ヒーローとして振る舞ってもらう。現場に出入りして、撮影してもらうためにね。ただし自分からヒーローとか、サイドキックだとは言い切らないように。『個性』は当然あるようなフリをしつつも、あるとは明言しないこと。キミが『無個性』であることがギリギリの生命線だということを忘れないように。いい?」

「ああ、ほんとメチャクチャだ……」

 

なぜか背中についているファスナーを岳山に上げてもらった。

 

「キミの公的な立場はアルバイト。私同伴の撮影アシスタントよ。最悪、問い詰められたときはそう答えること。くれぐれも、自分で余計な責任を背負わないようにね。……こっちでうやむやにできなくなるから」

「……了解です」

 

顔を合わせる自分も、彼女と同じあくどい目つきをしているのだろう。

きっと、こうやってグレーゾーンで仕事をする人間はみんな同じ目つきになってしまうのだ。

 

続いて、とても見覚えのあるマスクが手渡された。

 

「顔はこのマスクで隠そうか。ま、キミは面が割れても大丈夫だけどね。最悪でも退学ってとこかな?」

「それ、致命傷なんですけど……」

「復学資金なんてちょっと親の(すね)でも(かじ)りながら会社員やってれば楽勝よ!」

(ああ、自分が出来たことはみんなもできると思い込むタイプか……)

 

マスクの後頭部側にある紐を調整しながら尋ねる。

 

「……このマスク、よくできてますけど、まさか本物ですか?」

 

岳山は首を振った。

 

「いいえ。()()()さすがにドンキで買ったわよ」

「つまりスーツは本物なんですね?」

「ノーコメント」

 

上半身レギンスのファスナーが背中側の理由がわかった。

前面の見栄えとプロテクターの支持を両立できる。

そして中の人が()()()ならそれを全く苦にしない。

 

彼の()()()()()()()()()()がなぜマウントレディ事務所、しかも彼女しか使用しないはずの更衣室に洗濯された状態で置いてあるのか?

出久はこの件についてそれ以上考えたくなかったが、謎の義務感に駆られて問いかけた。

 

「マジでそういうことなんですか? ファンの生死に関わると思うんですけど!」

「だーからノーコメントだってば。早くマスク着けな」

 

岳山はしっしと何かを追い払うように手を振りながら更衣室を出て、最寄りのソファーに腰掛けた。

……とりあえず同好の士たちへの最低限の義理は果たした気がする。

 

「……まぁ、だいたいキャラ付けの方向性は理解しましたよ」

 

出久はマスクを装着し、後頭部を紐で固定した。

マスク含めて、コスチュームのサイズはすべてぴったりだった。

 

「僕はシンリンカムイの()()()()()を装えばいいんですね?」

 

そのマスクはヒーロー、シンリンカムイのそれにそっくりだった。

おそらくパーティーグッズなのだが、やたらディテールに凝っている一方で素材が安っぽいのでいい感じにパチモン臭が出ていた。

 

マスクをつけてしまえばレギンスの本物感と相殺されて、見事にシンリンカムイ()()()になった。

 

更衣室を出ると、その姿は想定通りだったのか、岳山がどや顔でうなずいた。

 

「ん、いいんでない? 似合ってる……ぷぷ……ぎゃはははは! なによその頭! 似合いすぎ! ミニツリー! いやブロッコリーだわ! あははははっ!」

 

岳山はマスクの頭頂部からもじゃもじゃとはみ出した緑色の髪を指差して爆笑した。

ソファーに倒れ込んで腹を抱えて笑い転げる。

出久はその傍若無人ぶりにげんなりした。

 

「はぁ、ひどすぎるよこの人……」

「ひどいのはあんたの髪の毛よ! あはははっ!」

 

ひとしきり笑った後、岳山はソファーから身を起こした。

 

「はー笑った。ま、格好はそんなところね。予想外のビジュアルに笑っちゃったけど、ちゃんとかっこいいわよ」

「うっ……ありがとうございます」

 

上目遣いの無邪気そうな笑顔で見つめられて、出久はどきりとしてしまった。

 

(絶対計算ずくだというのに、ちくしょう、本物なんだよなぁ……)

 

「腕と足はどうする? 護衛警備員向けの防具とかあるけど」

「自前でいきます。山歩き用ですけど」

 

出久は履いてきた山林作業用の黒いブーツを履き直した。

出久の小遣いでも手が届くものとして、ワークショップにて割引価格で手に入れたものだった。

 

「うん、まあまあね。それならいいと思うわ」

 

着替えの終わった出久に、岳山は自分のキャリーバッグを押し付けた。

 

「じゃ、行こうか。私、車運転するから。このキャリーバッグと一緒に後ろ乗って」

「はい……どこへ行くんですか?」

「愛知県、綾金市よ」

「ちょっと遠いですね……パトロールですか?」

「フフ、『釣り』らしいわよ。獲物は(ヴィラン)組織『エノルミータ』」

「おお……」

 

事務所を出て、階段を降りていく。

地上まで降りると、岳山は車道に駐車されていた白いライトバンの方へ向かった。

あれが営業用の車なのだろう。

 

「私たちは支援。主役はNo.8ヒーロー(ナンバーエイト️)、ヨロイムシャよ」

「チームアップってことですか? 興奮してきた! ……あ、ちょっと待って、僕このままいきなり他のヒーローの方々と顔合わせを?」

「そうね」

「無理です! 絶対バレる!」

 

電子キーで車の鍵が空き、後部座席のドアを開けようとしたところで、出久が固まった。

 

「フォローしたげるから大丈夫よ。言っとくけどあのジイさんのところはヒーロー事務所としてはウチより(ケガ)れてるのよ。あそこは修行と称して無免許の門下生に平気で仕事させてるから……それ差し引いてもジイさん個人はガチの武人なんだけどね」

「そんな情報知りたくなかった……お、お腹痛いので帰っていいですか?」

「減給するわよ!」

「すいません、冗談です……」

 

出久はしぶしぶと車の後部座席に乗り込んだ。

 

 

──岳山が運転する車はすぐに高速道路に入り、制限速度5キロオーバーで巡航し始めた。

 

「ちょっと、早すぎません?」

「平日のお昼でこれだけ空いてるのよ! ここで攻めないでいつ攻めるのよ!」

「うわぁ走り屋気質……でも岳山さん巨大化したらこれより速いですよね?」

「そうだけど、あれは味気ないのよ! ……視点が高すぎて」

「ああ、そっかぁ……」

 

岳山は運転を楽しんでいるようだが、出久の方は危なかしくて気が気でなかった。

前方視野に集中し過ぎてワンテンポ判断を遅らせる感じが、出久の母親の運転にそっくりだった。

ルームミラーごしに目が合う。

 

「何?」

「いえ……こうしてると岳山さん、普通だな、と思いまして」

「いいところに気がつくわね。そうなの、私、フツーなのよ!」

 

岳山はハンドルに(かじ)り付くような姿勢で、上機嫌で語る。

 

「私の『個性』はただの巨大化じゃないわ。大きくなっても、小さいときと同じ精度で体を動かせるのが強みなのよ」

「だからあの時、一瞬で見つかったのか……」

「その代わり巨大化していないときの私はこの通り、ごく普通のか弱い女子なのよね」

「そんな女子のトレーニングルームに、血の(にじ)んだ巻藁なんて普通はないですけどね」

「あはははっ! キミ本当に目敏いわね!」

 

笑い声は可愛いかったが、その目は据わっていた。

この人はこうやってか弱い女性のフリをしながら、いくつもの牙を隠し持ってコソコソ磨いているのだろう、と出久は思った。

 

「あ、そうだ! 忘れてたけどキミの『ヒーロー名』どうしようか?」

「えっ?」

 

出久は唐突に聞かれて何のことかよくわからなかった。

だが、聞いたほうの岳山が前を見て唐突に慌て始めた。

 

「あ、待って、この分岐どっち行けばいいの? 方角的に左でいいの?」

「右ですよ! 標識見ましょうよ!」

「初見のコースだとそこまで気が回らないわ」

「今まで何もわからず走ってたんですか! 僕ナビやりますから!」

「任せたわ!」

 

出久は慌ててスマホの地図を操作しながら考える。

 

(そうか、これから僕、フリだけどヒーローやるんだ)

 

入り方がとんでもなさ過ぎて現実感が無かったが、少しだけ自覚してしまった。

なれないはずだったものを、やろうとしている。

 

(まあ、着ぐるみアクターみたいなもんだよな)

 

出久はなるべく深刻に考えないようにした。

 

(そんなに長く続かないだろ。実際身バレよりその場をぎこちなくしてしまうほうが怖いし)

 

「ヒーロー名ですけど、呼ばれ慣れてるので『デク』でいいです」

 

そんな軽い気持ちで、その名は決まった。

 

「えぇ〜、そんなんでいいの? 確かに樹木(つな)がりにはなるけど、ビミョー!」

 

岳山は不満そうだった。

 

「『ブロッコリーマン』のがよくない?」

「嫌です。僕の髪の毛はブロッコリーには遠く及びません」

 

「じゃあ『ロマネスコマン』は?」

「そこまでフラクタルでもないです。あと微妙に卑猥な響きが」

 

「その特徴的なヘアスタイルを活かさないでどうするのよ! あ、『モジャモンカムイ』なんてどうよ!」

「『デク』でお願いします!」

 

出久がこれから一生降りられないその仕事は、グレーゾーンからコソコソと始まってしまった。

 

 






【あとがき】  トップにもどる

※次回、戦闘訓練開始!
うてなちゃんのヒーローコスチュームはヴィジランテに出てきたミッドナイトのデビュー時コスチュームをベースにしています。
上は逆バニー型ジャケット、下はマジアベーゼと同じ超超ローライズです。
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