デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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「原作キャラ全員強化」タグを追加しました。
後半はそのインフレ被害者のお話。

【もくじ】
01.福岡県某所:秘密の会合
02.雄英高校:戦闘訓練(前)

※01は入学式より過去の話になります。



(4)戦闘訓練(前)

01.福岡県某所:秘密の会合  

 

────────

 

雄英高校の入学式から遡ること二週間前の三月中旬。

 

福岡県の、とある大型施設に四人の男女が集まっていた。

そこは市民にそれほど馴染みはないが、道を尋ねれば大抵の大人が答えられるような、県にひとつはある施設。

ヒーロー免許の試験場である。

 

男女のうちもっとも目立つのは褐色の肌に白のレオタードとウサギの耳をした女性だった。

その四肢はしなやかで肉感を帯びていながら、力強い筋肉の隆起も兼ね備えており、その女性があらゆる方面で徹底した肉体派であることを表していた。

 

もう一人は緑色のマントに暑苦しい雰囲気を纏った壮年の男。

マントの下は素肌の上に古代ギリシャ風の重装歩兵コスチュームで暑苦しさを倍増させている。

どこか、かのNo.1ヒーローを思い起こさせる、素朴でタフそうな笑顔が印象深い。

 

さらにもう一人は、まず最初に背中で折り畳まれた紅い翼が目に入る。

黄色いバイザーとファーの入ったジャケットの飛行士を思わせるコスチューム。

暇そうな顔をしているが挙動に落ち着きがなく、ときおり鋭い眼光が混ざる。

弛緩と警戒を混在させた、野生の猛禽(もうきん)彷彿(ほうふつ)とさせる若い中肉中背の男だった。

 

最後の一人は、ヒーローな見た目をした三人とは場違いな、見るからに高そうな繊細なウール生地のスーツを着た女性。

その女性、ヒーロー公安委員会の会長が最初に口を開いた。

 

「はじめて呼び出しに応じてくれましたね。ミルコ。会うのは本免許試験以来かしら?」

「おう、来てやったぜ。でも今回は特別だからな!」

「いえ、一応ヒーローはこちらの召喚に応じる義務があるのだけど……」

「そうか! できねぇことを義務にしてもハリボテになるだけだぞ!」

「なんであなたの方が正論を言うのよ」

 

緑のマントの男が自分の拳で胸をドンと(たた)いた。

 

「ちなみに私はデビューから皆勤だ!」

「クラスト、あなたは呼んでもいないのに毎月報告に来なくてもいいわ」

「ははは、そんな寂しいことを言わないでくれよ!」

 

クラストと呼ばれた男は笑顔のまま、器用に口調だけ神妙な様子になる。

 

「さて、とはいえヒーロー公安委員会、会長直々の呼び出しだ。そして呼ばれたのは現場主義で会議嫌いのNo.3とNo.7、そしてNo.6の私。精鋭中の精鋭だ! 一体どういう要件かな?」

 

「それを説明しようと私が来た!」

「おおっ!!」

 

ばばーんと豪快に両開きのドアを開けて、いつものコスチュームを身につけたオールマイトが現れた。

身長は二メートルを大幅に超える、とびきりの巨体。

特徴と呼べるモノは筋肉、触覚、筋肉、そして筋肉である。

 

クラストは歓喜の表情で両手を広げた。

 

「オールマイト! 久しぶりだな!」

「HAHAHA! またそのうち飲みに行こうぜ!」

「待ってたぜ! アンタが来るから私も来た!」

「うむ!」

 

オールマイトはクラストと軽く抱擁し合い、褐色肌の女性、ミルコと拳を突き合わせた。

ここまで終始無言だった紅い翼の男、ホークスとは会釈を交わす。

 

「今日は限られたメンバーで秘密の情報共有といこうか。主に私が二度取り逃したヴィラン、『マジアベーゼ』についてのな」

 

ぴくぴくと長い耳を跳ねさせて、ミルコが首を(かし)げた。

 

「東で噂の(ヴィラン)なぁ……アンタがモーロクしただけなんじゃねぇのか?」

「おいミルコ!」

「うん、まあ、そうかもね!」

 

オールマイトはミルコの挑発を受け流した。

会長がその会話に割り込む。

 

「先の事件でオールマイトと積極的に交戦し、かつ逃げ切ったことは事実です。映像データもあるので興味のあるほうは後で取得申請を。厄介な『個性』よ。事前情報無しではトップヒーローでも遅れを取るかもしれないと思ったわ。ホークス、あなたも含めてね」

「?」

「詳しいことはオールマイトが教えてくれるでしょう」

 

オールマイトは拳を固めて力瘤(ちからこぶ)を作って見せた。

 

「そういうこと! ゴチャゴチャ説明だけしてもわかんないだろうし、とりあえず私と戦ってみようぜ!」

「「おおっ!」」「ええ……」

 

それを聞いたミルコとクラストの顔がぱあっと明るくなった。

逆にホークスは嫌そうな顔をした。

 

「はぁ、ナンバーワンがこんな脳筋(ひと)だったなんて……私はモニターから見せてもらうわ」

 

会長は頭痛を(こら)えるようなポーズをしながら歩いていった。

 

「手合わせってことだな! 乗った!」

「もちろん私もやるぞ!」

「ホークス、君も付き合ってくれ」

「ええ……俺もですか?」

「そうだ。データを取る準備もしてもらった。あいつの実力を詳しく分析してもらうためにね」

「はぁ」

「君も報告は上げてくれただろうが、サンプルは多いほうがいい」

 

ホークスは小さく了承の合図をした。

オールマイトはぼそりと「エンデヴァーは来てくれなかったが」とつぶやいた。

 

「そうだな、君たちが連携してくれたら、現在のマジアベーゼをおおよそ再現できるだろう」

「んだとぉ!?」

「オールマイト、さすがにそれは!」

「聞き捨てならんと」

 

三人はまがりなりにも単独で上位に登った、実力指向のヒーローである。

チームアップを軽視するつもりはないが、単独でどんな(ヴィラン)とも戦えるという自負があった。

それが三人がかりでようやくひとりの(ヴィラン)に匹敵すると言われては、カチンとくるのも当然であろう。

 

「ホークスは戦ったことがあるから納得いかないかもね。でも事実なんだよ」

「了解です。んじゃ早速教えてくださいよ」

 

ホークスは翼を広げ、その個性『剛翼』の羽根を切り離し、空中に舞わせ始めた。

表情は変わっていないが、紅い羽根の挙動から強い戦意の感情が伝わってくる。

この火付きの良さはやはり若さだな、とオールマイトは思った。

 

「カモン! 私の背中にキックしな! 見積もりが気に入らないなら、この場で根拠を覆して見せろ!」

「よしきたぁ!」

「ぜひとも教授を! 初っ端からかますぞ、ホークス!」

「了解です」

 

構える三名に、オールマイトは腕を組んだまま向かい合う。

 

「君たちがマジアベーゼくらいの強さを再現してくれたら、私があいつと()()()()()()をお見せしよう」

 

壁のスピーカーから会長の声がする。

 

『始めて頂戴。データは取らせてもらう』

「イエアァッ!」

 

ミルコが先陣を切ってオールマイトに飛びかかった。

ホークスとクラストの二人もそれぞれの獲物を構えて迫った。

 

 

──数分後、会長はオールマイトの反撃を受けて倒れたクラストの映像を見ていた。

残る二人も確実に動きが鈍っている。

 

「特に継戦能力に優れた、あの三人でこれか……」

 

つまり、それぞれ全力以上のものを発揮して、それでも届いてないということだった。

全盛期ならともかく、最近の彼……オールマイトは、そこまで圧倒的ではなかったはずだ。

 

三人は最初、近接戦闘で一斉に畳み掛けようとしたが、オールマイトはそれを軽々といなした。

(らち)が開かないと見るや三人は連携を試し始め、急激に()み合わせていく。

ホークスの『剛翼』、クラストの『シールド』が空間を支配し、ミルコの三次元機動を最大限にアシストする。

これによりミルコの蹴撃がオールマイトの体に入り始めたところで、オールマイトは体にゆらめく光を(まと)った。

 

「これが本当に蝋燭(ろうそく)の最後の瞬きだというの?」

 

彼女がいる部屋は無数の用途不明な機材が持ち込まれたモニタールームだった。

周りでは背広を着た職員が忙しなく動き回り、測定に余念が無い。

 

映像分析の結果、その光は窒素プラズマと判明。

彼の体表付近で酸素と窒素が急激に分解されている。

その光が弾けた、と思うとオールマイトの姿が消え、彼を囲んでいた三人が吹き飛ばされた。

 

オールマイトは空中に浮遊し、瞬間移動のような動きを始めた。

その後は一方的な展開だった。

ホークスの操る羽根が追いつけない。

ミルコがどれだけ跳ね回っても蹴り足が届かない。

クラストが体で止めようとしても跳ね飛ばされる。

 

結局オールマイトがその腕を振り抜いたのは一度だけ。攻防一体のクラストがミルコとホークスを庇いつつ反撃しようとしたところに喰らわせたカウンター。最後の瞬間だけだった。

 

会長と並んで見ていた職員達も、半信半疑の表情を浮かべながら、それぞれの感想を述べる。

 

「あれはオールマイトがようやく見せた実力の底、ということでしょうか……」

「あの人に敗北は許されなかった。だからずっと隠していたのでしょう」

 

その解釈は実際のところ大変な誤解だったが、還暦前の身体に突然『個性』が追加で生えました、よりは納得できる解釈ではある。

それを聞いた会長はその場では否定しなかった。

 

(違うのよ……)

 

この組織の歴史を知り、最近ようやくオールマイトの人格に触れた彼女は確信していた。

 

(あの人は今、あそこまで力を積み上げて(ようや)く、私達を許し、そして頼る勇気を手に入れたのよ)

 

四十年前。現会長である彼女がまだ成人もしていなかった頃。

当時のヒーロー公安委員会は、仮免許を取得したばかりのとある高校生を見捨てた。

 

その学生の名は八木(やぎ)俊典(としのり)

当時、社会の陰で君臨していた悪の象徴たる(ヴィラン)に名指しで狙われた、不幸な青少年である。

 

その頃のヒーロー公安委員会は今とは比べ物にならない程の強権を振るっていた。

尻込みする政府を差し置いて、悪の象徴に真っ向から立ち向かっているという自負を、傲慢と共に抱えていた。

それ故に、当時評価はされども無名だった彼に見切りをつけてしまった。

 

結果、八木は高校卒業後、逃げるようにアメリカに留学する。

そして力を蓄え、数年後、オールマイトの名と共に日本へ帰還することになるのだ。

 

オールマイトおよび彼の母校である雄英高校との確執。

そして、ヒーロー公安委員会の権威が衰退していく、その始まりでもあった。

 

そんなオールマイトが自身の限界と引退について相談しに来たのは昨年のこと。

彼からすると、公安委員会の擁する尖兵と見ていたヒーロー、ホークスが、会って話してみれば『とてもいい人』だったのが決め手らしい。

 

相談を受けて、初めて面と向かって話し合った彼女は気づいてしまった。

彼のとても温厚で純朴で、責任感の強い人格に。

 

ヒーロー公安委員会が最初から彼に尽くしていれば、もう十年以上は早く平和が訪れていたのではないかと。

 

悔やまれるが、取り返しもつかない。

それでも当時の責任を受け継ぐ者として、少しでも多く巻き取らないといけない。

ヒーロー公安委員会は彼の引退に全面的に協力することを決定した。

 

「エノルミータの予測活動範囲と先ほどのデータを元に、ヒーローの配置を調整します」

「警察側でも現地即応部隊(SWAT)の追加編成を進めております」

「急ぎなさい。今しか再編のチャンスはないわ。(ヴィラン)が小康状態になっているという意味でも、予算編成がまだ未確定という意味でも」

「「はい」」

「マジアベーゼ。()()を例外とすれば、かつてないほど危険な(ヴィラン)。それでも()()ほど深刻ではない。オールマイトの幕を引くのに、これ以上ふさわしい花道はない」

 

まだ、この時、ヒーロー公安委員会には余裕があった。

オールマイトの円満な退職プランに協力できる程度には。

 

しかし、彼女だけの責任ではないが、この組織はやはり迂闊(うかつ)だったのだ。

()()の生存情報を獲得していながら、目先の考慮から外してしまうというミスを犯していた。

オールマイトが健在であるうちは、平和はまだ継続されるだろうと。

 

その余裕は翌月、さらなる(ヴィラン)勢力の出現により吹き飛ぶことになる。

 

 

──三対一の模擬戦は、クラストが倒れたことで中断した。

 

「はぁ、はぁっ……」

「すまないクラスト、君に一番負担が掛かったな」

「なんのこれしき、むぐぐっ!」

 

クラストは強がったが、起きあがろうとすると酷使した筋肉が悲鳴をあげ、思わず声が漏れてしまう。

 

「ミルコは流石だ、何度かヒヤッとしたぞ! よくそんな派手に動いてスタミナが持つもんだ」

 

ミルコは両膝に手をついて息を荒らしていた。

 

「ゼェ……アンタは息も上がってねぇじゃん! この私よりビュンビュンしたくせに、ずるいぞ!」

「いやこれ見た目よりだいぶキツいんだけどね」

「あとテメェは何サボってんだホークス!」

 

ミルコが空中に向かって怒鳴った。

今も低空で浮遊したままのホークスは最初、自身も攻撃に回っていたが、ミルコのアシストに回ってからは彼女の機動を邪魔しないように、羽根で牽制しかしていなかった。

 

「いや、俺もう理解(わか)っちゃったんで。反省と修正は完了っス」

「私もとっくに理解ってるよ! テメェの戦意の無さについて聞いてんだ!」

「なあんだ、もうお気づきだったんですね? じゃあなおさら続ける意味なくないですか?」

「よぉし、いいぞぉぉ、なっまいきだぁぁぁっ!」

 

ミルコがガガガガとその場で足をストンピングしはじめた。

頑丈なはずの床材に秒速で細かいひび割れが増えていく。

 

「お、落ち着けミルコぉー! ホークス、君も(あお)るんじゃない!」

「はーい、すんません」

 

クラストは、自身のダウンで場が冷えたのをどうにかしようと、慌てて口を回した。

 

「遅まきながら私も理解したぞ、オールマイト! 私とホークスが情報にあった『使い魔』の役割だな?」

「うむ! 正解だ、クラスト!」

 

炎のような輝きを纏ったオールマイトが歯も輝かせながらゆっくりと着地する。

それに合わせてミルコがすかさず蹴り込んだが、そこにいたはずのオールマイトが光を残して消えた。

 

と思った瞬間、オールマイトは腕を組んだポーズのまま三人が囲む中央の位置に立っていた。

 

彼らにはオールマイトがノーモーションで瞬間移動しているようにしか見えなかった。

三者三様、内心で感想が、表情に戦慄(せんりつ)が漏れる。

 

(ちくしょう、すげぇ! 私の『耳』まで置いてけぼりなんてはじめてだ!)

()()()()見せてくれたな、ありがたい。あげん止まる仕組みがわからん。全部は真似できんな)

(感動だっ! ものすごいオールマイトを見てしまった! 本気の拳まで頂いてしまった!)

 

オールマイトは『浮遊』を解いた。

彼の周囲で発生していたプラズマ光が消失する。

 

オールマイトは過去の戦いで一時的に目覚めた個性『浮遊』を再習得し、その後半年かけてその精度も大幅に改善していた。

 

「侮っていた事を謝罪しよう! そして、理解してくれたかな? マジアベーゼは私に()()()()()()()()。それでも捕まえられなかったんだ」

「「「……」」」

 

それに翻弄(ほんろう)されたばかりの三人に反論はなかった。

 

「マジアベーゼ本人はスペック任せの未熟な戦い方だった。単体ではまだ君たちの足元にも及ばないだろう。だが、それでもあいつの『個性』にはこれまでの(ヴィラン)とは一線を画する強みがある」

 

オールマイトは振り返り、三人を視界に入れて両手を広げた。

 

「それは組織力! かの個性『支配(ドミネイト)』は多様な被支配物を連携させて一個の力と成す!」

 

「飽和攻撃に紛れて本体が蜂のひと刺し。防衛、支援共に濃密かつ強固、なるほど確かに厄介だな!」

「その程度なら俺もやれますよ」

「お前一人でやってもそれはお前の手癖の内さ。ソイツは一味違うってコトでいいよな?」

 

「そうだ、マジアベーゼの『使い魔』は只の操り人形じゃない。奴らは独自に思考する。君たちが連携し、徐々に改善していったように。私はあの日、のべ四百体を超えるそれらとやり合った」

 

「へっ、オメーの羽根より多そうだなぁ?」

「……」

「くれぐれも取り巻きを雑魚と甘く見て、余計な怪我をしないように頼む」

「ありがとうオールマイト! とてもよくわかった! さすがはヒーロー科最高峰の教師だな!」

「HAHAHA、なに、教師としてはまだまだ新米(ニュービー)だよ」

 

扉が開き、カツカツと靴音を立てて会長が入ってきた。

 

「体でわからせるしかできない教師がなんですって?」

「OH……」

 

(しわ)の寄った眼差しにギロリとにらまれ、オールマイトは立たせた前髪を少しへにゃりとさせた。

 

「みんなありがとう。貴重なデータが取れたわ」

 

三人は無言でうなずき返した。

 

「マジアベーゼを総統とする(ヴィラン)組織、『エノルミータ』は徐々に活動範囲を広げている」

 

会長がどこかに向かって指示を出すと、室内の壁にプロジェクタの映像が写し出された。

映し出された地図とグラフは、内訳はよくわからないがだいたい全部右肩上がりだということはわかった。

 

「活動範囲が特に広いあなた達三名、あと、今日は来なかったけどエンデヴァーね。あなた達が今後もっとも高い確率で遭遇すると判断したのでここに呼びました。公安委員会としては、当面ヒーローに余計な『犠牲』を出さない方向で対処を続けたい」

 

ホークスがばさりと羽音を立てながら、手を上げて質問する。

 

「つまり、エノルミータ対策としては漸減(ぜんげん)を優先って事でいいですかね?」

「ええ、そうね。最近の交戦記録に加えてオールマイトの情報提供。おかげで、連中の狙いとその弱みが見えてきた」

 

映像が切り替わり、街中から空を見上げるような映像に変わる。

その視界に二車線道路を塞いで取っ組み合う二体の巨人が映り込んだ。

 

そのド派手な映像にミルコは思わず笑顔になった。

 

「新人のMt.(マウント)レディか。相手の(ヴィラン)もでけぇな!」

「昨日の映像よ。映ってないけど、ここにマジアベーゼもいた。逃げたけど負傷させたそうよ」

「へぇ、やるじゃねぇか」

 

映像が多数の人物の顔写真に切り替わった。

 

「ここまで『エノルミータ』案件で逮捕した(ヴィラン)のほとんどが、元は近隣の市民だった」

「兵隊を現地調達しているのか」

「そう。奴らは今、拡大のために拡大している」

 

会長は画面から三人に向き直った。

 

「組織としては極端に人的資源が乏しい。思想は不明だけど、秘密主義、精鋭主義が(たた)っているのでしょうね」

「まあ極端な過激派はだいたいそうっすね」

「なるほど、戦略的には長期戦、体力勝負、横綱相撲。つまり対テロ対策でいいというわけだな!」

 

「今は勢いがあるけれど、このまま拡大を抑え込めばすぐに戦力は払底すると見ているわ」

「んで最後に出てきた幹部(ボス)を私が蹴ればいいと。オッケー」

 

ミルコが強引に話を締めた後、出口に向かって歩きだした。

 

「用も済んだし帰るわ!」

「ちょっとミルコ!?」

「時間が惜しい。細かい話はメールでよろしく」

 

会長が引き止めようとしたが、ミルコは手を振った。

その足取りは子どものように軽い。

先ほどの戦いを糧に、鍛え直したくてうずうずしているのだろう。

 

残る二人も気はそぞろ。すっかり解散の雰囲気となった。

ミルコはオールマイトに向き直り、二カッっと歯を見せて笑いかける。

 

「ありがとよ、オールマイト! おかげで仕事も、訓練もハリが出るぜ!」

「どういたしまして! あ、そうだ、ついでに言っとかないと」

「?」

「私、今年で引退するから。まだ公には秘密でヨロシク!」

「「「はああっ!?」」」

 

オールマイトは空気を読まずにさらっと爆弾発言をかました。

この唐突なカミングアウトには、立ち去ろうとしていたミルコも振り返り、あんぐりと口を開けてしまった。

 

 

 

02.雄英高校:戦闘訓練(前)  

 

────────

 

 

入学式の翌日、オールマイトは雄英高校で始めて教壇に立っていた。

 

「恰好から入るってのも大切なことだぜ少年少女!!」

 

人は本能で社会性を抱えている。

それ故に庇護を、寄る辺を、協力関係を結べる他者を探し求める。

不安なとき、心が弱ったとき、苦しんでいるときほどそれは顕著となる。

時には、それに理性や判断力まで奪われる。

 

だから、中身の性格や本質的な強さなどは、とりあえず脇に置かないといけないのだ。

それは後から始まる社会的交渉の中で、互いの理性を以て歩み寄り確かめるもの。

 

つまり第一印象だ。

その人を助けるために、助かってもらうために、まずは己が「強者」であると容姿で示す。

この傘の下はいかなる苦境においても安全なのだと視覚に(たた)き込む。

 

それがヒーローコスチュームの本義である。

だから、それを身につける者もまた、コスチュームに合わせて、態度でそれを示さなければならない。

 

なお、生徒に初っ端からコスチュームを着せてついでとばかりに戦闘訓練までやらせるのは日本でもこの雄英高校だけである。

 

「自覚するのだ! 今日から自分は……ヒーローなんだと!」

 

実習訓練場のひとつ、グラウンド・β(ベータ)

ここにぴかぴかのコスチュームを身につけた生徒達が集まっていた。

現在はチーム分けのくじ引きが終わり、戦闘訓練を行う建物に向かって移動の最中である。

 

ヒーロー基礎学を担当する新人教師、オールマイトはすでに若干打ちひしがれていた。

授業開始からわずか十五分で二度のトラブルに遭遇していたからだ。

 

ひとつ目は入室直後、一年A組生徒の一人、(ひいらぎ)うてながビデオカメラやレフ板、スポットライトなどの撮影機材を設置して待ち構えていた事件。

初日から教師イジリが来ると思わなかったオールマイトはとりあえずイヤイヤして全部仕舞ってもらった。

 

ふたつ目はこのグラウンドに来てから発生した。

柊うてなのコスチュームが本人の希望とは異なるデザインに変更されており、その承認者としてミッドナイトとオールマイトのサインが記されていた事件。

 

オールマイトは決して木石ではないが、暴力の向かう果てをよく知る、古く荒れ果てた時代の人間ではあった。

なので女性ヒーローのコスチュームはドキドキするからもうちょっと露出を控えめにして欲しいと願う保守穏健派である。

 

そんな彼の意向に全く反する格好をした柊。

どういうことかと詰め寄る女子勢。

抑えようとしてくれたのは柊本人だけという地獄。

 

一時はトップヒーローの権威失墜と思われたが、オールマイトは自分の確認不備を認め、責任を持ってミッドナイト先生と協議するという真っ当なその場しのぎをした……と、本人は思い込んでいる。

 

なお、事の真相はミッドナイト先輩に理詰めで強引に迫られたオールマイト後輩が断り切れず、まんまと細かい確認を飛ばしてサインしてしまったという失態である。

 

これはおおよそ、更衣室で女子達が想像したとおりの状況であり、この問答でそれをなんとなく察したので、彼女達にとってオールマイトは早くも立場よわよわの新米教師というイメージで固まりつつあった。

 

(こ、こんな大変なのが毎日続くというのか? い、いや、まだ初日だ! うおおがんばれ私! 負けるな私!)

 

そうとも知らず、オールマイトはマッスルフォームを維持しながら必死で自分を奮い立たせるのだった。

 

 

「せんせー、私のペアがいないんですけどー」

 

ピンク色の肌が特徴的な生徒、芦戸(あしど)が「E」の字が書かれたボールを見せながらアピールした。

 

「おお、ペアから漏れてしまったのは君か。今日は青山(あおやま)少年が()()()()でお休みだからな。代わりに私がEチームに加わろう」

「わぁっ! やった! わたし勝った!」

「ずりーぞ芦戸!」

「ブーブー!」

 

最強のヒーローと組むと分かり、飛び上がって勝利宣言する芦戸にブーイングが飛ぶ。

 

「フフフ……芦戸少女よ、勝ち負けの問題ではないぞ」

「ええっ?」

 

オールマイトは親指で自らを指差した。

 

「成績つけるの私だぜ? この私の陰で君はどこまで目立てるかな……?」

「ハッ! た、確かに存在感が! 私消えるんか! (とおる)ちゃんになるんか!」

「あはは…… どんだけアピールしても気づかれない、妖怪アルファ値ゼロ女の悲哀を思い知るといいよ……」

「ああっ、透ちゃんダークネス! 引き合いに出してごめんよぉー!」

 

建物に着くと、訓練に入る4人を残して、地下のモニタールームへと移動していく。

 

戦闘訓練は二人組のヒーロー役とヴィラン役に分かれて戦う。

状況は戦術核兵器を奪取して逃走し立てこもるヴィランとそれを追い制圧しようとするヒーロー。

互いに準備できるのはコスチュームとして身につけた装備と、建物周りの器物だけという想定である。

 

最初のメンバーはヒーロー役に麗日(うららか)お茶子と(ひいらぎ)うてな。

ヴィラン役に爆豪(ばくごう)勝己(かつき)飯田(いいだ)天哉(てんや)という組み合わせとなった。

 

「女子二人対男子二人かー、これ一方的になるんじゃね?」

「わかんねーぞ、柊はまだ『個性』見せてねぇからな」

 

地下室に展開されたモニターでは、建物内の各所が映し出されている。

上鳴(かみなり)瀬呂(せろ)が話すように、生徒達は戦闘の展開予想に興じていた。

 

「ヒーロー科サイコォォォ!」

 

その中で一人、峰田(みねた)だけはモニターを凝視し、別の方向で気勢をあげていた。

 

「がんばれよ柊ィ!! いっちょドカンとポロリ決めたれやあああ!!」

「お前という奴は……」

「確かにエロいけど、そういうのはねーだろ。よくできてるぜアレエロいけど」

 

(あき)れた調子の上鳴と瀬呂に対し、峰田は真剣な表情でにらみ返した。

 

「お前らは目のつけどころが甘ぇんだよ! だがオイラの目は見逃さねぇ! ……あいつ、はいてない」

「……な……」

「なん……だと……?」

「下のベルトが外れでもしたら放送事故だぜぇ……じゅるり」

 

テンションが跳ね上がった三人の頭を、()()()()(つか)んだ。

三人の背後にクラスでもっとも背の高い生徒、障子(しょうじ)が立っていた。

 

「煩悩を捨てろとまでは言わん……だが、あまり騒いでやるな」

 

言いながら、彼はその個性『複製腕』で生やした三本の触腕でぐりぐりと頭を抑え込む。

そして、その手からさらに一本の触手が生えて伸び、その先端がにょろりとと三人の眼前に向けられた。

さらにその先端からねちゃりと目玉が生まれて、ぎろりとにらむ。

 

「目に余るときは、その目を塞がせてもらうぞ」

 

異形型『個性』としてもあまりに強烈なビジュアルに、三人はすっかり意気消沈した。

 

「はい……」

「悪かったよ……」

「ホラー演出やめて……」

 

「ケロケロ。障子ちゃんは紳士なのね」

「……どうも」

 

(うん、いいクラスだ!)

 

生徒に先を越されたオールマイト先生は賞賛の眼差しを送った。

それに気づいた障子は軽く会釈を返した。

 

「みんなもモニターに注目だ! そろそろ始まるぞ! 後で感想聞くからね!」

 

(さあ、君たちはどんなヒーローになるつもりだ? しっかり見せてもらうぜ! みんな成績は贔屓(ひいき)目なしで厳しくつけるからな!)

 

オールマイトはクリップボードとペンを持って身構えた。

 

 

──建物から少し離れた場所で、麗日お茶子と柊うてなは戦闘の準備をしていた。

 

「ねえ、柊さん、すっかり遅くなっちゃったけれど、入試の時はありがとうね」

「え?」

 

お茶子はコスチュームの腕周りをチェックしていた。

彼女は『個性』の都合上、手のひら全面を防護する装備を選べない。

それでも手の怪我をなるべくしないように、腕周りの防具にさまざまなギミックが仕込まれており、その仕様をチェックしていたのであった。

 

(うん、よし。腕が引っかかるとかはなさそう。いつも通りいけるかな!)

 

彼女は意気込んでいた。

目の前のクラスメイトに借りを返すため。

 

「あの『0点ロボ』の時、瓦礫(がれき)から助けてもらったの、私なんよ!」

「ああ、あの時の! ごめんなさい、私ぜんぜん気づかなくて……」

 

そう言う柊は周りから拾い集めた木片やらブロック片やらを積み上げていた。

胸のポケットからも何か電子機器のようなものを取り出して混ぜている。

 

「いーのいーの、あの後柊さんも大変だったもんね!」

「ロボに踏まれて、そのまま試験終わっちゃいました……」

「あれ私心臓止まるかと思った! ま、せやから、お互い()ぇトコ見せ合うのはこれからってことで!」

「そうですね。一緒に頑張りましょう」

 

お茶子は柊と握手をした。

藤色のグローブを外して握ってくれた、柊の手のひらはちょっと小さく、ひんやりとしていた。

 

「じゃ、作戦立てよ!」

「はい、入試でご覧いただいたかもですが、私の個性は『使い魔(これ)』です」

 

柊が地面に集めた瓦礫(がれき)を両手で包み込むようにすると、その手の中にあった木と石、そして土が(うごめ)いた。

 

数秒後、それは大小二体の犬ともコアラともつかない、黒目がちの毛むくじゃらな生き物に変わった。

大きいほうは膝より少し高いくらいで、小さいほうは手乗りサイズだ。

四足歩行の足先には立派な黒い爪が生えていた。

 

「可愛い!」

「名付けて『飯田くん絶対倒す君6号』と、『飯田くん絶対泣かす君1号』です」

『『イ゛イ゛ー!!』』

「飯田君への害意!!」

 

あまりにも直接的なネーミングにお茶子はブフッと吹き出してしまった。

 

「こちらは『数』で押し切りましょう。この子達と一緒にやりやすそうな飯田君を狙います」

「ええー、あの人めっちゃ速いしメガネだよ? 追いつけるかなぁ」

「そこはこの子にお任せを。足が速くてスタミナも十分。たとえメガネでも遅れはとりません」

 

柊はニコニコしながら大きいほうの使い魔を紹介した。

使い魔が『イ゛ッ』と鳴き声を上げて片腕を上げる。

 

「この子が飯田君を牽制しますので、注意が逸れた隙をついて捕まえる感じで」

「りょーかい! あれ、こっちの小さい子は何するの?」

「捕まえた飯田君を泣かします」

『イ゛ッ!』

「何の意味が!?」

「えへへ……」

 

穏やかに微笑む柊にちょっと引きながら、独特の感性やなぁ、とお茶子は思った。

それを会話が途切れたと思ったのか、少し慌てて柊が続ける。

 

「あ……まだ時間ありますね、もうちょっと動き方詰めましょうか?」

「せやね! あの二人だけどさ、私絶対バラけると思うんよ! 仲悪そう!」

「私もそう思います。こちらは固まって動いて、もしも飯田君だけ来た場合はそのまま全員で囲みましょう」

「おっけー! えっと、爆……爆発くんが来た場合はどうする?」

「爆発くん……くくっ」

 

柊が口を抑えて笑い声を漏らした。

爆発くんという仮称が柊のツボにハマったようだ。

 

「ええ、爆発くんが来た場合は、麗日さんは私を置いてこの子達と一緒に突入してください。私がアレを足止めします」

「うーん、いいけど、柊さんが先行ったらあかんの?」

 

お茶子はその作戦にちょっと不満があった。

これだと、柊に依存しすぎている気がする。

何か自分ももうちょっと貢献したい。

それが無理なら彼女にもっと華を持たせたいという気持ちがあった。

 

「私、普通に足が遅いうえに、コレもありまして……背中が重いんです」

 

柊は腰と胸のベルトに手を当てた。

 

「ああ、まだ荷物入ってるんだ?」

「はい、なので核を抑えるのは麗日さんに頼っちゃいます」

 

ベルトにはメカニカルな形状をしたポケットが連なっており、よく見れば、見た目よりずっしりした感じで彼女の肌に食い込んでいた。

 

このポケットは当代の先端技術のひとつ、超圧縮技術を利用したものである。

一定以内の体積の物品をポケットサイズにまで圧縮してしまい込むというシステムだが、重量までは圧縮できず、重心は安定すれど、重さの負担については背負っているのと変わらなかった。

 

建設作業でめっちゃ役に立ちそうやなぁ、と思いながら、お茶子はそれを見て思いつくことがあった。

 

「そうだ! じゃあ、こういうのはどう? 私の『個性』はね……」

「素晴らしいです! そうであれば、これをこうして……」

 

そうして二人がごにょごにょと話し合ったところで、戦闘開始の合図が鳴った。

 

 

『屋内対人戦闘訓練、開始(スタート)

 

 

「秒で死ねやメス豚ァッ!!」

「めっ……!」

 

開始の合図と共に、頭上から男が爆音を鳴らして飛び込んできた。

その男、爆豪は真っ先に柊を狙って両手を向けると、手榴弾(しゅりゅうだん)のような形状の手甲から爆炎が生じて柊を包んだ。

 

「早速来た!」

「そんで2キル目だ!」

 

爆豪は滞空したまま小さな爆発を何度も起こして向きを調整し、返す刀でお茶子を狙う。

思わず両手で頭を守ろうとするお茶子。

だが、その腕が何か棒のようなものに打たれて弾かれた。

体勢が乱れた爆豪は起爆を中止して地面に着地する。

 

「チィッ!」

 

妨害したのは爆破を受けたはずの柊だった。

その手に乗馬鞭のようなものが握られている。

ただしその鞭は本来のものより長く、80センチはあった。

 

「麗日さん! ゴーです!」

「は、はい!」

『イ゛イ゛ーッ!!』

「って六号ちゃんはやっ! 置いてかないでぇ!」

 

投げたボールを追いかける犬のような猛ダッシュを始めた使い魔をお茶子は必死で追いかける。

それを尻目に、爆豪は柊と向き合った。

 

「よおメス豚、それがてめぇの得物かぁ?」

「ええ、ちょっと()()(たた)き落とすにはイマイチですけど……」

 

見下した表情でそう言われ、爆豪の表情がピクピクと釣り上がっていく。

 

「つまり()()()か? 用意のいい家畜だぜ」

()()を片付けるのにも便利ですよぉ。しけった花火とか、虫の死骸とか、あ、ところで爆発くん、あなたライターがわりに火くらい起こせますか?」

「わりーな、俺の『個性』は()()()()()には向いてねぇ」

 

柊の方も、さっきからやたら家畜扱いしてくる爆豪に堪忍袋の緒は消失し、あとは自重で弾けるばかりであった。

 

「「オラァァぁぁ!!」」

 

メンチを切り合っていた二人は同時に殴りかかった。

 

「ひゃあーっ、バチバチやぁ! 私も負けん!」

 

その衝突を背中ごしに聞いたお茶子は、意気込みながら階段を駆け上っていった。

 

 

──爆豪の開始直後の奇襲に、地下のモニター室はざわついていた。

 

「ド派手な開幕だぁー!」

「爆豪ズっけぇ! 奇襲なんて男らしくねぇ!」

「屋内だって言ったのに、あの子はもう……」

 

オールマイトも額を抑えたが、始まったものは仕方ない。

モニターには周囲を飛び回る爆豪に翻弄される柊の様子が映っている。

 

「爆豪ちゃん、性格と『個性』がぴったりね」

「爆破……なんという危険な」

「でも使いこなしているわ。きっとたくさん練習したのよ」

 

「あーあ、こりゃ敵わんわ、柊ドンマイ……ってあれ、なんか変じゃね?」

「柊頑張ってるよなぁ、時間稼ぎってヤツ? 俺なら開幕のアレで気絶しちゃうかも」

「いや上鳴、そうじゃなくてさぁ」

 

瀬呂が目を細めてモニターを見つめる。

 

「うーん、煙でよくわかんねー……」

「避けられてるんだよぉ!」

 

峰田が叫ぶように瀬呂の疑念に答えた。

彼は瞬きもせず、目を血走らせながらモニターをにらみ続けている。

 

「柊のコスを見りゃわかんだろうが! 焦げてすらいねぇ!」

「あっ!」

「オラちゃんと()げや爆豪!! その『個性』は花火かゴルァ!!」

「くっそ、こいつ、確かに目の付けどころが違う……」

 

峰田の叫びを聞いた、左半身を氷のようなコスチュームで覆った生徒が首を傾げた。

 

「避けた……?」

 

その生徒、(とどろき)は隣にいる今日のチームメイト、障子の方を見た。

障子は背中から生えた触腕に三つの目を作ってモニターを注目している。

 

「障子、お前なら見えるのか?」

「いや、俺の動体視力は人並みだよ。煙が晴れればいいが……」

 

障子は触腕のひとつに口を生やして答えた。

彼は普段から自分の口をマスクで隠したまま、話すときも触腕を用いることが多い。

 

「位置が変わった、次は見えるかもしれん」

「ああ」

 

轟がモニターを見ると、柊が背中を向けて立ち、そこに爆豪が飛びかかるところだった。

空を滑るようにコンマ数秒で接近した爆豪の腕に火花が生じ、瞬く間に炎と煙が膨張する。

 

「おっ」

「マトリィーックス!!」

「いま避けた? スゲェ!」

 

二人が交錯する直前、爆炎を避けるかのように、柊が足を柔らかく曲げながら上体を地面スレスレまで逸らしたのが見えた。

すぐに煙に飲まれたが、柊が中から無傷で姿を現し、鞭を振るった。

 

「反撃入った!」

「いいぞ柊! 互角じゃねぇか!」

 

「火が目線より上にブレてんな。爆豪、あいつ腕の重さに慣れてねぇんだ」

「よく見えたな、轟、あれお前でもできそうか?」

「いや、あんな綺麗には無理だ」

「可能ではあるのか……」

 

最初に気づいたのはカエルっぽいコスチュームの女生徒、蛙吹(あすい)だった。

 

「先生、爆豪ちゃんの顔色が悪いわ」

「むっ!?」

 

「おい、見ろ、爆豪の肩……」

「うわぁ、真っ赤……って、ちょっ!」

「地面に、ビシャッ、て」

 

「「「ぎゃーっ、流血だーっ」」」

 

生徒達が悲鳴をあげた。

 

(ヴィラン)と戦い、制圧するヒーローの姿はメディアでもよく報じられる。

だが、彼らのほとんどは、ここで生まれて初めてそれを見せられた。

本来、闘争に不可欠なそれは、人の手で丁寧にフィルタリングされているのだ。

 

爆豪の顔が真っ青になっていた。

その肩から背中にかけて、マーカーで線を引いたような真っ赤な傷が生まれており、特に背中側は血で染まっていた。

明らかに柊が打ちこんだ鞭によるものだった。

 

「いたいこわいいたい」

「あー、(とおる)ちゃんは特にアレだよねぇ、ねぇやっぱ何か着るべきだよ?」

「そう言う三奈(みな)ちゃんは平気そうだね?」

「えへ、私、子どもの頃よくやらかしたんだよねー。『酸』で、ベロンって」

「ここにもこわいのいたぁ!」

 

それでも爆豪は動き続けており、爆発を起こすたびに鮮血が飛び散っていた。

 

「ちょっとオールマイト先生、爆豪ヤバいよ?」

「ってかあの鞭アリなんですか? ライン超えてません?」

「うむ……」

 

オールマイトは、ぎらついた表情でその鞭の仕様を語っていた、ミッドナイト先生の顔を思い出しながら答えた。

 

「えっと、多分ダメ……」

「「歯切れ(わる)っ!」」

 

「ダメなんだが……君たち、もう()()()()()()いて欲しい。『個性』だって一歩間違えばああなる」

 

彼はそこからは滔々(とうとう)と語りはじめた。

 

「当然武器を使う(ヴィラン)もいる。自然も牙を()くときがある。助けるべき人が襲ってくるときだってある。ヒーローは、いつだって傷つく覚悟が必要なんだ」

 

生徒の注目を集めたところで、親指を立てて見せた。

 

「君たちはこれから、何度も怪我をすることになるだろう。そこから『如何に自分が傷つかないようにするか』を学ぶんだ。安心したまえ。あまりにも危険なときはちゃんと止めるし、メンタルもケアする。それに何より、この学校には()()()()()がある」

「うへぇ……怪我して当然ってか……」

「ま、心構えの話だよ。いまどき現実(リアル)じゃあんまりないのは確かだぜ!」

 

「……柊さん、何だか楽しそうですわね」

 

返り血で(ほお)を染め、見たことのないような激情を浮かべて戦う柊。

それを見ながら、八百万(やおよろず)が誰に言うともなくつぶやいた。

その横で八百万より幾分か背の低い女生徒、耳郎(じろう)は納得していた。

 

「ああー、柊、アンタそういう奴かぁ……そりゃ響かないよね」

「?」

 

きょとんとする八百万。

おそらく、彼女以外はもうあのモニター越しの少女の嗜好(しこう)を理解しつつあった。

 

「ほらー、響香(きょうか)ちゃん、ヤオモモに説明してやりなよぉ」

「嫌。ヤオモモに引かれたくないし」

 

ぷいと横を向く耳郎を抱き込むように、芦戸が耳郎の肩に腕を回して、小声で言った。

 

(みんな()()()できたらいいねぇ?)

(あんたはどういうポジションなのよ!?)

(いひひっ、まだこれからー)

 

どこで共感が生まれたのか。

二人はまるで十年来の顔馴染みのように小声で皮肉をぶつけ合った。

 

 

──この『個性』を(くぐ)れる者などいないと思い込んでいた。

 

「テメェッ……!」

「あはっ、不思議ですか?」

「死ね!」

 

勝己の手のひらから爆炎が放たれ、爆風が地面を(たた)いて砂埃(すなぼこり)を巻き上げた。

爆炎は灰色の煙を生み、周囲の視界を遮るが、爆心地に近い彼だけはその煙に巻かれない。

 

しかしその爆風の先に相手の姿はなかった。

勝己は勘だけで横っ飛びになるよう爆発を起こし、柊の反撃を回避する。

耳元で空を切る先端の音に鳥肌が立った。

 

「ああ、惜しい」

「当たるかバーカ! ワンパなんだよ!」

 

幼少の勝己に発動したこの個性は『爆破』と名付けられた。

手のひらの汗腺から分泌したニトロのような物質を起爆させることで爆発を起こす能力。

 

「いえ、爆発くんのことですよ」

「爆豪だ!」

 

汗に混ざって排出されるこの物質は極めて爆発を起こし易い。

一方で、皮膚の発汗作用と連動するため体調や精神状態の影響も受けやすい。

 

「爆風は早いもので秒速8キロ。これは避けられません」

 

柊が連続で鞭を振るった。

一度地に足をつけてしまうと、こうして頭を抑えにかかってくる。

あきらかにこちらが飛び回るのを嫌っている。

 

「ですが、それは『爆発』の話」

 

勝己は生来の地頭も良く、思慮は浅いが観察力には優れている。

特に、相手の弱みを見つけることに聡く、それは自分も例外ではない。

 

自らの『個性』と十年以上付き合っていた。

その個性の弱点はよくわかっている。

 

汗腺の密度が高い手のひらでしか起爆に至らない。

起爆物質の濃度を下げる水濡れに弱い。

発汗が抑えられる寒さにも弱い。

 

「あなた、()()()()()()()

 

起爆には化学反応を()()()()()いけない。

百分の一秒で遷移する爆破プロセスの中で、そこだけがコンマ秒の世界。

 

彼の『個性』が持つ超常性は、手の平から分泌される爆発性物質そのものにある。

爆発自体は、化学的な契機による燃焼の発生と気体の急激な膨張という物理現象である。

 

極論を言えば、彼が起こす『爆破』とは『個性』を由来とする間接的な現象である。

こういった能力は、個性社会一般では「弱個性」にカテゴライズされる。

 

「球が早くても、投球動作がのろまでは台無しですねぇ」

「ベラベラとうっせぇわ!」

 

爆発が起こす運動エネルギーは強く、具体的には勝己が空を飛べる程。

それゆえに、前方に爆破を向ければ後方への運動エネルギーが生じてしまう。

これを利用したヒット&アウェイこそが彼の真骨頂であった。

 

「ならこうするまでだ!」

 

(あお)られた勝己はついに足を止めての連打を選択してしまう。

 

彼は自分と同程度に頭が回る相手と争ったことがなかった。

対手の柊うてなは、()()であるために、空中戦の効率と弊害をよく理解していた。

そして、あえて避けることで「当てさえすれば」という妥協を引き出すのが彼女の定石だった。

 

「こういうの待ってました」

「んなっ!?」

 

お店の暖簾をくぐるように、()()()()から無造作に現れた柊はすでに鞭を振りかぶっていった。

空気の震える音が、背後を通り過ぎた。

 

「がああああっ!!」

 

全身が強張り、倒れ込んでしまう。

勝己の肩に打ち込まれた鞭の先端はコスチュームを破り、背中までの皮膚を引き裂いた。

負傷を知覚した神経がさらに直に空気に触れて焼かれるような激痛に思わず絶叫する。

 

それを見た柊がにたぁ、と悦びの表情に変わる。

 

「あはぁ、いーい声で鳴いちゃいましたねぇ、爆発くん?」

「それが、本性か、こっの、サド女……」

 

喉を鳴らすだけで、呼吸するだけで痛みが走り、一息で喋れない。

支給された二人のインカムに、オールマイトの声が早口で入る。

 

『こら、柊少女、支給した装備を【個性】で改造してないか? その鞭は制圧用であって殺傷用でもないし、拷問用でもないぞ。度を越すと没収どころか銃刀法違反になるからね。あと一発で除籍なのは私の授業でも一緒だからね?』

「はい! すみません、気をつけます!」

「ぐ、ぎっ……」

 

柊はインカムに手をあててペコペコしながら足元ではぐりぐりと勝己の背中に(かかと)をめりこませていた。

訓練を止めないということは、そういうことか。ならば。

 

「お、オールマイト……」

 

勝己は苦痛に耐えて歯軋(はぎし)りを混ぜながら、くぐもった声で尋ねた。

 

「ブッ飛ばして、いいんスか……?」

『いいよ』

 

インカムの向こうから小さなため息が聞こえた。

 

『屋内って言ったのに外でやり合ったのは減点だけどね。屋外なら屋外の戦い方をすればいいさ』

「よォし……」

『だが、厳しいことも言おう。()()()、爆豪少年。君は実戦でも地面に這い(つくば)ってからそんなこと聞くのか?』

「くっ……」

 

「言われちゃいましたねぇ」

「うるせぇっ!」

 

勝己は足を跳ね除けて起きあがろうとしたが、ずしりと踏みつけられて地面に顎を打ちつけた。

 

「わたし、昨日お目にかかってからずっと言いたいことがありました」

「クソ重てえんだよメス豚! 足どかせや!」

「あなたには矜持(きょうじ)がない」

「ああ!?」

「井の中から見上げる星は、そんなに綺麗ですか?」

「ポエってんじゃねぇ!」

 

勝己は自爆覚悟で爆発を起こし、ようやく柊を引き()がして立ち上がった。

鮮血がぽたりと地面に落ちた。

この血が腕を伝い手の平を濡らせば詰んでしまう。

ここで決めなければいけない。

 

「まあ、それくらいはできますか」

 

柊が鞭で地面を打った。

打たれたコンクリートの地面が(えぐ)られ、拳大の破片を作った。

その破片がころりと転がったかと思うと、周囲のコンクリートがひび割れ、砕け、飲み込まれて急激に膨張した。

 

それからものの五、六秒で人間の倍近く巨大な白い腕が完成した。

その腕はまるで生きているかのように各所を筋張らせながら、拳を握り込んだ。

 

(これがこいつの『個性』?)

 

では、ここまで自分を圧倒したあの戦闘能力は何だ?

 

「さあ、(ヴィラン)、この腕に殴られたくなければ降伏しなさい」

「いまんとこテメェの方がよっぽど(ヴィラン)じゃねぇか! この複合型性癖痴女が!」

「そ、そんなことないもん!」

 

(溜まった……!)

 

勝己はここまで丁寧に温存してきた手甲を撫でた。

 

(威力だ。威力あるのみだ)

 

「オレは、なんぴとにも()びることは無ぇ!」

 

彼は自らの『個性』の弱みを知り尽くしているが故に、その道しかないと思い込んでいる。

 

「なぜなら! オレは! 立ちはだかる者全てに勝つからだ!」

「はいはい、では殴りますねぇ」

「死ねや後出しクソ女ァ!」

「醜い……ヒーローの矜持(きょうじ)を持ちなさい」

 

この戦いが爆豪勝己と柊うてなの長い因縁のはじまりであり、後のトップヒーローが残す武勇伝のはじまりだった。

 

 






【あとがき】  トップにもどる

※使い魔・飯田くん(インゲニウム)絶対どうにかするシリーズ:見た目は『でこぼこ魔女の親子事情』にでてくる毒コアラのイメージです。

※ヨロイムシャ登場まで書く予定が狂ってしまった……ので、次回短めの話を日曜日に投稿予定です。
その後は毎週ニチアサ投稿を続けたいと思います(セルフ追い込み)

(2024.01.02追記) なおまだニチアサ定着できてませんorz
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