飯田くんvs麗日さんの続きから。
※後半に出てくるヨロイムシャについては、原作の少ない情報をベースに、『個性』含めてまるごと捏造しております。
【もくじ】
01.雄英高校:戦闘訓練(中)
02.愛知県綾金市:ヨロイムシャ
※作中時系列として01と02は同時に進行中です。
────────
「おい、大丈夫か、
『なぜなら! オレは! 立ちはだかる者全てに勝つからだ!』
状況がわからないが、この声は間違いなく消耗している。動揺もしている。
本来なら即座に駆けつけたいところだったが、これは訓練であり、天哉は自分の責務を忘れていなかった。
せめてチームメイトに必要な情報を伝えようと、インカムを手に持ち、怒鳴るように声をかける。
「聞いてくれ!
『死ねや後出しクソ女ァ!』
「ああもう爆豪君め、音声カットしているな!」
状況は自分が手の届かないところで、相手の優位に傾きつつある。
天哉にはそう感じられた。
対戦相手の
本来なら、核から遠すぎない位置取りに散開し、連絡を取り合いながら波状攻撃を仕掛ければ完封もできたはずだ。
しかし、蓋を開けてみればそれは絵に書いた餅だった。
(つまり、これはコミュニケーションの訓練でもあるんだ)
突発的な組み合わせ、限られた時間、限定された条件の中でいかに有効な戦術を組み立てるか。
それを互いに伝え合い、チームプレイとして成立させられるか。
勝ち負けだけでなく、そういった内容も求められている。
(となれば、すでに減点は確定か……)
爆豪の暴走は納得がいかなかったが、天哉は深呼吸してそれを受け入れることにした。
「こうなれば仕方がない。個人として最善を尽くそう……」
(準備時間五分で仲の良さそうな女子二人だ。有効な戦術を組まれたと想定する)
『
相手の第一の強みは柊の『使い魔』で数の優位を確保できることだ。
運良く、天哉は柊と交流を持っていた。
二ヶ月前の入学試験の時に、柊の方から声をかけてきたのがきっかけだった。
天哉がヒーロー『インゲニウム』の親族だと見抜かれたのだ。
その時結構ナーバスになっていた彼は、兄の名に泥を塗らないように気を使いつつも、もしもお互い合格したら、という条件で兄について話すことを了承してしまった。雑にいなしてしまったのだ。
まさか彼女が合格してくるとは思っていなかった。
だが、実際話して見れば彼女はヒーローの事情に明るく、深い尊敬も感じられて好感が持てた。
普段の自分では考えられないほど話が弾んでしまった。
おかげで彼女の『個性』についても概要を聞くことができた。
本人
使い魔の性能は素材の質と柊本人の手入れ具合に依存する。
独自の知性を持つもばらつきがあり、指示には従うがわりと勝手に行動する。
そこまで思い出して、飯田はインカムの無線チャンネルを切り替えた。
「オールマイト先生、訓練のルールについて質問があります」
『どうぞ!』
「『個性』で作られたものに捕まった場合、あと核を奪われた場合はどういう終了条件になりますか?」
『少し待て、確か過去事例をメモったぞ……そう、そこは法律上の確保要件を基準とする。【個性】で
「承知しました、ありがとうございます!」
(となると、やはり第一に警戒すべきは、麗日くんだな)
麗日の個性は『
天哉と試験場が同じだったため、彼女の能力についてもその目で把握していた。
「使い魔を浮かせて上に送り込んで挟み撃ち……いや、人を浮かせられるなら自分を浮かせることもできるのか?」
いくらでも策が思いついてしまう。
考えるほどに厄介なコンビだった。
「そうなると、彼が飛び出してで柊くんを抑えたのはそこまで悪くなかったな……まったく、話が通じさえすれば」
(やはりこの広場で全方位警戒がベターだ。いざとなれば、核を抱えて逃げ回るか……)
天哉はそう決めると、部屋の中にある石ころや破片など、麗日の個性で利用されそうな物体を片付け始めた。
そして、思考に余裕が出始めたところではっと思い出す。
(しまった、今の俺は
飯田は己の善良な魂で考えつく限りの邪悪なオーラを纏った。
「俺はぁ……
「ぷぷっ、真面目か!!」
「むっ! ヒーロー発見!」
「ぬあっ!? してやられた! イタタ、ごめんて!」
『イ゛ッ!!』
居場所を知られた麗日はさっと姿を表した。
その肩にスマホサイズの生き物が乗っており、彼女が被るヘルメットをどつき回している。
麗日は天哉が守る核を狙う姿勢で向かい合い、大袈裟なアピールを始めた。
「さあ飯田君、核を返してもらうよ!」
「ククク……ヒーローめ! 君が来るのはわかっていた!」
「なにっ!」
「君対策でフロアの物は全て片付けさせてもらった! 君を倒してから部屋を散らかしたヤツに一言物申してくれてやるわ! フハハハハ!!」
「くっ、様に……なってる?」
『イ゛イ゛ーッ!!』
天哉の背後、別の入り口から中型犬くらいの大きさの、四足歩行の獣が飛びかかってきた。
黒い爪が天哉の首を狙ったが、腕のプロテクターで受け止める。
「
「私もおるよ!」
使い魔を弾き飛ばした天哉の背後に確保テープを巻こうと麗日が迫る。
「なんのっ!」
天哉は抵抗するフェイントを見せてから大きく跳躍し、ひねりを加えたバク宙で挟み撃ちの位置取りから逃れた。
「すごい! 体操選手みたい! さすがメガネや!」
『イ゛ッ!』
「いや、眼鏡にそういう効果はない!」
『柊少女、ストップだ』
「「!?」」
振り出しに戻ったところで二人のインカムにオールマイトの声が聞こえた。
『爆豪少年、戦闘不能と判断! 柊少女は爆豪少年に確保テープを巻いたら動いてよし』
「くっ、爆豪君がやられたか!」
「柊さん、やるぅ!」
麗日はガッツポーズをしながら、視線は天哉と合わせたままだった。
「さあ、ピンチだよ飯田君。でもこっちも負けてられへんなぁ?」
「ああっ、同感だっ……!」
天哉は逆境にあったが、今、その貪欲で意志の強い眼差しに出会えたことが嬉しかった。
(
ヒーローの家に生まれた天哉にとって、ヒーローとは近くて遠い存在だった。
幼少の頃から、家族が、兄がヒーローであるために、様々な制約を課せられた。
特に、兄と同じ事をやるのはほとんど許されなかった。
その隔たりが寂しくて、天哉は早く、一刻も早く兄と同じヒーローになりたかった。
努力の甲斐あって、全国区で有名なエリート校、
だが、そんなエリート中学校でも、雄英高校へ合格できるのは年に多くても一人だけ。
これはと思う人物はいたが、彼が家庭でよく見るヒーローの眼差しをした人は一人もいなかった。
彼にとって、そこはまだヒーローから程遠い場所にあった。
だが、雄英高校、やはり、ここはヒーロー科の最高峰だった。
今度こそ、ここに居るのは、本当になりたくてどうしようもないヤツだけなのだ。
なんだか破天荒なヤツが多すぎる気もするのだが。
彼は彼がなりたいものに、ようやく一歩近づいたと確信できた。
天哉は歓喜しつつも、頭の中ですばやく戦術を再構築する。
核を持って時間まで逃げ回る。
その最大の障害は足の速い使い魔……ではない。
とにかく核を奪われなければいいのだ。
核を確保したと判定されるのはヒーロー本人が触れた場合のみ。
援護の使い魔は体が小さく力も弱い。
(よし、演技が重要だ……)
狙いは決まった。
天哉は振り向いて核を
ロケットの形をした核はハリボテで、備品としてだいぶ使い込まれている。
当然持ち運びに苦はなかった。
「フハハ、さらばだヒーロー!」
「あっ、かしこい! 待て!」
『イ゛ッ!』
とはいえ両手で抱えるサイズのそれを持って動けばスピードは落ちる。
四足歩行の使い魔が素早く回り込んできた。
「と見せてっ!」
「えっ!?」
天哉は道を塞ごうとする使い魔の正面に核を置いて振り返り、膝を曲げて姿勢を低くした。
「行くぞ麗日くん! できれば首を
どるん、と一度、天哉の両足が大きく音を立てた。
ふくらはぎの『エンジン』が激しく振動し、そこから伸びる六対の排気管が大量の煙を吐き出し始める。
(初日から見せることになるとはな! だがここは全力あるのみ!)
個性『エンジン』は、ふくらはぎに出来たエンジンのような器官から爆発的な脚力を生み出す能力である。
ただし、その恩恵を受けるためには現実の原動機におけるトルクとギア比の関係に似た変速制御を必要とし、最高速に達するには一定以上の走行距離を必要とするという制約があった。
しかし『個性』は体の一部であり、筋肉のように脳からの指令を受け付けて柔軟な制御を可能とする。
このエンジンのような器官もその例外ではなく、制約を超えて無理やり最高速を引き出すための裏道が存在した。
ただし、使用後はしばらく『個性』を使えなくなる、エンストのような状態になるというデメリットもある。
天哉はその切り札を使って天秤を水平に戻すことを決めた。
狙いはもちろん目の前の麗日だ。
「トルクオーバー・レシプロバースト!!」
「え、ちょ、わっ!?」
麗日は
身長百八十センチ近い身長にゴツめのプロテクターを身につけた立派な体格。
それが爆速で迫る光景。
麗日からすればそれは自動車が飛び込んでくるのと大差なかった。
『『イ゛イ゛ーッ!!』』
「!?」
天哉は速度が乗ったジャンピングボレーの姿勢で、麗日を行動不能にしようと蹴りを入れたが、そこに柊の使い魔二体が割り込んだ。
麗日の肩に乗っていた小さい使い魔が天哉の顔面に飛びつき、一回目の蹴りが外れる。
天哉はそのまま体を水平に回転させて二度目の蹴りを放ったが、今度は大きいほうの使い魔が飛び込んで麗日を突き飛ばした。
「ぎゃんっ!」
その衝撃で麗日のヘルメットが飛び、本人は背中からころりと床を転がった。
天哉の蹴りは使い魔に
『イ゛ーッ……』
「くっ、仕損じた!」
「あ、危なかった……ありがとね、六号ちゃん……」
麗日はすぐに立ち上がり、壁を背に、手のひらを天哉に向けて威嚇した。
これに対して天哉は深追いせず、『エンジン』を止めて早期回復を図るという安全策を取った。
「……それ絶対連発でけへんやろ?」
「どうかな? この状態でも君くらいならば……」
そう言いながら、天哉は両手を広げてじりじりと近づいていく。
彼は内心、嫌な予感が拭えていなかった。
彼女がまだ『個性』を使った様子がないことに気がついたからだ。
ここで手をこまねいてしまえば本当に失策になる。
そう思い
「ぬかったな飯田くん!」
麗日が肩から斜めに垂らしていた紐を解いた。
「何を隠そう、今日の私は
「なにっ!?」
手を離すと、紐がふわりと浮かぶ。
その紐には五つの袋のようなものが連結されていた。
「『
そう叫びながら、麗日が両手の指先を重ね合わせた。
すると、紐が自らの重さを思い出したかのようにすとんと落下し、ズガガガガン、と重量感のある落下音が五連続した。
彼女の五指の先には『個性』に由来する肉球がついている。
その肉球に触れられた物体は無重力のような状態になり浮き上がる。
そして左右の肉球を重ね合わせることで、無重力状態は解除される。
五つの超圧縮ポケットのLEDが明滅し、カバーが開いた。
「それは、柊くんの……まさか!」
「そのまさかよ!
『『『イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ーッ!!』』』
中から五体のぬいぐるみのような生き物がシュバッっと飛び出してきた。
それは先ほど天哉が倒した使い魔よりひと回り大きく、体型もずんぐりマッシブだった。
「僕への
天哉はそのネーミングに
その五体の使い魔は、柊うてなが天哉との会話から得た情報を元に、彼の兄、対ヒーロー『インゲニウム』を想定して作った試作品である。
稼働時間が短かすぎるため柊は使用を見送ろうとしたが、麗日が『個性』を使って前線に運び込むことでその問題は解決した。
柊うてなが推し活の一環として夜な夜な興じるお人形遊び、ヒーローvsヴィランごっこは年月を経て実戦レベルの領域まで昇華されつつあった。
「やっちまいな!」
『『『イ゛ッ』』』
ボッ、と重たい空気が弾けるような音と共に五体の使い魔が散開した。
部屋の中を縦横無尽に飛び回りながら天哉を取り囲んでいく。
やはり戦いは数、戦力の集中投下。
「ぬ、ぬかったぁーっ! だが忘れるなヒーローよ! この俺を倒してもいずれ第二第三の飯田天哉がグワーッ!!」
天哉は最後まで
ボコボコにされる天哉の横を、麗日はつかつかと歩いて通り過ぎていく。
「切り札は先に見せるな……」
目を細め、あまり麗日でない、いかつい表情をしながら。
おそらく本人は漫画に出てくるハンサムな男性ヒーローを演じているつもりなのだろう。
「見せるならさらに奥の手を持て……なんちゃって! 回収!」
そう言って核ロケットに抱きついたところで訓練終了となった。
『ヒーローチーム、
────────
途中のサービスエリアで小休止をし、まもなく現地の都市高速に入ろうという所。
車載のカーステレオからは小さな音量でAMラジオが流れている。
やはりヒーローだからなのか、音楽よりニュースを聞いていたいようだ。
出久は運転する岳山に話しかけた。
「岳山さんってヒーロー科出てないですよね。どうやってヒーローになったんですか?」
「あら、うふふ、私に興味出てきちゃった感じ?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
一時間近い移動で話題がなくなってきたからやむなくである。
出久はそう自分に言い聞かせた。
「まず試験を受けるのは同じ。仮免試験と本試験ね」
「その中で、ここが一番大変だったとかあります?」
岳山は何かを思い出したのか、ルームミラー越しにものすごく嫌そうな顔を見せた。
「それはもう、仮免の飛び入り学科が地獄だったわ。内容は行政書士とヒーロー関連法を足して二で割った感じでね」
「うわぁ……そっからハードル高いんですね」
「一回実技で落ちちゃったんだけど、その時はちょっと海を見に行きたくなったわね!」
「はは……」
出久はスマートフォンで試験制度について調べ始めた。
「仮免は年齢制限もあるわ。十八歳以上。ただしヒーロー科
「単位?」
「そ。聞いた話だけどヒーロー科を併設している学校では結構抜け道があるみたいね。単位だけ与えて、仮免取れた子はヒーロー科に編入認めるとか、逆にヒーロー科から別の学科に籍を移したけどヒーロー免許は取れたりとか」
「やっぱりヒーロー科入るか入らないかでだいぶ違いますね」
「ま、溢れ者はちょっとご勘弁くださいっていうのが本音なんでしょうね」
「ですねぇ」
だが、目の前の女性はその溢れ者からスタートして、現在売り出し中なのである。
自分はかすりもしないと十分に解っているが、それでもサクセスストーリーには憧れる。
出久は
「本試験の資格は?」
「仮免を持っていることと、以下三つのどれかが必要よ。ヒーロー科を修了見込みであること、または六百時間以上のインターン実績とプロヒーローの個人推薦、または特定ヒーロー事務所からの推薦保証」
「特定ヒーロー事務所?」
「これ、三十年以上前に認定制度が廃止されてるのよ。不正が横行したから」
「その頃から残ってる事務所となると……」
「もうふたつしか残ってないわね。オールマイト事務所とヨロイムシャ事務所よ」
「おお……」
すっかり入れ込んでいる後部座席の少年を見て、岳山は少し目を細めた。
「ちなみにこれ、本試験の学科問題に出るわよ。本試験はヒーロー科の高校生に合わせて、こういうヒーロー関係の重箱の隅をつついて……引っ掛け問題がメインなのよね。楽勝だったわ」
「ああ、二輪免許の試験みたいな……岳山さんはどれで受験資格を?」
「そりゃもう、ヨロイムシャ事務所しかなかったわよ。インターンはどんだけ頑張っても一年かかるからやってられないわ」
「……お金、かかりました?」
「
「ええ……」
「だからヨロイムシャの道場に殴り込んで本人から推薦もぎ取ったわ!」
「うわぁ強い……」
「あははっ! あれもキツかったからあんま思い出したくないわー!」
岳山は何かを思い出しながらバンバンとハンドルを
これは自分には到底無理だなと思い、出久はため息をつく。
結局期待して聞いていた自分が少し恥ずかしかった。
──「その男」の家は、代々、やんごとなき者を守る役目を担い、そのために武技を磨いてきたという。
公家の一員でありながら東西を渡り歩き、各所に伝わる秘技秘術を暴き、その技を取り込み、文書に残して「お役目」に備え続けたという。
戦乱の時代が終わり、戦争の時代を乗り越えて、いつしか役立たずになったそれを、愚直に受け継いできたという。
やがて『個性』の時代が訪れようとしていたとき、その家はもはや衰退し、よくある貧困家庭のひとつとして命脈を断たれようとしていた。
その家に『
初代『
初代となる男に現れた『個性』が、その家に受け継がれてきた古の記憶を呼び起こすことで、
初代は超常黎明期に多大な貢献をしたヒーローの一人として列せられた。
息子である二代目もその『個性』と技を引き継ぎ、ヒーローとして活躍した。
その頃には『
その家の運命が変わるきっかけは、三代目となる「その男」が、受け継いだ『個性』の能力に疑問を呈したことだった。
個性『
「その男」は、その身でその奇跡を目の当たりにしながら、そんなオカルトな能力ありえるのか、と思っていた。
彼はその『個性』の本質を突き詰めようと、知と力と技を熱心に磨き続けた。
それは若き日の彼にとってもっとも幸福な日常だった。
だが、追い続ければいつかはそれに辿り着いてしまう。
真実というものはいつも人の都合に
ある日、「その男」は自分が読んだコミックの技を再現してみようとすると、それが簡単に出来てしまうことに気がついた。
そして、当時流行していた「やってみた」系の動画を撮って投稿したら鬼バズりした。
生来の目立ちたがりだった彼は、その方面に傾倒していく。
やがて「その男」は自らの『個性』を理解し、完全な納得を得た。
それは自らの肉体を以て望む動きを思い描くと、それに必要な術理を逆算して見出すことができるという、知覚増強系の能力であった。
原典というよりは、『
それは、曲がりなりにも修練の果てへと至った息子への妬みだったのか。
古くから
全てが終わった今となってはもうわからない。
ある日「その男」は父親から、何らかの怒りを買い、それは瞬く間に家を割る派閥闘争となった。
決して、伝統に対する不敬も、
「その男」はただ、己の武芸と『個性』に納得がしたいだけだった。
それだけの事がやがて家を割り、父子を挟んで老若男女が殺し合う闘争となり、父親が腹を切り、彼は世の無常を知り尽くす事となった。
「その男」に憎しみは無かった。悲しみもなかった。
ただ幸福な半生に培われた良識と人並みの責任感と、自ら磨き上げ──人を熱狂させ──果ては血に染めた武芸のみが残されていた。
その後「その男」は、砕けた破片をひとつずつ拾い上げるように、後始末を始める。
割れた派閥を習合して。
それぞれが食べていけるように仕事や住処の面倒を見て。
苦境にあえぐ者が犯す不正を目溢して。
高きを夢見る若人に広くその道を用意して。
そうして、長い月日で積み上げた清濁の人望を背負って、トップヒーローの一角を担うことになる。
三代目『
「その男」のヒーロー名は、ヨロイムシャという。
──警察官の
「
愛知県
講堂をまるごと一室借り上げて。一斉摘発本部を立ち上げていた。
現在は現地の警察官と、本日の摘発を援護するために招いたヒーロー達へ状況を説明している最中である。
「これは『エノルミータ』が現地の浮浪者やチンピラなどを金で集めて、騒ぎを起こす
部屋の壁面中央に立つ塚内から見て、右側に座る現地警察官が挙手と共に質問した。
「『エノルミータ』の目的は?」
「声明では『ヒーロー討伐』ですが、実際には騒ぎを起こした裏で密輸・密売などの取引を動かしていることを確認済みです」
「直近ですと、綾金港で摘発したレアメタル密輸船でも『エノルミータ』と取引したという自供がありました」
昨年の『多古場火災事件』以降、警察では本件をテロ事件として
『エノルミータ』捜査本部では、組織の全容を
この対象に選ばれたのが、今いる中部地方の大都市、綾金市である。
塚内は捜査には加わっていなかったが、ヒーローとの合同捜査に実績があるため、現場指揮監督として
補足を入れてくれた警察官にうなずき返し、塚内は説明を続けた。
「捜査本部では『エノルミータ』は騒乱を起こすことで最終的に金銭的利益を得ることを目的とした集団、つまり営利テロ組織であるとの見解を持っております。ふたつ目の令状はこのテロ支援の疑いということになります」
左側に座る女性ヒーローから挙手があった。
「今回の摘発における我々ヒーローの役割を教えてください」
「お願いしたいのはふたつになります。ひとつは騒乱を起こした
「なあ塚内」
しわがれた声が塚内の説明に割り込んだ。
室内の全員がそちらに注目する。
声の主は塚内の隣に座っていた。
全身を重そうな
彼の向かいに位置する部屋の奥には、彼が擁する十数名の
ヨロイムシャ本人と、その
律儀に会議には出席してくれるが、こういう場で彼が何かを発言しようとするのは稀だった。
「ヨロイムシャ、何か懸念事項が?」
「ああ、悪いとは言わん。が、ちと怖い」
「怖い?」
「うむ。なんというか……こやつら、やはり狙いは『ヒーロー』をぶっ殺したいだけなんじゃないかのお」
ちゃぶ台返しのような意見に、室内が静まり返る。
「……もし、そうであった場合はどうします、ヨロイムシャ」
「俺たちがやることは変わらんかもな。ただ……」
「その危険性も考慮して、増援のヒーローも毎日ローテーションで呼んでいます。今日はシンリンカムイ、デステゴロ、Mt.レディ……」
「いやいや、ヒーローのことはいい。そうじゃなくての」
ヨロイムシャは手を振って見せた。
面
だが、その声色は孫の心配をする
「仮に、狙いがヒーローだとするじゃろ? こちらを引っ張りだす為に、奴らがどうするか。当然市民を狙うんじゃないのか?」
「!?」
「この陣容で市民の安全を確保できるのか? という話じゃ。できれば、今警察がやっとるパトロールにヒーローも入れてくれんかの」
右の席の警察官がおずおずと発言した。
「今日は警備に通常の倍、配置しておりますが……」
「うむ、うむ。それは例えばこの外の大通りに百人の暴徒が雪崩れ込んでも対応できるかの?」
「いえ、それは……」
「その規模の襲撃が発生するかもしれないと思うのはなぜでしょう、ヨロイムシャ」
「いや、それは今日、ここに俺らがおるから……」
ヨロイムシャが言い切る前に、会議に参加していた警察官の無線機が一斉に騒ぎ始めた。
ここにいる警察官達はみな現場の警察官達を指揮する立場にある。
『出ました!
『草屋大通公園に
「馬鹿野郎! 具体的に報告しろ!」
『予想されていた
警察官達は立ち上がり、慌てて指示を飛ばし始めた。
騒つく室内で、ヨロイムシャを取り囲む
「もし俺らを全員仕留めにかかるとしたら、まあ最低でも四区画分は戦場にするじゃろな、と言いたかった……すまん、遅かったみたいじゃの」
「いえ……」
塚内は頭を抑えて考え始めた。
それを気遣うような声色でヨロイムシャが声をかける。
「塚内、今日は摘発を中止しろ。避難誘導に人員を割いてくれ」
「ヨロイムシャ!」
「これはもう差し込まれておる。昔を思い出すのう。今日の
「なっ……!?」
「俺は市民をヒーローの闘争に巻き込みとうない。
ヨロイムシャは立ち上がり、塚内の肩をぽん、と軽く
彼の合図に応えて
「なに、『犠牲』と『称賛』がヒーローの領分よ。ほれ来たぞ」
ヨロイムシャが指差した先、部屋の中央に黒い
突然視界に現れた漆黒を見て、その部屋の中にいた全員が息を飲んだ。
集まる注目の視線を通過して、中から二人の女が現れた。
「あれ、なんか変なとこ出た。間違えたか?」
「いや……合ってるよ」
一人は十歳くらいの幼い顔をした、細身の少女。
まず大きな蓮の花の髪飾りが目に入り、それを浮かべた砂色と深緑色の二色の髪が腰まで流れる。
独特の髪色に合う濃いめの肌は露出が少なく、フリルとレースの入った青いブラウスと白いスカート、ストライプのニーソックスと、少女らしいごてごてしさが散りばめられている。
もう一人は、隣の少女より頭ひとつと半分ほど背の高い女だった。
隣の少女に比べるとシンプルな、肩にかかる程度の金髪に純白のウィンプルを被せ、さらに漆黒のベールとワンピースで全身を覆って……いない。
シルエットだけ見ると修道服だが、胸の下半分から腹までが露出していた。
スカートにもほとんどスカートの意味がない深さで切れ込みが入っている。
いわゆる都合のいい感じのファンタジー世界に出てきそうな修道女のコスチュームであった。
へそ周りの生白い肌を真横に走る、真っ赤な三本の傷跡が痛々しい。
二人は周囲の注目を意に介さず、会話を始めた。
背の低いほうの少女が、もう片方の女を見上げる。
「回収は一時間後だ。合図は覚えてるな?」
「……うん」
背の高い女は前を向いたまま、少し低い、気だるげな声で返事をした。
「総帥サマは『成否は問わねぇ』ってよ。まあ前座って事だな」
「……目的は果たして見せるさ」
その返事に少女が肩を振るわせた。
「ひひひ……楽にしろよ。もうオマエはどうあがいてもこっち側だ。
「くっ……」
「好きなだけ暴れればいい。じゃあな」
少女の背中からわずかに黒い
残された女はそれからようやく周囲を見回した。
「さて……まずは犯行声明だ」
その女の声はどこか芝居がかっていた。
例えるなら、男役の歌劇演者。
「ヨロイムシャ、貴方には死んでもらう」
女は目の前の武者兜を見ながらそう言い放った。
ヨロイムシャは少し声を震わせながら笑う。
「ふふ、本陣に殴り込みとは……岳山以来か……また
顎に手をやり、少し首を傾げながらもう片方の手を振る。
「ほれ、お主ら、はよ動かんか。こいつがあれじゃろ? マジア……」
「違う……」
塚内が青ざめた表情で否定した。
捜査本部が認識していた、組織『エノルミータ』の幹部に相当する構成員は三名。
総帥を名乗る少女『マジアベーゼ』
元ヒーローの暗殺者『レディ・ナガン』
違法取引の仲介役『ヴェナリータ』
塚内の目の前に現れた二人はそのいずれとも異なる容姿をしていた。
それは捜査の進展と、前提の崩壊、両方を意味していた。
(また『転移』持ち……まさか、幹部級は全員使えるというのか?)
塚内は思わず、率直に尋ねてしまう。
「君は……何者だ?」
同席していたヒーロー達は身構え、ヨロイムシャの
警察官の一部も警棒や拳銃に手を伸ばす。
「僕は、『マジアハイデ』」
全周を武器で取り囲まれているにも関わらず、その女は両手を広げて堂々と名乗った。
「ご存じ悪の組織、エノルミータのお……お、女幹部さ」
そして