デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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役者が揃います。

【もくじ】
01.市民文化会館:魔剣vs武神
02.雄英高校:戦闘訓練(後)
03.綾金市街:合流

※全体的に流血描写、および人によってはグロを覚える描写があります。



(6)戦闘訓練(後)

01.市民文化会館:魔剣vs武神  

 

────────

 

「僕は、マジアハイデ。ご存じ悪の組織、エノルミータのお……お、女幹部さ」

 

マジアハイデを名乗る女は口上の途中で()んだ。

 

とある公共施設の講堂を借り上げて作られた捜査本部。

彼女はその中央に作られた会議テーブルのど真ん中に立ち、警察官とヒーローに取り囲まれていた。

 

修道服とはとても呼べない──だが日本のエンタメに毒された人種からすれば修道服としか呼び様がない──けったいな服装をした女は(ほお)を染めて黙り込んでいる。

 

その場になんとなくシュールで、いたたまれない雰囲気の沈黙が漂った。

マジアハイデは真っ先にメンタルを立て直し、講堂に漂う沈黙を自ら破った。

腕にポーズをつけて、首を傾げて見せる。

 

「さあ、どうしたんだい? ここにキラめくクズの(ヴィラン)がいるよ?」

 

対して、この場の指揮官である警察官、塚内(つかうち)が尋ねた。

 

「マジアハイデ、君は『エノルミータ』の構成員であり、外で騒ぎを起こしている連中の関係者ということでいいな?」

「ああ、そうだ」

 

それを聞いた塚内は女を指差して宣言した。

 

「マジアハイデを推定(ヴィラン)と認めます! ヒーロー、緊急逮捕を!」

「了解!」

 

ヒーローは建前上、個性犯罪者である(ヴィラン)を対処するための存在である。

特に警察官など、明確な法的権限を保有する存在の前ではその行動規定が厳格に定められている。

 

行動可能になったプロヒーロー達の反応は早かった。

この室内にいたプロヒーローは、ヨロイムシャと、彼の相棒(サイドキック)が十数名に、警察と連携する現地ヒーローが数名。

その中から制圧用、捕縛用の飛び道具や『個性』が放たれ、漏れなくマジアハイデに命中したかに見えた。

 

「くっ……そういう『個性』か!」

 

だが、放たれた飛び道具は全て、その女に当たる寸前で何かに弾かれ、力無く床に落下した。

 

ごめん(パルドン)、うっかりしてた……(ヴィラン)は僕の方だから……」

 

マジアハイデは少しうつむいて、小声でぼやく。

自らの衣装から盛大に露出した腹部、へその上辺りに手を当てた。

 

「僕から先に手を出さないといけなかったね」

 

その腹に刻まれた三段斬りの傷痕が妖しく輝いた。

 

 

『ネビルケイン』

 

 

そうつぶやくと、その腹にあてられた指の隙間から木の枝のようなものが伸びて、枝分かれし始めた。

枝は何かを探し回るかのように、彼女の腹回りを出鱈目(でたらめ)な方向へと伸びていく。

それは人の目においてはゆっくりと遷移して見えるが、植物としては劇的な速さだった。

 

「木……いや、花……?」

 

マジアハイデの腹から伸び続ける枝の先にいくつもの蕾が生じ、紫色の花の中央に黒い花弁が瞳のように際立つ、ジャノメエリカの花が連なって咲いていく。

 

「んっ……ああっ、ぐう……はっ、ううっ……くぅん」

 

前屈みになり、何かを引き摺りだすような姿勢をする女の腹の上で、低木の枝は繰り返し伸びては朽ち、花は咲いては落ちていった。

 

絵面(えづら)よ」

 

ばつの悪そうな感じでヨロイムシャがつぶやく。

 

いまだに攻撃の意思を見せない(ヴィラン)がおっ始めた美しくもグロテスクな光景に、周囲のヒーロー達は思わず次の手を止めてしまっていた。

 

やがて全ての花木が枯れ落ちて、姿勢を戻したマジアハイデの手の中に、長さ50センチ程の木の枝を捻り合わせたような棒切れが残った。

 

「ふぅ……お待たせ」

 

ヨロイムシャはその棒の形状と意匠から連想するものがあった。

 

(……あれは、(つか)?)

 

そして彼の『個性』は、その女の目の動き、姿勢、手足と肩のごく僅かな起こりから、右手に握られたそれを「どう扱おうとしているか」読み取った。

 

『ホワイトリスト:内臓、筋肉、神経、骨、(けん)……』

長巻(ながまき)じゃあっ! 身構えい!!」

 

何かを念じるようにささやかれる女の声を、ヨロイムシャの怒号が打ち消した。

それは老人が出したとは思えない明朗さで室内に響き渡る。

が、その声に反応できたのは彼の相棒(サイドキック)達だけだった。

 

マジアハイデの右手の柄から細い棒状の光が伸び、3メートル離れて横にいたヒーローの胸を貫いた。

 

「えっ」

 

光を受けた女性ヒーローは驚きの表情で自分の胸元を見下ろす。

貫通した光はそのまま伸びて壁に当たった。

 

伸ばした光をそのままに、マジアハイデは右手を前方のヨロイムシャに向かって振り抜いた。

ヨロイムシャは両隣に立っていた塚内と職員を引き倒しながら、自らも倒れ込むような角度で深く腰を落とす。

 

光の束が彼の頭上を通過していった。

その線上にあった机や椅子、壁際の備品などが一瞬だけ何事も無かったかのように(たたず)んだ後、切断されてけたたましく崩れ落ちていく。

その光を回避できなかったヒーロー達もまた、苦痛のうめき声をあげながらその場にしゃがみ込んだ。

 

中央の女はその結果を見ずに半回転し、ヨロイムシャに背を向けて、彼の相棒(サイドキック)達に向かってもう一度光の剣(ネビルケイン)を振り抜いた。

 

甲冑(かっちゅう)を纏う戦士達はその攻撃に反応した。

飛び退(しさ)る者、跳躍する者、身を伏せた者。

光を受け止めようと試みた数名を除く、全員が回避に成功し、そのまま散開して反撃を開始する。

 

「くうっ……」

 

マジアハイデは彼女を取り囲もうとする相棒(サイドキック)達を牽制するように、光の刃を振り回した。

その刃の長さは腕の長さまで縮んでいたが、その刃に触れた刀身や穂先は切り落とされていく。

武人の群れは連携して激しく剣や槍を繰り出していたが、女の体にそれは届かず、その寸前で火花を散らして弾かれていた。

 

その攻防が数秒続いた頃、大量のガラスが割れたような音と共に、部屋全体が小刻みに震え始めた。

室内の壁に細かいヒビが入り、天井からも何らかの破片が降ってくる。

 

「な、なんだこの揺れは!?」

 

ヨロイムシャは慌てる塚内を抱き起こし、その背中を(たた)いた。

 

「塚内! 陣替えせいっ! ()()()()()()!」

「なっ!? わ、わかりました! おい君、しっかり! 立てるか! 通信所Bの3号室に本部を移す!」

 

塚内の声に返事は無かったが、軽傷らしい警察官達はよろよろと立ち上がって移動を始めた。

 

「動けるものは避難しろ! 怪我人を運び出せ! これは俺が受け持つ!」

「「応!!」」

 

(ヴィラン)を取り囲んでいた相棒(サイドキック)達は、ヨロイムシャの声に威勢の良い返事をすると、脇目も振らずに倒れたヒーローや警察官達を介抱し始めた。

 

その切り替えの良さ、行動の機敏さに、マジアハイデは呆気(あっけ)に取られたが、すぐにヨロイムシャの方に振り返った。

 

「ははっ、すごい。これがプロヒーローか……」

「まずは一騎駆け、お見事! じゃがこれ以上は俺がやらせん!」

 

マジアハイデがその手の柄を正眼に構えた。

光の剣が再び伸長し、3メートル近い長さになる。

 

「一騎討ちなら歓迎だよ。ここは僕には狭過ぎる」

「よろしい、参るぞ!」

 

ヨロイムシャが目の前の机の残骸を蹴り飛ばした。

木製の天板はマジアハイデにぶつかるコースで飛んだが、彼女はそれを意に介さず、机の向こうのヨロイムシャを狙って剣を振り下ろした。

 

虎潜(とらくぐ)り!」

 

両断した天板の向こうに人影は無かった。

机がマジアハイデの視界を(さえぎ)った瞬間、ヨロイムシャは足を百八十度開脚させて地を這う姿勢で前進していた。

そして、そのまま両手両足を開いた姿勢で拳を放つ。

一瞬で距離を詰められたマジアハイデは目を白黒させながらも両腕を組んで受け止める姿勢を見せた。

 

原木流通背拳(はらきりゅうつうはいけん)!」

「がっ……!?」

 

拳を撃ち込まれた女の体がくの字に折れ、三歩後ずさった。

 

「『障壁』がっ……なぜ!?」

「その手の『個性(ヤツ)』は結構おるからの!」

 

ヨロイムシャは拳を放った姿勢のままで一度大きく息を吸った後、今度は両手を組む姿勢で突進した。

 

「ぬうんっ!」

「くっ!」

 

マジアハイデは崩れたままの姿勢で苦し紛れに光の剣を突き出したが、読まれていたのかあっさり横に避けられてしまう。

そのまま二人は接触し、互いの鼻がこすれあうような距離で、剣を握る拳と十字に組まれた籠手が交差する形になった。

 

無刀鍔迫(むとうつばぜま)りぃ……!」

 

ただ接触しているだけはずの腕に挟まれ、剣を握る両拳が全く動かせない。

それどころか凄まじい圧力でじりじりと押し込まれていく。

 

「ぐっ、こ、これが……オリジン……」

 

マジアハイデは最後まで言い切れなかった。

このまま押し込まれれば自分の剣で肩を斬られると思い、必死で押し返す。

 

 

──No.8ヒーロー、ヨロイムシャの個性、『武の原典(オリジン・オブ・アーツ)』。

 

武芸武術に関わる「勘」のようなものを強化する、知覚増強型の個性である。

肉体的な強化は一切無いこの『個性』は、知覚に働きかけるふたつの能力で構成されている。

 

ひとつは、視覚情報から相手がどのように動くかを高い精度で読み取る、『見取り』の能力。

これにより条件が揃えば対人戦闘において予知能力のような先読みができる。

 

もうひとつはある動作を想像したとき、それが自身の肉体で可能であれば、それを実現するために必要な体の動かし方、鍛え方を見出すことができるという能力で、彼は『想起』と呼んでいた。

 

この『想起』の能力により、ヨロイムシャは文献の知識から多彩な武術をその身に呼び起こすことができる。

さらにその全てを組み合わせた応用技まで習得できる。

その中にはアニメや漫画に出てくるような荒唐無稽で見映えの派手な技もあり、バトル物のエンタメが大好きな少年少女達の憧れの的となっていた。

 

長柄から光の刃を放つ女に対し、無手で鍔迫(つばぜ)り合いを続けているヨロイムシャの脳裏に、大きな困惑があった。

 

(『可能』判定……じゃと!?)

 

彼は戦いにおいて、相手の『個性』含めた戦闘能力を見切るために、相手の行動を常に『想起』で照合している。

『想起』は想像した動きに対して、一瞬で三種類の判定を下すことができる。

 

ひとつ目は『不可能』判定。相手の『個性』、あるいは肉体独自の性能によるものであり、己の肉体ではどうあっても実現できないもの。

 

ふたつ目は『困難だが可能』判定。物理的には実現可能であるが、実際には他者や機械による補助が必須なものであったり、あるいは実現プロセスが壮大過ぎて、仙人にでもなるような鍛錬が必要であるもの。実質的にひとつ目と同じ『不可能』判定である。

 

三つ目は『可能』判定。自身の肉体と、現実的な範囲の鍛錬により可能とされるもの。

 

マジアハイデが振るう光の剣には少し期待したが、『不可能』判定だった。

これは完全に彼女の『個性』に由来する能力ということである。

 

『可能』判定が出たのは、彼女が相棒(サイドキック)達の剣や槍による攻撃を弾いていた、不可視の壁のような能力だった。

常識的に考えて、こちらこそなんらかの『個性』によるものとしか思えなかったのだが。

 

(あれが技術だとでもいうのか?)

 

信じられないが、自分にも可能ではあるらしい。

己の隠された才能によるものか、知られていないだけで人類一般に隠された能力なのか。

 

(なるほど、この未知の技術、これがエノルミータの強みということじゃな!)

 

思わぬきっかけで得た、重要な情報だった。

ヨロイムシャは必ず持ち帰り検討しようと決意する。

 

だが、そのためにはこの戦い、最低でも生還しなければならなかった。

迫り合いが長引くと、マジアハイデが徐々に押し返し始めた。

 

(ええい、この女子(おなご)め、なかなかの剛力!)

 

相手の刃を肩まで押し込んで勝負を決めるつもりだったが、己の老いた腕力では無理だと悟った。

 

(この剣は危険過ぎる。場所を変える!)

 

彼は切り札のひとつを使うことを決意する。

 

「ははっ、歳は取りたくないものじゃな!」

「うっ、このっ!」

 

腰を低く前進して三歩踏み込んだ。

鍔迫(つばぜま)りの変化を警戒したマジアハイデは思わず上半身を硬直したまま脚を踏ん張ってしまい、ヨロイムシャの肩に乗り上げる姿勢となった。

 

武の原典(オリジン・オブ・アーツ)』は、常人の身体能力で実現可能な範囲に限られるという重い制約があるが、ひとつだけ抜け道があった。

 

技を使う際の()()()()を設定できるのだ。

例えば、背中に背負ったガスジェットの推進力が加えられた状況下など。

 

「ブースト縮地(しゅくち)ィ!!」

「ぐっ!?」

 

ヨロイムシャの背中に取り付けられたスラスターからガスが噴出する。

背中に推力が生じると、彼の両足が複雑なステップを踏み、力の方向が変換されていく。

二人は組み合った姿勢のまま水平に爆進し、締め切られていた両開きの扉を突き破ってエントランスホールに飛び出した。

 

『障壁』による防御はあれど、背中を打ち付ける衝撃はあったのか、マジアハイデの姿勢が崩れる。

ヨロイムシャはその隙に相手の腕を取り、脇に入れて固めた。

スラスターから白い煙が大量に噴出していく。

 

女子(おなご)よ、俺の首が欲しくば、このまま付き合ってもらうぞ!!」

「こ、この技は……?」

「はははっ、これはただのロケットダイブじゃあ! ファイア!」

「うわぁーっ!?」

 

空気が震えるような轟音に、猛烈な白煙と炎。

メインブースターの点火と共に、二人はガラス張りの外壁を突き破って上空へと飛び出した。

 

 

02.雄英高校:戦闘訓練(後)  

 

────────

 

最初の戦闘訓練が終わり、建物の上階で争っていたお茶子と飯田(いいだ)は、地下のモニタールームへと向かうために階段を降りていた。

 

「ううっ、ぐすっ」

 

飯田は男泣きに泣いていた。

彼の全身を包む白く頑丈そうなプロテクターは引っ()き傷だらけになっている。

その手に、(ひいらぎ)うてなが創り出した小さな『使い魔』が、背中から両脇を抱き上げられるような形で握られていた。

 

『パトラッシュ、ボクはもう疲れたよ……』

『いいんだ……ネロ……これでいい……』

『えっ!?』

『ベッドの上で死ぬなんて期待してなかったさ……オレは犬だからな』

『ああ、そんなっ、パトラッシュ!』

『帰るところが欲しかっただけさ……旅に出たら帰る場所がな……』

『パトラァァァァーッシュ!!』

 

動物のぬいぐるみのような姿をした『使い魔』の背中には、ひび割れたスマートフォンのディスプレイが一体化しており、その画面にはアニメの名シーンを切り抜いたショートムービーが流れていた。

 

「だ、だめだ、ボクはこのシーンを観るとどうしても涙が止まらないっ!」

「わかるー、ここ泣けるよねぇ」

「おのれ柊くん! 昨日好きなアニメを聞いたのはこのためか!」

「いやちゃいますやろ。でもめっちゃリサーチされとるね」

 

飯田は『使い魔』をお茶子に手渡すと、コスチュームのポケットからハンカチを取り出して顔を拭き始めた。

 

「うん、それだ……柊くんの凄さが分かってきたぞ」

「ほう?」

「彼女は下調べと準備が徹底しているんだ」

 

お茶子は我が事のように、うんうんと繰り返しうなずいた。

 

「対飯田君用『使い魔』がぽんぽん出てきたときはこの麗日も真顔になりました」

「だが、惜しいな……」

「何が?」

「そのポケットの『使い魔』達のことだ」

 

お茶子が聞き返すと、飯田は彼女の背中に背負われた超圧縮ポケットを指差した。

紐で(つな)がれた五つの超圧縮ポケットは、中身が詰め込まれて総重量は20キログラムに達しているが、今はお茶子の『個性』で軽々と運ばれている。

 

「九十秒しか動けないとは。もう少し長く動けたら、訓練相手として理想的だと思ったよ」

「あーなるほど、柊さんに頼んでみたら?」

「そうしてみよう」

 

建物の一階まで降りた二人はそれぞれチームメイトと合流するため外に出た。

 

「柊さん! お疲れ様!」

「あ……お、お疲れ様です……」

「爆豪君……」

 

柊は黒光りする鉄の鎖を肩にかけて引っ張っていた。

鎖の先には四肢を拘束された爆豪が(つな)がれていた。

 

うつ伏せにされ、手は背中に回されている。

その手に確保テープがチョロっと適当に巻かれていた。

両足は鎖で縛られたうえに、膝を曲げられて手と(つな)がっていた。

 

海老反りぎみの姿勢で固定された爆豪の口にはハンカチが猿轡(さるぐつわ)のように巻かれ、さらに鎖を()まされていたが、爆豪はその仕打ちにも負けず、瞳を釣り上げて鎖を()みちぎらんと(うな)り声をあげながらガジガジしていた。

 

「ガルルルル!!」

「「野生の獣か……?」」

 

お茶子と飯田は思わず声が揃った。

 

爆豪の手が血に染まり、まだそれが固まっていないことに気づいて、飯田は顔を(ひそ)める。

そして、暴れ続ける爆豪の側に膝をついて語りかけた。

 

「すまない爆豪君。俺にもチームメイトとして至らないところが多かった……」

「ガルルルル!!」

「君にもそんな怪我をさせてしまったな……」

「!?」

「悔しい気持ちはよくわかる。だが今日はチームとして負けただけさ」

「ガルル……!」

「俺たちには次がある。個人としてはまだ負けていないからな。お互いそう思って励もうじゃないか」

「……」

「さあ、その鎖を外そう! 手を貸すからまずは立つんだ!」

 

「「猛獣をなだめる飼育員さんみたい……」」

 

お茶子と柊は思わず声が揃った。

 

 

──地下のモニタールームに入ると、クラスメイト達が四人を取り囲んだ。

 

「爆豪、肩と背中大丈夫か?」

「ドンマイ!」

「火力はお前の方がすごかったぜ!」

「だが質量は正義だったな」

「チィッ!!」

「お前、舌打ちで返事するなよ……」

 

「にしし、うてなちゃんは戦闘になると性格変わるねぇ」

「うう……お恥ずかしい」

「かっこよかったわよ。でもあんなふうに人を痛めつけるのはヒーローとしてよくないと思うわ」

「き、気をつけます……」

 

騒ぎを収めようと、オールマイトが手を(たた)いた。

生徒全員が彼に注目した。

 

「さあみんな、ちょっと振り返りをしようぜ。つっても、今戦のベストは飯田少年だけどな!」

「なな!?」

 

飯田が驚いた表情でカクカクし始めた。

 

「ええー 私お茶子ちゃんだと思ったー!」

「俺も麗日だと思うなぁ」

 

葉隠(はがくれ)瀬呂(せろ)はオールマイトの見解に否定的だ。

 

「さあなんでかな? わかる人手を上げてー、ハイ八百万(やおよろず)少女と蛙吹(あすい)少女!」

 

オールマイトが両手でビシっと二人の女生徒を指差す。

二人は目配せをし合った後、背の高い八百万の方から話し始めた。

 

「まず、目の前の戦闘に固執し続けた、柊さんと爆豪さんは論外ということでよろしいですわね?」

 

クラスメイト全員が沈黙で同意した。

 

「チッ!」

「……」

 

爆豪は舌打ちをして横を向き、柊はしょんぼりとうつむいた。

 

「一方で飯田さんと麗日さんはそれぞれ完璧に役割を果たされたと思います。それで勝利した麗日さんの方が高評価というのはもっともなご意見ですわ。ですが、お二人の間で優劣をつけるとなりますと、麗日さんは判断ミスが目立ったと申し上げざるを得ません」

 

「ああー、実はそうじゃないかと……」

 

麗日はヘルメットの上から後頭部を()くポーズをした。

 

「麗日さんの大きなミスはふたつあります。ひとつ目は突入のタイミング。バレたのは仕方ないとして、その後の動きが大袈裟過ぎましたわ。あれではご自身が(おとり)だと言っているようなものですね」

 

麗日は顔を赤くして後頭部を()くしぐさを加速させた。

それをくすりと微笑んで見守りながら、八百万は手を差し出すジェスチャーを蛙吹(あすい)に送る。

蛙吹は少し首を傾けて、長い人差し指を(ほお)にあてながら説明を引き継いだ。

 

「ふたつ目は増援を投入するタイミングね。お茶子ちゃんもわかってるでしょうけど、飯田ちゃんの大技で負けそうだったわね。シチュエーション的にも、核の安全を確保するために、なるべく早く投入してしまうのが良かったと思うの」

「ううー、やっぱりー、恥ずかしいわー」

「それでも勝てたのは、うてなちゃんとお話しをしてしっかり作戦を立てたからよ。そこはオールマイト先生も花丸をくれるはずだわ」

 

注目を集めたオールマイトは深くうなずいて見せた。

 

「飯田ちゃんは最初のコミュニケーションは失敗したけど、それ以外は最善の行動だったと思うわ。うてなちゃんはのんびり爆豪ちゃんを縛ってたから、あの技が決まっていたら時間切れで勝てたでしょうね。(ヴィラン)の役割にも徹していて素敵だったわ。オールマイト先生、こんなところでどうかしら?」

 

「うん! ありがとう! 思ってたより言われた!」

 

オールマイトのジョークとも本音ともつかない返事にクラスは笑いに包まれた。

褒められた飯田はじーんと感じ入ったような表情で上を向いている。

八百万と蛙吹はお互いの手のひらを軽く(たた)き合った。

 

「さて、講評は終わりだ。次のチームは準備を始めなさい」

「よぉーし! 行こうぜ尾白(おじろ)くん!」

「あ、うん……」

 

尾白はちらりとオールマイトを見て、「あんな装備で大丈夫か?」と顔で訴えたが、オールマイトがうなずき返して見せると、諦めて服を脱いだ透明少女、葉隠(はがくれ)を追っていった。

 

 

「爆豪少年は今すぐ治療を受けてきなさい。その肩と背中はなかなかの怪我だぞ」

「チッ……」

「柊少女、君もチェックを受けに来いとのことだ」

「ええっ!?」

 

柊は嫌そうな顔をした。

その白と藤色のコスチュームは爆風を直接浴びて焦げ付いていた。

肌の露出が際どいその姿を峰田が()めるように凝視していたが、小さな『使い魔』の右ストレートを顔面に受けて殴り倒される。

 

「……今じゃないとダメですか?」

 

オールマイトは柊の肩に手をかけ、本校の大御所について切々と語った。

 

「大昔からの不文律でな。この雄英高校ではリカバリーガールの()()()を煩わせることは御法度なんだぜ! ありがたくご指導をいただくように!」

「はぁい……」

 

柊は力なく返事をして、爆豪を追って部屋を出ていった。

 

 

 

──勝己と柊の二人は戦闘訓練が行われているグラウンドβ(ベータ)を離れ、リカバリーガールが詰める医務室に向かっていた。

 

勝己は歩きながら、ぼそりと、その数歩離れた後ろを着いてくる柊に声をかけた。

 

「おい、サド女」

「……変な呼び方しないでください。爆発くん」

「お前もだクソが。俺に『矜持(プライド)がねぇ』ってどういう意味だ?」

「あなたはみみっちいんですよ」

「んだとゴラッ……ぐっ……!」

 

即答した柊に勝己は思わず爆発したが、振り向こうとして腰を捻る動きが背中の傷を引き()らせた。

勝己は弱みを見せまいと痛みをこらえ、何事もなかったかのように前に向き直った。

二人はそのまま調子を変えずに歩き続ける。

 

「オールマイトは、もうすぐいなくなってしまいます」

「はぁ?」

 

それは勝己にとっては突拍子もない、ズレた回答だった。

 

「No.2ヒーロー、エンデヴァーは正しいんです。わたしは嫌いですけど」

 

だが、その真剣な語り口に、勝己は思わず聞き入ってしまった。

 

「わたしたちにとって、オールマイトのいない世界でNo.1になる意味って何ですか? そこに誉れはあると思いますか? あんなの長者番付で一番になるのと対して変わんないですよ。ただの結果(スコア)です。とりあえずそのスコアだけでも勝っとこうっていうエンデヴァーの姿勢もみみっちくてわたし大嫌いなんですけど」

 

そこまで早口で言い切ってから、柊は少し息をついた。

 

勝己はそれに同意できなかった。

その時代のナンバーワンになれればいいと思っていた。

彼の将来における仮想の競合相手は、エンデヴァーだった。

 

ヒーローを目指す少年少女達の多くは、想像の中でそう置き換えている。

自分と、オールマイトを置き換えて、エンデヴァーを仮想敵にしている。

 

「ナンバーワンがそうなのではありません。オールマイトが平和の象徴なんです」

 

それは少し理解できた。

彼自身もまた、平和の中で生まれ育った世代の人間であり、平和の尊さというものは文語表現でしか理解していなかったから。

平和しか知らない自分は、到底そんなものにはなれないだろうと割り切っていた。

 

「だから、次にナンバーワンになる人は、()()()()()()()()()()のです。遅くとも、人々の記憶にオールマイトの伝説が残っている内に」

 

ああ、つまり。

勝己はようやく話が飲み込めた。

柊は、この時代におけるヒーローというものを、突き詰めた先の話をしている。

 

「わたしは、あの人の輪郭をもっと知りたいし、知って貰いたい。布教したい。あの人を永遠にしたい」

 

勝己は率直に、滑稽だと思った。

一体どこから目線だと馬鹿にしたくなる。

そもそもこの女はすでに除籍寸前で、まともなヒーローになれるかもだいぶ怪しいのだ。

入試でトップ合格した自分より明らかに下である。そのはずなのだ。

 

「だからこそ、超えて見せたいと思っています」

 

馬鹿馬鹿しい。できるはずがない。

そう思ったが、心のどこかに引っ掛かりを覚えた。

勝己はその()()を、幼少期の思い出としてすでに記憶していた。

 

「あなたは、そのつもりがありますか? エンデヴァーのように、わたしのように、オールマイトのいる世界に踏み込むつもりがありますか?」

「……」

「……ヒーローの矜持(きょうじ)とは、そういうことです」

 

勝己は吐き捨てるように言った。

 

「ケッ……その程度の力でエンデヴァーと同列のつもりかよ?」

「それは確かに、わかりませんねぇ。あの人もまた別格ですから」

 

今度こそ傷を庇いながら後ろを振り返ると、柊はにまぁと、訓練中に勝己を痛めつけたときのような愉悦の笑顔を見せていた。

 

 

「ですが、もしエンデヴァーがここにいて、私と競うとしたら……私はやり合えるつもりです。()()()()()()()

 

 

その(ゆが)んだ笑顔がなぜか、彼の『理想』の一部と重なってしまった。

 

川に落ちて、助けを求めたあの日と同じように。

あの日、当然のように手を差し伸べてきた、モジャモジャの緑色が思い浮かんだ。

 

そうして、勝己は雷に打たれるように敗北感を自覚した。

 

「クソが! ……クッソ!! 俺はこっからだ! テメェには絶対に勝つからな!」

 

張り裂けそうな感情を隠すのに必死だった。

捨て台詞を吐いた勝己は歩調を強め、柊を置き去りにしていった。

 

取り残された柊はマイペースで歩き続ける。

 

「……私はわかっていますよ、オールマイト」

 

血に染まった勝己の背中を、強い感情を込めて見つめていた。

 

「『次』は……彼ですよね? ええ、私も()()()()しますとも」

 

 

 

──と、その時は意気込んでいたうてなだったが、その後医務室でリカバリーガールにこってりと絞られてしまい、学校を出て綾金市に『転移』する頃にはすっかり心が弱り切っていた。

 

「もうヤダぁー、学校やめたいですぅー!」

「いきなり何だい」

 

市街の中心地を望む高層マンションの一室。

悪の組織『エノルミータ』はこの部屋を借り上げて、綾金市における前線基地としていた。

 

とはいえ借りたばかりで家具らしいものはほとんど置いておらず、少々の機材とソファーが置かれているだけの殺風景である。

 

うてなはぬいぐるみのような黒い異形、ヴェナリータを胸に抱きながらソファーに座り込んでいた。

 

「しんどいです! 授業は難しいし、先生は怖いし、ヒーローの卵はホントに卵でものすごく気を遣うし! もうマジアハイデも手に入ったし、わたし行かなくてもいいですよね!?」

「まだ二日目じゃないか。流石に方針転換には早過ぎるね。もうちょっと頑張ってみてよ」

「ううーっ……」

 

うてなはぐりぐりと額をヴェナリータの後頭部に擦り付けたが、黒い異形は意に介さなかった。

 

「それに、今日は()()()()なんだろう?」

「……ええ、そうですとも。もう、このために生きてますよホントに……」

 

うてなはソファーから立ち上がり、ヴェナリータを解放した。

制服スカートのポケットから、白い星形のアクセサリーを取り出して握り込む。

 

変身(トランスマジア)

 

そのアクセサリーの中にはうてなのコスチュームが格納されており、『魔力』を込めてキーワードを発することで即座にコスチュームを取り出して着替えることができるという「変身アイテム」であった。

 

アクセサリーが光を放つ中、一瞬にして『エノルミータ』総帥、マジアベーゼの姿に変わったうてなは再びソファーに深く腰を下ろし、足を組んだ。

 

「Mt.レディは?」

「移動中だけど、もうすぐ到着するよ」

 

ヴェナリータが紙パックのジュースにストローを挿して差し出した。

うてなはそれを受け取り、ストローを(くわ)えようとしたところで何かを思い出して中断する。

 

(トラップ)の準備はできていますか?」

「できているけど、肝心の()()がまだ来ていないよ」

「……まあ、アレはただの思いつきですから、最悪ナシでいきますかね」

 

それだけつぶやくと、ちゅー、と音を立ててジュースを飲み始めた。

 

「ひとつ不思議なことがあってね」

「?」

「ちょっと『魔力』が多いような……」

「事前の計測より多いということですか?」

「うん、ホントにちょっとなんだけどね。でも誤差とはいえないレベルでもある」

「『魔力』の素養を持つ人が居合わせているのでは? わたし達が見つけられていないだけで」

 

うてなは自分の考えを述べはしたが、あまり興味はなさそうだった。

ヴェナリータも両手を広げて肩を(すく)めた。

 

「まあそんなところなのかな。ちなみにマジアハイデの方はなかなか健闘しているよ」

「それはなにより。()()()()は説得するおつもりなんですよね?」

「そうだけど、倒せるならそれに越したことはないからね」

「まあ、そちらの塩梅(あんばい)はお任せします。今日、わたしはMt.レディが本命ですので」

「ボクにとってもそうだよ。応援しかできないけど頑張ってね」

「もちろんです」

 

所々で黒煙が登り始めた街を見下ろしながら、うてなは(ほお)を緩めた。

その表情は、そこで起きている全てを愛おしむようだった。

 

 

 

03.綾金市街:合流  

 

────────

 

 

──出久(いずく)を乗せ、岳山(たけやま)が運転するライトバンは綾金市に入り、まもなく目的地の中心街へ辿り着こうとしていた。

 

横から緊急車両のサイレンの音が聞こえて、車は交差点の手前で停車する。

 

赤色灯を回転させるはしご車と数台のパトカーが連なって交差点を横切っていった。

 

「火事ですかね?」

「きな臭いわね……警察庁の車両があった」

 

交差点を通過して再加速したところで電話の着信音が鳴った。

 

「あら、先輩?」

 

岳山はインパネに固定したスマートフォンへ手を伸ばす。

ディスプレイには「デステゴロ」の文字が浮かんでいた。

通話を開始すると、風の音と男の声が車内に響き渡った。

 

『岳山か? 車見えた! 左の四階建て白黒ビルだ! 飛び降りるから拾って!』

「はああぁ!? ……ちょっ!! ばっっかじゃないのぉぉぉ!」

 

前方で何かを見た岳山は叫び散らしながら急加速したかと思うと、道路左側の路側帯に突っ込み、一気に右にハンドルを切りながらサイドブレーキを引いた。

 

「うわああっ!?」

 

岳山の暴走にわけがわからず目を白黒させていた出久は横向きのGで吹っ飛ばされた。

おかげで、何かが落ちてきてぐしゃりと潰れてしまった後部座席の天井に、頭をぶつけないで済んだ。

当然左右と背面の窓ガラスは全損で、破片が路上に落ちる音と、強い風の音が聞こえてきた。

 

「ガハハ! ナーイスキャッチィー!」

「ひええ……」

 

出久からは、割れた窓の外に大きな足が飛び出しているのが見えた。

後部座席側のルーフに巨漢の男性が落ちてきたのだった。

 

筋骨隆々の上半身を申し訳程度に覆うグリーンのジャケット。

黄色と黒の警戒色が塗られたごついヘッドギアとアームレット。

白髪のツーブロックに受け口が特徴的な肉体派のヒーロー、デステゴロだった。

 

一体どんな高さから飛び降りたのか、車内の出久には全く見えなかったが、少なくとも本人は何の痛痒(つうよう)も覚えていない様子だった。

 

「何やってくれてんのよ先輩!!」

「左に大型(ヴィラン)!! 逆走しろ!」

「うわっとぉ!」

 

カウンターを入れて本来入ろうとしていた横道を進もうとした岳山は、慌ててさらに右へとハンドルを切って反対車線に入った。

左手に巨大な二本の足だけが見え、通り過ぎていく。

 

「何よあれ! 放っておいていいの?」

 

岳山は窓から顔を出して後向きに上を見上げると、恐竜のような羽毛とも鱗とも言えない肌をした、15メートルくらいの男が虚無の表情で立っていた。

なぜ性別が判定できたかと言えば、その巨人は何も着ていなかったからだ。

 

「前向けバカ!」

 

風圧に負けない大声が響いた。

 

「あいつは警察に任せた。上から声かけてたけど反応がねぇんだ。たぶんああやって突っ立ってること自体が『仕事』なんだ」

「……マジ?」

「ああ、警察無線がバタつきまくってる。おそらくもう()()()()やがるぜ! ……おう、俺だ」

 

デステゴロはジャケットからスマートフォンを取り出し、通話を始めた。

 

「おう、こっちは岳山に拾ってもらったぜ……悪い、さすがにココから木曽根(きぞね)は無理だわ。俺ら先にやってっからタクシーでも拾ってこい。あと……」

 

デステゴロは通話を続けながら、ばきばきと潰れた車のリーフをこじあけて下半身だけを車内に突っ込み、後部シートに腰掛けた。

車の方は奇跡的にシャーシのゆがみ等はなく、破片を撒き散らしながらも、軽快な走行音を保ったまま走り続けている。

 

「修理代請求しますからね!」

「おう! 緊急事態だ! ガツンと来い!」

「新車に買い替えてやるわ! オプションも全部つけてやる!」

 

「次の交差点左です!」

「オッケー! こっからちょっと飛ばすわよ!」

 

岳山はアクセルを踏んだまま強引にハンドルを切った。

車は後輪を右に滑らせながらも交差点を曲がり切る。

体を右方向に持っていかれた出久とデステゴロは、そこではじめて目が合った。

 

「おお? なんでここにカムイが? と思ったら新入りか!」

 

出久は正体隠しとキャラ付けのために、シンリンカムイに扮装(ふんそう)できるパーティーマスクを被っていた。

 

「あ……ど、どうも、デクといいます」

「面白いヒーロー名だな! デステゴロだ。よろしくな!」

 

出久はデステゴロと軽く握手を交わした。

手のひらのサイズは三周(みまわ)りくらい差があった。

 

『お掛けになった電話は現在電波の届かない場所に……』

「塚内さん、直電も(つな)がらないわ。大丈夫かしら……」

 

苛立たしげに電話を切りながら岳山はハンドルに取りつく。

後部座席のデステゴロは風に背を向けて煙草を(くわ)え、ライターで火をつけていた。

 

「もういっこヤベえ話があってな……捜査本部との無線が通じねぇ。多分()()()()()だ」

「はあぁ!? もう今年二度目じゃない!」

「ははっ、また顛末書(てんまつしょ)を書かされるぜ、めんどくせぇ!」

 

最近、ヒーロー協会側で一方的に暗号化規格をアップデートしたものの、当然警察側の無線基地局は当然対応していなかった。

それを中継するシステムはとあるシステム会社に外注し、すでに構築済みだった。しかしこのシステムには暗号化された音声を復号化するのに必要な認証コードの連携が必要で、それがなんらかのトラブルで途切れてしまうとヒーロー協会側から口頭で現在の認証コードを連絡しないといけなくなるという、発生すれば重大インシデント確定の不具合が残っていた。

 

「私FGI(Feel Good Inc.)のシステム嫌い! 融通効かなさ過ぎてアナログになってるじゃない!」

「しゃーねぇ。それでもモノは良いからな。実績あるメーカーの皆様はデトネラット社案件に夢中だ。最近は入札までテキトーらしいぜ」

「岳山さん、左から人が! いっぱい!」

「っと! こういう状況か!」

 

岳山は急ブレーキをかけた。

出久は前の座席に顔面をぶつけるところだったが、ここはさすがにシートベルトが仕事をした。

後輪側に重心が偏っていた車は前輪をブレさせながら減速していく。

 

市街地に入ると、すでに(ヴィラン)とヒーローの取っ組み合いが始まっていた。

人の形すらしていない異形の群れに混じって、鉄パイプを持った見るからにガラの悪い男女がヒーローに襲いかかっている。

警察は人垣を作ってその流れを抑え込み、ヒーロー達はそれを制圧するために路上にまで飛び出して必死に戦い続けていた。

 

「まるで暴動ねぇ」

「何やってんだこいつら! 戦闘より避難路確保が先だろうが!」

「こういうの想定してたから、ヨロイムシャ軍団を呼んだんでしょうに」

「どうだかな。多古場(たこば)綾金(あやがね)じゃあ、危機感にズレがあったかもしれねぇ……」

 

半壊したライトバンは、逃げ惑う市民に二度見されながら、警察が貼った黄色いテープの規制線の前で停車した。

 

「車ではここまでね、ああもう、コスチューム着てくればよかった!」

「むしろお前、なんでフォーマルなんだよ?」

「現地のお偉いさん方とご挨拶会の予定だったの! いくらコスチュームが正装だって言っても、TPOってもんがあるでしょう?」

「うわー、すげぇどうでもいい……」

 

ばきばきと車を壊しながら降りたデステゴロが近くの警察官に話しかけると、警察官は敬礼を返しながらそれに答えた。

出久はすっかり雰囲気に飲まれていたが、岳山に話しかけられて正気に戻る。

 

「デク、キャリーバッグ降ろして。ドアはもうぶっ壊していいわ」

「は、はい……えいっ」

 

出久はその言葉に従ってドアを蹴った。

ひしゃげた後部座席のドアはあっさりと外れて路上に転がった。

キャリーバッグと共に車の外に出ると、岳山も運転席から降りていた。

スーツのジャケットを脱いで車内に放り込んでいる。

 

警察官と話していたデステゴロが戻ってきた。

 

「本部が(ヴィラン)に襲われて予備の事務所に移動したらしい。やっぱヒーローと連携取れてねぇそうだ」

 

岳山とデステゴロは出久をチラ見した後、うなずき合った。

 

「デク、悪いわね、無駄足になるかもだけど伝令頼むわ。こっから四百メートルくらい走ってくれる?」

「は、はい」

「インカムは俺の予備を持っていけ」

 

小さな白い機械を投げ渡されて、出久は慌ててキャッチした。

それは耳に装着するタイプのインカムだった。

 

デステゴロが北の方を指差しながら説明し始める。

緑地の上に、高さが百メートルを超える大きな電波塔が見えた。

 

「本部の場所はあのタワーの東側にある、ちょっとボロいほうの建物だ。着いたら連絡くれ、チャンネルは二番にかけろ、認証コードを教える!」

「はい!」

 

出久は聞きながら腰回りのホルダーにカメラを固定した。

デステゴロの視線が外れた隙に、岳山は出久のマスクに顔を寄せてささやく。

 

(これの後は当初の予定通りでヨロシク。私この辺で暴れてるからさ)

 

出久は無言でうなずいた。背中を(たた)かれる。

 

「当たり前だけど、(ヴィラン)との戦闘は禁止よ。襲われても突っ切ってね。行けそう?」

「はい……大丈夫です。元陸上部なんで。お二人は?」

 

「私着替える!」

「俺戦う!」

「お気をつけて!」

 

駆け出した出久の背中に、デステゴロが声をかける。

 

「お前もな、デク! 責任者の名前は塚内さんだ!」

「了解!」

 

この場ではヒーローネーム『デク』となった出久は、そのまま全力疾走を開始した。

 

 

 

──ヨロイムシャは公園のベンチに座らされると、うめき声をあげながら横になった。

 

「ぐふう……」

 

(ほお)の隙間から荒い呼吸音が漏れる。

兜を飛ばされ、(しわ)が刻まれ、禿()げ上がった老人の頭部があらわになっていた。

そして、左腕が、二の腕の肩に近い位置で切断されおり、その断面から血液が滴り落ちていた。

 

「すまんの。助かった……」

「いいよ。他になにか出来ることはある?」

「腕の止血をしたい。止血帯が左膝の方に……」

「わかった」

 

彼をここまで助けたのは、黒いレザーの上下を着込んだ、百八十センチ近い長身の女性だった。

短く切った髪をスパイキーに総立たせており、大柄な容姿も相俟(あいま)って男性的な印象を受ける。

 

黒い、大きな不織布マスクで顔を隠しているが、うっすらと隈のある三白眼も目力(めぢから)が強く、おそらくマスクを取っても見間違えはしないだろう。

 

女は覆い被さる形になってベンチの反対側に手を伸ばした。

すると、彼女の大きく張り出した胸がジャケットからこぼれ落ちてヨロイムシャの胴を(たた)いた。

 

「おっと失礼」

「ほほほ、大変お見事なものをお持ちじゃのう……なんならずっと乗せといてくれてええぞ」

「んなセクハラかませるならまだ大丈夫かね」

 

その女はそういった軽口を聞き慣れているのか、不快感を示さずに手を動かした。

目的の物を取り出すと、すぐさま腕の止血点を圧迫するために肩と脇を通して巻きつけ始める。

 

「ボーイスカウトの経験が初めて役に立つぜ」

「ありがとう。止血が済んだらもういい。お主は逃げなさい」

「いや、さすがに放っておけないよ。これでもヒーロー志望なんだ」

「ヒーロー科の高校生かの?」

 

聞かれると、その女は少しうつむきながら答えた。

 

「はは……落ちちゃってさ。今は普通科から編入狙ってるところ」

「こういうのはポイント稼ぎにはならんぞ?」

「そこまでがっついてないよ」

 

止血帯の固定を完了させた女は立ち上がって辺りを見回す。

大通りから一本裏へ入ったところにあるその公園は、周りのパニックや喧騒の音もやや遠く、閑散としていた。

 

「とはいえ、こんなところで(ヴィラン)に襲われたらひとたまりもないよね。助けは呼べそう?」

「それがどうしてか、無線が途切れておってのう……いや待て、ノイズが消えとるわ」

 

ヨロイムシャは慌てて耳元に取り付けられたインカムを操作する。

インカムの音声が外に漏れ、女にも聞こえる状態になった。

 

『全局へ、こちら本部! 通信復旧! 繰り返す、本部通信復旧! ヒーローは各自状況を知らせてください! ヨロイムシャ、聞こえていたら返事を!』

「こちらヨロイムシャ。すまん塚内、しくじったわ」

 

無線の声は、その返事に感極まったような声色でまくし立てた。

 

『ああ、ご無事でよかった! こちらはあなたの【腕】だけ見つかってもう阿鼻叫喚(あびきょうかん)ですよ!』

「こちらは、失血で動けん。支援を頼む。三丁目の水道公園じゃ」

『人を送ります! ……ちょっと待てデク! もうひとつ頼まれて……』

 

音の途切れたインカムから手を放し、ヨロイムシャはため息をついた。

 

「あとは助けを待つだけ……と言いたいところじゃが……今日は間が悪いのう」

「うっわ、なにあれ、痴女?」

 

空から黒衣をはためかせて女が降りてきた。

そのスカートの切れ目は足の付け根まで露出しており、その胸元も下から見上げると丸見えで、実質全裸だった。

その手には50センチほどの長さの柄のようなものが握られている。

 

黒衣の女はふわりと着地した後、横たわる老人と見つめ合った。

女はすこし低めの、芝居がかった声を発する。

 

「ああ、ヨロイムシャ、スピードには面食らったけど、迂闊(うかつ)だったね」

「全くじゃ、まさか空を飛べるとはのお。しかも『可能』判定……」

「おい、動いちゃダメだよ! 腕の出血、完全には止まってないから!」

 

起きあがろうとしたヨロイムシャを、ライダージャケットの女が慌てて抑えこんだ。

 

「お主は逃げるんじゃ、なに、こっちはもうすぐ増援が来る……」

「んな、焦点合ってない目で言われてもさあ! それ絶対貧血でブラックアウトしてるでしょう!」

「ふふふ、なに、俺は肌で空気が読めるのじゃ。目は見えずともお主のおっぱいの揺れ具合までバッチリ把握できとるのじゃよ」

「すごいけどそういう問題じゃねぇよ!」

 

聞き分けの無いヨロイムシャの物言いに、彼を介抱する女はいらいらと頭を()きむしった。

 

「ああ、もういい、『こっからは俺に任せとけ』!」

「待て、お主、何を……」

 

ヨロイムシャはなぜか、言葉を言い切る前に黙り込んでしまった。

 

黒衣の女がその様子を怪訝(けげん)な表情で見る。

 

「……失神したか?」

「まあ、そんな所だよ」

 

レザージャケットの女は膝を(たた)いて勢いよく立ち上がり、振り返った。

その戦意溢れる三白眼に、黒衣の女は笑顔で返した。

 

「ふうん、やる気だね。ヒーローネームを聞いても?」

 

その質問を無視した女はレザーパンツの尻ポケットから何かを取り出し、腕を突き出してそれを見せた。

それは手に収まるサイズの、黒いハート型のアクセサリーだった。

 

『アンタ、こいつに見覚えは?』

 

黒衣の女は首を傾げる。

 

「フフ……僕は見た目ほど趣味が良くなくてね。装飾品が無くてもキラめいているからさ」

「よし、()()()()()()……ビンゴだ」

 

そう言い放って、女はアクセサリーを握り込み、そのまま自分の胸を(たた)いて叫んだ。

 

変身(トランスマジア)!!」

「なっ!?」

 

公園内に光が溢れたかと思うと、女が姿を変えていた。

レザーの上下はそのままに、腕、足、腰、背中に、昆虫のような光沢をしたプロテクターが着けられている。

そして、その顔には黒い獣の顎を模したマスクを被り、頭頂には犬の耳を模したヘッドギアが着けられていた。

 

マスクから発せられたその声は、ノイズ混じりのくぐもった電子音に変わっていた。

 

()()()()には、いろいろと聞きたいことがある』

 

黒衣の女、マジアハイデが初めて動揺の表情を見せた。

 

「変身だと……君は何者だい? ヒーロー?」

『……ただのヒーロー志望さ。呼びたきゃ【ブラック】とでも呼びな』

 

 

 






【あとがき】  トップにもどる

※飯田君が原作の同時期より若干大人っぽくなっていますが、この改変原因については第六話で言及の予定です。
※次回、ようやくデクが動きます!
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