────────
『あなたね、顔が暗いのヨ』
一週間前、埼玉県
荒れ狂っていた
とある事情から、絡んでくる相手を『個性』も使わず手当たり次第ぶん殴っていた。
そんな人使を
だから、そのヒーローに自分の事情を話すことにした。
誰でもいいから救けて欲しい気分だったのだ。
その人は、身の上話を最後まで聞いてくれた。
『……で、ヒーローは諦めるの?
話半分に受け止められるのは分かっていた。
否定まではされないのが有り難かった。
『諦めるなんて、そんなの無理だ……憧れちまったんだ、でも……』
人使は首を振りたかったが、首筋は引き
背中はもたれかかったビルの外壁の温度が伝わって冷たい。
まるで世界全体が自分にストレスを強いているようだった。
『ふっきれないのね。なら、コレをあげるわ』
まだ立ち上がれない人使の胸に、黒いハート型のアクセサリーが投げ落とされた。
手に取って見ると、アクセサリーの隙間にお札が五枚も挟み込まれていた。
『それ持って、
『……愛知県?』
『そこで近々
『あんた……何か知ってるの?』
その人はゆっくりと首を振った。
その表情は、見上げる人使の方まで悲しくなってしまうくらい、
『……悪いけど、何も知らないわ。知らないまま終わってしまった……私は前の持ち主から
『その人は?』
『亡くなったわ。もう九年前になる。小さな女の子だったわ……』
『そうか……』
表情を持ち直したヒーローは、質のいい生地で仕立てられた
『人の居ない場所で、こうして、【
『なんだそれ』
『普通科とはいえ、雄英に合格できるほど賢いあなたならば、それで次に何をすべきかわかるわ』
『いや、わかんねぇだろ……』
『わかるわよ、きっと』
その人は胸に拳を当てたまま、強い感情のこもった目で、人使を見下ろしてきた。
『あなた、ヒーローにならなきゃダメよ。それは【運命】なのだから』
『運命……?』
『凄腕のプロヒーローでも願っても手に入らない、
『あはは、いてて、首が……とてもそんなポジティブには受け止められないよ……』
人使はアクセサリーをジャケットの胸ポケットにしまおうとして、
『でも、言うとおりにするよ……頭冷やしてもらったし……努力してみる』
皮肉を込めた笑顔で、そう答えると、そのヒーローは色気のこもった微笑みを返した。
『あなたもヒーローを志すならば、微笑みなさい。自分の力を信じて』
ヒーローらしく、丁寧に磨き上げられたその容貌で、じっとりと見つめてきた。
『根拠とかどうでもいいの。そうやって、あなたが憧れたように、あなたも憧れられるヒーローになるのよ』
人使が目線で返事をすると、その人は背中を向けた。
『そうね。あなたが【運命】を受け入れたなら……その時、あなたがちゃんと前を向けていたなら、【オフィス・
そう言って、
その細やかで柔らかい仕草と、堂々と
あと、できれば、まだ全然立てそうにない自分を、もう少しだけ介抱してもらいたかった。
──そうして、心操人使は暴れ川に流されるような気分で綾金市に辿り着いた。
裏道を歩けば案の定、絡んできたチンピラを締め上げることで、そのキーワードはあっさりと手に入った。
(『エノルミータ』……ご丁寧に動画サイトに公式チャンネルまである
その動画を目にした人使は、あのヒーローが何を言いたかったのかを理解した。
彼の言うとおり、この状況を一言で表すなら、これは運命だ。
人使を取り巻く世界が一変した、あの雄英高校、学科試験の帰り道を思い出す。
『──お望み通り、与えましょう』
(『マジアベーゼ』っていうのか……あの
『楽しみにしています。あなたの【
(俺を
──そして現在。数多の
人使は通算三度目の【
胴体の前面、胸と腹を除いた部分を装甲で覆われた姿。
しかし装甲は丸みを帯びたそのラインを損なわず、むしろその黒い
「変身だと……君は何者だい? ヒーロー?」
その変身を見届けた、目の前の女はすっかり動揺していた。
その女はどこか宗教的に見える、しかしながらとても卑猥なスリットだらけの黒衣を羽織っていた。
人使には、それがあのマジアベーゼとまったく同系統のコスチュームに見えた。
『……ただのヒーロー志望さ。呼びたきゃ【ブラック】とでも呼びな』
「しかも、その『魔力』は一体……!」
『【魔力】か……いいね。そういう専門用語、もっと教えて欲しいな』
「くっ……こんなのは聞いてない!」
その女はどこか悲壮感すら漂わせて首を振る。この女はとにかく仕草が大げさだった。
(サンプル二人目だけど、ほぼ確定。ヤツ
目の前の女もそうだった。
人使は自分の『個性』がもたらす感覚でそう理解していた。
『そう言わずに話そうぜ。平和的にさ。こっちはあんたらの事が知りたいんだ』
その女はため息混じりの深呼吸をした後、表情を消した。
「僕もこう見えて平和主義者なのさ。だけど、キミのそれは時間稼ぎだと理解している」
そして、手に持った短い杖のような者を突きつけてきた。
「その
『チッ!』
舌打ちまで変な音になる。
『変身』した人使の顔は、下半分だけが犬の顎の形をしたマスクに覆われていた。
ノズルの張ったそのマスクを通すと、声は合成音のような声色に変換されて発せられる。
その声には、人使が生まれ持った『個性』とは異なる力があった。
「フフ……まるで歌で人を惑わすシレーヌじゃないか」
『そこまでわかるの? あんたズルくない?』
人使はゆっくりと後ろに退がった。
もっと話を聞きたいが、そもそも『変身』したのは、後ろに横たわるヒーロー、ヨロイムシャを守るためだった。
目の前の女がヨロイムシャの左腕を切断したと聞いていた。
あの杖がそういう道具なら、それから彼を守らないといけない。このコスチュームの装甲が役にたつはずだ。
だが、戦いにおいて、自分ではどうにも役者が違うらしかった。
『どうして一発で看破してくるかなぁ……しかも全く効いてねぇ』
「君は、僕と相性が悪いようだね」
女が杖を掲げるような姿勢になった。
人使もその動きに反応して身構える。
『ホワイトリスト:【ブラック】』
女がそうつぶやくと、右手の杖の先端から青白い光が生じて伸び、剣のような形になった。
(ライトセーバーかよ……かっけぇな)
そう思った瞬間、女がその剣を横一文字に振り抜いた。
光の刃がどこまでも伸びていき、人使から見て左から右へと薙ぎ払われる。
それが人使のコスチュームを通過するときだけは、ばちりと電気が放電したような音を立てて、プロテクターの表面に火花が散った。
光が通過した後、一瞬の沈黙をはさんで、全てが切断されていく。
公園に植えられた樹木、立てられた街灯、公衆トイレに加えてその向こうで公園を囲む背の高いフェンスまでもが、横から真っふたつになって崩れていく。
だが、人使の身体と、その後ろに倒れているヒーロー、ヨロイムシャには傷ひとつなかった。
「……なるほどね?」
女が小首を傾げて、こちらの様子を注視しながら、剣を構え直した。
周囲で倒れた重量物が風を起こし、その女の黒衣をはためかせて
『な、なぁ、俺には名乗らせておいて、あんたの名前は教えてくれねぇのかよ……』
「アッハ、余裕だね。僕の『ネビルケイン』、いくらでも受けて立つということかな?」
光の剣を握りしめる、女の圧力が増したのを感じた。
人使はそれを機に、恐怖と理不尽にたまりかねてわめき散らした。
『時間稼ぎだよバーカ! なんなんだそれ! 思いの
「急に
『もう俺泣いてもいいかな!?』
女が今度は上から、袈裟懸けになるような角度で切り込んだ。
人使は反射的にそれを腕で止めようとした。
『うわあっ!』
剣は止まらなかったが、やはり人使の身体を通過するときだけは火花を散らしながら光が遮られ、その刃を後ろまで届かせなかった。
人使の胸の、皮ジャケットのファスナーがばつんと弾け飛び、下の白いシャツも裂けて、その下の谷間が現れる。
「『ホワイトリスト』も無効のようだ。『魔力』同士がぶつかるとこうなるのか」
『ご説明どうも! ついでに教えてくれないかな!』
人使は必死で
『あんた、なんでヨロイムシャを殺そうとしてるんだよ! 何か恨みでもあるのかよ!?』
「キミに答える必要はない」
「それ、僕も聞きたいな」
「むっ!?」
突然横から声をかけられて、女は慌てて振り返った。
それを予想していたかのように、小さなジュース缶のようなものが放り込まれていた。
「!?」
それは女の目の前で真っ赤になって弾け飛び、音と光を撒き散らした。
「うあぁぁっ!?」
それを直接浴びた女は悲鳴をあげながら顔を押さえてよろめいた。
「ぐうぅっ……」
「すいません、お待たせしました!」
膝をついてしまった女の横を通り抜け、コスチュームを着た男が走り込んできた。
おそらく救援に来たヒーローだと人使は思った。
プロテクターが編み込まれた薄手のレギンスに身を包み、手足は作業用の赤い手袋と黒いブーツを装備していた。
とある有名ヒーローにそっくりなマスクの、頭頂部でもさもさと揺れる、緑色の頭髪が特徴的だった。
『助かったよ。でも
「ごめんなさい! そんな余裕無くて!」
視界が半分焼き付き、痛いほど耳鳴りがしている。
投げ込まれたスタングレネードの音と光を人使もまともに食らってしまった。
向こうの女と比べて軽症なのは、単純に距離が離れていたからだった。
「ヨロイムシャ、しっかり! これから移動します!」
その男はロープを取り出し、ヨロイムシャの背に通したあと、男自身も並んで寝転がったかと思うとヨロイムシャの右手を取ってくるりと寝返りを打ち、そのまま彼の身体を背負って立ち上がった。
そしてロープを男自身の胴にも巻きつけて縛った。
そこまでをものの数秒でやってのけた。
人使も小学生の頃、ボーイスカウトで習ったやり方だったが、基本への忠実さと手際の良さに眼を見張る。
(すげぇ、プロかよ……いやプロだったわ)
「う、ううむ……」
人使の『個性』で意識を飛ばしていたヨロイムシャも、息を吹き返したようだった。
固定する途中でロープがずれ、落ちそうになったヨロイムシャを支え直しながら、人使はその男に尋ねた。
『逃げ切るのは無理だ、あいつの【個性】はヤバ過ぎる』
「聞いてます! だからこそ広い道路に出る必要がある!」
『わかった。じゃあ俺は後ろを警戒するよ』
「よろしくお願いします!」
男が走り出し、人使もそれを追った。
「まっ……待てっ!」
黒衣の女はこちらが動いたのに気づいたようだが、目元を手で押さえており、まだ方向も定かではない様子だった。
ぐしゃぐしゃになった公園のフェンスを踏み超えて、ビルの横の細い道へ駆け込んでいく。
二人はそのまま走りつつ、声を掛け合った。
『なんて呼べばいい?』
「デクといいます!」
『あ、タメ口でいいよ。俺ヒーローじゃないし、高校生だし』
「えっ!?」
そう言うと、そのヒーロー、デクは驚いたように後ろを向いた。
「じゃあなんでそんな格好……って何やってんの!?」
『あっ!? わ、わあっ……!』
デクが振り向くのと、人使が着ているシャツが内圧に負けてびりりと破裂したのは同時だった。
デクはその光景を目の当たりにした瞬間、高速で前に向き直った。
ばるるんと縦横無尽に暴れる両胸を両手で抱え込む。
『ごめん、違うんだよ!』
人使は顔を真っ赤にして弁明した。
『このコスチュームがさぁ! 寄せて上げてまろび出ること噴火の如しみたいなアレでさぁ!』
「いいからチチしまえーっ!」
デクに背負われるヨロイムシャが、いつのまにか人使の方を見ていた。
「おお……なんじゃそのえっちなコスチュームは……視力が回復していく……」
『するか!』
「というかお主、なんでノーブラなんじゃ?」
言われて人使ははっと気がついた。
『そ……そうか! このコスチューム、いや女物全般! 補正下着で押さえるのが前提か!』
「君本当に高校生なの?」
「そのおっぱいでノーブラ生活は無理じゃろ」
『うるせーっ! こっちにも事情があるんだよおっ!』
二人と背負われる一人は、細い道から飛び出して二車線の道路に出た。
周囲の騒乱に交通はすっかり沈黙しており、車道のど真ん中を、さらに大きな通りへと向かう方角に曲がっていく。
そこでヨロイムシャが急にデクの後頭部の髪の毛を引っ張った。
「いたたっ! どうしたんです!?」
「止まれ
「いや、もうすぐなんで!」
「上を見ぃ」
「えっ!?」
人使とデクが見上げると、上空10メートルほどの高さを飛んできた黒衣の女、マジアハイデが、その側に
「げっ!」
『ヤバい!』
真っ青なペンキの塗られたその建物は複数の巨大な残骸となって道路に雪崩れ込み、中でもひときわ大きな頂上部の破片が三人を押しつぶすように迫っていた。
「よっこらせっと」
巻かれたロープを外し、デクの背中からするりと抜け出して、ヨロイムシャが立ち上がった。
『おい、大丈夫かよ!?』
「ヨロイムシャ、無茶ですよ!」
「ふん、まあ見とれ」
高速で迫りくる巨大な破片に向けて、ヨロイムシャが右腕を上る。
「トラック
破片が道路に着弾するかと思われた瞬間。
正確には、ヨロイムシャの右腕が破片に触れた瞬間。
破片は三人を避ける方向へほんのわずかにずれながら、滑り込むように道路を削りながら不時着した。
『おお、すげぇ……』
「ヨロイムシャの個性、『
『あ、うん、詳しいね、デク……』
急にノリノリで解説を始めたデクに人使はちょっと引いた。
「ほっほほ……いかん、もう無理……」
上機嫌で笑っていたヨロイムシャは技を決めた姿勢のまま、ゆっくりと仰向けに倒れる。
デクと人使は二人でその背中を受け止めた。
デクが彼を再び背負おうとしたところで、空から低い女の声がした。
「やれやれ、のんびりしているとダメだね。
「くそっ……」
「手早くいこう。今度こそ終わりだ」
デクが、ヨロイムシャの前に立って両手を広げて見せた。
黒衣の女、マジアハイデは片手に光の剣を携えて、空中からゆっくりと迫る。
「名も知らぬヒーロー。巻き添えにしてすまない」
まだダメージが残っているのか、左手で頭を押さえ、表情は青ざめ、顔をしかめていた。
それでいて、その顔には深い悲しみの表情が重なっていた。
「我ら悪の組織のまばゆい栄光を……いや、僕の家族のために死んでくれ……」
マジアハイデは空中を前進しながら、右手の剣を振り上げた。
(はい、もうすぐ交差点に出ます)
デクがどこかに向かって、小声で
その瞬間、フライング気味にそれは飛び出した。
「あらよっと!」
軽快な掛け声とともに、辺り一面にうっすらと影が降りる。
見上げると、何かとても巨大なものが宙を舞い、日光を遮っていた。
それは六階建てのビルの屋上に手をついて、隣のブロックから今いる道路へと、ビルを飛び越えてきたのだった。
「!?」
マジアハイデは反応できていたものの、対応は間に合わなかった。
彼女の直接の敗因は10メートルという中途半端な高さに浮かんでいたことだった。
逃げきれず、その
「ノオォォン!?」
「
べしゃあ、と身長20メートルの巨人が飛び降りたにしては、いまいち気の抜けた着地音がした。
ビルを飛び越えてマジアハイデを踏みつけたのは、新進気鋭、『巨大化』個性で話題の女性ヒーロー、
『いや、これ、即死では?』
「きっとぺしゃんこだ、酷いや、Mt.レディ……」
「ちゃんと加減したわよ! 多分ね!」
Mt.レディが憤慨しつつもそおっと、おそるおそる足をどけると、道路のアスファルトが足の形にへこみ、その中央に服はボロボロだが身体は原型を留めたマジアハイデが白目を向いて倒れていた。
Mt.レディは「生きてるわよね?」とつぶやきながらその女を
「はい確保〜。あら? なかなか可愛い女の子じゃない。一体何が不満で
人使はMt.レディを初めて生で見たが、その第一印象は「でかいのに声がきれい」だった。
他の『巨大化』タイプのヒーロー達は大きくなると野太い、ひどいときは会話もままならないような声になるのだが、彼女については全くそんな感じがしない、普通の女性的な肉声に聞こえた。
Mt.レディはまっすぐ立ち上がり、上機嫌で当たりを見回している。
「ふふふ、いいわね
マジアハイデの確保が無線に伝わると、すぐに警察のパトカーとバンが駆けつけてきた。
「ストレッチャーを持ってきました! ヨロイムシャは本部へ! 医者と、小さいですが手術もできる医療設備がありますので、そこで処置をします!」
「了解です!」
「
「はいはーい」
デクとMt.レディが返事をすると、バンから降りた複数の警察官が駆け寄ってきた。
人使はヨロイムシャを支え、ストレッチャーに乗せるのを手伝う。
ヨロイムシャはぴくりとも動かなくなったが、微かに胸は上下し、寝息を立てているようだった。
彼を乗せた警察のバンが発進し、もう一台のパトカーはその場に残った。
早くも現場検証を始めるらしい。
デクと人使はパトカーから離れ、元々進もうとしていた大通りの方へ歩いた。
「もうこの辺りは安全らしいよ」
『そうか……』
「あの……いや」
デクは人使に向かって何かを言いかけたが「言える立場じゃないな」とつぶやいて止めてしまった。
上を見上げて、インカムに手を当てる。
Mt.レディに声をかけるときはその無線を使っているようだ。
「Mt.レディ、次はどう動きますか?」
「もう一人、親玉が来てるはずなのよ。今どの辺りがホットなのかしらね?」
失神しているマジアハイデをにぎにぎとしながら、Mt.レディは首をキョロキョロさせていた。
「……来てますかね? そいつ」
「少なくとも
『マジアベーゼ!』
その名前を聞いた人使は思わず叫んだ。
二人に注目されて、慌てて捲し立てる。
『なあ、Mt.レディ、デク。俺もついていっていいかな?』
「はぁ? デク、その
「避難中の市民です。ヨロイムシャ救助を手伝ってくれました」
『俺、
「はぁ……」
「君、ダメだよ」
Mt.レディは面倒くさそうな顔をして、歩き始めた。
「
「はい」
デクは立ち去るMt.レディを見送ることなく、人使の目をのぞき込んできた。
マスクに隠れてよく見えないが、それは優しい目だと感じた。
「さっき、言いそびれたけど……君はもうここを離れたほうがいい。安全になると、マスコミが増えるんだ。隠したいんだろ? 顔も、声も」
『う、うん……』
「っていうかその目元と胸、どうにかしないと、地元の人に一瞬で特定されるんじゃないかな?」
『俺ってそんなにアレかな!?』
「Mt.レディが戦う動画、見たことある?
『うん……』
人使はマスクの裏で唇を
拳を握り締めると、装甲のついた革グローブからぎゅっと
『でも、俺、このために来たんだ……』
「じゃあ、こうしよう」
人使は再び顔を上げた。
デクは人差し指を立てて見せながら、提案した。
「僕、さっき警察の人にひとつ貸しを作ったんだ。今日、マジアベーゼが捕まったら……」
デクの指が人使の方を指した。
「僕はそのツテで、君がそいつと面会できないか掛け合ってみる。本当に会えるっていう保証まではできないんだけど……Mt.レディ事務所まで連絡くれれば、教えられる範囲で
それが目一杯の妥協なのだと、さすがに人使でも理解できた。
『うん……わかった。じゃあ、今日は引き下がる』
その代わりに、人使は、この心優しいヒーローに、もうひとつだけ甘えてしまおうと思った。
『もう一個だけ聞いていいかな?』
「うん、いいよ」
デクは少し時間を気にしたようだが、快諾の声だった。
人使は自分のマスクを取ってしまった。
デクが驚いて目を見開いたのが、彼のフルフェイスのマスク越しでもわかった。
その眼球から大きそうな目は、なんだかコミカルで、人使はくすりと笑ってしまった。
「俺……最近急に強くなっちまったんだ。新しい『個性』が増えた感じでさ」
「ああ……うん……羨ましいね……」
デクは急にジト目になった。
「今までは、全然ヒーローらしい『個性』じゃなかった。向いてないってずっと言われてた。でも今は何もかも
人使は自分の手を見ながら続けた。
「別に今まで努力してこなかったわけじゃない。今まで積み上げてきたものにもちょっと自信はあるつもり。でも……俺、こんなズルみたいに強くなって、これでヒーロー目指しても、いいのかなって……」
「どこの主人公だよ!」
デクは人差し指を突きつけて怒鳴った。
「顔がよくて身長もあってデカチチでまともな『個性』まであるのに甘えんな!!」
「うええ!?」
「……というのは冗談で」
「いまだいぶ切実だったよね!?」
「これは、Mt.レディの受け売りなんだけど。んで、あの人はたぶんどっかのセミナーの受け売りなんだろうけど」
人差し指、中指、親指を立ててみせた。
「『なれる』『やれる』『成り上がれる』の三つは完全に別問題なんだってさ。だから、夢を叶えるには最低でもその
「三つ分……」
「だから、僕が君に言ってやりたいのは不正じゃないなら別にいい、『なれるだけならズルでもなっとけ』だ」
そして、デクはなぜか両方の親指で自身をビシリと差しながら言い放った。
「なりたくてもなれない人からすれば、そんな気を遣われる方が嫌味だし迷惑だよ!」
人使は、そのパフォーマンスにまた吹き出して、肩を振るわせた。
「デクは自虐ネタ多いね? そんなに弱い『個性』なの?」
そう聞くと、デクはカタカタと震えながら答えた。
「このコスチュームの中身を見る者は、さらにおぞましき雑魚未満のカスを見るだろう……」
「あはは、なんだよそれ! 逆にこえーよ!」
そういえば、デクが『個性』を使うところは一度も見てなかった。
弱いのか、使い道のない能力なのかわからないが、そんな『個性』でも十分やれるところを見せられたら、人使としてはもう完敗であった。
「……じゃあ、もう行くよ。デク……助けてくれて、ありがとう」
「いや、ヨロイムシャを救けた君の方が偉いから」
デクが手を挙げて走り去った。
人使も手を挙げて見送った。
ひとりになった人使は、『変身』を解いた。
黒光りする、結局傷はひとつもつかなかったプロテクターが溶けて霧のようになって消えていく。
傷ついた皮ジャケットの方はそのままだった。
胸元はなんとか取り繕ったが、破れたシャツはもう買い替えるしかないだろう。
「なれるだけならなっとけ、か。俺、あの日、実技試験、行ってよかったんだ……」
なぜか、涙があふれてきた。
「だって、俺、今日、全然大したことなかったもんな……自意識過剰だったよ……」
突然、こんな『力』を与えられて。
なぜか身体を女にされて。
そう変わり果てたはずの自分を、親も、友人も、
取り戻さなければ。
あの女を見つけなければ。
男に戻してもらわなければ、前に進んではいけないと思い込んでいた。
ヒーローの後ろ姿を、この目で見るまでは。
田曽宮で会った、自分の頭を冷やしてくれた、名前も知らないヒーロー。
この街で会ったヒーロー達、ヨロイムシャ、Mt.レディ、そしてデク。
「ああ、やっぱり、あこがれるなぁ……」
ヒーロー科の試験は辞退して。
春休みはまるごとやさぐれて無駄にして。
雄英高校の普通科も初日から二日連続で欠席してしまっていて。
スタートはすっかり遅れてしまったけれど。
崖っぷちどころか崖の下からのスタートだけど。
「なるぞ、ヒーローに。今度こそなりふり構わねぇぞ」
この悪事向きな『個性』も。
このズルい『魔力』も。
今さっき出来た、ヒーローとの細いツテも。
この、少なくとも男の頃に鍛えたものは残っている、女の身体も。
全部使い切ってヒーローを目指すのだ。
なお、最後の一点だけは雄英高校の教師達にとって、心操人使の評価に困難と頭痛を覚える一因となるのだが、それはまだ後の話である。
「帰ろう。そんで、明日から、学校行こう」
こうして、
折れそうになっていた元少年の心に、
────────
『平和を形作るモノが何なのか、お前わかってるか?』
『ええと……抑止力でしょうか?』
『アホ。営みだよ。寝て起きて飯食って仕事してクソして風呂入って飯食ってまた寝る。それだけやっていられる人の割合が多い状態を平和と言うんだ』
出久はふと、訓練中の会話を思い出していた。
(ああ、確かに、これはダメだ……)
道幅が百メートル近い、大きな道路のど真ん中。
Mt.レディの
交通が止まり、その両端の建物は一階どころか三階の窓までガラスが割られていた。
一体何がしたくてそうなったのか、街路樹が折られたり、横転し、火を付けられた自動車まである。
この道で普段どれだけの車が通るのか。どれだけの物が運ばれているのか。
どれだけの人がこの道を通って働き、生活しているのか。
(僕はまだ、人を救けること、そのために
人々が平和な状態を取り戻すまでの
人命救助も、
営みを取り戻すところまで進めてようやく、二度と平和を壊さないようにするための
まだたったの一時間足らず、現場を経験しただけだったが。
出久の頭の中では、ヒーローの営み方のようなものが急速に組み替えられつつあった。
(これを見てしまったら、そりゃもう危険な仕事をするだけじゃいられないよな)
もちろんヒーローだけで全てを賄う必要はない。
だが『個性』を行使できるヒーローに求められる行いとは、役割とは何か?
(やっぱりヒーローって、『個性』あっての物種だよ)
だがそこはもう割り切った。
自分はヒーローもどきでいい。
やれることをやって、ささやかな報酬をいただくだけの『デク』でいい。
「Mt.レディ。こちらデク。暴動の勢いがだいぶ南にズレてます。車止めた場所よりさらに南」
『オッケー、すぐ向かうわ。大型
「了解。よかった」
「おっ、弱そうなヒーローはっけーん!」
「ぎゃはは、シンリンカムイの劣化バージョンだ!」
ビルの隙間を縫うような細い横道から、どうやら後追いで暴動に参加しようとしてきたらしい五人の男達がのそりと現れた。
「へへっ、出遅れた分、念入りに血祭りにしてやんよ」
「ぶっとべやオラァ!」
「!?」
そしていきなり鉄パイプを持ってデクに襲いかかってきた。
(落ち着け、ルールを守るんだ……プロヒーローの領分は絶対に侵さない)
デクは考えながら、自分に襲いかかる男達をどこか他人事のように眺めていた。
(僕は『無個性』として、この現場にいるだけだ。
──法律には『無個性』の人間がヒーロー達に混ざってなんやかんやすることについての明確な規定が存在しない。
それは『個性』保有者に限定して定められた、ヒーロー活動に関する法律上の『ヒーロー活動』に該当しないのである。
このグレーゾーンに着目して、Mt.レディは現場に出入りする『無個性』のヒーローもどき『デク』を仕立て上げた。
とはいえ、当然ながら『無個性』なら何をやってもいいわけでない。
司法による
最悪、ヒーローに混ざって
また、自衛行為でも、
さらに『個性』犯罪を犯した人物である、
先ほどのマジアハイデとの衝突のように、より上位の執行機関である、警察からのお墨付きでもない限りは。
超常黎明期から五つの世代を経た現在。『無個性』が多数派だった頃とは事情が違う。
彼がヒーローを
デクは昨日の夜、雇い主になるMt.レディと夜遅くまで時給の交渉と契約をしながら、この辺りについて徹底的に指導を受けた。
彼女はそこまでしてヒーロー手当を支払いたくなかったのだ。
現場に入った直後、つい先ほどまではそう思っていたのだが──
(──それでも、現場で
例えば自分に襲いかかる目の前の男達は、まだ『個性』を行使していない。
(『個性』を使用しない限り、まだ
『喧嘩は先手必勝だ。先にキツいの
だから、デクは逆に暴徒の方に襲いかかった。
「え、ちょっ!?」
『基本はこかして踏んづけろ。転ばせ方なんか適当でいい。不意に、つま先や
師の教えがするりと思い出され、身体は練習させられたとおり、半ば自動的に動いた。
こちらの接近に驚いた男の膝を足で雑に押せば、男はあっさりと片膝をついてしまう。
さらに腹を押し込んで転がし、そのまま相手の横隔膜を狙って全体重を乗せた。
「グゲェェッ!!」
「ああっ、ジャンがやられた!」
『踏むのは楽でいいぞ。ちょっと横隔膜の上に乗ってやるだけで、熟練空手家の正拳突きと同じ威力だ』
腹部への一撃は、実際に与えるダメージより苦しんでいるように見えるのもよかった。
デクの狙い通りドン引きした暴徒達の足が止まってしまう。
『身構えたら、そいつは八割がたド素人だ。ビビっちまうのが普通なのさ。ガンガンいけ』
デクはさらに問答無用で襲いかかった。
『骨をへし折るのもいいな。あと折った顎の骨をこうやって立ててから踏むと、ツルっと喉まで……』
『絶対やりませんからね!?』
何かにつけて『人を効率よく再起不能にする豆知識』みたいなのを教えようとするのだけは勘弁して欲しかったが。
「お、おいちょっと待てよ! 俺らまだ『個性』使ってねぇぞ! わかってんのか?」
「僕もまだ『個性』使ってないよ?」
「あっ」
「これ、まだ
「待っ……ぐえーっ!」
ヒーローは
だからこの暴徒達のように『個性』を使わない限りいつでも先手が取れるというような誤解が生じる。
ヒーローが相手を待つのは、相手が
手当に依存していないヒーローであれば、その疑いがある段階でさっさと制圧してしまうだろう。
もはや『無個性』なんて滅多にいないのだから。
『いいじゃねぇか【無個性】』
さらにデクは『無個性』なので、限度はあるもののプロヒーローの制約にもあまり縛られない。
そもそも喧嘩は御法度であり、往来でやれば警察のお世話になる行為である。
だが、ここは暴動の真っ最中の現場。
この場でそんな些事を優先的に取り締まろうとする警察官などいるわけもなく。
『いざとなれば強い弱いもねぇ。やっちまったヤツの総取りだ。だから暴力は、殺しは度し難いんだ』
つまるところ
『暴力のクソみてぇな理不尽さを思い知りながら、その恩恵をありがたく享受しろ』
デクは相手が『個性』を使う前に五人中四人をその場で
「もうやめときなよ」
「う、うるせぇっ! テメェだけでもブッっ倒してやる!」
最後のチンピラが鉄パイプを捨てて拳を握った。
握った拳が燃え上がり、炎でできた爪のようなものを形成していく。
相手が『個性』を振りかざしてしまえば
デクが引くような姿勢を見せると、相手は調子に乗って襲いかかってきた。
「食らえ、バーニンッ……」
「はいはーい、
「ぎゃ──っ!!」
路地の奥から、道幅と同じサイズの頑丈そうなバリケードを前に構えたヒーロー、デステゴロが押し寄せてきた。
バリケードに暴徒達を十名近く引っ掛けたまま、スピードを緩めることなく突き進んでいる。
デクはその豪快な光景に、偉大なお下劣ギャグ漫画家の定番オチを連想した。
そのままデクを襲おうとした男達も含めて、路地にいた全員がバリケードに押し出されて大通りまで転がされた。
デク自身もそれに
「助かりました。ありがとうございます。まるでブルドーザーですね!」
「いい身のこなしじゃないか。さすがアイツのフォロワーだけあるぜ!」
二人は互いに礼儀正しく褒め合ってから、情報交換に入る。
「Mt.レディ、もうすぐこちらに来ます。あとヨロイムシャは命に別状なし」
「そいつはよかった。ちょうどいいぜ。新情報だ。見つけたらしい」
「アイツですか!?」
デステゴロはうなずき、百メートルほど先の大通り沿いにある高層マンションを指差した。
「現地のドローン動かしてるチームが見つけた。あのマンションのベランダからオペラグラスで優雅にご観賞あそばされてやがるそうだ」
「うわぁ、むかつくなぁ……」
「岳山のキレ顔が目に浮かぶぜ!」
デクは腰につけたロープの束を解いた。
手早く金属製のフックを取り付けて、フックのついた端を振り回して遠心力をつけた後、真上に投げ上げた。
投げられたロープは建物の四階あたりにある非常階段の支柱に巻き付いた。
引っ張ったり緩めたり、フックのかかり具合を確認してから、デクはデステゴロに依頼した。
「すいません、上から確認してきます。あの屋上まで僕を打ち上げるとか、できます?」
「おう、余裕! でもあんま加減できないからその命綱離すなよ?」
「お願いします!」
「来い!」
デステゴロが腰の前で手を組み、バレーボールのレシーブのようなポーズをすると、デクは組まれた手の上に片方の足を乗せた。
「行くぞ、三、二、一、せえいっ!」
デクは乗せたほうの足の踏み込みをデステゴロの打ち上げのタイミングと合わせ、跳躍した。
そのまま二十メートル近く飛び上がり、後方に一回転して五階建てビルの屋上に着地した。
「ドンピシャです! ありがとうございます!」
『空を飛んでる
「了解!」
無線に切り替えてデステゴロに礼を伝えた後、デクは建物を飛び移り、見晴らしのいい七階建てビルの屋上に陣取った。
腰に取り付けていたデジカメを外し、もう片側のポシェットに仕舞われた望遠レンズを丁寧に取り付けた後、カメラの電源を入れる。
「よし……こっから僕の仕事だ! いまんとこ空中に
カメラのディスプレイをのぞき込み、ソフトウェア倍率を切り替えながら周囲を捜索する。
Mt.レディがこちらに移動しているのが見えた。
「!? Mt.レディ! 今通った右手マンションの四階で火災です!」
『マジ? よく見つけたわね? うっわ……揚げ物やっちゃったかー……おばちゃーん、聞こえるー? 隣の部屋火事よぉー!』
デクはインカムの無線チャンネルを切り替えて警察側に連絡を入れた。
「本部! 大通り交差点を西に一本入った、一階にコンビニが入ったマンションで火災発生中! 今、Mt.レディが見てます!」
『こちら塚内、位置は把握した! Mt.レディは目印になるからGPS持たせてる! こちらから人を送るので彼女は行かせろ! 近くに巨大化した
「了解! どこだ、
『了解!』
(でも、どうして僕、こんな動けるんだ……?)
ここまで、デクはなぜかスムーズに現場を立ち回れていたが、当然身に覚えはなかった。
なんでこんなに
その直接原因についてはわかっていた。
わからないのはその意図だった。
『屋内、山岳はまだ心許ないが……街中だけなら
(ああ、あの人、最初からそのつもりだったんだ……)
『こんだけ練習して、それでもビビって足が
(カメラ撮影の神ポジションの取り方とか、陰キャでもウケるアクション芸とか、高校で女子にモテる筋肉はどこかとか、ウソばっかりじゃないか……)
『お前は、もう動けるよ』
(僕の怖がりを、『練習』で塗り潰してくれていた──)
三年前、ショッピングモールで
ヒーローになろうなんてとんでもない。あんな土壇場でも動けないなら、きっともうダメだと思ってしまった。
ボランティア活動の合間に行われた、彼の心の師匠、
それは彼の心の問題に対する彼女なりのケアであった。
彼女は徹頭徹尾、ヒーローとして彼に向き合ってくれていた。
(僕は恵まれ過ぎている……)
「カメラスタンバイ! そのまま出会い頭でどうぞ!」
『おっしゃーっ!』
レンズの向こうでMt.レディが加速した。
道路は三車線。彼女を邪魔するものは何もない。
もう不意打ち確定。
彼女はどんな技を見せるつもりだ?
あ、右腕上げた。
ここで空手じゃなくてプロレスかよ。
とことん見栄え重視だなぁ。
頭の中でいろいろ考えながら、デクはシャッターを動かすその瞬間を待ち構えた。
『居酒屋ボンバァァーッ!!』
『グゲェーッ!?』
Mt.レディは減速せず走り抜け、右腕で
デクはそのまま道路に激突した瞬間を写真に収めた。
20メートル強の巨体を誇る、Mt.レディの行動にはどうしても建造物の破壊が伴う。
ヒーロー保険、
そのために損害に対する保険の適用が不安定になるというのが、Mt.レディ事務所の資金繰りが怪しくなる根本原因だった。
彼女が必要としていたのは、自分の責任の範囲を厳格に主張するための信用だった。
彼女が
そのエビデンスを確保する必要があり、それを実現する撮影者として、緑谷出久に白羽の矢が立った。
デクは何度か写真を撮ったあと、すぐに別のターゲットに向き直った。
「撮影完了! Mt.レディ、なるべく目線をやらずに次の交差点を左、曲がったところにある、ちょっと細長い感じのマンションを!」
『何? また火事?』
「あそこの上から三つ目、八階、東から二番目のベランダにマジアベーゼがいます!」
それを聞いたMt.レディが息を飲む音がした。
『でかしたわ……高さは25メートル位か……ギリ届く』
「アイツ今、こっちを見てません。ニッコニコでデジカメの画像を確認してます。シロウトめ」
『オッケー、ぶちこんだるわい』
Mt.レディが不意に加速した。
デクはレンズ越しに、マジアベーゼが慌ててカメラを持ち直す姿を捉えていた。
Mt.レディはそのまま目的のマンションがある交差点を通り過ぎるかのように見せた後、突然左斜め方向に進路を変えて、交差点の角にある雑居ビルをベリーロールで飛び越えた。
『!?』
『クラック──』
それにびっくりするマジアベーゼが見えた。
Mt.レディはそのまま道路に手をついて側転し、マンションに背を向けて姿勢を整えた後、膝を曲げて深く踏み込んで跳躍した。
『──シュートォッ!』
『ほぎゃーっ!』
そしてベランダを削ぎ取るような角度で綺麗なオーバーヘッドキックを決める。
デクはベランダの残骸にまみれて吹き飛ばされるマジアベーゼを写真に収めた。
その写真は、彼女の全身が写っていたことから、それからしばらくの間、公安のデータベースにおける