※本作のうてなさんは『個性』と『魔力』の両方で『支配』の能力を持っています。
「うわっ、でっけーオールマイト!!」
まだ自転車置き場にたどり着いたばかりだが、そこからでも見える巨大なバルーンに目を奪われる。
バルーンは、オールマイトの勝利のスタンディングポーズをリアルに再現していた。
出久は自分が持っているハイグレードフィギュアと比べても遜色の無いレベルだと思った。
とあるデザイン事務所が制作したそのバルーンは風船にあるまじきディテールで造形されており、SNSで少し話題になっていた。
カメラの被写体になりそうなものを物色していた出久が偶然そのショートムービーを目にし、それが彼の記憶に心当たりのある場所だったので翌日すっ飛んできた次第である。
「早速撮影!! と言いたいところだけど、お腹が限界だぁ…… なんか食べよう」
運動の習慣がない出久はすっかりバテていた。
自宅からは直線距離でおよそ13キロ程度。
数年前、自動車に乗せられて訪れた記憶を頼りにここまで来たが、その計画はあまりにも杜撰だった。
案の定途中で盛大に道に迷い、スマートフォンの地図とにらめっこしてルートを修正しながら、お昼前にようやくたどり着いたのである。
酷使した両足をふらつかせながら、出久はショッピングモールの中に入っていく。
それを迎えるオールマイトのバルーンは、空気圧とワイヤーのみで支えられているせいか、春の強風に
『みなさん、◯×エンジョイモールへようこそ! 本日司会を務めさせていただきます。スネークヒーロー、ウワバミです!』
ショッピングモールの中庭に開放されているフードコートでは、子ども向けのイベントが開催されていた。
このショッピングモールは山の裾野を切り開いて建設されており、その中でも特に勾配のきつい部分をうまいこと中庭として造園したようだ。
出久が見下ろしている場所からはステージ中央でマイクスタンドの前に立つヒーロー、ウワバミと、彼女を取り囲むように座っている十数名の幼児達がよく見えた。
今日は平日だったが、春休みのイベントシーズンだからか、そこそこの人出がある。
フードコートも混雑しつつあったが、出久はなんとか空いている二人掛けのテーブルを見つけて座り、トレイにのせたラーメンをすすりはじめた。
「おい見ろよ、あれウワバミじゃね?」
「おー、だいぶ売れてるのにまだ巡業やってんだ。あ、これレア映像になるかも?」
「やっぱグラビア出てるような本物は違うよなぁ。無加工でもなんつーか、すげーよな」
「素直にえろいと言え!」
「ギャハハハハハ!」
隣のテーブルは春休み中の中学生だろうか。
その騒ぎにビクビクしながら出久は食事を続ける。
『さあ、あそこに見える大きなヒーローの名前はわかるかな? みんなで呼んでみようか! せーの!』
「「オールマイトー!!」」
「でもさー、ウワバミってヒーローとしてなんか活躍してんの?」
「お菓子のCM出てた!」
「いやそれ副業だって」
「ヒーローは免許取ったらヒーローだからそこはいいけどさ、個性の強い弱いはどうしようもねーよなぁ」
「そーそー、ヒーローになったはいいけどあんま活躍できなかったらどうすんだろって話」
「まーせっかくの人気商売だし? ああやって副業でもしなきゃやってらんねーよなぁ」
「ウワバミの個性『蛇髪』は髪から生み出した蛇の感覚器官まで再現する個性なんだ。蛇の舌にあるヤコブソン器官は犬と同等かそれ以上の鋭さで匂いを嗅ぎ分けることができるんだぞ。その嗅覚でヴィランをどこまでも追跡できるし、近距離ではさらに赤外線を知覚するスピット器官で隠れたヴィランの体温を見分けて捕獲するんだ。活躍してない? とんでもない。ウワバミの犯人追跡・逮捕実績はヒーローでもダントツ、どの事件にも引っ張りだこさ。それでもああやって暇があればヒーローのイメージ向上になるようなイベントへ積極的に参加してくれるすごいヒーローなんだ」
「あっ……うん、くわしいね君」
「お、おいそろそろ行こうぜ」
突然隣でブツブツ言い始めた出久にドン引きした中学生達は退散するようにトレイを返却しに行った。
(でも……目立って活躍することばかりが大事じゃないっていうのは、そうなんだ。ヒーローはいっぱいいる)
世知辛いヒーロー社会をくさす少年たちを思わず撃退した出久だったが、彼らの物言いに納得してしまう部分もあった。
ここに来る遠因となった卒業式の出来事がまだ彼の中で
(どうにかヒーロー科にすべりこんで、なんとか免許だけでも取ってしまえば、こんな自分でもどうにかなるかもしれない……)
来年から中学生になる。
ヒーローになるための訓練など何もせず、世間を流れるコンテンツを消費しているだけの自分。
その現実を認めながらも、夢を諦め切れず、劣等感もまた振り切れないまま。
出久はこれからもっと具体的になるであろうヒーローへの道、その淡い期待にすがっていた。
ヴェナリータとうてなは同じショッピングモールの喫茶店で食事を摂っていた。
「……というわけで、事故で《こっち》に飛ばされたときの三倍くらいの『魔力』をこの地に
(あ、普通にそのまま食べるんだ……)
うてなはヴェナリータの事情説明を聞きながら、彼がケーキを口に運ぶ様子を観察していた。
うてなの彼に対する認識は出会ったときと変わらず「黒いぬいぐるみを着た変質者の小さいおじさん」であったため、そのまま平然とケーキを
どうもヴェナリータは別の世界から来たという
難しい専門用語が混じっていたので彼が何をしたいのかよくわからなかったが、指示は出すとのことでまあいいかとそのまま聞き流してしまった。
──『魔法』や『転移』などというキーワードは、彼女にとってもさすがに荒唐無稽すぎる内容で、どうせウソだろうとスルーした。
話が途切れたと思ったうてなはおずおずとヴェナリータに訪ねる。
「……それで、あの……」
「うん、わかってるよ、報酬の話だね。もちろん先渡しだよ。君がこれからやる仕事にも必要だからね」
「わぁ、やったぁ……」
「食べたら早速始めよう。あれ? 食べないの?」
ヴェナリータが首をかしげる。
うてなはまったく手につけてないケーキを見ながら真っ赤になっていた。
「え……う……その……食べるとこ見られるの……はずかしくて……」
ヴェナリータが店内を見回す。
たまに店内の客の目を引いているのがダメなようだ。
なお、側から見ればランドセルを持った小学生と不審な異形のツーショットである。
この個性社会においても、誰が見ても間違いなく
「ああ、そういえば
「はい……ごめんなさい……」
「……よし、この辺でやってみようか」
食事を済ませたうてなとヴェナリータは駐車場寄りの広場に来ていた。
ここは買い物客が帰り際、マイカーに戻る前の小休止ができるように、ベンチと自販機が置いてある広場で、人通りはまばらだった。
「へぇー、個性ってあんなのもあるんだねえ」
ヴェナリータがすれ違う親子を見ながらぼやく。
母親が元気に走り回る子どもを捕獲するために指から鎖のようなものを伸ばしている。
「個性の使用制限って、あれもアウトなの?」
「個性は体の一部だから、思わずやっちゃうのはしょうがないって先生が言ってました」
「都合よく柔軟でいいことさ」
くるり、とうてなの方を向く。
「そうだ、うてなはどんな『個性』なのか教えてよ」
「あ、わたしの個性はたいしたことなくて……」
言いながらうてなはその場にしゃがみ、花壇の花を一輪、つん、と軽くつついた。
すると花から
『アリガトウゴザイマスッ』
「こうやって、お花とお話できるんです」
(
「いい『個性』だね。大丈夫、これからはもっと楽に『通せる』ようになるよ」
ヴェナリータがそう言うと、うてなの表情がぱぁっと華やいだ。
「わたし、あともうちょっと強くなれれば、
「なあに、恥じらう必要なんてすぐなくなるさ。さあやるよ」
ヴェナリータが何やら怪しげな仕草をする。
すると、うてなの周囲の地面が発光し始めた。
光は徐々に強さを増して、日中だというのにうてなの全身がライトアップされそうな勢いである。
想像だにしていなかった現象が起こり、うてなは目を白黒させた。
「ふぇ……だ、大丈夫かな……」
「大丈夫さ。柊うてな。君には選ばれし力がある。──悪の組織の女幹部の力がね」
「えっ」
そうして謎の光に包まれた瞬間。
うてなが身につけていたものがすべて消えた。
「へ?」
──うてなが期待していたのは『個性の増強』だった。
そういう『薬』が裏で出回っているとネットで見知っていたのである。
ネットには使用レポートや「実際に使ってみた」系の動画も投稿されていた。
それを
強い個性の象徴であるヒーローに「ならないか」という、明らかに胡散臭い勧いに飛びついたのはそれが理由だった。
彼女自身がその悪意の毒牙にかかるとは思ってもいなかった。
「??」
結局、何が言いたいかというと、詰まるところ、こういうファンタジーな現象は全く想定していなかった。
「え……?」
光が消えた後、うてなの体はいままで着ていたものとは別の衣装に包まれていた。
コウモリと星の意匠が施されたチョーカーとコルセット。
漆黒のオペラグローブに、折り返しが揃えられた股上の浅いズボン。
全体的に見ればパンツドレスに該当する服装だということはわかったが、問題は
ニップレスだけの胸を両手で隠し、真っ赤な顔をして震えながら、うてなは必死で問い詰める。
「あの……こ……この衣装は……?」
「うん、よく似合っているね」
「いや……でも……ヒーローっぽくないといいますか……恥ずかしいんですが……」
「それはそうさ、当然だろ?」
「えっ……?」
「これから君にやってもらいたいのはいわゆるヴィラン活動だからね」
「えーっ!?」
「ヒーローになれるんじゃなかったんですか!?」
「ほら、学校の先生も言ってたじゃないか」
「はい?」
「ヒーローを側で支える、裏方専門のお仕事もいろいろあるって」
「ええ?」
「ヴィランだってそうさ」
「コペルニクス的転回! じゃなくてヘリクツ!」
「ちなみにあの先生が本当に言いたかったのって、キミはヒーローに向いてないよってことだからね」
「それはわかってますぅ!」
「キミの選ばれし力っていうのは、悪の組織の女幹部の力だよ」
「あぁー、もう……」
うてなは頭を抱えた。
「じゃあ……あの……ハイ、やめます」
「そうかい? それは残念だな」
「なので……もどして……」
「じゃあ……」
ヴェナリータはスマートフォンを取り出してうてなに見せた。
画面には光に包まれた全裸の少女が黒い装束を身につけていく動画が再生されており……
「じゃあさっきの変身バンク一連はSNSで拡散させてもらうよ」
「やめてやめてやめて」
「悪の組織だからね、協力する気になったかい?」
「そんなぁ……」
うてなはあんまりな状況に泣けてきた。
この異形のおじさんは想定外どころか最低にやることが陰湿な変質者だった……
期待した自分が馬鹿だったと、抗議と説得を諦めてもう
「おい、そこのお前! ……女の子にそんな格好させて何するつもりだ!」
至極真っ当な職務質問であった。
二人に声をかけたのはプロヒーロー、マニュアルだった。
「ノーマルヒーロー」の二つ名を持ち、あまり目立たないながらもさまざまな事件事故に対応しているようで、何度かニュース映像に姿を見せている。
非番なのか、私服姿だったが
「あっ、あのっ!! 助けてください!! わたし無理やり変身させられて……!!」
事態を察したマニュアルはそれに応える。
「……わかった。じゃあ保護させてもらうよ。これでも僕はプロヒーロー、マニュアルだ」
マニュアルはヴェナリータを指差した。
「そっちのお前はその子からゆっくり離れろ。個性を使うなよ。今日ここには他のヒーローもいる。逃げられると思うな!」
「これは残念だね」
ヴェナリータはゆっくりとうてなから離れる。
うてなは助かったと思ったが、そういえば今の状況、まずいのではないかと気付いた。
(え……助けてもらったら……この格好を人に見られちゃうの? 嫌なんですけど!)
ゆっくりと後退していくヴェナリータはうてなを見ている。
表情は読み取れないが、この変質者は犯行を諦めたとかではなく、こちらの気持ちがわかっていて、ただハシゴを外そうとしているだけだということをうてなは察した。
その
(どうしたら……?)
(その鞭を使うといいよ)
うてなの右手にはいつのまにか先端が星型の鞭が握られていた。
(使い方はキミの『個性』と
しかし今は、と棚に上げてうてなは動いた。
「ごめんなさいマニュアル! ……『私を、逃して!』」
うてなが鞭を花壇に振り下ろした。
四色の
反応は劇的だった。
『アアアアァアリガトウゴザイマスゥゥゥゥゥ!!』
『春ダオラァ! コレガ咲カズニイラレッカゴルァ!!』
『人踏ミマクルアスファルト割ッタ花ノココロイギィィィィ!』
『オ、オ、オイノ
うてなが
それらは瞬く間に四体のマッシヴな緑色の巨人に姿を変えた。
その肉体に巻き付いた無数の蔓はいくつもの花を付けている。
「なっ!?」
「びょっ」
突然現れた四体の巨人にマニュアルは思わず後ずさって身構える。
うてなは視界を覆う禍々しい肉の壁が生々しく収縮する光景を見て意識を手放した。
そのうてなを恭しく両手で抱え、緑の巨人が声を上げた
『ゴ主人サマヲ安全ナ場所マデオツレスルゥゥゥ……周辺ノ安全ヲ確保シロォォォォ』
『『『オオオッ』』』
巨人達は1度顔を見合わせた後、それぞれ思い思いの方向に移動を始めた。
それが移動するごとに地面が破壊され、土砂が巻き上がっていく。
「マズい!」
マニュアルはそのうちの一体を追いながらスマートフォンを取り出して連絡を取る。
「こちらマニュアル! 身長5メートルの
ヴェナリータはその様子を見て
「あーあ、いちどに四体も『支配』しちゃうから……拘束もしてないし制御も手放しちゃったかあ」
うてなを運ぶ巨人を見ながらスマートフォンを取り出す。
「やっぱりあっちの世界とは勝手が違うなあ。まあボクは困らないからいいや」
我関せずとスマートフォンを周囲に向けて録画を始めた。
「とりあえず一万フォロワーが目標かな」