デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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第五話ラストです!

【もくじ】
01.綾金市街:正拳突き
02.緑谷宅:反省会・裏

※01はちょっと悪ノリが入った熱血格闘モノになってます。流血シーンあり。
※実は1年A組の反省会・表のシーンもあるんですが、そこだけで一万文字超えてしまって冗長なので、後日閑話として投稿します……



(8)反省会・裏

 

01.綾金市街:正拳突き  

 

────────

 

「ほぎゃーっ!!」

 

マジアベーゼはMt.(マウント)レディのオーバーヘッドキックでマンションのベランダごと吹き飛ばされた。

 

全く想定外の不意打ちだった。

もともと頭の回転が速くないマジアベーゼは想定外の動きに対応できず、棒立ちで蹴られてしまった。

 

(目が、目が回る!)

 

身体は錐()み回転し、目に見える景色が激しく動いて平衡感覚に異常をきたす。

だが、『魔力』による飛行制御でなんとか回転を止めて、空中で踏みとどまった。

 

「あらぁ? 今日は飛んでってお星様にならないのね?」

「ずるいですよ! あんな不意打ち!」

「何が不意打ちよ」

 

派手なアクロバットを決めたMt.レディは着地もアスファルトを傷つけることなく成功していた。

まっすぐポーズを決めた立ち姿でマジアベーゼを指さす。

 

「指名手配犯が姿現してのんきに観戦してるからよ……メモリーカード、無事だといいわね?」

「え? あ゛ーっ!!」

 

マジアベーゼが自らの胸元を見下ろすと、ストラップで首から下げていた桃色のデジカメがひしゃげていた。

 

「わたしのMt.レディのおセンシティブな揺れ揺れ(プルプル)動画が!」

「何撮ってくれてんのよ! 大人しく捕まるならもっといいカメラ買ってあげるけど、どぉするぅ?」

「惜しいですが、遠慮します。撮影できなくなったらイヤですから」

 

マジアベーゼは手元に黒い(もや)のようなものを生み出すと、それは手鏡くらいの大きさの楕円状になった。

デジカメを持った手をそこに突っ込むと、腕から先が消えたように見えた。

黒い(もや)から手を抜いたマジアベーゼの右手からはデジカメが消え、代わりにステッキのようなものが握られていた。

 

Mt.レディはそれを見て警戒し、身体を半身に構えた。

 

「ビックリドッキリはやらせないわ。今日の私は一味違うわよ?」

「あはは、それはこちらのセリフです!」

「デク、アングルは私とヤツの中間から先を納めて!」

「デク?」

 

マジアベーゼが聞き(とが)めたが、Mt.レディは問答無用で動いた。

 

「せぇい!」

 

Mt.レディの右足が伸び、上腕の高さ、ミドルとハイの中間の高さの蹴りを繰り出した。

蹴り足の風圧を受けた建物の窓ガラスが一斉に割れる。

 

「わっ!? わあっ!?」

 

経験のない間合いと角度の蹴りにマジアベーゼは思わず下方向に逃げてしまった。

それを追って上がったままの右足が変化し、横蹴りが飛んできた。

それをさらに(かわ)して、マジアベーゼは地面に着地してしまった。

 

「スタンプクラッシュ!」

「うひゃあぁっ!」

 

Mt.レディの軸足となった左足が軽くステップし、一歩近づくと、まだ浮いていた右足の側面、足刀による横蹴りが

マジアベーゼのいる路面に突き刺さった。

マジアベーゼはそれを後方に転がり飛んで回避したが、勢い余って後頭部を地面にぶつけてしまう。

 

「痛ったぁーっ……!」

「もらった!」

「おおっと、()()()()ダメでは?」

「!!」

 

マジアベーゼが親指でどこかを差したときにはもう気がついていた。

路上に座り込む少女のそばの路側帯にセダン型の自動車が停車しており、中から運転手が固まった表情でMt.レディを見上げていた。

 

「……ふ、フッ!」

 

追撃しようとしたMt.レディは踏み留まり、舌打ちを我慢して無理やり笑顔を作る。

車に向かって視線と手で「行け」とサインを送ると、その車は全速力のバックで逃げていった。

その隙にマジアベーゼは彼女の顔の高さまで再浮上していた。

 

「良い攻撃でした。建物の被害について対策されたようですね?」

「フン! アンタがずっとそれを利用してたのはわかってんのよ!」

「ですねぇ、ですが、まだ()()()です。あともうひと押し、お付き合い頂きますよぉ!」

 

マジアベーゼが右手に持ったままのステッキを前に突き出した。

 

Mt.レディはそのステッキの意匠に見覚えがあった。

ステッキからピロピロと気の抜けた電子音が鳴る。

それはMt.レディこと岳山(たけやま)(ゆう)も幼少期、親に買ってもらったことのある、女児向けのアニメに登場する変身ヒーローのおもちゃだった。

 

『へん! しん! ウルトラマム!』

 

おもちゃのステッキから可愛いアニメ声が発せられ、ステッキが強い光を放った。

Mt.レディはその光を直視できず、手を(かざ)す。

 

光が消えると、Mt.レディの前に、彼女よりやや低い程度の高さまで巨大化したマジアベーゼが立っていた。

 

「『巨大化』だと……?」

「ふふふ……」

 

マジアベーゼは誇るような表情で両手を広げた。

巨大化と共にその容姿まで変わっていた。

コスチュームはそのままだったが、ややウェーブの入った紫髪が腰まで伸び、側頭部で巻いていた角が天頂に向かって屹立(きつりつ)していた。

 

「これが私の個性『支配(ドミネイト)』の対人能力の一つです! 支配した人物に『個性』を献上させることができます。ですが使い手が変われば効果も変わる……同じ個性を同時に発動しても効果が二倍になるとは限りません。あなたと同じレベルに到達するには『犀田(さいだ)君シリーズ』が十二名も必要でした! 今日は彼らの『献身』に報い……あ、やだ、何これ、たくさん下から見られてる! ものすごく恥ずかしいんですけど!」

 

どや顔の早口で説明していたマジアベーゼは地上の様子に気がつくと、身体を隠すように両腕を抱えて中腰になってしまった。

 

二人がいる大通りは道幅が60メートルを超える。

その通りは満遍なく暴徒が行き交う喧騒の真っ只中にあった。

突然現れた二体の巨人に注目が集まっている。

(ヴィラン)の中には、争いを止めて歓声をあげたり、「キタコレ!」などと叫んだり、スマホで写真を撮る者までいた。

そういった下からの視線にマジアベーゼは耐えかねるらしい。

 

「あぅ……あぅ……」

「あんたなんでそのコスチュームで巨大化しようと思ったのよ……」

 

(あき)れるMt.レディに、マジアベーゼが上目遣いでおずおずと尋ねた。

 

「あのぉ……すいません、あの、その、処理跡、大丈夫か見てもらえませんか?」

「あんたホントになんで巨大化したのよ!」

 

マジアベーゼは涙目でMt.レディに懇願した。

 

「お願いします! 放送できない感じでしたらもう帰りますので!」

「帰るな!」

 

根っからの面倒見の良さを発揮してMt.レディはマジアベーゼの下腹部を凝視する。

 

「んー……それなら大丈夫なんじゃない? まあ私には毛穴までバッチリ見えるんだけどね!」

「うえーん! もうヤケです! 第二ラウンドいきますよぉ!」

「来なさい! デク、どうなるかわからん! なるべく広めに撮って!」

 

二人は同じ半身の姿勢で向き合い、数歩牽制し合った後、ほぼ同時に右のミドルキックを放ってお互いの太腿(ふともも)(たた)いた。

分厚い肉と肉がぶつかり合い、生々しい音をたてた。

 

「ぐぉわっ……!」

 

それは相討ちのように見えたが、マジアベーゼだけが悲鳴をあげ、打たれた(もも)を押さえながらぷるぷると震えて膝を突いた。

 

「い、いだいぃ……も、(もも)の裏がぁ〜」

「よっわ」

 

 

──最初の蹴り合いではダウンを取ったMt.レディだったが、その後は苦戦していた。

 

顔面に向けて横蹴りを放ったが、マジアベーゼは両腕で受けながらふわりと空中を水平に後退する。

 

()()()()だけでこんなに打撃が通らなくなるものなの!?)

 

最初の一撃で何かを懲りたらしいマジアベーゼはその後、地面から低空、膝の高さに浮いた状態を保ちながら戦い始めた。

Mt.レディは何度か蹴りを放ち、その幾つかはマジアベーゼの胴体にクリーンヒットしたが、器用に反対側に飛んで受け流されていた。

 

「オールマイトと殴り合ったときに痛感しました。肉を削り合うには、技術と鍛錬も求められると」

「ぐうっ!」

 

むしろ、Mt.レディの方が空中からの変則的で体重の乗った蹴りを受け、コスチュームが破れて擦り傷を作っていた。

 

「昨年デビューしたあなたにあやかって、私も始めたんです。通信空手」

「動きはそこそこ仕上がってるわよ! 身体はまだぷよぷよだけど!」

「ぷよ!? 受験勉強のストレスを紛らわす、いい運動にもなりました!」

「受験の話はすんなマジで!」

「ごめんなさい!」

 

Mt.レディが攻撃しようと相手に肉薄すると、インカムから無線が入った。

 

『Mt.レディ! その方角は危険です! 雑居ビル隣の平屋、地域指定の避難所!』

「大丈夫! まあ見てなさい!」

 

綾金(あやがね)市特有の道路の広さに救われているが、Mt.レディは土地勘がない市街地での行動をもっとも苦手とする。

林立する建物の安全上の許容範囲が読めないからだ。

 

それをカバーするために、デクがMt.レディの相棒(サイドキック)として同伴し、少し離れた建物の屋上から無線で援護していた。

デクはスマホのブラウザと警察無線を駆使して照会を繰り返し、周囲の建物で人的被害のリスクがありそうな場所、極端に損害が大きくなりそうな場所を調べながらMt.レディに連絡する。

 

最初のうち、それは十全に機能していたが、マジアベーゼが空中を移動しながら戦うようになると処理が追いつかなくなり、Mt.レディの行動が徐々に阻害されつつあった。

 

危険な方向へ攻撃を誘導しようとしたマジアベーゼに対し、Mt.レディは頭から飛び込み、側転の途中で足を伸ばして振り下ろした。

真上から足の甲で蹴り下ろされたマジアベーゼはそれを腕で防ぎながら地面に着地する。

一方、Mt.レディも放った蹴り足をぴたりと止め、その場で巻き戻ったように残心の構えを取った。

世界が違えば「子安キック」と呼ばれる技を放ったMt.レディはマジアベーゼを得意技の射程内に捕える。

 

「ショラァ!!」

 

左足でのカーフキックがマジアベーゼの右ふくらはぎを(たた)いた。

だが彼女は表情を変えなかった。

 

「ぬるい」

 

(ガードされた! この子、目が良いわ!)

 

「あの日のあなたはそんな気の抜けた蹴りではありませんでした」

 

マジアベーゼが苛立ちの表情を見せている。

二人の普段の活動地域、田等院(たとういん)で戦った日々では一度も見せなかった表情。

 

「それに、その上半身、体幹の起こり……あなた、本当は手技の方がお得意なのでは?」

 

それが目の前の女(ヴィラン)を制圧するのに良い傾向なのか、あるいは逆なのか、Mt.レディには判断できなかった。

 

「ノーコメント♪」

「ああ、じれったい!」

「!?」

 

マジアベーゼが無造作に放った右腕を、Mt.レディは打ち払い切れなかった。

その手は四本の指がまっすぐに伸ばされており、コスチュームを突き破って肩口に刺さった。

 

「ぐああっ!?」

『Mt.レディ! 応援呼びます!』

「バカ呼ぶな!」

 

(刺された!? 違う、これ、抜き手だわ)

 

「わたし、空手はともかく抜き手(こっち)()()()()でして!」

 

マジアベーゼは骨が擦れ合うかのように引き絞られた右手の四本の指を見せた。

その指先にはわずかに血がついていた。

 

「やってくれたわね……傷が残ったらどうしてくれる?」

「責任取って(めと)ります!!」

「とらんでいい」

 

軽口を(たた)き合いながら、Mt.レディは手の中で弓を引き絞るような構えを取った。

 

「その縮こまった構えでは()()()()()()に勝てませんよ!」

 

マジアベーゼはくるりと身を(よじ)ったかと思うと特撮怪獣のワイヤーアクションのようにノーモーションで飛び上がり、伸身バク宙の動きをした。

 

(しまった!)

 

相手の飛行能力が縦横無尽であることを失念していた。

そのまま二人は上下逆向きに交差し、Mt.レディが対応できない上段から首に抜き手が突き刺さった。

 

「がはぁっ!!」

「ふふふ、爆発君の動きを参考にしてみました……」

 

喉を狙ったそれを、Mt.レディは首を捻りながら顎を引き、かろうじて気管への直撃は避けたが、それでも痛みと衝撃で呼吸が詰まり()き込んでしまう。

 

『増援来ます! デステゴロが二分、五分以内にシンリンカムイ!』

「ゲホ……『人違いでした』って追い返せ! リピートアフターミー!」

『何言ってんですか!』

「ラインは割らないわ」

『ライン?』

「私はマジアベーゼをこの区画から出さない」

『まさか、あなた最初から、ずっとその範囲を動いてないんですか……?』

()()()()()()()……ゲホ……が、市民の安全なのよ……」

 

それだけ無線に言った後、Mt.レディは先と同じ構えを取った。

 

「また……そうやって……」

 

マジアベーゼがわなわなと肩を震わせた。

そして、怒鳴りながら、空中からMt.レディを突く蹴るの猛攻を開始した。

 

「全力で来なさい、Mt.レディ!!」

「くっ!」

「あなたのようなかたが、ヒーロー社会のくびきで小さくまとまるなんて許しませんよ!」

 

マジアベーゼは抜き手をフェイントにして、くるりと空中を回転しながら手足を折りたたみ、一気に全身を伸ばしてドロップキックした。

その両足がMt.レディの(あご)を捉えて、彼女は今日初めて路上に倒れ込んだ。

ずん、と鈍い音と共に、その区画全体に振動が響き渡る。

 

マジアベーゼがさらに踏み込み、Mt.レディの胸を踏みつけた。

 

「あなたもまた、新たな『象徴』になるべき人だ! できないのなら、ヒーローなんてやめておしまいなさい! 悪の組織にスカウトします! ビッグになりたいというあなたの夢、私が手伝ってさしあげますから!」

「ぐっ……」

『破壊の女神になればいい。あなたの本来あるがままに。神の黄昏るその日まで、あなたに無制限の勝利と称賛を注ぎましょう』

「やなこった!」

 

Mt.レディは自分を踏みつける足を(つか)み、足の甲にある太衝(たいしょう)と呼ばれる急所に親指をねじこんだ。

 

「痛ぃったあーっ!!」

 

甲高い絶叫をあげるマジアベーゼを突き飛ばし、Mt.レディは立ち上がる。

そこにデクからの無線が入った。

 

『Mt.レディ、もう一本南に入ると、少し広いグラウンドのある中学校があります。そこならもっと()()()()ますよ』

「途中にあるお家を踏み潰していけというの?」

『なるべく壊さないルートを選定します。避難誘導もやります。頭も僕が下げます。やりましょうよ、あなたがそんなに傷つくくらいなら、もう少し巻き込んでもいいはずです!』

「それで苦しむのは一番弱い人たちよ!」

『だからって、あなただけが傷つくなんてもっとおかしい!』

 

「ああもう、どいつもこいつも! それが私の為だってか!」

「その通りです!」

 

マジアベーゼが割り込んで飛び蹴りを放つが、逆に強烈な回し受けで向こう(ずね)をしこたまブッ(たた)かれた。

 

「痛ぃったあーっ!! またぁー!」

「ばぁか、ごめんだわ!」

 

Mt.レディは絶叫した。

 

「そりゃあヒーローだって人間よ? 楽してお金稼ぎたい! 求められたい! ズルしてでも称賛されたい! 仕事上がりはお風呂入ってビールを楽しみたいし、休日はカフェに映画、買い物、夜はバラエティ観て一喜一憂して過ごしたい!」

 

叫びながら、動きを止めたマジアベーゼに襲いかかった。

 

「でもね、なにより、私の中にあるささやかな良心を殺さずに生きていきたいから、私は会社やめてヒーローになったの!」

 

余波を出しにくい横蹴りを中心に、足技で攻め立てる。

そしてわざと反撃を誘い、自分の立ち位置に大型(ヴィラン)(つな)ぎ止める。

 

「私はヒーローである前に、一市民として、うしろめたくなるようなことはしない! 尊い『犠牲』なんて認めない! だからここは譲らない!」

『僕のことはうしろめたくないんですね?』

「ノーコメント!」

 

その無線に、しわがれた男性の声が割り込んだ。

 

『……相変わらず、無駄にどったんばったんしよって。こっちまで響いとるぞ、岳山(たけやま)

「ヨロイムシャ!?」

『割り込み失礼、デクです! 本部にいるヨロイムシャの希望で無線を中継します! どうぞ!』

『ちゃんと教えてやったはずじゃぞ? まだ怖いのか?』

「うっ……」

 

何が楽しいのか、マジアベーゼがけたたましく笑い、頭から飛び込んで抜き手を放ってきた。

 

『力を恐れるな岳山。本当に研ぎ澄まされた力からは、余計なものは削ぎ落とされていくものじゃ。お前はすでに持っておる。神の拳の、その一端を』

 

今度は左腕で受け止めることに成功したが、固められた指先は尺骨(しゃっこつ)橈骨(とうこつ)、腕の二本の骨の隙間に突き刺さり、そこを守る筋肉を傷つけた。

マジアベーゼが着地した勢いで放った後ろ回し蹴りを、その左腕では受け切れず、ガードを破ってこめかみを蹴られる。

ほんの一瞬だがMt.レディの意識が飛び、再び路上に仰向けで倒れ、後頭部を打った衝撃で目が醒めた。

 

Mt.レディはかつて、ヒーロー免許の本試験資格を得るため、プロヒーローからの推薦を求めて、ヨロイムシャの道場の門を(たた)いた。

それはたった一週間の修行だったが、その日々が彼女の並外れた戦闘能力の根幹を成している。

 

 

──修行の最後の日、推薦状をくれたヨロイムシャに言われたことを思い出す。

 

『お前が俺ん()に殴り込んできたあの日、俺はお前のその拳に惚れたのじゃ。たった一週間の鍛錬でお前に推薦をやったのは、決して若い嬢ちゃんとひとつ屋根の下でアバンチュールしようというスケベ心ではなかったのじゃ』

 

「それはウソね!」

 

『最初は、ただの鬱憤(うっぷん)晴らしだったのかもしれない。考えることをやめたくて拳を振り回しただけかもしれん。だが、日常の辛苦と葛藤に耐えながら、繰り返し打ち続けたその数、費やされた時間がお前を裏切らない』

 

『小さき人の身では至ることのない天上の視点を知りながら、それでも人と共に在りたいと願う、お前の孤独と悲しみ、そして慈しみがお前の拳に命を吹き込んだのだ!』

 

 

──その追憶に重なるように、無線からの声が彼女を激励した。

 

『自分が信じられないなら、俺を信じろ。この『武の原典(オリジン・オブ・アーツ)』には見える! お前は撃てる。それに必要な練習量をお前はすでに修めておる!』

 

「嫌な、ジイさんだわ」

 

腹筋で無理やり身を起こす。

ぐぐっと膝を押して体を立たせる。

 

「人をやる気にさせるの、上手いんだから……絶対、まともに付き合ったらしんどいタイプだわ」

 

「おや、その気になりましたかぁ?」

 

マジアベーゼがにやにやと挑発するのを、無視した。

足を開き、軽く腰を落とす。

上半身は緩やかに両腕を開き、左手は緩く前に浮かせ、右手は腰元まで引いた。

その姿勢への移行は、身長二十メートルの巨人がやったにしては、恐ろしいほどに静かだった。

 

「ああ、来る、かつてないものが、来る……!」

 

マジアベーゼはその静けさに恐怖を覚え、彼女の背筋(せすじ)には快楽を伴う電流が走った。

 

嗚呼(ああ)、見せてください、全てを巻き添えに邪悪を打ち晴らす、女神の傲慢なる一撃を! それをわたしにください!!』

 

『突け! お前の人生を込めて振り抜け! それがカラテじゃ!』

 

「セイヤァァッ!!」

 

Mt.レディは、掛け声と共に正拳突きを放った。

その巨大な拳が大気中を通過することで生じた空気の振動は音となり、ヒーローも(ヴィラン)も含めて、その場に居合わせた全ての人々の鼓膜を(たた)いた。

 

その拳と正面から打ち合おうとしたマジアベーゼは、その突きをまともに喰らい、衝撃は腹から横隔膜を突き抜け、彼女はその場に脱力しがくりと両膝をついて崩れ落ちた。

 

『すごい! Mt.レディ、被害ゼロです!』

「ふぅ……打てたわね……」

 

 

──その神がかった正拳突きについては、普段は自慢しいのヒーロー・Mt.レディが、自ら語ることは一度も無かった。

 

彼女の熱心なファン達はその正拳突きが響かせる、重く太く澄みわたりながらもどこか物悲しい衝撃音にちなんで、勝手に『レディ・ドロレス・ストライク』と名付け、末長く持て(はや)したという。

 

 

『──ふう……やれやれじゃわい』

 

「ヨロイムシャ、ありがとうございます」

 

デクはイヤホン越しに生ける伝説の声を聞けて、その奇跡を目の当たりにして、感涙していた。

涙が出過ぎてラバー製のマスクの中で溺れそうな勢いになっていたが、本人は気づかなかった。

 

この男はこうやって飄々(ひょうひょう)と立ち回りながら、誰にでも師匠面をして出会う人ことごとくに武の真髄を授けていく。

彼に火をつけられ、心を燃やされたヒーローがどれだけいるか。

彼のランキングは、彼の実力ではなく、その『実績』によって維持されている。

 

『小童、あやつは気張っておるが、まだここ一番に弱い』

「はい」

『いざという時、意気を支えるだけの自信が育っておらんのじゃ。お前もこの先長く付き合うつもりなら、気づいたら声かけてやれよ』

「わかりました!」

『じゃ、俺寝るわ』

「お疲れ様です!」

 

デクは無線に向かって頭を深々と下げた。

 

そして、頭を上げると、目の前で少女が宙に浮いていた。

 

「!?」

「ヒヒヒ……ベーゼのヤツ、もう負けてやんの。『(トラップ)』が不発だったしこんなもんか……ん?」

 

デクは咄嗟(とっさ)に、この少女こそがデステゴロの言う「空飛ぶ(ヴィラン)」だと察した。

 

パンキッシュなブーツとニーソックスにパニエの入ったスカートを履き、白とアリスブルーの色合いをした洋服を着た、十歳くらいの少女だった。

頭頂部にはハスの花を模した大きなアクセサリーがつけられ、深緑色の髪はふたつに束ねられて変形し、二本の腕のような形になっている。

 

頭部から生えた腕の片方に、見覚えのある黒衣の女が(つか)まれていた。

 

「マジアハイデ! 移動式牢(メイデン)を破られたのか!?」

「ん〜?」

 

胴体を鷲(つか)みにされている黒衣の女、マジアハイデはまだ気を失っているようだった。

少女の方はなにやらこちらが気になるようで、ずっとデクの顔を凝視している。

数秒間見つめたあと、何かに気づいたようにパッと明るく表情を変えた。

 

「やっぱり! お前──じゃねぇか。なんでこんな所にいるんだ? バイトか?」

「?」

 

少女が何か名前を呼んだようだが、聞き取れなかった。

いや、聞き取ったはずなのに、それを言葉と認識できなかった、そんな不思議な感覚だった。

 

「ああ、『認識阻害』が効いてるんだった。じゃあどうでもいいや」

 

そう言った瞬間、その少女とマジアハイデは微かな黒い煙だけを残して消えてしまった。

 

(なんだ今の、ワープか? いや、塚内さんから『エノルミータ』幹部はみんな『転移』が使えるって聞いたぞ!)

 

「あれは……回収役だ! ヤバい! Mt.レディ! 新手です! マジアベーゼが奪われる!」

『なにぃ!? ああクソ、また子どもじゃないの!』

 

デクが無線で連絡しながらカメラのレンズをMt.レディの方に合わせれば、案の定、すでに先ほどの少女がマジアベーゼの横に立っていた。

倒されたマジアベーゼは元の大きさに戻り、道路に横たわっている。

 

『せいっ!』

 

Mt.レディが小さな少女を踏みつけて捕獲しようとしたが、少女の深緑色の腕が一瞬で肥大化し、Mt.レディの足より大きな手となって受け止められてしまった。

そしてMt.レディの足を取ったまま、空いていた本体の両手でマジアベーゼの脇に手を入れて抱き上げると、先ほどと同じように瞬く間に姿を消してしまった。

 

『ああ〜やられた〜ッ! 【転移】が早すぎるわ!』

 

Mt.レディが悔しそうに軽く地団駄を踏んだ。

 

「なんだ今の……僕、あの子どこかで見た気がするぞ……どこか、ものすごく遠い場所で……」

『デク、写真撮った?』

「はい。でも多分ボケました、すいません」

『いい、十分手柄になるわ。【ヴェナリータ】と【マジアロートス】、名前しかわかってない幹部が二人いるのよ。キミは報告頼むわ! 私は暴徒を黙らせる。そろそろこの騒ぎ、終わらせましょう!』

「は、はい!」

『こらーあんたら! いいかげん大人しくしないと踏むわよ! え? 踏んで欲しい? じゃあそこに順番で並べ!』

 

少女が気になっていたデクだが、Mt.レディの指示に従い無線での報告と連絡に忙殺されているうちに、その事すら忘れてしまった。

 

 

 

 

 

02.緑谷宅:反省会・裏  

 

────────

 

デクはあの後、無事に帰宅した。

Mt.レディは元気だったが怪我をしており、大事を取って病院送りになったため、デステゴロの運転するレンタカーで送ってもらうことになった。

 

デクは三年前、中学校に上がる直前、商業施設で彼と顔を合わせたことがある。

ドライブの道中、正体がバレないかと気が気ではなかったが、気さくで面倒見がよく、口を開けば自分語りや内輪ネタが尽きないデステゴロの勢いに振り回されているうちに田等院のMt.レディ事務所まで到着した。

 

コスチュームを解いた出久(いずく)はふわふわとした非日常感に包まれながら、いつもの電車に乗っていつもの道を帰ってきた。

日は沈んでいたが、七時過ぎには帰宅できた。

 

「ただいまー」

「おかえりー、出久、部屋に勝己(かつき)くん来てるわよ?」

「かっちゃんが!?」

 

母親の開口一番の爆弾発言。

というかすでに爆弾が自室まで持ち込まれているらしい。

我が家のセキュリティどうなってんだと思いつつ、出久はおそるおそる自室の扉を開いた。

 

「ロクダイズとか何年前だよ! 懐かし過ぎて逆にハマるわクソが!」

「僕のセーブデータで遊んでやがる!」

 

出久のデスクトップパソコンの電源を勝手に入れて、手慣れたWASD操作でゾンビが出てくるサンドボックスゲームに興じる勝己がいた。

面倒だからという理由でログオン認証を省略していた出久も、リテラシーは親と大差なかった。

 

「クソ、リロードおっせぇな!」

「なんでそんな街中逃げ回ってるのさ! 拠点に戻ろうよ!」

「ああ? あんな足場のクソ悪い陣地ならとっくに崩落しとるわ!」

「僕の無敵ループ拠点がーっ!」

 

出久は絶望的な表情で勝己に詰め寄った。

 

「かっちゃん、よくも! あれ建てるのに二日かかったんだぞ!」

「知るか! あんなおひとり様専用拠点使い捨てだわ!」

「ひどすぎる!」

 

出久の母親がお盆にジュースの入ったコップを持って入ってきた。

 

「勝己くん、ご飯食べてくよね?」

「あ、お構いなく」

「ご飯多めに温めるだけだから気にしないで、ね?」

「……いただくっス」

「はーい、もうちょっと待ってねー」

 

その様子を見ていた出久が驚愕(きょうがく)のまま石化していた。

小学校の頃から相変わらずの大げさなリアクション芸に勝己は歯軋(はぎし)りする。

 

「んだよ?」

「こんな柔らかいの、かっちゃんじゃない……」

「オイゴラァ! 礼儀くらいわきまえとるわ!」

「ウソだ! あの傍若無人のまま高校生になって体もゴツくなったかっちゃんは『わざわざ聞くでないわ、うぬは黙ってオレ様に馳走すればよいのだ。子どもの命が惜しくないのか?』くらいは言うはずだ!」

「テメェの中のオレどうなっとるんだ!」

 

 

──夕飯はカツ丼と味噌汁にカツオの(たた)き、キャベツたっぷりの野菜サラダだった。

 

ダイニングキッチンのテーブルに三人は集まった。

出久と彼の母親は着席したが、勝己は立ったままだった。

注目を集めたところで勝己はいつもとは違う、ゆっくりとした調子で話し始めた。

 

引子(いんこ)さん、小学校の卒業式の日、出久(いずく)君を傷つけたことを謝ります。すんませんっス」

 

勝己はそう言って出久の母親に向かって頭を下げた。

 

「まあ……」

「待てよかっちゃん、あれは僕の方だって……」

 

出久は立ちあがって抗議しようとしたが、勝己は片手を伸ばして彼の肩を押さえ込んた。

 

「黙れ。俺はお前なぞに悪いとは1ミリも思ってねぇ……」

「ええー?」

「でも、あんとき俺は引子さんのお子さんを傷つけるつもりでやった。その事について、引子さんには今でも申し訳なく思っています」

「かっちゃん……」

 

出久の母親、緑谷引子は、首を傾げながら出久の方を見た。

 

「出久は、それでいいの?」

「かっちゃんが悪いことをした落とし前はかっちゃん自身でつければいい。あの日、僕とかっちゃんが喧嘩をした理由はそこじゃなかった。僕はお互い様だって気がついて、ちょっと前に謝ったんだ」

 

引子が無表情で缶ビールを手にとると、プシッと、プルトップ式の蓋がノーハンドで開いた。

彼女の『ちょっとした物を引き付ける』個性の応用だった。

 

「はぁー、めんどくさい」

「「めんどくさい!?」」

 

引子はまゆをハの字にして真顔のまま、缶ビールを傾ける。

ひと(あお)りした後、少し気分良さそうにして話し始めた。

 

「賢い子たちとお話してるとおばさん頭疲れちゃうわって話。みんなもっとおバカなほうが可愛いのにねぇ」

「うちの母親は俺のことバカすぎてブッ殺したいらしいっス」

「あはは、愛されてるね!」

 

引子は勝己に席を勧めたが、勝己は引子の方へ一歩近寄っただけだった。

その既視感しかない強情ぶりに、引子はつい笑ってしまう。

 

「勝己くん、おばさんはね、出久が健やかに育ってくれたらそれでいいの。友達作って、勉強して、遊んで、そのうち普通の職場に就職でもしてくれればって。恋人は……まあ……別に無理して頑張らなくても……」

「ひどくない?」

「だから、あんなに仲良くしてた二人がだんだん険悪になっちゃって、中学からはすっかり疎遠になっちゃって。おばさんずっと、そっちの方が心配だったわ」

「……っス」

 

引子は突然大きな目を丸くし、虚ろな表情に切り替えた。

 

「この子、勝己くんと遊ばなくなってから、なんかカメラに目覚めちゃってね? 陸上部は二年目でやめちゃうし、お小遣いの交渉は激しくなるし、朝は早いし夜は遅いし、勝手に泊り掛けしようとしたから門限決めたら今度は夜中の三時半とかに抜け出していくようになったの。それになんか小さな女の子から家に電話かかってくるし、私と三つ四つしか違わないくらいの、薄着のお……お姉さんの生写真を額縁に納めて、机の奥にしまい込んでてたりしてね?」

「お母さんなんでそれ今言うの!?」

「何やっとんだお前は……?」

 

引子が怒涛(どとう)のように息子への愚痴を語り、出久は裏切られたような表情で引子を見た。

勝己は出久のいかれた行状にただただドン引きした。

 

「この子はそんな感じでマイペースにやってたからいいのよ。むしろ会えない勝己くんの方を心配してたわ……光己(みつき)さんが言ってたとおり、ちゃんと距離を取れたのが良かったみたいね?」

「……っス」

「勝己くんの謝罪を受け入れます。あとはそっちでよろしくやって頂戴!」

 

引子はそう高らかに宣言した後、ビール缶をぐいっと干した。

 

「というわけで仲直りの乾杯しましょう! あ、ごめん、おばさん無意識で一本空けちゃったわ! リロード! 乾杯!」

「……っス」

「か、かんぱい」

 

引子に再び勧められて、ようやく勝己は席についた。

勝己は引子とコップとビール缶を軽くぶつけ合い、出久とは盃を合わせず、カツ丼を豪快にかきこみ始めた。

 

「それで出久、あの写真の人は一体誰なの? お母さん、ものすごく最近、どこかで見た気がするのよねぇ……」

「お願いだからその話はやめよう!?」

 

その後も出久はイジられ続け、彼だけ好物の味がしないまま、三人の食事は進んでいった。

 

 

 

──食事を終えて、二人で出久の部屋に戻った。

 

出久はベッドに腰掛け、勝己はパソコンデスクに背を預け、腕を組んでふんぞり帰った。

ダイニングでの神妙な雰囲気はすっかり抜け落ちており、出久にとって馴染み深い傍若無人スタイルに戻っていた。

 

「あの、母さんに、謝ってくれてありがとう」

「お前に礼を言われる筋合いはねぇ。もう言うな」

「うん……」

 

出久は日中の事もあり疲れ切っていた。

そのまま下を向いて黙っていると、勝己は苛つき、さらにふんぞり帰った。

 

「おいデクゥ、テメェ俺に言うことあるだろうが!」

「え? いや別に? あ、遅くなったけど、雄英合格、おめでとう?」

「んだとゴラァ!!」

「どう生きてたらそこに導火線ができるんだよ!」

「合格なんぞクソ当たり前だろうが!」

「あーもう……」

 

少し考えた出久は、結局何を聞けばいいのかわからなかったので、当てずっぽうで聞いてみた。

 

「……学校で何かあったの?」

 

聞かれた勝己は不貞腐れたように横を向いた後、聞こえるか聞こえないかの音量でボソリと言った。

 

「負けた」

「はぁ!?」

「負けたんだよ、完璧に!」

「マジかよ……」

「……同じクラスに一人、バケモンがいる」

 

出久は目を見開きカタカタと震える、その顔面以上に驚いていた。

この男に何をしたら、一体どこまで酷い目に合わせたら五体満足のままで負けを認めるのか、出久には全く想像がつかなかった。

 

「デク、お前もあいつに勝つ方法を考えろ。五月の体育祭までにだ」

 

勝己は顔を真っ赤にしながら、押し殺す様な声で言った。

 

「……僕にそれをやらせたくて謝ったの?」

「テメェには謝ってねぇよ! ……だが、そうだよ。みみっちいと言われようが……そもそもあれ以上の落とし所があるってのか? アァ!?」

「わかってるよ……脅迫するのか殊勝になるのかどっちかにしてよ……」

 

彼らしい行動ではなかったが、出久もなかなか溜飲が下がってしまったのは事実だった。

 

「もう遅いから調べるのは明日からね」

「……!」

「今はとりあえずそいつのこと、わかる範囲で教えてよ」

 

だから結局、この程度で(ほだ)されるくらいには、出久にとって勝己はかけがえのない幼馴染なのだった。

勝己はぽつりぽつりと、学校であったことを話し始めた。

 

 

 

──ひと通り話を聞いた出久は、知恵熱を払うかのように両手で頭を()いた。

 

「はぁ……初日には仮でも除籍者が出て、二日目には治療の反動で逆に死にそうなくらいの怪我するのか。すごい次元だ。さすが雄英だよ」

 

なによりオールマイトが先生をやっているなんて。

出久はこの時初めて雄英高校を受験しなかったことを後悔した。

身が張り裂けそうな程に。

 

気分を落ち着けようと、母親が持ってきてくれた麦茶のグラスをそれぞれ(あお)った。

 

「体育祭までって……あと一ヶ月か。かっちゃんがハッタリでも『明日は勝つ』って言えないレベルなんだね?」

「実力的にはまだ付け入る隙がある……だが、問題は(マインド)の方だ」

「マインド?」

「アイツは本気でオールマイトを超えようとしてやがる」

「ええーっ!?」

 

驚いた出久をにらんで勝己は舌打ちした。

 

「……いや無理でしょ?」

「実現できるかどうかは関係ねぇんだ。アイツにはすでにそこに至るまでのビジョンがあるってことだ」

「ビジョン……」

「だから方針に迷いがねぇ。余さず準備と訓練に費やせる。俺と(アイツ)は、そこに差が出来てんだ」

「かっちゃんの方は、まだ定まってないんだね?」

「そうだ。俺も『生涯これでいく』っていうスタンスを決めちまう必要がある。アイツに勝てる方向で。一分一秒でも早くな」

 

出久は顎に手を当てて考え込んだ。

 

「……うん、方向は見えてきたな……他のクラスメイトは頼れないの?」

 

そう聞かれた勝己はさらに背もたれを反らせて切り捨てた。

 

「ハッ! アイツ以外はザコばっかだ! 一人、二人、まだわからねぇのはいるけどよ」

「まだ二日目だろ。話くらいはしたほうがいいよ。そのストイシズム全振りはかっちゃんの悪い癖だ、もっと欲張れよ」

「ああ?」

「受け入れなくていいんだ。違う視点を利用するんだ。すでに僕らが欲しい答えを持ってるかもしれない、アイツが見落としてる何かを見つけたかもしれない……って考えるべきだ。僕もさっき、それでちょっと失敗した」

「チッ……わかっとるわ……めんどくせぇ」

「それに、今のままだとかっちゃんの訓練相手がいないんだけど」

「チッッッ!!」

 

今のは「その問題もあった、忘れてた」の舌打ちだ。

出久は身の安全を考えてそれ以上ツッコむのをやめた。

 

勝己が「帰る」と言って椅子から立ち上がった。

 

「デク、テメェは頭脳担当だ。俺が勝つまでその知恵を脳から引き摺りだすからな! バックれんじゃねぇぞ!」

 

出久はその挑発にふんすと鼻息で返した。

 

「別に、僕だって何もかも諦めたわけじゃないんだ。ヒーロー科最高峰のマインドとやらを盗ませてもらう」

 

それを聞いた勝己はなぜか嬉しそうな顔をした……かのように出久には見えた。

もしかしたらまじりっけなしの殺意だったかもしれない。

 

「はっ、いい度胸だ! 無個性のデクが、ようやく身の程を知ったかよ!?」

「ああ、決めたんだ。僕は『デク』のままでもやれることをやる」

 

 

 

──帰宅した勝己は、出久が早速メールで送りつけてきたドキュメントファイルを読み込んでいた。

 

メガバイトの単位がついている添付ファイルにドン引きしたが、読み始めたらすっかり引き込まれていた。

 

(『準備期間』は中学の三年間を想定。資格の無い一般人が集められる資源、薬品の内訳、過去三年の単価。『オールマイトより強い使い魔』を作るのが最終目標と仮定。また、生き物を使い魔にできる可能性。『即席の兵隊』は優先順位が一番低い。だから普段は余ったコストやゴミを使ってやりくりする。高品質の資源を使い込まれた先にそいつの本当の強さがある……)

 

出久は徹底的にデータだけで詰めてくる。

彼は即座に『オールマイトを超える目標を持った個性【使い魔創造(クリエイトファミリア)】の女子』をシミュレートするための資料を収集し始め、ネットで簡単に手に入る範囲の情報を元に仮説を組み立てていた。

 

出久はさらに戦闘に関する見解も提示してきた。

 

(それだけの創造能力があって、汎用的な『空飛ぶ使い魔』を用意していないのは絶対におかしい。あえて温存しているか、何らかの理由で必要としていないか……()()()()()()可能性の考慮が必要。それだと『爆破』による空中殺法に対応された理由の説明がつく、か……)

 

あの見下した表情と、背中の皮を()がされた痛みを思い出して眉間に(しわ)を作った。

 

(クソ、あのサド女、まだ()めプし放題かよ……アイツもう除籍されてしまえ。俺に負けてからな)

 

ようやく最後まで読んだ勝己は、最後の一文だけは残念に感じた。

 

(現時点での結論は『空中戦を捨てて撃ち合え』だと……もうやったわアホ。それに機動力のないヒーローに価値はねぇよ)

 

前のめりになっていた姿勢を直し、椅子の背もたれに体を預けた。

 

(でもまあいい。デクにはこのまま、あいつなりの視点で考えさせる……)

 

「!?」

 

気がつくと勝己の母親、光己(みつき)が勝手にドアを開けていた。

ドアに手をかけたまま、ニヤニヤしながらこちらを見下ろしている。

 

「引子さんに謝ったんだって?」

「チィ……」

 

舌打ちは中途半端になった。

漏らしたのはおそらく自分が謝った相手だろうから。

 

「あんた、先生やクラスメイトにまでそういうことやったらダメよ」

「ああ?」

「やりすぎんなってコト。情の問題はね、糸になってんの。丁寧に、柔軟にスジを通していこうすると、かえって雁字搦(がんじがら)めになっちまうのよ」

 

普段聞かない、妙に優しいよそ行きの声で、それは語られた。

 

「ただ自由に生きたいだけなら、きっとクソ女のままでいたほうがよっぽど楽だった。自分も、周りの人達にとってもね。これは私の失敗談」

「フン……」

「私がそんなドン底からお父さんと結ばれるまでの三年間の話聞く?」

「はよ寝ろや!!」

「チッ……」

 

要するに、あれだけ(しつけ)と称した折檻(せっかん)をキメておいて、らしくないことはするなという話だった。

 

あれは勝己なりに一番心労をかけた相手に誠意を示そうと思っての謝罪だった。

和解はできたと思うが、確かに、結果として彼女に余計な苦労を負わせるのかもしれない。

 

「別にみんなに好かれたくてやるわけじゃないんでしょう? なるべくシンプルに、大雑把にやるんだよ」

「チッ……」

 

ぽんぽんと普段とは違う調子で、頭を優しく(たた)かれた。

 

「中には、愛想尽かされても切れない縁だってあるよ。おやすみ」

「オウ」

 

だが、条件反射的に、勝己の頭皮にぴりりと幻の痛みが走ったのだった。

 






【あとがき】  トップにもどる

※今話も最後までお読みいただきありがとうございます!
※ここからだんだん捏造設定、ほぼオリキャラなTS魔法少女、おセンシティブでぐへへな展開、ベーゼ様のクソヤバ女っぷりが濃くなりますが、今後もヒロアカ原作をなぞる方向で進めて参りますので、よろしくお付き合い頂けたらと思います!

※デクとシンリンカムイは今回ニアミス。初顔合わせはもう少し先になります。

※次回、ヨロイムシャ、瞬速の……
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