(1)生徒指導(前)
────────
「オールマイトの授業はどんな感じですか?」
「はい! ヒーロー基礎学の授業でした。まず授業開始時刻から12秒後に『私が普通にドアから来た!』と叫びながら入室されました。これは昨年末のBBB報道特番にゲスト出演されたときと同じですね。入り方も大人しめでこれはスケジューリングされた予測可能回避不可能なシチュエーションでプチサプライズを演出するときの鉄板メソッドです。コスチュームはシルバーエイジのものを着て来られました。シルバーエイジのコスチュームは当時本当に着ておられたバージョンと六年前に仕立てられたファンサービス向けのバージョンの二種類がありますが昨日は前者でした。見分け方はマントの端のくたびれ具合です。あのバージョンは全盛期一歩手前の筋力に合わせて作られているため少し衰えられた最近のあのお方にはむしろしっくり来るようで、のびのびとした歩き方で教壇まで進まれました。机の前に立たれたオールマイトはテレビでお馴染みの自己紹介を端折って筋肉を見せつけながらいきなり本題を突きつけるアレでヒーロー基礎学の説明を……」
「待って! あなたそのまま完レポする気? ものすごく聞きたいけど時間大丈夫なの!?」
「ああっ、そうでした! わたしちょっと急ぐんです! すいません失礼します!」
リポーターを務める女性はものすごい早口で語り始めた少女に、聞く相手を間違えたことを悟り、慌てて切り上げた。
本当に急いでいたらしく小走りに去っていく少女の背中を見送り、ため息をつく。
「見た目に
オールマイトが雄英高校の教師になるというニュースがエイプリルフールを跡形もなく吹き飛ばしてから一週間後。
入学式の日こそ大人しく遠巻きにしていたマスコミの面々だったが、オールマイトが姿を表さず、期待していた光景を撮れなかったことで、翌日からは辛抱堪らず校門前に詰めかけていた。
彼女もそんなオールマイト出待ちリポーターの一人である。
現在は少しでも場を
雄英高校でカメラとマイクを向ける相手は一年生を狙え、というのが彼女らマスコミにとっての鉄則だった。
ヒーロー科最高峰、雄英高校の知名度は全国区であり、特に『体育祭』のシーズンである翌月、五月は市井がこの高校の話題で持ちきりとなることだろう。
その為、雄英高校では一年の全学科カリキュラムにマスコミ対策の授業があるらしい。
結果、二年生以上にインタビューしても面白みのない解答が返ってくるだけになってしまう。
もちろん、そういった模範解答が欲しいときもあるが、今日の彼女たちマスコミはとにかくオールマイトの気分なのであった。
よって、期待しているのは初々しい一年生達による新鮮な情報
さっきの完レポ女子は俳優によるやらせを疑われるのでダメだった。
しかも、あの女子の話が長すぎてもう一人いい感じの女生徒を見送ってしまった。
(仕方ない、あの真面目そうなメガネの子にしよう)
「すいません、インタビューにご協力願います! 教師オールマイトについてどう思っていますか?」
「はい。最高峰の教育機関に自分は在籍しているという事実を
「ありがとうございます。今日も授業頑張ってください……」
(今年の一年生こういうのしかいないのかしら!?)
今度は二年生、三年生以上にマスコミ対策完璧な生徒だった。
彼女たちにとっては不毛な仕事を二連発してしまい、大幅にテンションが下がったところで三人目の一年生を見つける。
(うっ!)
今度はできれば声をかけたくない相手だった。
爆発したような派手な金髪。制服の外からでもわかる厚めの上半身。
それに目つきから態度まで見るからに柄の悪い顔面が加われば不良生徒によく見られる神経質な武闘派キャラである。
その男子生徒は歩きながら何か考え込んでいるようで、こちらの存在にはまだ気が付いていない様子だった。
だが、話しかけづらいというのを、仕事を止める理由にはできなかった。
彼女はできるだけ刺激しないようにゆっくりと視界に入る感じでマイクを差し出した。
「すいません……インタビューにご協力頂けないでしょうか? オールマイトが、『平和の象徴』が教壇に立っているということで、様子など聞かせてください」
「……ん? ああ、オールマイト先生か。意外とフツー。慣れてねぇ新人っぽい受け答えしとったわ」
「ありがとうございます! ヒーロー科頑張ってください!」
「オウ」
(本当にありがとう! ようやく比較的まともな絵が撮れた!)
その男子生徒を拝みそうな勢いで感謝していたが、彼女とカメラマンの幸運はそこまでだった。
「うわ、出たよ……」
その二人は学生服を着ておらず、生徒達に声をかけながらこちらのマスコミ集団に近づいていた。
一人は小汚い、小汚すぎる以外に特徴のない男性。見た目は小汚い印象だが、明らかに戦闘向けの黒い上下に包帯のような布を肩から口元までを覆うようにぐるぐると巻いていて、ヒーローの特徴を押さえている。
おそらく現役ヒーローを兼任する教師の一人だろう。それにしても小汚いが。
問題はもう一人の女性だった。
遠巻きに眺めると乳房を露出したボンデージファッションの痴女にしか見えないが、実際には全身に白い薄手のタイツを着用している。
このタイツが絶妙に野暮ったい感じで近づいて見ればそこまでいやらしくなく見えてしまう。
しかし実際にはその魅惑のボディラインは全く隠されておらず、彼女が1フレームでも動画に映り込むだけで局内の倫理審査を通さないと地上波放送が不可能、審査が通っても時間帯を間違えると今度はお茶の間からの苦情殺到という、歩くセンシティブ映像、特に取材班にとっては悪魔のような存在だった。
これでちゃんと場を整えて出演させればきっちり視聴率は取ってくれるのだから殊更に厄介な存在なのである。
「おはよう、みなさん。オールマイト先生なら今日はお休み、ヒーロー活動も非番ですよ。代わりに私が聞きますから生徒を通してあげてくださいね」
そんな痴女ことヒーロー・ミッドナイトはカメラの前ではビジュアルでも言論でも
小汚い男が傍に立ち、周りを油断なく見回している。
「おはようございます。ミッドナイト、本当にその格好で通勤されているんですね?」
「ええ、パトロールも兼ねてますからね」
「オールマイトに直接お話
「それはご本人かオールマイト事務所に尋ねるべきかと思いますわ」
その
「そのご本人が捕まらないからこうしてここでお待ちしているんですよ!」
「あなたも雄英高校の教師なんですよね? こうして来てるんですからもう少し対応してくださいよ!」
「中で取材させてください! もしくは記者会見を!」
「ですから今日はお休みですってば。さすがに気の毒なのでこうして私が参りましたのよ?」
「あなたじゃモザイク入れても放送出来ないんですよぉ!」
「あら残念。ま、頂いたご意見につきましては本校としても真摯に受け止めさせていただきますわ。まず行政のしかるべき場でご検討いただいてからね」
雄英高校は国立高校であり、その上にあるのはヒーロー制度を中心とする権益をめぐって国家権力の思惑が渦巻く魔窟である。
その複雑怪奇をよく知る熟練の記者達はその回答に思わず
結局集まったマスコミ達は、その朝の時点では、『雄英バリアー』と呼ばれる侵入者撃退装置を起動させてしまうトラブルを起こしただけで、何の収穫も得られなかった。
──それから数十分後、もう一人の小汚いほうとして取材陣に応対していた
三日目ともなれば生徒達も慣れたもので、彼の蛇のようなにらみを避けるために必死で規律を保っている。
「昨日の戦闘訓練、お疲れ。
「!?」
「
「ウス」
「
「ハイ!」
「
「はい!」
生徒達に緊張が走った。
どうやら全員に一言講評を述べるつもりのようだ。
残る全員が、自分の番に備えて身構えた。
「
「チクショー!」
「
「はい」
「
「うっす!」
「
(コクリ)
「
「ああ」
「
「はい」
「
「
「
「おっす!」
相澤から、まるであの場にいたかのような実践的なアドバイスが飛ぶ。
本当に全ての記録を確認したらしい。
「
「ハイ。気をつけるわ」
「
「御意」
「
「はい! そのつもりっス!」
「
「ウッス」
「
「へーい、いや、はい! こ、これから考えます!」
「
「うっ、そういうもんかなぁ? 考えときます……」
「
「はい、親からもそう言われました……」
相澤は最後の二人にはアドバイスだけでは済まさなかった。
「峰田。お前は明日の昼休み指導室な」
「オイラにもなんかアドバイスくれよ!」
「デリカシー」
「ヒェッ!」
相澤による本日一発目、蛇のような視線を浴びて峰田は震え上がった。
「残りのアドバイスは明日じっくりくれてやるから震えて待て」
「ハイ……」
「最後に柊さん」
「わたしだけさん付けされた!」
「先生、君とはまず常識のすり合わせが必要だと理解しました」
「ごめんなさい! 除籍だけはどうか!」
席を立ち、土下座する勢いで迫る柊を相澤は手で制した。
「謝罪ではなく自覚を要求する。今日の昼休み、職員室向かいの生徒指導室に来なさい。そこで先生とお昼しましょう」
「そんなぁーっ!」
「昼休みを潰すお詫びに生徒指導室名物、ランチラッシュ特製
「えっ……くっ……い、行きます」
「ちょろいぜ」
相澤はすこししゃべり疲れたのか、ひとつ息を吐いた。
「……ま、失敗もあれば、やらかしもある。最初はこんなもんだ、みんなひとつずつ改善していきなさい」
「「「はい」」」
「さてホームルームの本題だ。急で悪いが今日は君らに……」
──四限目の授業が終わり、生徒達がぽつぽつと席を立ち始めた。
「とほほ……いってきます」
柊が幽鬼のようなゼロテンションで立ち上がり、椅子も直さず、目一杯に肩を落としながら教室を出ていく。
芦戸と葉隠、そして蛙吹が彼女に手を振って見送った。
「おーう、しっかり指導されてきなー」
「あ、メッセでカツ丼の食レポよろ! 写真も欲しいな!」
「はい……」
「やめたげて
一方、教室の別の一角では、男子生徒達が青山を取り囲みつつあった。
「よう青山。もう普通に食べられるの? 下痢ピにならない?」
最初に声をかけたのは峰田だった。
少しうつむきがちにしていた青山だったが、それでも背の低い峰田の顔は真正面で向き合うことになる。
もちろん嫌らしいニヤニヤ顔を見せつけられていた。
「……食事前にやめてくれよ。もう大丈夫さ」
「まだあんまり元気なさそうだな?」
その様子を気遣わしげに伺ったのは砂藤と口田だった。
「お前最初の日とぜんぜん雰囲気変わってんじゃん。本当はまだ調子悪いんじゃねぇの?」
(コクコク)
「いや、大丈夫だよ……」
そう言ったが、青山の表情はさらに憂いを含んだものに変わった。
大柄な二人が青山に歩み寄る姿が目立ったのか、教室に残っていた他の男子達も席を立って集まり始めていた。
「大丈夫だけど、そうだな……砂藤くん……その、聞いてもいい?」
「ん? いいぞ、何でも聞けよ」
「
青山は少しの間、何かを思い出して気持ちを沈ませていたが、意を決した様子で続きを話した。
「……あの日の僕、もしかしてキラキラとお芝居してるように見えた?」
「「「見えた」」」
周囲の反応がよどみなく揃ってしまった。
青山の表情に絶望の色が挿される。
それに追い討ちをかけるように、上鳴と瀬呂、そして常闇が率直な感想を突きつけていく。
「なんつーか、わざとらしかった!」
「あ、こいつ高校デビュー失敗してんなって思ったぜ」
「
「ふぐっ……」
すこし離れた場所にいた切島が「高校デビュー」のフレーズを聞いたときに一瞬ビクっとなった。
彼らの反応を聞くたびに、青山の気持ちが下がっているのが目に見えてわかり、口田がアワアワとし始めている。
彼はあまり声を発しない性格だが、そのジェスチャーはむしろ雄弁でコミュニケーションの欠乏を感じさせない、不思議な男だった。
青山は小刻みに震えながら、それでもまだ気丈に振る舞っていた。
「僕は本当に、心の底からあれが素だったんだよ……」
「じゃあ何で今そんな調子なんだよ?」
「言われて、気づいてしまったんだ……キラメいて振る舞うこと自体は今でも本望なんだ。けれど、それが芝居と思われるほどお粗末だったなんて言われて……自覚した結果、僕は……自分が恥ずかしくなってしまった……」
そう言って青山はついに顔を覆ってしまった。
「「やっぱり高校デビュー失敗したんじゃねぇか……?」」
「開き直りは強いが、時に
瀬呂と上鳴はそう結論づけたが、常闇はフォローとも何とも言えない感想を述べた。
「元気だせ青山!」
「ひゃぁんっ!」
切島が激しく背を
近くにいた男子一同、その声になぜかゾワっとなったが、表面上は平静を保って見せた。
「痛いよ。急に
「悪い! でもそんな事でクヨクヨすんなって言いたかった!」
切島は拳を握り締め、もう片方の手で青山の肩を
「高校デビュー失敗がなんだ! どれだけ飾って盛っていようと、俺はお前の味方だぜ!」
「何度も言うんですけど? あのキラめく僕こそが最終的にあるべき本当の僕なんですけど?」
切島の少しズレた励ましに、青山はプルプルと震えながら反論する。
「まあ、オイラは食中毒の影響じゃなさそうで安心したぜ」
(コクコク)
「ふふ、心配してくれてありがとう」
峰田と口田が慰めると、青山がようやく少しだけ笑った。
「よし青山! メシ行こうぜ、食堂行こう!」
「いや、僕、お昼はレストランからのデリバリーと決めていて……」
「セレブだな」
「バカお前なぁ、そうやって人と違うもん食ってるから自分だけ腹壊すんだよ!」
「そんなめちゃくちゃな!」
切島の暴論に青山は反発したが、瀬呂と砂藤は切島の方を擁護した。
「いやあ、でもソレ、一理あると思うぜ俺は」
「給事に出前、仕出しに弁当、どれだけ気をつけても、人の手を渡る程に食中毒のリスクは増すらしいからな」
(コクコク)
「その点ランチラッシュなら安心だぜ。なんせ同じ食堂でもう何年も食中毒出してないという実績があるわけだからよ」
砂藤に淡々と
どうもその辺り、逆の認識をしていた様子だった。
「そうか……わ、わかった。確かに僕だけ食中毒は御免だね」
「おう、いくぞテメェら。席無くなる」
話には参加しなかったが、近くで話を聞いていた爆豪が立ち上がってその場の全員に命令した。
「なんで話に参加しないあいつが仕切るんだよ」
「肩で風切ってんなぁ」
爆豪の態度に
「あれ、障子は?」
「轟、尾白と行ったみてぇよ」
「戦闘訓練つながりか」
その後ろで、切島が大声をあげて青山の肩をバンバン
「よし青山行こう! デビュー失敗なんて気にすんな!」
「痛い、肩
「俺はお前の味方だからな!」
なんか切島が青山に急激に優しくなっていた。
その理由を察する者もいれば、そうでない者もいたが、とりあえず生暖かく見守る方向では一致していた。
男子達はぞろぞろと教室を出ていく。
「そうか……僕はもう、みんなと一緒でもいいのか」
彼らの少し後をついていく青山から、そんなつぶやきが漏れたのを、だれも聞き取れなかった。
────────
その三人は黒塗りの高級車の中から、初めて来る街の様子を見ていた。
「思ってたより汚ねぇ街だな……」
「
「傘下の連中が言うには、この
「……鉄砲玉、一人くらいは連れてくるべきでしたか」
「動かすにも金がかかるつったのお前だからな」
「返す言葉もござぁせん」
三人はそれぞれ独特の意匠が施された、鳥の
前の席に二人、後部座席に一人。
「はは、まあいいじゃないか。駆け出しの頃を思い出すよ」
後部座席の男が、軽く目を閉じながら言った。
その男だけは顔を下半分しか隠していない。
だが、その濁った目つきはマスクのおどろおどろしさに印象負けしていなかった。
「あー、確かに。この三人組でよく動いてたよな」
「あっしにはまだ昨日の事のようでやんす。着きやしたよ」
車が停車し、前の座席に座っていた二人がすぐに車を降りようとしたが、背後で気配があり、その動きを止めた。
「大事な取引の前に、意識を合わせておこう。ここからは何かあっても『計画』を最優先にしろ」
「へぇ」
「若頭……そうは言われてもなぁ」
助手席に座っていた、非常に身長の低い男が首を傾げて疑念の意を示した。
「ミミック、二度は言わねぇぞ」
後部座席の男が釘を刺すのに追従して、運転席の男も助手席に声をかける。
「
「ちっ……それはお前がノロマだからだよ。俺が飛び出さなくてもいいようにしやがれ」
「すいやせんねぇ。さ、降りた降りた」
二人が車を降りる。
運転席の男はゆっくりと後部座席の扉を開け、中にいた男がニトリル手袋の上にさらにコットンの手袋を着けながら車を降りていた。
車の向こう、歩道側から、助手席にいた男の怒鳴り声がした。
「アブねぇな気いつけぇガキンチョどもが!! ……おお、悪いなオッサン」
姿は見えないが、どうやら歩道を通過する自転車と接触しそうになったらしい。
二人はその騒ぎを無視して目的の建物に向かい、ちょこまかと小走りで追ってきたもう一人と建物の前で合流した。
「ひえー」
「どうしやした、ミミック」
「
「人は見かけに
「店はそこそこ綺麗だな」
そう言った男は、ドアの前に立ちながら、そのノブには触れようとしなかった。
運転席にいた男が代わりにドアを開けた。
──その六階建ての雑居ビルを丸ごと借り上げて営業する飲食店は、四階より上がVIPルームとなっていた。
年季の入った壁紙に、金のかかった
飾られた調度品には作為も、創意も感じられず、ただそれっぽいから置かれているだけの有様。
後ろ暗い仕事をする者達が、後ろ暗いやりとりをするための場所。
それに相応しい独特の重苦しさが漂っていた。
「どうぞ」
「ありがとうござんす」
内側から扉を開けられ、三人はその部屋の中に入った。
扉を開けたのはサングラスをした大柄な男。
その無骨な容姿に似合わぬ、よく手入れされた黒い長髪が特徴的だった。
部屋の奥には壁一面を埋め尽くす規模のバーカウンター。
奥の棚には色鮮やかで多彩なラベルの巻かれた酒瓶が並び立てられている。
その中央に大きめの正方形をしたローテーブルが置かれ、それを挟んで一人掛けの黒いソファーがふたつずつ、向かい合うように並べられている。
テーブルをはさんで向いに二人が腰掛けていた。
「やあ、よく来てくれたね。ボクがエノルミータ幹部、ヴェナリータだよ」
「
ヴェナリータと名乗ったのは、小柄な異形の人物だった。
黒い動物のぬいぐるみのような格好をしているが、よく見ればそういう服を着ているだけだとわかる。
口調は男っぽいが、声からその性別は計り知れない。
迫と名乗ったほうは黒い目出し帽を被った男だった。
その手の中にいくつかの球体を握り込んでおり、それを手指で器用に動かして手慰みにしていた。
やや道化めいたビジネススーツを着こみ、その筋の人物らしい横柄な姿勢で座っている。
「護衛の
ドアの横に立つ長髪の男がそう名乗った。
「
「同じく本部長のミミック」
「若頭補佐のクロノスタシスでやんす。しかし、天下の大怪盗が鞄持ちたぁ、ちぃと戴けませんねぇ?」
「……」
「
「へぇ」
迫とにらみ合ったクロノスタシスを制止した、オーバーホールと名乗る男は、胸ポケットから名刺を一枚取り出してテーブルへ投げた。
その名刺は手品のようにヴェナリータのところへ飛ぶが、迫の右手がそれを遮ったかと思うと名刺が消え、テーブルの上に置かれた左手から現れた。
ミミックとオーバーホールがソファーに腰を落ち着け、その後ろにクロノスタシスが立つ。
ヴェナリータが両手で歓迎のジェスチャーをした。
「そちらこそ、実質トップのブレーンが勢揃いじゃないか」
「それだけ重要な取引だと意気込んでるのさ」
「こちらとしてはありがたい。何か飲むかい?」
ふわりと席を立とうとしたヴェナリータをオーバーホールが手で制する。
「俺達は組の名の通り、酒は
「せっかちだね。『サンプル』の出来はどうだった?」
「悪くない。若干混ざりモンがあるようだが、十分使える」
オーバーホールはそう言うと、ヴェナリータを
「一体どうやった? クローンに同一の『個性因子』を含めることは理論上不可能なはずだ」
ヴェナリータは笑い声を漏らしたが、その表情は一切読み取れなかった。
「ふふふ、まあ、その混ざり物が肝なんだよ。クローンというよりは培養に近いとだけ教えてあげよう」
「ふん、そうなるとやはり設備次第という事か……」
オーバーホールが目配せをし、それにミミックがうなずいた。
「細部は詰めたいが、基本は打診してくれたとおりの内容でいい。ただし」
「ただし?」
「『あれ』を引き渡すのは『
ヴェナリータが数秒沈黙した後、ため息混じりの回答をした。
「二万体かぁ……前に全部で五百ダースと提案したのはそちらだったはずだけど?」
「気が変わった」
「極道と取引するっていうのはこう言うことだ。覚えとけよぉ?」
「ミミック」
「……失礼」
「あと、いくつか質問があるからちゃんと答えろ。それ次第で取引を決める」
オーバーホールと隣のミミックが、迫りかかるような目でヴェナリータをにらんだ。
ミミックは興奮しているのか、マスクの隙間から見えるその目を地走らせている。
ここからの不義理は絶対に許さない、という表情だった。
「どうぞ」
「『あれ』の身柄を求めるのはなぜだ?」
「取引の担保兼人質……というのは建前で、ボクにとって興味深いのは『あれ』の『個性』ではなく本人の方なのさ。これこそクローンでは代用できない」
「フン、そういう事にしといてやる」
「本音は?」
「病的なロリコンめ」
「ひどいなあ」
ヴェナリータは肩を
横に座る迫も笑いを堪えたのか、少し肩を震わせた。
「次、あんたの
「『あれ』を手にいれる、と言う意味では【はい】かな。でも『商品』の件まで含めると【いいえ】だよ」
「ああ、何も分かってねぇと把握した」
今度はオーバーホールの方が肩を
「最後だ。代金がわりに渡す『薬』の使い道は?」
「もちろん売り
「……まあいいだろう。取引成立だ。細かい手続きはクロノスタシスと詰めてくれ」
オーバーホールが二枚重ねにしていた手袋を取り、手を差し出した。
「今後もよい取引ができるといいな」
ヴェナリータの方は袖の上からそれを握った。
その瞬間、何かが弾けるような音がして、ヴェナリータの袖が分解され、小さな手が
周りの四人が驚いて身構えるが、握手をする二人はそれに動じていなかった。
袖が抵抗するかのように元に戻っていき、元の長い袖が復元された。
「ボクは信頼というものが理解し難い」
ヴェナリータが無表情で語る。
「でも、『お互い遠慮なく出し抜いて構わない』という共通認識はそれに近いものなんじゃないかな?」
「重病人め」
「今後ともよろしく」
──
テーブルの上にはめいめいが好む飲み物のグラスが置かれている。
まず迫が、体から空気が抜けたように
「はぁー、おじさん寿命縮んだかも」
「ちょっと、ヴェナリータ! あんなヤバい奴が来るんなら先に言いなさいよ!」
「まあ
迫と引石の抗議に、ヴェナリータがぺこりとコミカルな調子で頭を下げた。
「ごめんね。ボクとしても急だったから。うちの組織、見た目未成年の女の子しかいないから、交渉ごとが大変でね」
「ホント狂ってんなエノルミータ」
「
「ひどいなぁ。それより君たち本当にウチに来てくれないの? ぜったいこっちのが給料良いと思うよ?」
二人は揃って首を振った。
「悪いけど先約があるのよ」
「不義理はできねぇよ、こんな稼業だからこそな」
ヴェナリータは残念そうにへにょりと両手を垂らした。
「残念。それじゃ、あともう一人打ち合わせに来るからよろしく」
「オーケー」
「次はどんな奴……誰か来るぞ」
そこに、音を立ててドアを雑に開けながら、セーラー服を着た少女がぱたぱたと駆け込んできた。
「お疲れ様でぇす。連れてきましたよぉ……あら?」
その少女は迫の隣に身を寄せてしゃがみ込み、小声で話しかけてきた。
(初見さんですね。バイトのトガです。よろしく)
その
おっと役得、と思いながら思わず匂いを嗅いだ迫は、即座にそれを後悔する。
少女の身体からは、申し訳程度の香水の匂いに混じって、今まで嗅いだことのない
目出し帽を被っていなければ猫のフレーメン反応のような表情を晒してしまっていただろう。
「邪魔するぞ」
そのせいで、ぬっと入り込んできたその男への反応が遅れてしまった。
「なっ……」
「ちょっ!」
迫と引石は飛び上がり、それぞれの獲物を手に取ってその男に
「まったく、こんな血生臭い嬢ちゃんを案内に
「ごめんね。人手不足なんだ」
「ひどーい! トガは毎日お風呂入ってますもん!
「あと十日は二度シャンするのじゃぞ」
その男は
痩せてはいるがまだ筋骨は盛り上がっており、その背筋はまっすぐ伸びており、その歩みには年齢を思わせない若若しさがあった。
左腕は失っているのか、作務衣の左袖は垂れ下がっている。
ヴェナリータが再び歓迎のポーズを見せた。
「やあ、直接会うのははじめてだね。あらためてよろしく。何か飲むかい?」
「DMでやり取りしすぎてもはや他人の気がせんのう。
「わかった」
ヴェナリータが席を立ち、カウンターへ向かう。
構える二人を素通りして、隻腕の老人はどかりとソファーに腰を落とした。
その老人が一息つくと、ようやく二人は構えを解いた。
「手配犯のマグネに……
「ちっ……」
老人の勘繰りに迫が舌打ちで返事をした。
「オイラちょっと幻滅したぜ? まさかNo.8ヒーローが、悪の組織と癒着してるとはね」
「アンタ、プライドとかないわけ?」
その悪態を意に解さず、老人はほくそ笑み、作務衣の左袖を振って見せた。
「癒着か、それは、合ってるようでちと違うの。こいつらとは昨日もガチで斬り合っておる」
「今からするのは
お盆に酒の入ったふたつのグラスと一本のボトル、氷を詰めたピッチャーを乗せてヴェナリータが席に戻ってきた。
「「はぁ!?」」
「ほっほっほ。ぴちぴちギャルに転職できるってんなら、この身ひとつ程度、喜んで差し出すわ」
「「うわぁ……」」
リアクションする二人の視線がとんでもない汚物を見るような目に変わる。
その老人はそれを見て笑いながら、お盆からグラスを
────────
オールマイトが非番の日というのは、ヒーロー公安委員会からの情報提供で、全てのヒーロー達に共有されている。
この時代のヒーロー達は、自らの居る街の平和が『平和の象徴』の存在に依存していることを知っている。
オールマイトのスケジュールを共有するのも、彼のコンディションに配慮しようというヒーロー達の努力と誠意によるものではあるが、一方で全てのヒーローがそれを歓迎しているわけでもなかった。
その情報は、なぜか
インターネットを通じて情報そのものが匿名でやりとりでき、そしてそれが金になる以上、それは避けられないことだった。
よって、その日というのは、真面目に務めるヒーロー達にとってはほぼ確実に何かが起こる日として認識されていた。
ヒーロー・
そのため、その日は特別手当をちらつかせることで、とある高校生に学校を休ませて働くことを志願させていた。
そのとある高校生、デクこと
「ええええっ! ちょっとまってぇぇぇ! あなた、
「うわぁぁぁっ!」
デクは歩道のない道路の中央を全力疾走していた。
「生まれつきの童顔なんですぅー!」
「ニオイだっつっとろーがぁぁぁ!」
相手の
身長三百二十センチ、体重およそ百八十キログラムの痩せ型体型。
顔面が半ばまで隠れる長い黒髪に白いワンピースというテンプレのようなホラールック。
未成年略取の常習犯として指名手配されている女
個性は『首伸ばし』で、首、手首、足首を自由自在に伸び縮みさせることができる。
その
伸ばした手足で地上から高い位置に陣取り、空いている手、あるいは首を伸ばして獲物に襲いかかる。
そうして未成年の少年を狙って連れ去っては
パトロール中、Mt.レディはその
追従するデクが彼女の指示で裏道に入ったところ、それに正面から出くわしたという状況である。
そして年齢的にその
「ちくしょう! Mt.レディめ!」
その
逃げながら、なんとかその
かなり無理のあるカーブだったのでちょっとだけ壁走りができてしまった。
だがその女もまた伸ばした手首、足首を一瞬で短く調整し、スピードを落とさず同じ道に突入してきた。
女の高度が下がった分、逆に距離としては詰められてしまった。
「お願い待ってぇぇぇ! 大丈夫だから! アタシこう見えてただの行動派オタクだから!」
「ウソつけぇぇぇ!」
被害者に死者はいないが、彼らがどのような傷を負ったのかはプロヒーロー向けの情報提供で把握していた。
『オーケーよデク、そのまままっすぐ進みなさい』
「うおおおっ!」
インカムのスピーカーからMt.レディの指示が飛んで、デクはラストスパートをかけた。
もう数百メートルを全力疾走しており、そろそろスタミナの限界だった。
そんな極限状態でも、息絶え絶えでも、聞く相手がいれば不平は口から漏れてしまう。
「こういう、仕事っ、無いって、言ったくせに!」
『ごみーん、ちょっち見てきてもらうだけのつもりだったんだけどぉー』
「誰の、モノマネだ! しらじらしい!」
「ハァ……ハァ……先っちょだけだから! 大丈夫だから!」
「ヒッ、近っ!?」
いつの間にか
首筋にその息が降りかかりぞわりと鳥肌が立つ。
デクはジグザグに進路をずらすことでその首と接触しないことを祈りながら進み、通路の出口を駆け抜けた。
そしてそこまでが限界だったのか、足を止めてしまった。
勢いに乗った
「もらったぁぁぁぁ! おねショタしましょそうしましょぉぉぉぉ……ぎゃふっ!?」
「はいお疲れ」
伸ばされた首は振り子運動を起こし、ビルの壁に側頭部を激しく打ち付けてしまったその女は泡を吹いて失神した。
「性犯罪者に男女関係ないわ。きっちり重罰を受けなさい」
そう言いながらMt.レディはワイヤーを
「はぁ……はぁ……」
「デク、キミはなかなか走り込んでて良いわね。年配のプロヒーローよりはだいぶマシ」
「元……陸上部、ですから、はぁ……」
黙って生き餌にされた恨みはあったが、それよりも先に憎むべき罪が目の前にあった。
これでもうこの
「これで三体目……まだ午後一時……本当に、オールマイトが非番の日はヤバいですね」
「真に賢しい敵は闇に潜む。ゴキブリのようにね。さ、引き渡したらいったん事務所に戻るわよ」
ワイヤーの重さが加わって二百キロ近くなった
デクの位置から彼女を見上げると、もはや太ももと尻しか見えない。
彼女のコスチュームに少しだけ赤黒いものが
彼女は全身を擦り傷だらけにして戦い、病院送りになった、昨日の今日でこの出動である。
まだちゃんとふさがっていない傷も見られたが、本人がそれを苦にしている様子はなかった。
「わかってたけど、重労働だよな……」
デクは文面でしか知らなかったプロヒーローの過酷な実態を、体で理解しつつあった。
「あっ! しまった!」
「Mt.レディ、どうしました?」
「こいつ捕まえたらニップルも伸びるのか試そうと思ってたのに!」
「思うな! クソどうでもいい!」
「今から
「訴えられますよ!」
だが、デクから見ると、彼女はそれすらもどこか楽しみながらやってのけているように見えていた。
どうすればそうなれるのだろうか。
目指すものを「続ける」ための壁は、果てし無く高いと思った。
──二人がMt.レディ事務所に戻ると、来客が来ているという事だった。
「来客? どなた?」
「それが、プロヒーローではあるようなのですが、名乗っていただけず……」
事務所に詰めていた事務員が、所在無さげな表情をしながら帰ってきた二人を迎える。
来客は別室に待たせているそうだ。
「その近寄りがたい雰囲気は……たぶんあの人ね。すぐ行くわ。冷たいお茶お願いしていい? デクは同席で」
「「はい」」
事務員から話を聞いたMt.レディはそのまま応接室に入った。
「おかえり」
「今日はずいぶんと……シュールな格好ですわね」
Mt.レディの後に入室したデクは、その相手の姿を見てぎょっとした。
その男はネックレス以外、上半身に何も着けておらず、浅黒い肌に筋肉質な肉体を惜しげもなく晒していた。
長髪のドレッドヘアをオールバックにし、顔には縁の四角いサングラスを着けている。
太い眉にワイルドな口
下はだぼっとしたエスニック柄のドロップクロッチパンツを履いていた。
そんなレゲエの雰囲気が漂う、酒と生肉を豪快に食らってそうな、獣のような男がソファーに座っていた。
そんな男が背筋を伸ばし、よく見ればすらりと長い足を組んで、コーヒーカップを片手に窓を眺めていた。
Mt.レディの言うとおり、控えめに言ってもシュールな光景だった。
「ああ。潜入捜査の途中だった」
「半年くらいぶりですかね、サー・ナイトアイ」
「そうだな」
「エ゛ッ!?」
この場で全く想定していなかった名前を聞き、デクの心中は驚天動地に達した。
オールマイトの元サイドキック?
このラム酒をストレートで豪快に一気飲みしてそうなオッサンが、あの?
異常な入力負荷が極限に達したデクの脳裏で現実逃避的なライブラリ検索が始まり、そして記憶の奥底からこの状況に類似したとある映像が導き出された。
「カンブリア・チャレンジ……」
「ほう……」
「何それ?」
デクは動揺しながらブツブツと早口で喋り始めた。
「六年前、バラエティ番組に出演したオールマイトが共演した芸能人の方々とツーショットを撮影し、SNSに投稿しました。圧倒的な体格差による公開処刑を恐れた共演者の方々が変則的なアングルで自撮りをしていく中、その人だけは堂々と真正面から握手をするという光景を撮影してもらっていました。その勇気あふれる行為と、決して見栄え負けはしていなかったワイルドな容姿を讃え、一時、彼の容姿をコスプレしながらオールマイトのパネルとツーショット写真を撮るのが流行しました。それが彼、AV男優カンブリア
それを姿勢を変えずに最後まで聞いていた男が、クイ、と
「君は……なかなか見込みがあるようだ。その通り、これは当時の
「あーあ、見込まれちゃったわね」
「……あ、デクです。よろしくお願いします」
「私はサー・ナイトアイだ。よろしく」
彼こそがサー・ナイトアイ。
重度のオールマイトオタクが長じて彼のサイドキックにまで上り詰めたという、伝説の男の一人であった。
Mt.レディがサー・ナイトアイの向かいに座り、デクはその隣に座った。
そのタイミングを見計らっていた事務員の人が入室し、二人の前のテーブルの上に、コースターと麦茶のグラスを置いていく。
「コーヒーのおかわりはいかがですか?」
「ありがとう、頂きます」
コーヒーカップを交換した事務員の人はそのまましずしずと退室した。
三人がそれぞれ喉を潤した後、Mt.レディの方が切り出した。
「それで、アポもなしに飛び込んできた理由は?」
「あまり歓迎されてないようだな」
「当たり前でしょう! 私、昨日
「フン……良く励む君を
「絶対ウソよ! あなたは自分で手に負えなくなってから唐突にメチャクチャ仕事振ってくるタイプだわ!」
「そんなことはない」
世代も離れているのにどういう
すでに何度か、
「
「巨体って言わんでください。勘弁してくださいよー、あ、彼に『個性』ばらしちゃって大丈夫です?」
Mt.レディに聞かれた半裸の男は両手を小さく広げて見せた。
「別に隠してはいない。ただ
「まあ世間バレしたら大変ですものねぇ」
サー・ナイトアイの個性は、彼を
それを思い起こしながら、デクは彼からの刺すような、何かを問うような視線にうなずき返した。
「私の個性は『予知』だ。触れずとも自分の周りに起きる直近の未来が見える。相手の手を握れば、その人のかなり先までの未来の映像を視ることができる」
「うわあ……」
想像していた以上に凄まじい『個性』だった。
デクは感嘆を漏らすことしかできなかった。
「今朝、その『予知』でとある容疑者の未来を見たところ、Mt.レディ、君の姿を何度か見たんだ」
デクは思わず横を見た。
「すまないが……おそらく、これから私が担当する事件において、君はすでに何らかの事情に巻き込まれている」
Mt.レディがグラスを取ろうとしたまま固まっていた。
「Mt.レディ。君が来月、白い髪の少女を庇って致命傷を負う未来を見た」
その表情が真っ青に変わった。
「君もご存知の通り、私が見た未来は