デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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 ※すいません、ジャンプ最新号の葉隠ちゃんに衝撃を受けて一日遅れました……というのは嘘で、パート3の部分がしっくりこなくて書き直し始めてしまったものの間に合わず、削っております。

【もくじ】
01.雄英高校:生徒指導(後)
02.雄英高校:いばら姫



(2)生徒指導(後)

01.雄英高校:生徒指導(後)  

 

────────

 

生徒指導室と名のついたその部屋は、『個性』社会的バリアフリー対応の巨大なドアに高い天井を除けば、ほかに特徴らしい特徴もない、六人掛けのテーブルと椅子が置いてあるだけの部屋だった。

テーブルの上にはいまどき珍しい白熱電球のデスクライトが置かれており、指導室というよりは取調室の雰囲気を醸し出している。おそらくこの部屋の調度を担当した人の悪ノリだろう。

 

昼休み。(ひいらぎ)うてなはこの部屋で相澤(あいざわ)先生と向かい合って座り、いろいろと叱られていた。

そんな二人の元に、校内食堂の主、クックヒーロー・ランチラッシュから昼食が届けられ、相澤が受け取った。

 

出前箱(おかもち)から(どんぶり)がふたつ取り出され、柊の座る席の前、ランチョンマットの敷かれた机の上にひとつが置かれた。

さらに小さめの電気ポットが取り出され、湯()みに緑茶が注がれる。

 

「わあ……」

 

丼の蓋を開ければふわりと山椒(さんしょう)の香りが漂ってきた。

豚肉のカツと一緒にシソの葉も卵に綴じられている。

その上にちょこんと乗せられた三つ葉の一団も相俟(あいま)って、箸で取りあげて口元に寄せれば、三重の香りが食欲を直撃することだろう。

 

柊は表情を崩して、よだれを垂らしそうな勢いでそれを眺めていたが、それ以上手を出さずにニコニコと眺めていた。

 

「どうした、食べてもいいぞ?」

 

相澤が声をかけると、柊はニコニコしながら焦るという器用な表情を見せた。

 

「あの……すいません、人前で食べるの、恥ずかしくて……」

「マジか」

 

意外な反応に、相澤は思わず唖然(あぜん)としてしまった。

 

「その恥ずかしがり屋さんと、某先生にクリソツの唯我独尊(ゆいがどくそん)サディズムは一体どっちが本性なんだ?」

「わたしあそこまで酷くないはずですが……」

「見せられる側からすれば誤差の範囲内だよ」

 

そう言いながら相澤は自分の手前にも丼を置き、柊と向かい合って座った。

 

「……じゃあ指導終わった後で食べなさい。その代わり俺の方は食いながらやらせてもらう」

「はい」

 

柊は丼に蓋を乗せ直して、机のランチョンマットごと横にずらした。

相澤の方は蓋を取り、割り(ばし)を片手で割りながら「いただきます」とつぶやき、カツに箸をつけた。

 

「……俺が生徒に除籍をちらつかせるのは、『死』を意識してもらいたいからだ」

死を想え(メメント・モリ)ですね……二年の先輩に聞きました」

「除籍食らったその日に聞き込みしたらしいな? 先生はそれを二年生からの苦情で聞きました。必死すぎて怖かったと。ついでにアンタ今年もやってんのかいい加減にしろと怒られました」

 

若干八つ当たり気味の返しに柊はたじろいだ。

 

「君、その周到さを学業にも回してくれないか?」

「すいません……」

「人は死ぬ。家族も、友人も、ヒーローも……だが、(それ)を目の当たりにしてからでは遅いんだ」

 

柊は小さくうなずいた。

相澤は米を口に含み、咀嚼音(そしゃくおん)を漏らしながら喋っている。

不調法だが、それはこの場をなるべく深刻な場にはしたくないという気遣いだと柊は解釈した。

 

「だから自覚の弱い奴には、仮初(かりそめ)でも(それ)に直面してもらう。キャリアの喪失なんかより取り返しのつかないものが身近にあると気づいて欲しい。それが除籍をチラつかせる理由だよ」

「身構えていても人は死にますよ。好きに殺す人がいて、勝手に死ぬ人がいる」

「柊さん」

「すいません」

「昨日、似たようなことを言われたよ」

 

口を動かしながら、相澤は目を逸らした。

 

「えっ?」

「誰とは言わないが、昨晩、街中で喧嘩して警察のお世話になったバカがいてな。まあ他人を(かば)っての正当防衛でお(とが)めは無しとなったが」

「うわぁ……まだ三日目ですのに」

「お前が言うな」

 

「あんま言い触らすなよ」と相澤は言い、丼を置いて湯()みを手に取った。

 

「君()、すでに死を身近に感じた経験があるんだな?」

「……」

「そして、その当事者意識を持って雄英高校(ここ)に来た……いいね。オールマイト世代の復刻だ」

 

柊は何も答えなかったが、感情の抜け落ちた無表情が肯定のサインだった。

 

「身体の一部を『使い魔』に()()()()()()()のは、それが原因か?」

「ええっ!?」

 

相澤をぼんやり見ていた少女が目を見開いた。顔も真っ赤になった。

 

「視力、握力、左上腕に左肩、あと背筋だったか。君の身体能力が部分的に強化されている理由はそれだよな?」

「はい……」

 

そして手のひらで顔を覆ってしまった。彼女にとってはかなり恥ずかしいことらしい。

 

「副作用は? 成長を阻害したりは?」

「特にはありません……()()()()()()()

「何が起こるかわからんぞ。本当にどうしようもないときだけにするべきだ」

「もちろんです……本当に最後の手段で……こんなに早く気づかれるとは」

「見抜いたのは校長先生だ。誇っていいぞ。君の『個性』はすでに『ハイスペック』の興味を引く水準に仕上がっている」

「あんまり嬉しくないです……」

「ま、今日はそこを問い詰めたいわけじゃない。ただ、あの人の前では()()()()()()という事は覚えておきなさい」

「はい……」

 

「話を戻すと、クラスの中でも、君と()()()()はその点について指導する必要がないと解った」

 

相澤は再び飯を()き込み始めた。

 

「だから俺としては君を除籍することにもはや意義を感じていない」

「やった!」

「ですが!」

 

ずびし、と相澤は丼を持つ左手の人差し指で前方の人物を指差した。

 

「イエローカードは継続します。なぜならそれと関係なく君は素行不良で除籍相当だからです!」

「えーっ!?」

 

きっぱりそう言われた柊は反発心をむき出しにはしているが、言われたことには傷ついたようで半泣きになっていた。

 

「どうすればいいんですか! 従いますのでご指導を!」

「君には自分の趣味が絶対に崇高だという(おご)りがある」

「……!?」

「まず自分が好き勝手し過ぎて退学寸前の不良生徒だと自覚しなさい」

「ぐぬぬ……」

 

柊は悔しそうな顔をしながらもこちらの目を見て、こちらの話を聞く姿勢を保っていた。

相澤は彼女がここからダレるより早く締めにかかろうと思った。

 

「ひとつ、たとえ戦闘訓練でも、自分の楽しみ目的で人を痛めつけようとしないこと」

「あれは爆発くんの往生際が悪かっただけだと思います! あんなガチで抵抗されたらこちらもアがるに決まってるじゃないですか!」

「ミッドナイトみたいなこと言うな。あんな死ぬほど痛めつけないこと!」

「ひっ、肝に銘じます!」

 

「ふたつ、ヒーロー専門教科()()の授業も真面目に受けなさい。せめて前の席にいる奴と同じ位には授業に向き合う態度を見せなさい」

「がんばります!」

「頑張った結果それでも試験赤点でしたは許さんからな」

「うぐっ! 肝に銘じて……」

 

「みっつ、校内で許可なくヒーローを撮影しない。盗撮しようとしない」

「そ、それはどうかお目溢しを! わたしの生きがいなんです! あとわたしだけじゃなくて普通科経営科サポート科の人たちも結構やってま……」

「お・ま・え、が、コソコソやるなと言ってるんだ。ちゃんと許可を取りなさい!」

「はいぃ! 肝に銘じますうぅ!」

 

とりあえず眼力(めぢから)のゴリ押しで不良少女に三点を約束させた相澤は、嘆息混じりに視線を緩めてから言った。

 

「最後。ちゃんとヒーローになるつもりで励みなさい」

「……」

「これこそ『肝に銘じて』欲しいのだが?」

「はい……」

「全く……お前わりと前代未聞だぞ」

「あはは……」

「褒めてない」

 

相澤はお茶を一口含み、口の中を潤した。

 

「あのいかれたコスチュームを平気な顔して着やがった辺りで理解した。君は自分が人前に出る、ヒーローになるというイメージを持っていないだろう?」

「いえ、あこがれてはいるんですが……あとコスチュームもちゃんと恥ずかしいです」

「……あこがれが過ぎて自分がそうなるなんておそれ多い?」

「それです!」

 

相澤は過去に出会った、オールマイトのコスチュームを模したパーカーを着た青年を思い出したが、目を閉じてその記憶を意識から追い出した。

 

「この厄介オタクめ。いいか、確かに世の中にはヒーロー科を出て、免許を取ってもヒーローをやらねぇ奴はごまんといる。だが雄英高校ヒーロー科の卒業生にそういう奴はいない。なぜだかわかるかな?」

「全国に名が知れ渡るから……」

「そう。業腹(ごうはら)だが、君たちを受け入れてくれる社会の方がそれを許してくれない。税金の使い道に厳しい市民も、広告塔を求める企業も、賢しい(ヴィラン)共もずっとその名に、その顔に『雄英出身』というワードを紐づけて突っかかってくるんだよ」

 

相澤はそこで一息ついて、背中を少しだけ反らした。

話しながら、自分でも苛ついていることに気がついて、それを鎮めたのだった。

 

「みんな、中学の先生や親御さんからお前もそうなるんだぞと口酸っぱくなる程に言われて、それでもここでヒーローになる覚悟を決めて受験したのさ。君はどうだった?」

 

柊は首を振った。

 

「つまり、そこが君だけズレてたわけだ。それでも、この学校にいたい、卒業したいという気持ちはあるんだな?」

 

続いて、遠慮がちにゆっくりとうなずいた。

 

「わかった」

 

丼を片付けた相澤はお茶を一気に飲み干した。

 

「柊、『体育祭』が終わるまでだ。そこまでの間は、多少のやらかしは見過ごしてやる」

「ええっ!」

「もちろん限度はあるぞ。それに指導は引き続きこんな感じできっちりやらせてもらうけどな」

「ええー……」

「君はまず、そこまでに()()()()()()()()()を決めて、我々教師にそれを見せつけなさい。それが仮除籍(イエローカード)解除の条件だ」

「……決められなかったら?」

「このまま卒業まで崖っぷちで頑張ってもらう」

「うおっ……」

 

柊がそれは予想外、と顔で訴える。

 

「退学だと思ったか? 雄英を甘く見るなよ。予告しておくと、体育祭が終われば俺以外の教師も本格的に()()()()()()()()ようになる。この部屋でお話しをする機会も増えるだろうな」

「……」

 

ものすごく嫌そうなしかみ顔を見せられて、相澤はつい笑ってしまった。

 

「今の状況を楽しんでみないか?」

「はい?」

「ここを乗り切ればあこがれのヒーローに並び立てるんだぞ。好き者の君にとっては特等席なんじゃないのか」

「それは、おっしゃるとおりですが……好き者って……」

 

「俺は、プロヒーローには、それになりたいと望んでいる奴よりも、それに相応しい奴がなるべきだと考えている」

「相応しい、とは?」

「一言で言えば『負けない奴』だ。『強い奴』じゃないぞ?」

 

それを聞いた柊が口を真一文字に結んだ。

 

Puls Ultra(プルス・ウルトラ)……」

「俺もこの学校の出身だ。君に勝るとも劣らない、破天荒な生徒は何人も見てきた。だからきっと君も、そいつらのようにこの逆境を楽しめる、負けない奴になれる」

「なれる……でしょうか?」

()()()()()()()()()は俺達教師が用意してやる。お前は乗り越えるほうに集中しろ」

「……はい、わかりました」

 

「ごちそうさま」とつぶやいて、相澤は席を立った。

 

「じゃ、これで個室指導は終わりだ。俺は職員室にいるから。食べたら器はそのままにして教室戻っていいぞ」

「わかりました。いただきます」

 

 

──相澤が退室し、残されたうてなは目の前に丼を置いて、再び蓋を開けた。

そして、まずは葉隠(はがくれ)に頼まれていたカツ丼の写真を撮っておく。

 

「ヒーロになる覚悟か……厳しいなぁ」

 

ディスプレイを眺めながら、思わず、大きなため息が漏れた。

写真をメッセンジャーに画像を流すと、葉隠が「うまそう!」と即座に返信してきた。

それに追従するように芦戸(あしど)耳郎(じろう)も立て続けに「うまそう」とコメントし、蛙吹(あすい)はカエルがニコニコ笑うアイコンを返した。

透明な体でオーバーアクションする少女の姿を想像して微笑みながら、椅子の背もたれに身を傾けて、視界が動くに任せて天井を眺める。

 

「興味のないことに、どこまで集中できるでしょうか?」

 

うてなにとって、残念ながらそれは本当にどうでもいいのだった。

彼女は『ヒーロー』に興味があるのであって『ヒーロー資格』に興味があるわけではなかった。

ましてや、自分が『プロヒーロー』になる必要性を全く感じていない。

だが、その意識の低さが説教を受けるに値する問題であることも理解していた。

 

「ですが、先生とわたしの目的は衝突しないはずなんです」

 

彼女が雄英高校に通う最大の目的はオールマイトの『次』、未来の『平和の象徴』を確かにすること。

その布石として、まずは次代の平和の象徴と、彼と共に歩む未来のトップヒーロー達を無事世に送り出すことである。

誰が次代に選ばれたかもすでに見当はついている。と、彼女は思い込んでいる。

 

まさかオールマイト本人が現在、その辺ノープランのまま元相棒(サイドキック)にド叱られる未来へ向かって全速力で突き進んでいるとは考えもしていなかった。

 

「むしろこのようにご指導いただいているリソースも、わたし以外に割り振っていただくべきで……やっぱりわたしもそれなりに優等生やらないとダメですね……これも未来に向けた推し活だと割り切りますか」

 

だいぶ上から目線なつぶやきを漏らしながら、うてなは丼の隣にお茶の入った湯()みを置いて、もう一度写真を撮ってメッセージを送った。

 

「それに、わたしがヒーローになったらそれはそれでスキャンダルなんですよねぇ……火伊那(かいな)さんに相談したいなぁ……ああお腹空いた」

 

首を傾げて、もう一度ため息をついた。

お腹も痛いほどに空腹を訴え、そろそろカツ丼に集中したい気分だったが、考えないといけないことが多過ぎた。

彼女は曲がりなりにも悪の組織『エノルミータ』の総帥、マジアベーゼなのである。

 

「まず、最優先は()(かく)オールマイトですね。そろそろもうひと当てしておきたいところ。授業の邪魔にならないタイミングはいつでしょうか?」

 

マジアベーゼは一年前、配下の魔法少女が持つ『寄生』の個性を利用してオールマイトの内側、個性因子への直接支配を試みた。

侵入には成功したが、オールマイトを支配することには失敗した。

どうして失敗したかまでは観測できなかった。

あれだけ外側と内蔵は傷つき、死に瀕しているというのに、彼の中にあるミクロの生命力と精神力は凄まじく強固だった。

隠されていた真の実力を開帳され、逆に圧倒され敗走してしまった。

そんなオールマイト攻略計画は現在振り出しに戻っている状況だ。

 

スマートフォンから短い木琴のメロディが鳴り、メッセージの着信を知らせる。

葉隠が「もう食べた?」と送ってきたので「まだ手つけてない」と返したら、芦戸が「はよくえや」と突っ込んできた。

そのやりとりにくすくすと笑いが漏れてしまう。

 

「次は『魔力』の確保。昨日のMt.(マウント)レディとの戦いは実り多きものでした。ですが、ヴェナさんを()()()するには、まだ先が長い……あの人の言うとおり、魔法使いを増やして多方面に展開させなければいけませんね」

 

メッセージのやりとりを済ませたスマートフォンを置いて、自前の携帯おしぼりで手を拭いた。

 

「『マジアハイデ』の試運転は良好。あとは()()()()が済めば……それは後日検討として、やはり『ブルーローズ』の方が先に動かせそうですね。今夜にも仕上げてしまいましょう」

 

先にお茶の湯()みに手を伸ばした。

まだ冷めていないその温もりに、思わず両手で握り込んでしまう。

 

「そして、わたしも『支配(ドミネイト)』の完成を急がなければ……」

 

彼女が生まれつき持っていたほうの個性、支配(ドミネイト)

人間および動植物の自意識の不在、脆弱(ぜいじゃく)、屈服、受容、寛容。あるいは依存につけ込み、精神に従属を働きかけ、肉体と個性の主導権を奪う能力。

 

そして、彼女にはヴェナリータに覚醒させられたもうひとつの力、『魔力』で万物を強引に従えて己の使い魔に変える『支配の魔法』がある。

彼女は『個性』の力は隠しつつも、その魔法を『使い魔創造(クリエイトファミリア)』の個性と称してこの学校で使用している。

 

彼女の『個性』は『魔力』と絡み合い、変化と成長を続けていた。

具体的には、『魔力』で相手の内部を観測できるようになったことで、一定条件を満たす人物に対して受動的(パッシブ)に発動してしまう──かつて、それを看破したラグドールが恐怖した──その()()()制御(コントロール)に手が届きつつあった。

 

()()()()でした。危ないところでしたね、相澤先生。わたしが『魔力』で観測している限りは大丈夫ですが……」

 

あの小学校の卒業式の日。

黒い異形との出会いと『魔力』の覚醒により、うてなの世界は唐突に開けた。

彼女の支配下にあった閉じられた世界から、その外側へ。おっかなびっくり暗中模索の「侵略(ぼうけん)」はその日から始まり、今も継続されている。

 

不安混じりの目元に、安堵の微笑み。

今日の自分は変な表情ばかりしているな、と自嘲する。

 

「……でも、本当は優しい先生だって、わかってよかった」

 

うてなは割り箸を割って、手を合わせた。

 

「いだだきます」

 

そして丼の上のカツに箸を伸ばした瞬間、室内のスピーカーから警報が鳴り響いた。

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください。繰り返します。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ……』

 

彼女はその放送を無視して、黙々とカツ丼を楽しみ始めた。

 

 

 

02.雄英高校:いばら姫  

 

────────

 

時間は少し遡り、雄英高校、全学科の生徒達が一同にひしめく食堂にて。

テーブルの一角に飯田(いいだ)麗日(うららか)、そして八百万(やおよろず)の三人が集まって、料理の乗ったトレイを並べていた。

 

「お米がうまい!」

 

麗日は茶碗に山盛りした白飯を堪能している。

その右(ほお)にお米粒がついているが、まだ誰も気がついていなかった。

 

麗日の向かいに座った八百万が、カレーうどんのカレーをはねさせずに音も無く(すす)るという曲芸じみた食べ方を披露しながら、今朝のホームルームの話題を振った。

 

「飯田さん、クラス委員長への就任、おめでとうございます」

「ありがとう、副委員長!」

「さすがの過半数やったね。昨日の反省会のあれが印象強かった!」

「ええ、四天王の肩書きだけは敵いませんでしたわ」

「ブフッ!」

 

麗日が口に手をあてて吹き出した。

何も飛びはしなかったが、彼女の右側に座る飯田はちょっとだけ身体を離した。

 

「んま、何がおかしいんですの?」

(もも)ちゃんが四天王って言うとなんかウケる!」

「笑い上戸……」

 

背筋を伸ばしてライスカレーを(ほお)張りながら飯田が話る。

 

「若干の不安はある。皆の期待に応えられるのか、この非才の身で務まるのか」

「ツトマル」

「やりたいと、相応しいか否かは別の話だからな。もしも異議申し立てが来たならば、(つつし)んで受け止めよう」

「そんな大仰な。次のホームルームの議題は決めましたか?」

「ああ、できればもう一人か二人、書記が欲しいと思っている。みんな自己主張が強い。昨日のような決め事ばかりだと記録を取りながらでは収拾がつかなくなりそうだ」

「いいですわね、それで参りましょう」

 

麗日が指先を離して両手を重ねる、独特のフォームで手を(たた)いた。

 

「私それ立候補する! ねね、無限ペン回しとかして見せたら書記に相応しいアピールできそうかな?」

「俺はふざけてると認識する」

「飯田さんに同じくですわ」

「ええーっ?」

 

麗日は二人のお硬い反応に不満そうな顔をしながらも、今度はなにやらリズミカルな仕草でジェスチャーを始める。

 

「ならペンとリンゴで……」

「やらせんぞ。なぜ芸に(はし)ろうとするんだ。書記としての実力をアピールしたまえ」

「麗日さん、意外とエキセントリックですのね」

「ちゃうねん。中学だとこれが普通だったもん!」

 

その時、食堂の天井に取り付けられた放送用スピーカーから大音量で警報音が発せられた。

神経に障るその音程がそれを聞いた全ての人間の過剰反応を抑え込みつつ、危機感を伝える。

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください』

 

それを聞いた周りの生徒達がぞろぞろと立ち上がって移動を始めた。

飯田も立ち上がり、二年か三年の先輩っぽい生徒を見つけて声を掛けた。

 

「すいません、セキュリティ3って何ですか?」

「校舎内に誰かが侵入してきたって事だよ! 三年間でこんなの初めてだ! 君らも早く避難を!」

「どうも!」

 

麗日と八百万はまだ座ったままだった。

 

「みんな動くの早いねぇ」

「むしろ君たちは尻がお……落ち着いているな!」

「飯田君ギリアウト」

「どう見ても渋滞ですわ。この雑踏をどうにかしたほうが……」

 

八百万の言うとおり、生徒達が全員同時に移動を始めた結果、食堂の出入り口にはすでに人だかりができていた。

飯田も雑踏事故の方が気に掛かり始め、交通整理でもやろうかと辺りを見回していると、食堂の端にピンク色の肌が見えた。

そのテーブルには同じクラスの女子達が集まっていたが、彼女達は席を立たずに周りの様子を(うかが)っていた。

 

「向こうの芦戸くん達は、どうしてあんなに落ち着いているんだ? 窓から侵入者が見えたのか?」

「飯田君、うてなちゃんからメッセージ来た」

 

席を立った麗日が自分のスマートフォンの画面を飯田に見せた。

 

「む、カツ丼か」

「その下やで」

 

促されて画面を下にスクロールすると、最下部に柊からのメッセージがあった。

 

『相澤先生より。マスコミが侵入、先生出動、差し迫った危険はなしとのこと』

 

「そうか、ではこのパニックは良くないな」

「そうだねぇ……」

 

どうにかしなければ、と飯田が考えたその時、食堂内に無数の紐のようなものが張り巡らされた。

 

「「「わぁっ!」」」

 

それに阻まれた生徒達が悲鳴じみた声をあげ、騒ぎが凍りついた。

 

飯田がそれをよく見ると、それは落ち着いた淡みのパステルグリーンをした、トゲのついた植物の(つる)のような何かだった。

室内の一角、その上の方から女性の声が厳かな調子で発せられると、そこに注目が集まった。

 

「食堂の皆様、戸惑い、おそれをなすは幸いです」

 

その女生徒は目を閉じ、両手を胸の前で組みながら語っている。

 

「そこから正しきを見つめ直せば、大いなる安寧を得られるから。どうか、お気を確かに」

 

(つる)の大元は、その女生徒の髪だった。

それが束になって、柱のように彼女の身体を支え、食堂の天井近くまで持ち上げていた。

「白!」という聞き慣れた男子生徒の声がしたが、飯田はひとまず棚に上げた。相澤先生宛の。

彼女の背中を起点にした無数の(いばら)は一本一本がうねりながら、ゆっくりと動いている。

 

「今!! 動線を作りました! 順番に、並んで、ゆっくり行きましょー?」

 

その横で、ブレザーの下からシャツの裾を晒した、上半身だけの姿になった女生徒が宙に浮き、両手を口に添えながら叫んでいた。

彼女はくるくると方向を変えながら、ウェーブがかかった艶のある長い髪を振り乱しており、その顔はよく見えなかった。

 

「おおー、行列作るロープのアレだ!」

「素晴らしい。わかりやすい」

 

どよめきながらも、ガイドロープに沿う形で徐々に人が流れ始める。

八百万も席を立ち、二人に合流しながら言った。

 

「おそらくヒーロー科、B組の方々ですわね。隣に浮いているお人は推薦入試でご一緒した取蔭(とかげ)さんですわ」

「トゲ蔓の子すごいねぇ、ほら、ちゃんと人を避けながら動いてるよ」

「うむ、お見事としか言いようがない!」

 

張り巡らされた茨の蔓は、よく見れば人の動きに機敏に反応して、それを避けながらうねり続けていた。

だが、その繊細さを食堂全体に行き渡らせるのは少々無理があったらしい。

そして蔓についたトゲの鋭利さが、集団心理を悪い方向に刺激していた。

 

「ツッ!?」

 

飯田が足元の痛みに少し飛び上がった。

 

「飯田君、だいじょうぶ?」

「問題ない、ちょっと引っ掛けただけだ」

 

飯田の太いふくらはぎの形状が想定外だったのか、蔓のトゲが制服のズボンに引っかかってしまっていた。

他にも同様の被害に遭った生徒がちらほらいるようだ。

 

「痛えよこれ! 避難の邪魔すんな!」

「おい、落ち着けよ、誘導に従えって」

「うっせぇ! 逃げ遅れたらどうしてくれんだ!」

「おいやめろよ!」

 

男子生徒達の怒鳴り声をきっかけにして、たちまちヤジが飛び交い始める。

上から女生徒二人が慌てて声をかけるが、下の音量にかき消されているようだ。

 

「これは……安心させないとダメだな」

「ええ、差し迫ったものではないという周知が必要かと」

「よし、麗日君、俺を浮かせてくれないか?」

「ええよ、はいタッチ」

「ありがとう! よし、出入口まで……ヌォオ!?」

「飯田さん!?」

「いきなりレシプロバーストや!」

「ち、ちがっ……」

 

飯田と麗日が手を重ね、飯田の体が『無重力』になった。

しかしそれは運悪く、茨の女生徒が飯田のふくらはぎにひっかけたトゲを外そうと動く、そのタイミングとぴったり合ってしまった。

トゲに引っ張られて、重量を失っている飯田の身体が空中に放り出される。

 

「えっ、軽っ!?」

 

飯田はぶんぶんと移り変わる景色の中で、茨の髪をした女生徒の、とても慌てたような、少し崩れた表情が一瞬だけ見えた。

そのまま蔓に巻き上げられるような形で宙を舞い、飯田の体は彼女が中空に這わせていた蔓にどんどん引っかかっていく。

 

「痛ダダダダッ! こ、これは想定外!」

「ちょっと、メガネの人、その軽さは一体どうなって……!?」

塩崎(しおざき)、落ち着いて!」

 

飯田はトゲが刺さる痛みを(こらえ)えながら、自分の体を振り回して暴れる蔓の動きを冷静に見極めていた。

 

(今だ、バースト!)

 

タイミングを合わせてふくらはぎを露わにし、『エンジン』を噴かして空中を移動する。そして女生徒の足元に広がる茨の園に身体を突っ込ませた。

 

(短く、端的に、それでいて大胆に!)

 

非常口の標識のポーズで逆さ(はりつけ)となった飯田が全力で叫んだ。

 

「皆さん……大丈ー夫(ダイジョーブ)!!」

 

飯田の明朗に響き渡る大声に、再びそこに注目が集まった。

 

「ただのマスコミです! 何もパニックになることはありません。大丈ー夫!!」

「「「いやお前が大丈夫!?」」」

 

蔓から生えるトゲが制服に食い込み、前日に続いてズタボロになってしまっていた。

そんな見た目の飯田の説得により、食堂で起きたパニックは収束に向かった。

 

「お手伝い下さりありがとうございます」

 

蔓を伸ばした女生徒が、逆さ(はりつけ)になっていた飯田の体の向きを戻したあと、その蔓を一本、飯田の首に巻きつけた。

飯田は痛みを覚悟したが、トゲの向きが揃っている部位なのか、ちくりとはしても刺さる感じはしなかった。

 

その蔓がぐい、と飯田の顎を持ち上げて上を向かせる。

 

「あなたはA組の……私に便乗して目立とうと?」

 

女生徒が飯田を見下ろし、にらみ合う形となったが、女生徒の方がふっと表情を緩めて目を閉じた。

 

「……いえ、邪推が過ぎました……狭量をお許しください」

 

飯田が何かに気づいて無理やり首を別方向に向けようと暴れ始めたが、食堂内の人の流れが落ち着いてきたため、余裕ができていた彼女は、彼をトゲでこれ以上傷つけることなく、その抵抗を優しくいなすことができた。

 

「あなたも悔い改めて」

 

隣に浮いていた女生徒が気が付いて、彼女のスカートを押さえるまでその攻防は続いてしまった。

 





【あとがき】  トップにもどる

※前回予告していた僧帽筋ヘッドギアさんの勇姿が……短くなっちゃってすいません。
※次回、今度こそUSJ突入だ!
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