デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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※ヒロアカ原作ではこのタイミングで出てこない人たちが登場します。

【もくじ】
01.雄英高校:バスの中
02.???:死柄木弔
03.USJ:もう来てます





(3)バスの中

 

01.雄英高校:バスの中  

 

────────

 

水曜日。その日のヒーロー基礎学の訓練は、演習場へのバス移動から始まった。

雄英学園の敷地は広大で、その演習場は校舎から数キロ離れた場所にあった。

 

わずかに揺れるバスの車内で、1年A組の生徒達は束の間のお喋りに興じていた。

 

「ふふ☆ このマントヤバくない?」

「お前さっきからずっとそれだな」

「ケロケロ、嬉しいわよね。初コスチュームだものね」

 

きらきらと光沢の入った、ファンタジーに出てきそうな甲冑(かっちゅう)を着た青山が背中に(まと)ったマントの端をぴろぴろと振り回していた。

隣に座る上鳴(かみなり)がマントに(あお)られ、迷惑そうな顔をしていた。

 

「うん、ちょっとだけサイズが合ってなかったから、ウチの協力会社で調整してもらってたんだ☆」

「ねぇ青山、私もそのマント触ってみたいなぁ、いーい?」

「ダメ☆」

 

上鳴とは逆隣に座る芦戸(あしど)が、じゅわっと音を立てる指先を見せながらニヤニヤと尋ねたのを、青山は即座に突っぱねた。

 

「よいではないか! よいではないか!」

「マントに穴開ける気満々じゃなウィ!」

 

「私、思ったことを何でも言っちゃうの」

 

向かい合う座席から、蛙吹(あすい)が青山の少し上の辺りを見ながら言った。

 

「青山ちゃん、まだ具合悪いんじゃないかしら?」

「えっ?」

 

蛙吹はその大きな口元に指を当てながら青山を見た。

 

「入学式の日の前と後で、声、変わっちゃってるの。本当に大丈夫なの?」

「そ、そそ、そうかな!?」

「うっそ、私全然気づかなかった……」

 

スマートフォンに耳たぶのプラグを挿して音楽を聴きながら、その話も聞いていたらしい耳郎(じろう)が驚きの声をあげた。

 

蛙吹はあからさまに動揺する青山が一瞬、自分の隣に座る(ひいらぎ)を見たのに気がついた。

柊は会話に加わらず、手の中のスマートフォンの画面をにらみ、熱心に何かを入力し続けている。

蛙吹はそれが推しのヒーロー達に毎月送るファンメールだと、本人から話を聞いて知っていた。

 

お腹から上の前面がまるっと露わな際どいそのコスチューム。

インナーを着込むようになって少しは改善したが、まだまだ無防備なその姿はそれを視界に入れる男子の注目を引いていた。

 

「上鳴ちゃんのすけべ」

「うぇいっ!?」

「上鳴君、バス移動でも授業中だぞ! ハレンチ自粛で!」

「飯田ちゃんも視界に入った一瞬だけおへそに注目してる」

「流れ弾ァッ!!」

 

「だ、大丈夫だよ。変わったというより、前の方がおかしかったと思ってほしいかな☆」

 

青山が取り繕うように言ってから、大袈裟にウインクして見せた。

 

「かわいい」

「えっ?」

響香(きょうか)ちゃん、わかる! 青山あんた、なんか可愛くなった!」

「ひどいよ芦戸さん……」

「なんで傷つくのよ!?」

 

上鳴も女子達のイジりに追従し、青山の肩に手を置きながら言った。

 

「こいつ高校デビューだったから。本当はこんなかわいい奴なの。実は声も変えてたんじゃね?」

「そうかも」

「みんなひどくない?」

「おうおうお前ら、あんまり青山をいじってやるなよ! 誰だって節目は気合い入れてかかるのは当然だ! ちょっとやり過ぎて失敗すること事だってあんだろ!」

「切島君が一番えぐるんだけど☆」

 

身に覚えのある理由で、周囲に違和感を訴えられ続ける青山はだんだんげっそりとした表情になっていった。

 

 

──その後方の座席には瀬呂(せろ)峰田(みねた)が並んで座っており、峰田がなにやら沈痛な面持ちで瀬呂に話しかけていた。

 

「なあ、瀬呂、オイラ相談に乗って欲しいんだけど」

「Rは?」

「全年齢」

「マジかよ逆に新鮮だな! いいぜ聞いてやるよ」

「最近、オイラ、青山でもいけそうなオイラに気づいてしまった」

「全年齢要素どこだよ!!」

 

峰田はガタガタと身体を震わせながら(まくし)し立てる。

 

「やべぇよ……オイラ、性癖を、性別の壁をプルスウルトラしちまったかもしれねぇ!」

「それを俺に話して何がしてぇのよ!?」

 

ドン引きする瀬呂が尋ねると、峰田はスンと無表情になった。

 

「話して意識させたらお前もワンチャン道連れにできないかなって」

「最低だなお前!」

 

峰田は焦りと煩悩にまみれた表情を再開した。

 

「さあ聞いてくれ! 青山のどの辺がヤバいかを! そしてオイラに共感してくれ!」

「うおおやめろお前!」

 

「あんたらなんて会話してんのよ!」

 

それも聞こえていたらしい耳郎が耐えきれず振り返った。

峰田達の前の座席に座る麗日(うららか)も気まずそうに、そして(とが)めるように後ろを見た。

 

「あはは、なんか中学校に戻った気分やで」

「これがボーイズラブというものですか……」

「ほら、ヤオモモが勘違いしてるじゃない! 違うからね! あれは似て非なるアレよ! ただの低俗なアレよ!」

「これ君たち、(もも)ちゃんに謝りなさい」

「「ごめんなさい」」

 

 

──その会話は、最後尾の座席に座る障子(しょうじ)と、その前の座席の(とどろき)にも聞こえていたらしい。

 

「ふふ、愉快な」

「障子、盗み聞きはよくねぇぞ」

「お前も笑ってるじゃないか」

「あまりにも低俗だったからな」

 

それは話の枕だったらしい。

障子に話しかけた轟は周りの様子をうかがいながら、するりと最後尾の座席、障子の隣に移動してきた。

 

「何だ?」

 

首を傾げた障子に轟が小声で言った。

 

「先週、お前が喧嘩したと噂で聞いた」

「……」

「怪我とかしてねえか?」

「……大事ない。ちょっと絡まれただけだ」

「噂では『異形』絡みだと聞いたが?」

「……それをどこで聞いた?」

「そんな怖い目すんなよ。ただ、なんか荒事抱えてんなら俺にも関わらせろって言いたかった」

「お前を……なぜ?」

「クラスメイトだろ、それに……俺も暴れてぇから」

 

轟は荒んだ目つきをして、右手で左手の拳を握りながら言った。

 

「ぷっ」

「何がおかしい?」

「いや、悪い……気持ちはありがたく受け取るが……新鮮だった。付き合いで不良ぶるとか、意外と親み易い奴なんだと思って……くく」

「……大丈夫か?」

 

しばらく肩を震わせていた障子は轟を見た。

それは轟も初めて見る優しい眼差しだった。

 

「重ねて言うが、ありがとう、まだ何かあるようなら頼るかもしれん」

「ああ……」

 

 

──個性『イヤホンジャック』で集音できる、耳郎響香はそれも聞いてしまっていた。

 

「うーん、我がクラス、カオスだなぁ……」

「音漏れしてんぞクソ耳。ブツブツすんなや」

 

耳郎の隣に座って寝たふりをしていた爆豪(ばくごう)が、片眉をつり上げて悪態をついた。

 

「クソ耳て! それ女の子につけるあだ名じゃないでしょ!」

「爆発くん、威張ってるわりには、こういう所で大人しいよねぇ」

「育ちの良さが(にじ)み出ておりますわね。なのにどうしてああなったのかしら……」

「何だお前ら!?」

 

麗日の隣に座る八百万(やおよろず)が、スマートフォンを操作しながらついでのように言った。

 

「ヒーローとして、権勢を誇るならリーダーシップは不可欠ですわよ。まだギリギリ間に合いますわ」

「なんで手遅れみてぇな言い方なんだこのクソ……ゴラァ!」

 

彼女のあだ名が思いつかなかったのかちょっと詰まりながらも爆豪がキレた。

その様子を見ていた蛙吹が爆豪を指差しながら追撃した。

 

「爆豪ちゃんてば、キレてばっかだから人気出なさそ」

「んだとコラ出すわ!!」

「ホラ」

 

爆豪は座席の前の手すりを握りつぶさんという勢いで(つか)みながら、顔面を怒りで震わせていた。

 

「なんだこの集中砲火……終いにはキレるぞ……」

「終始キレ散らかしとるやん」

「その割には柊に負けたの引きずってるしさぁ」

「負けとらんわ!」

「爆豪ちゃんは神経質なのよ」

「まだお前らをブッ殺さねぇ俺はメチャクチャおおらかだわ!」

 

「ほら、柊からも何か言ってやりなよ」

「え?」

 

芦戸から急に話を振られた柊は、慌てて顔を上げた。

そこでようやく何かを話していたらしいことに気づいた彼女は、それをごまかすように曖昧な微笑みを返した。

 

「え、えっと……うふふ♪」

 

それは爆豪の神経を最高に逆撫でした。

 

「少しくらい話聞いとれやボケェ! 耳を見習え!」

「耳って言うな。もっと可愛いのにして」

 

耳郎はあだ名への不満を述べながら、耳たぶの先端を動かして爆豪をつつこうとしたが、彼は軽くそれをはたいた。

 

 

──その騒ぎを離れた位置で見ていた砂藤(さとう)が誰にともなくつぶやいた。

 

「あの爆豪をイジり倒してやがる。つえーな女子」

「中学だとああいう奴はアンタッチャブルだったよね」

「そーそー」

 

そのまま中学校時代の話題に移り始めた砂藤と尾白(おじろ)に、遅れて口田(こうだ)が口を出した。

 

「あの、男子、励ましてくれてる……」

「ん、ああ女子の話?」

「うん、ほら、僕とか、あまり元気ないから」

「そんなことねぇって」

「口田君はそんな感じで大丈夫だと思うよ」

 

それが主題じゃなかったらしい口田は少し慌てて、早口になった。

 

「青山君、障子君、それにたぶん、轟君も……何か気掛かりがあるんだと思う。きっと本当の彼らはもっと明るいんだよ」

「あー、なんとなくわかるわ」

「心に闇と(ゆが)みを抱えているな」

 

普段おとなしい口田が話すのを珍しがった常闇(とこやみ)が腕を組んだ姿勢のまま会話に混ざってきた。

 

「わかるけど、かと言って踏み込むには、まだちょっとね」

「うん……」

「なるほど、だから爆豪イジって盛り上げてくれてんのか。このうえアイツまで塞ぎ込んだらクラスの男子半分以上が陰キャになるもんな」

「砂藤君、それ俺も陰キャ側に入ってない?」

 

「うん、女子、すごい」

 

口田がほんのり(ほお)を紅潮させていた。

クラスメイトとここまで話せたのが嬉しいらしい。

 

「奴は問題ないと思うが」

「あはは、そうだな、あんだけ柊にボコられて堪えてねぇし!」

「逆になんであれほど抵抗できるのか不思議だよ」

「俺は柊の暗黒面が怖い」

 

砂藤が腕を組んで首を傾げ、少しの間考えるポーズをした。

 

「じゃ、俺らも盛り上げ担当になるか?」

「えっ?」

「口田の言うとおり、ちょっと男子が元気足りねぇよな。だからこの三人でA組目立ちにくい男子連合とかどうよ? 尾白がリーダーで」

「なんで俺なの? 俺が一番目立たないから?」

「俺は入れてくれないのか?」

「いや、常闇、お前はポスト四天王だし、ギリ目立つ(あっち)側かな……」

「ひどい」

 

「はいはい! それ私も入る! A組目立たない連合の紅一点!」

 

葉隠がそれに飛びつくように参加を表明した。

彼女は『透明化』の個性を持つ透明人間で、現在は手袋と靴だけのコスチュームである。

 

「おお、いいけどよ……」

 

砂藤がちらりと下を見た。

座席にのしかかる葉隠の下に位置する常闇の首が、なぜか横に四十五度傾いていた。

 

「は、葉隠、乗らないで、乗ってる……」

「おわぁ! ごめんね! あのね違うの! 高さがちょうど良い感じだったから……」

「もう言わないで。意識させないで」

 

その始終を正面から見てしまった砂藤は、嫉妬の形相で常闇をにらみながら声を震わせた。

 

「常闇ィ……悪ぃけどお前、この件からはぜってぇハブるわ」

「どうして……」

 

 

──クラスの女子達による爆豪イジりは男子も加わって最高潮に達していた。

 

「爆豪くん、君、本当に口悪いな!」

「るせぇ、どいつもいい加減にしとけやクソモブ共が! 訓練で覚えとけよ!」

 

脅す爆豪に瀬呂がへらへらと挑発を返す。

 

「なあ爆豪ちゃん、自覚してくれよ。クラス全員、お前の偉そうな態度にはわりとヘキエキしてんのよ」

「偉い人の反対は偉そうな人やで」

「チッ!」

 

そしてそれを総括するかのように、上鳴が思ったままの感想を漏らした。

 

「いやー、この付き合いの浅さですでにクソを下水で煮こんだような性格と認識されるってすげぇよ」

「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」

「ぷぷっ」

「やっぱ聞いてんじゃねえかざけんなこのくそサドマゾメス豚女ゴルァァ!!」

 

爆豪のボルテージが限界突破したところで、最前列の席に座っていた相澤がぼそりと言った。

 

「もう着くぞ、いい加減にしとけよ……」

「「「ハイ」」」

 

 

02.???:死柄木弔  

 

────────

 

その男は自室のベッドから起き上がれないでいた。

別に鬱とか、低血圧とかが原因ではなく、二時間前までそこでゲームをしていたからだった。

 

死柄木(しがらき)(とむら)、時間です。起きてください」

「……」

 

聞こえてはいたが、起き上がりたくない。横になっていたい。

強烈な倦怠感を抱えながら寝返りを打ち、今日がなんの日だったかを思い出す。

 

黒い煙、あるいは黒いインクで出来た霧のような身体をした生き物が、その男が横たわるベッドにもやもやとまとわりついていた。

 

「なんかあったっけ?」

「今日は決行日です。そろそろ起きなければ、食事をする暇がなくなりますよ。昨日も言いましたが……」

「昨日の夜、俺がゲーム始める直前に言えよ」

「それは申し訳ありません」

 

その声を無視して、スマートフォンに手を伸ばす。

電源ボタンを押すと、画面に十一時三十分という現在時刻が表示された。

 

「まだ二時間あるじゃねぇか……」

「横になったまま画面を見るのはお勧めしません。目の筋肉に多大な負担が」

「うるさい」

 

男はスマートフォンを放り出して仰向けになった。

 

「だりぃ。人間はなんでこんなにだるいんだ」

「主語を死柄木弔に限定すれば、運動不足が原因です」

「はぁ……」

 

この生き物は何かにつけてこの調子である。

他者に対する労りや斟酌(しんしゃく)は一切なく、ただひたすら目的とそれに関連する情報を突きつけてくるだけ。

しかもワンパターンなので、今のように疲れているときは相手をしたくない。

 

「必要もないのに身体を動かすなんて不合理だろうが」

「そもそも人体とは不合理の集合体です。生活習慣で宥めすかしていくしかないのです」

 

それでいてやたら面倒見がよい。

今もこちらに話しかけながらベッド周りの片付けを行なっていた。

特に命令がない状態では、ずっとこの調子で牧師、あるいはヒーローのような物言いをしながら、甲斐甲斐しく自分の世話をする。

男にとってこの世で二番目に嫌いな存在だった。

 

「さあ、起きましょう死柄木弔。怠惰は人をゆっくりと死なせます。人がそれでも怠惰を貪るのは、自らへの期待を忘れているからです」

「遠回しにディスってんな」

 

それの名前は黒霧(くろぎり)という。

死柄木弔と呼ばれる男にとって、黒霧は人生で共に過ごした時間がもっとも長い存在でもあった。

 

黒霧はその名の通り、身体を黒い霧のような形状に変化させることのできる『個性』を持った人造人間である。

人間の遺体をベースにしたとは聞いていたが、その人物が生前どのような人物だったかは聞かされていない。

 

その黒霧が人の形を取り戻し、ベッドの横に立った。

 

「……もう集まってんのか」

「はい、後は死柄木弔だけです」

「めんどくせぇなぁ」

「正常性バイアスです。それを乗り越えた直後、自らに報酬を与えましょう。朝食を甘いものにするのが良いですね」

「犬の(しつけ)みたいでいやだ」

 

犬を想像すると、何か脳裏にちくりとした刺激が走った。

 

弔の幼少期の記憶は曖昧だった。

自身が「先生」と呼ぶ、親代わりの男に拾われるまではホームレスだったという記憶がうっすらとあるだけ。

さらにそれ以前の自分がどうしていたのかは、全く思い出せない。

 

「起きてください。死柄木弔」

 

すっかり気分を害された弔は、繰り返し語りかける黒霧を無視して、決行の五分前まで惰眠を貪り続けた。

 

 

──ギリギリになってようやく起き上がった弔は、テーブルの上に安置されている五対の手と、もうひとつの手を全身に装着した。

 

この手は、この世で一番に嫌いな存在だった。

その手に(つか)まれていると、弔の中で失われているはずの部分を猛烈に刺激してくる。

そして、分厚い皮膚の下、いくら引っ()いても届かない場所がじんじんと(かゆ)むような、絶望的な不快感に包まれる。

 

そうすることで、普段は身体の(かゆ)みと共に勝手に押さえ込まれている、強烈な破壊衝動が顕現する。

これが自らの躁鬱(そううつ)の原因だとはわかっていたが、やめられない。

これと定期的に向き合っていないと、黒霧の言うとおり、自分は怠惰で死んでしまうだろう。

 

「行きましょう、死柄木弔。向こうで『脳無』に命令を出してください」

「はぁ……」

 

黒霧がその身体をドアのように拡大させ、弔はその中に潜り込んだ。

 

その身体を通過すると、その先に現れたのは二階建ての家屋が数軒は入りそうな巨大な倉庫の中だった。

弔の身体はその中央に運ばれていた。

 

黒霧の身体は霧状の『異形』というだけではなく、その身体を空間の別の座標に接続できる。

それを利用したワープゲートのような能力こそが、この人造人間の真価であった。

 

倉庫の中央に、弔の倍以上の体格をした大男が座っていた。

その上半身はインクのようにごく僅かな紫が差された、真っ黒い皮膚に覆われている。

筋骨隆々の上半身は何も着ておらず、自分の腰より太そうな両腕には無数の切り傷の跡が残っている。

 

鳥とも獣ともつかない形状の顎をした頭に、ちょこんとむき出しの脳と眼球が乗っかっていた。

 

「よう。相変わらずこぼれ落ちないか不安になるデザインだな」

 

弔はその大男に気さくに声をかけた。

その周囲を百数十名の人間が取り囲み、どよめきと共に、突然現れた弔を固唾を吞んで見守っていた。

 

「立てよ脳無。散歩に行こうぜ」

 

その声に反応した大男が立ち上がった。

周囲のどよめきが歓声に変わる。

閉鎖空間で百人が起こした騒ぎはびりびりと建物全体を振動させた。

 

「うるせぇなぁ。さっさと行くぞ黒霧。挨拶はなしだ」

「……まあいいでしょう。『全員聞きなさい』」

 

黒霧の声がエコー混じりで、倉庫全体に発せられた。

その場の全員にそれは聞こえ、騒ぎは急激に収まっていく。

 

黒霧は自分の身体を部屋中でたらめに接続することでスピーカー替わりにしたのだった。

 

(ヴィラン)連合、これより行動を開始します。【ゲート】を開きますので担当する場所に向かいなさい。最後にもう一度標的を確認しますよ』

 

そもそも黒霧の脳は厳密に言えば思考をしていないらしい。

そういった機転を利かせるための機能は本体の脳から失われており、死体になる前の記憶と人工知能による機械的なサポートを組み合わせてそれらしく見せているだけらしい。

だから定期的にテレビゲームでよく見る物理演算を暴走させたNPCのような状態になり、リセットが必要になる。

 

『最大目標はオールマイト。これはそこの【脳無】が担当しますが、抜け駆けは自由です。仕留めたほうには追加報酬として五十億と連合幹部の地位を』

 

周囲から少しだけ歓声が漏れ、口笛が吹かれた。

 

『二次目標は雄英高校の生徒達です。私が護衛の教師、プロヒーローから彼らを分断します』

 

現在の黒霧は調整が利いており、このような事務的な説明もだいぶ流暢になった。

弔が黒霧の世話を受けるようになった、十年前の頃はもっと壊れたロボットのようだった。

 

「散らして、(なぶ)り、殺す。報酬は生徒の死体ひとつにつき、三億を頭割りで」

 

今度は大歓声となった。

オールマイトと違って、こちらは現実的で割が良い話だからか。

ただのひと仕事。これから凄惨な虐殺を始めるという意識はしていなさそうだった。

それは弔自身も同じだったが。

 

『平和の象徴が終われば、ヒーローの飽和する、この(ゆが)んだ社会も終わる』

「お前はとっくに終わってるけどな」

 

そう、黒霧は人間の死体から作られている、すでに終わった存在だ。

だから弔はこの嫌いな存在と付き合っていける。

その最期に憐れみをくれてやり、自分以上に未来の希望が無い存在へのマウンティングを楽しんでいる。

 

「行くぞ」

「はい」

 

黒霧がぶわりと風のような音を立てて全身を倉庫中に拡散させた。

 

死柄木弔はネットから得られる情報を通して、自分の境遇についてはおおむね客観的に把握していた。

ネットは不幸自慢に溢れ返っている。

それに比べれば、少なくとも衣食住の心配がない自分はそこそこ恵まれたほうだと認識していた。

だが、そのような相対的な立ち位置を知ってしまえば、その透明で美しい上澄みの存在にも気がついてしまう。

 

偏差値の頂点。

自分がもしも良い『個性』を持って生まれ、真っ当に育っていたら、あんな風になれただろうかと。

SNSに飛び交う皮肉とやっかみ、自らの人生への諦念と、劣等感。果てには会ったこともない相手に対して、今もきっと幸せを謳歌(おうか)しているであろうと思い込むことによる嫉妬が集う先。

そのひとつがヒーロー科最高峰と言われる雄英高校の生徒達である。

 

弔はそこまで嫉妬は覚えていなかったが、その格差への劣等感については共感していた。

少なくともこんな(かゆ)みを覚えることはなかったのだろうと、その程度の共感ではあったが。

 

だから、その恵まれた子ども達の顔が、取るに足らない(ヴィラン)共に踏み(にじ)られる光景を見るのが少し楽しみではあった。

そんな気分に乗って、静まり返る群衆に向かって、一言だけ声をかけた。

 

「笑っていこうぜ。きっと楽しいぞ」

 

一同はその言葉に歓声をあげ、雄叫びをあげながらワープゲートを通過した。

 

 

──ゲートを抜けると、視界が明るく一気に開けた。

 

薄暗い倉庫とは打って変わって明るい場所だった。

顔面につけていた手が光を遮っていなければ、一時的に目を(つむ)ってしまったかもしれない。

目の前には広い階段。

背後からは噴水の音がして、妙に安らぐ空間だった。

 

「動くな! あれは(ヴィラン)だ!!」

 

階段の上から男の声がした。

 

「この施設の主、13号に……イレイザーヘッドですか、厄介ですね」

 

弔の立ち位置からは上の様子が見えなかったが、黒霧の方はすでにそのヒーローと向き合っているらしい。

 

「先日頂いた教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずでしたが」

「やはり先週のアレはクソ共の仕業だったか」

 

その時、弔の本心ではオールマイトがいないことよりも黒霧が自分を差し置いて喋るのにイラついていた。

 

「マジかよ、せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ……」

 

死柄木弔、その男は決して理知的でも、情動的でもなかった。

それでも、その時点の彼にはなぜか、人を、特に(ヴィラン)を惹きつける魅力があった。

その日集められ、(ヴィラン)連合と名付けられた集団の中心は、確かに彼だった。

 

「オールマイト……平和の象徴……いないなんて……」

 

その男が喋るたびに、集団のボルデージが高まっていく。

それは『個性』を抱えて生まれた誰もが幼少期に夢見た憧憬。

それが現実に打ち砕かれてからも、愛憎入り混じる思いで見つめ続けているもの。

その男の記憶と共に彼の本性までもが()がれ落ちたせいで露出した、遺伝的形質。

(まばゆ)いほどのそれを抱えたまま、行き場のないところまで堕ちたという(ゆが)みの象徴。

圧倒的な『個性』を振り(かざ)し、(ヴィラン)共の上に恐怖で君臨する存在。

 

「子どもを殺せば来るのかな? 救けられなくても『私が来た』って言ってくれるのかな?」

 

その男が記憶を失う前の名は志村(しむら)転弧(てんこ)

オールマイトの師であり、先代ワン・フォー・オール継承者であるプロヒーロー、志村(しむら)菜奈(なな)の孫であった。

 

 

 

03.USJ:もう来てます  

 

────────

 

HAHAHA(ハァーハッハッ)!! 誰がいないって?」

 

(ヴィラン)の集団に前方を囲まれ、立ち尽くしていた生徒達の後ろから大きな影が飛び出した。

それは布がはためく音を立てながら悠々と生徒達を飛び越え、その先の階段の踊り場に着地した。

 

「私が事前の連絡通り遅れて来た!」

「オールマイトォー!!」

 

生徒達から歓声があがる。

それはスーツのジャケットをラフに羽織ったオールマイトだった。

ジャケットのボタンは全部なくなっていた。おそらく移動中に弾け飛んでしまったのだろう。

 

「ああよかった、いたわ」

 

身体と顔に無数の手を装着した男が両手を広げた。

 

「どーもオールマイト! 今日はあんたを殺しに来たんだ!」

「そうか、理由を聞いても?」

「そんなに恨みはないけどさ、みんなが言うんだよ。あんたが死ぬだけで世の中変わるってさ!」

「「ヒャッハー!!」」

 

その男の言葉に乗せられるように、周囲の(ヴィラン)達が叫びながらオールマイトに向かって駆け出した。

 

「私が死ぬ? そいつは簡単な話じゃないぜ」

 

階段を降りながらオールマイトはジャケットを脱いだ。

そしてジャケットを手放した瞬間に彼の姿が消えた。

 

「!?」

 

消えたと思った瞬間にはオールマイトが階段の下まで降りており、階段を駆け上がろうとしていた数人の(ヴィラン)が、同じ数の打撃音と共に宙を飛んでいた。

 

「う、うおおっ……」

 

いつの間にか目の前に立つ身長二百二十センチの大巨漢。

それを取り囲む数十名の(ヴィラン)達が一瞬(ひる)んだ。

 

「来なよ(ヴィラン)達、いつも通り相手をしてやる!」

 

オールマイトが手招きして挑発すると、それに奮い立った(ヴィラン)が数人、『個性』を発動しながら一斉に襲いかかった。

 

だが、オールマイトはネクタイを外すついでに空いた腕を動かして全員を殴り飛ばした。

今度は他の(ヴィラン)達も、それに(ひる)みはしなかった。

 

「行くぞ、やっちまえ!」

「ここから変えてやるんだ!」

「全員ぶっ殺せ! 全面戦争だぁ!」

 

(ヴィラン)を吐き出す黒い霧はまだ消えておらず、続々と後続が現れている。

その一部はオールマイトを無視して階段を登り始めたが、階段の上からもう一人のヒーローが姿を見せた。

 

「子どもを襲って、何が戦争ですか」

 

13号が階段の縁に立って(ヴィラン)達を見下ろしていた。

 

「交渉もせず、その場限りの実力を行使するならば、それはただの暴力でありテロと呼ばれます」

 

そう言って両手の指を前方に向ける。

指先を覆う安全装置が外れ、その『個性』がコスチュームの外の空間と接続された。

 

──現実のブラックホールはその巨大な質量により空間に勾配が生まれて重力を生み、そこに光を含めた物質が落ちていく現象である。

そしてその中心に接近し過ぎると物体は二点間の極端な重力差により引き裂かれる。

 

13号がその『個性』を発動させると、その手はブラックホールを模した空間構造を再現する。

それは実物と同じように物体を引き寄せる引力を生じる。

そして、その手の32センチ以内に入った物質は空間の潮汐(ちょうせき)力により粉砕される。

 

だが、その小規模さ故に、遠く離れた物体にかかる引力はそれほど大きくない。

それでいて発動中は空気を延々と吸い込み続ける為、あまりに長時間発動させると最終的には気流の渦を、気圧の谷を生み、天候まで変えてしまう。

何かにつけてその極端さが弱点となる『個性』だった。

 

そんな13号の個性、『ブラックホール』が抱える、物理的にはありえない超常的現象のうち、最大の特徴と呼べるのが「引力の指向性」である。

その手は正しい方向を向く限り13号自身を傷つけない。

 

ブラックホールを模した空間は手の形をしており、その指先の方向で空間の潮汐力が最大となる。

その指の動きにより、引力に複雑な指向性が発生する。

昨年、事件で重症を負うまでの13号は、それを「扱いづらいゆらぎ」としか認識していなかった。

 

 

──その場にいた(ヴィラン)の過半数が突然宙に浮いた。

 

「指向引力ウェーブ・90キログラム」

 

浮き上がった中には手を装着した男と黒い霧の男も含まれていた。

 

「「「なっ!?」」」

 

とある事件にて13号は初めて『ブラックホール』を全力稼働しての近接戦闘を行なった。

その貴重な実戦経験にて、13号は自分の手指が起こす「ゆらぎ」を重ね合わせた紐状の範囲で、より大きな引力が働くことに気がついた。

さらに、その力の向き先を指先の動きで制御できる可能性にも気がついた。

 

その戦闘で生死を彷徨(さまよ)った13号は二ヶ月の入院を余儀無くされたが、治療とリハビリの合間にその技を完成させた。

 

──指の操作により生み出された引力の網。

それに絡め取られ、踏ん張れず浮き上がった物体を自分に向かって引きずり落とす。

 

「スイングバイ・アクシデント!」

「「「ぐがあぁぁっ!!」」」

 

浮かされた中・軽量級の(ヴィラン)達はもれなく全員()()()()()して階段に身を打ち付けた。

その何箇所かで、何か乾いたものが折れる、妙に小気味良い音がした。

 

「この階段を登ろうとするなら、最低でも転倒を覚悟しなさい」

 

「えげつねぇ!」

「かっこええ!」

 

階段の上からそれを見ていた生徒達が再び歓声をあげた。

(ヴィラン)を半壊させた13号は両手を前に構えたまま大声をあげた。

 

「オールマイト、いったんこちらへ!」

「ナイスだ13号!」

 

オールマイトがバックジャンプのひとっ飛びで13号の隣まで移動した。

散らばる生徒に「もっと集まれ」と声をかけながら、イレイザーヘッドもそこに集まった。

 

「オールマイト、イレイザーヘッド。まずは悪い(しら)せをひとつ。連絡が一切取れません。個性による『ジャミング』を受けています」

「「!?」」

 

13号からそれを聞いた二人は優先順位を『(ヴィラン)の制圧』から『生徒の避難』に切り替えた。

 

電子通信を阻むジャミングのような効果を持つ『個性』が存在することは世間に認知されている。

そのため単純な通信の途絶であれば、察知後にすぐさま小警告報が鳴るようにはなっている。

だが『個性』による電子戦は超常黎明期以降の百年で高度に複雑化しており、離れた場所から、通信が生きているかのように欺きながらも遮断する、そんな厄介な使い手達が界隈を蔓延(はびこ)っていた。

 

この演習場、ウソの災害や事故ルーム、略してUSJは雄英高校の本校舎から直線距離で3キロ離れていた。

そことの連絡の不通は増援の手配が滞ることを意味する。

それは常に『後手』を課せられるプロヒーローにとって、危機レベルを一段階上げざるを得ないトラブルであった。

 

「僕はここから軽いのを迎撃します。オールマイトは前に出て重量級(ヴィラン)の対処を。特にあの黒くて大きな(ヴィラン)が危険に思えます」

「任せなさい! イレイザーヘッドは生徒の避難誘導でいいな?」

「はい」

 

その作戦にイレイザーヘッドが難色を示した。

 

「待て13号、俺が前に……」

「機転の効く先輩が生徒の護衛をするべきです。僕はここでカベになります」

「……わかった、無理すんなよ」

「ご心配なく。無理はちょっとだけするものですよ。それでは散開で!」

 

オールマイトが再び跳躍して階段を全飛ばしで降りてった。

イレイザーヘッドはそれに背を向けて生徒達に指示を出す。

 

「お前ら避難だ! 俺に付いてこい! クラス委員長は最後尾!」

「「はい!」」

「みんな、ひとかたまりになって! 出入口に戻るぞ!」

 

 

一方、階段の下では首謀者の二人がよろよろと立ち上がっていた。

 

「イッテェなぁもおおーっ!」

 

全身に手を装着した男が片腕を押さえながら喚き散らしている。

 

「くっそ、これ、腕折れたんじゃねーの? おい黒霧ィ! なんなんだよアレ! アイツ本当に衰えてるんだろうなっ!」

「はい、そのはずですが……あの13号があれだけ戦えるのは想定外です。まずは13号を……」

「バカ、それじゃ相手の思う(つぼ)だろうが! PvPでは肉壁(タンク)に仕事させんなっていつも言ってるだろ! そんなだから万年キルレ1未満なんだよお前は!」

「しかし……」

「脳無! オールマイトをやれ! ほら来たぞ! お前らも囲め!」

 

男が罵声混じりの指示を飛ばすのと同時に、オールマイトが再び噴水のエリアに飛び降りてきた。

 

「『ワープゲート』の個性はお前だな?」

 

着地と同時に二人殴り飛ばした後、向きを変えてダッシュをかけたオールマイトは黒霧と呼ばれた男に迫るが、そこに黒い身体をした巨漢が立ち塞がった。

 

「……」

 

本物か、ファッションなのか、定かではないむき出しの脳と眼球をした頭部に、オールマイトよりも一回り大きな骨格に太い筋肉を備えた黒い巨体。

「脳無」と呼ばれたその異形は無言で右腕を振りかぶった。

オールマイトも同じく右腕を振りかぶり、同時に拳が突き出される。

クロスカウンター。

脳無の拳は避けられた一方で、オールマイトの拳が脳無の顎に(たた)き込まれた。

 

「あぁ、痛ぇ、目が覚めた。アドレナリン出てきた」

「むっ!」

 

背後から無造作に伸ばされた手を避ける。

殴られた脳無も倒れることなく、無言、無表情で拳を突き出してきたが、オールマイトは難なく腕で弾いた。

 

そこから二体一の攻防が始まった。

他の(ヴィラン)達は遠巻きに囲みつつも、そこに割り込むのを躊躇(ちゅうちょ)している。

 

その青年は大して力強くもなく、そう機敏でもないが、位置取りと要所の勘所が良く安全圏を確保しつつも意表をついたタイミングで踏み込み、オールマイトにその「手」を(かざ)すという行為を繰り返した。

その動きには自身の「手」に対する何か絶対的な信頼が見られる。

 

(あの「手」は触れてはいかんな)

 

単体ならば苦も無く制圧できる相手だが、もう一人、オールマイトのパンチに(こた)えた様子のない巨漢の(ヴィラン)は、まだ実力の底が見えない。

これは手が掛かるかもしれない、と判断したオールマイトは即座に決断する。

 

(よし、全力でいく! いざ『浮遊』発動!)

 

全力戦闘に切り替えようとしたオールマイトは、しかしながらその出鼻を(くじ)かれることになる。

この場、この瞬間に限って言えば、この(ヴィラン)達はオールマイトに対し()()()()()を取っていた。

 

「おい何度も言わせんな。黒霧、予定通りやれ」

「はい……」

 

黒霧と呼ばれた(ヴィラン)がその命令に従い、体の黒い霧とも煙ともつかない部位を広げ始めたが、その途中でびくりと体が震えてその動きが止まった。

 

黒い霧の奥から、男の低い声がした。

 

『待った。ちょっと借りていいかな?』

 

その声に、手を装着した男が真っ先に反応し、首筋を()きながら不快の態度を示した。

 

「なんだよ先生、邪魔しないんじゃなかったのか?」

『いいだろ、すぐ返すからさ。やあ、居るねぇオールマイト』

 

「貴様……」

 

その声を聞いたオールマイトの顔から笑顔が消えていた。

それはかつての張りこそ失われていたが、嫌と言う程に聞き慣れた声だった。

 

『君、公安と組むなんてずいぶん思い切ったじゃないか。おかげで僕も隠れていられなくなったよ』

 

黒霧の腕から広がった黒い霧状の空間、その中から別の人物の腕が伸びていた。

スーツの袖の気取った織り柄も、そこから見えるシャツの袖の生地も、カフスボタンの意匠まで、忌まわしい記憶の通りだった。

 

「よお! 幽霊じゃないよな? 自分の足が透けてないか、ちゃんと見たか?」

『ははは、大丈夫だったよ。心配してくれていたのかい?』

「だって腕しか見えないからな!」

 

その親しみのようなもの感じる薄ら寒い返事に、オールマイトはぴくりと(ほお)を引き()らせながらも顔面に笑顔を復旧した。

 

「そうやって六年も影の中でウジウジコソコソしてやがったのか? 話がしたいならいつでも聞いてやったのにさ!」

『うーん、僕は特に話すことなんて無かったからなぁ……』

「私は山ほどあるから聞いていけよ!」

 

そのスーツの腕が手を広げ、隣に立っている青年に向けられた。

 

『今日の主役はこの子だよ。()()死柄木(しがらき)(とむら)という』

「そういや自己紹介してなかったな。よろしく」

『僕のことはいいから、弔を()()()()()()()()()()、オォールマイトォ』

 

その声には堪えきれないといった調子の、愉悦と(あざけ)りが含まれていた。

 

オールマイトはその闇から伸びる腕を殴り飛ばそうと地を蹴ったが、その隣にいる青年、死柄木弔が横からオールマイトの足を(つか)もうとしたので、いったん足を止めた。

その青年が闇の向こうに向かってどこか気遣わしげな声をかけた。

 

「あんま無理すんなよ先生。()()()、まだ調整中なんだろ?」

 

先生と呼ばれた男はその手を二度、握っては開いてを繰り返した。

 

『はは、ちょっと意識を改めようかと思ってね。その()()()()だよ』

「あぁ?」

『前に話しただろう? 【百円ライター】の話さ』

「ああ、アレね」

 

青年がちらりと階段の上の方を見る。

 

『使えたらいいな程度の期待で、管理もしてなかったけれど』

 

その腕がふっと消えた。

直感的にその行き先を見切ったオールマイトは叫び声をあげた。

 

「ッ!? イレイザァーッ!!」

『それでもいざ使()()()()()()()()()()()()のは、さすがにちょっとむかつくよな』

「まあわかる」

 

階段の上で、オールマイトの叫びに反応したイレイザーヘッドが生徒の方を見た。

ばらばらと出入り口へ向かう彼らの真横に黒い霧が生じ、そこから青山に向かってスーツの腕が伸びていた。

 

「ふせ……」

 

イレイザーヘッドはその腕に対して『抹消』を発動したが、その手はすでに『個性』を放っていた。

 

その場にいた生徒達全員とイレイザーヘッドが暴風に体を薙ぎ倒された。

遅れて、山間の峡谷を吹き抜ける風が発するような、空全体が震えるような独特の音がした。

 

風が起こした土埃(つちぼこり)が激しく通り過ぎると、倒れ伏す生徒達の向こうで階段の先に見える演習場の景色が変わっていた。

ついさっき青山がいた場所からまっすぐ先へ、「倒壊ゾーン」と呼ばれる崩れた建築物の置かれたエリアを突き抜けて、ドームの外壁までの地面が果物の皮のように捲れ上がり、コンクリートの基礎を露出していた。

 

「うそ……青山君が……」

 

その光景に呆然(ぼうぜん)とする一同の中、最初に声を発したのは葉隠だった。

その後を追って切島が声を掛け、芦戸が叫んだ。

 

「おい、柊がいないぞ……まさか、巻き込まれた……?」

「うてなちゃん、どこぉ!? 青山ぁっ! いたら返事してぇっ!」

 

拳を地面に(たた)きつけながら、イレイザーヘッドが立ち上がった。

 

「全員立て! 周りに怪我人がいないか確認! 動けない者は声を出せ!」

 

そのドスの効いた大声に生徒達はびくりと立ち上がり、近くにいたクラスメイト達と目を合わせ、身体を確認し合った。

全員を確認した八百万が代表して、声を振るわせながら、イレイザーヘッドに報告した。

 

「みんな動けますわ! でも、二人いません!」

 

その唐突な、現実離れした惨状の中で、最初に身体が動いたのは爆豪勝己だった。

 

「イレイザーヘッド! 何が起きたんですか? ……あっ!?」

 

13号が後ろに振り返ろうとして、まだドーム内を吹き荒れる強風に(あお)られた。

重いスーツに重心を取られ、体が大きく揺らぐ。

 

「たぁけ!」

 

真っ先に13号のミスに気づいた爆豪が、手のひらから爆発を起こして飛び出した。

そして13号の背中へほとんどぶつかるようにしてそれを支えた。

 

()っも! カベはしっかり前向いとれや! まだ(ヴィラン)来とるだろうが!」

「す、すみません!」

 

「ギャハハ! 誰か知らねぇがやりやがったぞ!」

「形勢逆転だぁ! 突っ込め!」

 

その破壊に威勢を取り戻した複数の(ヴィラン)が、階段の上に陣取る13号を目指して階段を駆け登り始めた。

黒霧の手元に戻ったスーツの腕に向かって死柄木弔が悪態を()いた。

 

「あーあ、あの辺に置いた(ヴィラン)共まで巻き添えにしちゃったぞ? もう作戦めちゃくちゃじゃねぇか。どうしてくれんだよ先生」

『さあ、後は楽しんでおいでよ、弔』

「先生はいっつもそれだ」

 

死柄木弔は霧の中に消えていく腕に向かって中指を立てながら、オールマイトの方に向き直った。

 

「アハハ、何もしないでサブクエ一個クリアしちゃったよ。生徒に死なれると大変だよなぁ? ほら、笑顔はどうしたよ、オールマイト先生?」

「貴様ら……」

 

オールマイトは歯を食いしばった。

シャツの肩口が内側から張り裂けた。

その顔面は笑顔の形をしていたが、もはや怒りの形相にしか見えなかった。

 

「おおコワ。そのシャツは誰が縫うんだい?」

 

おどけた調子でオールマイトを(あお)った後、死柄木弔は立ち尽くしている二人に声をかけた。

 

「おい脳無、黒霧、お前らすぐフリーズするな。さっきの続きだよ、ほら動け、動け」

 

(なぜだ、『浮遊』が発動しない! 何が起きている!? お師匠! 先代方!)

 

オールマイトは自らの内なる領域にいるはずの『先代達』に呼びかけながら、脳無と殴り合いを再開した。

 

 






【あとがき】  トップにもどる

※前回落とした僧帽筋ヘッドギアさんの活躍は次回に回します!(二連落とし。そんな大した話じゃないんですが……)
※スキップしてしまった13号のありがたいお小言シリーズは後々、クラスのみんながその都度思い出す感じで回収予定(死亡フラグじゃないです)
※次回、がんばれ黒霧! 君が散らしてくれないとUSJ編が終わっちまう!
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