デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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※今週は拡大版!(これまで落とした分を結合しました……)

【もくじ】
01.多古場:ニアミス
02.USJ:トレイン
03.USJ:氷結爆撃
04.USJ:VIVANT
05.マジアハイデ:オリジン





(4)USJ:

01.多古場:ニアミス  

 

────────

 

出久がいつもの早朝トレーニングから帰宅する途中で、Mt.(マウント)レディから出久に出動依頼の連絡が入った。

彼が(ヴィラン)の生き餌にされた日から何日か経過した、翌週の水曜日。時間は朝七時のことであった。

 

彼はその依頼を快諾し、母親にはバイトのヘルプに入ってから学校に行くと連絡を入れた。

その後、田等院(たとういん)から多古場(たこば)地区管内の現場へ移動中のMt.レディに拾って貰い、彼女が持ってきた『デク』のコスチュームに着替えて現場に向かった。

 

そして現在、Mt.レディに(つか)まっての移動中である。

彼女の腕に命綱を巻いて、彼女が軽く曲げた手の平の上に片膝を立てて座っている。

デクはこういう時って道交法上どういう扱いになるのだろう、などと、どうでもいいことを考えていた。

 

『朝早くから悪いわね!』

 

今日は風が強く、無線の音声にも風の吹く音が混じっていた。

あまり揺れないよう、風に当たらないように配慮はしてくれているが、Mt.レディの歩行速度は時速50キロ近い。

四月始めのこの時期はまだ気温も低く、フルフェイスのマスクに全身を覆うコスチュームでもなければ、きっと凍えていただろう。

 

「いえ、大丈夫です。早朝はだいたい外に出ているので……」

『早朝トレーニング、毎日してるの? すごいじゃない!』

「ええ、まあ、そんなものです……」

 

デクは見られてもいないのに思わず目を逸らしてしまった。

そのトレーニングの指示を発する者の正体を想うと、いつも足元が覚束(おぼつか)なくなり、怖くなってしまうのだ。

ヒーローでも(ヴィラン)でもないはずなのに、その両方と関わっている自分は、実際の所一体どういう立ち位置にいる状態なのかと。

 

「それより、Mt.レディ、あの『予知』の話、大丈夫ですか?」

 

Mt.レディは先週、事務所に訪れたヒーロー、サー・ナイトアイから不吉すぎる予言を受けていた。

 

『Mt.レディ。君が来月、白い髪の少女を庇って致命傷を負う未来を見た』

 

その未来に関して三人はいくつか問答を交わしたが、結局その日の段階では情報が足りなさすぎるということでいったんお開きになっていた。

 

『大丈夫って、どうしようもないじゃない。聞いたときはもうここで終わりか、ってゲッソリしちゃったけども』

 

デクを抱えているMt.レディの左手が大きく揺れた。

たぶん何か仕草をしようとして、途中でデクに気づいて止めたのだ。

 

『まだあと一ヶ月あるし、サーも後日ちゃんと『予知』で私を視てくれるらしいから、もうその時考えればいいかなって』

「問題の先送り……」

『ポジティブって言いなさい! 夏休みの宿題だって期日ギリギリまで溜め込んで毎年ドキワクしてたでしょ!』

「僕七月中に終わらせる派なんで」

『化け物か!』

 

Mt.レディの手の中、地上10メートルからの景色はなかなかの見物だった。

かなり遠くに、出久自身が通勤通学で利用している鉄道の高架線が見えている。

静岡県東部の中核都市圏に含まれるこの辺りも、そろそろラッシュアワーが始まる時間帯だった。

路上のMt.レディを囲む自動車の数も増えていたが、デビューから一年が過ぎ、だいたい彼女の存在に慣れてきたのか、普通の車間距離で並走していた。

 

『ねぇ、サーと言えば、あんときの帰り際だけどさ』

「はい」

『あの人、何であんなに爆笑してたの?』

「それがよくわからないんです。僕、そんな変なこと言ったかなって」

 

それを聞いたMt.レディが上を向いた。

出久の位置から見上げると、その顔は顎先のあたりしか見えなくなった。

 

『半年前、あの人に【予知】のこと教えてもらったときさ、私ひどいこと言っちゃったのよねー』

「何て?」

『貴方自身が未来を変えた、その結果が視えるということは、変えようとする寸前に貴方が尿管結石で倒れたらその瞬間に未来変わるんじゃないですか? って』

「本当にひどいな! あー、あの爆笑はきっとそこに(つな)がるんですね」

『やっぱそういうこと?』

「はい、僕も昨日、似た様なこと言っちゃいました……」

『あはは、そう思うわよねぇ! まあ、あの人もそれはとっくに試したからこそ否定するんでしょうけど』

「そうなんでしょうね……」

 

Mt.レディが徐々に歩調を強めていく。

現地にいるヒーロー達と合流する予定の現場が近づいていた。

 

「シンリンカムイ、百メートル北西に移動しました。コース変更不要です。あと千五百メートル」

『カムイ先輩の話では、(ヴィラン)のサイズは10メートルだけど個性は【巨大化】でも【怪物化】でもはなく【増強】、しかもかなりすばしっこいらしいわ。私は外周を回り込むように動く。キミはさらに遠くから広範囲を押さえる配置でいこう』

「了解です。シンリンカムイが応援要請とか、珍しいんですよね? あの人、普段は現場に間に合いさえすれば捕縛まで平均一分以内ですから……」

『よく知ってるわね。そう、あの人に呼ばれる時って大抵困ったことになるわ。だからサポートよろしくね』

「はい。あ、あそこの立体交差してる高架道路の上がいいです。あそこなら鉄道の北側まで撮影可能で、場所替えもしやすいです」

『……ちょっと待った。嫌な予感がする。やっぱこのまま一緒に行こう』

「わかりました」

 

何か心境の変化があったのだろうか。デクとしては否が応でもなかった。

 

デクが見上げると、太陽の位置が変わり、長い髪の影に隠れていた彼女の表情が見えた。

仕事を始める直前だけに見せる、見栄えを意識していない、とても真面目そうな面持ちだ。

彼女はここからヒーローとして人前に出ると、(まぶ)しいくらいの笑顔に変わっていく。

デクはこっそりその表情をカメラで撮った。

 

『いったん近づいて様子を見るわ。どう動くかはその後決めよう』

「了解です。それだと遅れを取る可能性がありますが……」

 

出久は一週間近く彼女に同伴した結果、彼女の拙速で向こう見ずな行動は、決して愚かではないことを理解していた。

この時代のヒーローは飽和し、ヒーロー手当以上の報酬を奪い合うために常に競争しているのだった。

一度(けん)に回るだけで、全てを先に取られてしまう可能性があった。

だから、まずは無理やりにでも現場に割り入って、自分の立ち位置を確保するのが定石だった。

 

『ラクに行きましょ。このままやっていけばあと一ヶ月は安泰だって、サーが保証してくれたのだから』

「……そうですね」

 

その言葉を聞いて、デクはせめて自分も有らん限りの最善は尽くそうと思った。

 

 

──Mt.レディの不安は的中した。

その(ヴィラン)は逃走の最中に人質を取ってしまっていた。

 

「追って来たらこの裕福な家族、ブッ壊してやるからな! いいかぁ、俺を追うなよヒーロー共!!」

「くっ……」

 

連続強盗殺人犯、『僧帽ヘッドギア』。

発達し過ぎた僧帽筋が、その名の通り僧帽のように頭部全体を覆い尽くしているのが特徴の(ヴィラン)であった。

ここ数ヶ月で5件の強盗を起こし、逃走の際には手段を選ばず、殺人も犯している凶悪犯である。

 

その(ヴィラン)は全長10メートル近い体躯(たいく)には似合わぬ機敏さと姑息(こそく)さを併せ持っていた。

警察とヒーローに取り囲まれる中、片腕で人質の親子三名を抱え、もう片方の手で中指を立てて見せながら挑発している。

そして、人質をちらつかせながらヒーローに素早く接近し、一方的に殴りつけることで退路を切り開いていた。

 

「ヘイ! お前もだ! その『巨大化』解きやがれMt.レディ!」

「くっ……わかったわ」

「小さくなってからブン殴ってやるぜ! 男女平等パンチだ!」

 

Mt.レディが小声でデクに指示を出した。

 

『デク、このままキミも降ろすから、カムイのフリをして』

『ちょっ、急に言われても!』

『黙ってポーズ決めてればいいわ!』

 

「早くしろォ、ガキの手ェ捻るぞオラァ!!」

「ヒーロー助けてぇぇ! せめて! 娘だけでも!」

 

子どもと共に(ヴィラン)に抱え込まれている、父親らしき男が叫んでいた。

共に(ヴィラン)に捕まり、手足の出ない状況で、それでも子どものためになりふり構わない姿勢は悲痛ですらあった。

 

Mt.レディは渋々といった表情で『巨大化』の個性を解除する。

小さくなっていく足場から転がり落ちる形で、デクも地面に背中から着地した。

受け身は取ったが取りきれず、そのまま少しの間、声を殺して悶絶(もんぜつ)する。

 

「よぉーし、やっぱり組んでやがったなぁ、シンリンカムイ! 女のシリに敷かれやがって!」

 

それを見た僧帽ヘッドギアは上手いこといったという喜びの表情で、歯を見せた。

 

「さあ小さくなってあげたわよ? 次はストリップでいいかしら? 人質交換なんてお勧めよ?」

「うるせぇ! 週刊誌で見たぞ! お前とシンリンカムイ、熱愛中ってマジなのか!」

「今それ聞いてどうすんのよ!」

「ヒデェよ! 俺ファンだったのに!」

「あら♪ そうだったの?」

「どうしてこんな奴と付き合ってんだよシンリンカムイ!」

「おい待てや」

 

背中の衝撃から回復したデクがばっと立ち上がり、腰を低く構えて手をつきだす。

ヒーロー・シンリンカムイがよくやるお馴染みのポーズの真似をした。

僧帽ヘッドギアはその二人をにらみながら、不意打ちは受けまいという慎重な動きで、じりじりと近づいていった。

 

「へへへ、ふたり共、動くなよぉ……? こんな非異形(ノーマル)共、俺ぁ秒で捻り殺せるからなぁ!」

「助けてぇ!!」

「下調べしたんだ。テメェらツートップを潰せばこの街に手強いヒーローはもういねぇ! このまま逃げおおせたらぁ!」

 

デクが無言のまま、Mt.レディよりも前に出た。

 

(ちょっと! 労災出ないわよ!)

 

Mt.レディが無茶を言いながらそれを小声で(とが)めるが、デクは聞いておらず、まっすぐ前を見ていた。

 

「はぁっ! 殴るならオレからにしろってかぁ? やっぱりカッコいいぜお前! 乗ってやらぁ!」

 

僧帽ヘッドギアが一気に踏み込んで、左拳を大きく振りかぶった。

 

『いいか、もっとも強力なパンチはストレートだが、その威力を成立させるには条件がある』

 

デクは殴られる直前、師の言葉を思い出していた。

 

『ストレートは拳の運動エネルギーに、(けん)が伸び切った瞬間生まれる反発力を付け加えて衝撃(インパクト)を生みだす技術だ』

 

その女性はそう言いながら出久少年の顔面を青タンだらけにしてくれた。

 

『つまり、プロセスとしてはまず拳を顔面にぶつけてから押し込んで、そのまま拳のインパクトが最大化するゾーンまで、相手の頭を運んでいるわけだ。ゾーンの範囲はせいぜい数センチ。つまり、たとえ殴られたとしても、最後のインパクトが成立する前にそのゾーンから退避できればダメージを大幅に軽減できるわけだ。ボクサーが首を捻って避けるアレだな』

 

その日は母親への言い訳が大変だったことしか覚えていない。

 

『ま、知ってました程度で、素人がどうにかできるもんじゃないんだけどな。使えるのは例えば、デカブツを相手にしたときとかだな。覚えておくといい』

 

「すいません! 僕は偽物なんです!」

「はぁ!?」

 

そう言って(ヴィラン)を驚かせながら、出久は両足で跳躍し、ドロップキックの要領で自分に向かってきたその巨大な拳に両足をぶつけた。

そしてそれに合わせて両(もも)を踏ん張り、一気に後方へ吹き飛ばされた。

僧帽ヘッドギアの拳が振り抜かれたのはその後だった。

 

見えなくなるまで飛ばされたデクを見て、僧帽ヘッドギアは少しの間呆然(ぼうぜん)としたが、やがて気を取り直した。

 

「なんだ今のは……まあいい! 次はお前だ! Mt.レディ!」

 

そう言って向き直る僧帽ヘッドギアに対し、Mt.レディは拳を握って構えの姿勢を取った。

 

「べー! 嫌よ! そう易々とやられるもんですか!」

「あーっ、お前抵抗するつもりだなァ? もう人質ぶっ殺すからな!」

「ほほほ、やってみなさい、この距離なら私の金的の方が早いわよ! チャンスは二回かしら? 試してみるぅ?」

「くっ、何てヒデェ奴なんだ! そ、そうだな、二個あるし、一回ミスってもいいのかもしれねぇ……」

「あんただいぶ世回りが下手クソな感じね! とっくに(だま)されてるわよ!」

「なにぃ!?」

 

僧帽ヘッドギアはMt.レディに挑発されて頭に血が登り、その発達した僧帽筋の上に、静かにヒーローが着地していたことに気が付かなかった。

そのヒーローはそのまま音もなく枝を伸ばして三人の人質の身体に巻きつけ、三人同時に引き上げた。

 

「なっ、人質が!?」

「人質を取ったうえで、抵抗できぬ婦女子に手をだすとは、まさに邪悪の権化よ……」

「そのクセェ前口上は、シンリンカムイ!? そんなばかな、さっきブッ飛ばしたはず……」

 

腕から無数の木の枝を生やし、(ヴィラン)の頭上に立っていたのは本物のプロヒーロー・シンリンカムイであった。

 

「懲戒! 先制必縛! ウルシ鎖牢(さろう)!」

「ぐあああっ!」

 

その掛け声と共に、無数の木の枝が伸びていき、僧帽ヘッドギアの全身に巻き付いていった。

最初のうちは(ヴィラン)の方もその剛力で木の枝をへし折りながら抵抗していたが、スタミナ切れしたのかやがて大人しくなった。

 

「無事か、岳山! すまん、本当に助かった……」

「こちらこそありがと先輩、ちょっと急ぐんでこれで!」

「あ、ちょっと!?」

「シンリンカムイ! 助かりました! 我々も手をこまねいておりまして……」

 

Mt.レディはあいさつも適当に、そそくさと巨大化して走り去っていった。

シンリンカムイはそれを呼び止めようとしたが、Mt.レディと入れ替わるように警察官が駆け寄り、彼はその対応に忙殺された。

Mt.レディは飛ばされたデクを探していた。

 

『デク! 無事なの!?』

『ぶ、無事です。多分……臭い……助けて……』

『キミ一体どこにいんのよ!?』

 

デクはゴミ集積場に頭から突っ込んでいて、奇跡的に軽傷だった。

 

 

──その(ヴィラン)が制圧されるまでの様子を、上空からのぞく男がいた。

 

「うん……あの様子なら私が割り込むまでもないな……よし、今度こそ、このまま通勤しちゃおう!」

 

全天候対応のヒーローコスチュームを纏い、個性『浮遊』を使用して通勤中のオールマイトであった。

校内で着用する背広のスーツの方は、超音速移動に耐えられないのでリュックサックに詰めて背負っている。

 

雄英高校の教師として通勤中の彼が、この場に出しゃばるのはお門違いというものだ。しかし平和の象徴として、プロヒーローとしての自意識が、何より数十年続けた生活習慣が、ヒーローを呼ぶ専用回線から耳を離すことを許さなかった。

 

『〜警察署より近隣のヒーローへ出動要請。〜街で立てこもり事件発生。繰り返す。立てこもり事件発生……』

「んー、遅刻すると、やばい……んだけどナー!!」

 

その後、オールマイトは通りすがりの事件を秒殺しつつも、全盛期の超音速でちまちま移動することを繰り返し、なんとか授業開始には間に合った。

 

 

02.USJ:トレイン  

 

────────

 

「先生! 青山(あおやま)君と(ひいらぎ)さんを救けに行きたいです!」

「お前達の避難が優先だ」

 

1年A組の生徒達がなぜその暴挙に(はし)ってしまったのか。

その原因は複合的だったが、担任教師の()()()()()()()()というのは大きな要因のひとつだった。

 

一方で、生徒達がその決意に至った理由はヒーローをとりまく社会制度そのものにあったとも言える。

それはヒーロー個人、ヒーローとしての責任をヒーロー個人のみに背負わせないシステム。

その向こう側から見える夢に誘われて。

この時代の少年少女達は、皆そのシステムに背中を押されて、(ヴィラン)の前に立つ最初の一歩を踏みだすのだ。

 

生徒達の表情は緊張に固まっていた。

生徒が二名、行方不明になっていた。

 

1年A組の担任教師、イレイザーヘッドこと相澤(あいざわ)消太(しょうた)は、生徒を引率しながら自らを責めていた。

 

いつの間にか、自分も平和ボケしていたというのか。

ヒーローとしての愛嬌(あいきょう)を削ぎ落とし、ヒーローとしての任務に合理性を徹底する。

そんなアンダーグラウンド系ヒーローを自称する(おのれ)が、なんという為体(ていたらく)だ。

 

雄英高校の大型演習場、ウソの災害や事故ルーム。

ヒーロー基礎科の授業でこの施設に訪れていた1年A組の生徒と教師達は、突然(ヴィラン)による襲撃を受けた。

 

その兆候は一週間前にあった。

入学式の翌々日、教師となったオールマイトを取材するために殺到したマスコミの一団が、侵入者撃退システム『雄英バリアー』を「破壊」して敷地内に侵入していたのだ。

 

騒動を起こしたマスコミは警察が取り押さえ、中には逮捕者も出たが、結局それを破壊した犯人を見つけることはできなかった。

 

相澤はオールマイトが教師となることのリスクを甘く見積もっていたと痛感する。

No.1ヒーローとは、(ヴィラン)の行動を抑止する『平和の象徴』であると同時に、野望を抱く(ヴィラン)の心を灼く『悪の仇敵(きゅうてき)』でもあるのだ。

 

オールマイトのいる場所は安全である。それは彼が絶対に(ヴィラン)を倒すから。

オールマイトのいる場所は危険である。それは彼を狙う(ヴィラン)が絶対に現れるから。

 

これが、オールマイトが今日まで現役を続ける中で、ほとんどの期間を一人で活動し続けていた理由であった。

 

おそらく、根津校長以下、雄英高校の首脳部はこれに備えて最善を尽くしていた。

雄英バリアーの強化。監視設備の改修、過去のインシデントと教訓の洗い直しとその周知。

インフラ環境上の対策は時間と資源と予算の許す限りで最善を尽くしていたように思われる。

 

足りなかったのは、そのシステムを突破されたとき、最後の防壁となる彼ら雄英高校の教師達の覚悟だった。

 

「どこまで逃げるんですか! バスで十分もかかる校舎まで? 相手はワープ出来るんですよ!」

 

生徒の一人、芦戸(あしど)が相澤の前に立って、両手を広げながら怒鳴った。

 

「俺を()めてるのか? ワープで来てくれるなら最高だ。そいつらはもう逃さない」

 

相澤はゴーグルを外して芦戸をにらみつけたが、彼女は引き下がらず、歯を見せながらさらに詰め寄った。

彼女も今、自分を責めている。相澤はそれを痛い程に理解していた。

 

()めてません。話ずらさないでください。今って、進むも、引くも、同じくらい見通しがないのでは? って聞いてるんですが?」

 

なかなか様になっている、と相澤は内心では感嘆してしまった。

芦戸は普段見せている不真面目とも取れる態度とは打って変わった、強い表情を見せている。

 

本人に自覚があるか分からないが、彼女の普段の態度は擬態だ。

ピンク色の肌に、頭部に生えた(ゆが)んだ角。

黒く染まった眼球に、危険極まりない『個性』。

その全てを『異形』ではなくカワイイと見られるように、表情や立ち振る舞いを全身で演じている。

それは社会的環境への配慮であり、周囲を怖がらせないための優しさであった。

そして、それらを削ぎ落としたときに現れるこの鋭利な表情こそが、彼女の根底にある精神性なのだ。

 

「……途中で電話が(つな)がるようになるはずだ。そこまで離れて増援を待つ」

「ふたりは生き……大怪我してるかもしれないんですよ!」

「だからこそ急いでるんだ。行くぞ。もう止まるな」

「待ってくださいよ!」

 

言い争う両者には共通の認識がある。

(ヴィラン)の『個性』に吹き飛ばされたらしい、現在行方不明になっている生徒、 柊うてなと青山優雅。

 

そこに何も痕跡がなかった以上、生きているかもしれない。

だが、人の身体は何百メートルも飛ばされて無事ではいられない。

それを「確認」するためだけに、今はまだ無事な生徒達を危険に晒すべきなのか。争点はそこにあった。

 

「行くぞ」

 

相澤ににらまれて、生徒達は移動を再開した。出口まであと50メートル。

早歩きのスピードだったが、歩幅が平均より短い蛙吹(あすい)峰田(みねた)は小走りになっている。

 

相澤はさらなる奇襲に備えて、首周りに巻き付けている捕縛布を緩めて軽く持ち、即応体制に構えながら先頭を進んでいる。

彼の後に続く生徒達の足取りは滞りなかったが、ごそごそと話し合う声がし始めていた。

よくない傾向だと感じた相澤は、中でももっともやらかしそうな生徒に釘を刺した。

 

「爆豪、もう飛びだすなよ」

「ケッ」

 

爆豪がさも不本意、という反応を返した。

 

「13号を救けた後、すぐに戻ってきたお前を俺は評価している」

「わあっとるッスわ!」

 

だが、相澤がこの場で本当に押し留めておくべきだったのは、唇を()みながら彼を追う芦戸を、じっと見ていた切島(きりしま)の方だった。

 

そして、集団の中をふらふらと動き回り始めた麗日(うららか)だった。

さらに言えば、離れ過ぎるな、と周りに声を掛け、しれっと直線状に並べていく耳郎(じろう)だった。

突然周りにコワイと訴え始めた峰田(みねた)であった。

彼をなだめるようにしながら、それとなく横並びに詰めてイレイザーヘッドの視界を遮った砂藤(さとう)尾白(おじろ)口田(こうだ)であった。

その三人の背後でボソボソと打ち合わせを始めた瀬呂(せろ)八百万(やおよろず)であった。

背中でこっそり『触腕』を増やしながら、生やした目と耳で後方を観察し始めた障子(しょうじ)であった。

コスチュームのヘルメットを装着して表情を隠し、最後尾から生徒達を見守る飯田(いいだ)であった。

 

つまり、もうこの時点で生徒達の過半数は、覚悟は定かでなかったが、「やろう」という意思は決めつつあった。

そこに、後ろの動きを知らないまま、クラスメイトたちに覚悟を付け加えたのが切島だった。

その切島が歩調を早めて、相澤の後ろ、芦戸の横に立った。

 

「先生、俺ァ今、先生のお荷物になってる」

「こんな状況だ、卑下するな」

「でも、俺はともかく、芦戸は絶対に動けます。あの黒い(ヴィラン)よりもっと強そうだった、そんなヤツ相手にも、芦戸はちゃんと立ち塞がったんだ」

「切島……」

「だから何だ?」

「俺、青山の側にいたのに気が付かなかった。気づけてたら、救けられたかもしれねぇ」

「被害者が増えただけかもしれん」

 

切島は自分の胸を(たた)いた。

『硬化』を発動していたのか、腕が胸元に接触し、ガキンと派手な音を立てた。

 

「甘かった。俺たちみんな、雄英を受けるって言ったときから、言われ続けてたはずなんだ。なのに今日そうなる覚悟なんてしてなかった!」

「お前達は入学したばかりだ。これからそうなればいい」

「時期なんか関係ねぇって、もうアンタから教わってたんだよ!」

「!?」

「先生、もう教えてくれてたんス! 人は理不尽にやられちまうんだって。除籍ってそういうことでしょう!」

 

その大声は、そこにいる生徒達の注目を集めていた。

 

「俺たち、まだヒーローでもなんでもねぇ、でも雄英のヒーロー科なんです! 資格はなくても、もうそう扱われるべきなんです。そう立ち回るべきなんス! ここで保護されて逃げるのはねぇよ!」

「許さんぞ、切島」

「俺、先生に責任取って欲しいわけじゃないんです! ただヒーローとして教えて欲しいんス! こういう時、ヒーローならどうやるのか!」

 

切島の主張は支離滅裂(しりめつれつ)なところがあったが、彼の言いたいことがわかってきた芦戸は、それに追従した。

 

「先生、私達に教えてください。今いないふたりも、きっと生きていて、考えてると思います。道半ばで倒れたヒーロー達は、こんな時、どんな最善を尽くそうとしたんですか? 私、先生が全部教えてくれたうえで無理だとわかったら、ちゃんと諦めますから!」

「俺らと先生が協力(チームアップ)するとしたら、どう動くんスか? 本当に俺ら逃げるしかないんスか?」

「お前ら……」

 

教えたいが、その時間はない。

そう答えようとした相澤の視界にわざと入り込むように、麗日がひょこりと現れた。

 

「ヴッ!? 持病のしゃくが……」

「?」「はぁ?」「え?」

 

突然下手な仮病の演技を始めた麗日に、三者が困惑する。

相澤も一瞬だけ思考が停止し、視線が、眼球が、不用意に麗日を見ようと動いてしまったその瞬間だった。いつの間にか半歩距離を詰めていた尾白の尻尾が大きく動き、何か大きなものを相澤に投げた。

 

「失礼いたします!」

「!?」

 

それは、ずた袋を構えた八百万だった。

力強く柔軟な尾白の尻尾に支えられて、常ならざる手際の良さで相澤の頭にずた袋を被せる。

袋を被せられる寸前、生徒達の何人かが申し訳なさそうな表情でこちらを見ており、相澤はこれから何が起こるかを察した。

 

「先生、みんな、ごめんなさい。私、一個だけウソついてました」

 

背中を触られる感触があった。

視界を潰された相澤の体が浮かび、さらに回転させられた。

こうなっては、彼の鍛え抜かれた感覚でも上下すら定かではなくなってしまう。

全力で動けばまだ反撃できる自信はあったが、ここで救けようとした生徒たちを傷つけることは不合理だと思った。

 

「『体育祭』で抜け駆けするために」

 

何も見えない中で、麗日がせかせかと移動しながら独白を続けている。

そして、おそらく芦戸と切島であろう気配に、ぽんぽんと触れる音がした。

 

「実は麗日、1トンどころか3トンまでいけます! クラス全員浮かせても余裕!」

 

そしてどこかに向けて駆けていく。

そこから聞こえてきたのは、爆豪(ばくごう)の声だった。

 

「最低でも二分だ。死ぬ気で持たせろよ?」

「うん! 吐いた唾は飲まん!」

 

麗日が駆け寄り、パァンと二回、手を(たた)く音がした。

 

「ハァッ! ザマァねぇなイレイザー!! ギャハハハハ! 行くぞ半分!」

「それ俺の事か」

 

爆豪は下卑た笑い声と共に、爆発音を起こして、おそらく(ヴィラン)の方へ飛んでいった。

やられた。やっぱりあいつなのか。

 

(責任を取って欲しいわけじゃない、か……)

 

相澤はその場では抵抗を諦めた。

しばらくその身柄を生徒に預け、これからの検討に集中する。

彼もまた()()()()()については迷いがあったのだが、それもまた吹っ切れていた。

生徒達もそのつもりだった。

ならば乗っかるだけである。

 

あと、ほんの少しだけ、生徒達の組織的な反逆(チームワーク)を見せられて、俺ってまだこんなに信用なかったんだという(ヘコ)みの気分もあった。

 

 

──何も聞かされていなかった芦戸と切島は当惑し、慌てふためいている。

 

「お前ら……」

「えっ……みんなマジ?」

 

ふたりの体に麗日が手のひらで触れ、彼女の個性『無重力(ゼログラビティ)』によって浮き上がっていた。

 

「はーい、耳郎も隠してましたー、この耳たぶ、実はそこそこパワーあるんだ」

「「わっ?」」

 

耳郎の長い耳たぶが伸び、芦戸と切島の二の腕を巻き取って軽々と引き寄せる。

 

「本番の(オト)も結構()()()んだよね」

 

彼女の右手が麗日の腕を、左手が八百万の腕を(つか)み、ふたりはずた袋を被せられたイレイザーヘッドの手を取った。

 

「最後尾よーし!」

 

耳郎が大声で呼びかけると、彼女達にビビッ、と音を立ててテープが貼り付けられた。

 

「ヘヘ、瀬呂もちょっとだけ隠してた! 実はこの『テープ』さ、引っ張り強度が一番エグい。オレがヒーロー選んだ理由はコレよ」

「……実はこの『触腕』、ちぎれてもまた生やせる」

「障子、それは隠すっつか、言わなくていいヤツじゃん!」

 

体を浮かせ始めた生徒達の体に一瞬でテープが伸びて貼り付けられていく。

そしてそのテープが絡み付かないように、障子が触腕にいくつも生やした手を動かして調整した。

障子はさらに背中側の触腕を二本伸ばし、出入り口に 背を向けた飯田の両肩に捕まった。

障子と瀬呂は同時に叫んだ。

 

「「連結完了!!」」

 

飯田の両肩を(つか)む触腕に峰田が乗っかり、頭の『もぎもぎ』を接着して補強した。

 

「オイラは特に何も隠してねぇけどな! 行ったれ委員長!」

 

飯田が膝を曲げ、クラウチングの姿勢になった。

なんの意味があるのか、九十度に曲げた腕を独特のカクカクした動きで、前方に二本の線を引くように振り上げている。

 

「先生、申し訳ありません! (そそのか)したのは俺です!」

 

飯田が大声で叫んだ。

 

「『逃げるなら校舎に近いほうの出口でいいのでは』と!」

「作戦考えたのオレと障子とヤオモモね!」

「尾白くんが先生のハメ方教えてくれたんよ!」

「それは黙っていて欲しかった!」

「わ、(わたくし)の処分はいかようにでも!」

 

飯田だけは『無重力』になっていなかった。走るには重力が必須であるから。

ふくらはぎのエンジンが爆発音と共に猛回転を始め、マフラーが煙を吐き出し始める。

まだ地面で踏ん張っていた尾白、砂藤、口田の三人が呼吸を合わせ、浮遊する後続のクラスメイト達を(つな)ぐテープを引っ張った後、自分達もジャンプした。

 

テープに(つな)がれた全員の慣性が進行方向に変わった瞬間、飯田はスタートした。

 

「実は俺も、出力八割なら三倍持続! レシプロ・バースト・トレイン、発進!」

「「「うぉわっー!?」」」

 

予想はすれど、それ以上の加速力に浮遊感も加わり、どことは言わないがヒュンとした男子勢が悲鳴をあげた。

飯田を先頭とする一行は、そのまま青山たちを吹き飛ばした攻撃の跡を辿るように駆け出していった。

 

 

03.USJ:氷結爆撃  

 

────────

 

風を切り裂く爽快感。景色がかつてない速さで移り変わる、映像媒体でしか見たことの無かった光景。

 

片手で轟のコスチュームの背中を(つか)む爆豪は、もう片方の手の『爆破』だけで爽快な加速感を得ていた。

 

大きく上昇した後、ドームの天井に接触する直前で急降下。

ようやく高さを調整できて、目的の方向へ向かう。

 

「ハッ! 悪くねぇなこれ……」

「ああ、癖になりそうだ」

「キメェ合いの手入れんな半分野郎ォ! テメェと馴れ合うつもりはねぇ!」

「悪い」

 

爆豪はクラスメイト達が手早くまとめた行動の提案に乗った。

授業の邪魔をする(ヴィラン)共に意趣返しをしたかったのは当然として。

 

あの時、彼の位置からは見えていた。

あの『ワープゲート』から出てきた手が、青山に向けられた瞬間を。

自分が動く間もなかったその瞬間、それに反応し、防御の動きすら見せた()()()()を。

あの二人は生きている可能性が十分にあった。

 

(この俺が、あのキザ野郎にすら遅れを取ったというのか! 認めねぇ。あの『手』は俺がブッ殺す。そして俺が上に立つ!)

 

麗日お茶子の個性『無重力(ゼログラビティ)』は、発動させた対象を地球の引力から解放する。

それは機動力の信望者であり、『爆破』の個性を推力に変えて飛ぶ爆豪勝己にとっては最適の速度強化(バフ)であった。

 

「チッ……」

 

思わず舌打ちする。

爽快感の一方で、彼の内側の冷静な部分では別の評価が計算されていた。

 

(……クソ、デクが言いてぇこと分かっちまった。俺はロケットにはなれねぇ)

 

その爆速飛行は、未体験の軽快さではあったが、先ほどオールマイトが見せたものに比べればどこか見劣りするものがあった。

 

(オールマイトと同じように、巡航できなくても『初速』でカバーできると思っていた……だが、重力を抜いても質量に慣性、空気抵抗。その中で俺が出せる速度は、この辺りまでか……)

 

空中で、それを思考する余裕は一瞬しかなかった。

爆豪は考えを捨て、階段の上で(ヴィラン)を牽制している13号の頭上を通過しながら叫んだ。

 

「おい(じゅう)セン! ()()()()だ!」

「それ13号の『じゅう』ですよね!?」

 

 

──生徒の聞き捨てならない渾名(あだな)に13号は叫び返したが、通り過ぎた爆豪には聞こえなかった。

左手を振り返って見れば得心する。

 

イレイザーヘッド()()()ずた袋の男を最後尾に、生徒の集団が塊になって宙を舞い、倒壊ゾーンに向かって進んでいた。

 

「考えましたね。『無重力(ゼログラビティ)』に()()()()()退()ですか」

 

重厚なヘルメットの下で、13号は慎重に自らの『個性』を制御する。

階段を登ろうとした(ヴィラン)を転倒させ、階段の角に頭をぶつけて悲鳴をあげさせた。

 

個性『ブラックホール』は、運用を誤れば取り返しのつかないことが起きる、危険な個性だ。

13号はそれをヒーローとして、災害救助に運用することで多大な成果を上げている。

 

火の中、水の中、放射線の中を進めるこのスーツは防具としても極めて強固だが、実の所、その機能はほぼ全てが『ブラックホール』を確実に封印するための安全装置である。

 

さらに言えば、この施設、USJもそうなのだ。

(ヴィラン)の攻撃によって『倒壊ゾーン』の半分が吹き飛ばされたが、この施設全体を覆う、巨大なドームそのものはびくともしていない。

このドームは、13号の『ブラックホール』が暴走した場合に起こるであろう最悪の()()に備えた補強がなされているのだ。

 

(いずれ来るとは思っていました。なのにこうも遅れを取っている。まだ認識が甘かったんだ)

 

胸元にちくりと古傷の痛みが走った。

13号は昨年、「多古場火災事件」の救助活動にて(ヴィラン)と交戦し、胸に銃弾を受けていた。

幸い一命はとりとめ、内臓への損傷も軽微なものに留まったが、表面には大きめの傷が残った。

 

(僕も無意識で恐れがあったのでしょうか?)

 

あの日、撃たれて倒れる寸前の記憶を思い出しながら、13号は少し歯を食いしばった。

 

(やはり教職とはいえ、もっと現場に出とかないとダメですね。校長先生に相談しましょう)

 

自らの危険過ぎる『個性』との付き合い方に悩み続ける半生だった。

夢も、憧れもあったが、何より高価な『安全装置』を手に入れるため、ヒーローとしての栄達を目指した。

 

ずっと恐れていたものは、己の暴走になすすべもなく恐怖し、泣き叫ぶ自分の姿。

しかし、今は少しだけ違う結末と、それを迎える覚悟ができていた。

例え、そんな結末になったとしても、きっと自分は最期まで『ヒーロー』としていられるだろう。

13号は大きな傷と共に、その自信も手に入れていた。

 

「……先輩がそう動くならば、僕は援護をします!」

 

13号は迫る(ヴィラン)を次々と階段に(たた)きつけながら、重たいスーツを動かして、慎重に階段を降り始めた。

 

 

──爆豪に背中を(つか)まれ、運ばれているほうの生徒、轟が口を開いた。

 

「……お前が俺を運んでくれるとは思わなかった」

「下僕が言っとったわ。テメェ、No.2(エンデヴァー)の息子だな?」

「ああ」

 

爆豪はオールマイトが戦っている噴水のエリアに一度低空で侵入し、存在をアピールした後、大きく旋回している。

遠距離で使える『個性』を持つ(ヴィラン)達がこちらに向かって何かを撃ち始めた。

 

「運んでやるから()()()()()()!」

「後でな。この体勢だとお前を火傷させちまうから。悪い」

「チッ!!」

 

(ヴィラン)の射撃を回避するために一度上昇した後、爆豪は再加速して急降下を始めた。

 

「減速はねぇぞ! ()()の限界が来る前にあと二往復して戻る。タイミング逃したらブッ殺す!」

「任せろ」

 

轟が右腕から大量の氷を出現させた。

氷は腕から出てくる端から風圧で割れて分離していき、そのまま並んで地上に降り注いていく。

爆豪と轟はそのまま氷と共に噴水エリアに集まる(ヴィラン)の中に突入し、氷の爆撃による蹂躙(じゅうりん)が始まった。

 

 

──大量の、しかも両腕で抱えるようなサイズの氷の塊が無数に降り注ぎ、噴水エリアはものの数秒でその景観を変えてしまった。

 

「ギャアアアッ!」

「何だあいつら! マジで殺す気かよ!」

「この氷やべぇぞ! ()()()()()!」

「いてぇ、凍る、助けてぇ!」

 

(ヴィラン)達の阿鼻叫喚が飛び交っている。

その空襲は三度繰り返され、地上の(ヴィラン)達はなすすべもなくそれに晒された。

 

しかも降ってきた氷は凝固温度を大幅に下回る低温で出来ているらしい。

氷の直撃を受けた者も、壊れた噴水から溢れだす池の水も全て巻き込んで凍らせて、周囲の気温を下げていく。

 

やがてまだ無事な噴水が巻き上げる水飛沫すらも空中で凝固し始め、その場所だけ天候が雹の嵐(ヘイルストーム)と化した。

 

「寒っみいなクソが!」

「ああ、俺も寒い。やりすぎた」

「いちいちスカしてんじゃねぇ! お前ホント嫌いだわ!」

 

そのように掛け合いながら飛び去っていく二人を見送る、オールマイトはちょびっと震えていた。

 

「うーん、すごく良いんだけど、躊躇(ちゅうちょ)なく私を巻き込むなぁ……その信頼が怖い……」

 

彼も当然ながら(ヴィラン)達と共に爆撃を浴びていた。

危ないのはちゃんと避けたが、戦いながらそこそこ噴水の飛沫を浴びていた、その身体にはうっすら氷が張っていた。

いつもの全天候対応コスチュームを着ていないので、これがなかなか()みるのであった。

 

彼の前に立つ『脳無』と呼ばれる男も似た様な状況で、何なら氷の直撃を受けて片腕まで失っていたが、それはものの数秒で再生して見せていた。

 

オールマイトと脳無は再び不毛な交戦を再開した。

何らかの狙いがあって、自分が釘付けにされているのはわかっていたが、オールマイトの高度な戦闘感覚はこの脳無こそ、この場から外へ解き放ってはいけない存在なのだと確信していた。

 

打撃に耐える『個性』に、再生する『個性』まで()()()()()()()

自分を倒せるスペックが与えられた存在。

そして、その背後にいるのは『あの男』。

確定的だった。この襲撃は全て、自分がここにいる所為で起きている。

 

(私は、教師になるのを早まったかもしれん……)

 

生徒の命を危険に晒してしまっていた。

雄英高校からは全力のサポートを約束されていたが、それは初手で打ち破られたということになる。

だが、振り返るわけにもいかなかった。

 

より良い未来に向かっての、見込みのない賭け。

たとえ失敗に終わっても、全てを踏み(にじ)られるよりは、まだマシ。

平和な時代では忌避されるその無謀、その蛮勇は、彼以前の古い世代の感覚では当たり前だったから。

 

「我々以外、ほぼ全滅ですね」

「ああ、使えねぇ……でもこれ、流れ来てるわ」

 

黒い霧のような身体をした男に庇われながら、死柄木(しがらき)(とむら)が身体についた霜を払った。

その顔面に付けられた手のオブジェクトが彼の顔を隠している。

だがその隙間から見える目だけで、その感情は窺い知る事ができた。

 

そんな愉悦を目に浮かべて、死柄木弔はオールマイトを(あお)った。

 

「あーあ、なんか生徒も戻ってきちゃったなぁ? 骨折り損だなぁ、オールマイト」

「……私の世代では、ヒーローを志すだけでヤキを入れられるなんて当たり前だった」

「石器時代の話か?」

「周囲の視線を振り切って、前へ進むために必要な覚悟というのは変わらないさ、時代が変わってもな」

 

誰もが「個性を悪用しただけで」(ヴィラン)とされる世界である。

『個性』持ちが増えて、飽和へと近づく程に、その(ゆが)みは明確になっていった。

それに相対する存在である、この世界のヒーロー達は、それを志した瞬間から敵意に晒される存在なのだ。

 

脳無が振り回す拳を両腕を交差して受け止める。

ガードは余裕だったが、このパワーも、自分の本気のストレートくらいの威力はあるかもしれない。

それは、当たり所が悪ければ倒される可能性があるということだった。

 

オールマイトは死柄木弔に笑って見せた。

 

「HAHAHA! 彼らもまた、お前達を倒すヒーローだということさ!」

「あはは、無理だって。先月まで中学生だった子ども達だぜ?」

 

笑い返しながら死柄木弔が振り返った。

 

「おい、黒霧、ゲームクリアできるぞ。イレイザーヘッドと()()()()()

「死柄木弔、それではあなたが危険に」

「まごつくお前が一番うぜぇんだよ。イレギュラーは全部こっちに集めてお前はお前の仕事をしろ」

「……わかりました」

「心配するなら、()()()もこっちに寄越せ」

「しかし、アレは現段階ではさほど……捨て駒にするので?」

 

指の隙間から見える、その目が笑った。

 

「違うよ。俺は()()()には期待してるんだ」

 

それは黒霧にとっての創造主である、あの男を彷彿(ほうふつ)とさせるほどに、暗い笑いだった。

 

「この世には何者にもなれない奴らが溢れてる。その中でも()()()はとびきりなヤツさ」

「……」

 

黒霧は無言でその場から姿を消した。

その後、数秒もしないうちに何かがごとりと落ちてきた。

 

「!?」

 

オールマイトは脳無と殴り合いながら、横目で新たに現れたその物体を見てぎょっとした。

 

それは、無骨な金属製のリングを逆円錐状に並べたような構造をした、オールマイト自身、よく見慣れたものだった。

肋骨と背骨のように組み合わされたその構造のうち、背骨にあたる部分には、人体の『個性因子』の80%以上を抑制する特殊な磁場を発生させる装置が搭載されている。

肋骨の部分は、最大で身長15メートルの巨体にも対応できる可変型汎用拘束リング。

 

警察官のイメージを「怪獣捕獲係」から「(ヴィラン)受け取り係」に変えた、画期的な捕縛装置である。

それは悪趣味ながら、似たような形状をした拷問器具になぞらえて、移動式牢(メイデン)と呼ばれていた。

 

その移動式牢(メイデン)から見え隠れする、人間の後頭部を見た瞬間だった。

オールマイトの脳内に、幼い少女のような音色をした、抑揚の無い声が響き渡った。

 

『【危機感知】より警告。敵性体より既知の個性【筋肉増強】と【加速(オーバークロック)】を検知しました。ご注意ください』

 

 

04.USJ:VIVANT  

 

────────

 

相澤先生を拘束して、倒壊ゾーンへと向かった1年A組の一行はまもなくそこへ辿り着こうとしていた。

 

無理やり地面を()がされて作られたその道の状態は極めて劣悪だったが、『個性』の全力を出した飯田はそれをものともせず走破していた。

彼に引かれて進む後続は当然フリーパスである。

その集団の最後尾で、芦戸が麗日の背中をさすっていた。

 

「お茶子ちゃん、大丈夫?」

「げ、元気……イッパイ……ダゼ……」

「やばい、顔そっくり」

「顔真似とかしとらんわ……うっぷ」

 

麗日は気丈な笑顔でサムズアップしたが、その顔色は見るからに悪かった。

個性『無重力』は、発動対象の重量に比例して彼女の脳と内臓に微細なダメージが蓄積されていき、最終的に彼女は吐き気を催すことになる。

そしてその個性を麗日自身に適用したとき、三半規管へのダメージも加わってそのデメリットが最大となる。

 

「おい、俺にもインカムよこせ」

「せ、先生!?」

「ングゥッ!?」

 

相澤、この場ではヒーロー、イレイザーヘッドはすでに平常運転だった。

被せられたずた袋を取ることすらせず、目の部分だけ穴を開けて、目出し帽にしていた。

その姿は見事に麗日のドツボだった。

 

「あ、あの、先生、ずた袋はお取りしてもいいんですのよ?」

「俺は先生じゃありません、通りすがりのヒーロー、ずた袋ヘッドです」

「ムンッフォゥォェ!?」

 

麗日がものすごい顔で口を押さえながら上を向いた。

 

「ヒィッ、お茶子ちゃんが!?」

「吐き気と笑気(しょうき)でどえらいお顔になっておられますわーっ!」

「さすが先生、ピンポイントで弱点を突く……」

 

ぎろりと生徒達をにらむ、ずた袋ヘッドこと相澤。

その視線を浴びた生徒達はみんな申し訳なさそうな顔をした。

口を押さえて体を震わせている麗日を除いて。

 

その目は厳しかったが、彼はまだ『個性』を発動していなかった。

ここで彼が個性『抹消』を発動すれば、浮かされた生徒達全員が地面に転落するだろう。

 

「全く、何が余裕だ、自分を勘定に入れてなかったな?」

 

その物言いに、麗日は言葉を発することができなかったが、何かを訴えるようにイレイザーを指差しながらぶんぶんと首を振った。

 

ぽこ、と音を立てて、八百万の二の腕からふたつの機械が生み出された。

直径二センチにも満たないカナル型のイヤホンだった。

 

彼女の個性は『創造』である。

本人の脂肪からあらゆる物質を生産できる。

構造を把握してさえいれば、完成品の電子機械すら作り出すことができた。

その神懸かりな能力は、分子配列とその集合すら脳裏に描くことのできる、彼女の緻密精密極まりない頭脳に支えられている。

 

八百万はそれをふたつとも相澤に手渡した。

 

「もうひとつは予備で。だれが見つけるかわかりませんから。あとバッテリーも一時間しかもちませんわ」

「ありがとう」

 

相澤は早速そのインカムにスイッチを入れて、耳に取り付けた。

あまり細かい機能までは作れなかったのだろう。

チャンネルは固定で、小さな電子音の後ですぐに通話が可能となった。

 

『……ヒーローのひとりごと。俺が(ヴィラン)なら止まった瞬間を狙う。襲撃に備えろ』

「「「はい!」」」

 

その声を聞いた生徒達全員の顔が引き締まる。

それは暴走した生徒達の行動に対する、担任教師からの追認を意味していた。

 

『行動指針はシンプルに。麗日の個性を解除した後、全員全速で倒壊ゾーンに突入して散開。なるべく二人以上で組むこと。はぐれたら報告。柊と青山を救助後、さらに向こうの非常口から脱出する。その間、【個性】を使った交戦の判断を許す』

「「「はい!」」」

 

『あの小広場でやろう。爆豪も戻らせろ』

『もう来とるわ!』

 

飛び立つ前にインカムを渡されていたらしい、爆豪から通信が入った。

 

「お茶子さん、もう合流ですわ!」

「麗日、頑張れ!」

「むぐぐ……」

 

全員を牽引する飯田が指示に従い、少し方向を変えた。

その先には歩道の交差点を囲むようにして、円状に芝生の植えられた広場があった。

そこは主に救助訓練の避難所として使用されるスペースである。

 

(ヴィラン)共が待ち構えてんぞ!」

「あの建物の陰に一人見えた」

 

空から戻ってきた爆豪と轟が集団を追う位置で着地した。

それと同時に麗日が叫んだ。

 

「んぐっ! 解除します! 3、2、1、解除!!」

「「「うおっ!?」」」

 

麗日が両手の指先にある肉球を重ねると、浮いていた全員が重さを取り戻して落下した。

まだ飯田に引っ張られる慣性が残っていたため、身構えてはいたが、何人かは着地に失敗して芝生の上で転がった。

 

「テープは手でちぎれるから! 絡まったらオレが切るから言って!」

「急げ! 戦闘体制だ!」

 

すでに限界を大幅に超えていた麗日は着地後、その場で虹色を撒き散らかした。

 

「グエーッ!!」

「ああ、オトメの尊厳が……」

「麗日、あんた今最高にロックだよ……」

 

そんな麗日を芦戸と耳郎が介抱する。

 

『来るぞ。ヒーローとは先手を譲るのが常だ』

 

イレイザーヘッドが首に巻いた捕縛布を解いた。

それは布といっても金属繊維の入った特別製である。

手慣れた使い手が運用すれば、それは自在な形状で空間を飛び交う鉄の膜となり、たとえ攻撃的な『個性』が無くとも阿修羅の如き全方位格闘を実現する。

 

前方の『倒壊ゾーン』から何かがものすごい速さで飛来した。

イレイザーヘッドはそれを捕縛布で難なく弾き飛ばした。

 

(ヴィラン)による最初の一撃を凌げること。これがヒーローに求められる最低限の生存能力』

 

「俺に任せろっ!」

黒影(ダークシャドウ)!」

『アイヨォッ!』

 

イレイザーヘッドに並ぶ位置で、切島と常闇(とこやみ)が前に出てそれを受け止めた。

切島の身体に接触した飛翔体が派手な音を立てる。

 

黒影(ダークシャドウ)、飛んできたのは何だ?」

『石! ツンツン尖ッテル!』

「ふむ、(れき)を飛ばす『個性』、弾の成型が可能といったところか」

 

『いいぞ常闇。なぜヒーローは見通しの良い場所で目立とうとするのか。それは(ヴィラン)がどんな奴なのか、よく見える場所で見極めるためだ』

 

飛んでくる物体の数が増えたが、爆豪と轟も前衛に加わり、その後まで物が飛んでくることは無くなった。

 

『最初の一手を譲り、そこで相手の【個性】を可能な限り暴き出せ。暴けばヒーローの不利は全て帳消しだ。ただし、(ヴィラン)もアホじゃなければ想定してくる。決めつけも危険(リスク)だと心得ておけ』

 

攻撃が止んだ。弾切れか、(らち)が明かないと諦めたか。

何にせよ目的地への障害が無くなった。

 

『それでも、初手さえ防げば、よほどの相手じゃない限りその後はヒーローのターンだ』

「はいストーップ!」

 

進もうとした生徒達を、耳郎が両手を広げて止めた。

耳たぶが片方伸びて、地面に挿さっていた。

 

「今の(ヴィラン)、去り際にここら一帯何か埋めた! 範囲は25メートルくらい! 数いっぱい!」

 

『いいぞ、(わな)は常に警戒しろ。だが、今は双方にとって急場。それに時間を取られるも悪手。さあどうする?』

「しゃらくせぇわ!」

「舗装しちまえばいい」

 

爆豪がそこら一体の地面を『爆破』で掘り返し、轟はその上に氷の道を作り出した。

生徒達は氷の上を進んで『倒壊ゾーン』に突入した。

 

爆豪と轟の二人はそのまま先を進んでいき、姿が見えなくなった。

 

「どうやら撒菱(まきびし)だね。苦し紛れな感じがする」

「踏むと怪我するやつか。この先もバラバラ仕掛けてるかもな」

 

尾白と上鳴が氷の中をのぞき込んで(わな)の残骸を確認している。

相澤は後方からの全周警戒に徹した。生徒達の細かい行動のミスについては、全てが無事に終わった後でネチネチ言おうと心のメモに残して置くことにした。

 

『繰り返すが、最優先は救助対象二名の発見と救助だ。(ヴィラン)がさっきの奴だけというのはありえない。全員警戒しながら進め』

「「「はい!!」」」

 

「俺も先行くぜ! ど真ん中!」

「ゴーゴー! 背中は任せな!」

「俺も着いていくぞ。足元に不安は無いからな!」

 

切島が足を固めながら先頭を走り、その後ろに芦戸と飯田が続いた。

 

「俺、建物の上から見てくるぜ!」

「瀬呂ちゃん、私も行くわ」

「援護する」

 

瀬呂と蛙吹(あすい)がそれぞれの『個性』を活かして建物を垂直に登っていく

それに少し遅れて、黒影(ダークシャドウ)に運ばれる形で常闇が追従していった。

 

「俺も全力だ。三分以内に見つけちまおうぜ!」

 

砂藤が携帯していた小瓶の蓋を開けて、中のシロップを口に含み、筋肉を(みなぎ)らせた。

 

「A組目立たない連合の初陣だね」

(コクコク!)

「おーっ!」

 

砂藤を先頭にして、尾白、口田、葉隠(はがくれ)のグループが別方向を進んでいった。

 

残った生徒達の中で、ひときわ背の高い障子は、さらに『触腕』を高くうえへと伸ばしてその先端に大きな耳を生やし、レーダーのように動かして周囲を探っている。

 

「なあ、もうひとグループ作って別れるか?」

「いや、上鳴、お前が抜けると手薄になる。残りは全員で動こう」

「まだ麗日がグロッキーだしな。オイラも護衛に回るぜ!」

 

それを聞いた麗日が悔しそうに言った。

 

「私はほっといてええよ……」

「そうはいきませんわ」

「飯田が先行っちゃったし、今日はウチらが司令塔だね……あっ!」

 

何か音を拾ったらしい耳郎が無線に向かって叫んだ。

 

『砂藤くん! その辺にアイツいる! 今、地面の石か何かを動かした!』

『サンキュー見つけた! 俺が制圧してやる!』

 

続いて障子がぼそりと言った。

 

『瀬呂、その上の階から呼吸音。二人だ』

『リョーカイ』

『常闇だ。瀬呂、反対側にいる。敵影1、赤い服』

『壁に張り付いて、カメレオンみたいに隠れている人がいるわ』

『じゃ俺と常闇が見てるの一緒だな。まずそいつ押さえ……バレた! ゴーゴー!』

 

瀬呂は発信をオンにしたまま動き始めてしまい、しばらくノイズだらけの物音が続く。

耳郎が思わずといった動きで頭を()きむしった。

 

「あー、これ待つしかないの? めっちゃ緊張するんだけど!」

「落ち着け。聞こえている限りでは順調だ」

「落ち着かないよぉ! 私、後方向いてないのかなぁ!?」

 

そのままもう十秒程待つと、瀬呂の声が聞こえた。

 

『わりぃ、音声入れたまんまだった。(ヴィラン)二名とも捕獲』

『大した抵抗は無かった』

『さっきのアレで閉じ込められちゃってたみたいね』

 

『こちら尾白、(ヴィラン)捕まえたよ。砂藤君がすぐ制圧したけど、負傷した』

『消毒液と包帯、ガーゼを用意いたします!』

『俺はまあ大丈夫。それより今、こいつ尋問してるんだけどよぉ……』

『何か手掛かりがありましたか?』

 

八百万が腕から医療品を創造しながら、心配そうに言った。

尾白と砂藤からのに声は少し困った調子が含まれていた。

 

『まあ、聞いてくれる? おい、もう一回話せ』

『と、投降する……助けてくれ。みんなやられちまったんだ、あのバケモノに……助けて……』

『何聞いてもこればっかなんだ。これって俺らのやり方が悪いの?』

 

(ヴィラン)に話させている途中で、飯田から割り込む音が入った。

 

『こちら飯田。皆、こちらに集まれないか? 中央の壊れたモニュメントの辺りだ。そこで痕跡を見つけた。轟君とも合流した』

『ああ。多分、ここはもう探さなくていい』

 

飯田と轟の報告を聞いた生徒達が、相澤の方を見た。

生徒が独自に動き始めてから、彼はずっと無言でその様子を見ていた。

その視線を受け止めて、ゆっくりとうなずいた後、無線を発信した。

 

『相澤だ。全員、飯田達の所に集合。拘束した(ヴィラン)は置いていけ』

『瀬呂チーム、了解っす』

『砂藤チーム了解!』

『こっちはかなり足場が悪いから気をつけてくれ』

 

 

──その場所に向かうと、芦戸が座り込み、大粒の涙をこぼして泣いていた。

 

「うわぁぁぁん!」

「二人は?」

「まだ見つかっていませんが、これを……」

 

そこは、青山達を吹き飛ばした、あの(ヴィラン)の攻撃に晒された場所だった。

めくりあげられたアスファルトや土塊が周辺に散乱し、人の大きさをゆうに超えるような塊もあって、歩くのも容易ではない有様となっていた。

 

その一角、飯田が指差した先に、元は綺麗な四角錐状の石柱だったのであろう、モニュメントの残骸が横たわっている。

そして、そのモニュメントのまだ綺麗な一面に、焦げたような黒い字で書かれたアルファベットの羅列と、黒い鎖の束が残されていた。

体調をそれなりに回復させたらしい麗日が鎖の方を指差した。

 

「あの鎖、うてなちゃんのだよ! 戦闘訓練で使ってた!」

「うむ。爆豪君を縛り上げてたアレだ」

「あのクソ女、悪趣味なモン目印にしやがって……!」

 

爆豪が手から小規模な爆発を起こしながら、苛々と小石を蹴り飛ばしている。

 

「上の文字は……なんて書いてあるのこれ?」

 

上鳴が首を傾げながらその文字を見ている。

その文字はふたつの単語を形取っていた。

文字の左には矢印の記号が刻まれており、ドームの非常出口がある方向を差している。

 

相澤はそれを見て、一度大きく息を吐いた後、頭に被っていたずた袋を取って、その場に落とした。

額に上げていたゴーグルの位置を直しながら飯田に声を掛ける。

 

「飯田、周りのコレはお前達がやったのか?」

「いえ、俺達がここへ来たときにはもう……」

 

周辺には、(ヴィラン)と思われる男女が十数名、倒れ伏していた。

息はあるが、明らかに骨折している者が見られ、相澤の見立てでは全員、身動きが取れないレベルの重傷だった。

 

「爆豪、非常口の方は見てきたか?」

「オウ。扉が半空きになっとった。誰か通ったのかもしれねぇけど、あの辺には誰もいなかったぜ」

 

爆豪が親指で非常口の方を指差しながら言った。

 

「あの二人、この(ヴィラン)共を倒して、非常口から脱出した、と考えていいのか……? たった数分で?」

「アイツらが暴れたに決まっとるわ」

 

爆豪はそう毒突いたが、相澤は半信半疑だった。

飯田も首を横に振って、相澤の方に同調しつつも補足した。

 

「わかりませんが、あの文字は青山君が『レーザー』で印字したのではないでしょうか?」

「だろうな……芦戸、これで納得したか?」

 

大泣きする芦戸は、相澤の質問には答えられなかった。

 

「うわぁぁん! よかったよぉーっ!」

「おい、芦戸、まだ見つかってねぇんだぞ?」

「切島のバカ! 大丈夫だもん! そうに決まってるもん! うぁぁぁん!」

 

「よし、今度こそ避難するぞ。いいな?」

「「「はい」」」

 

嗚咽(おえつ)混じりの芦戸も含めて、生徒全員が返事をした。

 

『← DEUX VIVANT(二名生存)

 

モニュメントにはそう刻まれていた。

 

 

 

05.マジアハイデ:オリジン  

 

────────

 

マジアハイデは悪の組織エノルミータに改造された、悪の魔法少女である。

 

入学式の帰り道、青山優雅はエノルミータに拉致され、マジアベーゼの勧誘を断り、彼女との戦いに敗北し、身体を改造された。

 

()()が気づいたときにはすでにその肉体は女性のそれに作り変えられていた。

その時に、彼女の改造を担当した異形、ヴェナリータから、その身体に何が起こったかと、組織の成り立ちと今後の計画まで聞かされていた。

すでに彼女もそれに参加することが確定しているかような口ぶりだった。

 

マジアハイデの身体には『個性』が宿されているへその周りにジャノメエリカの使い魔が寄生しているという。

それは自身から光を(あふ)れさせ続ける破壊的な個性、『ネビルレーザー』の力を吸収しながら成長し続けている。

 

そのおかげなのか、サポートマシンの補助がないと全く制御が利かないはずの『ネビルレーザー』は、その暴走ぶりがかなり大人しくなっていた。

ベルトを外しても日常生活に支障が出ない程度には。

だからといって、彼女にとっての宝物であるそれを外すつもりは全くないのだが。

 

そこまでなら都合がいいだけなのだが、一方で、女性の身体に変化したことにより、諸々のとんでもないデメリットも発生させている。

彼女はその日、自宅に帰宅した際、それを思い知ることになる。

 

このへそに宿った『使い魔』が生育すると、自分はどうなってしまうのか?

この質問に対して、ヴェナリータは「本気でわからない。その前に計画が成就するといいな」と回答した。

なんでそんなに行き当たりばったりなんだと、彼女としては嘆く以外になかった。

 

結局、マジアハイデは家族の日常生活含めた安全保障と引き換えに、組織への貢献を誓うことにした。

彼女の立場では、それしか選択できるものが無かったとも言う。

 

ヴェナリータはその条件を快諾したが、この異形はだいぶ人使いか荒かった。

彼女は一通り『魔力』の手ほどきを受けた後、その日のうちに綾金市へと投入され、No.8ヒーロー(ナンバーエイト)、ヨロイムシャと交戦したのであった。

その際、戦闘のストレスに耐えられるよう、精神面に若干の強化が加えられたことに彼女は気がついていない。

 

 

──生徒達が行方不明の二人が残した痕跡を見つけた頃、青山優雅は『倒壊ゾーン』からかなり離れた位置にある木立の中で、その様子を窺っていた。

 

もともと、母親の手配によって十分なスキンケアがされていたその顔に、さらに艶かしい丸みが加わりつつあった。

そこには喜びの笑顔が溢れていた。

 

「ふふ……やっぱり救けに来てくれた☆ 書き置き、伝わってるといいけど……」

「あれ、後ろから見るとお尻で文字書いてるみたいでしたよ」

「くっ……スタイリッシュさが足りない! だからまだ披露したくなかったんだ」

 

()()の隣には柊うてなが座り込んでいた。

柊もまた、青山以上にとろけるようなご満悦の表情であった。

 

「で、どう動くの?」

「もちろんクラスのみんなを助けます、ですが……」

「なんで『変身』しちゃったんだろう?」

 

青山は自らの胸元を見下ろした。

彼女は鎧型のヒーローコスチュームから、黒い修道服の魔法少女コスチュームに姿を変えていた。

この姿の時の彼女は、悪の女幹部『マジアハイデ』である。

 

修道服、と呼べば聞こえが良いが、その全貌にはあるべき貞淑さのかけらも映されていなかった。

上半身はへそから生じる『個性』と『魔力』の利便性のために腹回りが完全に露出しており、腹回りの布を失って不安定になったその上部も、ほんのりと膨らみ、その先端を強く主張する胸部がちらちらと見え隠れしている。

 

下半身はじっと立っていれば普通のスカートに見えるが、実際は縦方向に腰まで、複数のスリットが入っており、彼女がすこし動くだけで足の付け根からその内側の暗がりまで晒しかねない勢いで露出する。

しかも彼女はこのコスチュームでいるときに下着を着用している様子が無かった。

 

つまりその手のイメージなプレイを楽しむクラブ系のお店でもめったに出てこないレベルの露出全開コスチュームであった。

 

マジアハイデこと青山は今、『変身』をしたつもりが無いのにいつの間にかそんな姿になっていた。

感情が昂り過ぎるとそうなることもある、とは聞いていたが、そのような状況ではなかったように思う。

 

USJのエントランスフロアにて、あの「腕」の(ヴィラン)による攻撃を受けた際、二人はそれぞれ『障壁』の魔法を使用してそれを防御した。

おそらくは『空気を押し出す』といったような個性と思われる、その攻撃によって二人はUSJのドームの壁まで吹き飛ばされてしまった。

 

そこまでは良かったが、飛ばされた先でいきなり多数の(ヴィラン)による襲撃を受けた。

『魔力』を行使してそれを迎撃していたら、いつのまにかこの姿になっていたという次第である。

 

隣にいる柊うてなもまた、悪の総帥『マジアベーゼ』に変身していた。

彼女もまたヒーローコスチュームに輪をかけて危険な露出度をした、悪の象徴的な卑猥な格好である。

 

「ねぇどうして?」

「あー、それはですね……」

「やあベーゼ、ハイデ、やっぱりもう()()()()()変身したね?」

 

説明しようとしたマジアベーゼの声に割り込む声があった。

それはどこからともなく姿を表した異形、ヴェナリータだった。

マジアベーゼはその異形に対して、挑発するような笑みを向けた。

 

「おやおやヴェナさん、随分慌てていらっしゃいましたねぇ?」

「今は腹の探り合いはなしにしようよ。ボク、とても興奮してるんだ」

 

とてもそうは見えない無表情で、ヴェナリータは両手の袖をぶんぶんと振り回した。

 

「計器見て驚いたよ。まるで歩く『魔力溜まり』じゃないか。あれは絶対にこちらの『魔力』で刺激しちゃダメだよ。暴発したらみんな死んじゃうよ。『支配』なんてもっての他だよ」

 

さも嬉しいというアピールをしているが、その異形の言うことはかなり物騒だった。

 

「やはり……手を出さないで正解でしたね」

「暴発って……『魔力』界隈は理解不能☆」

「あれの利用方法はこれから検討するけど、あれは僕らの計画の『マスターピース』になるかもしれない。慎重な扱いをお願いするよ」

「はい……」

 

返事をしながら座っていたマジアベーゼが立ち上がった。

その手がマジアハイデの肩に添えられた。

 

「というわけです、マジアハイデ。あの首謀者の(ヴィラン)……お手手のアクセサリーをたくさん付けたほうですね。あれへの直接攻撃は禁止ということで」

「わかった」

 

マジアハイデはマジアベーゼの方を見ずに答えた。

 

「さらに言いますと、わたしの支配の鞭(フルスタ・ドミネイト)とあなたの選別の剣(ネビルケイン)もお預けになります。あれは発動すると無差別に魔力を浸透させる機能がありますので」

「うん。まあ、大した問題じゃないかな」

 

マジアハイデは自らの『個性』とは別に与えられた魔法の武器、ネビルケインについては、よほどの状況でもない限り使用するつもりが無かった。

理由はあれをヘソから取り出す際、毎度ものすごい絵面を晒すことになるからである。

 

「これからやるのは(ヴィラン)の掃討ってことでいいかな?」

「ええ。とはいえ、ちょっと(ヴィラン)の数が多過ぎませんかね……?」

 

マジアベーゼは周囲を見回し、首を傾げながらぼやいた。

彼女が使用しているのは『探知』の魔法。

技量による個人差はあるが、自身の『魔力』を薄く広域に展開しておおよそレーダーのように周囲の人物を探知する能力である。

大規模な魔力展開を得意とする彼女は『探知』の範囲も極めて広域だった。

 

「この人達、なんでこんなに散らばっているんでしょうか? ヴェナリータさん、ロートスはいますか?」

「転移の範囲外。今日はカイナと東京にいるそうだよ」

「ではブルーローズを」

「ちょうどさっきヒーローと交戦始めたっぽい。あのバイトの子も一緒」

「ああもう、相変わらず手が足りないなぁ!」

「もっと増やしたいよね、じゃ、ボク、ナハトベースに戻るから。また後でね」

「ヴェナさんでもいいから手伝ってくださいよ!」

ヒーロー殺し(ステイン)でもよければ放り込むけど?」

「それはいらないです」

 

(聞きたくも無い人名がまた出てきた……)

 

マジアハイデは頭を抱えたくなった。

自分が悪の組織に身を置いていると思い知らされる。

そのまま『転移』していったヴェナリータを見送った後、マジアベーゼは少し考えてから行動を始めた。

 

「仕方ない、あまり気は進みませんが……」

 

マジアベーゼがふっと手を降ると、3匹の羽虫がぽたりと地面に落下した。

羽虫は徐々に大きくなり、手のひらサイズの羽が生えた少女のような姿に変わった。

 

『人間以外の賢そうな動物を探して。見つけたら呼んでください』

 

3匹の羽虫は立ち上がるとマジアベーゼに向かって敬礼した後、ばらばらに飛んでいった。

 

「すごいね。虫や動物も使い魔にできるんだ?」

「自前のエネルギーがありますので、非生物よりはるかに少ない『魔力』で操れますが……」

「問題がある?」

「はい。非生物より(もろ)い所があるのと、わたしの趣向を積極的に叶えようとするので……命令がないと(ヴィラン)よりヒーローを優先的に襲います。もちろんヒーローを書類上の資格で判断しているわけではありません」

 

マジアハイデは頭を抱えた。

使い魔達が見ているのは主と同じで、為人(ひととなり)

つまりクラスメイト達も確実に襲われるということを意味していた。

 

「あの……僕が頑張るから、使うのやめとかない?」

「あ、見つけたようです。早かったですね……」

「止めるのが遅かった……」

 

マジアハイデは悪の組織エノルミータに改造された、悪の魔法少女である。

 

かつては家族の安全を守るために、悪の言いなりになって雄英高校に合格した男。

今は家族の安全を守るために、悪の組織に忠誠を誓った女。

 

彼女は今回の寝返りをするにあたって、ひとつだけ心に決めたことがあった。

 

『これ以上はもう裏切らない。その上で僕は僕なりのヒーローを貫く』

 

つまりは、エノルミータの一員としての立ち位置を、最後まで全うしようという決心だった。

それでいてヒーローと共に歩もうという(ゆが)んだ立ち回りだった。

家族を守るためとはいえ、ころころと立ち位置を変えてしまった彼女の矜持(きょうじ)はすでに擦り切れていた。

 

もはや、これ以上惨めにはなりたくない。

それでも、絶望するよりは何か希望めいたものに向かって進んでいきたい。

だから、この場所からのできる限りで、愛する人たちの、頼れる人達の支えになっていこうと誓っていた。

 

例えそれが、いずれクラスメイト達を深く傷つける結果になろうとも──。

 

「え、水の中にいる? うーん、いけるのかなぁー?」

「ねぇ、それ、やっぱりやめとかない?」

 

マジアハイデはとても嫌な予感がして再度止めに入ったが、マジアベーゼの方はすでにだいぶ乗り気になっていた。

 






【あとがき】  トップにもどる

※次回、筋肉祭り開催!
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