デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

36 / 55

おそくなりました。ごめんなさい! この遅れは頑張って取り戻します!

(2024.01.28 追記) 1の終盤において、イレイザーヘッドの個性に解釈誤りがあり、マスキュラーの交戦内容を修正しました。そのため行が少しズレてしまっております。

【もくじ】
01.USJ:危機感知
02.USJ:水の底から
03.田等院:来ちゃった
04.USJ:筋肉三重奏(前)

※1,2,4に流血シーン、グロテスクな描写があります
※3はTSF要素があります



(5)水の底から

 

01.USJ:危機感知  

 

────────

 

個性(ちから)を譲渡する個性(ちから)。それが私の受け継いだ【個性】』

 

『冠された名は、ワン・フォー・オール』

 

オールマイトは四十年程前に、その『個性』について聞かされたときの事を思い出していた。

 

『そう。一人が力を培い、その力を一人へ渡し、また培い、次へ。そうして救いを求める声と義勇の心が紡いできた、力の結晶』

 

かつてそう語った師匠、志村(しむら)菜奈(なな)の姿と、声を思い出す。

 

『お前もまた、そいつを限界の少し先まで運ぶんだ。そして願わくば、次に(つな)いで欲しい』

 

オールマイトは彼女からその『個性』を継承した。

継承した力の結晶を、そのまま自らの武力に換えて振るい続けてきた。培ってきたつもりだった。

だが、受け継いだ個性『ワン・フォー・オール』はその四十年間で何かが変わったらしい。

 

「お前が完成させた」と彼女は言った。

 

内面における、先代、志村菜奈との再会。

そして先代の個性『浮遊』の発現。

 

だが、オールマイトとしては、まだ半信半疑だった。

あるいは、『無個性』である自分の代だけ生じたイレギュラーなのかもしれないと。

師匠のあの声もまた、自らの願望が生み出した夢想なのではないかと。

 

しかし今、その『個性』によって、彼の疑念は打ち崩されることになった。

受け継がれていたのは『力』だけではなく、『個性』だけでもなく。

その根底にあった、継承者達の想いもまた、時を超えて受け継がれているのだと。

 

『独立型戦闘支援【個性】、危機感知バージョン1.1です。操作説明を行いますか?』

『説明をお願いしていいかな? バージョン1.1って何?』

 

オールマイトは脳内で謎の声にツッコミを入れながら、現実の上では(ヴィラン)と殴り合いを続けていた。

正味数分に渡る有酸素運動の真っ最中である。

 

授業中のUSJにて(ヴィラン)達の大規模な襲撃を受けた。

それに鉢合わせの形で間に合った彼、オールマイトはそのまま(ヴィラン)との交戦を開始した。

 

一時は、宿敵との再会で我を忘れかけたが、今は冷静さを取り戻していた。

先日数十年ぶりの和解をした、ヒーロー公安委員会からその生存情報を知らされて、心の準備が出来ていなければ、全てをかなぐり捨てて飛び込んでしまっていただろう。

 

現在は「脳無」と呼ばれる(ヴィラン)との殴り合いを続けている。

それは彼にとっては不毛な膠着(こうちゃく)状態だった。

 

『浮遊』が発動さえすれば、すぐに方を付けられる状況だった。

この能力を駆使することで、彼は再び全盛期の速度を発揮できるのだ。

なのに、今朝までは使用できていた『浮遊』がなぜか今は発動しない。

一体、自分の身に何が起こっているのか。

 

自身を倒し得る剛力を振るう危険な(ヴィラン)を前に、まだ使()()()()()()()()()()オールマイトは慎重になり過ぎていた。

思考に割り込むように響く、その声に耳を傾ける。

 

『本個性は以前、マスター:オールマイトの体内に侵入した個性因子、【寄生分体(パラサイト):ドミネイテッド】の残留破片を【危機感知】に取り込むことで構築されました』

『いきなり爆弾発言から入らないでもらえる!?』

 

オールマイトはその説明を咀嚼(そしゃく)し切れず、吐血しそうになった。

 

その声は生徒達よりも五歳くらい幼い、少女の声をしていた。

声はあまりにも抑揚が無く、聞き流さないようにするには集中を必要とした。

 

『その件についてサブマスター:5th(フィフス)よりメッセージを受信』

『そんな事出来るの!?』

 

その声は声色も変えず棒読みで読み上げた。

 

【すまん八代目。四代目は止められなかった。あの人、人生の半分仙人暮らしをしてたから頭おかしいんだ】

 

『いや、そう言われましても……』

4th(フォース)5th(フィフス)が交戦を開始』

『喧嘩はやめてとお伝えして!?』

『送信中』

『なんだこれ……』

 

とりあえず、自分の中に、否応なしに好き勝手をやらかす先代の意思が在ることだけはわかった。

脳無が急激に距離を詰め、左右の腕を交互に振り回す、連続フックを仕掛けてきた。

 

この(ヴィラン)は終始無言で、動きも大雑把だ。

だが、知性理性を完全に喪失しているとは言い切れなかった。

オールマイトから見ると、少なくとも戦いの機微のようなものは解しているように見えるのだ。

だからこそこうしてわずかな隙を見つけては追い込み(ラッシュ)を仕掛けてくる。

 

この脳無とやらは、まだ何か隠されたものがあるのか。

それとも名前の通り、本当に野生の本能的なものしか無いのか。

その不可解さがオールマイトに思い切った行動をさせないでいた。

 

「いいぞ脳無、そのまま押さえてろ」

 

全身に人間の手を模したオブジェクトを装着した男が言った。

その男、死柄木(しがらき)(とむら)は横に転がされたままの移動式牢(メイデン)に歩いていく。

 

オールマイトの直感は、その阻止が最適行動だと察していた。

しかし一方で、『浮遊』の問題を解決するのが手っ取り早いとも考えていた。

「万が一」が怖くて踏み切れないならば、それが起きてもどうにかできるだけのパワーとスピードを出せばいいのだ。

それが長年『平和の象徴』を続けてきた男の問題解決術(ソリューション)であった。控えめに言って脳筋である。

そのため、オールマイトは脳内の『個性』との会話を優先した。

 

『つまり君はなんというか、【危機感知】の一部なんだな?』

 

脳内の会話に無礼もなにも無いとは思うが、それでも少女の声に向かって「合体」みたいな文言を使うのはちょっと躊躇(ためら)ってしまった。

 

『肯定。【寄生分体(パラサイト)】は本来、対象を掌握した後、前マスター:マジアベーゼの命令に従う受信機の機能を果たす予定でした』

『あの子、とんでもないことしようとしてやがった!』

 

オールマイトは一年前に出会った、不気味な少女(ヴィラン)の笑顔を思い出した。

あの僅かな攻防で王手をかけられていたことに戦慄する。

 

『【危機感知】はそれを取り込むことで、七名のサブマスターの意向を伝える【内からの受信機】に変えました。現在、当機能は【危機感知】の拡張であり、よってバージョン1.1なのです』

『さっき個性を見切ったみたいに、言葉で先代の知恵を借りられるってことでいいな?』

『肯定』

『チャットAIみたいなもんだな!』

『一緒にしないでください』

 

オールマイトは(ほお)にぴりっと何かを感じた気がして、首をいつもより大きく捻った。

そこを脳無のフィニッシュブローじみた右ストレートが風切り音をたてて通過した。

普段の動きであったならば(ほお)の皮がベロンと()がれていたかもしれない。

 

『なお【危機感知】本来の機能も据え置きです。マスターへの敵意や害意、その発生源と向き先を知覚できます』

『そっちはさっきからビリビリきてるぜ!』

『知覚範囲は半径百マイル。メートル法では百六十一キロメートルです』

『広過ぎないかそれ!?』

『距離と方角も知覚しています。ご自身でフィルタリングしてください』

『できるか!』

『可能です。慣れるまでは支援します』

 

十秒近く続けたラッシュが不発と判断したのか、脳無は連続攻撃をやめてストレートパンチ中心の当たれば必殺なスタイルに戻してきた。

オールマイトはようやく本題に入った。

 

『【浮遊】が使えないのはなぜだ?』

『現在、7th(セブンス)と通信不能になっています』

『何があった!?』

『原因不明。この建物に侵入後、37秒後に途絶しました』

『ジャミングとやらの影響か?』

『可能性としては肯定。正解率10パーセント未満』

『お師匠は無事なのか?』

『アクセス不能。存在は確認。この異常を検知した4th(フォース)が緊急事態と判断し、本機能の強制ロードを行いました』

『くっ……』

『サブマスター複数名による強制アクセスを検知。エンティティ:浮遊を表層域より強制アンロード。テンポラリ:ランナー二塁で守備交代、つまり二点ビハインド阻止をスイッチシーケンスでファストロード』

『何言ってるか全然わからん!』

『語彙のギャップについては後ほど調整を』

『よろしく頼むぜ我が【個性】よ!』

 

オールマイトは自分の中で起きた出来事をおおよそ把握し、方針を切り替えることにした。

 

『答え合わせだ。目の前のこいつ、【衝撃()()】で合ってるよな?』

『正解率99パーセント。自身の末端による衝撃も()()し、打撃の威力が落ちています』

『やっぱりな!』

 

とにかく目の前の問題から順番にやっつけてしまおうと。

 

 

──死柄木弔から見ても、オールマイトの動きが変わった。

 

様子見のジャブから、本格的な殴り合いへ。

その余波で無事だった噴水まで残らず破壊され、水飛沫と石造りの床の破片が飛んでくる。

 

「対、平和の象徴、改人、脳無……はぁ、キャッチフレーズは良いんだけどなぁ」

 

死柄木弔は脳無の『個性』について、早くもネタが割れつつあると察した。

あれはオールマイトを殺せる。だが実際のところ、そのスペックがあるというだけなのだ。

それなりの賢さ、それなりの機転、だがそれはしょせん試作品のレベルである。

 

『個性は開示して自慢してやればいい。どうせすぐに看破されるからな。あいつのカンの良さは天然だよ』

 

(そう言っていた「先生」の方が正しかったわけだ)

 

思い出して(しゃく)な気分になった。

彼としてはそれがバレる前に押し切るつもりだったのだが、その「先生」に横入りをされたうえに、オールマイト以外の教師に、さらには生徒にまで邪魔された。

むしろこれまでのオールマイトの方が大人しかったと言える位だ。

 

「なーんか、うまくいかないなぁ……」

 

死柄木弔は足元の移動式牢(メイデン)を自らの『個性』で破壊した。

通常の手順で解放するための解除コードは聞かされていたが、忘れてしまっていた。

ぼろぼろと炭のようになって崩れ、破断していく金属製のリング。

やがて支持を失った中身がこぼれ落ち、音を立てて地面と接触した。

 

「痛て」

「起きろ。寝てんじゃねぇよ」

「ふぁーあ、おお(さみ)ぃ」

 

これ見よがしに大きなあくびをして見せてから、それは上半身を起こして胡座を描いた。

身長2メートルはある、巨躯(きょく)の男だった。

 

「ははっ、いきなり拘束して、そのまま(くつろ)いでろと言ったクセによォ。アンタ忙しいんだな」

「予定が()()になったのはオマエのせいだよ。そもそも二年前にスカウトする予定だった」

「へェー?」

 

死柄木弔はゆっくりと、それの背後に回りながら言った。

 

「なのにあっさり捕まった挙句、律儀に服役までしやがって。なんなんだオマエ」

「……俺ァ人のやりてェ事を()()()してんだよ。社会のルールも含めてな。ただ、すぐかち合うからめったに()()()()()()()だけさ」

(ヴィラン)の風上にも置けない奴め」

 

それは左目を失っていた。

返事はしても、右目だけの視線は目の前の派手な戦闘に釘付けとなっている。

背後からその肩に手を掛け、死柄木弔はささやくように言った。

 

今筋(いますじ)強斗(ごうと)。お前は『先生』に望み、『先生』はそれに応えたはずだ。その代価を払って貰うぞ。そうすれば後は自由だ」

「『マスキュラー』と呼びな、お坊ちゃん」

「お前が改めたら考えてやるよ」

 

マスキュラーと名乗った男は鼻を鳴らした。

その視線が死柄木弔に向けられることはなく、オールマイトを見続けていた。

歯を()み合わせながら唇を向き、圧のある笑顔になっていく。

 

「仕事ってまさか、アレとやり合うことか? 代価というよりご褒美なんだが?」

「そういうキャラじゃねぇだろ……ま、自信があるのはいいことだ」

 

死柄木弔は首を傾げながらオールマイトを指差した。

 

「仕事は単純、ヒーローを殺せ。もちろんオールマイト(アレ)も含めて、手当たり次第だ。できるなら、好きに甚振ればいい」

「はっははァッ! やっぱりご馳走じゃねぇか!」

 

マスキュラーはがばり、と大袈裟な仕草で立ち上がった。

「あ、そうだ」と死柄木弔はその背中に向けて付け加える。

 

「もうすぐ黒霧が厄介なヒーローを送ってくるから、そいつから仕留めるのをお勧めするよ」

「いいぜ、ウォームアップは必要だ」

「オマエにやった、その『個性』はさ」

「あァ?」

「何者にもなれなかった男の最後の意地、なんだとよ」

 

死柄木弔は首筋を雑に()きむしりながらつぶやいた。

 

「先生が言ってたのさ。己の無念を何者かに受け継いで、果たして貰うために、消滅する寸前に()()()()()()のだと」

「ああん? 個性(コレ)、こっちからお返しできたりすンのか?」

「あははっ……俺もそう思ったよ」

 

マスキュラーの適当な相槌に、死柄木弔は喉を震わせた。

 

「先生は自己本位に考え過ぎなんだ。自分が世界の救世主みたいなもんだと本気で思い込んでいるんだ」

「あんな個性(ちから)があれば仕方ねェさ」

「本当に無念だったなら、ずっと抱え込んだまま無様に消えちまうはずさ」

 

どこか遠くを見つめるように、顔を上げた。

 

「そいつはきっと、何か『納得』したんだ。それで気が緩んで取り返されたんだ」

 

そして、首筋を()きながら、マスキュラーの方を向く。

 

「マスキュラー、オマエもそうなれるといいな?」

「はぁ? なんだそれ」

「楽しめってことさ」

「分かりやすく言えよ」

 

そこに、突然降って湧いたように、イレイザーヘッドがその場に現れたことで二人の会話は終わった。

 

 

──イレイザーヘッドこと相澤(あいざわ)消太(しょうた)にとって、その日三度目の失態だった。

 

一度目は(ヴィラン)の攻撃を許し、生徒二人をそれに晒してしまったこと。

二度目は避難時に生徒達を統率し切れず、行動を許してしまったこと。

そして三度目。生徒達を置いて自分だけワープさせられてしまった。

 

『ワープゲート』の個性を持つ(ヴィラン)の動きには注意を払っていた。

 

あの男はおそらく、視界の中にあるものを別の座標へ「送り出す」ことは得意だが、見えないものを手元に「引き寄せる」ことは苦手としている。

それが可能ならば、こんな襲撃という手段を採らなくても、相手を好きなだけ拉致して仕留めることができるはずだからだ。

 

相澤の推測は当たっていたが、甘く見積もっていたのはワープする先、その座標の正確性だった。

対象の座標を測れる情報源さえあれば、身体をワープゲートに変えた自分自身を対象に重なる座標へと送り出し、それと位置を入れ替えることができる。

そんな裏技ができるとは思っていなかった。

 

(それができるのなら、なぜ奴らは闇討ちにしなかった?)

 

視界の端で、吐く息が微かに白くなるのが見えた。

その白さと、黒い霧のようなゲートを潜らされたときに感じた、妙に懐かしい匂いに、なぜかかつて失った友人の面影を思い出してしまった。

 

そして今、明確な悪意を以って、それがまた再現されようとしている。

一刻も早くこの状況を片付けなければならなかった。

 

(とどろき)爆豪(ばくごう)が派手に壊した噴水エリアはひどく冷え込んでいる。

その向こうで、二人いる(ヴィラン)のうち、背の高いほうがゆらりとこちらを向いたのが見えた。

 

(理由、実力の問題。あの『ワープゲート』が居ないとオールマイトを倒せない)

 

背の高い(ヴィラン)が笑いながら相澤に向かって駆け出した。

その戦意溢れる表情を認め、相澤も捕縛布を緩めて応戦の構えを取る。

 

(理由、目的の欺瞞(ぎまん)。襲撃で損害を与えることが主目的で、オールマイトの殺害は副次目標)

 

後者の可能性が高いと判断した相澤は、インカムのスイッチを入れた。

(ヴィラン)の全身から何か赤いものが飛び出そうとしたが、相澤の個性『抹消』が発動すると、それは引っ込んだ。

(ヴィラン)の表情が変わる。だがその男は足を止めなかった。

 

「全員、聞こえるか」

 

相澤は無線に向かって声をかけながら捕縛布を伸ばした。

金属繊維の混ざった強固な布地が刃のような鋭さで(ヴィラン)を捕らえようと動く。

そうして捕縛布を巻きつけ、『個性』を封じ込めたまま拘束しようとしたが、(かわ)された。

その男は2メートルの体格に似合わない機敏さと、顔面に似合わない巧みさがあった。

 

「連絡を取れ。自分の身を守れ」

 

何が楽しいのか、(ヴィラン)の男は獣じみた満面の笑顔だった。笑う男はフェイントを織り交ぜながら横に大きく動く。

ほんの一瞬、捕縛布が相澤の視界を遮り、(ヴィラン)の姿がその陰に隠れた。

視線を遮られても、イレイザーヘッドこと相澤の個性『抹消』は効果が保たれる。相澤がまばたきするまでの間、『抹消』を受けた相手は『個性』を発現できない。

だが、その(ヴィラン)は目敏く、その一瞬の隙を見つけて、一歩を踏み込んだ。

相澤の視界が開けた瞬間、(ヴィラン)は曲芸めいた低い姿勢で相澤の懐に入り込みつつあり、長い足がまっすぐ相澤の腹に突き込まれた。

 

「ぐっ!? 仲間を救け──」

 

強烈な蹴りにまばたきをしてしまった相澤は、そこから(ヴィラン)の男を視界に捉えることが出来なかった。

その男は彼の眼球運動よりも速く動いたのだ。

その目が追いつけない感覚を、圧倒的な速さを、相澤は過去に一度だけ経験していた。

その経験を無駄にせず、日々の訓練に落とし込んでいたことが彼のヒーロー生命を救う。

 

──速さで優越する者は、必ず相手の裏をかこうとする──

相澤はその状況に陥ったときは即座に右腕で右半身をガードすると決めていた。

 

「イレイザー!!」

 

遠くから、オールマイトの叫び声が聞こえた。

相澤に見えたのは突然目の前に現れた、視界を覆い尽くすような赤い肉の壁だけ。

右半身が何か巨大なものとぶつかったような衝撃と、右の前腕と上腕、両方が折れる音だけを残して相澤の意識は途絶えた。

 

 

 

 

02.USJ:水の底から  

 

────────

 

 

蛙吹(あすい)梅雨(つゆ)は空中に投げ出され、大きな音を立てて着水した。

 

(……海水だわ。嫌ね、髪がベトベトしちゃう)

 

彼女は冷静だった。というよりも、体質的な理由で水に入るととても落ち着く。

 

(そんなに苦しくない。水が循環しているのね)

 

彼女の個性は『(カエル)』で、肺呼吸に加えて皮膚呼吸を可能とする。

皮膚呼吸は酸素の豊富な地上では肺呼吸の半分、水中では酸素量次第だが平均で5パーセント程度の酸素を(まかな)う事ができた。

これに加えて、通常より酸素消費の少ない身体、さらには喉元に相当の体積の空気を圧縮して蓄積可能であり──仮に全てをなりふり構わず駆使すればだが──水陸対応型の異形としてはトップクラスの水中稼働能力を誇る。

 

ゆっくりと回転し、周囲を見回して様子を見る。

水中は静かで、動くのは水面に合わせて動く光だけ。

少しだけ息を吐くと、口から生まれた水泡が上に向かって昇っていった。

 

今のところここは安全だと判断し、彼女は怒りに(たかぶ)る気持ちを鎮めようとした──

 

 

──襲撃されたのは、先に攻撃を受け、行方不明になった二人の生徒を追って、非常口から外に出ようとしていたところだった。

 

『ご挨拶が遅れましたね。生徒の方々』

 

突然相澤先生がその場から消えた。

そして入れ替わるように黒い霧のような体をした(ヴィラン)が姿を現した。

 

『初めまして。我々は【(ヴィラン)連合】』

 

 

声に弾かれるように爆豪と飯田(いいだ)が、それを追って切島(きりしま)芦戸(あしど)も飛び出した。

それぞれの『個性』で(ヴィラン)を制圧しようとしたが、四人とも霧に身体が沈み、飲み込まれて姿を消してしまった。

 

『この度、ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせていただいたのは……』

 

びびっ、と瀬呂(せろ)の肘から二本のテープが飛び出し、金属を打つような音が鳴った。

テープの片方は外れたが、もう片方が(ヴィラン)の首元にある装甲のようなものに張り付いていた。

 

その現象を見て、この不定形な霧の向こうに本体が()()と察した、轟と障子(しょうじ)がそれぞれ捕らえようと動く。

しかしそのコンビネーションは失敗だった。

 

『ぐあっ!』

『障子! 悪い!』

 

轟の放った氷が霧の中で向きを変えて障子に浴びせられた。

障子が伸ばした四本の『触腕』も同じく霧のワープゲートに阻まれ、あらぬ方向を向いている。

 

『……良く動きますね』

 

障子の触腕がさらに伸びて、(ヴィラン)の本体を(つか)んだ。

さらに左右から、背後に回り込んだ砂藤(さとう)尾白(おじろ)がそれに飛びつき、身体を押し倒すことに成功した。

 

『やはり生徒といえど優秀な金の卵』

『うぐっ!』

 

血飛沫(ちしぶき)が舞う。

押し殺したような悲鳴と共に、障子が伸ばしていた触腕のひとつが切り落とされ、ごとりと音を立てて地面に横たわった。

 

『障子ィ!?』

 

それに動揺して、手を緩めてしまった砂藤が霧に飲まれた。

砂藤が消えたことで力負けしたのか、尾白も飲まれて消えてしまった。

 

『オールマイトもそうですが、生徒の皆様方もターゲットですので』

 

ゆらりと幽霊のように、うつ伏せに倒れていた(ヴィラン)が手も使わずに立ち上がる。

生徒達はそれに対して、ある者は身構え、ある者は立ち(すく)んでいた。

 

口田(こうだ)が先頭に立ち、両手を広げて立ち塞がった。

その後ろでは障子が出血する触腕を押さえて(うずくま)っている。

(ヴィラン)はそれらを意に介さず、ぶわりと体の霧を大きく広げた。

 

『私の役割はこちら。散らして、(なぶ)り、殺す』

 

 

──梅雨自身もその黒い霧に身体を(つか)まれ、ここまで飛ばされてしまった。

 

冷たい水の中で湧き上がるのは、自分への怒り。

 

(悔しいわ。また、動けなかった……相澤先生に言われてたのに……)

 

(おび)えたわけでもない、足が(すく)んだわけでもない。

ただ、彼女はどう動けばいいかを考える前に、その光景を観察してしまった。

 

『全員、聞こえるか。連絡を取れ。自分の身を守れ。仲間を救け──』

 

インカムから相澤先生の声がしたが、急に途切れた。

ほんの一分前はもう助かると思っていたのに、さらにひどい状況になっている。

 

五月雨(さみだれ)はずっと、これを心配してくれていたのね……)

 

瞳の奥で、弟の顔を思い出す。

雄英を受験すると伝えたとき、弟は賛成するでもなく、否定するでもなく、ただいつも心配そうにこちらを見ていた。

 

(わかってるつもりで、わかってなかったわ)

 

戦闘訓練の時もそうだった。

生まれて初めて、本物の害意や悪意を向けられて、恐怖よりも物珍しさのようなものを覚えてしまったのだった。

 

(私たち、ヒーローになる前だけど、もう『(ヴィラン)の敵』なのよね)

 

水面から差し込む光が薄れ、周りが少し暗くなった。

気が付けば、10メートル以上は潜っていた。

ここは随分と深い、と思いながら蛙吹は浮上しようと上を向く。

すると、少し遠くで、手足を動かしてもがいている小さな体が見えた。

 

峰田(みねた)ちゃんだわ)

 

それと同時に、耳に取り付けていたインカムから声がした。

 

『こちら飯田! 連絡が遅れてすまない。ワープ先で(ヴィラン)と交戦中! みんな無事か?』

『現在位置を言えやクソメガネ!』

『メガネを(おとし)めるな! 音がする、噴水が近い。左手に山と盛り土。右手に燃えている建物と船が見える』

『ド真ん中かよ!』

 

(このインカム、防水なのね。(もも)ちゃんすごいわ)

 

クラス委員長からの通信を皮切りに、クラスメイト達がそれぞれ通信を始めた。

蛙吹もそれに続こうと水面へ、まずは峰田に向かって泳ぐ速度を早める。

 

近づくと、峰田は水深3メートルの辺りで出鱈目(でたらめ)に水を()いていた。

急に水の中に放り込まれて驚いてしまったのだろう。

必死で上を目指そうとしているが、その体は回転しており、正しい方向がわからないようで上がったり下がったりしている。

 

『こちら尾白。えっと、なんか燃えてるビルの中にいるんだけど。近くに誰かいる?』

麗日(うららか)です……今、燃えてる倉庫の中に隠れてます。障子くんが、血は止まったけど、ぐったりしてる……』

『そのまま隠れていて! 俺が探すから!』

『砂藤だ! いま雑木林の中にいる。火災ゾーンの看板あった! 障子ヤバそうだから俺もそっち行くぜ!』

 

そのまま溺れそうな峰田に近寄って、両腕を広げて見せた。

数秒後、それに気がついた峰田がようやく動きを止める。

くしゃっと泣き顔をした峰田に、彼女は笑顔を返して見せた。

彼の動きが止まった隙に泳ぎ出し、通りすがりにその体を片腕で抱き込んで、そのまままっすぐ浮上した。

 

「ブハーッ!!」

「こちら蛙吹。船とウォータースライダー。おそらく水難ゾーンね。峰田ちゃんもいるわ」

 

水上に出てみれば、周りは大きな湖になっていた。

周囲には何隻もの船が浮かび、その一部は壊れて沈みかけているように見える。

軽く見上げると、船を一(そう)、そのまま流せるくらいの巨大ウォータースライダーがあり、そこから大量の水が流れ込んでいた。

 

「おお……カエルの割になかなかどうして……」

「!?」

 

気がつけば峰田が顔を胸に押し付けていた。

まだ先の怒りが残っていた梅雨は、峰田を舌で乱暴に巻き取ると、そのまま水面より数メートル上の甲板まで持ち上げて(たた)きつけてやった。

 

「つぁ!?」

 

背中を強打したらしい峰田が声にならない声をあげる。

 

「スキンシップは嫌いじゃないけど」

 

梅雨は船腹に張り付いて登り、(へり)を乗り越えて甲板に降り立った。

峰田はうつ伏せになってまだプルプルと震えている。

 

「なんでそんなにスケベが先になるのかしら?」

「男が可愛い子チャンと触れ合うのにスケベ以外の感情なんてねぇんだよ!」

「言い切ったわね」

 

舌で背中を強く(たた)くと、峰田は()き込んで少し水を吐いた。

 

「それじゃ痴漢と変わりないのよ?」

「ゲホッ、うぇっ」

「水は全部吐かないとダメ。気管支炎になっちゃうわ」

「あ、ありがとう……ゲホッ……梅雨ちゃん、救けてくれて、本当に……ぐすっ」

「いいのよ。落ち着いたら移動しましょう」

 

このスケベは彼なりの強がりなのかしら、と思いながら、梅雨はしばらく嗚咽(おえつ)する峰田に付き添った。

 

『こちら芦戸! すごい雨だー! (ヴィラン)たくさん出てきたけど全部倒した! ここどこぉ!?』

常闇(とこやみ)だ。おそらく芦戸と同じ施設にいるが、風が強すぎて動けない。救援求む』

『口田です。常闇くん、見つけた。今行くね』

『すまん、助かる』

『こちら瀬呂。今口田の背中が見えた……ってか雨の中ドッカンドッカン燃えてる区画があるんだけど、もしかして芦戸さん?』

『うん、なんか本気出したらこうなった!』

『ヒィィ化学火災だぁぁ!!』

 

クラスメイト達の無線のやりとりを聞きながら、梅雨は船に一本立っている、マストの中腹までよじ登って周囲を警戒する。

 

(それにしても、ここは静かね……)

 

自分たち以外の人影は見えない。それがなぜかとても不気味だった。

 

 

──それから一分ほど休めば、峰田はもういつもの調子を取り戻したようだった。

 

「じゃあどうしたらお触りオーケーになるんだよ!」

「スケベを全否定はしないわ。相手へのいたわりや親愛の情もあれば、そこまでいやらしくならないはずよ」

「紳士になる努力はするけど、ラッキースケベの誘惑に耐えられる自信が無ぇな」

「次はぶつわ」

 

舌をちらつかせながら、ぎょろりとにらむと峰田は頭をかばう仕草をした。

 

「こちら蛙吹。これから移動するわ」

『こちら芦戸! 暴風大雨ゾーン四名、移動中、まだ出口が不明!』

『飯田だ。こっちは半分倒した。誰か余裕のある人、点呼取ってくれないか? 連絡が取れない人を救助対象としたい』

『轟だ。まだ(ヴィラン)とやりあってる。土砂崩れしたみてぇな場所だ。これから一帯凍らせるけどいいな?』

『待ったぁーっ! いまぁす! 姿の見えない葉隠(はがくれ)がその辺におります!』

『危ねぇ……俺の後ろに回ってくれ』

『りょーかいっ!』

『他にはいねぇよな……?』

 

「……なあ梅雨ちゃん、オイラ、無線機落としちまったから代わりに聞いて欲しいんだけど」

「何かしら?」

「その無線で外に助けを呼べないのかな?」

「!?」

 

それを聞いた梅雨はマストを飛び降り、慌てた動きでインカムのスイッチを入れた。

 

「こちら蛙吹! 誰か無線に詳しい子いないかしら? 私たち、今どうして通信できてると思う?」

 

疑問を投げかけると、瀬呂と麗日から返事が来た。

 

『何の気無しに使ってたけどそう言えばそうじゃん! これなんかヒントっぽくね?』

『だねぇ、13号先生、外と連絡が取れん言うとったよ』

委曲(つばら)なのは八百万、耳郎、あと上鳴も……』

『ちょうどその三人が連絡取れないね……あ、火災ゾーン、尾白以下四名合流できたよ』

『砂藤だ。障子を背負ってるぜ。これショック症状かもしれねぇ。ヒヤっとしたけど、さっきより顔色は良くなってきたわ』

『よかった〜』

 

突然、イヤホンから音割れした爆発音が響き、蛙吹はびくっと震えた。

その後、そろそろ耳に馴染みそうな爆豪のキレ声が聞こえてきた。

 

『おいクソ髪! ボヤっとすんな! ここ突破して山岳エリアに行くぞ!』

『爆豪君、何かわかったのかい? そこに切島君もいるのか?』

『消去法だ! 俺らの現在位置、連絡取れねぇエリア、外への信号を()()()()()と仮定して、【ジャマー】のいそうな高所!』

 

また爆発音がしそうになったが、今度はすぐに送信が切られた。

梅雨もその案に同意する。

 

「百ちゃん達もその辺りにいる可能性が高いと思うわ」

『よし! 爆豪君、定期的に連絡をくれ! 君との通信が途絶えたら()()()だ! 俺もすぐに向かう!』

『命令すんなクソメガネ!』

『素直に了解と言いたまえ!』

 

「……あの二人、仲悪いわねぇ」

 

当たり前のように飛び交う罵声の応酬に小さくため息を()く。

二人とも思慮は浅く無いのに、言葉が乱暴というか、雑なのだ。

峰田が辺りを気にしながら梅雨の側まで近づいてきた。

 

「梅雨ちゃん、どうだった?」

「百ちゃんたちと合流できればどうにかなるかもしれないわ。私たちも移動しましょう」

「わかった。早く行こうぜ、なんかここ不気味だよ……」

「そうね」

 

峰田の(おび)えに梅雨も共感した。

黒い霧のような(ヴィラン)に散り散りにワープさせられた先で、生徒と(ヴィラン)が戦闘になっているようだ。

であれば、ここにも他の場所と同じように、(ヴィラン)が待ち構えているはずなのだ。

 

「飯田ちゃんが一番近いけど、まだ(ヴィラン)と戦ってるみたい」

「さすがのオイラも腹決めてるよ。援護に向かおうぜ!」

 

二人は互いにうなずき合った後、それぞれ周囲を見回した。

梅雨は陸地まで、船伝いに行けそうなルートを探したが見つけられなかった。

峰田は泳ぐことを前提に、何か使えるものがないか探しているようだ。

 

「最短は、あの船に飛び移った後泳ぐコースね。50メートルは泳ぐことになるわ」

「オイラ、泳げなくはないけど遅ぇんだよな。梅雨ちゃん、悪いけどこのロープでオイラを背負ってもらうとかできないかな? 背中合わせでいいからよ」

「ええ、そういうやり方しかなさそうね」

 

「あら、わたしの相手はしてくださらないので?」

「「!?」」

 

二人が声のしたほうを振り向くと、奇抜なコスチュームを来た少女が甲板の(へり)に腰掛けていた。

 

歳の頃はおそらく梅雨たちと同じくらい。

シルエットは黒いコルセットに白いドレープをあしらったドレスのようになっているが、その胸は肌から何まで曝け出されており、星型のニプレスで先端部を隠しているだけだった。

水から上がったばかりのようで、全身が水濡れになっており、紫色の髪からは水を(したた)らせている。

 

「すげぇ格好した痴女!!」

「同じ感想だけど、そうじゃないでしょ。(ヴィラン)だわ」

 

梅雨は峰田を殴りたい気分だったが、目の前の(ヴィラン)から目が離せなかった。

その名前は思い出せない。

だが動画を視聴しようとすれば、ときおりサムネイルで見かける程度に、そこそこ有名な子。

彼女の所属する(ヴィラン)組織は、動画サイトへ執拗(しつよう)な不正投稿を繰り返し、公式チャンネルが出現しては消えるというイタチごっこを繰り返していた。

リアルでも昨年の春と先週の二回大きな事件を起こしている。

 

「確か、エノルミータ……」

「おや? もしかして動画をご覧に?」

 

その(ヴィラン)の女は嬉しそうな顔で梅雨を見た。

 

「あれだけの事件を起こせばさすがにね」

「ふふふ、そうなんです。わたし達『エノルミータ』は持続可能な(ヴィラン)活動をする組織なのです!」

「SDGsみたいに言うな」

「ただのテロリストだわ」

 

二人でツッコミを入れたが、その女は揺るぎないどや顔でフルフルと首を振って見せた。

 

「テロ以外にも手広くやっているんですよぉ」

「この襲撃もあなた達が首謀者なの?」

「いえ、実はこれ、全くの別口なんです。『捕まえて』」

 

その声に反応するかのように、何か湿ったものが甲板を(たた)く音がした。

梅雨は振り返ることもせず跳躍すると、その下を何か大きなものが通過した。

 

「触手うぅぅ!?」

「峰田ちゃん!」

 

下を見ると、峰田が腕で抱えきれない程太い触手に捕まっていた。

梅雨を狙い、空振りしたもう一本はするすると水の中に戻ろうとしている。

障子の『触腕』とは全く似つかない、流動的な動きをする表皮はぬらぬらとした粘液に濡れている。

その黒ずんだ表皮にブツブツと白い吸盤が大量に生えていた。

 

(タコ)の足……?」

「えへへ、他人がお楽しみ中ですが、面白いので便乗しちゃおうかと」

「!?」

 

その女の声は梅雨の頭上で聞こえた。

船の上部デッキに飛び移ろうとした梅雨を阻むように、(ヴィラン)の女も跳躍していた。

そのまま足蹴にされて船の上から落ちてしまう。

梅雨は反撃しようと舌を伸ばしたが、(ヴィラン)は空中をスライドするように動いて(かわ)してしまった。

 

(この子、空を飛べるの!?)

 

その物理法則を無視した動きに驚きしながら、梅雨は姿勢を変えて頭から着水する。

 

水中に飛び込んで最初に見えたのは、見知らぬ男の顔だった。

その向こう、水の底は泡でよく見えないが、何本も漂う触手の根本に、さらに黒く巨大な影が見える。

底をのぞき込もうとすれば、()()(にら)まれた気がして、本能的に鳥肌が立った。

 

その男はもがいているようだが、触手に全身を巻かれ、首から上以外は全く身動きが取れていない。

サメのように鋭い歯の並んだ口を大きく開けて、最初に溺れていた峰田と同じ、泣きそうな顔をしていた。

 

(あら、エラで呼吸してるのね。この人はまだ()ちそうだわ……サイナラ)

 

これが()()()()()()()()()()方の(ヴィラン)だと推定し、梅雨はその男と触手を踏み切り台にして水中で加速した。

光る水面を背景に、触手によって再び水中に引き込まれた峰田が見える。

梅雨は手足を()いてさらに加速し、その勢いで峰田を(つか)む触手に肩から体当たりをした。

 

さらに先ほどと同じように、触手を両足で蹴って踏み切りにしてやると拘束が緩み、峰田が触手から脱出する。

梅雨が舌で峰田を捕まえると、それを待っていたのか、峰田が梅雨を見ながら別の船の方角を指差した。

 

(了解よ、着地は上手くやってね!)

 

そのまま水面に浮上し、舌も水面まで引き上げて、その勢いのままに峰田を隣の船へ投げ飛ばす。

小柄な峰田はそれでも子どもよりは体重があるのだが、梅雨の長く伸び縮みする舌の筋力と瞬発力に富んだ膂力(りょりょく)は、その重さをものともせずに数十メートル先まで届かせた。

 

飛んでいく峰田の両手には頭から生える球体の個性、『もぎもぎ』が(つか)まれていた。

それを使って船に取り付くつもりらしい。

梅雨自身も素早く手近な船の腹に貼り付き、そこから小刻みに跳躍して甲板を飛び越えてマストを登った。

 

マストに両足をかけ、高所から隣の船に飛び移ろうとしたところで(ヴィラン)の女が空から(つか)みかかってきた。

 

「素晴らしい!」

 

叫ぶ女が梅雨の首を(つか)んだのに対して、梅雨は反撃して舌を女の胴体に巻きつけた。

二人は()みくちゃになったまま横っ飛びの形になり、隣の船の甲板に不時着した。

 

「大丈夫か梅雨ちゃん!」

「……」

 

胴体着陸した梅雨に峰田が駆け寄る。

舌を伸ばしたまま喋るのは難儀なのか、梅雨は無言で体を軽くチェックし、親指を立てて見せた。

 

「あの一瞬で相方(バディ)を救出して体勢まで立て直すとは!」

 

胴体を舌で(つか)まれ、倒れたままの(ヴィラン)の女が称賛した。

 

「ついでにオマエも捕まえたしな。梅雨ちゃんはすげぇだろ」

「ええ、ええ、まったくお美事(みごと)です!」

「梅雨ちゃん、とりあえず両足拘束できたから舌離していいぜ。このまま全身もぎもぎまみれの薄い本みたいにしてやる!」

「ん……」

 

峰田が『もぎもぎ』を(ヴィラン)に投げつけようと、振りかぶった姿勢で言った。

舌の拘束を解かれた女は両足に貼り付いて離れない『もぎもぎ』に顔をしかめながら座り込む。

 

「ふふふ、こんな突然、(ヴィラン)に襲われて……怖くはないのですか?」

 

離れた場所から頭や背中にブドウ色の球体を投げる峰田をにらみつけながら、女は言った。

 

「お前はともかく、下のタコ野郎は確かにおっかねぇな」

「他にも()()()()捕まえてたわね?」

「えっ?」

「あはは、()()は捨てて良いって言ったんですけども。独特のこだわりがあるようで……意思のあるのは操りづらいですね」

 

女が手をかざすと、そこから黒い(もや)が生まれ、その中から長く青白いものが、硬い音を立てて甲板に落ちた。

 

「ですが、私が言いたいのって、そうではなくて……」

「!?」

「ヒェッ!」

 

それは先ほど(ヴィラン)に切断された、障子の触腕だった。

切断面からはまだ赤い血が滴っている。

 

「こうしている間も、クラスメイトに犠牲が出ているかもしれませんね?」

 

二人に凄惨なものを見せつけながら、その女は弄ぶような声色で言った。

 

「次はあなた達がこうなるかもしれませんね?」

「ううっ……」

 

峰田はそれに反論しようとしたが、その声色からは強がりの感情が漏れていた。

 

「大丈夫さ! 障子、あいつ言ってたもん、触腕ならまた生やせるって! なあ梅雨ちゃん!」

「……そうね」

 

梅雨は無線で障子が出血性のショック症状を起こしていることを聞いていた。

 

「怪我は治っても、心は折れているかもしれませんねぇ? ですが、彼は()()()()()()()()

「……どういう事?」

 

女はそれには答えを返さず、二人に笑いかけた。

 

「あなた達もです。毎年恒例、あの『体育祭』でメディアに顔を晒してしまえば、もう後には引けませんよ」

「……」

 

峰田が『もぎもぎ』を投げる手を止めてしまった。

彼もこの(ヴィラン)が何を言いたいのか、気づいたらしい。

 

「もう一度お聞きしましょう。わたしの、そして『(ヴィラン)の敵』になるのが怖くないのですか?」

「少なくとも、このくらいなら平気だわ。障子ちゃんも優しいからきっとそう言うわ」

 

そこから先は、考えるより先に言葉が出てきた。

さすがに感情の(たかぶ)りを抑えきれなくなってしまったのだ。

梅雨はその女の真正面にしゃがみ込んで、視線の高さを合わせた。

 

「ねぇ、あなたは、(ヴィラン)達は、本当にこんな事をするしかなかったの?」

「……」

 

女は答えず、ただ嬉しそうな、(まぶ)しそうな顔で見つめていた。

 

「きっと私や障子ちゃんだけじゃない。全員ではないかもしれないけれど、クラスのみんながそう思ってる」

「梅雨ちゃん……オイラは……」

「だから私、ひとつだけ約束してあげるわ」

 

何か言おうとした峰田の頭をぽん、と(たた)く。

「へっちゃらよね?」と小さく声をかければ、峰田は眉間にしわを寄せながら強くうなずいた。

 

「あなた達は私を敵だと思っていい。でも、私は敵としてじゃなく、ヒーローとしてあなた達と向き合うつもりよ。ヒーローになるのはこれからだけどね」

 

梅雨は立ち上がり、女を見下ろす姿勢に戻った。

 

「いつか、お友達になれるかもしれないわ。だからこそ向き合い続けるのよ」

 

女は目を閉じ、その言葉を()み締めるように堪能していた。

 

「ふふふ……それがあなたのヒロイズムですか?」

「……考えたこともなかったけど、そうなのかも知れないわね。嫌いになったかしら?」

 

その女は目をギンギンに見開き即答した。

 

「いいえ! 大っ! 好! 物! です!」

「なんだコイツ……」

 

峰田がドン引きの表情で後退(あとじさ)った。

 

「思わぬところで楽しい語らいができました。ですがそろそろ本題に入ります!」

 

三人の乗っている船が傾き、船の底の方から何かが割れたり折れたりする音が聞こえてきた。

音に合わせて船体も振動が強くなっていく。

 

「クソッ! なんか大人しいと思ったら!」

 

峰田が船縁の手すりにしがみついて海を見下ろし、大慌てで叫んだ。

 

「逃げろ梅雨ちゃん! あのタコ、船ごとやる気だ!」

「峰田ちゃんも……」

 

梅雨が言い切る前に、二人は宙に投げ出された。

船体が折れ、二人のいた船首側の前半分が一気に崩れ落ちたのだった。

そのまま二人はどぼんと音を立てて、渦を巻く水に飲み込まれた。

 

まだ原型を保つ船尾側で、女が楽しそうに笑っていた。

 

「お二人には『エサ』になってもらいます! ちょっと荒っぽいですがこれから派手な戦いになりますので誘導を……あれ、取れない? え? なんか動けないんですけど? 私もしかしてこのまま? あ、(タコ)さんちょっと、ちょっと待って! あ゛あ゛ーっ! ぶくぶく……」

 

浮力を失った船体と共に、甲板に(はりつけ)になったまま、その女も沈んでいった。

 

 

 

 

03.田等院:来ちゃった  

 

────────

 

「ヘヘ……来ちゃった」

「「来ちゃった!?」」

 

デクとMt.レディは思わず声が揃った。

 

その日の朝、(ヴィラン)『僧帽ヘッドギア』を制圧した際に、デクとシンリンカムイが顔を合わせそうになった。

シンリンカムイを見たMt.レディは逃げるようにそそくさとその場を離れ、デクを回収した後はまっすぐ事務所へと帰還した。

なぜかと尋ねてみれば、Mt.レディは複雑そうな表情で言い訳した。

その話に含まれる女心の機微なるものは、デクには半分も理解できなかった。

だが、つまるところ、あれだけデクには言い聞かせておきながら、彼女の方がまだ気持ちを作れていなかったという事らしい。

事務所のドアを開けると、事務員の人から()()に来客があると言われ、心当たりのない二人は首を傾げつつ応接室に入ったところだった。

 

最初に目立ったのはその長身。

青みがかかった紫色の髪を総立たせてスパイキーにしており、それは百八十センチの体格によく似合って、さらに大きく目立って見せている。

ソファーに座ればその長い手足はすらりと伸びて見え、まるで少女漫画の登場人物のような輪郭をしていた。

 

不健康ともとられそうなやや黒ずんだ目元は、特徴的だが表情がわかりにくく、そのため顔は地味な印象を受ける一方で、デクはその横顔の輪郭はむしろ整っているのに気がついた。

その女性は雄英高校のブレザーを着て、下は男子生徒のようなスラックスを履いていた。

 

そんな彼女がデクを見て開口一番、はにかみ気味に言い放ったのが冒頭の台詞であった。

だが、ヒーロー二人が微妙な表情をしていることに気がついて怪訝(けげん)な表情に変わった。

 

「あれ、どちら様って顔してるけど……デクさんは、覚えてくれてるよね?」

 

デクは混乱していた。その内面はいまだナードに属する彼は、同年代の女性からの、その人懐こい振りに対応するのは難しかった。

 

「僕にタッパとチチのでかい通い妻系彼女がいる世界線!?」

「混乱するにしてもし過ぎだろ」

 

デクは実際のところ、以前会った彼女の記憶と、現在の顔が一致しない印象を受けていたが、大きな特徴が顕在(けんざい)だったのでなんとか結び付けることができていた。

 

「ごめん、えっと、もしかしてあのコスチューム着てたとき、化粧とかしてた?」

「え? いや、してないけど……ああ、あの時寝不足だったからちょっと顔つき違ってたかもね?」

 

確かに、声も穏やかになっているし、心理的なアレかもしれないとデクは思った。

一方、Mt.レディはそれを直接指摘した。

 

「キミ、先週、綾金(あやがね)でデクに付きまとってた子よね? 顔は全然覚えてないけど、そのおっぱいは覚えてるわ!」

「ええーっ!?」

「はっきり言っちゃった……」

 

 

──気を取り直して三人はテーブルで向かい合い、あらためて自己紹介となった。

背の高い女性が丁寧に頭を下げた。

その所作からは、どこか男らしさのようなものが感じられる。

 

「あの時はありがとうございました。そしてご迷惑おかけしました。雄英高校一年、心操人使です」

「まあ雄英! ヒーロー科?」

 

Mt.レディが突然キラキラの喜色満面で尋ねるが、それに応える心操の表情は暗くなった。

 

「いえ、落ちてしまって、普通科です……」

「ふふふそんなの大差ないわよ。ヒーロー科で高卒デビューじゃなくても、あそこ出身のヒーローって結構居るじゃない?」

「それはそうなんですが……できれば高卒でなりたくてですね……」

「生き急いでるわね! 青春だわ!」

 

あまりいじられるのも可哀想だと思ったデクは話をずらすことにした。

 

「あれ、なら今日は学校あるんじゃないの?」

 

デクは今日も結局サボった自分を棚に上げて尋ねた。

 

「今日は休んだ。昨日まではホテルから通っていて、今日ようやく埼玉からこっちの下宿先に引っ越せたんだ」

「なるほど」

「仮契約した後でこの事務所に近い物件へ乗り換えたから、ちょっと手間取ったよ」

「うわぁ行動力ぅ……」

「デクも、私も田等院(ここ)に住んでるわけではないのよ」

「そうなの!?」

「自転車で来られる位には近くだけどね」

 

心操は目を丸くして見せた。

そういう表情をすると年相応の少女っぽい感じがする、とデクは思った。

以前、彼女との別れ際に約束したことを思い出す。

 

「あ、ごめん、例の事件の事だけど……」

「うん、ネットでわかる範囲では把握してる。まだ捕まってないんだろ、マジアベーゼ」

 

デクは頭をかくようなポーズをした。

マスクの後頭部からはみ出す、もじゃもじゃになった緑髪が飛びはねる。

 

「恥ずかしながら、僕も詳しく調べたのは先週の事件の後なんだ。とんでもない戦績だった……トップヒーローの派遣が必要なレベルの(ヴィラン)なんだ」

「そっか……長期戦になりそうだね」

 

それを聞いたMt.レディが、顎先を上げて鼻高々のポーズで言った。

 

「そんな手強い(ヴィラン)を何度もぶっ飛ばしているのがこの私なのよね!」

「毎回取り逃してますけどね」

「あの逃げ足は本当にどうなってんのよ!」

 

Mt.レディが頭を抱えるポーズをして、デクも腕を組んで考え込んだ。

 

「おそらく上位(トップ)級の制圧能力に加えて、二重三重の拘束手段が要りますね……それでもあの回収役の(ヴィラン)まで出てくると厳しいな……あっちを先にどうにかしないと……あの高速転移を追跡するには……」

 

ブツブツ言い始めたデクの頭にMt.レディが軽くチョップを入れて、正気に戻した。

 

「手近なところだと、私とカムイ先輩、それにプラスアルファの手管が必要って事よね」

「そうですね。まずはやはり、あの人にちゃんと事情をお話しするべきなのでは?」

「それはまた今度ねー」

「ずるずるとギリギリまでやらないパターンだ……」

「うっさい」

 

「はは、毎日パトロールしながら大物ヴィランの討伐まで。ヒーロー活動、忙しそうですね……」

 

そのやり取りに圧倒されたのか、心操が苦笑しながらコーヒーカップに手をつける。

Mt.レディもコーヒーで喉を湿らせながら話を戻した。

 

「で、こっちの話がいいなら、なんで今日来たのかしら?」

「挨拶するのにちょうどいいタイミングだったのと、こっちの事情を説明しようかと思いまして」

「その話長くなる?」

 

Mt.レディがテーブルに手をついて、ずいと心操に顔を寄せた。

詰め寄られて心操が顔を赤くする。

目の前に、ニュースでよく見る美貌があるということに気づいたのだろう、とデクは心の中でうなずきながら共感した。

 

「あ、ええ、はい、それなりには……」

「じゃあ私パス! デク、話聞いといて!」

「「ええーっ!?」」

 

そのまま立ち上がり、退室しようとするMt.レディをデクが追いかけた。

 

「ちょっと待ってください、僕一人でなんて!」

「私、午後から非番なのよね。プライベートで人と会う予定があるの」

「一応、市民の通報受理ってヒーローの重要業務ですよね?」

 

追いすがろうとするデクのマスクの(ほお)(つか)み、Mt.レディがぐい、と引き寄せた。

息のかかりそうな距離でその相貌を見せつけられて、デクはどぎまぎしてしまう。

Mt.レディは小声で言った。

 

『事情を聞いて、できれば実力も見ておいて。使えそうなら()()()()わ。これはその伏線。まずは気安い、与し易い相手だと思わせるの』

『ええっ?』

『夏に仮免取らせてインターン採用よ』

『無茶だ!』

 

また恒例のとんでもねぇことを言い始めた、とデクは思った。

まだ二週間程度の付き合いだが、彼女がそういう破壊的でイノベーション的な行動力を発揮するタイプだということはだいぶわかってきていた。

 

『今日はパトロールごっこやらせてみなさい。多少なんかあっても、【個性】を使わなければ路上の小競り合いでごまかせるから。あの子に体験させて、あの子から志願させる。自己責任感で縛るのよ』

『できるわけないでしょう!? 下手打ったら犯罪ですよぉ!』

 

心操に見えないように、デクの頭に隠れて薄笑いしながらMt.レディは続ける。

 

『どんな個性か知らないけど、雄英生ならほぼ確実に()()()よ。本人もなんか付きまとう気満々で、意識高くて行動力もある。例のプラスアルファ候補にピッタリじゃない?』

『インターン生にもヒーロー手当が要るはずですが? 相棒(サイドキック)一人も雇えないんでしょう!?』

『それどころかチームアップのお礼ですらカツカツだわよ!』

 

Mt.レディの表情が経理作業中によく出てくる、目の据わったゲス顔になった。

 

『インターン受け入れると、行政から補助金が出るのよ……しかも今申請しとけば次クォーターで……ぐふふ』

『うわぁぁ……』

『しかも雄英高校生というネームバリュー付き! これは即買い案件だわぁぁぁ!』

 

小さくコソコソとガッツポーズするMt.レディ。

彼女はあのマジアベーゼにも常勝できる、最上位クラスの(ヴィラン)制圧能力を誇るプロヒーローであるが、その経営事情はヒーロー手当の支払いすらままならない最底辺のクソ雑魚であった。

 

『絶対今日中に、ってわけじゃないけど。でも申請があるからなるべく早めに決めさせて』

『いや、努力はしますけども……』

 

この人どこまでやらかすつもりだ、とデクは率直な感想を覚えてしまった。

 

 

──市民からの直接の陳情に応えるのも、ヒーローの主要業務に含まれる。

 

これは(ヴィラン)事件というものが突発的で特殊なものになりがちで、どうしても法的には超越した権限が必要になるという建前があるが、そもそも『個性』社会における民事紛争の問題があった。

 

『個性』による超常現象が発生する以前から、警察権力というものは民事に不介入であることが前提だった。

国民主権を前提とする国家において、権力の濫用を防ぐためには仕方の無いことであるが、これを盾にした居直り行為というのは時代が進むことに先鋭化、過激化し、社会問題と化していた。

 

『個性』の出現は、この法的責任のみでは白黒をつけにくい民事紛争の問題をさらに複雑で不安定なものに変えた。

民事を争う両者が、法を踏みにじるならば、『個性』による実力行使も可能な関係となってしまったのだ。

人災による悲劇というものは、煮詰まり、あるいは疲弊しすぎて極端な思考に陥った人物が引き起こすものである。

人には強制的にそれを「やる」という選択肢が与えられ、「やられるかもしれない」という恐怖もまた増大した。

そして、やってしまえばそこからは(ヴィラン)犯罪ということになる。

 

そのため、ヒーローが最初に求められた場所は、民間の「自警」である。

警察の管轄外とされる領域における用心棒的な役割だった。

それに法的な裏付けが入り、第三者の民間人にして、国が認める暴力の遂行者である半市民、プロヒーローが、それを柔軟に取りなすことを可能とする存在として定められたのである。

 

その結果、市民からの陳情を受付ける窓口としては、民事以外の事案は交番の警察官が、民事のもめごとを含めた、突発的なあらゆる事案については現地に所属するプロヒーローがそれぞれ分け物つことになった。

 

それは執行機関としては明らかに(いびつ)な構造であったが、言うなれば武侠(ぶきょう)の復古でもあった。

そこには、とにかく今救けて欲しいという、一般市民がヒーローにいちばん期待しているものが備わっていたのだった。

 

 

──しかし今日、この街に越してきたばかりの市民である心操人使の陳情は、ヒーローどころか、もどきであるデクくらいしか受け付けられないような特殊なものだった。

 

「マジアベーゼに『力』を与えられた?」

「うん……その時のことはあんまり覚えていないんだけど」

 

二ヶ月前の二月某日。

すべり止めとして併願していた雄英高校、普通科の学科試験の帰り道。

マジアベーゼは突然心操の眼前に現れ、心操の首を(つか)み上げてこう言い放ったという。

 

『──お望み通り、与えましょう。楽しみにしています。あなたの【(ブラック)】が(だん)を彩る日を──』

 

「その後、気がついたら、道端に倒れていて……体の異常に、()()()()()()()()のに気がついた」

「雄英の普通科が滑り止めかぁ……エリートっぽくていいなぁ、言ってみたかったなぁそれ」

「そこはどうでもよくない?」

 

変なところに感心するデクを、心操はジト目でにらんだ。

デクは心操がその説明の中で何かを隠している様子に気がついたが、それはおそらく、そうなる「動機」だろう、とも察していた。

 

「『力』を望んだんだね?」

「うっ……」

「エノルミータの手口のひとつではあるんだ。近隣市民への注意喚起が始まってるんだけど」

 

デクは(ヴィラン)への尋問の内容について資料を交えて話した。

 

「『個性を強くしてやる』みたいな誘い文句で、それと引き換えにグレーな仕事をさせるんだ。ちゃんと強くされるうえに、さらに報酬まで出るのが厄介でね。Mt.レディが捕まえた『巨大化』『怪物化』を強化された(ヴィラン)達はみんなそうやって勧誘されていたらしいよ」

「どうしてそうなったのか……そこだけ記憶が抜けているんだ……でも、多分それだと思う」

 

心操は頭を抱え込みながら言った。

 

「俺はあいつに何かを望んだんだ……ずっと不安だったんだ、俺の『個性』じゃ、実技試験に通用しないんじゃないかって……」

「それで、力をもらったのになんで試験受けなかったの?」

「強過ぎた……」

 

心操は横に置いていた肩下げ鞄から何かを取り出して見せた。

それは指先の筋力トレーニング等に使用する、手のひらで握り込めるサイズの金属製の球体だった。

それを握り締めると、金属が擦れ合いひしゃげるような音と共に球体が(ゆが)んでしまった。

 

「すっげ……握力、トンはいかないけど何百キロってレベルだね」

 

デクは興味深そうに球体を眺める。

マスクの上からでもわかる大きな眼球が相変わらずで、心操はくすくすと笑った。

 

「増強系の『個性』みたいなパワーとスピードが常時発動できる。何されても傷つくどころか、痛くも何ともない体。後で脳を揺らされるのはダメってわかったけど……元々の『個性』もなんかエグい能力が追加されていて……」

 

心操は金属球を鞄に仕舞いながら、悲しそうな表情になった。

 

「びびっちまったんだ。俺、合格しても、このもらいもんの『力』について問い詰められたらどうしようって……」

「うん、たぶん僕でもそうなるよ……知らなかったとはいえ、あの時、『なれるならズルでもなっとけ』なんて適当なこと言ってごめん」

「それはいいよ。逆に救われたし」

「?」

 

心操の話し声が少し明るくなった。

 

「でもその時は、自分がどんな気分で辞退しちまったのかまで曖昧でさ……ムシャクシャして、次の日から一ヶ月くらい裏道のチンピラ共を殴って回ってた」

「力をもてあます不良そのまんまの行為に及んだと」

「うぐぐ……」

 

言われて、心操の顔が真っ赤になった。

意外と表情は豊かだな、とデクは思った一方で、少し気になることがあった。

暴力行為に至るまでの認識の曖昧さが、いわゆる脳疾患にかかった人の一部が陥る奇行に似ていると思ったのだ。

 

「話変わるんだけど、記憶喪失って、脳が物理的に傷ついたりした場合でも起こるんだってさ」

「そうなのか……?」

「思い出そうとすると気持ち悪くなったりする場合は外傷的要因の可能性が高いから無理しないほうがいいんだって」

「うーん、俺はどうかなぁ……」

「たぶん、エノルミータ、いやマジアベーゼは『個性』で脳に影響を与えてると思う」

「あ、うん、それは間違いないと思う」

「え?」

「俺の個性、『洗脳』なんだけどさ……」

 

心操はまず自分の『個性』について説明した。

個性『洗脳』。

洗脳しようという意思を持って声を掛け、相手がそれに返事をすると意識を失い、そのまま洗脳状態にできる。

洗脳状態にした相手は自意識が曖昧となり、喋ることもできなくなるが、心操本人の指示で簡単な行動を強制できる。

洗脳は殴られるなどの衝撃を受けると解除される。

 

続いて、エノルミータの息がかかった人物に対しては自分の『洗脳』が通じないことを話した。

感触的には、自分が『洗脳』しようとしている領域がすでに『使用』されていて上書き出来ない様子だと説明する。

 

「大丈夫、デクさん?」

「あ、ごめん、あまりにすごい『個性』だったから驚いた。あとデクでいいよ」

「わかった」

「そうなると、君も脳の検査受けておいたほうがいいかもね。警察に連絡して、捕まえた(ヴィラン)も検査するのを提案してみるか……」

「今度学校で健康診断あるから、その時聞いてみるよ」

 

心操の『個性』について聞いたデクは、興奮を隠すため、マスクをしていることも忘れて手で顔を覆った。

 

(うわぁー、プラスアルファが揃っちゃったよ……Mt.レディ、あなた引きが良過ぎませんか?)

 

あまり乗り気でなかったが、Mt.レディにその場の勢いで課せられたミッション「心操人使をそれとなく勧誘せよ」が急に魅力的な案件になってしまった。

自分もなかなか現金なものである、とデクは内心で自嘲(じちょう)する。

 

彼女は誘うべきだ、とデクの良心もOKを出した。

だがデクには女子をそれとなく誘う方法(テクニック)なんてわからなかった。

なのでとりあえず今日は成果を気にせず上司の言うとおりやって、いったん上司にボールを返してしまおうという無難で生産性の低い一般社会人的な方向で努力することに決めた。

ごほん、と軽く(せき)払いをして、デクは本題に入ろうとする。

 

「おおむね事情については理解したよ。それで、心操さん、もしマジアベーゼを捕まえたら、君はどうしたいの?」

「できれば、この『力』を返したい……元に戻してもらいたい……」

 

そう言う心操もあまり期待はしていない様子だったので、デクはその先を言ってしまうことにした。

 

「あまり期待されてもアレだから言っておくけど、多分無理だと思う」

「……そうなの?」

「うん。これまだ公開前の情報だから、あんまり言いふらさないで欲しいんだけど……エノルミータに強化された連中、調べたけどちょっと薬を使った兆候があるだけで、身体と個性因子には何も異常が無かったんだ」

「……でも、()()はさすがにおかしいと思うんだよなぁ……」

 

心操はデクの話を聞きながら、自分の両手を見つめて何かをぼやいた。

デクは慌ててフォローの言葉を入れる。

 

「あ、今の話で脳の方が怪しくなってきたから、まだ確定じゃないけどね」

「うん……」

 

心操はそう言われる覚悟を決めてはいたが、それでも衝撃はあった。

じわっと目に涙がたまってしまう。

デクはそれを見て泣かしたと思ったのか、大慌てでハンカチを取り出そうとするが、心操は大丈夫、と遮った。

 

「じゃあ、やっぱり次善の案だな。ヒーローになりたいよ。この『力』も使って……」

 

心操は目を擦った。

涙を溜めたままだと、あの決意の日のように泣いてしまうかもしれないと思ったから。

 

「最初はなれたらいいな、っていう憧れだったけどさ」

「うん」

「今はならなきゃいけないって思ってる。恩返ししたい人たちがいるんだ」

「うん、前向きでいいと思うよ」

「はは、だろ?」

 

心操は笑い、拳を握り込みながらデクを見た。

 

「それにこの『力』で、マジアベーゼを捕まえる手伝いもできると思う」

 

本人は乗り気の様子だったが、デクはそこについてはまだ見極めが必要かな、と判断した。

 

「それなら、当面の目標はやっぱり雄英高校の『体育祭』だよね?」

「うん、あそこで結果を出して、まずはヒーロー科への編入を目指したい」

「『個性』はともかく、体作りの方はアドバイスできると思うよ。あ、なんなら僕がやってる朝のトレーニング、君もやってみる?」

「やる!」

「うわ、すごい食いつき。学校もあるからまずは週1〜2回で……」

「体は強くなったって言っただろ! 時間は有限なんだ。毎日でもやってやるさ!」

「いやぁ、毎日やるもんでもなくて……」

 

その後はめったにやらない女子との場を(つな)ごうと必死なデクに、なぜか押しの強い心操がいろいろと約束させるという構図になった。

 

そのやり取りを事務室から壁越しに聞いていた事務員の人が、「あの二人付き合うんじゃないですかね」とものすごい雑な報告をMt.レディに上げたので、後で話がややこしくなった。

 

 

 

 

04.USJ:筋肉三重奏(前)  

 

────────

 

オールマイトは大きく息を吸い込んだ。

これから、あまりやらない動きをするためだった。

 

2nd(セカンド)より通信。許される人的犠牲は、生涯()()()()()のみ』

(しか)り!!』

『人命を優先しろ。例えどれほど後が面倒になるとしても』

『当ッ然!!』

 

無機質な少女の声を通して伝えられた激励を受けて奮い立つ。

 

突然、この場にワープさせられてきたイレイザーヘッドが、死柄木弔が呼んだ増援の(ヴィラン)の急襲を受けて倒れた。

彼を倒した(ヴィラン)はそのまま彼に止めを刺そうとしている。

 

オールマイトは、特に晩年の彼は、徹底して、その腕を振るうという行為のみで(ヴィラン)を制圧してきた。

その拳の一振りで、事件の根本原因を打ち砕くため。

(ヴィラン)の視線を、その拳に集約するため。

全ての責任を、ひとつの象徴に負わせるため。

 

ただし人命救助は例外だ。

彼はそれを行うときだけは、そのくびきを解くのである。

 

「物理無効」と雑に括られた数々の『個性』。

オールマイトは過去の経験から統計的にその手の『個性』の攻略法を把握していた。

 

『個性』の力は、融通の効く、都合のいい超常現象だ。

 

だが現実は超常ではなく、ひとつ余計なことをすればひとつの面倒が生まれる。

物理現象を超えるということは、ある種の完璧から一歩遠ざかるということを意味する。

 

だから、融通を効かせようとしても不十分だったり、時には別の欠陥を兼ね備えたりする。

『個性』とは、実に生物的であり、社会的ですらある。

人類が獲得した、優しくて危険な新しい進化の方向性だ。

それらと戦い、その仕様を把握するたびにオールマイトはそう感じていた。

ある種の憧れを抱きながら。

 

個性、『衝撃吸収』が発動する場所は、全身の細胞であり、細胞が受けた衝撃を無かったことにする能力だ。

だが、それが吸収可能な衝撃には明確な(しきい)値と、方向の限界がある。

 

『衝撃吸収』は弱すぎる衝撃を吸収しない。

ミクロの衝撃まで吸収してしまうと、極論を言えば自身にかかる運動エネルギーをすべて吸収してしまうことになり、運動も、生命活動すらままならなくなるからだ。

 

逆を言えば、その個性は本体の活動をそれほど妨げないようになっている。

よって、『衝撃吸収』の使い手には投げ技と組み技が通じる。

 

オールマイトは脳無の攻撃にカウンターを合わせるところでさらに数歩駆け込み、脳無の背後に回り、その背中に頭をつけて両腕で腰を(つか)む、バックドロップの姿勢になった。

 

「よいしょぉーッ!!」

 

技名でもつけようかな、と思いながらオールマイトは掛け声をあげた。

抱え込む姿勢から一瞬でノーハンドブリッジの姿勢になり、脳無が上空に跳ね上げられる。

オールマイトはタル投げの要領で、脳無を上に投げ上げたのだった。

 

身長2メートル20センチの巨体が急激に姿勢を変えた衝撃で、空気が爆発したように震え、砂(じん)が舞った。

こうしてオールマイトはイレイザーヘッドを救出するための数秒を稼いで見せた。

 

その爆発音を聞いたのであろう、もう一人の(ヴィラン)がこちらを振り返った。

期待通りの反応だ、とオールマイトはほくそ笑む。

注目を引こうと、わざとオーバーアクションで、その(ヴィラン)に向かってダッシュする。

その(ヴィラン)はオールマイトを待ち構えながら、全身を真っ赤な筋肉で包み込み、それを禍々(まがまが)しく膨張させた。

 

『【加速(オーバークロック)】は、身体ではなく脳を加速する能力です』

(知ってる!)

 

個性『加速(オーバークロック)』、脳を含めた神経系の活動を加速する能力である。

 

オールマイトはアメリカで、日本で、その使い手である(ヴィラン)達と交戦した経験があった。

 

この『個性』が発動すると、使用者の体感時間は遅くなり、時間が止まったかのような体験を得る。

そのゆっくりと進む世界の中で、(おのれ)だけは普通にものを見て、考え、動くことができる。

ただし、その身体まで加速させているわけではない。

 

『さらに【筋肉増量】』

 

それでも、化学的限界を超えた神経伝達速度は、とある恐るべき恩恵を生み出す。

 

『あの量の筋繊維の出力を、ミリ秒単位で制御できるとしたら』

 

加速した脳により、その肉体を()()()()と、そして極めて()()()動かせるようになるのだ。

 

『その動きは音速を超えます。あなたのように』

 

(だろーな!)

 

オールマイトと筋肉で膨張した(ヴィラン)が互いに接近し、徐々に加速して双方の輪郭がブレはじめ、やがて混ざり合った。

 

そして、その攻防は一瞬で終わり、遅れて無数の打撃音が原動機のような速さで連発された。

当事者の二人を除いて、その場にいた誰も、その動きを追うことができなかった。

 

それが終わった直後、その場所、セントラル広場を竜巻のような暴風が吹き荒れ、通り過ぎて霧散した。

二人が無数に繰り出した足(さば)きにより床板が砕け散り、クレーターのような大穴が生じていた。

 

そしてその中央でオールマイトは立ち、肉を(まとう)(ヴィラン)の方は倒れていた。

 

『【加速(オーバークロック)】と【筋肉増量】、この複合型個性には深刻な脆弱性(ぜいじゃくせい)があります』

 

このふたつの『個性』にはひとつの共通点があった。

共に、血中の酸素を大量に消費するという欠陥が。

 

『【筋肉増量】による増強はあるでしょう。それでもその酸素消費量を、人間の循環系で賄うことは不可能です。よって()()()()()()脅威ではありません』

 

(ヴィラン)は倒れ、酸素を求めて大口を空け、顔をどす黒い紫色にしてのたうち回っていた。

 

「ぜぇーッ、はぁーッ、ぜぇーッ!」

「無茶しやがって……」

 

立って(ヴィラン)を見下ろすオールマイトも無傷ではなかった。

片鼻を指で押さえ、もう片方の鼻の穴から血を排出した。

 

彼は『加速(オーバークロック)』の攻略法はすでに確立していた。

それ故に、あえてノーガードで攻め続けたのだ。

猛攻撃を加えることで相手に防御または回避を、ひいてはより多くの思考を強いる。

そうして酸素を消費させ、速攻で息切れを狙うのが最適解だった。

 

その男は武闘に自信があったのだろう。

オールマイトの猛攻に対し、巧みに、誇るようにそれを受け流し、カウンターを加えて見せた。

だが、【加速(オーバークロック)】の欠陥に対する認識が甘く、酸素欠乏(チアノーゼ)を起こして自滅する結果となった。

 

(戦い方は意外とクレバーだし、ガッツもある……味方ならば心強かっただろう……だが、暴力を(たの)しむ(やから)とは相容(あいい)れぬ!)

 

オールマイトは、()()()()()()首をかきむしり、苦しみもがき続けるその男をそう評価した。

そして、ぼんやりと立ち尽くす死柄木弔と、倒れるイレイザーヘッドの間に立ち、遮るように片腕を上げた。

 

「ともあれ、イレイザーヘッドの救出完了だ!」

 

イレイザーヘッドの体がふわりと浮かび上がった。

急加速し、落下するような速度で階段の踊り場へと飛んでいく。

 

その先には13号が待ち構えていた。

オールマイトが時間を稼いだ隙に、13号が『ブラックホール』の重力を使ってイレイザーヘッドを引き寄せたのだった。

 

「むんっ!」

 

13号は『個性』の発動を解除し、イレイザーヘッドの身体を受け止める。

そのまま二度、三度、後ろに転がって衝撃を受け流していく。

 

「あいたっ!」

 

勢い余って階段に後頭部を打ち付けたが、頑丈なメットのおかげで無傷だった。

すぐにイレイザーヘッドを横に寝かせ、手早く負傷を確認していく。

 

「心拍、呼吸安定。右腕に開放骨折! 応急処置を開始します!」

「こっちは私に任せな!」

 

13号の叫び声に叫び返し、オールマイトは死柄木弔に向き直った。

死柄木弔の横にゆらり、と煙が立ち登るように黒霧が現れる。

黒霧が左右の腕をそれぞれ上空と前方に向けると、霧状のワープゲートが現れ、そこを通過してオールマイトの前を塞ぐ位置に脳無が落下した。

それは着地とは呼べない無様な転落ぶりだったが、脳無は表情を表さず、平気そうな動きで立ち上がった。

 

死柄木弔が首をボリボリと()きながら、誰にともなくつぶやいた。

 

「ようやく当初予定の形になったよ」

「死柄木弔、お見事です……イレイザーヘッドを落とし、オールマイトに手傷を負わせましたか。あれもなかなか使えますね」

「もうダルくなってきた。あとはサクッとコンボ決めて帰ろう」

 

オールマイトは腕を腰に置いて笑った。

 

HAHAHA(ハァーハッハッ)! お互いそろそろ決着つけたい気分だね!」

「強がるなよオールマイト」

 

そのポーズに対するように、死柄木弔は両手を広げ、肩を(すく)めて見せた。

 

「あんた、慣れてるから、もう察してるんじゃないか? これから何をされるか……俺と黒霧と脳無。これが先生の考えた最適解さ。お前を殺し切る為の……」

『うーん、ちょっと無理ですねぇ。お人形が弱すぎる』

「!?」

 

どこからともなく、少女の声が響いた。

 

『……警告、天体規模の高圧魔力反応。転移の固有振動を検知。これは前マスター……』

 

(報告が遅いよ。動揺してるのか?)

 

オールマイトはとっくに、なんなら『危機感知』が発動した直後にはもう、その存在に気づいていた。

その大きな害意の発生源がこの施設にあることを知覚していた。

そして、そのまっすぐで激重(ゲキオモ)な害意に心当たりがありまくっていた。

 

(報道もあったし、そろそろ嗅ぎつけてくるかもな〜とは思ってたんだ……このタイミングかよ)

 

壊れたはずの噴水から間欠泉のように大量の水が吹き上がった。

そして、その中から肌を露出した卑猥な格好をした少女が現れた。

 

なぜか全身水浸しで、ベタベタに濡れた長い髪でその顔は隠れていた。

背中側を中心にいくつもの黒い球体が付着し、さらに黒い球体を介して大きな木片やら金属片やらが付着し、それらをガタガタと引き摺りながら登場した。

そんな格好のまま、苦労しながら噴水の(へり)を乗り越えて、シュールな登場をした瓦礫(がれき)まみれの少女は、とどめにぴゅっと口から水を吐き出して見せた。

 

(((なんだコイツ……)))

 

それを思わず見届けてしまった、脳無を除く全員の感想が一致した。

その女はオールマイトと目を合わせると、なぜか丁寧に会釈した。

 

「どうもこんにちは、オールマイト。あなたのマジアベーゼです」

「挨拶するなら身形(みなり)くらい整えてきなさい!」

「ごめんなさい! でも不可抗力なんですぅ!」

 

「マジアベーゼ、だとぉ……」

 

死柄木弔がマジアベーゼを凝視していた。

その声には怒りと憎しみの感情がこもっていた。

 

「おやぁ、わたしの事をご存知で?」

「ああ、ご存知だよ、ご存知だとも。確かによく見たらご本人じゃねーかマジかよ」

 

死柄木弔はゆっくりとマジアベーゼに詰め寄りながら言った。

 

「エノルミータ。ネットのアンチ共が珍しく正解突いてたわ。お前ら、本当はただのマッチポンプなんだろ?」

「ふふふ、さて、どうでしょう?」

「もう何年もヒーローを倒す、倒すっていいながらさぁ、延々と負け続けている!」

 

死柄木弔は天を仰ぐポーズをしながら叫んだ。

 

「俺はそれに二年目くらいからガッカリしていたっ!」

「あれ、もしかしてこの人活動初期からのファン……?」

 

そしてそのポーズのまま、見下ろすようにマジアベーゼをにらみつける。

 

「それで公式チャンネル大盛況だもんなぁ。動画を出せば毎度百万再生。そら十分収益化できてるよなぁ?」

「いや、あれすぐ消されてるんでそんなには……」

 

マジアベーゼがボソっと反論したのを死柄木弔は無視した。

 

「だがなぁ、それは(ヴィラン)としてどうなんだ? それじゃあヒーローと癒着(コラボ)してんのと変わんねーだろうがよ。お前らは不適格だ。俺が大っ嫌いな、腐った商業主義者だ!」

「わ、この人嫌儲だぁ」

「うるせぇ!」

 

死柄木弔はマジアベーゼを指差した。

 

「ちょうどいい、お手本を見せてやろう。脳無!」

 

声に反応し、主が差す指に従い、脳無がぎょろりとした目をマジアベーゼに向けた。

 

「見ろよ、こいつが俺たちの『力』だ。対、平和の象徴! 改人! 脳無! 俺たち(ヴィラン)連合は、お前らとは違ってガチなんだよ!」

 

ハイテンションな紹介と共に脳無が進み、マジアベーゼの前に立ちはだかった。

マジアベーゼは嘲るような顔をしながらそれを見上げ、そして嘆息して見せた。

 

「ハァ……このお人形さんでは……ねぇ?」

「殴られてからもう一度言ってみろ。やれ脳無!」

 

脳無が腰を捻りながら右腕を大きく振りかぶった。

マジアベーゼは表情を変えず、まだ動かない。

 

「お前もこの力の前に倒れろ」

「オールマイトを倒すのはわたしです、そして……」

 

彼女が言い切る前にその拳が振り抜かれた。

マジアベーゼはゆらりと滑るように横に動き、脳無の拳は空振りした。

 

『いつか、どこかで、誰かが』

 

そのまま脳無の背中まで低空をスライドしたマジアベーゼは、通りすがりの挨拶のように、脳無の背中に手のひらでそっと触れた。

 

『わたしを倒すでしょう』

「ガッ!?」

 

触れられた瞬間、脳無が小さく悲鳴を上げ、背筋をぴんと伸ばした。

 

『けれどそれは今ここではなく、あなたにでもない』

 

そして、脳無はその場に膝をつき、両手で頭を押さえて()()()()()()

 

『『アオオオオォォン!』』

「は?」

 

死柄木弔は突如豹変した脳無の、その弱々しい鳴き声に愕然(がくぜん)となった。

 

 

「──はぁっ、はぁっ、きッちいなこれ……だが……それでもよォ……」

 

クレーターの中で横たわる男、マスキュラーの全身を覆う筋肉が、震えながら縮小し、赤黒さを通り越して黒ずみ始めていた。

 

 

『──緊急ロード成功。3rd(サード)、【発勁(はっけい)】、使用可能です』

 

そして、オールマイトの脳内に無機質な福音が届けられた。

 






【あとがき】  トップにもどる

※次回、筋肉祭り第二ラウンド!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。