デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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※まほあこアニメ、来年1月から放送開始らしいです! ビジュアル見たけど想像以上にえっちい!
(2024.01.28 追記)えっちすぎない……?(円盤ポチりながら)

【もくじ】
01.USJ:筋肉三重奏(中)
02.木椰区:お友達
03.木椰区:青を差す者
04.USJ:筋肉三重奏(後)

※1と4に流血、グロテスクな表現があります。



(7)筋肉三重奏

01.USJ:筋肉三重奏(中)  

 

────────

 

食い逃げは、ダメだ。

自分の腹が満たされる。

 

破壊は、ダメだ。

保険屋が喜ぶ。

 

殺しは、ダメだ。

世界のどこかで、取るに足らない他人がその死にほくそ笑む。

 

何もしないのは、ダメだ。

己の知らない誰かがどこかで幸せになる──

 

 

──その男の情緒には、欠落した五歳以前の記憶という、大きな空隙があった。

 

失われた記憶の向こう側に取り残された、愛情を以て育まれたはずの、いくつもの感情。

 

その欠落を新しい記憶で埋め直し、そこからさらに五年を過ごす。

そうして彼の心はようやく思春期に入り始めていたが、その頃にはもう身体は大人に成長しており、その若い力を、万能感を持て余していた。

 

だから彼は引きこもった。

その有り余るエネルギーを全力で内側へ押し留める事に使い切っていた。

 

ああ、この世に『悪』は無いのだろうか?

全ての『正義』に背を向けられる、一片の正しさも無くて、当事者含めて一人残らず台無しな気分にさせる、そんな綺麗な『悪』はないものか?

 

やらない理由を探していたわけではない。

与えられた使命を、今やるに足る理由を探していたのだ。

彼は本気でそう思い込んでいる。

 

彼の『先生』は悪意と共に、英才教育を施していた。

自分の後継者たる存在に必要な腕力と教養を育んでいた。

彼は与えられた、その全てをその身に修めてはいた。

それだけの才能が彼にはあった。

 

だがそれでも彼はやらなかった。

育まれた『悪意』を存分に行使したと言ってもよい。

なんだかんだとくだを巻いて何もせず引きこもり続けていた。

 

インターネットはいつも彼の側にあり「ほら、世の中ってもうダメでしょう?」と視聴者を(あお)り、人類の思考のリソースを搾取し続けている。

それに便乗し、社会全体にうっすらマウントを取る姿勢で慎ましく過ごしていた彼だったが、三年前に邪悪を視てしまった。

 

ただ卑猥な格好をしてヒーローの前に立っただけの少女である。

彼もそのサムネイルに釣られてクリックした。

その少女が、現れたヒーローと戦い、敗けて逃げるというだけの動画だった。

 

その結果はあらかた台無しだった。

ヒーローは傷つき、勝利以外の成果を出せていなかった。

その戦いで街は壊れ、住民の生活は乱され、社会の生産量はその分だけ滞った。

ヒーローへの期待も、(ヴィラン)への期待も裏切られていた。

(ヴィラン)は際どいところまで見せておきながらポロリひとつもしなかった。

 

こいつはたった数分のクソみたいな動画を撮るためだけに、一体どれだけの人間を残念な気持ちにした?

あいつがいなければ誰もそんな気分にはならなかっただろう。

 

こいつはなかなかやるな、と彼は感心した。

彼の目線からはそう思われた。

 

ただ、少女本人の顔が楽しそうだった。

それを目の保養にしたロリコン共がいるかもしれない。

さらに言えば、視聴者の数だけ広告収入が入ったかもしれない。

その辺りは大変よろしくなかった。嫉妬である。

 

(やるじゃねぇか。だが俺はこれ以上の『悪』を成す)

 

それが彼の心に生まれた最初の火であり、クリエイティビティだった。

その熱が彼をようやく『先生』の思い通りに動かし始めていた。

 

そんな彼、死柄木(しがらき)(とむら)が、その行き場の迷子な衝動の正しい向き先を、その忌まわしい原点(オリジン)を思い出すのはまだ先の話である──

 

 

『『──アオオオオオオオン!』』

 

壊れた噴水を背景に、ステレオの絶叫が轟く。

場所は雄英高校の訓練施設、USJ。

平和の象徴を亡き者にしようと、死柄木弔が率いる(ヴィラン)連合が今まさに襲撃中の建物である。

 

オールマイト殺害という最大目標。

これからまさに、それを実行しようとしていた直前にその少女は現れた。

それはよく見れば件の動画の少女、マジアベーゼだった。

 

弔はマジアベーゼを排除しようと脳無をけしかけたが、少女が脳無の背中に手を触れると、なぜか脳無が両膝を着いて、両手で頭を抱えながら泣き始めたのだった。

 

「……このお人形、生きている? まさか『個性因子』が……」

 

何かに気がついた様子のマジアベーゼは、弔に背を向け、脳無の方を振り返った。

そのはずみで、彼女の背中に張り付いていた濃い紫色の球体がぽろりと地面に落ちて転がった。

球体に接着されて、彼女を拘束していた何かの破片も音をたててその場に崩れ落ちていく。

 

地面を転がっていた紫色の球体は突然、ダンゴムシのような姿になり、かさかさと物陰へ走り去っていった。

 

『ギャァッ!』

「んー、なるほど……これは……」

 

脳無の上半身がびくんと跳ね上がる。

少女の右手が脳無の盛り上がった背中、僧帽筋と広背筋の隙間に突っ込まれていた。

 

『アッ! アッ!』

「ですが、妙に分厚い……一体どうやって……」

 

黒い血液を撒き散らしながら、無遠慮に脳無の肉の中をまさぐっていた少女の手が止まる。

すると脳無は自分の首を()きむしりはじめた。

 

『アアアッ!』

「おや、この『個性』だけ外付けですね?」

 

がりがりとかきむしる脳無の手が加速し、その太い指が首から顔へ、そして頭へと登っていく。

 

『『アアアアアアッ!』』

 

脳無の両手はついに頭頂部に至り、自分のむき出しの脳を(つか)み、それを力任せに自分の頭ごと左右に引き裂いた。

絶叫がふたつに割れていく。

 

「むうっ!?」

 

唐突で凄惨な光景を見せられて、オールマイトは顔の(しわ)を少し増やした。

 

黒い液体が一度だけ噴水のように噴き上がり、その周囲に大量の水滴が降り注ぐ。

左右両方の断面から沸騰しすぎて吹きこぼれた煮物のように大量の真っ赤な泡が盛り上がってはこぼれ落ちていく。

マジアベーゼはその血飛沫に濡れながら、喜色満面でその断面を観察していた。

 

「おおぅ『共生』? いえ、もっとピンポイントな『キメラ細胞化』といった所でしょうか? これはレアですねぇ! これで二人の人間を生きたまま(つな)ぎ合わせていたんですね! すごい! ふたつの脳を相手にこの絶妙な! この! こうして自意識を相互に打ち消し合いながらも理性を保ち、『個性』を使いこなす高度な無人格を無理やり造り出したのか! 個性因子のキャパも二人分で一石二鳥! なんという性格の悪さ! 鬼畜なコスパ優先主義! ……でも残念だなぁ、人格だけ壊しても器が生きてると、精神干渉系の『個性』が刺さるからダメなんですよぉ、例えばわたしとかですね! あははははっ!」

 

マジアベーゼは楽しそうに何やらブツブツと早口でつぶやいていたかと思うと、最後に高笑いをあげた。

だが、そこでようやく注目されていることに気がついたらしい。

彼女は「はっ!?」っと我に返って向き直り、取り繕ったような笑い顔を見せた。

 

「えへへ、これは失礼を……つい堪能してしまいました……前言を撤回します」

 

少女はそれの背中を愛おしそうに撫でながら脳無を見つめる。

 

「ごめんなさい、思ったより良いお人形でしたね。ふふ、こんなニッチな分野でも、いるものですねぇ、()()()()というものが」

「お前……まさか……」

 

弔は、少女の瞳に浮かぶ、その酷薄さに見覚えがあった。

それを相手にしていると、とにかく不愉快な気分になることを思い出した。

 

「おい脳無! その頭さっさと『再生』しろ! こっち戻れ!」

 

弔は慌てて呼び戻そうとしたが、脳無は反応すらしない。

 

「ふふ、良いお人形ですが、しかしつまらない。押しつぶす程度しか能がない……」

 

一方で、脳無は少女の声にはびくんと全身を震わせて反応した。

 

「何やってんだ脳無! さっさと言うことを聞け!」

「ただ仕様(スペック)を満たすためだけのシンプルな実装。こんなのでオールマイトに勝てるわけないじゃないですか……」

「脳無!」

 

怒り混じりの大声で呼びつけたが、やはり脳無は応えなかった。

 

「だから、下賜し(あげ)ちゃいました。力を納め、そして振るう、まともな『器』を」

「……やりやがったな……てめぇ……」

 

弔が少女をにらみつけると、少女は自慢げに微笑み返した。

 

「『獣面獣皮(じゅうめんじゅうひ)』『怪物化』『複眼』『電磁躯体(でんじくたい)』『月齢凶化(げつれいきょうか)』──」

「こいつ、『先生』や『博士』と同じかよ……」

 

状況を察した弔は怒りに肩を震わせた。

それは彼がネットゲームで負け越して、(あお)られたときに匹敵する怒りだった。

 

「──まとめて名付けて、個性、『獣神(じゅうしん)』です」

「人のオモチャ取ったうえに、ブッ壊しやがったなぁ!!」

 

脳無の全身の筋肉が、さらに膨れ上がった。

隆起する背中全体からギチギチと何か細かいものが潰れるような音と共に体毛が伸び始める。

毛皮を(まと)っていく胴体の上で、ふたつに裂けていた脳無の頭のふたつの断面から、それぞれ肉が盛り上がった。

 

そして、数秒も経たないうちに再生し、()()()()()()()()()

ひとつの上半身から生えたふたつの首が、それぞれ獣じみた(うな)り声をあげる。

 

『ガルルルルッ!』

『ゴオォォォッ!』

 

脳無だったものが、喉を鳴らしながらゆっくりと振り返った。

その頭は右が虎、左が狼のそれに変貌していた。

上半身を覆う毛皮は右半分が金色で左半分が銀色だった。

広々とした胸板の毛皮の上を、細く青白い電光が走っていく。

 

唖然(あぜん)とそれを見上げる弔に、マジアベーゼが初めて自分から声をかけた。

 

「そこの『手』のお方」

「……死柄木弔だ」

「では死柄木さん、あなたに()()()あげましょう」

「ふざっけんな! 脳無(それ)は俺のだぞ!」

「あれぇ、そうでしたかぁ? いけませんねぇ、ちゃんと『名前』をつけないから……」

 

弔が所有権を主張したが、マジアベーゼはとっくに自分が拾ったものだと認識していた。

そして指を差してそれぞれの頭に名前をつけてしまった。

 

『マロンちゃん』

『はっ!』

 

左側の狼の頭が低い(うな)り声をあげて(うなず)いた。

 

『ピロンちゃん』

『ははぁーっ!』

 

右側の虎の頭が大きく口を開けて返事をした。

 

『オールマイトを殺しなさい』

『『承りました』』

 

双頭の獣人は右手を胸に当てて、深々と(こうべ)を垂れた。

マジアベーゼは宙に浮かび、ゆっくりと上がりながらオールマイトを指差した。

 

「さあ、オールマイト。これくらいは(しの)いでくださらないと、()()到底助かりませんよぉ?」

「君、相変わらずやりたい放題だな!」

 

オールマイトは率直な感想を叫び返した。

弔も似たような感想だった。

 

マジアベーゼは10メートル近くまで浮上し、辺りをぐるりと見回した後、オールマイトに片手を上げて挨拶した。

 

「それじゃ、わたし今日は他にもっと見たいものがありますので、これで失礼しますね」

「「マジかよ!」」

 

少女はふっと立ち昇った黒い煙の中に消え、その下に残された双頭の獣人が飛び出した。

 

その体は5メートル近くまで膨れ上がっていた。

にもかかわらず、先ほどまでの力任せな動きとは打って変わって、重心が低く、しなやかで動物的な疾走だった。

金と銀の毛皮を煌めかせながら、オールマイトに迫る。

 

(わたくし)、マロンと申します!』

(わたくし)はピロンでございます!』

僭越(せんえつ)ではございますが、あなたのお命を頂戴せよとのお役目、申しつかり参上いたしました!』

「ご丁寧にどうも!」

『それではまいります!』

「来い!」

 

獣人は飛び上がりながら巨大な右腕を振りかぶり、オールマイトは両腕を組んでそれを受け止めようとする姿勢になった。

 

『『死ねおりゃあああ!!』』

 

大岩が落下したような衝突音と共に、オールマイトを中心に地は割れ砕けて円を描いて沈み込み、辺りはたちまち砂(ぼこり)に包まれた──

 

 

──その光景を見て、轟音を耳にして、黒霧はその不完全な思考能力をようやく回復させたようだった。

 

「……死柄木弔、いかが致しますか?」

 

弔は手を開いたまま、手の甲で黒霧の顔をはたいた。

 

「はぁ……棒立ちキメやがって……お前がワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ……」

 

少女が消えた中空を見上げると、施設全体を覆う巨大なドームの天井が見えた。

 

「あのクソ女……突然現れて俺のオモチャ台無しにした挙句(あげく)、見てぇ生放送があるとかそん位の理由で消えやがった……動画そのまんまじゃねぇか……クク」

「死柄木弔?」

 

弔がブツブツと恨み言を連ねた後に、少し肩を震わせると、黒霧はまた少し混乱した様子を見せた。

それは彼のライブラリにない行動パターンだったのだろう。

 

続行(コンティニュー)だ」

 

しきりに首筋を()いていた手が止まっていた。

 

「そうだ、全部台無しにしてやるのは俺だ。俺がやるんだった……」

 

弔はそわそわと忙しなく辺りを見回し、やがて地に伏せている男の方に目を向けた。

 

 

 

02.木椰区:お友達  

 

────────

 

雄英高校の訓練施設、USJで1年A組の生徒達が(ヴィラン)の襲撃を受けていた頃。

浜松市木椰子区(きやしく)にある県内最大のショッピングモールでも、ヒーローと(ヴィラン)の衝突が始まろうとしていた。

 

『ちょっと! あなた、今どこにいるの!?』

「木椰子区」

 

食事処が並ぶフロアの通路は見映えよりも搬入出の利便性を重視した作りになっている。

その少し奥まったところにある、イタリア料理屋を兼ねたカフェスタイルの店で、二人掛けのテーブルの椅子に腰掛け、ハンズフリーで通話する人物がいた。

 

話す声は本人も、その通話相手も、野太いながらも落ち着いた、成人男性の声をしていた。

 

『木椰子区……エノルミータね! よりにもよって其処(そこ)なの!?』

「よく知ってるのね。もしかして商売敵?」

『そうなるかもね!』

 

通話相手の男性の声は、少し溜めてから真剣な調子で(とが)めた。

 

『あなた、飛び出す勇気が無いんじゃなかったの?』

「そうね、健ちゃん……」

 

その人物は、ショートの金髪を左右でふたつ結びにした、長身の女性に見えた。

マスカラの入った長いまつ毛の下に、黒く濡れた瞳を(たた)えた、切れ長の双眸(そうぼう)

念入りにシェーディングされた濃い化粧の奥に隠れた精悍(せいかん)な顎のラインを見抜くのは、パッと見では難しいだろう。

 

「今日も、常識という枠に(つな)がれた人が、(つな)がれない人を笑ってる」

 

眉を下げ、どこか遠くを見るような表情で、太い声が語りはじめた。

 

「寂しいけれど私、健ちゃん程には期待も、絶望もしていなかったから……」

 

その人物は椅子に軽く背を預けて首を傾け、肘掛けを支えにして(ほお)に手を当てた。

 

呼吸に合わせて平たい胸元が上下する。

シングルブレストのボタンから腰を締めるベルトまで、すべてピンク一色のワンピースはすらりと長い痩身によく似合っていた。

その服はAラインで肩が出ており、その季節にはまだ肌寒そうなものであったが、その肩から先のよく鍛えられた上腕がその印象を与えない。

 

「でもね……」

 

その目元が少しだけ緩んだ。

 

「私、恋する人の足に(すが)り付くくらいの厚かましさはあったみたい」

『んもぉ……そういうことなのね?』

 

その人物はあまり感情を見せない調子だったが、相手の男性の声は、声だけでもとても感情豊かだとわかる。

 

『もういいわ、また会えるのよね?』

「ええ、あなたが私に気づいてくれたなら」

『バカ、【個性】を見たらすぐわかるわよ』

「あらら、そうでした」

 

そのように、おどけた声を出したときだけは笑顔になった。

 

『……困ってはいないのね?』

「ええ、心配かけてごめんなさい」

『全くよ! 心配して損したわ! じゃあね!』

 

その通話が切れると、高校生くらいの少女がトレイを持って、そろそろと近づいてきた。

ベージュのセーターと組み合わせたセーラー服。

セーターの裾からほんの少し見える、ミニ丈に詰められたスカートの下からは健康的な太ももから下が肌寒そうに晒されている。

向かいの人物と同じように金髪を左右でまとめているが、こちらは長い髪をお団子にして、先端を出してハネさせていた。

 

「別に待ってくれなくてもよかったのよ?」

 

少女はそれに答えず、曖昧に笑いながらトレイをテーブルの真ん中に置いて、向かいの席に座った。

エスプレッソの小さなカップを手に取って、少し口を付けながら上目遣いになり、ようやく口を開いた。

 

「お電話、会社の人からですかぁ?」

「いいえ、お友達」

「……いいなぁ、トガも、お友達と夜中に長電話をしてみたい」

「ふふ、一生物だからね。これからたくさん作りなさいな」

「たくさんはいらないのです」

 

少女のゆるやかな拒絶に、向いの人物はウィンクを差し込んだ。

 

「じゃあ、私はあなたのお友達になれないのかしら?」

「ブルーさんとは、もうバイト仲間のお友達ですよぉ」

 

そう言いながらも、少女は笑顔を消した。

 

「でも私、同年代のお友達が欲しいです」

「そうなの。歳の近い子がいいならベーゼ様は?」

 

それを聞いて、無風の表情だった少女の眉間に縦(じわ)ができた。

大きく口を開けて舌を出して見せる。

 

「べー、です。総帥は嫌い」

「あらあら、難しいわねぇ」

「何ですかぁ?」

 

生暖かい感じで見てやれば、気分を害されたのか、少女もダル絡みの姿勢になった。

まだ嫌悪の表情までは()()()()らしい──そう思いながら、向かいに座る少女の表情の変化を密かに楽しみ、トレイからアイスコーヒーのグラスを取り上げて、話題を変えた。

 

「私ね、友達に黙って勝手しちゃったわ。いつもこうなのよ。流石に今回は嫌われちゃったかもね」

「そうです! あなたホント勝手しすぎですよ! ぷんぷんぶん!」

 

少女が急に(ほお)を膨らませて怒ってますアピールをし始めたので、少々面食らいながら理由を尋ねる。

 

「あなたまで何よ?」

「トガは友達とは本音をぶつけ合いたいのです」

 

少女はエスプレッソのカップを置いて、椅子から腰を浮かせて、テーブルへのしかかるようにしながら指を突きつけた。

 

「ブルーさん。あなた()()()()前の方が絶対に魅力的でした」

「あら……」

「総帥の『改造』を受け入れるなんておバカですよ。気づいていないでしょうけど、あなた何か()()()()()()感じがしますよ?」

 

ブルーと呼ばれた、性別が定かでない人物は、少しだけ驚いた表情を見せたが、そのままアイスコーヒーのストローを(くわ)えた。

 

「そうかもね」

 

そっけない返事を受けて、少女は乱暴に椅子に倒れ込み、ぐったりでろんと脱力した。

 

「もーっ、ぜんぜん響いてないのです! どうしてですかぁ?」

「複雑だわ。トガちゃんが私を心配して、そう言ってくれるのは嬉しいのだけれど」

「んぬー?」

「恋しい人と同じ色に染まるのは、普通の女らしいでしょう?」

 

それを聞いた少女は行儀の悪い姿勢のまま、また(ほお)を膨らませた。

 

「むうっ、すっかり恋するオトメのお姉さんなのです! 悔しいです! まだついてるくせに!」

「大声でそんなこと言わないの。可愛いのが台無しよ」

「それにすっかりモデル体型になっちゃって……」

 

少女がじとっとにらみつけると、向かいの人物は目を逸らしてしまった。

 

「……せっかく『改造』してもらったんですもの、ちょっとくらいイジっても(ばち)は当たらないわ」

「ほぼ作り直しじゃないですか! 妬ましい!」

 

椅子の上で行儀悪くじたばたしていた少女は、不意にぐったりした様子で動きを止めた。

 

「……トガも早く『改造』されたいのです」

「ベーゼ様ならいつでもやってくださるはずよ?」

「総帥のはダメです」

 

ブルーは困ったような顔をした。

 

「何が違うのかしらねぇ。ヴェナリータも胡散臭さは大して変わんないわよ?」

「押し付けられるのは嫌。そんな救いは要りません。力も要りません」

 

少女は何かを夢想しながら、にんまりと微笑んだ。

それはそれまで見せていたものとは違って、飾りひとつない、邪悪な笑顔だった。

 

「欲しいのは人生を彩る『魔法』だけなのです……」

「詩的ね」

 

話している途中で、ブルーがテーブルに置いていたスマートフォンから、着信音など何の前触れも無く、声が漏れた。

 

『市バスが到着。目標の降車を確認』

 

ブルーは(ほお)杖をついたまま、片手を上げて、どこかから見ているであろう仲間にサインを返した。

同じく少女も表情を無くし、座る姿勢も直してカップを手に取る。

 

「……お喋り、この辺にしときますか。今日のトガは六割五分くらいお仕事モードです」

「あともう一割は欲しいかな……ダメ元で張ってみたけど、上手くいっちゃったわね。チャンスって事?」

「トガが行きましょうか?」

「いいえ、私が正面から行くわ。トガちゃんは裏取りをお願いね」

「はぁい」

 

少女は立ち上がり、にんまりと自信満々の表情で、ビシっと基本ができてない敬礼をした。

 

「トガはたくさん手柄を立ててユーヨーセーを示します。そしてヴェナリータさんに、魔法少女にしてもらうのです」

「私もまずは下積みを続けて、あのお方にお目通り叶うことが目標よ」

「えへへ、お互い」

「頑張りましょうか」

 

二人は席を立ち、微笑みを交わしながら、互いの拳を軽くぶつけ合った。

 

 

 

03.木椰区:青を差す者  

 

────────

 

駅からバスで二十分の、その商業施設を指定したのはMt.(マウント)レディだった。

 

彼女も私用で同じ場所にいて、終わったらすぐ合流するつもりでいるらしい。

午後からのプライベートを優先したものの、こちらの進捗具合も気になっているようだ。

 

Mt.レディの相棒(サイドキック)、『デク』に(ふん)する男、緑谷(みどりや)出久(いずく)は、事務所にアポ無し突撃をしてきた長身の同級生、心操(しんそう)人使(ひとし)を連れて、そのショッピングモールに来ていた。

もちろん、デクが本当はただの高校生であることは隠されており、彼が年上ぶって自分より背の高い少女をエスコートしてきた形となる。

 

心操本人にMt.レディ事務所での勤務を志願させるために、「パトロール体験」に誘ったら、ふたつ返事で着いてきたという状況だった。

二人はちょっとヒーロー好きのご婦人方に絡まれながらも、つつがなくバスでの移動を完了し、ショッピングモールに立ち入っていた。

 

「個性犯罪の成立要件はそれなりに厳しくできているんだ。いくつもの不適用事項が設定されている」

「不適用事項……資格なしに個性を使っても許される条件って事だよね?」

 

真剣な表情で尋ねる心操に、デクはうなずいた。

人が集まり、ヒーローとしては初心者向けのトラブルの多い、商業施設は新人へのチュートリアルに最適だった。

 

が、そもそも教える「資格」すらないデクとしては、実践的な教育はやりたくないしできないので、知識面のレクチャーだけでMt.レディが合流するまでお茶を濁そうとしていた。

 

「まず正当防衛と緊急避難だね。自分の身を守るのための個性使用はセーフ。あと救助行為にも適用される。当初は適用が厳しかったんだけど、【わざと発動させて(ヴィラン)に仕立てる】行為が横行したせいでだいぶ緩くなったという歴史があるんだ」

 

「じゃあ、俺が『洗脳』して避難させるのはヒーローじゃなくてもやっていいの?」

「うーん、微妙かな。ヒーローが近くにいないことが明らかで、しかもよっぽど差し迫った状況ならいけるかも。ヒーローや、他の人の自衛行為を邪魔したら、別件で訴えられてアウトになるだろうね」

「そりゃそうか」

 

二人は話しながら、迷うことなくフードコートを目指していた。

到着したらまずは遅めになった昼食を摂ろう、と話を合わせてあったのだ。

 

「次は体質的な理由による不意の発動。これは実質、難儀な『個性』を持って生まれてしまった人への救済要件だね。いろんな法令があって、厳しくチェックされて、行政側の都合で一時仮処分まで進むケースはあるけど、最終的にはちゃんと救済されるものらしい」

「心神喪失で無罪になるケースもこれだよね……」

「うん、難しいね。どこまで許すのかとか、あっちを立てればこっちがみたいな話じゃない。法と人の尊重に基づいて司法がした判断を、僕らが信用するかどうかというレベルの話だ」

 

それを真剣に聞いていた心操は、少し苦笑いをした。

 

「ごめん、話そらしちまった。俺の『個性』のせいで(ヴィラン)の罪が軽くなってしまうケースがあるんじゃないかって、ずっと不安なんだ」

「確かにそのリスクはあるね……でも、だからこそ……」

 

二人が通り過ぎようとしていた横合いから、声をかけられた。

 

「ちょっと、デートの邪魔してごめんね?」

「「デートォ!?」」

 

二人は共に心外そうなリアクションを決めた。

声をかけたほうがそれにちょっとびっくりしている。

 

「知り合い?」

「いや……」

 

声をかけてきたのは男性の声だったが、その声は、その容姿からは想像もつかないもので、二人は少し混乱した。

その人はピンク一色のワンピースに身を包んだ、すらりと細い長身の女性に、見えた。

 

「お互い初対面よ」

 

その性別がわかりにくい人は、正面に回り込み、立ち塞がるようにして、心操を指差した。

 

「別に確認するまでもないけど、一応聞いておくわね。あなたが『ブラック』で間違いないわね?」

「!?」

「ブラック?」

 

デクは首を傾げたが、心操には心当たりがあるようだった。

 

「……そう名乗った相手は、まだアイツ一人だけだぜ……エノルミータ?」

「えっ!?」

「ふふ、その通り」

 

その人物は自分の手を平たい胸に当て、科を作って見せた。

 

「私は悪の組織エノルミータの戦闘員、『ブルーローズ』よ」

 

その名乗りを聞いて、デクは表情を変えた。

ようやく、その人物の目的が見えたのだった。

 

綾金(あやがね)に現れた、『ブラック』を名乗る正体不明の魔法少女」

「魔法少女って……?」

 

それはデクも、心操も、聞いたことのない単語だった。

 

「組織は随分とあなたの存在に驚いているわ。この私を緊急投入する程度にはね? そして今、雄英高校の生徒とわかって二度驚き」

 

ブルーローズはそこで一呼吸置いた。

動揺しつつも、冷静に観察を続けるデクの目を見て、にっこりと微笑む。

 

「でもね、私は驚いてないの。条件が厳しいとはいえ、こんな優越性の高い『力』が他に研究されていないなんてあり得ないものね?」

「!?」

「ふふ、そういうわけで、ブラック、あなたにはいろいろと吐いてもらおうと思ってきたの」

 

(やはり、目的は心操さんの捕獲……)

 

デクはブルーローズの目的を知った辺りから、行動プランを組み立て始めており、この時点ですでに完成させつつあった。

心操が動揺しながらも強がった様子で返事をする。

 

「つ、捕まると思うか? この俺が……」

「人違いですよ!」

「わぁっ!?」

 

デクは不意に心操の手を引いて(きびす)を返し、走り始めた。

心操は手を引かれて少し足をよろめかせたが、そのまま持ち直してデクに追従した──

 

 

「──あら、ヒーローが逃げるなんて許されるのかしらね?」

 

引き返す二人を見送りながら、ブルーローズは心外そうな顔をしたが、何かに気づいた様子で両手を合わせた。

 

「……おっと、まだこっちが使()()()()()からだわ……果断な(ヒト)ね、好みかも」

 

ブルーローズは微笑み、自らの胸に両手を添え、目を閉じた。

 

「『半導体(セミ・コンダクター)』、通電(オン)

 

その胸が青い光を放ったかと思うと、商業施設全体が一斉に停電した──

 

 

──エノルミータの戦闘員、ブルーローズの個性、『半導体(セミ・コンダクター)』。

 

自分の体内を流れる電力を制御することで、自身の身体の内部や表面で様々な現象を起こすことが出来る、電気系の万能型個性である。

 

マジアベーゼによる『改造』を受ける前は、彼女の『個性』が扱える電力に限りがあり、それは貧弱なものであった。

せいぜい、今行っている『レーダー』のような、そこそこ便利ながら地味な能力しか発動できないものだった。

 

だが、今は商業施設のブレーカーを丸ごと吹き飛ばせる程度には、大規模な電力を扱うことができていた──

 

 

「──止まらないか。どういうことかしらね?」

 

停電に驚いた周囲の買い物客が悲鳴混じりで声を掛け合っている。

 

ブレーカーの落ちたフロアの通路は窓が無く、日中でありながらもほぼ視界が潰される程度の暗闇に包まれていた。

その中で、彼女の周囲だけは青白い明かりが灯っている。

 

ブルーローズは自身の体から電波を放ち、その反射を受信することで施設を去ろうとしている二人の位置を捕捉していた。

彼女の胸には、大量の電力を抱え込んでいることを表す、青白い光が円状に波打ち、グラデーションを作りながら煌々と放たれている。

その胸に咲く、青い電子の花こそが、彼女の異名『ブルーローズ』の由来だった。

 

ブルーローズはスマートフォンを取り出した。

その変造スマートフォンは何も操作しなくても無線機のように機能する。

 

『トガちゃん、回れてる?』

『はぁい、大丈夫ですよぉ』

 

ブルーローズが声をかけると、こそこそとひそめた、少女のささやき声が返ってきた。

 

『あの二人、この暗がりでよく走れますねぇ……あ、ブラックは無理みたい。今こけました』

「そのまま分断できる?」

『いえ、二手に別れました。ヒーローは上に、ブラックはまっすぐ出口方面に向かってます。あはは、ブラックは見捨てられちゃったのかな?』

「好都合、だけど……キナ臭いわね」

 

入り口の方に向かって歩きながらブルーローズは思索にふける。

 

(怖気ついたか……いや、私という(ヴィラン)を、自分で担当しなくてもいいと判断した? つまり、施設内にまだ別のヒーローがいるのね……)

 

彼女は、冷静に(たたず)んでいたあの若いヒーローを過剰に警戒していた。

長く部下を預かる身の上の常として、慎重の上に慎重を重ねる性質だった。

そのため、この作戦に早くも見切りをつけた。

 

「……総員、プランC。目標の捕獲から排除へ変更。ABは撤収開始。車もすぐ出して。すでにヒーローの増援が来ている前提で動きなさい」

 

『チームA、プランC了解』

『チームB、プランC了解』

 

二度、ノイズ混じりのくぐもった女性と男性の声で返事が入った。

 

『ブルーさん、私はどうすれば?』

「トガちゃんはあのヒーロー止めてくれる? 元軍人のカンでは……なんなら殺しといたほうがイイ」

『あはぁ……気分が乗ったらそうします』

「私はブラックを仕留める」

 

それだけ言い放って、追跡を始めようとしたところ、トガから慌てたような声で連絡が入った。

 

『ブルーさん! ブラックが戻ってきます、すごい速さ! 危ない!』

「!?」

 

慌てて正面を探れば、雄英高校のブレザーを脱いだブラックがすでに眼前まで突進していた。

 

「うおおおおっ!!」

「なっ──!?」

 

 

──心操が目一杯まで助走をつけて敢行したタックルはブルーローズを捕らえ、二人は接触したまま天井スレスレの放物線軌道を描き、その先のフードコートに突入して、十数(きゃく)の座席やテーブルを巻き込んだ。

 

『キャアァァッ!』

 

フードコートにまばらに立っていた買い物客達から悲鳴があがる。

そこは天井がガラス張りになっており、照明が落ちて少し(すす)けた雰囲気は出ていたが、外の天気は快晴。真昼の太陽の光がたっぷりと差し込んでいた。

 

コートの中央で、壊れたパイプ椅子の山に囲まれて、二人の女性が向き合った。

周囲の買い物客は(ヴィラン)の襲撃を連想したのか、その二人から距離を取って避難し始めている。

 

 

「はは……全然効いてねぇ……」

 

(ほこり)で汚れた白いシャツの胸をパンパンと(たた)きながら、心操はつぶやいた。

 

「一発だけなら誤射かもしれない作戦、失敗……」

 

タックルを受けて背中から突っ込んだはずのブルーローズは、表情を変えずに立っていた。

 

「やってくれたわね……なるほど、戦う気満々だったか……」

 

心操がスラックスのポケットに滑り込ませたその手は少し震えていた。

内心で自分を励ましながら、不敵な笑みをぶつけ、勇ましく啖呵(たんか)を切った。

 

「俺が狙いなら、これは俺の喧嘩だよなぁ!」

 

その様子をまっすぐと見つめながら、ブルーローズはワンピースの腰に取り付けられた、白い星形のアクセサリーを取り外した。

その胸の青い輝きが増していく。

 

「ブラック……『剣の君』を退けた魔法少女……」

「剣……? いや、あいつやったのはMt.レディで……」

「その実力、確かめさせてもらうわ」

「こいつ話聞いちゃいねぇ……」

 

心操もポケットから黒いハート型のアクセサリーを取り出し、握り込んで自分の胸にぶつけた。

 

『『変身(トランスマジア)』』

 

音もなく、フードコートを強い光が満たした。

 

その光景を見た買い物客達は、後に「女性が二人、ものすごく光ったかと思うとコスチューム姿になっていた」と証言する。

そして、コスチューム姿になる前の容姿について、正確に答えられる者はいなかった。

 

光が消えると、向き合う互いの服装が変わっていた。

 

心操は綾金事件でも見せた、全身黒の甲冑(プロテクター)姿。

プロテクターは左右から全身に巻き付くように装着されているが、彼女の胸部を中心とした正面だけは装甲が届かず、その下の柔らかい部位が挟まれて深く細く底の見えない谷間を作り出している。

顔は下半分のみ、歯をむき出しにした犬の顎のような形状のマスクが装着されており、その特徴的な隈の強い三白眼は鋭く白日に晒されていた。

 

一方、ブルーローズは元の服装とは全く印象の異なる姿だった。

 

(なるほど、魔法少女……)

 

心操はその単語と、目の前の女性の容姿に納得感を覚えた。

 

白地に黄色のレース。黄色地に白のライン。

二色で仕立てられたツーピースのドレスだった。

動きやすいように裾の丈は詰められており、腕は肘丈より長いロングの手袋、(もも)から下はブーツと半ば一体化したニーソックス。

所々に黄色いリボンが付けられ、ガーリッシュと言うには幼すぎる意匠が強化されている。

 

元の大人らしい服装とは打って変わった、少女趣味全開のコスチュームであった。

 

(俺、あんな格好に『改造』されなくて本当によかった!)

 

心操は心底涙目でそう思った。

 

ただひとつ、胸の上でときおり放電しながら強く輝く、青白い『個性』の光だけは健在だった。

その光を手で包むようにしながら、誇らしげな表情をしながら、その女性は心操と視線を合わせた。

 

『私はブルーローズ。黄色い夢を見る少女の心に、自由の青を差す者』

「アニメみたいな登場シーン!?」

『格好いいでしょう?』

 

ブルーローズはふわりと微笑みながら、手のひらを心操に向けた。

その胸の青白い輝きが荒々しい放電現象に変わっていく。

 

『始めましょうか』

 

その雰囲気にぞわりと悪寒を覚えた心操はとっさに両腕を交差して身を守った。

 

放電冷却熱線(トライディザスター)

「うおおおっ!?」

 

その攻撃は心操が目を(つむ)った一秒足らずで終わったが、その余波はフードコートの半分を蹂躙(じゅうりん)していた。

ある場所は燃え、ある場所は氷が張り、ある場所は火花を散らしながら崩落していく。

天井のガラスも一部が破壊され、大きなガラスの破片が落下している。

 

一振りで景色を変えてしまったその攻撃に、心操は思わず感想を述べてしまった。

 

「そ、その攻撃はどっちかっつーと少年漫画じゃねぇかな……?」

『これで無傷か……タフな戦いになりそうねぇ』

 

ブルーローズは表情を消し、(まなじり)を細めて、軽く舌()めずりをした。

それは血と硝煙に酔い、死地に慣れ親しんだ兵士の表情だった。

 

 

 

04.USJ:筋肉三重奏(後)  

 

────────

 

今筋(いますじ)強斗(ごうと)は知っている──

 

「わかっちゃあ、いたのさ……」

 

彼は与えられた個性『加速(オーバークロック)』の反動、酸素不足により失神寸前の状態だったが、そこから自力で回復しつつあった。

呼吸はすでに落ち着きを取り戻している。

彼はそのための呼吸法を習得していた。

 

彼は生まれながらにして、血と闘争と、それがもたらす結果、その全てに飢えていた。

それは彼に与えられた『個性』とは関係がない、天性の(さが)であった。

むしろ、その『個性』は幼い彼に無限の夢と可能性を提示し、彼を光の当たる場所に押し留めていたとさえ言える。

肉体は精神を、精神は個性を、個性は肉体を、それぞれの領分に引き摺り込んでいく。

 

「善意ほど臭ぇモンは無ぇ……甘えているうちに、時間だけは過ぎ去っていく……そういう(わな)だ」

 

彼は深呼吸を繰り返す。

肺を、血管を通して、筋肉に酸素を送り込んでいく。

それを意識して、繰り返し丁寧に腹を、横隔膜を動かしていく。

 

与えられた可能性を信じて、少年時代の彼はひたむきに己を鍛えた。

その先にある頂点の闘争、その血塗られた世界を夢見れば、何でも我慢できた。

 

「こんな鬼に金棒みてぇな『個性』をポンとくれた理由もよ……」

 

だが、彼はその時に間に合わなかった。

彼の人生を決めるであろうその日に、彼の『個性』は習熟が間に合わなかった。

 

()()俺は大した脅威じゃねぇってことだわな……」

 

彼がそれに気がついたのは、タイムリミットの直前だった。

正しい理屈で、適切な訓練ができれば、結果は違ったのかもしれない。

だが、貧しく平凡な家庭に生まれ育った彼は、社会に平等にゼロに設定された、正しい導き手と出会う確率を外した。

 

「でもよう、オレはもう解ってるのさ……」

 

そして、そうなった原因がわかれば、彼はすぐに割り切った。

社会には社会の、他人には他人の、自分には自分の都合があり、時間の限界というものがある。

 

「人生のままならさを、好きなことすら思い通りにならねぇ現実を!」

 

そうやってご都合がかち合ってしまうなら、もう仕方がないのだ。

相手がそれを我慢するメリットを提示できないならば、自分も付き合ってやる必要はないのだと。

 

「オレはそのうえで楽しんでいる!」

 

代案どころか、その希望すら提示できない、そんな詰まらない奴らに付き合う必要はない。

こうして彼は(ヴィラン)『マスキュラー』となった。

 

指先の(しび)れが取れ、体に力が入り始めた。

彼はその表情を、凄惨と呼べる程(いびつ)にしていく。

次の闘争の、流血の予感が、彼に周到な準備を継続させる。

 

「いまさら息が続かねぇ程度の障害なぞ、乗り越えてやるさァ、鼻歌交じりでなぁァ!!」

 

彼の個性、『筋肉増強』は今度こそ、その望みに応えようと、その権能を肥大化させていく。

 

そうして彼は再び立ち上がった──

 

 

──死柄木弔がマスキュラーに歩み寄ると、マスキュラーは自ら体を起こし、立ち上がっていた。

 

「まだ立てるとはな。まあ()()()()つもりだったわけだが。お前、次は死ぬかもよ?」

 

そう言いながら、死柄木は手に持っていた注射器を五指で触れて『崩壊』させた。

 

「ああ、もったいねぇ。お前もテンション上がってるなァ、あと十秒だけ待ちな……」

 

ひゅうひゅうと音を立てて深呼吸を続けるマスキュラーは、崩れ落ちていく注射器を眺めながら口元を(ゆが)ませた。

 

「お前……その体どうした?」

 

先ほどまで、マスキュラーの身体を包み、これでもかと膨張していた大量の筋繊維はほとんどが無くなり、2メートルの肉体を黒い筋のように細くなった筋繊維の束ががうっすらと覆うだけになっていた。

 

「ハァ……ちょっとした()()()さ……気分の良いモンじゃねぇ」

「そうか。状況は見ての通りだ。邪魔が入って、獲物まで取られそうになってる」

「お互いケツに火が付いちまったと」

「俺も出るから、お前は合わせろ」

 

それを聞いたマスキュラーは呵呵(かか)と笑い飛ばした。

 

「ハッハハ! 覚えときなよ()()()。合わせる必要はねぇんだぜ」

「あぁ?」

 

マスキュラーは軽く屈伸(くっしん)しながら語った。

 

()()()()なんだ。殺し合えば、当然。呼吸が、血潮が、拳が、筋肉が合っていく。リズムは揃っていくもんなのさァ! 言うだろぉ? 戦場音楽ってさァ!」

「いや意味わからん」

「わかれよ! ハハハッ!」

 

楽しくて仕方がない、といった様子で笑いながら、マスキュラーは駆け出した。

向かう先はオールマイトと双頭の獣人が戦う、砂煙の向こう側──

 

 

「──さあ遊ぼう! 俺も混ぜてくれ! そんでもっと血ィ見せろぉ!!」

 

そう叫びながら割り込んできた男、マスキュラーを見た瞬間、その姿がブレた。

オールマイトは元『脳無』──双頭の獣人──名乗りは受けたがどっちがマロンかもう忘れた──との交戦を一時打ち切り、マスキュラーを迎撃することを決めた。

 

加速(オーバークロック)発動』

(こいつ死ぬ気か!?)

 

早く()()()やらなければ。

個性『危機感知』の警告を受けたオールマイトは銃弾のような速さで放たれたマスキュラーの右ストレートを腕で止めた。

しかし、その衝撃は胴体まで伝わり、彼の重心が動いた。

 

「むっ!?」

 

マスキュラーが放ったのは拳ではなく、掌底だった。

上体がわずかに揺らいだオールマイトに対し、マスキュラーは躰道(たいどう)のような、流れるような動きでさらに踏み込み、今度こそ拳を放つ。

オールマイトはそれを回避することを選択した。

 

「フウゥゥゥッ!」

加速(オーバークロック)解除。節約するようです』

 

マスキュラーはその場に留まり、(ほお)を膨らませ、ゆっくりと息を吐き出している。

 

『危険度を上方修正。スピードは低下しましたが……』

 

(パワーもガタ落ち! だが()()が増した! こいつは技術(アーツ)だ!)

 

筋肉を減らしたマスキュラーの動きが変わっていた。

先ほどまでの筋肉に振り回されるような(つたな)さは無くなり、手の先、足の先、その呼吸まで、熟練の武術家のように洗練されていた。

 

(こいつ、チンピラみたいな顔してこれほどの鍛錬を? 隠していた……違う!)

 

なぜ、先ほどまでの万全な状態でこれをやらなかったのか?

やらなかったのではない、できなかったのだ。

オールマイトは同じ求道者として、マスキュラーの抱える事情を察しつつあった。

 

『危機感知、あの黒い筋肉は何だ?』

『例えるなら、酸素ボンベです。特殊な呼吸法で身体を高酸素状態にし、筋肉に溜め込んだ模様。付け焼き刃ですが、加速(オーバークロック)の稼働時間だけならば5パーセントから15パーセント延長されると推測』

 

それほどの鍛錬をしても、成果が追いついていないのだ。

増え続ける筋肉に、変わり続ける重心の位置に、関節の可動域に。

『筋肉増強』をした状態で、変わり続ける全身の筋肉の力を正しく動かし、力を(けい)に、腕力を拳打(アーツ)に変える技術が未完成なのだ。

おそらくそれは常人の、定命の鍛錬でたどり着けるようなものでは無いのだろう。

 

『困りますよ』

『私どもを忘れてもらっては』

 

巨大な獣毛が(ひるがえ)り、オールマイトの全身がその影に入った。

彼の背後から、双頭の獣人が両腕を広げてふたつの口を大きく開け、飛びついて()みつこうとしていた。

 

「忙しいなぁもう!」

 

オールマイトは両腕を交差させながら体を大きく反らした。

 

CAROLINA SMASH(カロライナ スマッシュ)!!」

 

斜めの十字を描くような軌道で、オールマイトは両手の手刀を放った。

ふたつの手刀が交差し、双頭の獣人のそれぞれの顎に(たた)き込まれる。

獣人はそれを無視して()みつこうとしたが──

 

『『ギャンッ!?』』

 

──獣人の個性『衝撃吸収』はその手刀の威力を吸収し切ったが、手刀が通過する際の位置エネルギーと、歯と歯の間にかかるてこの原理による力までは吸収し切れず、その牙をへし折られた。

 

思わぬダメージに獣人は口を押さえて地面を転げ回る。

オールマイトはそのままブリッジからのバク転を決めようとしたが、その手と上半身がずるりと地面に沈み込んだかと思うと、空中に投げ出されていた。

 

彼の視覚上はそう見えた。足はまだ地面を踏んでいる感覚があるのに。

 

「何っ!?」

 

地面に黒霧の個性『ワープゲート』が仕掛けられており、オールマイトはそこに上半身を(はま)らせてしまっていた。

オールマイトの下半身はまだ地面にあるが、上半身はワープ先の空中に現れている。

 

「ゲートを閉じ、()()()()()のが私の役目……終わりだ」

 

いつの間にか近くに現れていた黒霧が、その身体を煙のようにゆらめかせながら腕を(かざ)すと、地面に空いた黒い穴が閉じ始めた。

 

3rd(サード)よりメッセージ。【発勁(はっけい)の説明はしない。君の生き様に、追加で説明できる言葉がないからだ】』

 

『危機感知』の声を聞いたオールマイトは目を輝かせ、ニヤリと歯を見せた。

 

New Hampshire(ニュー・ハンプシャァァァァ)……」

 

オールマイトの上半身が右の拳を握りしめ、()()()()()()()()()()ひきしぼられ、裏拳を放つような姿勢になった。

 

「そのような手打ちで何を……なっ!?」

 

黒霧が言い切る前に、オールマイトの拳が光を放った。

 

SMASH(スマッシュ)!!」

 

「「「おおおおっ!?」」」

 

オールマイトの光る裏拳が振り抜かれ、拳圧は暴風となって辺り一帯の地面に(たた)き込まれた。

黒霧が、マスキュラーが、双頭の獣人がそれに巻き込まれ、吹き飛ばされていく。

吹き付ける爆風が植えられた木を倒し、さらに地面まで引き()がしていく。

爆風はオールマイトの下半身を吹き飛ばし、ワープゲートからスポンと脱出させていた。

 

噴水がすっかり跡形もなくなった、土くれとコンクリートの残骸まみれの地面にオールマイトが着地した。

 

「わかったぜ『発勁』! 本気で頑張ればなんでも出来る! そういう『個性』だな!」

『双方、再確認を要請。言葉が抽象的過ぎて伝わっていると判定できません』

「大丈夫!」

 

土煙の中から双頭の獣が飛び出し、オールマイトに(つか)み掛かった。

その二対の瞳が白目を()き、怒りに赤く血走っている。

 

『おのれぇ、よくも!』

『ベーゼ様より頂いた美しい牙を!』

「もう生え変わってんじゃん!」

 

迎撃しようとしたオールマイトの脇腹に、蹴り足が突き刺さった。

それは『加速(オーバークロック)』を発動して急接近したマスキュラーの海老蹴りだった。

それは偶然だったが、オールマイトの左半身の古傷を(えぐ)っていた。

 

「むぅっ!? そこは弱いんだ!」

「ハッハァ!! バトルロイヤルも悪くねェ!」

 

奇襲に身体を半歩よろめかせたオールマイトの視界に、黒霧のワープゲートがふたつ現れた。

 

「知ってる! これモグラ(たた)き……」

「はずれ」

 

ワープゲートに注目したオールマイトの背後、ほとんど足元のような位置から、ぼそりと声がした。

すでにワープしていた死柄木弔がその背後に低い姿勢で迫り、オールマイトの腰に五指を触れさせようとしていた。

 

獣人の爪が、マスキュラーの追撃が、死柄木弔の手が、同時にオールマイトを襲う。

どう動いても絶体絶命の状況において、オールマイトは笑顔のままだった。

 

(わかってるって! つまり『発勁』とは……)

 

オールマイトは獣人の襲撃を受けたあたりから、全身を振動(シバリング)させていた。

その振動はすでに一万回を超えて繰り返されている。

 

「こういう、ことだよ、なぁ!」

 

全身の筋肉が発光し始めた。

オールマイトは輝くような笑顔でサイドチェストのポーズを決めて、その力を解き放った。

 

筋肉爆発反応装甲(マッスル・ボム)!』

 

その日最大の爆発がセントラル広場を吹き飛ばし、その爆風はUSJを覆うドームの天井まで変形させた。

 

その日からオールマイトは13号に一生頭が上がらなくなった。

 

 





【あとがき】  トップにもどる

今回構成の都合で補足事項がいっぱいです。

※ベーゼ様の新しいしもべ「マロンちゃん&ピロンちゃん」:
萩原一至先生の『BASTARD!! -暗黒の破壊神-』より。

※下賜:
マジアベーゼの個性『支配(ドミネイト)』の能力。
被支配物から「献上」された『個性』を別の被支配物に与えられる。
AFOのような複製コピーはできない。

※個性『獣神』:
5つの個性を組み合わせた複合型個性。サンダーライガーっぽくなる(概念的な意味で)

※改造魔法少女『ブルーローズ』:
本名不明の改造魔法少女参号。
マジアベーゼが単独で改造した。*1*2

コスチュームはまほあこのマジアサルファ系統で髪型は金髪ツインテール。
見た目は二十歳前後の女性で、TNTNはある。
改造前の姿はヒロアカ原作コミック14巻、アニメ4期65話に登場。

元軍人(PMC職員)というのは本作の捏造設定。
エノルミータに出入りする業者のバイト中、すれ違った改造直後のマジアハイデ(青山優雅)に一目惚れして即志願。綾金事件の翌日に改造された。

※ブルーローズの個性『半導体』:
体を半導体のようにして、外部電力を吸収し、体内を通る電子に対して様々な制御ができる。
主に吸収した電力を熱、冷気、光、電撃に変えて放つ。
元は小規模な弱個性だったが、改造によりぶっぱできるようになった。
弱点は蓄電能力が無いに等しいこと。強い能力は大規模な電源のある場所でしか使用できない。
物語後半で太陽光発電を習得し、日光下では無給電でもそこそこ撃てるようになる。


※オールマイトの新技「マッスル・ボム」:
大暮維人先生の『天上天下』、サーガ・マスクおよび高柳光臣が使用した技より。
もちろん本来はこんな爆発オチを起こすような技ではない。


※次回、USJ編決着! (ただし六話としてはもう一本追加の予定)

*1
ロートスとハイデはヴェナリータとマジアベーゼの共同改造にあたる(ヴェナリータが人体改造、ベーゼが使い魔提供)

*2
ヴェナリータは相手が女性で魔力の素養があれば単独で魔法少女化できる(例:マジアベーゼ)

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