「すげー! 何アイツら、ひょっとして大物
「地面グシャグシャ! 畑でも作る気か!」
「おい、こっち来るぞ、巻き込まれる!」
「皆さん落ち着いて! 我々はプロヒーローです! あの
「館内放送の案内に従って、避難してください!」
その日、ショッピングモールには複数のプロヒーローが集まっていた。
きっかけはスネークヒーロー、ウワバミがここで販促イベントの司会をすると発表されたことだった。
せっかくだからと、とあるヒーローがその日を館内設備の点検日に設定し。
それならば、と別のヒーローがそのヒーローとの打ち合わせ場所をこの日この場所に設定し。
さらにウワバミに会えるなら、と近隣のミーハーなヒーロー達まで予定を入れ始め。
大勢のヒーロー達がここに集まろうとしたのである。
それに
彼は保須市に拠点を置く地域密着型のヒーローだが、自らがヒーローのマニュアル的存在でありたいという理想から、ヒーロー社会全体の
関連するイベント、シンポジウムに積極的に参加していた、その交流関係からこの炎上しかねない状況を知ることとなり、日帰りできる距離というのもあって自ら奔走したのだった。
やることにそつがない彼に
「このまま真っ直ぐ進んで! ダメだよ、そっちの通路は閉鎖されてるから!」
マニュアルはショッピングモールの買い物客を避難場所へと誘導していた。
常に携帯している緊急用のスーツを着用し、プロヒーローとしての体裁を整えている。
この日、人出はそこまででもなかったが、それでも人々が一斉に移動すれば通路は人で埋まった。
人力での誘導は必須だった。
「あーもう! 結局今日も出勤扱いだな!」
マニュアルは苦笑いしながら嘆く。
彼は病気や眼精疲労でもなければ日々の精勤に苦痛を覚えない
この日を無理矢理非番扱いにして連勤記録を断ち、事務所からの休めコールを和らげようという望みは潰えてしまった。
あの後、四体の
第五世代が成人し始めて以降、特に顕著となった異形型
腕自慢のヒーロー達がそれぞれ制圧に向かっており、中庭に入った
そのうちすべて制圧されるだろう。
そう思うマニュアルだが、
(あの女の子は大丈夫だろうか?)
変質者に脅されてひどい格好をさせられていた女の子。
彼女は
彼女を
慌てて連絡を入れたマニュアルに、程なくして指示を出しているヒーローから「無事だが、まだ捕まっている」と連絡が入った。
無事救助されて欲しい。気を
「こちらマニュアル! どうした!」
『非番だったのに悪いな! 西側に回ったデステゴロから連絡が途絶えた! 君が一番近い、見に行ってくれ!』
「了解!」
『本日もエンジョイモールでお買い物をお楽しみいただき有難うございます。近隣に
個性黎明期、商業施設への
しかし、その経験がこの時の彼にいささか余裕を与えてしまっていた。
「あと一枚……」
オールマイトを模したバルーンのある野外展示ブース。
そこで目的を達成した出久は、あともう一回だけオールマイトを撮影しようと、カメラのディスプレイをのぞき込んでしまったのだ。
これにより、出久の周囲でのんびり避難していた人々が、ある一方を見て急速に
この数秒の遅れがこの場においては致命的な遅れとなる。
突然、出久の目の前で敷石が一斉に跳ね上がる。
出久の頭ほどもある大量の石が土と混ざりながら転がっていった。
運良く、
敷石に片方の足でも乗せていたら、出久の体も土砂と一緒にかき混ぜられていただろう。
腰を抜かさないで済んだのは幸運だった。
「うおおおっ!!」
さらに叫び声が聞こえたかと思うと、何かが頭上を投げられたボールのような速さで通過し、バルーンに衝突して跳ね返り、地面に着地した。
「痛ってェェェッ! オールマイトに助けられたぜ!!」
彼は一度しゃがみ込んで痛みを堪えた後、両膝に手をついて立ち上がった。
「デステゴロ!!」
それは出久が住んでいる街でよく見かけるヒーローの一人、デステゴロだった。
見慣れた筋骨隆々の巨体。
ここまで近くで彼を見たのは初めてだった。
「あっ……」
そう、近い。
『ヒーローはいつも、一番危険な場所にいます。だからむやみに近づいてはいけません』
小学校の朝礼で月に一度は言われた言葉を思い出し、出久は振り返った。
15メートルほど離れた場所に、巨体を震わせて、緑色の巨人が立っていた。
その体格は2メートルを超えるデステゴロのさらに倍。
頭は中庭の方を向き、何かを伺うように背中を丸めていた。
出久はそれを見て、ようやく自分が
「おい少年! こんな所でどうしたんだ? 早く逃げなさい!」
デステゴロが出久に気づいて声をかけたが、ガタガタと震え始めた出久の顔を見て、この少年の不幸を察する。
「俺とヤツが避難経路にカブっちまったのか……マズいな」
幸い
熟練のヒーローはすぐに優先順位を切り替えた。
「君、怪我はないか? 走れるか?」
出久の肩に手を置いて尋ねる。
出久は自分に言い聞かせるような様子で、何度もうなずいたが、その足は震えて動かなかった。
理屈では一刻も早く逃げるべきだとわかっていた。
しかし、今のは彼が生まれて初めて体験した、本物の暴力だった。
この暴力には目的がなかったし意味もなかった。
何の気もなしに何かが起きて、その結果壊れるから壊れた。
そんな無作為の破壊を目の当たりにして、生存本能が「全方位落ちたら死ぬ」と訴えだしたのだ。
「運んでやりたいところだが、すまないな。俺は足を怪我してしまっている」
受け口が特徴的なその顔に、脂汗が浮かんでいる。
出久は気が付かなかったが、それは骨折している者の反応だった。
デステゴロはそれでも片膝をついて出久の両肩に手を置き、少年の目を見た。
出久の大きな両目には表面張力の限界に挑むレベルで涙が溜まっている。
「足が動かないか?」
出久は思わず首を横に振る。
「恥ずかしがらなくていい。人は危険を見ると足が止まるんだよ。誰だってそうだ」
デステゴロは出久の体を反対に向けた。
その先には避難経路を指し示す案内灯が瞬いていた。
「こういう時は、まず行くべき方向をちゃんと向け」
そしてもう一度、今度はグッと肩を
「そしたら、次は大声を出すんだ。泣いてもいい。でっかく口を開いて声を出せ」
「う……うぁ」
「声出しながら何も考えず足を出せ! 目ぇつむってもいい、一歩踏み出したらあとは楽勝だ! とにかく前向いて走れ! さあ行け!」
肩を離して、背中を
「う、うわーっ!!」
出久は絶叫しながら駆け出した。
遠巻きながら
出久はそのまま屋内へと駆け込んでいった。
「いいぞ、やるじゃないか。俺も負けてられんな」
デステゴロは笑みを浮かべて立ち上がる。
そこにマニュアルが駆け込んできた。
「おい! 大丈夫か!」
「マニュアルか? 悪い、無線壊れた!」
デステゴロはこれ幸いとマニュアルに状況報告の代行を依頼した。
「中継頼む! こいつら身体はニセ筋のハリボテだ! それより根っこと蔓に注意! 強ぇし伸びるぞ!」
──
その『個性』はひどく難解で、あまりにも強力だった。
そして本人がその効果を観測はできても自覚はできないという欠点があった。
しかし、その『個性』には本来「対象を自分専用の魔物に変える」ような能力は無かった。
それは彼女に受け継がれた天性の賜物ではあるが、本来その世界では目覚める筈の無い「力」だった。
──その個性が『
割れたガラス、砕けたプラスチック。
火花を放つ照明設備の残骸。
掘り返され、土色をしていないところはどこにもない地面。
うてなが意識を取り戻したときに見た風景は、そうなる前とはすっかり変わってしまっていた。
コの字型の建造物に囲まれたその中庭は、その中央に据えられたステージから見るとかなりの圧迫感があり、その入り口までも数メートルの高低差で段差が連なり、あたかも野外スタジアムのようだった。
そのステージの上で、うてなは植物でできた緑色の巨人の両手に抱かれている。
そして厳しい顔をしたヒーロー達に取り囲まれていた。
どちらを向いて、どの姿を見ても、メディア越しでしか見たことのない、見覚えのあるヒーローたちの顔。
ああ、でもあの人は生で見たことあったかも。いつだったかな……
少女の心が沸き立つ。
まるで
(あれ、これって現実……? 悪い夢……?)
その光景を、うてなが現実ではないと判定したのも無理はなかったのかもしれない。
(夢かな……? きっと夢だよね……)
……彼女の案外都合のいい、その性格に拠るところも大いにあったが。
(夢ならいっそ……楽しんじゃおっかな……)
(──違う、この女の子が
目を覚ました少女の顔を見た瞬間、ウワバミは直感に従って認識を塗り替えた。
探知能力がある『個性』を持つ者にありがちな「よく確かめよう」とする習性。
それが冗長化する前に意識から振り落とせる直感力こそが、彼女の並外れた実績の秘訣であった。
──十数分前、中庭のステージでイベントの司会を勤めていたウワバミに、
それから一分もしないうちに、その一体がこの中庭に向かっていることを「匂い」で察知したウワバミは、
大わらわで始まる避難誘導。
畳み掛けるようにマニュアルから「女の子が人質になっている」と連絡が入り、居合わせたヒーロー達と緊急ブリーフィング。
しかしあまりにも時間が足りなかった。
市民の避難はなんとか成功したものの、
市民は好意的な評価をしてくれるだろうが、たとえこれで
大暴れする
人質救出の機会を窺っていたウワバミはハンドサインを出して
それを見た他のヒーロー達も様子見に切り替えた。
そうして沈黙が始まろうとしたときに、その少女は目を覚ました。
(──これは「指示待ち」だ!)
ウワバミはショッピングモール周辺から
正面の
(あの子の興味の向く先に
彼女は動揺していた。
彼女の活躍を支えていた筈の直感がなぜかこの場では彼女の足を引っ張っているのだ。
逃げろ、今すぐ逃げろ、できなければ、屈しろと。
どう動くべきだ?
今、この状況を皆にどうやって伝える?
あの子の興味を引かなければ……
ウワバミは遅すぎる、と自覚していながらも必死で頭の中の計画を修正する。
なかなか指示が出ないことに
『カシャ』
音が発せられた場所に全ての視線が集まった。
そこには小さな女の子を背負う、背が低めの少年と、彼の首に下げられているカメラを取り合う六歳くらいの男の子が二人いた。
(なぜ、そこに──!?)
その場にいるヒーロー達の心の声が一致する。
少年の顔は真っ青になっている。
すでにチアノーゼかと突っ込みたくなるような顔だが、まだその先があるらしくどんどん青くなっている。
一方、男の子二人は状況が
同じくよくわからない様子で、しかしこちらの視線に反応したのか、少年に背負われている女の子がウワバミを見て叫んだ。
「うわ
その声を聞いた瞬間、ウワバミは駆け出した。
──体が勝手に動いていた。
迷うことはない、答えは簡単だった。
私が頑張ればいい。
動いて見せればいい。
それを見て、どうしたらいいかわからないなんて輩はここにはいない!
「まったく、これだからヒーローはやめられないわ!」
そんなウワバミを見つけたのがもう一人。
少女は目を輝かせてウワバミを指差した。
『つ か ま え て』
『カァァシコマリィィィィィ!!』
ウワバミは不敵に微笑み返した。
「来なさい! 荒事は苦手じゃないのよ! 事務所がうるさいだけで!」