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放たれた光が途切れると、オールマイトの眼前に、川と堤防の景色が広がっていた。
広がる空は青く、雲が流れ、その下には建物が地平線までを隙間なく埋め尽くしている。
足元には影が少し伸び、未舗装の砂利道に緩い追い風が吹いていた。
さらに左足元に広がる町並みをよく見れば、すべて破壊されたまま放置され、動くものも、光るものもない。そこに人の営みは存在しないことがわかる。
破壊と復興を繰り返しているうちに疲弊し、衰退し、堤防を境にそちら側はそうする需要も無くなったという、かつての悪夢にして事実だった。
(これは、お師匠と初めて会った日の、帰り道だ……)
かつて、まだ自分に何の『役割』もなかった頃に歩いた、思い出の場所だった。
思い出の中で、彼女は空を軽やかに舞っていた。
黒いボディスーツに黄色いグローブ。
盛大にはためく紅白のマントに包まれた、鍛え抜かれた肉体。
それはどこか、絵本から飛び出したあこがれのヒーローの様で。
あの時の自分には彼女が世界で一番強いヒーローに見えた。
そして、自分はあの時、あの人についていくと決意したからこそ、未来を切り開くことができた。
そう思い起こせばいつの間にか、オールマイト自身も当時のそれに、中学の学ラン姿になっていた。
その景色はあまりにも克明で、彼は本当に過去に戻ってきたような気分になった。
しかし、オールマイトはもう知っていた。
この景色は自分一人のものではないのだと。
(ここまでハッキリしているのは……あの人にもこの記憶があるからだ)
だから、この奇跡の光景に動揺するよりも楽しむ思いの方が強かった。
「ふふ、あの時、断られて、何て言われたっけなぁ……」
『棒切れで半径3メートルを守りな』
声の方を向けば、その人は、堤防に囲まれた川を望む斜面に座り込んでいた。
彼女も当時の姿そのままだった。
オールマイトの師匠にして、先代『ワン・フォー・オール』の継承者。
彼にとっては、最後の別れから、四捨五入すれば四十年ぶりに見る、その姿だった。
オールマイトは感極まったが、堪え、ぴんと背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。
「お師匠……お久しぶりです!」
「もう少し勿体付けてやりたかったんだが……ごめんな」
「いえ、謝るほどのことでは! これでも十分サプライズで!」
「そっちじゃない」
彼女は顔を向け、じとりとした目で
オールマイトは慌てて身振り手振りを加えた。
「あっ、『浮遊』のことですか? 確かにヤバかったですが、『危機感知』と『発勁』のおかげでなんとかなりまして……」
「それもあるが、そうじゃない」
「ええっ!?」
志村菜奈はまた川の方を向いてしまった。
その横顔は少しだけ、
「目が合っただろ」
「目?」
「あの、手首みたいなマスクをつけた悪趣味な男だ」
「?」
オールマイトは小さく首を傾げた。
彼にとってその男、
何か厄介そうな一発を隠し持ってはいるが、使わせなければ取るに足らないタイプの中堅
だが、手首だけしか見えなかったあの男、オール・フォー・ワンが妙に推していた事だけが気にかかっていた。
「あれは、息子の、
「ばかな!?」
オールマイトは思わず言ってしまった。
志村菜奈はその様子に口を尖らせた。
「おい
「ちゃんと覚えておりますよ! トラウマとしてね!」
オールマイトは当時の記憶を思い出しながら言った。
確かに、かの写真に写った幼な子、お師匠の息子さんに似ているところがあったかもしれない。
「……わかってる……年齢が合わない。だから、多分、そうなんだ……間違いない」
彼女の顔、水面を見つめるその目には、何の感情も浮かんでいなかった。
溢れだすまでは無表情に抑え込む、いつもの彼女の表情だった。
「あの男は、死柄木弔は、私の孫だ」
「そんな……」
オールマイトはあの男の高笑いを幻聴した。
「なんということを……そんなことが……あっていいのかっ……!」
声を絞り出し、拳を握り込もうとするも、力が入らない。
オールマイトは理解した。
彼女も今、同じように拳を握れないでいるのだと。
「
そして、オールマイトは彼女の親友──ご高齢だが、まだ健在のヒーローである──と共に手を尽くして彼女の記録を削除した。
その子がその後も、なるべく後ろ指を差されないようにするためだ。
「そうしないと私は戦えなかった……そう、言い訳だ」
「お師匠、それは違う!」
「言い訳だよな。あの子からすれば。どんな理由でも、手離された、捨てられたという事実に変わりはない……」
──志村菜奈は無表情のまま、顔を上げて遠くを見る。
この身は現実においてすでに滅び去り、自分の『個性』だけが
この自意識もまた、亡くなった志村菜奈と同一のものではなく、その
その蓄積されたログを読み込んで、オールマイトの脳裏に映し出しているだけなのだ。
だが、このログから生まれた人格こそが、個性『ワン・フォー・オール』がもたらす超常の力に乗っかって実現された、人の想いがもたらした奇跡なのだろう。
だから、残された想いのままにそれを伝えたい。
彼女は
孫が奴の手元にいるということは、おそらく弧太朗はもういないのだろう。
息子は、弧太朗は、その人生で少しでも幸せを感じられただろうか?
あの孫は今、苦しんでいるのか? 憎んでいるのか?
力を継承したとき、この使命を全うすることこそが、世界を救う未来に
培われた力がいつか、闇を
かつて
それによって生存し、繁栄する人々の笑顔こそが勝利の証であると。
まだ
とは言え、まさか次の代でそれが半ばまで実現されるとは思わなかったが……
私は、優先順位を間違ったのか?
例えば、力を
私の親のように、我が子を抱えて、我が子の前で死んでしまうべきだったのだろうか──
「私こそが、半径3メートルを守らないといけなかったのか?」
──オールマイトは、それに真っ直ぐ答えることはできなかった。
おそらく、何も変わらなかったのではないだろうか。
彼女はきっと、どうあっても、笑っていられただろう。
最後まで人を勇気づけ、奮い立たせる。そんな笑顔を絶やさなかっただろう。
そして、救けるために、体が動いてしまっただろう。
お子さんを置いて、行ってしまっただろう。
オールマイトはそんな彼女の強さを、その美しさを見届けていたから。
彼女の笑顔は、子に執着しそれだけを想う母親のそれではなさ過ぎた。
あまりにも、ヒーローであり過ぎていた。
「生き様は、清潔ではありえません。死に様は、美しくはなりません」
だから、彼は話をずらすことにした。
「私も、象徴でいるために、多くの犠牲を、悲劇を見過ごしてさえおります」
彼女の隣に立ち、オールマイトは語りはじめた──
──他者の苦境を前に、人ができることは少ない。自らも苦境にあるからです。
だから、ヒーローという、「余裕」をもたらす者が望まれた。
その「余裕」を以ってすべてを救おうとする、そんな存在が求められた。
「全て」とは、なんて曖昧で、都合のいい言葉でしょうか。
ですが、その全ての中にひとつだけ、明確な優先順位があります。
それは、子どもたちの命、そしてその未来。
力も未熟で、食べていく方法も知らないような子ども達は、大人より優先されるべきです。
とは言えこんなご時世だ。十分には与えられない。
人は我が子に、幸福を約束することまではできません。
そこまで自由には、生き方を選ばせてあげられないでしょう。
結果、子どもは苦しむかもしれない。
不本意な人生を強いられるかもしれない。
その後の人生を悪に絡め取られたり、逆に悪を成す側に、あるいは
だが、それでもその未来へと、一人で立って考え、進めるようになるまでは。
大人達は、ヒーローは、それを救けるべきなのです。
個人の、組織の悪意によって、それが幸せだ不幸だともわからないまま傷つき、死なせるなんてあってはならない。
だから私は、子どもたちの未来を奪い、己のために利用しようとする
「もしもあの子が、私の孫が
「はい」
オールマイトはきっぱりと彼女の目を見て答えた。
「オールマイトは死柄木弔を殺せます……ですが、殺しません。私が殺意を以って拳を振るう相手は、後にも、先にも、一人だけだ」
「すまない、意地悪な質問をした……」
オールマイトは再び目をそむけようとした彼女の先手を打った。
「これは結果論です。ですが、あなたは勝ったのです」
彼女に教えられたとおりのニッコリ笑顔を見せつけた。
「お師匠、あなたはとても難しい条件の中で、それを成しとげました」
そして、拳を握って見せつけた。
「なぜって? お孫さんが生きている。あの時、お師匠がああやってお子さんの未来を守ったからこそ、今、我々はお孫さんの顔を見られたのではないですか。あの青年は、あの
志村菜奈は、何かを言おうと口を開けたまま、固まっていた。
それに、笑顔で先回りして答えた。
「だから、いいんですよ。お師匠、勝者である、あなたが望むなら」
オールマイトは再び背筋を伸ばした。
「ご存知かもしれませんが、私、引退しようと思うんです。まだちゃんと引き継ぎができるかすら怪しい状況ですが……もし、生きて、そこまで辿り着く日が来たのなら」
そして、その手を差し出した。
「もしも、
「お前……」
「だから、私は死柄木弔を殺しません」
志村菜奈は、軽く眉をひそめ、唇を巻くような表情をした。
「あのデカいだけだった中坊が、すっかり口賢しくなっちまって……」
無表情に固められていた、彼女の目元が緩んだ。
「そうだったな、俊典。お前もう私の歳より長くヒーローやってるもんなぁ?」
「ちょっとやめませんか!?」
オールマイトにとって、その事実の再認識は、トゥルーフォームであれば吐血もののショックであった。
「
「ああ?」
「おおっと失言ンンッ!」
両手で口を抑え込むオールマイトに、小さく笑い声をあげた後、立ち上がる。
ぱんぱんとマントの後ろを
彼女は気安い声色で、軽々と言った。
「じゃあ、頼んでもいいか?」
「頼まれましょう」
志村菜奈は差し出された手を取り、二人は笑顔で、力強く、互いの手を握り合った。
────────
オールマイトが志村菜奈の手を握った瞬間、彼の視界は再び煙に包まれたように真っ白になった。
その光と煙はすぐに晴れていき、その向こうから土と
『【危機感知】、私はどれくらい意識を飛ばしていた?』
『およそ2.47秒です』
遠くに各種訓練施設が見える、USJの巨大ドーム。その景色が変わっていた。
セントラル広場だったその場所は跡形もなく吹き飛び、地面がめくれ上がって半径十数メートルの大きなクレーターになっている。
もっとひどかったのはドームの天井で、半球に近い構造だったフレームが内側からハンマーで
(うわ……『
実際のところでは、オールマイトはまだ知らないことだが、この訓練場はとある理由から内圧の大規模な変化に対応できる構造で、
オールマイトはクレーターの中心で、手を差し伸べる姿勢のまま、全身に立ち昇る桃色の光を
その手の先には同じように光に覆われ、浮かんでいる、四人の
個性『危機感知』の声が頭の中に響く。
『【浮遊】が
先程までとは少し調子の変わった、抑揚の無い、しかし朗々とした少女の声は、どこか
『
『定着した【浮遊】は、すでにあなたの身体がオーバーライドしています。それはあなたの【個性】です』
『マスターの活動限界確保のため、間もなく【危機感知バージョン1.1】はアンロードされます』
それを聞いたオールマイトは自分の体を確かめたが、何か馴染むとかそういった感じは特に無かった。
それより上半身に着ていたもの全てと、スラックスの膝から下が全部吹っ飛んでしまったのが気になる。
隠していた、左脇腹の大傷が露わになってしまったからだ。
『それではマスター、良い旅を』
『またな』
オールマイトが心の中で挨拶を返すと、ほぼ全周、全距離からビンビンにきていた『敵意』の波がふっと消えた。
(……ヤツは生きていた。私が見過ごしている間に、悪意を振り撒き続けていた)
いずれ決着をつけなければならないだろう。
その為にも、これまではあまり積極的ではなかった、この『
(第一歩は、先代の皆様とコミュニケーションか……一体どうなることやら)
「痛ってぇぇぇぇッ! アバラ折れた!」
「くっ……体を固定されたまま爆風を浴びせられるとは……」
死柄木弔が痛みを訴え、盛大に叫び散らしていた。
黒霧も霧のようにゆらめく身体を震わせながらうめいている。
マスキュラーと元脳無は沈黙していた。
この連中は、今動けている二人よりも爆心地に近い位置のため、より大きなダメージを受けたのだろう。
それは、個性『浮遊』による簡易拘束だった。
『浮遊』は
「悪いね。でも、
「くそっ、何やっても浮いたまま……何だこれは? 何の光だ? これ、お前の『個性』なのか……?」
ブツブツとつぶやきながら首筋を
「いや、わかったかも……それ、その傷……本当だったのか。弱ってるって話……」
オールマイトの左脇腹に深々と残る、その大きな傷跡を眺めて、奇抜なマスクの向こうにある瞳を
「お前アレだろ? リスクでもあるのか? こんだけの『
「なんか公安でも言われたな、どういう意味だソレ……? ま、そういう事でいいけどさ!」
「チートが……! 激萎えだ! 難易度設定どうなってんだ!」
死柄木弔はわめき、足で何かを蹴ろうとする動作をしたが、体はその高さに浮いたままだった。
「この『個性』も本来ならば、だれも傷つけない、とても優しい個性だ。それもこうして悪用すれば、このように人を拘束し、傷つけてしまう……」
「ホントだよ! 必中マップ兵器なんてズル過ぎる!」
「だから『個性』は人を救けるためにあるべきなのさ! まずは我が身を! 続いて他者を!」
──これを、過ぎたるものとして持て余している場合ではない。
たとえこれまでの時代で、どのような悲劇を生んでいようとも。
やがて全人類が背負い、付き合っていくものになる以上、この『
『個性』は今よりも、もっと当たり前の存在とするべきだ。
厳しい世界で助け合って生きるための『余裕』に昇華するのだ。
せめて、そういう希望を示したい。
そうすれば、いずれ個性犯罪者は
ヒーローなんてけったいな役割を、公職にする必要もなくなるだろう。
今はただの夢物語だが、それが実現すれば、それは間違いなく真の平和への接近だ。
オールマイトの中に、まだ
死柄木弔は、それを聞いて鼻で笑うようなしぐさをした。
「救けるために『個性』を、かぁ……いいね。そういう綺麗事は好きだぜ。
「だろう? 君もそうしてみないか! まだ遅くないぞ!?」
「クク……冗談。アンタ、
死柄木弔が何かを見せようと、自分の手を体に当てようとしたが、それは
『ガルルルル!!』
『ゴアァァッ!!』
「目を覚ましたかマロンピロン!」
「うっせぇわ! やる気削がれる!」
マジアベーゼに改造された元脳無、双頭の獣人はその身を縮め、丸まった姿勢のままで一回り大きく巨大化した。
そしてぐぐっとその身に力を込めて、全身から放電しながらその両手足を一気に伸ばした。
激しい放電音と共に、その身を拘束していたピンク色の光が途切れ、獣人はその身を縦に伸ばしながら着地した。
その体は削れ、血が吹き出していたが、それもすぐに再生して復元する。
オールマイトは感心し、腕を組んでうなずいた。
「肉を削り焼きながらとは、よくやるぜ……そういう抜け出し方もあるのか。ためになる!」
オールマイトから向かって右側の、銀毛の狼が喉を鳴らしながら大粒の
『おのれ……ベーゼ様の前で
向かって左側の金毛の虎も、目元が
『笑っていられるのも今のうちでございますよ!』
その毛皮に包まれた巨体がさらに膨張した。
『オールマイト! あなたと同等になるまで重ねられた【増強】パワーです! ここからさらに【怪物化】による重ねがけを加えさせていただきます!』
『この美しき【
死柄木弔が双頭の獣人を指差し、からからと笑った。
「知ってるぜ、それ。これからやられちまう敵がどんだけ強かったか説明するヤツだ」
『ええい水を差さないでくださいますか!』
『そしてとどめに【
両手を振り上げ、上半身を強調するポーズを決めて、ふたつの頭が同時に叫ぶ。
『『そう、今宵は満月! 血に飢えし我らはさらにパワフリャァァッ!!』』
「月出てから言えよ」
「ならば私も説明しちゃおうかな!」
オールマイトが軽い口調で返すと、獣人はいきり立った。
『ガルル! お好きになさいませ!』
『言い終わった瞬間にブチ込んで差し上げます!』
オールマイトは両手を腰に当てて胸を張った。
「この『個性』を
彼が言い切る前に獣人は飛び出した。
その4メートルを越す巨体が、四足の獣の様に、身をうねらせながら加速する。
『ヒャァッ! もう我慢できねぇ!』
『そのヤワそうな左脇腹からいくぜ!』
「来い! 高速移動はあくまで裏技だ! この『浮遊』の真価、それはぁッ!!」
獣人が飛び上がった。
右腕が放電しながら振り上げられる。
その手は開かれ、五本のナイフのように尖った、白く発光する爪が振り下ろされた。
『『くったばリャァァァァァッ!!』』
「
オールマイトが両腕を交差させた姿勢からの手刀を放った。
前回の攻撃との違いはその両腕の筋肉が発光していたこと。
しなり、光を放ちながら放たれたその手刀は、同じく白い光を放つ獣人の腕と交差し、弾き返した。
空中で弾かれた獣人の体は大きく反り返り、その毛皮でモフモフしてそうな腹を晒す。
『バカな!?』
『パワー負けですと!?』
「あ、これ別『個性』ね、説明はまた今度!」
『『おズリィィィーッ!!』』
「じゃあな!」
オールマイトはすぐさま右手を振りかぶったまま、全身を引き絞るように震わせた。
個性『発勁』。
一定の動作を繰り返すことで運動エネルギーを一時的に蓄積し、一気に放出できる。
それはオールマイトの鍛え抜かれた筋肉と経験とセンスにより、力溜めによるシンプルなパワー増強の能力に転化した。
オールマイトは全身から光を放ちながら、その右腕を振り抜いた。
「
『『うぶろばぁぁッ!!』』
その拳を土手っ腹で受けた獣人は血を吐きながら
その両手両足は遷音速で持っていかれる胴体の勢いに耐えられず、根本から引きちぎられて四散する。
胴体はそのまま水難ゾーンの方へ飛ばされていった。
オールマイトは振り抜いた右腕を戻し、残心の構えを取った。
「その場で砕けずに吹っ飛んだか……『衝撃吸収』、なかなかいい仕事をする」
それを空中に拘束されたまま見させられた、死柄木弔が肩を
「手も足もでねぇわ。ゲームオーバーだな」
「死柄木弔よ。つまり、
「俺をここで殺すか?」
「捕まえるさ」
死柄木弔とオールマイトは互いの目をのぞき込んだ。
オールマイトはその目が志村菜奈の息子に似ているのか、やはりわからなかった。
死柄木弔は、その迫力に圧倒されながら、その目に何か親近感のようなものが含まれていることに気づき、マスクの下で
「させませんよ、オールマイト」
死柄木弔の体が黒い霧に包まれた。
オールマイトが振り向くと、黒霧が『浮遊』で拘束されたまま、自身の体を離れた場所に移動させていた。
「この状態でも『ワープゲート』が使えました……」
「すぐ試せよバカ」
「死柄木弔、ここは退きます。マスキュラーは回収済みです」
黒霧が手を動かすと、ワープゲートと化した霧の空間がゆらぎ、死柄木弔の体がさらに沈んだ。
「待て!」
「ま、
最後まで残った左手で、親指を下に向けて見せた。
「今度は殺すぞ。平和の象徴、オールマイト」
──セントラル広場だった場所には、オールマイト以外誰もいなくなった。
……かに見えたが、彼の背後、十数メートル離れた場所で、
「お見事でした。オールマイト」
銀色の宇宙服のような、重厚なスーツに身を包んだ人物が、座ったまま上半身を起こした。
それは雄英高校の教師にしてこの訓練場の主、スペースヒーロー・13号だった。
13号は負傷し気を失ったイレイザーヘッドを回収し、正面入り口からセントラル広場にかかる階段の踊り場まで避難していたのだが、オールマイトの『発勁』による爆発でその階段が崩れてしまい、そこまで滑り落ちていたのだった。
オールマイトはやっちまったことに気がついた。
13号のヘルメットのバイザーが完全に破損し、その下の素顔が露出されていたからだ。
レイヤーの入った短いウルフカットをした女性の顔だった。
大柄な体格に重厚なスーツも
表情の読み取りにくい、それでいてくりくりと可愛らしいその目をしきりに動かし、周囲を見回していた。
額に小さな切り傷を切った様子で、垂れた血が、彼女の
オールマイトは表面上、悠然とした調子で振り返ったが、その内心は動揺しきっていた。
「じ、13号先生!? お……お怪我は?」
「イレイザーヘッド
座り込んだ破損だらけのスーツ、その膝の上に、イレイザーヘッドの上半身が乗せられている。
(あわわわわ──)
『発勁』の制御が雑に過ぎたのだ。
13号とイレイザーヘッドの存在を意識しないまま、爆発に次ぐ爆発で吹き飛ばしまくってしまった。
施設も盛大にぶっ壊してしまった。
彼女に対して、釈明の余地が全くなかった。
「派手にやりましたね?」
「あわわわわっ」
「何を可愛い声出してるんですか! まだ生徒の安否が不明です。どうかお願いします」
「よ、喜んでっ!」
オールマイトは『浮遊』を解除することによる、空間圧縮カタパルトを利用した、目にも留まらぬ超高速移動で姿を消した。
それは脱兎の如くであった──
──オールマイトを見送った13号は、辺りの光景を見まわした。
自分のスーツの中でも、もっとも頑丈に作られているはずのバイザーが飛んでしまったせいで、彼女はスーツに目一杯積み込んでいる電子機器による通信、探査能力を喪失していた。
まだ生きている首周りの計器だけが、三割が赤い警告を、残りが正常の緑色でLEDを明滅させている。
「はぁ……生徒達には黎明期の再現と言いましたが……」
見上げればひしゃげたドームの天井。
目の前に現れた、かつてセントラル広場だった、巨大なクレーター。
たった数分程度で作られた戦闘の跡だった。
「なるほど、これが普通になるんですか」
彼女はそれがだいたいオールマイトのせいだとまだ知らなかった。
「到着! ……ってなんじゃこりゃぁあああ!」
「けけけ、だから言ったろ! 無線が落ちてるなんて相当ヤバい状況だよ」
「ごめんよ13号、遅くなったね」
「途中で逃走中の
「おいお前ら、入り口はいいから早く中に来い!」
正面入り口から続々とヒーローたちが突入していた。
雄英高校のヒーロー兼教師、そのほぼ全員が応援に来たのだった。
13号は素早く頭の中を切り替えて、彼らに大声で指示を出す。
「全域に
「「「了解!!」」」
教師達はそれを聞いて素早くドーム外周の通路から展開し始めた。
13号は続いて安否の不明な生徒二人について伝える。
「あと、生徒が二人はぐれたまま避難しています! おそらく外周のどこかに! どなたか探してください!」
「俺が行こう!」
セーフティーマスクを装着した狼顔の教師、ハウンドドッグがそれに名乗りを上げた。
「
「柊は今朝、花壇で見かけたな……追えるかもしれない」
「お願いします!」
ハウンドドッグはうなずき返し、正面入り口に振り返って駆けていった。
根津校長を肩に乗せた一年B組の教師、ブラドキングと、いつものギリギリコスチュームを着たミッドナイトが崩れた階段を飛び移るようにして降りてきた。
そのまま一同は13号の側まで駆け寄り、根津校長が飛び降りて、イレイザーヘッドの体を調べ始める。
「しかし、なんという破壊だ……まだ授業が始まってから三十分だぞ」
ブラドキングが周囲を警戒しながら、
「全くだよ。想定はしていたが、まさか初手からこの規模で来るとはね」
根津が手を動かしながらそれに同意した。
イレイザーヘッドの
「ええ、何より僕たちの心構えに緩みがあったと思います。鍛え直さないとダメですね」
「だな」
「先輩!」
根津に気付けでもされたのか、イレイザーヘッドが意識を取り戻した。
すぐに体を動かそうとしたが、根津が胸に飛び乗って抑え込んだ。
「大丈夫ですか? 特に頭!」
「まだ火花が飛んでるが、その程度だ」
「
「よかった……あ、右腕も動かさないで! 折れてます!」
13号にも動きを封じられたイレイザーヘッドは、観念したように力を抜いた。
「すまない、13号、無事でよかった。俺が甘過ぎて、負担をかけた……」
「いや、こんなの誰も想像できませんよ……」
「生徒は?」
「今、教師総出で救出に向かったわ。スナイプスが生徒十八名を発見済み。残り二人はハウンドドッグが探してるわ。すぐ見つけるでしょうね」
13号の手当てをしていたミッドナイトが状況を説明した。
「もう大丈夫だから。安心しなさい」
「そうか……」
「生徒も負傷してるみたい。だから相澤君の治療は後回しね。その代わり今日はお疲れ様ってコトで」
「すまん……助かった」
ミッドナイトは真剣な表情で周囲を警戒しながら、軽い口調で尋ねた。
「ところで? もしかして二人ってデキてんの?」
「バカかよ」
「この惨状を見てよくそんなこと聞けますね!?」
「いや、この惨状だからこそ、
「バカかよ」
「そんな暇ありませんでしたからっ!」