デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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遅くなりました!

【もくじ】
01.USJ:初勝利(前)
02.USJ:初勝利(中)
03.USJ:初勝利(後)

※USJ、1年A組生徒達の顛末になります。
※視点がコロコロ変わるのでご注意ください。



(11)初勝利

01.USJ:初勝利(前)  

 

────────

 

雄英高校の演習場、ウソの災害や事故ルーム、略してUSJ。

(ヴィラン)がオールマイトを狙ってその施設を襲撃し、そして撃退される、その少し前。

 

オールマイトが個性『発勁(はっけい)』で力みすぎて大爆発を起こした時まで(さかのぼ)る。

 

『総員対ショック姿勢! 耳を塞いで口を……!!』

 

無線のスピーカー越しに生徒達へ、ヒーロー教師の13号から何か指示が飛んだが、水難ゾーンに集まっていた生徒達の中で、それを意味ある情報として聞き取れたのは障子(しょうじ)だけだった。

 

「伏せろ!」

 

個性『複製腕』により背中から生やした複数の腕を広げる。

皮膜もついてタコの触手のようにも見えるそれは翼のように大きく広がり、近くにいた生徒、葉隠(はがくれ)蛙吹(あすい)瀬呂(せろ)に覆い被さった。

 

四つん這いでも引き倒されそうな勢いの暴風が通り抜ける。

そして吸い寄せられるように風が逆方向に折り返した後、もう一度同じ威力の爆風が通過していった。

 

想像以上の嵐に、地面にしがみつくのが精一杯だった障子は、目を閉じながら手の届かなかった他のクラスメイト達の無事を祈った。

 

風がある程度収まり、顔を挙げると、景色は大きく変化していた。

巨大ドームの天井が(ゆが)み、いくつかのパネルが破損したその隙間から、ガラス越しではない綺麗な青空が見えた。

水難ゾーンの巨大プールには波が立ち、浮かんでいる数隻のボートが揺れている。

 

その水辺近くで暴れている巨大なタコはまだ健在だった。

波に揺らされながら触手を水面から伸ばし、プールサイドをびたんびたんと(たた)いている。

 

「障子君! 無事か!」

「ああ」

「ひええ、なんだ今の」

 

障子の背中に向けて飯田(いいだ)が声をかけてきた。

背中に複製した腕の一本を上げて返事をする。

その下から瀬呂が這い出てきた。

 

「俺は爆豪(ばくごう)君の方を見てくる。済まないがみんなの確認を頼む!」

 

障子はクラス委員長の指示に一瞬、(いぶか)しんだが、目と耳を「複製」できる自分に頼むのは妥当か、と思い直し、うなずいた。

 

「わかった」

(とどろき)くんも、少し話があるんだ、ついてきてくれ」

「?」

 

飯田と轟は爆豪達が墜落した木立の方へ駆けていった。

 

その向こう、セントラル広場の方ではいまだに土煙を巻き起こっている。

あっちで一体何が起きたのか、先生方は無事なのか、障子はその景色に思わず(うな)ったが、気を取り直してクラスメイト達の姿を探し始めた。

 

「ケロケロ……ぬくい……」

 

触腕が広げた皮膜の下で、蛙吹が身体を小さく丸めていた。

彼女は先ほどまでずっと冷たい水の中にいた。

しかもコスチュームは全損し、アンダーウェアだけの姿になっている。

 

「蛙吹、俺の腰ベルトに携帯ポンチョが入ってる。羽織(はお)っておけ」

「ありがと……」

 

温まるまで、しばらくこのままにしてやろう、と障子は思った。

 

「鎧が熱い! でも脱ぎ方がわからん!」

 

一方、葉隠の方はいそいそと這い出てきた。

彼女はここまで移動する間にトラブルがあったらしく、なぜか飯田のコスチュームを着込んでいる。

 

その間にも障子は周囲を確認し続け、ほとんどの生徒を見つけていた。

 

轟は咄嗟(とっさ)に氷で防風壁を作り出していたらしく、八百万(やおよろず)耳郎(じろう)はその陰に隠れて難を逃れていた。

 

常闇(とこやみ)は自らの個性、『黒影(ダークシャドウ)』に庇われて無傷。

 

尾白(おじろ)砂藤(さとう)は自力で耐えたのだろうか。少し生傷を増やしている様子だが、すでに暴れるタコの注意を引く作業に復帰している。

 

麗日(うららか)は飛ばされてしまったが、運良く軽傷らしい。

彼女のコスチュームは全身を保護する、比較的重装備なのが良かったのだろう。

息を切らせながら、プールサイドにうつ伏せで倒れる口田(こうだ)の方に駆け戻っていた。

 

口田は爆発が起こる前から負傷し、かなりの出血をしていた。

爆風には体を伏せて耐えたようだが、起き上がってこない。

おそらく今、一番危険な状態にあるのは彼だ。

それに気づいたのか、八百万と耳郎がそれぞれ支給品の携帯医療バッグを取り出しながら彼に駆け寄っていた。

 

「イヤァァァ! 裂けちゃう! オイラのコスチュームが! コスチュームがだからねぇぇっ!」

 

峰田はまだ水上で触手と(たわむ)れていた。

この爆風で一番危険だったのは体が小さいアイツなのだが、悪運は強いらしい。

 

切島(きりしま)上鳴(かみなり)、爆豪の元には飯田と轟が向かっている。

 

芦戸(あしど)がいない……どこだ……まずいぞ……いつから見ていなかった?」

 

障子は焦りを覚えながら、複製腕から生やした、十数対の目と耳を総動員して人の気配を探し続けた。

 

 

──飯田(いいだ)天哉(てんや)は、この現状に思うところがあった。

 

考える時間は十分にあった。

(ヴィラン)、黒霧の『ワープゲート』に飛ばされて以降、彼はここまでほとんど一人で戦い通しだった。

熱狂する(ヴィラン)の無謀ともいえる襲撃を受けて、それを難なく(たた)きのめした自分を鑑みて、この戦いになんの意味があるのか、その落とし所をずっと考えていたのだった。

 

「轟君、爆豪君。君たちに頼みたいことがある」

 

飯田はプールサイドに戻ろうとする爆豪と顔を合わせると、開口一番、頭を下げた。

 

「あぁ?」

「この事件の『勝ち方』についてだ」

 

爆豪という男は上から目線の説教には一切耳を貸さないが、最初から下手に出ると高確率でその場にふんぞり返ろうとすると、飯田は学習していた。

 

「勝ち方、だと?」

「このまま(しの)げばいいだろ」

「それではダメなんだ」

 

飯田は頭を上げ、首を傾げる二人をまっすぐ見据えた。

 

「『被害者』としての立場ならば、君たちの言うとおり無事に済めばいい。でもな、()()にとっての勝利条件って何だと思う?」

 

爆豪と轟はそれぞれ思うところがあったが、何も言わなかった。

彼らのそれは個人的な理由で、飯田が言いたいこととは違うと察したからだった。

 

「俺たちが全員、これを乗り越えて、無事卒業してヒーローになることだ」

「「……」」

「遠いだろ? この場で誰かが折れたら負けなんだ、なのにこの場で勝ちは決まらない」

 

飯田はセントラル広場の方を向いた。

 

「他の先生方はもう来てるだろう。オールマイトが負けるわけないし。このまま粘ればなんとかなる。でも、それじゃあダメなんだ」

「……で?」

「何が言いたい?」

 

爆豪と轟は二人揃って眉をしかめた。

 

「俺は入学する前の一ヶ月間、兄の紹介でとある人物の師事を受けてな。そこで学んだことがある。俺は真面目じゃなかったと」

「真面目だと思う」

「クソ真面目が」

「混ぜっ返さない! 俺は普通に人を憎むし、嫌悪する。時にルールを(わずら)わしいとさえ思っている。俺もまた、今まで愚物だと思っていた人間の一人だった」

 

飯田は自分の胸に手を当てた。

 

「みんな一緒なんだ。心は(もろ)い。支えがないと、すぐに揺らいでしまう」

「心の弱さはどうしようもねぇわ」

「俺もそう思う」

()はそう思わない」

 

つまらない長話だと思いながら聞いていた爆豪と轟は、いつの間にか、その迫力に気押されていた。

 

「支え合うなんて綺麗事の話じゃない。取り掛かれるかどうかは、強さだろう。だが、続けられるかは違う。僕たちのモチベーションの根源はいつだって他者に向けるほうの感情だ。そうだろう?」

「結局、何が言いてぇんだ?」

 

爆豪がさらに顔をしかめ、唇を()いてメンチを切りながら聞き返した。

 

「これはただのわがままだ。でも聞いてくれ」

 

飯田が再び頭を下げた。

 

「僕はこんな始まりのところで誰にも折れて欲しくない。それは僕たちの負けなんだ」

「……」

「僕たちの、1年A組の、勝利への条件は、これ以上先生方の手を煩わせないこと。つまり、奴らを俺たちだけで撃退するということだ」

「ほぉ……」

 

轟の表情は変わらない。

だが、爆豪の反応は変わった。

飯田は彼の説得には自信があった。

そう、これは彼の趣向に合った提案のはずなのだ。

 

「話ァわかったが……」

「なぜ、俺らだけに声かけた?」

 

言葉を被せられた爆豪がギギギ……と歯を()み締めながら轟の方を向いた。

 

「バカにしてくれていい。打算だ。主席の君と、クラス委員長の僕と、推薦合格の轟くん。この三人は少しだけ評価(ポイント)を持っている」

 

飯田がにやりと歯を見せた。

 

「ここからさらに失点を増やしてもギリギリ首が(つな)がるメンツというわけだ」

 

爆豪が両手を(たた)いて、その手の間で小さな爆発を起こした。

轟も表情の動きは小さいが、唇の端を少し上げた。

 

「ははぁ! 要するに……」

「俺らにも無茶しろって事だよな?」

「かぶせんじゃねぇよクソ半分が!」

「悪い」

「そうだ。あと一合で決めよう。あの二人と一匹、()()してやろう」

 

飯田の野心的な提案に、二人は再び圧力を覚えた。

 

「僕もできるだけフォローする。どんな無茶してでも倒すんだ。勝とう」

「……わかった」

「フォローはいらん。テメェらが気張れや」

「あとな、俺はその自警団(ヴィジランテ)からもうひとつ学んだことがある」

 

飯田は拳を握って見せた。

 

「何にせよ『悪党を殴るとスカッとする』ということだ。どうせやるならそこまでやろう!」

 

それを聞いた二人は(あき)れ顔になった。

 

「ゴチャゴチャしねぇで最初にソレ言えや!」

「俺も多分その一言で飲み込めた」

「くっ……! 君ら本当にメンタルからアレだな! ただの受け売りはどうかと思ったんだ!」

「独自解釈こそいらんのじゃ!」

「とにかくだ! 全力でぶちかまそう。僕たちの『勝利』のために!」

 

爆豪と轟は気合いを入れるポーズをする飯田にそっぽを向いた。

 

「知るかダッセェ……」

「俺は最初からそのつもりだった」

「君らチームワークの概念がないのかァ!?」

 

轟が足元に氷を隆起させながら、プールの方に向き直る。

 

「先行くぞ」

「俺が先だァッ!」

「チィィムワァァク!!」

 

そう言い合いながら、三人はそれぞれの手段で一斉に加速し、一瞬でその場からいなくなった。

 

 

 

──切島と上鳴は、ハーネスを外しながら、その様子を呆然(ぼうぜん)と見ていた。

 

「なんか、すげぇなアイツら……本当に俺と同い年?」

 

上鳴が誰にともなくぼやく。

 

山岳ゾーンから八百万が作ったハンググライダーで飛んできた二人は、うまく着陸のタイミングを(つか)めなかった。

再挑戦しようとしたところで空中戦をしていた爆豪の援護に回ることとなり、そのままほぼ墜落気味の不時着を決めていた。

 

「くっ……あいつら、置いてけぼりにしやがって……俺だって入試二位だぞ、水くせぇじゃねぇか……」

 

切島が悔しそうに拳を握りながら嘆いたが、上鳴はそれに気安い感じでツッコミを入れた。

 

「いやいや切島、だってさぁ」

「俺じゃダメだってか!」

「お前は()じゃん。最初から無茶してもへっちゃらな感じの『個性』じゃん?」

「えっ!?」

「えっ、違うの?」

 

違いに顔を見合わせる。

先に表情が(ほど)けたのは切島だった。

 

「そっ……そこまで完璧じゃねぇんだけど、そうか……そうだった! 俺こそ言われなくても、真っ先にやらねぇとだった!」

「そうだぜ! そしてお前にはもっと大事な仕事がある!」

「な、なんだそれは!」

「俺のコレ、外すの手伝ってくれない? 外し方、わかんなくなっちゃった……」

「お前なぁ!」

 

切島は(あき)れながら上鳴のハーネスを外す手伝いに取り掛かった。

 

 

 

02.USJ:初勝利(中)  

 

────────

 

触手に巻きつかれながら、峰田がその上で必死に抵抗していた。

 

「びゃあああっ、そろそろオイラも助けてぇー!」

 

生徒達は泣き叫ぶ峰田を救出しようと、巨大タコの触手を挑発し、ときに物を投げつけて牽制しながら相手をしてきたが、徐々に消耗し打つ手がなくなってきた。

 

「くそっ、峰田の身柄が遠いな……」

『オレモ届カナイヨォー!』

 

常闇と黒影(ダークシャドウ)は拳を握り込んだ同じポーズで悔しがる。

砂藤も目をショボショボさせながらそれに同意した。

 

「だりぃ……でも、あともうちょっと隙があれば、さっき言った麗日コンボでイケる気がすんだよなー」

「そうだね、何かきっかけがあれば……悔しいけど、これは先生待ちかな……」

 

砂藤と尾白が話し合うが、二人は半ば諦めつつあった。

波打つ水面に少しだけ浮かぶタコの胴体、その上に、二人の女(ヴィラン)が浮遊し、さあ来いとばかりに待ち構えていたからだった。

 

そこに、三つの人影が凄まじい速さで現れた。

 

「あいつら戻ってきた!」

 

瀬呂が叫んだ。

飯田、爆豪、轟の三人だった。

三人はプールサイドを半秒で駆け抜け、そのまま水面に出る。

そのまま三者三様の方法で、水上を突き進んでいく。

 

爆豪は『爆破』による推進力を利用した空中移動。

定期的な爆発で水面に水柱を上げながら、ジグザグの軌道を作って飛んでいく。

 

飯田は『エンジン』により強化された脚力で、水面を無理やり走破している。

脚力だけでなく、ふくらはぎが変化したエンジン本体にもそれなりの推力があり、組み合わせることで水上走行も苦にしない。

水を蹴るごとに水面が爆発するように跳ね、背後に大量の水飛沫を生み出している。

 

轟は二人にやや遅れながらも、右手から氷を生み出し、足元を隆起させながらその上を滑っていた。

推進力に乏しいため急激な加速は難しいが、速度が乗ってしまえばクラス最速級の二人にも追従できるようだ。

 

轟を中央に、水上からタコを囲むようにして迫る三人に対して、(ヴィラン)──マジアベーゼとマジアハイデはタコを守りながら迎え撃つ姿勢となった。

 

「おおっ、飯田君……真打ち登場ですね!」

「この姿の時は、あんまり言わないようにね……バレるよ?」

「ふふ、気をつけます……ここに来るまでは、どうでも良かったんですが……今はバレたくないですね」

「『転移』の完成は?」

「あと一分です」

「ウィ☆」

 

 

──この日、この二人に敗因があったとすれば、『魔力』という力の優越に由来する、(おごり)りがあったからであろうか。

マジアベーゼがすでに()()()()()()というのはあるかもしれない。

マジアハイデがまだ『魔力』に目覚めて日が浅いというのもあったかもしれない。

 

だが、戦術があるようで何もない、とにかく勢いと力任せ、ゴリ押しに次ぐゴリ押しの猛攻。

素人同士で行うサッカーのようなそれに、そこから派生する天才達の即興のセンスが加わり、ありえない方向へ流れを持っていかれたとしか言いようがないものだった。

 

つまりは気持ちの、熱量の違いが生んだ、大番狂せ(ジャイアントキリング)だった。

 

 

──轟の右腕から迫り出されるようにして、建物を覆い尽くすような膨大な氷の塊が生み出された。

 

「「は?」」

 

その出鱈目(でたらめ)なサイズに、ふたりの(ヴィラン)は思わず口を開けた。

No.2ヒーローの息子である(とどろき)焦凍(しょうと)の、全力の氷撃を初めて見たのであった。

 

咄嗟(とっさ)にマジアハイデが『障壁』の魔法で身を守る。

彼女はこの魔法をもっとも得意とし、これにより初陣でヨロイムシャを降している。

斜め上に突き出す氷柱(つらら)のように迫り出された氷は彼女の『魔力』に阻まれ、二人を避けるように枝分かれして止まった。

 

だが、マジアハイデは爆豪(ばくごう)勝己(かつき)というセンスの塊に、それを見せ過ぎていた。

 

「マックス百八十度が二枚! 五秒に一秒休み!」

「!?」

 

爆豪が叫んだ。

 

巨大な氷の塊が、その偏った重心により、自重でプールに沈み込んだ。

その上を駆け上がるようにして攻めかかる飯田と下から鋭角に旋回して回り込む爆豪。

 

「そんな急に言われてもな!」

 

そう返した飯田だが、二人の攻撃は絶妙に()み合った。

爆豪が左右の手で一度ずつ、間隔を開けて爆破を(たた)き込む。

これでマジアハイデにふたつ目の『障壁』の発動を強いた。

 

一方、飯田は空中で両足を振り回し、ゆるりと豪快にスピンしながらタイミングをずらして接近した。

マジアハイデは手をかざしてそれを止めようとするが、二度、三度と空振りする。

 

「あっ……あぁっ!?」

「ふっ!」

 

飯田がマジアハイデの表情を見て、息を吐きながら唇を(ゆが)める。

その蹴り足によるスピンは戦闘経験の浅いマジアハイデにはフェイントとなり、障壁の持続時間が切れたことによる動揺を顔面に晒す結果となった。

障壁を再度展開するまでにはインターバルを要する。

それは回転する飯田が、その表情を読み取り、姿勢を変えて、渾身の蹴りを放つには十分な時間であった。

 

「はあぁっ!」

「ぷあっ!?」

 

障壁をすり抜けた飯田の『エンジン』が詰まった極太のふくらはぎが最上段から振り下ろされ、マジアハイデの肩口に(たた)き込まれた。

マジアハイデはまっすぐ下に落下し、頭から水面に突っ込んだ。

 

「次ィ!」

 

高速移動中の視野に優れる飯田はそこから器用に身体に(ひね)りを加え、さらにマジアベーゼを蹴り足の軌道に(とら)えた。

今度は爆豪がそれに合わせ、二人は同時に一撃を放つ。

 

だが、マジアベーゼはその攻撃を目視し、両手を動かすだけで二人をいなしてしまう。

三者は交錯し、二人がすり抜け、残るマジアベーゼはその場に浮いたままだった。

 

「んなっ!?」

「ふふ……」

「チィッ!!」

 

(これは……格が違う!)

 

先ほど蹴落とした(ヴィラン)とは一線を画する相手だと理解した飯田は、まだ戦意あふれる表情の爆豪の足手まといにならないことを選択した。

 

()を落とせ!」

「オオッ!」

 

爆豪は落下する飯田の身体の上に着地し、両足で踏み抜いたあと、さらに爆破でタコの真上に(たた)き落とした。

 

「そこまでやれとはぁぁぁ!」

「アホ丸顔がぁ!」

 

爆炎にまみれながら落下する飯田。

爆豪もそこまでやらないといけない事情ができていた。

 

「あーっ! 方向間違えたぁぁっ! たぁすけてぇぇーっ!」

 

個性『無重力(ゼロ・グラビティ)』で自分を浮かし、おそらく水上に浮かぶ氷塊の頂上を目指して飛んだ麗日。

彼女が目測を誤ってズレた方向に飛んでいくのを見てしまったからである。

 

爆豪が麗日の手を(つか)んだ。

 

「ありがと!」

「何しに!」

「麗日コンボや!」

「んだソレ!」

「砂藤君発案!」

「タイトルに作者も聞いとらんわアホォ!」

「ええから行きぃ!」

 

爆豪が罵倒を言い切る前に麗日が言い返し、爆豪の腕を(たた)いた。

爆豪は麗日を氷の方向へぶん投げた後、回転する自らの身体を小爆破で調整する。

その身体は落ちずに浮かんでいた。

彼の身体にも麗日の『無重力(ゼロ・グラビティ)』が発動していた。

 

そのままマジアベーゼを見下ろす。

浮遊し、中空に(たたず)む彼女は爆豪を待っていた様子で、右手の甲を見せて「来い」というジェスチャーをした。

 

「ヒャッハァッ!!」

 

両手の起爆で加速する。

無重力状態。考慮すべきは慣性のみ。重力の逆方向に推力のリソースを割く必要が無くなったそれは、これまでとは桁違いの俊敏さとなった。

 

「おおおっ♪」

 

その劇的な速度の変化に、マジアベーゼもまた物珍しそうな表情をしながら、徒手空拳で迎え撃った。

 

衝突した二人の攻防は数秒で決着した。

繰り出した攻撃に全弾拳のカウンターを合わせられ、爆豪は鼻血を噴き出した。

 

それで起爆のタイミングまで見切られていることを察した爆豪は、それを逆に利用したフェイントをかける。

無重力状態で自身に浮力があることも功を奏した。

爆豪は思わず「対、(ひいらぎ)うてな」と想定して練習していた連続技を使用したのだが、無重力の爽快感ですっかりハイになっていた彼は自分でそれに気が付かなかった。

 

そして当然、仮想標的の一致するそれはマジアベーゼにも通用する。

爆撃のフェイントと同時に放った回し蹴りがマジアベーゼの太ももを(たた)いた。

 

「うっ!?」

 

マジアベーゼが苦痛の表情を見せながら姿勢を崩す。そこに好機を見た爆豪は、両手を使った目一杯の爆破を(たた)き込んだ。

 

「死ねぇっ!」

「あぁっ!?」

 

水面にクレーターを生む程の強烈な爆発。

それを至近距離で(たた)き込まれたマジアベーゼは大きな水柱を作って水面に没した。

手のひらに激痛を覚えながら、爆発の反動で大きく飛び上がった爆豪はさらなる勝利に向けて猛り声を上げた。

 

「ラスイチだ!」

 

その声を、巨大タコの触手の上で聞いた飯田は、全身を粘液まみれにして、滑りながらも触手の上を進む。

だが、半ば水に浸かった、触手を広げれば20メートル以上に広がる巨大なタコの触手の上は、想像以上に広くて動き辛かった。

 

「くっ、峰田君を助けるには……やむを得ん! 轟君! 君も僕ごとやるんだ!」

「無茶言うぜ委員長」

 

水面に浮かぶ氷の塊の上で、白い息を吐き出しながら、轟が()()を構えて立っていた。

轟は同じ氷上に着地した爆豪をちらりと見てつぶやく。

 

「そういや、見せる約束だったな」

「オウ、忘れとったわ」

「これっきりだぞ」

「ああ?」

 

轟の左上から炎が渦を巻いて吐き出された。

 

真っ赤な炎がタコの胴体に直撃し、竜巻のような炎がそこから全方位に展開されていく。

火炎は轟の左腕から容赦なく吐き出され、やがて水上のタコ全体を覆い尽くした。

 

「スッゲ……」

 

火炎放射器を束ねたような、ド派手な蹂躙(じゅうりん)劇に爆豪は思わず感嘆を漏らす。

一方、水上の飯田もまた、その光景に活路を見出していた。

 

(で、でかしたぞ、轟くん……でも凍らせると思ってた! こんなの知らなかった! 次から事前に打ち合わせしような!)

 

タコの触手は表皮の色が変化し、動きを止めて硬直し始めていた。

それを盾にしながら、炎の中で飯田は機をうかがっていた。

炎の熱で、ジュウジュウと音を立てて、身体を覆う粘液が乾燥していく。

 

(コスチュームがあればもっと粘れたが……もはや行くしかあるまい!)

 

どるん、とエンジンの立ち上がり音と共に、ふくらはぎのマフラーが煙を吐き出した。

 

「トルクオーバー! レシプロ・バースト!」

 

飯田は全力を超えた全力で駆け出した。

 

「おおおおっ!」

 

水上を走るときと同じ容量で、粘液に滑ろうと、足を踏み外そうとおかまいなしに足を回転させ、無理やり進んでいく。

 

「峰田君っ!」

「びゃあああっ!」

 

ガチ泣きの峰田が両手を伸ばし、飯田はそれを(つか)み上げた。

 

「飯田ァ抱いてェッ!」

「そういう趣味はない!」

「熱いんだよォッ!!」

 

峰田の小さな身体を腕に抱き、踏み出そうとした足が粘液で滑った。

 

「しまっ……!」

「びゃあああっ!」

 

そのまま触手の渦へと転落しそうになった飯田の腕を、(つか)んで止める者がいた。

 

「ふぬぅぅっ! ハガクレ・バーストォーッ」

 

それは全身に飯田のコスチュームを装着した葉隠だった。

彼女もまた炎に巻かれて硬直したタコの触手を伝って、飯田のコスチュームを頼りに、峰田を救出しようとここまで走ってきたのであった。

平衡を保つ際に自分の身体を確認できないという、葉隠特有の鍛えられたバランス感覚と、飯田のコスチュームにつけられていた不整地走行用のエッジがそれを可能としていた。

 

「無茶しすぎだぜ、飯田君!」

「君こそな!」

 

飯田が葉隠のプロテクターに包まれた腕を(つか)み返した。

 

「その触手に沿って走って!」

「了解!」

 

体勢を持ち直した飯田は葉隠の身体を肩に抱き上げると、彼女が指差した触手の上を全速力で駆け抜けて脱出した。

それを見届けたクラスメイト達から歓声があがる。

 

一方、氷の上からそれを見下ろしていた三人は、タコの動きが変わったことに気づき、焦りを感じていた。

 

「ちっ、タコめ、まだ元気だな」

「水に潜られちまう」

 

プールサイドに乗り上げていた触手がするすると水面に潜ろうとしていた。

 

「あかん! まだ水中に人がおるよ! 麗日コンボ決めないと!」

「その火でプール沸かせらんねぇのか?」

「無理だ。デカすぎる。火で(あぶ)っても水面が気化するだけだ」

「チィ……ここまで来て……」

 

爆豪はこの辺りが潮時かと思い始めていた。

水に潜られてしまえば、身体が大きく機敏なタコの独壇場だ。

水温や水質を変えでもしない限り、もうタコを水から引きずり出す方法がない。

 

だが、1年A組にはそれを単独で成し遂げられる怪物がいた。

 

「……私たちの勝ちですわ」

三奈(みな)ぁ! もういいってさ! 戻っておいで!」

 

八百万がプールサイドに膝をつき、自作のセンサーで水質を測っていた。

その隣で、耳郎が耳たぶの先端を水中に入れて大声で呼びかけている。

 

八百万が(あき)れたようにつぶやいた。

 

「信じられないわ……このプール、もはや塩水ではありません」

 

水面にゴボゴボと泡が湧き上がったかと思うと、二人の女(ヴィラン)が同時に飛び出した。

 

「「すっぱああああぁぁっッ!!」」

「「ひゃあっ!!」」

 

八百万と耳郎は突然吹き上がった水飛沫(みずしぶき)に驚いて抱き合う。

マジアベーゼとマジアハイデはプールサイドに這い上がってきた。

痛そうに目を(つむ)り、顔をくしゃくしゃにした苦悶(くもん)の表情で水を吐き出している。

 

「ぺっぺっ! なんですかこれ! 毒なの? 酸っぱいし苦い! 目が痛い!」

「ウィ……例えるならノンシュガー黒酢炭酸水みかんフレーバー……」

「言語化しないでください! 記憶に残る!」

「……」

 

八百万は無言で投網を『創造』し、腕から射出した。

網は苦しむ(ヴィラン)二人に被さり、八百万が引っ張ると網が二人を締め上げた。

 

そして、プールの方でも、タコが水質の変化に驚いて浮上したところを「麗日コンボや!」と叫んだ麗日が無重力状態にし、クラス全員でタコ殴りすることで、タコに捕まえられた九人の(ヴィラン)ごと、巨大タコを陸上へ押し上げることに成功していた。

 

 

──プールの水面に、ピンクの頭がぷかりと浮かんだ。

 

「ヤオモモぉー、助けてぇ……」

 

水面に揺れる水中の影は、頭から足先までピンク色になっている。

芦戸が、片腕で水を()きながら、もう片腕で身体の前面を隠し、恥ずかしそうにしながらプールサイドの八百万を見上げていた。

 

「水着作ってぇ……コスチュームから下着まで、全部溶けちゃった……」

 

八百万はそれを冷ややかに見下ろし、プリプリと怒り始めた。

 

「当たり前ですわ! 無茶し過ぎです! やりすぎると脱水症状では済みませんわよ!」

「ごめんよぉー、いい作戦だと思ったんだよぉー、プールが海水でなければ……」

「実際のところ、塩素ガスも出さずに、一体どうやったんですの?」

「えっとぉ、まず、脱塩できる酸を作ってぇー」

「ダツエンデキル酸……」

 

八百万が七十年代少女漫画風の白目になりながらふらりと倒れた。

耳郎がその身体を受け止めながらぼやく。

 

「三奈、それ化学得意じゃないウチでも意味わかんねぇってわかるぞ……」

「その後ね、普段使いの酸をいっぱい出した!」

「普段使いの酸って何ですか! 当たり前のように未知の強酸を生み出す宇宙怪獣ですの!?」

「ひどいっ!?」

「水着は(わたくし)と同じサイズのセパレートでいいですわねっ?」

「処刑する気か!!」

 

その後何度かの言い合いをした後、結局芦戸はセパレート水着を着てプールサイドに上がり、季節柄ちょっと油断したお腹を晒す羽目になった。

 

 

 

03.USJ:初勝利(後)  

 

────────

 

『おのれ、我が縄張りを汚しおって……何だというのだあれは……(くじら)が小水でもしたのか……?』

 

タコが愚痴っている。

これは芦戸さんには聞かれても言えないな、と口田は苦笑した。

 

『……もう、諦めて、譲っていただけませんか?』

 

口田は座り込み、傷ついた頭部の治療を受けながら、陸に打ち上げられた巨大タコの説得を続けていた。

 

『無念……なれどまだ諦めぬわ……』

 

タコの怪物は息も絶え絶えの状況だが、まだその触手に九名の(ヴィラン)を抱え込んでいる。

触手を切断して救出しようという話もあったが、口田が説得を志願した。

 

その九人とも酸っぱそうな顔をしていたものの、意識がはっきりしていることは確認できたので、生徒達は手早く多数決で現状維持を決めた。

教師と合流するまでは、口田に任せるということになった。

 

『あなたの主人も捕まりましたよ?』

『くっ……そうなのか? お助けせねば……どこだ?』

 

タコが興奮し始める。

まずい兆候だと悟った口田は慌ててなだめようとしたが、その前にタコの方が脱力した。

 

『ああ、わからなくなってしまった……光が見えない……我は【いと(とうと)きお方】に、見放されたのか……』

『違います。場所はお伝えできませんが……あれも傷つき、疲れ、陰る者。我々と同じ四つ足なのです』

『……』

 

口田はもう一度、交渉を試みた。

 

『悪いようには致しません……お約束はできませんが、ここで暮らせないか、お願いもしてみますから……』

『死は、恐れてはおらぬのだ、声デカき者よ……』

 

そう言いながら、タコは水を吐き出し続けている。

確か、タコは水を体内に溜め込んで、それでエラ呼吸をするはずだ。

それを自ら捨て去ろうとしている。

 

『ただ、最後に……精一杯(じゅん)じたという、納得が欲しい』

 

口田は立ち上がった。

おしとどめようとする麗日と障子の手をやんわりと払い、八百万が捕獲した(ヴィラン)の元へ向かう。

 

額から血が垂れ落ちるのにも構わず歩いていく。

ずんずんと、いつにない速足でそこまでたどり着いた。

その(ヴィラン)、マジアベーゼを見下ろすと、その女は何かを察したようだった。

濡れ(ねずみ)のまま網に縛り上げられているその瞳に、喜悦と憐憫(れんびん)の入り混じった表情が浮かんでいる。

 

その女を見下ろす、口田の双眸(そうぼう)には、怒りの感情が乗っていた。

 

「なるほど、『生き物ボイス』……あのタコさんと交信できたんですか? 奇跡的に、波長が合ったんですね」

「あのタコさんに命じてください。生きよ、と」

「あの子はもうすぐ寿命なんです」

「それを決めるのはあなたじゃない!」

 

周囲を警戒していたクラスメイト達が、びくりと振り返った。

全員が、口田の大声を聞いたのは始めてだった。

 

「あのタコさんは、生まれつき強いテレパシーを発する力を持っていました。それに驚かれ恐れられ、時に襲われながら、身体が衰え、棲家を追われ……タコさん自身もそれが自然のあり方だと納得してこの人工の海を終の棲家に選んだそうです……」

「……」

 

それを聞いたマジアベーゼは目を閉じ、何かを()み締めるように微笑んだ。

 

「あんな偽りの幻想を見せて、利用して……最後までウソをつき続けることに、何の後ろ暗さもないんですか!」

『本人に納得があればいい』

「ベーゼ、使()()()

 

同じ網に絡められ、背中越しにマジアベーゼと密着状態になっている、マジアハイデが慌てて割り込んだ。

ボソリと、少し低い、それでいて艶のある声で、ささやきを続ける。

 

「あっちも引き上げたみたい。でもまだ危ないよ」

「?」

 

その女の言葉を理解できたのはマジアベーゼだけだった。

 

「今日は……もうやめておきますか」

 

マジアベーゼはため息をつくと、諦めたような表情をした。

 

「これから皆さんに、先生方も加えて、粘液ヌルヌル、組んず解れつの大運動会を催す予定だったのですが……」

「よくこの状況からそこに持っていこうとか考えるよね!」

 

思わず叫ぶマジアハイデを無視して、マジアベーゼは口田を見上げた。

 

「あなた、そこまで言うなら、あの子に、真心で接してあげてもらえますか?」

「えっ!?」

「あの子はあなたにお貸しします」

「な、なっ!?」

「今、延命措置はしましたので。そのうち縮んで、水槽で飼えるようなサイズになりますよ。そうしたら水合わせをして、20°Cより冷たくした海水に入れてあげてください」

「……」

「傷を癒して、安らぐだけの時間はできるはずです」

 

口田は、表情を緩めずに答えた。

 

「お預かりします……お礼は、言いません。僕は、あなたに怒っている。まだあなたに言いたいことが沢山あるんだ」

「ええ、あなたとは話が合いそうです。そのうち……」

 

その時、遠くから獣の雄叫びのような声がした。

 

『『ベーゼ様ぁぁぁぁっ!』』

「ヤオモモッ!」

 

風を切り裂きながらまっすぐこちらに迫ってくる「轟音」を聞いた耳郎は、網を(つか)んでいた八百万の手を離させ、勢いよく抱きついて倒れ込んだ。

 

その上を身長5メートルを超える巨大な獣が通過し、その網を巨大な牙の生えた口で(くわ)え込み、プールサイドを破壊しながら跳躍した。

その勢いと衝撃に、その場の全員が倒れ込む。

 

「逃さん!」

 

口田の目に、その獣より速く飛び、追い越していくピンク色の光が見えた。

光は鋭角の残像を残しながら、宙を駆ける獣の正面に回り込み、弾き飛ばしてプールの水面に(たた)き落とした。

 

それは、個性『浮遊』を発動したオールマイトだった。

だが、その姿はいつものヒーローコスチュームではなく、座学で見せる背広姿でもなく。上半身に何も身につけず、下半身に半ズボンと化したスラックス一丁の、ボロボロの姿だった。

その口元にはひとすじの血が溢れ出て、その左脇腹には痛々しい、あまりにも痛々しい大きな傷跡が見えた。

 

生徒達は全員が、その満身創痍(まんしんそうい)を通り越した何かを見て、勝利の余韻も吹き飛び、息を飲んだ。

 

「オールマイト……ちょっとハイデ、足どけて!」

「ええっ、どこ? 見えないんだけど!」

「やあ、君たち、ずいぶん面白い格好だね! ウチの生徒にやられたのかな?」

 

ボートにしがみ付いて浮かぶ獣の口元で、網にかけられたまま、マジアベーゼとマジアハイデはもみくちゃになりながらぶら下がっている。

 

「早かったですね。マロンちゃんとピロンちゃんを退けましたか……この子達はパワーだけはブッチギリですが、わたしのしもべ四天王の中では最弱……えっ、普通にパワー負けした? マジで? どうしよう……」

 

逆さまになったまま、何かブツブツとつぶやいているマジアベーゼを、注意深く見下ろしながらも、オールマイトは笑い飛ばして見せた。

 

HAHAHA(ハーッハッハッ)、大した事なかったぜ! だからって、もう君にも『次』の機会なんてあげないけどな!」

 

マジアベーゼは逆さまのまま、眉をハの字にして、不敵に笑い返した。

 

「ふふ、やっちゃいましたね、オールマイト。生徒さん方は勝ったというのに……」

「!?」

「これ、あなたのミスですよ?」

 

唐突に、プールの水位が音もなく下がり始めた。

 

「……まさか!」

「忘れてました? 一年前にお見せしたのに……大規模転移。わたしが一番得意な魔法です」

 

水が流れる音を一切立てることなく、推定十万トンを超える水量が急速に失われていく。

 

「そして『浮遊(それ)』、水面には突っ込めないんでしょう? ふふふ……」

 

水と、水の上に浮かんでいるものが全て消え、プールの底一面に広がる黒い穴が見えたかと思うと、それもふっと消え去った。

そうなるまで、ものの十秒もかからず、オールマイトはそれを見送ってしまった。

図星だった。オールマイトの衰えた肉体で、『浮遊』による高速移動をしたまま水面に突っ込めば無事では済まない。

マジアベーゼ達が黒い穴に沈み込む間際、彼女の声がどこからともなく響き渡り、その場にいた全員の耳に届いた。

 

『オールマイト、次があなたの最後です。必ず皆さんもご招待しますので、盛大にやりましょう。お楽しみに……』

 

 

──オールマイトは、生徒達が待ち構えるプールサイドに着地した。

 

耳郎がおずおずと声をかける。

 

「オールマイト、その傷は……大丈夫……なわけないよね……」

「……」

 

オールマイトは無言で上を向いた。

何かをためらっている様子だった。

 

生徒たちも、聞きたいことが沢山あったが、今は非常時で、目の前にいるのは世界最高のヒーローで。自分たちには計り知れないものを抱えていることはわかっていたので、それ以上は聞けなかった。

 

「後で、話すよ」

 

オールマイトは溜めにに溜めてから、ゆっくりと答えた。

 

「ただし、聞きたい人だけね。あまり、気分のいい話ではないからさ」

 

生徒達はうなずいた。

 

「……だけど、実は教師の方々にも話していないことがあってね。まず教師側に全部話して、君たちに話す許可をいただいてからになるからね」

「隠し事いっぱいあるんですね、オールマイト先生」

「ウッ!?」

 

麗日が率直な感想を述べ、オールマイトのくたびれハートに突き刺さった。

 

「仕方ねぇよ、だって平和の象徴だぜ?」

「勝ち続けるというのは大変だ。俺は今日それを痛感した」

「栄光の代償……」

 

オールマイトはパンパンと手を(たた)いて注目を集めた。

 

「さあ! まずは点呼を取って! 大きな怪我がないかもう一度確認しよう! 口田少年、君は横になりなさい!」

「……いえ、大丈夫です」

 

口田はそう言ってオールマイトに背を向け、タコの方を向いてしまった。

想定より強めの拒絶が来たのでオールマイトは面食らったが、「男の子だな……」などと青春的な何かに納得した。

 

そこに、外周を捜索していた教師、ハウンドドッグからの連絡が入った。

 

『こちらハウンドドッグ。柊と青山を発見した。柊は負傷しているが……大丈夫だ。みんな頑張ったな』

 

その無線連絡に、その場にいた生徒全員が湧き上がった。

麗日と芦戸が抱き合いながら泣き崩れる。

峰田がそれに混ざろうとして葉隠にグーで殴られた。

尾白と砂藤が手を(たた)き合い、障子と常闇も腕をぶつけ合う。

 

続々と応援の教師達がそこに集まり、警察も到着し、事件の後始末が始まった。

 

 

──USJ事件。

 

(ヴィラン)組織、『(ヴィラン)連合』および『エノルミータ』による襲撃。

 

主な被害としては、雄英高校の演習場、ウソの災害と事故ルームが半壊。

再利用可能になるまで25日を要する。

 

逮捕者、百十九名。

逃走中の(ヴィラン)、七名。

死者、五名。いずれも倒壊ゾーンにいた(ヴィラン)

また、後日、この事件に関与したと思われる三名の死亡が確認される。

──何らかの口封じと思われる。

 

負傷者多数。

教師の重症者一名。生徒の重症者四名。

いずれもリカバリーガールにより治療済み。

 

以下重症者の内訳。

 

教師、相澤(あいざわ)消太(しょうた)、右腕上腕前腕の解放骨折。

1年A組、口田(こうだ)甲司(こうじ)、頭角部の挫創により傷が残る。

同、障子(しょうじ)目蔵(めぞう)、触腕切断。二週間後に再生。

同、爆豪(ばくごう)勝己(かつき)、左足首骨折。

同、(ひいらぎ)うてな、左大腿骨骨折。

 

多数の(ヴィラン)が雄英高校を襲撃し、生徒と教師に負傷者が出たという事件。

この事件は当日の夜と翌日のトップニュースとなり、ネット言論とお茶の間が沸いた。

 

そして、事件当日の夜に行われた記者会見。なんとオールマイトが登場した。

これは彼が雄英高校の教師になってから、初めてのメディア露出となった。

 

登壇した直後にオールマイトが頭を下げる。

この瞬間が、その年の四月までで最大の視聴率を記録した。

 

最初に、生徒に負傷者を出したことの責任として、オールマイトを含めた、担当教師三名の謹慎処分が発表された。

 

「生徒を守りきれなかったことについてどう思われますか?」

(ヴィラン)の数が多すぎた。雄英高校としては、対策を怠ったつもりはないが、それでも百名を超える(ヴィラン)による襲撃は想定していなかった」

 

(ヴィラン)を取り逃したと聞いています。何か釈明はございますか?」

「これは実際のところ、全て私の過失によるものだ。(ヴィラン)を取り逃したことにより、社会に不安を与えることを謝罪する」

 

そう言ってオールマイトが頭を下げた。

大量のフラッシュが焚かれ、無数のシャッター音が鳴り響いた。

 

「私の個人的なミスにより、生徒が捕まえた(ヴィラン)まで取り逃がす結果となってしまったんだ。笑ってくれたまえ。教師としての私はなかなかにポンコツらしい」

 

オールマイトとしてはちょっと笑いを誘ったつもりだったが、記者席は無反応だった。

 

「生徒の方々が(ヴィラン)と戦ったというのは事実でしょうか?」

「事実だ。ただし積極的にそうしたのではなく、我々教師の指示の元で行われた、自己防衛と人命救助のための正当な行為だったとご理解頂きたい」

 

「オールマイト、あなたが雄英高校の教師になったのはなぜでしょうか?」

「もちろん、次の時代に平和を(つな)ぐ為だ」

 

それまで淡々と続いた質疑応答の場が、ざわつき始めた。

 

「……それは、オールマイト、あなたが引退されるという事でしょうか?」

「安心したまえ。いきなりそんな事をするつもりはない」

 

その回答に記者席はほう、とため息をついたが。

 

「だが、そろそろ皆様にも意識はしていただきたい。いつか、私はいなくなるんだ」

 

再び場がざわめくが、オールマイトは力強く拳を握って見せた。

 

「大丈夫! それでも、平和の象徴が途絶えることはない。この先もずっとだ! 私が雄英高校の教師になったのは、その安心を、希望を、未来に示すためさ!」

 

翌日こそ『オールマイト引退間近か』『二代目オールマイトは誰だ?』などといった憶測混じりの記事が飛び交ったものの、この記者会見はおおむね好意的に受け止められて沈静化していった。

 

そして、翌週に入る頃には、メディアはゴールデンウィークと雄英体育祭の話題で持ちきりとなった。

 






【あとがき】  トップにもどる

ここまでお読みいただきありがとうございます。

二章以降から章立てのしかたを話数ごとに変更する予定です。
これによって遡って各話タイトルが変わりますが、話の内容に大きな変化はありません。

※マスキュラーvsイレイザーのシーンなど、書き直しを予定しているシーンもありますが、直したところは随時報告させていただきます。
(2024.01.28 追記 このシーンは最終的に小規模な変更になりました)

投稿間隔は(改善はしたいとは思うものの)これまで通りになります。
いろいろと試行錯誤が入りますが、今後ともよろしくお願いします!

次回から第七話、体育祭編です。
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