デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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【もくじ】
01.出久と心操
02.心操と1年C組
03.うてなと処分

※原作改変要素として、USJ事件翌日の臨時休校がなくなっています。



第七話 ミルコvsヨロイムシャ
(1)事件の翌日


 

01.出久と心操  

 

────────

 

早朝の海岸に吹く寒風も、四月も下旬に入ってからは刺すような、と形容するほどではなくなった。

この風がもう少し緩めば、そこから一気に暑くなるだろう。

 

出久(いずく)は久しぶりに多古場(たこば)京浜公園に来ていた。

 

ここは一年前に彼がボランティアの清掃活動を行った場所である。

今は行政による整備工事も終わり、夏は海水浴も可能な綺麗な浜辺にちょこんと桟橋の展望デッキも整えられた、市民の憩いの場所が完全復旧されていた。

今年の夏はそれなりの人手になることだろう。

 

来るのが久しぶりになった理由は、ここを朝のランニングコースの折り返し地点とするのが物足りなくなってしまい、もうふたつ先の海岸まで距離を伸ばしたからだ。

 

「しばらくはまたお世話になりそうだな」

 

担いでいた自転車を道路の路側帯に下ろし、スマホをいじりながら待つこと十分。

一人の女性が走ってきた。

 

「ひぃ、はぁ、ひぃ」

 

彼女は完全に息が上がっている様子だが、見てわかるほどに根性だけで走る姿勢を保っていた。

 

前髪をツンツンに立てて全開にしたその額は汗粒まみれ。

苦しそうな形相の浮かぶ顔を汗が伝っていく。

汗はそのまま胸元に落ちて白いプリントTシャツをペールオレンジに染め上げ、その下にある大きな白いブラジャーはガッツリ透けて上下運動していた。

 

(あちゃぁ……)

 

出久は目を細めながら、その姿を複雑な気持ちで眺める。

その心境の内訳は距離の加減を間違えたかもという心配が二割、目の保養的な気分が三割、残り五割がもはやそういう気分でその人を鑑賞できなくなったという嘆きの念であった。

 

()()()の指導は、Mt.(マウント)レディにお任せしよう……)

 

出久は胸を直視しないように気を配りながら声をかけた。

 

「おはよう、()()()()

「はぁっ、はぁっ、お、おはよう……」

 

心操人使は二日前にショッピングモールで(ヴィラン)の襲撃を受け、かろうじてこれを退けた。

現状に対する危機感を共有した心操(しんそう)人使(ひとし)とMt.レディ、そしてそのサイドキック、デクは、互いの抱え込む秘密を本格的に共有し、共に活動することになった。

 

心操は身体の問題と向き合いながら、ヒーローを目指すために。

Mt.レディは自身の身を焼こうと迫る災難に備え、乗り越え、未来の栄達の糧とするために。

デクはそのとばっちりである。

 

「ぜぇーっ、ぜぇーっ」

「『魔力』なしで8キロ走り通せたね。すごいよ」

「おぅ……らくしょーだぜ」

 

立ったまま両手を膝の上に置いて呼吸を整えていた心操は、片手を上げて親指を立てた。

が、すぐに力尽きて元の姿勢に戻ってしまった。

 

「……いやウソ。だいぶ(なま)ってたわ……」

「やはり『魔力』による強化は身体能力には全く依存してないね。トレーニングはそれ抜きでやるべきだよ」

「だな。なんか、()()()()の頃より余計な肉がついた気はしてたんだよ……」

 

そう言いながら心操はシャツの裾を上げて自分の腹をむにゅりとつまんだ。

出久はそれに目を背けながらガードレールに立てかけた自転車を指差す。

 

「自転車担いできたから帰りは乗っていってね」

「担いできたってどういうこと!?」

「乗ってきたら十分くらいで着いちゃうから」

「お、おう……家から12キロって言ってたよな……本当に俺と同い年?」

「元陸上部だからね」

 

Mt.レディが心操に開示した事情には、当然デクの正体が『無個性』の高校一年生、緑谷出久であることも含まれていた。

 

緑谷出久はMt.レディの相棒(サイドキック)として、ヒーローに帯同する活動をしているが、合法とは言い切れない。『無個性』であるがゆえにそれを非合法と認定する法的根拠がないだけである。

過去、『無個性』が多数派だった時代には正当化された判例すらある。

だが、それでも司法や行政が彼の行動を認知し、問題視すれば、すぐにでも規制されてしまうだろう。

そういった余計な()()()()を起こさないように、デクは慎重に、コソコソと行動しなければならない。

少なくともMt.レディ事務所の経営状態が、もう少し改善するまでは。

 

憧れのヒーローの一人だと思っていた人物がフリをしているだけの一般人だった。しかもタメであった。

それを知った心操は、Mt.レディの豪快な独自解釈に(あき)れながらも、素直に出久のことをすごい奴だなと思ってしまった。

 

心操もまた『無個性』がヒーローになんてなれっこないと、自然に見下していた側の人間である。

むしろ自分が『個性』に恵まれていないという認識だったからこそ、劣等感からくる序列意識は強かった。

 

出久の存在はそれをひっくり返すものだった。

嫉妬することも、けなすこともできるとわかっていたが、自分より厳しい条件で、自分よりはるか先の立ち位置を実現している。そのやり方こそ裏道をコソコソ行くようなものだが、まだ純朴で未成熟な心操の目線では、それがかえって名を捨てて実を取っているように見えたのであった。

 

ヒーロー科の受験に失敗したものの、別ルートから細い道を這いあがろうとしている心操にとって、その存在は希望とも言えた。

 

だが、心操人使には『個性』がある。

自分は正規のプロヒーロー免許を取得することでしかその場に立つことができない。

だからこそ何としてでも『体育祭』で活躍して、ヒーロー科への編入をもぎ取ろうと意気込んでいた。

 

なお、Mt.レディが彼を『体育祭』で活躍させ、そこで自分の紐付きであると十分にアピールしたうえで『職業体験』の名目でガッツリ働かせて知名度を稼ぎ、夏には仮免試験に飛び込みさせようという爆盛りメニューを用意していることを彼はまだ知らなかった。

 

「はぁ……もう大丈夫、時間無いし、始めようか」

「うん、遅刻厳禁だからね。まずは出席日数の悪評を回復しないとね」

「それなんだよなぁ。なぜ俺はあんな無駄な時間を……」

「○ッチーか。あれがなかったらMt.レディに出会えなかったとポジティブに受け止めよう」

「まあね」

 

二人は靴と靴下を脱いで裸足になり、砂浜へと降りていった。

水平線の向こうにはまだ朝焼けが残っている。

 

 

「体育祭の種目は毎年予選がふたつか三つ。決勝がトーナメント競技だ」

「うん、予選落ちたらもう余興のレクリエーションしかない」

 

心操と出久は話しながら、砂浜で向かい合い、そのままゆっくりと空手の型をなぞりはじめた。

片方が所定の手技や足技を繰り出し、もう片方がそれを防御する。

片方が攻撃を終えたら攻守を交代して同じパターンを繰り返す。

Mt.レディ直伝の型稽古(かたげいこ)である。

二人は昨日、夜ギリギリの時間までこの一式を覚えさせられていた。

 

「指名をもらうだけなら、予選とレクリエーションで『個性』とかビジュアル面とかをアピールすればいいんだけど」

「指名だけなら俺はもう()()()()なわけで」

「うん、なので決勝トーナメント出場がマストだ」

「俺の『個性』と『素質』はヒーロー科の中でも通用する、というアピールだね」

 

Mt.レディの空手は、とあるヒーローの薫陶(くんとう)は入っているものの完全な自己流で、しかもソースは通信空手という事で、出久が調べたメジャーな近代空手に比べるとかなり崩れた型や構えもあった。

それでもこれは、Mt.レディが『巨大化』ヒーローとして怪物達と戦い続けた一年間、その中でも実際に役に立ったものだけに絞り込まれた、実戦向けのラインナップだった。

にわか仕込みでも、あと二週間も繰り返せば組み手で使えるくらいにはなれるだろう。

 

「僕は『魔力』と『個性』を全力で駆使すれば、予選は確実に抜けられると思ってる。もちろん変身はナシね」

「Mt.レディも同じ指示だったな。決勝に温存とか、考えないほうがいい?」

「うん、素直に必死さをアピールしたほうがいいと思う」

 

だからこその、空手の稽古であった。

戦闘向きでない『個性』を如何なる方法で補うか、決勝トーナメントでは勝利よりもその「努力」をアピールしよう目論見である。

 

ぺちっと音がして、心操の回し蹴りが寸止めを超えて出久の額に当たってしまった。

砂が飛んで出久の(ほお)にふりかかる。

 

「あっ、ごめん!」

「本当は一回戦突破くらいなら狙えると思うんだけど……かっちゃんと当たるリスクに備えないとね」

 

出久は心操の蹴り足を額に乗せたまま考え込んでいた。

その後気づいたように心操の上がったままの足を取り、その支持をしながら正しい型を覚え込ませる。

 

「このタイミングで内(もも)を締めて蹴り足にバネを入れるんだ。もう一回」

「うん……爆豪(ばくごう)だっけ……そんなに強いのか?」

「練習を見た限りでは、強いよ。今年三年の、波動ねじれさんって知ってる?」

「知ってる。ってか去年の生放送、カメラがあの人ばかり追ってたし」

 

二人はうなずき合いながら、ねじれた波動を纏って空を舞う、とても髪の長い美女の姿を思い浮かべた。

もちろん共有されたのはスケベ心である。

 

「あの人より射程と規模では劣るけどその分素早く飛び回れる感じかな」

「あっ無理だわ俺が秒殺だわ。火力は据え置き?」

「うん。据え置きどころかもっと()()()()()かもしれない」

 

半分僕のせいだけど、と出久はボソっとつぶやいたが、心操は型をなぞるのに集中しており、聞き取れなかった。

 

「そんなレベルのやつらが四十人もいるとは思いたくないなぁ……」

「いても四、五人だと思いたいけどね……少なくともかっちゃんが負けを認めた奴が一人、だいたい同格だと思ってる人が二人いる」

「もう四人じゃねぇか……ああ、考えたくねぇなぁ、きっともっとヤバいのがいるよぉ〜」

 

心操はしゃがんで頭を抱え込んだ。

 

その後、海岸での稽古は三十分で切り上げ、足を洗って靴を履き直した二人はそれぞれ海を離れようとしていた。

 

「いやぁ……でも、なんか、やっぱいいな」

 

心操は自転車のサドルを調整しながらニコニコ顔になっている。

目の下にできた隈のおかげでちょっと危険な雰囲気になるのがチャームポイントだ。

 

「どうしたの」

「久しぶりに()()()()男子と話せてる!」

「ああ……なるほど」

 

事件の後、心操の方も、Mt.レディと出久に伝え切れなかった事情を話していた。

自分は本来、男であると。

 

彼は雄英高校の入試があった日にマジアベーゼと遭遇し、男から女に変えられたと主張している。

ともすれば心の病気と受け取られかねないこの主張を、デクとMt.レディはすんなり飲み込んだ。

『個性』の歴史の中では性別が曖昧な異形であったり、他者に性転換を引き起こすような個性も複数確認されている。

もうひとつの理由は、二人が見知る共通のヒーローの中に、似たような主張をして実際に容姿が変わってしまった人物がいるからである。

だが、その人物と事情が違うのは、心操が女に変えられた後、彼の周囲の人たちの認識までもが「心操人使はもともと女だった」という認識に変わってしまったところだった。

 

昨日までの友達から家族まで、自分を女として扱ってくる。

男友達は鼻の下を伸ばして軟派(ナンパ)してくるし女友達は当たり前のように連れションに誘ってくる。

家族に至っては心操の男物の衣服から下着まで、当たり前のように女物に入れ換えられてしまった。

自分の性別が変わってしまったことよりも、何事もない風を吹かしながら日常を異常へと塗り替えていく、周囲に対する恐怖の方が心操の心を病ませ、家を飛び出させてしまったのである。

 

それを説明し切った心操はその後泣きだしてしまい、Mt.レディは優しく抱き込んで慰めた。

こうして彼の心境を知り、それを(おもんばか)った出久は、彼が望むとおり男性として扱うことに決めた。

何かと主張してくる、視覚の暴力の数々からは目を逸らしながら。

 

それでもやはり、心操の事をチチとタッパのでかいオタクにも優しいギャルだと思い込んでいた出久の心境は複雑であった。

 

「僕は君に『初めて同年代の女子と喋っちゃった』って気分だったんだけど……」

「あはははっ! ウブかよ! 残念だったな!」

 

その爆笑ぶりは確かに男子を思わせた。

 

「じゃ、また夕方な」

 

心操が自転車を漕いで去っていった。

出久はそれを手を振って見送る。

 

心操はこれからMt.レディ事務所に向かい、Mt.レディから直々に教育を受けてから登校するのである。

 

Mt.レディの朝の個人レッスン。

そのメインテーマは「ヒーローのみだしなみ」であった。

 

『メイクの仕方を伝授するわ! 私の事務所に来る以上、心操ちゃんには()で勝負してもらうからね!』

『いやあの、デクみたいにマスクを着けたいんですが……』

『却下ァーッ!! あぶねぇっ、巨大化するところだったわ!』

『そんな全身全霊で!?』

『そのスタイルと顔面を活かさないなんてありえない! アピールもせずに実力をわかってもらえるなんて思わないで! そうやって無垢(むく)な人材を自然薯(じねんじょ)みたいに掘り返す奴らはあなたの事情なんて考慮せず自分のために他人の才能をすりつぶすのよ!』

『そんな人物が目の前にいる気がする……』

『ウフフ、モチロン、あなたの事情はわかっています。だから、ナチュ盛りの【ボーイッシュ】路線でいきましょう!』

『おおっ、それは助かります! 俺、男に戻るつもりなんで!』

『ソウヨネ、戻ったときが大変だものネ』

 

(心操くん、あれ絶対勘違いしてるよな……)

 

ボーイッシュとは、あくまで女性から見たボーイッシュであって、おそらく男らしさとかそういうのは全く考慮されていないのではないか。

 

指摘を入れてもよかったのだが、仕上がった心操くんを見てみたいという気持ちが勝ってしまった。

なので出久は、衆生(しゅじょう)艱難辛苦(かんなんしんく)を背負う様を心安らかに見守るブッダ精神(マインド)を想起したつもりになって、その場でのツッコミを見送ったのであった。

 

そしてスマホから「自撮りよろ」とだけメッセージを入れた。

 

 

02.心操と1年C組  

 

────────

 

雄英高校、1年C組に所属するその少女は特に理由の無い無断欠席を経て、五日ぶりに登校していた。

 

「オハヨー」

「よ、不良生徒その1」

「その1ってなんだよ」

 

クラスメイト達と挨拶を交わし、軽口を(たた)き合う。

話題になるのは当然昨日、この学校に(ヴィラン)が侵入した件だ。

その少女は昨日、ニュースで事件の報道とオールマイトの記者会見を見て、今日は登校することに決めていた。

 

「昨日の事件、襲われたの一年だったってマジ?」

「マジマジ。A組だってさ。犠牲者がなくてよかったよ」

「出てたら体育祭中止だっただろうね。(ヴィラン)め、サイテーだわ」

 

長い髪を払いながら席に座り、話題を振れば回りをいつものメンバーが囲む。

彼らはヒーロー科の受験に落ちて、滑り止めで普通科に合格したグループであった。

 

「オールマイトがいるとはいえ、コエーよな」

「ま、俺らにとっちゃ昨日の六限が無くなっただけよ」

「ちぇーっ、今日も臨時休校だと思ってたのにー」

「何かザワついたと思ったらすぐに全員下校指示だったわ」

「スピード決着だったな」

「もし休校だったら私知らずに来てたわ」

「ギャハハ!」

 

雄英高校のヒーロー科を受験する生徒は毎年一万人を超える。

その試験に不合格となった生徒のうち、七割は別の高校や専門学校のヒーロー科に入学する。

ヒーローになることが最優先であり、雄英はあわよくばといった程度の現実志向が多数派だ。

 

残り三割は他校の、ヒーロー科以外の高校に入学していく。

進路選択に余裕があって、見通しの無い挑戦であったり、遊びや観光目的だったり。

いわゆる記念受験と呼ばれるグループで、毎年の風物詩と化している。

雄英高校としては止めて欲しいところだが、県の経済としては観光収入も見込まれるため、悩ましいところだ。

 

「そういえばさ、アンタがサボってた間に、心操さん初登校だったよ」

「マジ? どんな子だった?」

「うーん、どことは言わないけどとにかくでかい!」

「何もかもが大きい!」

「スケベどもめ! ギャハハ!」

「体弱そうには見えなかったな」

 

そして不合格者のごく一部、四十人くらいの生徒が、雄英高校の他学科を滑り止めとして合格する。

彼らのほとんどは、オールマイトをはじめとする雄英OBのプロヒーローに強い憧れを持ち、「ヒーローになるなら雄英しかない」と考える生徒達だ。

ヒーローになることよりもそれを優先する、夢に取り()かれてしまった生徒達だ。

 

もしも緑谷出久がヒーローになることを諦めていなかったら、このグループにいたのかもしれない。

 

「ふーん……やっぱ、ギラついてる感じ?」

「……それはみんなそうだろうよ」

「だよね」

 

彼らの心境は複雑だ。

自分の夢がそこにあるのを横で見ながら、その夢が日を追うごとに自分から()がれ落ちていくのを実感していく。

夢を叶えたヒーロー科の生徒達に嫉妬する一方で、自らも優秀であるがゆえに、もう彼らに敵いっこないとも自覚しているのだ。だから浪人までは選択しない。

それでいて、まだ雄英のヒーロー科で輝く自分の姿を振り払えずに、最後の機会に(すが)ってもいる。

 

毎年彼らは、五月に行われる大イベント、『雄英体育祭』を経て、少しずつ現実を受け入れていく。

そこで結果を出す者や、その後ヒーロー科への編入を決める者は、年に一人いるかもしれない程度。いない年の方が多い。

 

「昨日は午後から来るって言ってたけど、昼前にやっぱ休むって連絡あって」

「先生無表情だったけどあれはキレてたよね。C組の不良生徒その2だよ」

「ハハ、心が(すさ)んでるねぇ」

「君が言うな」

 

人の心は自意識のイメージと現実の乖離(かいり)を目の当たりにするだけでも傷ついていく。

傷ついた自意識を癒し、その現実を受け入れるのに、時間を必要とするときがある。

 

少年少女たちはそうである間、三年間、四年間、あるいは六年間を学校で過ごす。

その、何かを修めるには冗長で、何かを成すには短すぎる期間。

それは、現実とのギャップに傷ついた生徒たちが、それを受け入れて先に進んでいくための心の猶予期間(モラトリアム)でもあるのだ。

 

彼らもまたゆっくりと現実を受け入れて、傷を癒し、その上でもう一度ヒーローの道を目指すのか、別の道を選ぶのか決めていくのだろう。

 

その少女はまだ見ぬクラスメイト「心操さん」も、きっと同類だと思っていた。

 

自分より少し可愛いかもしれない。

スタイルは確実に良さそうだ。

普通科主席の自分よりは、少し頭が悪くて。

ちょっと『個性』がイマイチなのかもしれない。

 

他の高校のヒーロー科に行く道もあっただろうに。

『もうちょっと頑張れば、何か幸運があれば』を抱え込んで、ここまで道を外れてきた子のはずなのだ。

ここにいる自分たちと同じように。

 

きっと私を差し置いてヒーロー科に行ける程の子ではない。

その子もここで私たちと一緒に、それとなく心の傷を()め合いながら過ごしていくのだと。

そう期待していた。

 

がらり、と大きな教室の扉が開いた。

教室で埋まっていない席は後ひとつ。

ウワサのその子が遅刻ギリギリでやって来たのだろう。

 

その背の高い女の子はひょこりと教室に入ってきた。

 

「よう心操、ギリギリ──!?」

「ん、オハヨ」

 

その姿を見た全員が目を見開いた。

 

ブレザーを羽織り、下がスラックスの男装スタイルは前日の通り。

はちきれんばかりの胸のふくらみも相変わらずで。

 

しかし、先日までのロクに手入れもしていなさそうな、野暮ったい容貌がすっかりなくなっていた。

それでいて特徴的な総立ちの髪型に目元の隈は相変わらず。

それらもなぜか、どこか洗練されているように見える。

 

(これは、マジ化粧だ……!)

 

心操を見るその少女の目には、それが「武装」として映った。

 

ナチュラルにまとめつつも盛りに盛られた目元のハイライト。

目元の隈にはシャドウが追加され、そのじとりと湿り気のある眼差しすらコントロールされている。

シルエットはさらりとナチュラルな淑女スタイルで決めつつも、全体的にはボーイッシュなまとまり感。

それは女がするには過剰な雄の香りを漂わせ、女性の敏感で(もろい)い粘膜にやさしくクリティカルヒットしてくる。

まるで本当に、その奥に獣性が眠っているような……

 

ひと目、自分を見てすれ違うだけの者さえ逃さないような。

それは、その顔を見る者たちに、自分は一味違うと思わせるための「武装」なのであった。

敗残者を見下そうとする全てに対する威嚇なのだ。

 

(ああ、ああ、この子は……)

 

少女は戦慄し、さらに感極まった。

 

「おい心操、お前それ、どうしたんだよ……」

「アイドルみたい……」

「ん? ……ああ、これね。気合い入れてきた」

 

心操は自分の(ほお)に指を当てながら、淡々と答えた。

 

「気合いって……?」

「体育祭まであと二週間しかないだろ?」

 

(ああ、まだ諦めていないんだ……)

 

心操は首に手をあて、にやりとワイルドに歯を見せる。

 

「宣戦布告のつもりさ。調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞってね」

「「おお……」」

 

C組の生徒達から感嘆が漏れる。

 

(使えるものなら自分の顔も、全部使い切って、夢を取り戻すつもりなんだ!)

 

席につこうとした心操の前に、少女が立ち塞がった。

 

「あ……」

 

心操は一瞬、何事かと思ったが、その少女が初対面だと気がついた。

 

「初めましてだよね? 俺、心操人使、よろしくね」

「あ、あの……」

 

少女はスカートのポケットから皮財布を取り出し、両手で持って差し出した。

 

「十万ありましゅ……貢がせてください……」

「なんでだよっ!?」

 

その日、その時、少女は自分の中に(くすぶ)っていた夢をかなぐり捨てた。

目の前に現れた夢のような、推しのクラスメイト──後の親友を、全力で支えようと心に決めたのである。

 

 

 

 

03.うてなと処分  

 

────────

 

「昨日の女(ヴィラン)について話し合いたいと思います!」

 

雄英高校に向かう通学路を麗日(うららか)飯田(いいだ)が並んで歩いていた。

 

唐突に片手を挙げながら議題を発したのが麗日である。

朝の傾いた陽光をメガネで反射しながら、飯田はいつものことのように返事をした。

 

「あのけったいな格好をした女達だな」

梅雨(つゆ)ちゃんが酷い目にあわされたじゃない? お礼参りとかしたくない?」

「お礼参りって……さすがに俺たちがヒーローになる頃には捕まっているだろうな」

「せやろなぁー」

 

「オハヨー」

「おっす、瀬呂(せろ)くん、峰田(みねた)くん」

 

二人の後ろから瀬呂と峰田が早歩きで追いついてきた。

麗日の話は聞こえていたようで、瀬呂が同じ話題を(つな)いでいく。

 

「オレ、チラッと顔見えたけど、あいつらオレらと歳近いと思うぜ」

「マジで?」

「同い年もありえる。シスターみたいな子がめっちゃ美人だった……」

「瀬呂君は面食いやねぇ。飯田君はどうだった?」

「顔を見たのは最後、蹴りを入れるときに一瞬だけかな……金髪だった」

「それは私もわかっとるて」

 

峰田は死んだような目をして震えながらつぶやいた。

 

「オイラはオイラがやられたこと倍返ししたい……でも触手はもう見たくない……」

 

四人が昨日の事件について話しながら歩いていると、雄英高校の校舎の全景が見えてきた。

手前に小さな坂があり、そこを登り切れば校門は目の前だ。

 

「おはようございます、峰田君、瀬呂君……」

 

峰田と瀬呂が振り返ると、声をかけてきたのは紫髪の小柄な女子、(ひいらぎ)だった。

普段通り、学生鞄とは別に、使い魔やらカメラ機材やらを詰め込んだ大きなボストンバックを肩にかけている。

その声は興奮にうち震え、何かすごいものを見たかのように目を見開いていた。

 

「この際あなた達でもいいので聞いてください。この衝撃を伝えたい」

「この際って……」

R(アール)は?」

「18」

 

峰田の謎の質問に謎の数値を即答した柊。

それを聞いた男子二人が同時に眉間にシワを寄せた。

瀬呂が両手をあげて静止する。

 

「待て……R16.5以上は性癖適合試験(パッチテスト)を受けてもらう決まりだ」

「誰が決めたんですか?」

「オレだよ! お前と峰田のシモはたまにツラいんだよ!」

 

峰田が間髪入れずに質問を飛ばした。

 

「問題! 自分が出演するとした場合、理想の男優は?」

「カンブリア牧」

「「よし話せ!」」

 

峰田と瀬呂が同時に両手を振り、試合続行のジェスチャーをした。

それを見ていた麗日が飯田に質問する。

 

「ねぇ、うてなちゃんは何のテストを通ったの?」

 

飯田は上を向いて、眼鏡を押さえた。

 

「すまない。俺からは答えられない」

「下ネタ?」

「うむ」

 

柊が手をわなわなさせながら話し始めた。

 

「先ほど、バス停で背が高くてお胸がものすごく大きな女子を見かけました」

 

どうやらその手は何かのサイズを表現しているらしい。

そのサイズを正確に理解した峰田と瀬呂はそのボリューム感に戦慄した。

 

「なん……だと……」

「Iカップはねぇかそれ……」

「きっと一年生です。先輩方も二度見していましたので」

「見た目どんな感じだった?」

 

柊は自分の目元近くまでかかっていた前髪を、両手で持ち上げて見せた。

穏やかそうなヘーゼルの瞳の下で(ほお)が少し紅潮し、興奮とワクワクを訴えている。

 

「横顔しか見えませんでしたが髪をこう、ツンツンにした、なんというかボーイッシュ? な雰囲気の方です。八百万さんよりひと回り大きな身長に、二回りたわわな……あれはもはや雄英のダブルインパクトと呼んでも過言ではないレベルで……」

「マジかよ! オイラ入学式の翌日、昇降口で漏れなくチェックしてたけどそんな子いなかった!」

「ちゃんと顔写真付き名簿と照合しましたか?」

「持ってたらハンザイだよぉ!?」

「おそらく最近までお休みしてたんでしょうね」

「そっかー。なら少なくともヒーロー科ではねぇな。今日の楽しみが増えたわ」

「あの子、ヒーロー科に来ませんかね……」

「なんでだよ」

「あの子と戦闘訓練したい。致したい」

「朝っぱらから飛ばし過ぎだろぉ!」

 

柊はニコニコしながら峰田達にスマホを見せた。

 

「このゲームあなた達もプレイしてますよね? ほら、このキャラみたいな魔法を使う戦士みたいなコスチュームを着せてですね……お面のようなもので無理やり目隠してから裁ち切り(バサミ)でコスチュームを薄皮ごと切り刻むんです。周りが見えない恐怖を気丈に耐えながらも、晒され、揺れるお胸から血が(にじ)(ゆが)む表情、苦痛と羞恥に震える身体、押し殺した悲鳴……そこにわたしが……」

「もうやめろォ!」

 

早口で嬉々として何かの妄想を語ろうとする柊に、峰田がたまりかねて怒鳴りつけた。

 

「先週からお前の性癖開示にはオイラガン萎えしてんだよぉ!!」

「パッチテスト意味なかったな……」

 

瀬呂は目からハイライトを喪失しながらため息をついた。

 

「初日のオドオドしてた幸薄そうな美少女はどこ行ったんだお前ェ!」

「ほんそれ」

 

男子たちの苦情をニコニコと笑顔で受け流しながら、柊は話を仕切り直した。

 

「とまあ、そんな想像をしていたらお胸がとても好きそうな峰田くん達を見かけたという次第でして」

「悪いけどオイラそんなおっぱい偏重じゃなくて総合的なんだよね。オールラウンダー峰田だから」

「オレはスレンダー派ね。エスエムはNGで」

「フゥー……」

 

柊は眉をひそめながら深く長いため息をつき、男子二人を細目でにらんだ。

 

「なんだその見下したツラァ!」

「柊チャンは内弁慶だなぁ。オレはそっちのが好きだけどさ」

 

ニマニマと瀬呂に(あお)られた柊は照れたようにはにかみながらニッコリ言い返した。

 

「えへへ、お二人ともヒーローとして有望なのはわかりますが、今のところリスペクトする要素がそんなにないかなって」

「ぬかしおる」

「どっから目線だよお前! クラスでもっともヒーローから遠い女のクセによぉ!」

「この子爆豪と同類だわ」

 

その掛け合いをうらやましそうに横目で見ながら、麗日が言った。

 

「ふふっ、うてなちゃんもだんだん打ち解けてきたねぇ」

 

飯田はそれに首を傾げる。

 

「そうだろうか? 割と最初からグイグイ来ていたような……」

「そうなん? いいなぁ、私ももっと仲良うなりたい!」

「十分仲良しに見えるぞ」

「飯田君たちに比べるとなんか、浅い気がする!」

「それはおそらく、あまり彼女の興味を引く話題を振っていないからだろう。彼女は興味のあるものに関わると距離感をなくしてくるぞ」

 

カクカクと身振り手振りをしながら語る飯田に、麗日はぷんすこと拳を振り上げて怒りをアピールした。

 

「その手立てがあれへんから困ってんの! なんかええの考えてや!」

「そういうことか。ううむ……」

 

飯田は少し考えた後、閃いたかのように眼鏡を光らせた。

 

「……猥談(わいだん)かな」

「ワイダンかぁ……」

 

何かがっかりしたように麗日は肩を下げた。

 

 

──1年A組の教室に生徒達が集まり、朝のホームルームの時間になった。

 

口田(こうだ)だけは欠席で、残りは全員出席している。

 

教壇に立つのは1年B組の担任、ブラドキングだった。

生徒達からは親しみをこめてブラド先生と呼ばれている。

 

そして、教師机の上には雄英高校の校長、根津が座っていた。

 

1年A組は個性把握テストのために入学式をすっぽかしたので、身長85センチの服を着たネズミである根津と、面と向かって見合うのが初めての生徒も何人かいた。

 

「おはよう皆さん。いくつか伝えたいことがあるので私が来たよ」

「知っているかもしれないが、イレイザーヘッドは今日一日謹慎処分だ」

 

ブラドキングが言い終わると、飯田がビシっと真っ直ぐ挙手をした。

 

「先生! オールマイト先生と13号先生のご容体はいかがでしょうか?」

「オールマイト先生は元気だよ。彼は三日間の謹慎処分なのさ。ちゃんと謹慎できてるかは怪しいが」

「13号先生も同じだ。その間は病院でゆっくり静養してもらっている。二人とも元気だから安心しなさい」

 

穏やかな声で、優しく言い含めるように言うブラドキングに、生徒達はほう、とため息をついた。

次は上鳴(かみなり)が挙手をする。

 

「すいませーん、口田のことなんかご存知っスか?」

「口田くんは親御さんと話がしたいそうで、昨日から岩手の実家に帰っているのさ」

「怪我の後遺症とかはなかったと聞いている。明日には登校してくるそうだ」

「よかったー、あの時すごい血だったもんねぇ」

 

麗日が安心したように声をあげ、轟がそれに同意するようにうなずいた。

生徒達が少しざわついたが、根津が両手を上げるとぴたりと静かになる。

 

「さて、今日は君たちの『処分』について話をしたい」

「うわ来たよ……」

 

耳郎(じろう)がバツが悪そうに首を(すく)めた。

 

「あっ……私、アウトかも……」

 

柊が絶望的な顔を見せた。

彼女は入学初日から仮除籍の処分中であり、今後何かひとつでも問題を起こしたら除籍確定という立場であった。

 

「いや、柊さんと青山君については今回は完全な被害者ということで、お(とが)めなしとさせてもらうよ」

「良かった……」

「だけど、君は連帯責任でもアウトになるというのは正しい。崖っぷちの君が、率先してクラスのストッパーになってくれると嬉しいね?」

「はい……気をつけます……」

 

爆豪が苛立たし気な声で質問した。

 

「で? 俺らも謹慎ッスか?」

「いや、君たちには『救助訓練補習』をしてもらう」

「補習ぅ?」

「県内の山奥でね。警察と協力して、昨日の事件を模したフィールドを用意して、そこで再現検証を行うことになった……」

 

根津の説明をブラドキングが引き継いで、少し張った声で補習の内容が説明される。

 

それは、警察側の発案に根津校長がアレンジを加えた、生徒から情報を聞き出すついでに生徒側の指導もしようという意欲的な小プロジェクトだった。

今回現れた(ヴィラン)達はどのような動きをしたのか。

まだ捕まえられていない数名の(ヴィラン)の脅威はどの程度か。

生徒達はそれらにどのような対応をしたのか。

 

「当日も言うが、ウソ偽りなく話すように! 昨日の君たちの行動。何が良くて何が悪かったか、俺と根津校長できっちり切り分けて説教をしてやるからな!」

「「うえぇー」」

 

それは昨日USJで生徒達がやってしまったいくつかの独断専行に答え合わせがされるということであった。

生徒達は、了解半分、嫌な気持ち半分の複雑な返事を返す。

 

「明日は登校したら制服、鞄に体操着を持っていつものバス停に集合だ。弁当は出るので持ってこなくていいぞ」

「「「はい!」」」

 

生徒達は空元気で返事をして、その朝のホームルームは終了した。

 

次の授業の準備のためにざわつく教室の中。

校長を肩に乗せ、教室を出ようとするブラドキングに青山がおずおずと声をかけた。

 

「先生、明日、僕と柊さんは……?」

「詳しくは翌朝、謹慎明けのイレイザーヘッドから聞きなさい」

「はぁ……」

 

青山が飲み込めない顔をしたので、ブラドキングはもう少し話すことにした。

 

「とはいえ、イレイザーヘッドと三人きりで座学は寂しいだろう。だから私からひとつ、イレイザーに頼んでおいた」

 

ブラドキングは親指を立てて見せた。

 

「明日、君たちは()()()()()B組の生徒達と合同で、戦闘訓練をやってもらうことになるだろう!」

「「ええー……」」

 

ブラドキングは得意気な満面の笑みで宣言したが、柊と青山は揃ってとても嫌そうな顔をした。

 

 

 






【あとがき】  トップにもどる

※いわゆるアニオリ「救え! 救助訓練!」にあたるエピソード……の裏側になります。
いまのところ救助訓練側を書く予定はありませんが、余裕があれば閑話として七話終了後に追加するかもしれません。

※次回、1年B組(の一部だけ)登場!
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