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同じ間取りの教室でも、人が変わるとずいぶん
ここは普段彼が通う教室の隣、1年B組の教室である。
好奇心と値踏みするような視線に晒されながら、イレイザーヘッドこと
集まる視線に青山がウインクを返すと、男子達が微妙そうな顔を見せる。
そうして三人が教壇に並ぶと、その中央、教師卓の前に立った相澤が挨拶をした。
「皆さんおはよう。今日一日、ブラド先生の代理をする相澤だ。よろしくね」
相澤が頭を下げながら続けた。
「皆知ってると思うけど、今日ブラド先生は
「「「……」」」
着席しているB組の生徒達は、思い思いの表情をしながら相澤を見ていた。
「……?」
青山はそこに何か微妙な空気が漂っているのを感じ取った。
──二日前、1年A組の生徒達が授業中、オールマイトの命を狙う
1年B組の生徒達は別の演習場にて同じ救助訓練を行なっていたが、授業は中断され、指導していたブラド先生とセメントス先生が呼び出されると、そのまま授業は中止。すぐに下校の指示が出た。
そして何もわからないまま、自宅でUSJ事件の報道と、オールマイトの記者会見を見せられることになる。
翌朝のホームルームで、彼らは担任のブラド先生よりひととおり事情の説明を受けた。
忙しそうに立ち回るブラド先生を見ながら、彼らはいろいろと飲み込めず、気が休まらないまま、浮き足立ったままでその日の授業を終える。
放課後、クラス一番の熱血漢、
昨日、ブラド先生はUSJ事件の被害に遭った生徒のうち、「独断先行して
彼のこの言い回しは少し言葉が足りず、B組の生徒達に誤解を与えていた。
「──クラス委員長は?」
「はーい、
クラス委員長の拳藤が片手を上げて、間延び気味に返事をした。
ほぼオレンジのジンジャーヘアをサイドテールにしており、目鼻立ちの整った、見るからに気の強そうな顔つきの女子だった。
「午後のヒーロー基礎学は俺が担当するから。お昼までに職員室にレジュメを取りに来てね」
「はい。この二人も午後からってコトでいいですか?」
「そういうコトだ。世話になるから、先に自己紹介だけさせとこうと思ってね」
USJ事件で
それを思い出したのか、青山の隣に立つ柊がげんなりした表情をしている。
「じゃ、自己紹介、柊から」
そう言って、相澤が手のひらを上に向けて柊の方に差し出た。
その右腕の手首には白い包帯とギプスが巻かれており、先日の事件の跡を痛々しく残していた。
「あ、ええと、柊、うてなです。よろしくお願いします」
柊が少しどもりながら遠慮がちに挨拶し、頭を下げた。
それに間髪入れずに青山が前に出て両腕を広げた。
「
青山は一言ごとに素早くポーズを変えながら自己紹介をし、最後にバチコンと音がしそうな勢いでウインクを決めた。
B組生徒達はまばらに拍手をして歓迎した。
拍手が途切れた後、相澤が淡々と補足する。
「意外かもしれないが、この青山が現時点で1年A組の成績最優秀者だ」
「「おお〜?」」
「ラヴィ!」
「青山くんだけ
柊がぼそりと言ったが、青山は得意気に鼻先を高く上げて見せる。
「フフフ……棚ボタでもトップのまばゆさに
「そうだね。そして隣の柊さんは現在最下位を突き抜けて除籍の仮処分中です。みんな生暖かく見下ろしてあげてね」
「「お、おう……」」
「先生ヒドイ!」
生徒達の視線が「何やったんだこいつ」と
「はっ! 冗談じゃないね!」
教壇から見て右側中央の席から鋭い声がした。
逆側、左の最後列に座る拳藤が苦々しい表情をしながら額を押さえる。
「あのバカ……」
「確か、
「そうです」
その生徒は相澤の強めな視線に少々たじろいだが、眠たげな
「扱いに差がありすぎませんか?」
「……言ってみなさい」
物間は腕を組み直して続けた。
「A組が襲われたことについては気の毒に思いますよ? でも僕らB組だって救助訓練を中断されてる。なぜ彼らだけがその埋め合わせをしてもらえるのでしょうか?」
「あれは
「糧になるなら同じ事でしょう? 僕らのヒーロー基礎学の授業に影響を与えてまで? 特別可愛がられてるようにしか見えないね」
「それについては申し訳ない。だが今でなければダメなんだ」
物間の目を見ながら再び謝罪した相澤は横を向き、教壇の上を歩きながら話し始めた。
「あの事件の日、1年A組は命の危険に晒された。理不尽に、唐突に。誰が死んでもおかしくなかった。あの子たちは恐怖に突き動かされて、独断専行をしてしまった」
さらりと「死」という言葉が出てきたことに、B組の生徒達は戦慄を覚えた。
あらためてそれがプロヒーローを兼ねる教師達にとっても、異常事態だったのだと知る。
相澤は窓の外を眺めていた目を再び生徒達の方に向けた。
「それが心の傷となる前に、過ちを自覚し、乗り越えるチャンスを与えたいんだ。これはブラド先生が言い出したことだ」
「……そこは理解しました。でも、それで僕たちB組が
「我々は君たちB組に対してそんなつもりは無いが……なぜそう思う?」
物間は組んでいた腕を解き、肩を
「僕らの直近の目標は、『雄英体育祭』で良い成績を残して、プロヒーローからより多くの指名を貰うことです」
「……」
「この大事な時期に、彼らは襲われ……そして目立った。ネットではA組の誰が優勝するかって話題で持ちきりですよ。最有力はインゲニウムの弟、飯田君だってさ」
「そうか……」
「確かに、A組の人たちは不幸だった。それでも、そのおかげで話題性ではB組の先を行ってます。僕はこれを不公平だと思っていますよ。相澤先生」
生徒の何人かは、物間の言葉に小さくうなずいていた。
相澤はその様子を見て小さくため息をついた。
「あまり厳しいことを言うつもりはなかったんだが……それがどうしたというんだ? 自分で話題を塗り替える自信が無いから? 体育祭をボイコットでもするのか?」
「くっ……」
言われた物間が苦々しそうな顔をした。
「誰の指名を受けてサイドキックになるかは大して重要じゃない。自分がどんなヒーローになるかが重要なんだ」
いつものイレイザー節に教室の雰囲気がどんよりし始めている。
柊と青山にとってはすでに慣れ親しんだものだが、当事者でない立場で見ていると、それはそれで居たたまれない気分になってきた。
「体育祭は本来、競技で他者と競いながら、そこに至るまでの現在位置を確認してもらうための催しだ。ヒーローが見せ物にされるくらいで舞い上がるな。一年目の指名に一喜一憂してる暇なんてないぞ」
「ま、まだ不満はありますよ! あの日、A組ではなく、僕らがUSJにいてもよかったはずだ!」
物間まだ言いたいことがあるようだった。
そろそろ教室の端から彼をにらむ、拳藤の視線がかなり
「あの日、なぜ1年A組が、設備の整ったUSJで訓練を受けられたんでしょうか? 僕らはボロい演習場
「いや、あの訓練場は……いや、そうだな、この際はっきりさせておこうか」
「?」
相澤は少しためらう様子で頭を
「序列というものがある」
「なっ……!?」
物間をはじめとする1年B組の他の生徒達は、相澤の直接的な物言いに驚いた。
入試の成績と、生徒のクラス分けに偏りのようなものがあるとは感じていた。
だが、ここまではっきりと、それを突きつけられるとは思っていなかった。
「まずあの演習場
「えっ?」
だが、すぐにそういう話じゃないっぽいと気がついた。
「13号には悪いが、演習場
「はぁ……」
「ブラド先生な……
相澤の話がだんだん愚痴っぽくなってきた。
「俺はあの人より一週間早く演習場
「えぇ……」
「俺は食い下がったが、結局演習場
「うわぁ……」
「もう四年目だが、いつもこうなんだ」
徐々に恨み節が混ざっていく相澤に、話を聞いている生徒達は、なんとなく流れを悟った。
「あの人は尊敬に値する人格者だ。だが生徒のことになると性格が変わるんだ」
「存じております……」
「横入りとか、横取りとか、横紙破りとか……心当たりあるよね?」
「はいぃ……」
「つまり、何が言いたいかというとだな。A組B組の生徒の立場が対等であっても、その教師の間には
相澤がギン、と視線を強めて言い放った。
「……その原因は、ひとえにブラド先生の愛!」
「「うちの先生がすいませんでしたァーッ!!」」
B組の生徒達が口を揃えて机に手をつき、頭を下げた。
「あの人の顔が怖くて話しかけづらいのはわかる。だがそういうクレームはブラド先生に直接言いなさい。先生を助けると思って言ってください」
「はい……」
「さて……もういいかな? よし、少し時間余ったな。次の授業まで交友を深めていいよ。ただし他の教室の邪魔にならないよう静かにね」
「「はーい」」
相澤は話を切り上げると、教卓の椅子を教室の隅まで引いて、座り込んでしまった。
A組にいたら寝袋で一服キメてるところだな、と青山は思った。
「まぁ……今日は歓迎するよ、お二人さん」
真っ先に立ち上がり、教壇に詰め寄ってきたのは物間だった。
ただし、その背後、教室の最後列から拳藤がずんずんと音が立ちそうな勢いで歩いてきている。
「いえ、わたし達のことはいいので拳藤さんに謝ったほうが……」
「も、の、まぁぁぁぁーっ!」
「え? はぶしっ!」
物間が振り向く前に、その頭頂に拳藤の拳骨が落ちた。
「
「ジゴージトクデース!」
「ね」
悲鳴をあげ、頭を押さえてしゃがみ込む物間をのぞき込むようにしながら、最前列の女生徒二人が言葉を投げた。
拳藤も腰に手を当てて物間を見下ろして怒鳴った。
「物間お前、何でも率先してワル振るのやめなよ! クラス全体のイメージに関わるんだぞ!」
「ワル振ってるわけじゃ……」
「わぁぁ、たわわとりぷるだぁ……」
視界に揃った三人の女子を見ながら、柊が思わずといった調子でつぶやき、わきわきと手を動かそうとしたが、隣の青山が素早く手の甲で
「ねぇ君たち、A組全員の『個性』教えてよ! そうしないと戦闘訓練の相手してあげな痛ァッ!!」
「なんで怒られてるのかわかってないのかぁ!」
「さすがにそれは教えられないかな☆」
「ええ、ですが、体育祭のことはお気持ち、わかります。私も仕込みが重要な『個性』で、事前情報が命ですから」
青山がいつもの調子で答え、柊はおずおずと控えめな調子で続けた。
「今日知り得たB組の情報を漏らすことはしません。約束しますが……あなたのおっしゃるとおり、お互い何か信用があるわけでもない」
「だろう?」
「なので、代わりといってはなんですが、本日、わたしと青山君」
物間を見下ろした柊が指を一本、二本と立てながら言った。
「戦闘訓練で、
「「!?」」
クラス全員が柊に注目した。
そんな熱血バトルものみたいなことは言いそうにない雰囲気だったのに。
柊の顔から、先ほどまでの引っ込み思案な雰囲気が消え、楽しそうな笑顔に変わっていた。
青山はそんな柊に「あ、なんかテンション上がってやる気出したな」と思い、その後で自分も巻き込まれていることに気がついた。
「えっ、僕もやるの?」
「何か?」
「う、ううん、別にいいけど……‥」
そのやり取りを見た生徒達はこの二人の力関係をなんとなく察してしまった。
それはそれとして、挑発ともとれる発言に生徒達のボルテージが上がり、そこに柊がさらなる挑発を加える。
「わたし達二人については、今日の
「いいね。それで納得しよう」
「勝手に決めんな! 私はフツーにやるからね!」
物間は立ち上がり、柊の前に立って手を差し出した。
生徒達にざわりと緊張が走る。
「和解と、約束の握手といこうか?」
(物間め……あいつ
物間の『個性』を知る1年B組の面々は、彼の腹黒い振る舞いに目を細めた。
特に教室中央の席に座っている女子がわなわなと震えながら、その緑色の髪をざわつかせており、後ろに座る眼鏡の生徒がそれに
それでも、体育祭に向けて、1年A組に対抗意識を覚えていたのは物間ひとりではない。
だから、その場では『個性』を使おうとする物間に誰も、何も言わなかった。
「ええ、ご理解頂けて嬉しいです」
柊もにっこりと微笑み、手を伸ばしてその手を取ろうとする。
その笑顔の奥に黒いものが浮かんだことに青山だけが気づいた。
そうして握手をしようとした柊と物間は、手が触れ合う寸前で、お互い何かに弾かれたように手を引いてしまった。
「「!?」」
何も音はしなかったが、それは冬場の静電気に触れたかのような反応だった。
(こっ……!)
(これは……?)
二人は似たような、驚きの表情で自分の手を見つめる。
──物間の『個性』も、柊の『個性』も、手で触れることで、相手の『個性因子』に働きかける能力を持っている。
一方は相手の『個性』を写し取るために。
もう一方は相手の『個性』を支配しようと侵略するために。
そのインターフェースは全く同じものだった。
同じであるがゆえに、相手が同じ機能を、危険性を持つ可能性があると判断し、それが接触する直前に神経を通じて脳に危険信号を送ったのであった。
『個性因子』に何か意思が宿るのか、それは不明だが、少なくともその持ち主をなるべく危険から守り、保存しようという傾向があった。
──そして物間と柊、この二人にはもうひとつの共通点があった。
それは、『個性』には全幅の信頼を置いているが、『個性』を除いた自分の能力については全く自信が持てないという。
そんな二人は『個性』の反応を信じて手を引くことを決め、強がることを選んだ。
「ふふ……この辺りで手打ちと致しましょうか?」
「いいだろう……僕もまだ手の内は晒せない……体育祭まではね」
「「ふふふふ……」」
不敵に笑い合う、その様子を見たひとりの男子がぼそりとつぶやいた。
「黒き情念の
なんか
────────
その日の昼休みに入り、午後からのヒーロー基礎学の授業を控えた柊とB組の女子達は、共に更衣室でコスチュームに着替えていた。
その後ろをすり抜けるようにして、柊がすすす、と着替え中の
(あっ、あの子もしかして……)
取蔭は、柊のその動きにどこか察するところが有ったものの、とりあえず様子をみることにした。
上位陣は
彼女は鼻歌を交えながら、ちょっと面倒な自分のコスチュームの装着作業に取り掛かった。
「──A組はもう成績に優劣つきはじめてるノコー?」
「ん」
ワンピース型のコスチュームを頭からかぶり、胴を通そうと身体をフリフリしながら柊に話しかけている、背の低い少女が
それに短く相槌を打ったのが
こちらは手早く紅白のスーツに着替えを済ませており、ベルトや外付けポケットなどの装備品の位置を調整している。
柊はコスチュームの都合で下着まで専用のものを着用する必要があり、スカートを履いたまま、それを下ろし上げして着替えながら、質問に答えた。
「ええ、そうですね……一部が競い合ってるだけなんですけどね」
「ギラついてるねぇ。ウチらはそういうの、まだフラットだよねー」
「ね」
下をアンダーウェアに取り替えた柊はスカートとシャツを脱ぎ、コスチュームの装着に取り掛かった。
「B組は皆さん仲良さそうですね」
「確かに、中学んときに比べると、クラスでまとまるの早かったかも」
「ね」
「わりと似たもん同士が揃った、みたいな? 厄介なクセ者もいるけどねぇー、物間とか」
「ん」
「唯ちゃん、なんで私を指差すノコ?」
「ん」
ワンピースのベルトを締めた小森が伸ばした手に、小大がキノコの傘のような形をした大きな帽子を渡す。
それを軽く被った小森はくるりとターンをして、目元でピースサインをするアイドルのようなポーズを決めた。
目が隠れるほどに長い前髪の隙間から、キラリと斜め十字に光を反射する大きな瞳が見え隠れする。
赤い生地に白い水玉模様の入った、ベニテングダケをモチーフにした可愛いデザインのコスチュームだった。
「完成!」
「ん」
「色使いはシンプルなのに、すごく可愛らしいです」
柊は胸にベルトを巻きながら賞賛した。
小森は得意そうに腰に手を当てて鼻を突き上げる。
「へへーん、デザインとは万人に通づる普遍性よ。あんたみたいに尖った露出で攻めるのは下策ノコ!」
「えへへ、おみそれしました」
柊は腰にもポケットのついたベルトを巻き、「私も完成」とつぶやいた。
それを聞きつけた取蔭が、まだ装着率が半分くらいのコスチューム姿で振り向く。
他の女子達も着替えの進捗はまちまちだったが、柊のコスチューム姿を確認しようと集まってきた。
「おっ、ドレドレ、って逆バニー!?」
「色は清楚で良いですが、肌を見せすぎではないでしょうか……」
「えっちーノコ。ちょっとズレたら放送事故よね」
「肌、色白ですごく綺麗。ウラメシいね」
「ヒーラギサン、ソーキュートよ!」
「ん」
最後にノースリーブのチャイナドレスのようなコスチュームを着た拳藤が髪にブラシを通しながら顔を出し、柊の格好に複雑そうな表情をした。
「大丈夫? 男子にやらしい目線で見られてない?」
柊は少し困ったような顔をしながら「案外大丈夫ですね」と答えた。
「わたし、これでも露出度は上から三番目でして……」
「「A組女子ぱねぇな!!」」
──その日のヒーロー基礎学はグラウンド・
ここは1年A組が最初のヒーロー基礎学で戦闘訓練を行った場所である。
訓練のシチュエーションもその時と同じ、核を奪い立てこもる
チーム分けのくじ引きが行われ、柊は拳藤と同じチームになった。
対戦相手は
訓練が行われる建物の地下一階に設置されたモニタールームから、四人そろって階段を登り外に出る。
その途中で、柳が柊に声をかけた。
彼女のコスチュームは膝上丈まで裾を切り詰めたミニスカート風の小袖姿で、シンプルな和風テイストではあるが動きやすさとホラー性のあるシルエットの両立を目指した、創意のこもったデザインになっている。
「ねね、柊」
「はい?」
柳は首元から鼻までを覆う黒いマスクをもごもごと動かし、独特の口調で尋ねた。
「青山さ、なんかウラメシくない?」
「え? うらめし?」
柳の曖昧な質問に柊が首をかしげると、吹出がそれを補足した。
「あー、今のはね、柳語でダラっと『あいつ大体いつもキラキラのナルシストぶってるけどたまに気になる雰囲気出てこない?』って意味ね」
「圧縮言語なんですか? 確かに彼は演技ぶってるんですけど、本人はあれが素だと言い張ってます」
「んー、素とかとはちょっと違うんだよねー、あれ、何て言うんだろ?」
先頭を行く拳藤がちょっと首を傾げて考え込み、階段を登る足を止めてしまったので、四人の距離が詰まった。
前後を柳と柊に挟まれた吹出が、漫画のフキダシのような形状をした頭に「ムムム……」と文字を浮かべる。
彼は、コマ割り漫画をモチーフにした特殊な異形型の『個性』で、言い回しにも擬音を多用する不思議な人物だが、曖昧なものを繊細に読み解くのが上手な芸術家肌の人物だというのは柊にもすぐわかった。
「わかる、わかるぞぉー、シャラランキラリって感じなんだ。ボク、もうちょっとで出てきそうなんだけど……」
考え込んでいた吹出の頭が爆発したように変化し、「ピコーン!」という文字が浮かんだ。
「わかった! 彼ってさ、たまぁにほんのチラっとだけど『オスカル』出てくるよね?」
「「それだ!」」
柳と拳藤の顔は霧が晴れたとばかりにぱぁっと明るくなった。
「スッキリした! ナイス吹出!」
「ウラメシいね!」
「イエーイ!」
そしてピシガシグッグッとハンドジェスチャーで三人は腕や拳をぶつけ合う。
「ああ、いいなぁー、内輪のノリですねぇ……」
それを羨ましそうに見ていた柊を見
そしてホラー感のあるシャドウが効いた垂れ目で、後ろからじとりと柊を
「ねえ柊、あんたクラスに溶け込めてる?」
「はうっ!?」
「ふふっ、図星だぁ」
気にしているところを突かれた柊は思わず反応し、柳が目を細めて
拳藤が振り向いてそれを
「こーら柳、まだ一ヶ月も経ってないじゃない。柊もまだまだこれからだよ、気にすんなって」
「わたしもみんな仲良くしたいとは思うんですが……」
柊は話の流れに乗って、ちょっと聞きづらい悩みを打ち明けた。
「なんか『癖がキツい』って男子に言われてまして……」
「男子に言われるとかどんだけウラメシいのよ」
「あっはっは、R18な話題は厳禁だぞぉー」
「女子とはどうなの?」
拳藤が尋ねると、柊は言われて気づいたかのように、少し目を大きくしながら答えた。
「ええと、仲は良いと思うんですが、あんまり接点が持ててない感じですねぇ……」
「そっかぁー」
それを効いていた吹出が「フムフム」と顔に文字を浮かべる。
「うーん……柊さん、君ってさフワッと人と仲良くしたいとは思ってるんだろうけど、相手の気持ちを考えてさ、自分からグイッと歩み寄るということをしてないんじゃないかな?」
「ええっ? そ、そんなことは……」
柊は否定しようとしたが、何かに思い至ったように
「確かに気にしてませんでしたね……? わたしの推しをわからせてるだけでした」
「おおっと、じわっとサイコ出てきたぞぉー」
「青山ほどクセ強くないけど、この子もなかなかだわ」
階段を登り、四人はふたつのグループに分かれる。
「んじゃよろしくー」
「皆さんありがとうございます。ちょっと視点を変えてがんばってみます」
「ハハハ! 頑張れ!」
「訓練はお手柔らかにね」
そして数分の準備時間の後、訓練が開始された。
『スタート!!』
相澤の号令と共に訓練開始のブザーが鳴り響く。
「さあーて、柊さん、『そこそこ本気出す』って言ってたけども……」
吹出が膝の屈伸運動をしながらつぶやいた。
顔には「ワクワク」と文字を浮かべている。
「ふふ、私と吹出のコンビもなかなかウラメシいゾってね。まずはお手並み拝見……」
同じく肩のストレッチを済ませた柳が合図を出し、二人は一斉に建物へと駆け込んだ。
しかし、上の階へと続く階段の手前で、二人は立ち止まってしまった。
天井に派手な横断幕が掲げられ、そこにポップな書体でこう書かれていたからだ。
『おいでませ 無敵要塞 ザリガニカ ※ゴールまでの推定所要時間六十分』
「「は?」」
横断幕の端に取り付けられた、ザリガニを可愛くデフォルメしたような二次元マスコットのパネルがキラリと光ると、前方の階段から大量のザリガニのような人形が隊列を組んで両腕のハサミをジョキジョキと打ち鳴らしながら降りてきた。
その人形達はつぶらな黒い瞳で二人を見つけると、ハサミを鳴らしながら猛ダッシュで接近してきた。
「「おおーっ!?」」
──そこからさらに数分後、二人は人形をなぎ倒して二階まで登ったが、そこで完全に足止めを喰らっていた。
「まずい、まずいぞぉ、柳さん、これはアレだぁ!」
『ドゴーン!!』
吹出が叫ぶと、口からオノマトペのような形をした高さ2メートルほどの物体が飛び出し、ザリガニ人形を複数巻き込んで破壊した。
彼はこのように自分の声をコミカルな表現で具現化し、擬音表現が可能な範囲で様々な現象を起こすことができる。
小技も多彩だが、特に大声を出して大きな文字を出すことによる、広域制圧を得意としていた。
しかし、ザリガニ人形はどれだけ破壊しても上の階から降りてきて、二人を見つけるとダッシュしてきた。
「アレって何よ!?」
柳がその人形の一体を『個性』の力で浮き上がらせ、別の人形にぶつけて複数いっぺんになぎ倒す。
彼女は人間一人分の重さまでの物体を自在に動かすことができ、重さ三十キロ程度しかないこの人形を自分の飛び道具として使うのは容易だった。
だが、柊が繰り出したのは人形だけではなかった。
柊はそのフロアに無数のトラップを仕掛けていた。
柳が一歩踏み込むと、その足元から細長いトーテムが飛び出す。
先端が槍のような形になったそれは柳の着物の裾を引き裂いて、スパッツを履いた太ももが露わになった。
さらに天井からはぽたぽたと粘液のようなものが滴り落ち、それがコスチュームに当たるとじゅわっと煙を吐き出して、衣装の生地に小さな穴が開き、その下の肌が露わになった。
「何よこれ!? ウラメシいんですけど!」
「これはアレだ! 柊さんだ!」
「それはわかってる!」
「どひゃー」と頭に浮かべながら、吹出は腰からズリ落ちそうなズボンをひっぱり上げる。
柳より運動能力で劣る彼はより深くその毒牙にかかっていた。
「何としてもボクらを『いやーん☆まいっちんぐ』にしようという強い意志を感じる!」
「それウラメシ過ぎないっ!?」
「ボクは紳士的にグイッと目をそらすけどね! バシっと録画はされちゃうだろうね!」
「イヤーッ!」
柳のあまり聞けない悲鳴がフロアに響きわたった。
──その悲鳴の音声と映像が流れるモニターを、拳藤は
「なんだこれ」
彼女は核の前にそびえ立つ玉座の上に座っている。
玉座はグリーンを基調とした中華風の
その頂上部にはポップな書体で「ラスボス」と書かれたネームプレートがつけられており、その下で玉座に背を預け、背筋の伸びた綺麗な姿勢で情緒豊かな胸をふるりと反らせる拳藤の姿は、アニメに出てくる敵役の親玉のような威厳が漂っていた。
「なんだこれ」
ただしその顔は目が点になっていた。
柊がお盆を持ってその部屋に現れた。
お盆の上にはワイングラスが二個と、液体の入った緑色のボトルが二本乗せられている。
柊がニコニコしながらお盆を床に置いてグラスをひとつ取り上げて見せ、拳藤に尋ねた。
「白と赤、どちらにします?」
「ジュースだよね!? いやジュースでもダメだよね!?」
ぐいぐいと押し付けられる赤色の液体が入ったグラスを固辞しながら拳藤はたまらず叫んだ。
『とにかく無事でいてね』
柊と戦うことになった二人へ、相澤先生がぼそりと言った、その言葉の意味がわかった。
彼女は善良そうに見えて、その実『個性』が強すぎるせいで常識に欠けがあるのだ。
特に衣食住のうちふたつ以上を自力で解決できるような『強個性』の持ち主はヤバいと、交友関係の広い拳藤は経験的に知っていた。
生きるために遭遇する多くの問題を自己解決できてしまうので、どこがスッポ抜けているのか彼女自身もわからないし、先生にも想像がつかないのだ。
むしろ柊本人がこれに増長し過ぎず、ここまで人当たりが柔らかいままでいるのが奇跡的ともいえた。
「はぁー、参ったわ。柊はこういう準備した場所に引き込む系のシチュエーションだと強過ぎだね」
「えへへ……恐悦至極」
「褒めてつかわす!」
拳藤はため息をつきながら、おどけながら柊を褒めた。
時間単位の生産量の限界はあるが、周囲にある物体をリソースとしていくらでも戦力化できるという恐ろしい『個性』だ。
そして、現時点のA組でもっとも優秀とされる青山と、もっとも厄介そうな柊。
この二人との戦闘訓練を組んでもらったのは、いわゆる「埋め合わせ」なんじゃないかなと思い始めていた。
(これは事前に知れてよかったよ。初見で対策なしだとハメ殺しにされてたかもしれないね)
物間ほどの極論は抱えていないが、拳藤も彼女なりに体育祭には意気込みがあるのだ。
相澤は指名の数などと切り捨てていたが、彼女はプロヒーローという仕事をそこまでストイックに突き詰めるべきものだとは思っていなかった。
どうせ上澄みのトップヒーロー以外は副業でもやらないと食っていけない業界なのだ。
手広く構えて何が悪いのかという気持ちである。
だから、体育祭でよりよい結果を残すために、後ろめたい気持ちにならない範囲でなら、事前調査や探り合いはアリだと思っている。
「柊はさ、自分が負けるときって、どんな状況だと思う?」
「さすがに建物ごと吹き飛ばされたら無理ですね……」
「いやそれはみんな無理だから」
そこでふと、体育祭はともかく、このままでは授業の成績がピンチだということに気がついた。
「あれ? これ私何もやること無いのでは!?」
柊は両手を握りしめ、自信満々で主張した。
「いえ大丈夫です!
「そんなの評価されるわけないじゃない!」
「でも飯田君はそれで評価を……」
その後、だいぶギリギリまでコスチュームを削られながらも『個性』の相性が良かった柳と吹出の二人は、制限時間内にギミックの半分を攻略して柊を驚かせ、そこで時間切れとなった。
そして何もさせてもらえなかった拳藤は