デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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誤字報告いただきありがとうございます。とても助かります。

しばらく説明回です……かなり長くなってしまい、2分割または3分割になる予定です。
説明しきったら体育祭はじまるんです! そのはずなんです!

【もくじ】
01.ミルコ参上(前)
02.エノルミータの目的
03.ミルコ参上(後)
04.ミルコとミッドナイト





(4)ミルコ参上

 

01.ミルコ参上(前)  

 

────────

 

夜も深まりつつある頃。地方都市の中心街はまだ賑やかだった。

見下ろせば、まだ車と人が忙しなく動き回り、ほのかに酒と炭火焼きの匂いを漂わせながら眠りにつくまでのわずかな時間を歓楽で染めている。

その喧騒と光の届かない高層マンションの屋上に、一人の女が座り込んでいた。

 

屋上に設置された携帯通信基地局のアンテナの上。

それは人が乗るには心許ない細さだが、彼女は両膝を開いて曲げて、両手は股の間に通して置かれ、尻を(かかと)につけて危なげなく座っていた。

 

折り畳まれた両(もも)とふくらはぎは密着し、互いのぶ厚い筋肉に押し出された柔らかい部分が互いを挟み合い重厚な塊を形成している。

 

頭髪と同じ、白い毛に覆われた長い耳。

小麦色の肌に白のレオタード。

半ば闇に溶けたそのシルエットは大きな白兎(しろうさぎ)のようだった。

 

彼女の名はラビットヒーロー・ミルコ。

特定の担当地域を持たず、全国を転々としながら活動するプロヒーローであり、人気投票でも上位に常駐するトップヒーローの一人である。

 

ミルコはわずかに鼻先を上げ、耳を澄ませていた。

両耳の先端は夜景の向こうを窺いながらぴくぴくと震えている。

 

見上げれば、少し欠けた月が淡い光を放ち、周囲の薄雲を突き抜けてうっすらと建物の輪郭を浮かび上がらせていた。

今夜は闘うにはいい日和(ひより)だ、とミルコは思う。

そして、どこへともなく声を発した。

 

「公安は、ヨロイムシャを疑ってるのか?」

 

ミルコの胸元にはストラップで首からさげられたスマートフォンのバックライトが発光し、画面に「非通知 通話中」と文字が表示されている。

そのスマートフォンから返事が返ってきた。

 

『……いいえ、()()()()()()。クロは確定らしいわ』

 

電話越しの声も女のもので、その声色には苦々しいものが含まれていた。

こちらの方が声の質は柔らかく、わずかに年齢を感じさせる深みがあった。

 

「まさかあのジジイがなぁ……私はあいつを見つけたら蹴飛ばせばいいのか?」

『いいえ、ヨロイムシャは近々、事務所ごと摘発する予定なの。あなたには彼の動向に注意しつつ、別の人物を追って欲しい』

「逃走中の容疑者か?」

『……ウチの生徒』

「くくっ……あはははっ」

 

女が背を反らしながら笑った。

腰から下はブレず、細く不安定なはずのアンテナは微動だにしない。

 

『何がおかしいのよ』

「聞いたぜ雄英(ゆうえい)高校。今年は問題児ばかりらしいな?」

『心外だわ。みんな本当にいい子なのよ。それなのに経歴におかしな所のある子が何人もいてね』

「木を隠すには森ってか? ()()()()を隠すために、無関係の生徒まで情報を()()()()()?」

『おそらく。(ヴィラン)連合とエノルミータ、どちらかにそれができる個性、もしくは()()を持った奴がいるわ』

「それはきっとエノルミータの幹部、『ヴェナリータ』だ。詳しくは公安から聞いとけ」

『……情報共有が必要みたいね』

「ま、そいつは今夜捕まえちまうかもしんねーけど!」

 

唇の端がつり上がり、その隙間から健康そうな歯が現れる。

長いまつ毛の下で赤い瞳が闘志に燃えていた。

 

『あなたに追って欲しい生徒は五名』

「多くねぇ?」

『これでも私と校長でめいっぱい絞り込んだのよ、徹夜でね……』

根津(ねづ)サンの体調が心配だ」

『私のお肌も心配して欲しいわ』

 

少し強い風が吹き、流された白い髪を手で押さえ込む。

風にまぎれて流れてきた音を拾い、長い耳の先端がぴくりと動いた。

ミルコは再び目を閉じて闇の向こうへ耳を澄ませる。

 

「……んで、何年何組の誰々チャンだ? ミッドナイト?」

『……』

「気持ちはわかるけどなぁ。いまさら躊躇(ためら)うなよ。この私に、安くねぇ金額で依頼してくれた以上は、覚悟決めてんだろ?」

『お金なんてどうでもいいのよ。こっちは事件当日からしっちゃかめっちゃか、あなたは昨日の今日でとりあえず呼んどけ思って呼んだだけだから』

「今から蹴りに行っていいか?」

『いつでもどうぞ。ミルコなら歓迎よ』

 

おどけていた電話向こうの声は、そこからさらにたっぷり数秒かけた後、ため息混じりで説明を始めた。

 

『まずひとり目。1年A組、上鳴(かみなり)電気(でんき)。一番経歴が怪しい子。ご家庭に経歴も目立った点はなし。だけど過去10年、個性に関する記録に大きな欠けがあった』

「なんか、ベロから取るヤツあったろ。あの『個性因子』検査もなしか?」

『そっちは普通に記録があったわ。だからこそ()()()()を疑っている。杞憂(きゆう)だといいわね』

「なるほどなー」

 

ミルコはつまらなさそうな顔をして、「次」と言い放った。

 

『1年A組、青山(あおやま)優雅(ゆうが)。先のUSJ事件で(ヴィラン)の攻撃を受けて孤立したひとり。そのとき三百メートル以上吹き飛ばされる。足を骨折したもうひとりを救護しつつ共に(ヴィラン)十数名を撃退して避難に成功した。ここまで無傷』

「有望じゃねぇか……ああ、()()()()ってことか?」

『そうね。彼が試験で見せた実力(パフォーマンス)をはるかに超えている』

「こいつがクロだといいな。蹴り甲斐がありそうだ!」

 

『三人目、1年B組、塩崎(しおざき)(いばら)。昨年の初夏から人が変わったかのように勉学に励み、偏差値40未満からスタートして奇跡の合格』

「ははっ、またかっこいい奴だなぁ?」

『USJ事件のきっかけになったマスコミ侵入事件の際、()()()()()()()動きをとっていた。行動だけ見ればもっとも疑わしい』

「おいおい大丈夫か? 疑い過ぎてなんでもかんでも陰謀に見えてねぇか?」

『耳が痛いわね……』

 

ミッドナイトの声色に疲れが混ざった。

そしてひと呼吸入れたかったのか、彼女は別の話題を割り込ませた。

 

『そういえばミルコ、あなたって、なんで雄英・士傑(しけつ)を受けなかったの?』

「遠いから!」

『だと思った……』

「私は授業終わったら三分以内にウチ帰って着替えて遊びに行けねぇとダメだったから!」

『小学生か』

 

ミッドナイトはからからと笑うミルコを差し置いて『あと二人ね』と話題を戻した。

 

『1年B組、鎌切(かまきり)(とがる)。ご両親が心求党(しんきゅうとう)党員よ』

「学生部ってヤツか?」

『いいえ、入試の面接では彼、思想的に反発しているように見えたわ。だけど警察によれば街で党員と頻繁に接触していてね』

「それがこの事件とどうつながるんだ?」

『事件に関わったと思われる()()()のうち2名の死者、心求党の息がかかった団体の職員だったの。事件の直後に、党本部から正式に彼らの()()について、管理不行き届きを認め再発防止に努める旨、謝罪と協力の申し出があってね』

「うぇぇ、向こうから絡んでくるのかよー」

 

今度はミルコが苦々しい表情をしながら大きく口をあけて舌を出した。

 

「政治家は苦手だ。デビューしたての頃にとある県議のヅラを蹴り飛ばしちまったことがあって……そのおっさんには今でもSNSでネチネチ批判されてんだ」

『それちゃんと謝ったの?』

「したつもりだったけどなー」

 

恨まれても仕方ないわね、とコメントしつつ、ミッドナイトは説明を続けた。

 

『彼が直接関与してるとは思っていないの。でも利用はされているかもしれないから……』

「はいはい、見といてやるけど、政治ネタは勘弁だぜ。次、次」

 

『最後、1年A組、(ひいらぎ)うてな。事件で孤立して、動きがわからなかったもうひとりの生徒』

「青山と同じ理由か?」

『いいえ。昨日の時点では候補から外す予定だった。けれど、塚内(つかうち)さんから連絡があってね』

「あー、あの人、ヨロイムシャのせいで抱えてる案件全部つながっちまったのか……」

『もう声が疲れ切ってヨボヨボだったわ!』

「ナンマンダブ」

 

ミルコは片手をあげて念仏を唱えるようなしぐさをした。

 

『……柊さん、実の親もいるんだけど、十年近く里親の元で暮らしていた子でね』

「『個性』の問題か?」

『かもね。試験ではちゃんと制御できているように見えたけれど……その里親の名義が今月から変わっていた』

「そいつが(いわ)くつきというわけか? ……っと」

 

大きな耳がぴんと立ち、ミルコの片眉が上がった。

耳はぴくぴくとせわしなく動き回り、だらけていた表情の方はだんだん上機嫌になっていった。

そしてぺろりと舌で上唇をなめる。

 

やがて確信を得たミルコはアンテナの上で器用に姿勢を変えて後ろを向いた。

 

(ヴィラン)みっけ! また後でな!」

『え、ちょっと!? 今どこに……』

 

通話を切ったミルコはわずかに身を縮めた後、何も音を発することなくアンテナから跳躍して姿を消した。

 

 

 

 

02.エノルミータの目的  

 

────────

 

同じ街の裏路地で、黒い異形と三人の魔法少女がたむろしていた。

 

その中でも特に異質な容貌をした異形が、ぼそりと言葉を発する。

 

「1年A組の……補習だっけ? 訓練みたいなのにまぎれこんできたんだけど」

 

周囲は地方の小都市でありながら、そこそこに賑やかな歓楽街。

雑居ビルの立ち並ぶ一角にはぽつぽつと飲食店が並び、それを撒き餌にしたパチンコ屋、カラオケ、ゲームセンターなどの遊興施設がきらびやかにに無数の灯りを点滅させて入店を誘っている。

 

人気の少ない裏路地を通り抜けようとする人々は、その黒く塗りつぶされたような謎の空間を目の当たりにすると立ち止まり、道を間違えたかな、と首を傾げながらその通りを避けてしまうのだった。

 

そんな認識阻害──本人は『結界』と呼んでいる──のかかった路地裏で、黒い異形ことヴェナリータが三人の少女に向かって、ぬいぐるみのように小さな手を振っている。

 

「ベーゼもハイデも、疑われてるみたいだよ」

「まぁ……だいぶ『魔力(ちから)』を使ったからね……」

 

両手でお腹を押さえるようなポーズをしながら肩を(すく)め、コメントを返したのはマジアハイデ。

 

彼女はヴェナリータと正対する位置に立って受け答えをしていた。

伏せがちな目元がダウナーな印象を与えるが、よく手入れされたその顔は肌艶もよく、美人と評して差し支えないだろう。

その身にまとう、修道服らしき黒い厚手の衣はその役目をあまり果たせておらず、無防備な隙間から白い肌と、メリハリはあるものの未成熟さの残る局部が惜しげも無く晒されている。

 

その隣に立つ、もう一人の少女が怪訝(けげん)な面持ちでヴェナリータに詰め寄った。

 

「ちょっとヴェナさん? そんなことできるなら、わたしやっぱり入学する必要なかったのでは?」

「そんなことないよ?」

 

ヴェナリータは表情の無い頭をかしげて見せた。

 

「初見殺しの『個性』がおっかないからね。とりあえずベーゼを放り込んで、即バレして捕まったりしないことを確認してからボクも潜り込む予定だったんだ」

「炭鉱の中のカナリア扱いじゃないですか!」

 

ショックを受けたように一歩後ろに退がったのがマジアベーゼ。

こちらもマジアハイデに負けず劣らず、シルエットで誤魔化しているだけの卑猥なコスチュームであった。

黒い星形のニプレスが貼り付けられただけの胸は無防備に揺れ動き、実質股の間しか隠せていないボトムの上では肉付きの不完全な下腹部がすっかり(あら)わになっている。

 

「ヴェナリータの冗談だよ」

 

マジアハイデはなだめるようにマジアベーゼの背中に手を遣った。

 

「だってそうなら、わざわざ今日の訓練について行かなくてもいいだろ?」

「そうなんですか?」

「鋭いね」

 

ヴェナリータはふわりと空中に浮かんで夜空を背景に虚空を漂っている。

その言葉はほんのかすかに憂いを含んでいた。

 

「実はボク、校舎の方にはなかなか近寄れないんだよ」

「認識阻害が通じないの?」

「うん。ものすごく鼻のいいヤツがいてね。たぶん学校中の匂いを全部覚えてるんだろうね。校内でなんかゴソゴソするだけですぐ嗅ぎ当てられちゃうんだ。結界もダメだった」

「すごいな。それ確か、生活指導の……」

「それはハウンドドッグ先生ですね!」

 

それを聞いたマジアベーゼが嬉々とした様子で割り込んだ。

 

「あのお方はとても野生のお強い『個性』なんです! そこから繰り出されるワイルドな身のこなしはさながら絶・疾風の抜刀牙! そして嗅覚もワンちゃん以上!」

 

マジアベーゼはそのまま我が事のように自慢げにペラペラと説明を続ける。

 

「あの先生はすごいですよ。ヒーロー教師の仕事ぶりを撮るためにわたしが設置した盗聴器や隠しカメラは当然として、わたしが花壇に勝手に植えたお花まで嗅ぎ当てますからねぇ」

「「何してるのキミ」」

 

マジアベーゼはドヤ顔で人差し指を立てて見せた。

 

「ふふん、ちなみに今はわたし、美化委員に加わりましたので、お花についてはちゃんと申告すれば植え放題です!」

「よりやらせてはいけないほうの許可が出てしまった!」

「キミは学校を使い魔(モンスター)ハウスにしたいのかな?」

「違います! これは先行投資! 現役ヒーロー教師と未来のヒーローたちのほのぼの学園風景を後世に残すため……あわよくばちょっとしたイタズラめいたことを」

 

ぐへへ、とよだれを拭くような仕草をするマジアベーゼ。

それを見て、両手で髪をかきむしりながらマジアハイデが嘆いた。

 

「ああ、密告したい!」

「ダメですよ」

「あの学校の人たちは生徒に甘いね」

 

一方、ヴェナリータの方は淡々と所感を述べる。

 

「君たちに内緒で、君たちのことをいろいろ調べてるよ。でも、今はまだ学校から追い出すつもりまではないみたいだ」

「入学させた時点で学校側にも一定の責任が生まれるからだって、パパンが言ってたよ」

「疑わしきは罰せずという事ですね」

「ふーむ、そんなものなのかなぁ」

 

それにしても甘いよね、と言いながら、ヴェナリータは両手でバツ印を作って見せた。

 

「ふたりとも、認識阻害はそう簡単には解けないけれど、心象が揺れ動くと効き具合がブレるから気をつけて。学校ではしばらく大人しくしていなよ」

「さっき、拷問騒ぎ起こしてクラス委員長に職員室まで連行されてたけど」

「ベーゼはエンジョイしすぎじゃないかな?」

「だって、あの爆発くんが今日も……」

 

「──かかっ、青春しとるようでなによりじゃ」

 

三人の様子を無言で眺めていた最後の一人が口を挟んだ。

 

少し離れた場所、アスファルトの地面にあぐらをかいて座り込む少女がいた。

その右肩に刃渡り一メートルを超える大太刀を抱えている。

 

その少女は全身に包帯を巻いていた。

それでも少女とわかる理由は、そのぎょろりと大きな瞳と、よく手入れされたおかっぱ頭の黒髪、肩まで細い体格にささやかな胸の膨らみ。

 

「じゃが、わしが混ざれんような内輪トークは寂しいのお」

 

そしてなにより老人ぶった口調の幼い声が決定的であった。

 

全身くまなく巻かれた包帯の上に、藍染の甚平を上だけ羽織り、下には何も履いていなかった。

いや、よく見れば股は白い(ふんどし)が絞められており、かろうじて局部は隠されている。

 

その包帯に血がにじんでいるのをマジアベーゼが見(とが)めた。

 

「え、まだ終わってないんですか? 改造」

「まだなのじゃ。あともうちょっと顔をイジる予定での」

「今日も魔力切れになるまでリテイク要求してきたんだよ」

 

ヴェナリータが(あき)れ混じりにぼやき、小さな肩を(すく)めて見せた。

 

「わし、プレイ開始数日はキャラクリリセマラで費やす派じゃから!」

「魔力の回復が遅いから長引くんだよね。精神が老人だから仕方ないけどさ」

「老人言うな! ピッチピチじゃろがい!」

 

「また変な人が増えた……」

「あなた人のこと言えますか?」

 

目を背け、おもわずぼやいたマジアハイデの肩に手を置き、マジアベーゼがツッコミを入れた。

 

「ま、さておき、せっかく集まったのじゃからもうちょっと実のあるお話がしたいのう」

「いいですよ、例えば?」

 

マジアベーゼが尋ねると、包帯の少女はにっと歯を見せた。

 

「そうさな。こうして()()()()()()()()のじゃ。そろそろ聞かせてもらいたいものよ。お主ら、エノルミータの真の目的を」

「いいねそれ、僕も聞きたいな」

 

マジアハイデも感情を消し、隣に立つマジアベーゼを見すえた。

ふたりの強い視線を受け止めて、マジアベーゼがたじろぐ。

 

「え、ヴェナさん、なんで説明してないんですか?」

「めんど……忙しいから後回しにしてた。そのうちキミが説明するかなって」

「「軽っ!?」」

 

真剣な表情をしていたふたりの肩が落ちた。

 

「まさかおぬしら本当にサークル活動みたいなノリでやっとるのか?」

「本当にありそうで怖いんだけど?」

「そんなことないよ」

 

ヴェナリータがぶんぶんと手を振った。

 

「ゴメンね。別に隠してたわけじゃないんだ。ちょっと忙しくてね……ボクらの最大の目的は、この世に『大きな魔力』を起こすことさ」

「大きな魔力?」

 

包帯女が首を傾げた。

 

「それを使った転移魔法でヴェナさんを元の世界にお帰しするんですよ」

「元の世界?」

 

ヴェナリータとマジアベーゼが交互に言葉を(つな)ぎながら説明していくが、包帯女の方は飲み込めないようだった。

その胴体まで斜めに傾け、顔がまっすぐ横向きになってしまった。

 

「ベーゼの言うとおり、時間と空間の法則を超えた転移を実現するためだよ」

「世界征服は?」

「そっちは()()みたいなものかな。なんせボクたちは悪の組織だからね」

 

「「……」」

 

これだけ社会を揺さぶっている行為が、()()でしかないというのか。

マジアハイデと包帯女の思考は、嘆かわしいという感情で一致していたが、「どの口が言うのか」という自覚もあったので何も言わなかった。

 

「いまは『魔力の素養』がある子を集めている。とは言っても、適当に探して見つかるものでもなくてね……」

 

「魔力の源泉は『想い』の力」

 

マジアベーゼが両手を胸の前に、包み込むようにしてその中に『魔力』の塊を発生させた。

 

彼女の手の中で、黒い炎をまとった球体がぐるりと回転している。

それは、『魔力』の感覚を覚えなければ見えない現象。

それを習得してから日の浅いふたりの魔法少女は、その制御の巧みさに戦慄する。

 

「でも、実のところ、『強い想い』とは何を表すのか、ボクらもはっきりとわかってないんだ」

「強い感情を持つひとが、だれでも素養があるわけじゃないですからね」

「かといって、能力に優れたものがそうだというわけでもない」

「ある日突然、目覚めることもあれば、戦いの中で追い込まれて目覚める人もいて。中には鍛錬と努力でそこに至る(かた)もいます」

「だから僕とベーゼは三年かけてそこらじゅうを突っつきまわってきたというわけさ」

 

ヴェナリータがそう言って締めると、あぐらをかいて座る包帯女は肘を立て、手で顎を(つか)んで考える仕草をした。

 

「なるほどのぉ、それでお主ら犯罪組織としてはブレッブレのわけわからんムーブしとるわけじゃな」

 

そして、ぱちんと手のひらで自分の太腿(ふともも)を張った。

 

「あいわかった。ならば、目先のあれこれはともかくその目的に逆らわないようにすれば、ワシらは独自の利益を供与してもよいということじゃな?」

「うん。取引先や雇った従業員もそんな感じで説明してる」

「やれやれ、確かに大したことではなかったのお。普通の犯罪組織じゃ」

「普通って……」

 

「では……オールマイトを狙う理由は?」

 

マジアハイデが質問を追加すると、包帯女がぎろりと強い視線をぶつけてきた。

どうも彼女は僕に対抗意識あるようだ、と思いながら、マジアハイデはその視線を受け流しヴェナリータの回答を待つ。

 

「それはベーゼの趣向が強いんだけどね。まあ、彼の敗北が人々の『想い』を揺さぶるだろう、というのは共通見解」

「そもそも勝てるんか? という問題はあるがの。まあ殺し(やり)合いには付き()うてやろう」

「頼もしいね」

「せいぜい策を練ることじゃな」

 

包帯の隙間で、細められた目がマジアベーゼを凝視した。

マジアベーゼは無言で微笑むだけだった。

 

「さて、話を戻すけど、課題があってね。今日までに見つかった『素養持ち』は、ベーゼ、ロートス、ハイデと、まだ手元にいない女の子がひとり……」

 

ヴェナリータが包帯女の方を手で指した。

 

「そしてツワブキ。キミを含めて五人だけなんだ」

「足りんかの?」

「ぜんぜんだよ……」

 

黒いぬいぐるみは大袈裟にしょんぼりと肩を落とした。

 

「この世界では、フルスペックの素養がある人間は相当レアなんだろうね」

「なので、今は別の手段がないか探している最中なんです」

「いろいろと事業の手を広げているのもこれが理由だよ」

「たとえば『魔力』が水準に満たないながらも、いい線いってる感じの人たちはちょくちょく見つかってまして。そういった方々を、あの手この手で勧誘しまくっています」

「あの血生臭い娘っ子もか?」

「ええと……ああ、バイトのトガさんですかね」

 

マジアベーゼは誰のことかわからず、少し戸惑ったようだが、「血生臭い」というキーワードで伝わったらしい。

 

「あの人もそうですね。なぜか改造されるのを嫌がっていますが……」

「本人が希望している場合はベーゼが『個性』を改造して、『魔力』を与えて強化しているよ。総帥直属かつ特製の改造人間型『使い魔』というわけさ」

 

マジアベーゼが右手をぱっと開き、左手の人差し指を立てて見せた。

 

「こちらはすでに六人が動いています。試作型のグリーン、その次にブルー、そしてパープル、ピーチ、マスタード、クリムゾン……」

「もうそんなに増えたの?」

「みんな志願するだけのことはあって、便利なんだ。戦闘能力だけならボクの魔法少女にも引けをとらないからね……ところでベーゼ、もうひとり忘れてないかな?」

「え?」

「あの()()()()のことさ」

 

何かあっただろうかと、マジアベーゼは戸惑い、目をくるくると動かした。

 

「えっと……マロンちゃんピロンちゃんの事ですか? あの子たちにはまず小屋を作ってあげようかと……」

「違うよ、キミ、もう一人作っただろ?」

「えっ?」

 

マジアベーゼはまったくわからない様子だったが、他のふたりは誰のことか合点が行ったようだ。

 

「ああ『ブラック』か……えぇ、あの子ベーゼが作ったの!?」

「そんなの知りませんよ!」

「あのご立派なおっぱいした子じゃな」

「え? ちょっと!? そこんとこ詳しく!!」

 

マジアベーゼは包帯女の肩へとすがりつくようにして詰め寄る。

包帯女はそれにきしし、と笑い返した。

 

「話してやってもよいが……どうやらお客が来たようじゃの」

 

頭上で金属に何かがぶつかり、きしむような音がした。

四人は一斉に音がしたほうを見上げた。

 

月明かりを反射して、青白く輝く髪がふわりと舞っていた。

そこには、直立する街灯のポールに片方の足の甲を引っ掛け、その足首の筋肉だけで全体重を支えてポールに対して垂直に立つ、人の姿があった。

 

それを見たマジアベーゼは驚愕(きょうがく)の表情でわなわなと震え始めた。

 

「ミッ、ンミ゛ッ……!」

「ありゃ、聞いてたのと違うのぉ」

「ミルコだぁー!!」

 

マジアベーゼが目をキラキラさせながら叫んだ。

突然現れたミルコは横向きに立ったままヴェナリータを指差した。

 

「よーお、見つけたぞ、ヴェナリータ。てめーにゃ逮捕状がモリモリ出てるぜ。全部お前にはっつけてやるからピンを一箱用意しな!」

「よくここがわかったね」

「お前は自分の周囲の空間の認識を狂わせる。当然それを人避けに使うよな?」

 

ミルコは自分の耳に手をあて、耳を澄ませるポーズをして見せた。

 

「そうするとな、その周囲だけぽっかりウロができたように音がなくなるのさ」

「どういう耳をしてるんだい?」

「お前も能力に相当自信があるみてーだが、使い手としちゃあイマイチだなぁ」

「……やっぱりこの世界の人間は厄介だ。三人とも、任せるよ」

 

ヴェナリータが言い終わる前に三人の魔法少女がミルコの前に立ち塞がった。

 

「あははっ! よろこんで!」

「はーっ、わしゃ魔力切れとるんじゃがのぉ……」

No.7(ナンバーセブン)……三人がかりならなんとか……」

 

「おっ! お前らやる気か!? いいぞ!」

 

ミルコは街灯から飛び降りて、楽しそうにはねるようなステップを刻み始めた。

マジアベーゼと包帯女が競うように前に出る。

 

「ヤアヤア、我こそは悪の組織の……」

「はじめまして! わたしは悪の組織の……って被らせないでくださいよ!」

「わしのが先だったのじゃ!」

「席次優先ですよ!」

踵月輪(ルナリング)!!」

「「ぐわーっ!!」」

 

ステップを刻んでいたミルコがその場から消えたかと思うと、言い争うマジアベーゼと包帯女の間に頭から飛び込み、両手をついて逆立ちしたまま開脚してふたりを同時に蹴り飛ばした。

マジアベーゼと包帯女は蹴り足を顔面に受けて倒れこむ。

 

「なにやってんの!?」

「そりゃオマエな」

「?」

 

マジアハイデが反応できたときにはもう遅かった。

先ほどふたりを蹴飛ばしていたはずのミルコがいつのまにかマジアハイデの側で、地面に両手をついて体を支え、両足の裏を自分に向けて丸まるような姿勢をとっていた。

 

「なにやってんだ? ど素人め」

「えっ……あ、わっ!?」

月翔砲(ルナカノン)!!」

「ぐはぁっ!?」

 

そして射出された両足をどてっぱらに受けて、マジアハイデは上空に打ち上げられてしまった。

 

「……さぁて、前菜はおしまい、残りは全部メインディッシュかな? 立てよお二人さん」

 

立ち上がったミルコが挑発する。

すると、当たり前のように無傷なふたりの少女は、邪な笑顔を浮かべてゆらりと立ち上がった。

 

 

03.ミルコ参上(後)  

 

────────

 

ミルコの襲脚でド派手に打ち上げられたマジアハイデは、きりもみ回転をしながら雑居ビル2階の窓に頭を突っ込んで消えた。

 

「ああっ、マジアハイデがやられた!」

「あいつ何やっとるのじゃ」

 

(こいつらはホンモノだ。私の蹴りをちゃんと()()やがった)

 

そもそも、大概の(ヴィラン)はミルコの動きに対応できない。

戦いにおけるリズムとテンポが全く違うからだ。

凡人がひとつの挙動を起こす間に、彼女は三つの行動をひとつのリズムとして完了できてしまう。

 

だが、このふたりの(ヴィラン)はミルコの機動を見極め、普通に反応してみせた。

彼女らを警戒に値する、愛すべき強敵であると認め、ミルコはその顔に満面の笑みを浮かべる。

 

(チチ出しニプレス女、こいつはカモれるな)

 

確か、名前はマジアベーゼだったか。

Mt.レディ戦の動画で見たとおりの動きだった。

年齢相応の拙い所作。それに似合わず、目と反応だけはやたらと良い。

持ち前のセンスで受けに徹して、辛抱強く付け入る隙を狙うスタイル。

だが、その戦術を成立させるには絶対的な防御、あるいはタフネスがなければならない。

相手を一方的に蹴り崩すのが得意なミルコにとってはかなり相性の良い相手だった。

 

(包帯フンドシ女、こっちは油断すると怪我じゃ済まねぇな)

 

この場においては、もう一人の(ヴィラン)の方が危険だと判断した。

その獲物は刃渡りが一メートルを超える太刀。

今は黒い(こしら)えの高級そうな鞘に収められている。

あんな小柄な体格で振り回せるとはとても思えないサイズだ。

それを肩にかつぎ、リラックスして構える、その姿勢は熟練の武人のごとく(さま)になっていた。

 

だが、その女はどこか精細を欠いているようにも見える。

包帯まみれでその顔はわからないが、その体格は明らかに痩せた少女のそれ。

なのに、そのしぐさはまるで老人のようなくたびれ具合だ。

もしや、あの包帯はファッションではなく、本当に怪我をしているのか?

あるいは、何か病気のようなものを抱えているのかもしれない。

 

だが、結局のところ、それらのマイナス要素は全てあの刀を振るう()()にはならないのだろう。

ミルコは包帯女の立ち振る舞いを見てそう直感し、そして、それは全くの予想通りだった。

 

『月光流れ』

 

ミルコはとっさに膝を曲げ、背筋を大きく反らせた。

その太刀筋を避けられたのは、勘と、自慢の耳がわずかに拾った鞘走りの音のおかげだった。

目の前の、もとは首があった位置を刃が通過していく。

それはミルコが見積もっていた少女の腕の長さの三倍に刃渡りを加えた、想定上の間合いを大幅に超える伸び方だった。

 

『メナス・ヴァルナー』

 

さらに後方のマジアベーゼが空を飛び、数メートル上から鞭のようなものを振り下ろしていた。

こちらは騒がしく風を切る音がしたので感知には困らなかった。

不可視の飛翔体──なにか衝撃波のようなものが自分に迫っている。

 

方向に速度まで、音でわかっていたが、絶妙に避けづらいタイミングだった。

ミルコは姿勢を崩したまま身を投げるように片手でバック転をし、さらに腰と背中のバネと腕の力を振り絞り、上半身だけで無理やり再跳躍する。

 

片手で跳んだことによりマジアベーゼからみて斜め後方に飛び退り、衝撃波が道路のアスファルトをはがすのを見届けた。

 

(ま、そら連携するわな)

 

飛び道具持ち。

目の良さを活かした、巧みなタイミングの測り方。

ミルコはマジアベーゼの実力を上方修正した。

前衛は太刀を持った包帯女、後衛は空から衝撃波を放つ痴女。

激戦の予感に舌なめずりをしながら攻略を組み立てる。

 

再び三人の攻防が始まった。

最初はミルコの方が優勢だった。

斬撃を(すね)のプロテクターで受け流し、そのまま蹴り返す。

包帯女は最初の抜刀術にこそ肝を冷やしたものの、ただ刀を振り回す分には普通の手練れ程度の力量だった──あの体格でそれができていることは脅威だったが。

 

その裏で、マジアベーゼは手を出すようなそぶりを見せつつフェイントに徹し、目線と仕草だけで包帯女の斬撃をアシストしている。

連携の勝手を(つか)んだ包帯女のほうもすぐさま動きを修正し、マジアベーゼに呼吸を合わせるようになると、すぐに形勢が逆転してしまった。

 

(場の見極め、人の使い方……なるほど、こいつが群れのリーダーだ)

 

ミルコはマジアベーゼの危険度をさらに上方修正した。

その結果、包帯女以上にマジアベーゼが最大の脅威と化す。

 

そう気づいてしまえば切り替えは早く、ミルコはある程度刃に身を晒すもやむなしと割り切り、マジアベーゼの排除のために弾丸のような突撃を仕掛けた。

 

二の腕と(もも)に刀の切先がかすめ、褐色の肌に赤いものが舞った。

が、負傷といえばその程度だった。

その動きの変化に包帯女は戸惑ったようで、すり抜けられる隙ができた。

 

「!?」

 

同じくマジアベーゼも、飛び込んできたミルコに面食らったような反応をした。

この隙を逃す()はない。

 

「りゃっ!」

 

渾身の跳び足刀蹴りをマジアベーゼの顔面に突き立てる。

 

(手応えあり!)

 

そのままラッシュに持ち込もうとしたミルコは、足首に妙な引っ掛かりを覚えた。

すぐさま足を引こうとするが、マジアベーゼの顔面に突き込んだ足がまったく動かせなかった。

 

ふはあうぇら(つかまえた)

「!?」

 

マジアベーゼが兎の足を模した、ミルコのブーツに()みついていた。

 

ぞわりと背筋が泡立つ。

ミルコのブーツは脚力に優れたヒーローの活動に耐えられるよう、ジュラルミンと高強度ウレタンで作られた特注品であり、そう簡単に歯が立つものではない。

 

(よだれ)を垂らし、ブーツのソールを(かじ)りながら、マジアベーゼはじとりとミルコの表情をうかがう。

 

その粘り気の強い、そして欲深い視線は、兎の赤い瞳に自らを捕食しようとする狼の姿を見せた。

 

さらにその隙を突いて、両足を広げて腰を地面すれすれまで落とした包帯女が刀を振り上げる。

あの太刀が振り抜かれ、自らの足が切り飛ばされるまでの()()

 

──足一本、()()()()()()倒せる──

 

ミルコの『個性』が呼び起こした鋭敏な野生の生存本能は、絶体絶命の瞬間、そこに()()を見出した。

 

月堕蹴(ルナフォール)!!」

「ごはぁっ!!」

 

マジアベーゼに()み付かれた足を軸に、空いている足を大きく振り上げ、包帯女の刀にカウンターを合わせる。

刃は目標を()れ、ミルコの(ほお)をわずかに(かす)めた。

振り上げられる刀とすれ違いに振り下ろされたミルコの足が大鉈(おおなた)を振るうように包帯女の肩口に打ち込まれ、その上半身がアスファルトを割り、地面へめり込むようにして倒れた。

 

もう一発(もっぱぁーつ)!!」

「んがぁっ!!」

 

それでも口で足を離さなかったマジアベーゼはミルコの足首を握り締め、そのまま組み伏せようとタックルの姿勢になったが、ミルコは振り下ろした足を腹筋だけで無理やり振り上げ、マジアベーゼのアゴを蹴り上げた。

 

強烈な一撃にたまらずマジアベーゼが口を放す。

赤いものの混ざった唾液が宙を舞い、マジアベーゼは空中をぐるりと伸身のまま一回転して、こちらもうつぶせの向きで地面に激突した。

 

(浅い! 半拍ズレた! だが、仕留めるなら今!)

 

生存の喜びに心臓が激しく鼓動するが、ミルコの脳は冷静に戦況を見極めていた。

地面に着地すると、すぐさまヴェナリータに向かって跳躍する。

その動きは早すぎて、傍目には跳躍の予備動作すら見えなかった。

 

──ヒーロー公安委員会の『個性』調査部門による分析結果から、かの異形にはもうひとつの付け入り所があると判明していた。

 

この黒く小さな異形、本人はおそらく、ほとんど戦えない。

認識阻害の発動にはそれなりの時間がかかり、激しく移り変わる戦闘に追いつけるものではない。

さらに、認識阻害を発動中、自身は移動もままならないのではないか。

 

──案の定、ヴェナリータは腰の高さで宙に浮いたまま、戦闘をぼんやりと眺めるだけで、こちらへ攻撃を仕掛けることもなかった。

 

ミルコは一瞬でヴェナリータに肉薄し、そのまま膝蹴りを入れようとした。

だが、それを正面で見届けた異形はそこを動かず、くすくすとほくそ笑むだけだった。

 

「おしい、マジアハイデを甘く見たね」

「!?」

『ネビルケイン』

 

その声に振り向く暇もなかった。

路地を囲む雑居ビル、その向こう側から突き抜けて、何かが伸びてきていた。

そして虹色の混じった白い光が音もなく、ミルコの胸を真一文字に横切り、通り過ぎていった。

 

 

──数分後、マジアハイデは光の剣を柄に収めて、振り返った。

 

「はぁ……やっと逃げてくれた……」

「おつかれ、さすがだね」

 

げふ、と軽く()き込むと、マジアハイデの口から血の塊がこぼれ落ちた。

その全身を覆うようにゆったりしたコスチュームは、彼女の身体を全く守れておらず、その肌は打撃を受けてアザだらけになっていた。

 

「お腹が無くなったみたいに麻痺(まひ)してるんだけど……これ、内臓破裂してないかな?」

「そのくらいのダメージなら一晩寝れば回復すると思うよ」

「『魔力』使って一晩ってだいぶ重症だよね!? 僕もう二度とこんな目に遭いたくないんだけど!」

「ボクに言われてもね」

 

にらみつけると、ヴェナリータは宙に浮いた身体ごと目を逸らした。

マジアハイデはやりきれないといった表情でため息をつくと、今度は足元にうつぶせで倒れる少女たちを見下ろす。

 

「僕はすごく大変だったのに、ふたりはなんで助けてくれなかったの?」

 

倒れ伏していた二人はぴょこりと首を上げた。

 

「えへへ、ごめんね。でも、あんな激しく盛大なばるるんもといバトルをこんな間近で見せられては……ねぇ?」

「うむ、すまんのう。あの絶景もとい激戦を前にしては、わしらごとき凡愚では(けん)に回らざるを得ぬというものじゃよ」

 

マジアハイデはペラペラとペラッペラの言い訳をする二人をじっとりと(にら)みつける。

 

「ふたりとも僕より強いくせに……」

「褐色肌に……」

「薄ピンク……」

「「最高でした!!」」

「このスケベどもめ!」

 

マジアベーゼは何を勘違いしたのか、アセアセとしながら、マジアハイデの機嫌を取ろうとした。

 

「大丈夫ですよ! ハイデのも負けず劣らずでしたから!」

「うむ! 純白の平野に悠々と(たたず)むふたつの独立峰、しかと見届けたのじゃ!」

「そこで競う気はないんだよ!」

 

肩をいからせながら離れていくマジアハイデを尻目に、マジアベーゼと包帯の女は立ち上がった。

ふたりが並び立つと、その身長はマジアベーゼの方が高く、頭半分ほどの差がある。

マジアベーゼはその包帯女の頭のつむじを見ながら尋ねた。

 

「ツワブキ……ミルコはどうでしたか?」

「はて、どう、とは?」

「あれ、()()()()()()()()()?」

 

ツワブキと呼ばれた女の、包帯の隙間の目がぎょろりと動き、マジアベーゼを見上げた。

 

「お主……よう気づいたな? 本当に15歳か?」

「わたしは、この活動を始めて良かったと思うことがいくつかあります」

 

包帯の女は、急に話題が変わったことで首を傾げたが、そのまま話を聞くことにした。

 

「その中のひとつが、思っていたよりも多くのヒーローが、オールマイトが去った後の世界を見ていると知れたこと」

「そりゃあ、メシの種じゃからのう。金に汚いやつほどちゃんと計画を立てるものじゃよ」

「ええ、拝金主義といわれるようなヒーローもいますが、そこまで腐ってはいません。少なくとも、()()()が言う程には。そして、()()()()

「はっ、今のわしはしがない(ヴィラン)じゃよ」

 

そんな主張は聞きませんとばかりに、マジアベーゼはその場でくるりと一回転して見せ、上機嫌な様子で流し目を送る。

 

「不本意ながら、あなたの()()()を認めたのは……あなたが、同担というわけではなさそうだったから」

「……なんのことかな?」

「ふふ……わたしは、わたしの(ひら)く未来の先で、わたしのヒーロー達をもっとおいしくいただきたいだけなんです」

「欲をかきすぎじゃの。あげたての唐揚げにレモン汁をぶちまけるがごとき所業ぞ?」

 

「えへへ」

「オホホ」

 

ふたりはお互いを挑発するように笑いながら(にら)み合った。

 

「ヨロイムシャ……いいえ、マジアツワブキ……せいぜいわたしの役に立ってくださいね?」

「任せておけ総帥サマよ。そうやって上から眺めておるがいいわ」

 

(こわ……)

 

背を向けたフリをして、ふたりの会話を聞いていたマジアハイデは、その会話の意味がほとんどわからず、ただ薄ら寒いものを覚えるばかりだった。

 

 

04.ミルコとミッドナイト  

 

────────

 

18禁ヒーロー・ミッドナイトこと香山(かやま)(ねむり)は、耳障りな音を立てて鳴り響く防犯装置の警報を解除した。

 

ここは彼女が教師として雄英高校へ通う生活のために借り上げた賃貸マンションの最上階である。

こことは別に自分のマンションとヒーロー事務所を所有しているが、日々通勤するにはやや遠いため、業務が忙しいシーズンはこちらに寝泊まりをしていた。

 

いったいどこからかぎつけるのか、外壁を登ってこの部屋のベランダに潜り込み、夜這いをかけようという不届きな(ヴィラン)は年に数回現れる。

そういった(やから)を絡め取り、自らの手で『お仕置き』するのも彼女の楽しみであったのだが、今夜の闖入者(ちんにゅうしゃ)についてはすでに心当たりがあった。

 

「もう、なんでベランダからなのよ……あらま」

「わりぃ、服貸して」

 

ベランダに立っていたのは先ほど電話をかけたばかりのミルコだった。

 

「早く入りなさい」

 

ミッドナイトは窓を開けてミルコを迎え入れた。

 

彼女の上半身はコスチュームが綺麗に断ち切られて失われていた。

そして鍛え抜かれた上半身の厚い筋肉と、それをやわらかく包む丸みのある脂肪、そしてその集大成たる豊かな乳房まで、すべて露わになっていた。

 

ミルコはその薄桃色の先端をふるりと揺らしながら、恥じる様子もなく堂々と入っていく。

白くも艶やかな長い髪が揺れ、褐色の肌へまとわりつくさまに、ミッドナイトは思わず(なまめ)かしいものを覚えた。

ヒーロー教師として聖職に就き、青い果実たちが色付いていく喜びを知っていなければ、欲望の向くままにむしゃぶりついていたかもしれない。

 

窓を閉めカーテンを閉じて灯りをつけると、ミルコがミッドナイトの方を見て(まぶ)しそうな顔をした。

 

「……アンタさ、裸で寝るのはいいけど人前に出るときはなんか着てくれよ」

「お互い様ね!」

 

 

──数分後、ミッドナイトから服を借り、パーカーにショートパンツの姿になったミルコはリビングのソファーに腰掛けてコーヒーに口をつけていた。

 

「欲張り過ぎちまった。最初からヴェナリータだけ狙っとけばよかったんだ」

 

ミッドナイトもコーヒーを片手に、ソファーの背に身を預けてくつろいだ姿勢をとっている。

さすがに寝るときの一糸(まと)わぬ姿ではなく、ナイトガウンを羽織っていた。

 

「マジアハイデか……『障壁』の個性だと聞いてたけど。マジアベーゼと同じ複合型だったか」

 

目の前に座るミルコから、あの姿にされた事情を聞いていた。

彼女は悪の組織『エノルミータ』の幹部四人を同時に相手取り、勝てはしなかったものの無事に逃げ切ったらしい。

ミルコはさっぱりした様子で「負けた」と言ったが、彼女と同じ任務を負い、同じ状況で生存できるヒーローがどれほどいるだろうか。

 

「『服だけ切る剣』なんて、うらやま……けしから……いえ、ハレンチな『個性』だわ……いくら積めば……」

 

メガネのレンズが照明を反射してキラリと光る。

 

「欲望ダダ漏れかよ」

 

ミッドナイトがごくりと生唾を飲み込むのを見て、ミルコは嫌そうに体半分離れて座り直した。

 

「正しくは『肉以外はだいたいなんでも切れる剣』かな。鉄筋コンクリートも豆腐みてーに切り刻みやがった」

「その情報を持ち帰っただけでもお手柄だと思うわ」

「慰めんでいい」

 

ミルコは舌を出して不快の意を示す。

 

3()()()()()()()猿でもわかる。遊ばれてたんだ」

 

その小さな嘆きを優しく聞き流し、ミッドナイトは微笑みかけた。

 

「まあ、お疲れ様。客室あるから、泊まっていってもいいわよ?」

「なんか貞操の危機を感じるからイヤ」

「襲わないわよ!」

 

コーヒーの香りを堪能したのか、少し調子が上がったように見える。

ミルコはコーヒカップをテーブルに戻すと、ソファーの上にあぐらをかいた。

 

「電話で聞きそびれた依頼内容を聞いたら帰る」

「柊さんの話の続きでいいわね?」

「おう」

 

ミッドナイトがミルコに依頼したのは、怪しい動きを()()()()()()()()生徒たちの追跡だった。

 

国が誇る名門、雄英高校といえど、その権威が行き届く範囲には限界がある。

校内のモニタリングは完璧でも、学校の外における生徒の行動までは制限をかけられない。

 

根津校長は現時点では静観を決めていたが、ミッドナイトとしては問題の長期化──特に、生徒へのあらぬ嫌疑が長引くことを嫌っていた。

体育祭が終われば、彼女も受け持つ授業が増えていき、ここからヒーロー科の教育はさらに忙しく、厳しくなっていく。

その前に片付けられるものは片付けてしまいたいという、最後の悪あがきであった。

 

「柊さんは今月から里親が変わっているわ。現在の養母はNPO法人『えのるみいた』代表、筒美(つつみ)火伊那(かいな)

「誰だソレ?」

 

首を傾げるミルコにミッドナイトは目を丸くした。

 

「あなた、ニュースとか見てないの? 多古場火災事件の主犯、レディ・ナガンのことよ」

「そっちは知ってるけど、本名なんて知らねーよ。で? なんでレディ・ナガンは身元割れてるのに捕まってねーんだ?」

「それこそバカみたいな話でね」

 

ミッドナイトはそこで一度切って、コーヒーをひと口飲んでから再開した。

 

「レディ・ナガンの容疑は積もり積もって百件超。()()()()()()()()()()、政局レベルでずっともめていて、検察が動けないらしいわ」

「平和ボケだなぁ」

「三権分立はどこいったのかしらね? つまり、恐ろしいことに逮捕状を待ってたら何ヶ月かかるかわからない状況なの。あの人はもう現行犯で捕まえるしかない」

 

ミルコはあくびをした。

背を丸め、膝の上に腕をのせ、さらに腕の上に(あご)を乗せる。

 

「じゃあ……柊うてなはもうクロ扱いか?」

「いいえ」

 

ミッドナイトは即座に否定した。

 

「もちろん、関与の証拠が出たらキッチリ詰めますけどね。少なくとも親が(ヴィラン)だからという理由で退学させるつもりはないわ」

「ふふっ」

「どうしたの?」

 

ミルコが丸まった姿勢のまま、ふにゃりと笑った。

 

「いや、私が高校生の頃を思い出してな。今思えば、ずいぶんとやらかしたもんだ」

「修学旅行中に賭博(とばく)格闘ショーに参戦なんて、今バレても炎上モノよね」

「そんな私が今こうしてヒーローやれてるのは、高校の先生たちが卒業まで()()()()面倒見てくれたからだ」

「あなた……そういう事考えられる子だったのね……」

「アンタもしかして今まで私のことバカだと思ってたか?」

「自分の胸に手を当てて考えてみたら?」

「フン、確かにあの時の私はちょっとおバカで、そういうのが大事だってわかってなかったよ」

「過去じゃなくて現在の話で……」

 

ミッドナイトが指を差しながら食い下がったが、ミルコは手を振り払うように動かしてその指を弾いた。

 

「でも今はわかる。平和ってのは、度量のことだ。どこまで許してやれるか。そしてそのシワ寄せをどこまでやってやれるかだ」

「そうね」

 

ミッドナイトは同意しながらソファーの背に深く身を埋めて、足を組みなおした。

 

「たとえその子の本質が悪だとしても『付き合い方』は提示してあげたい。悪意に染まる生き方とは別の道を教えて、どちらかを選ぶ機会だけは与えたい。予算を考えない、教師の理想でしかないけれどね」

「あの頃は華やかだった。私が許されるだけの余裕を作ってそのシワ寄せまで。オールマイトが全部やってくれていた」

「……」

「恩返しをしねぇとな。あの人がいなくなるなら、シワ寄せの方は私が代わりにやってやるさ」

「あなたがずっと一匹狼をやってるのはそれが理由?」

「私は狼じゃなくて兎だよ……」

 

ミルコはそう言いながら、うつらうつらと船を漕ぎ始める。

ミッドナイトは腕を組み自分の考えに浸っていたため、それに気づかなかった。

 

「うーん、でもねぇ。あなたはまず、卒業させてくれた母校に恩返しすべきだと思うわよ?」

「ちげぇねぇ……ん……」

「もしもし?」

「……ん」

「あらら、()()()しまったわね」

 

ミッドナイトの個性『眠り香』がミルコを寝落ちさせていた。

 

ミッドナイトの体から少しずつ分泌される物質は、それを吸い込んだ生物を眠らせてしまう。

聞き具合には個人差と性差があり、特に男性に対しては効果覿面(てきめん)である。

 

実質毒ガスを出し続けているようなものだが、少なくとも日常生活の中で漂わせるレベルの量では人の意識を強制的に奪う程の威力はない。

彼女の香りが猛威を振るうのは、あくまで彼女がそこまで昂ったときだけなのだ。

 

ただし、それを嗅いだ側の体調によってはその限りではない。

 

「やっぱり疲れてたか……いえ、念の為、本当に内傷がないか確認しておかないとダメかしらね……」

 

ミルコの身体に隠れた傷がないか確かめようとしたミッドナイトはふと気づいた。

 

「あれ……これってもしかして、据え膳かしら?」

 

ミルコの、まるで学生のような、年齢よりも大幅に幼く見える寝顔を間近で見て、ごくりとつばを飲み込む。

 

「……お、襲わないわ。私は教師……教師だから……くっ!」

 

そう戒めるようにつぶやくミッドナイトが、その夜をつつが無く過ごすには相当の忍耐を要した。

 

 






【あとがき】  トップにもどる

※次回、出久ママvsレディ・ナガン!
※次回からちょっと濃いめのシリアス入ってきますが、今話のシリアスさんは定時で退社しますのでどうかお目溢しを!
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