デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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※申し訳ありません、話がまとまりきらず、当初の投稿予定分を前後に分割しました。
予告していたデクママの話は後半に持ち越します……

【もくじ】
01.うてなと食堂
02.相澤の選択





(5)相澤の選択

 

01.うてなと食堂  

 

────────

 

「ああっ! 飯田(いいだ)君、ダメですっ! そんなにしたら中のおツユがなくなっちゃう!」

「すまんっ、(ひいらぎ)くん、あともう少しだけ……」

「かまへんかまへん、イったれ飯田くん!」

「ああーっ!!」

 

「何やってんだお前ら……?」

 

食堂にて、砂藤(さとう)力動(りきどう)が、トレイを持って待ち合わせたテーブルにたどり着くと、柊、飯田、麗日(うららか)の三人がなんかやっていた。

 

柊の前に置かれたうどんの器に、飯田と麗日の二人がスプーンを差し入れ、色の濃いうどんつゆをすくっては飯田の丼に移していたのであった。

 

行列を成していたビーフシチューの皿をようやく手に入れた砂藤は空腹が限界に近い状況だった。

とりあえず麗日の隣に座り、スプーンを手にとってから訊ねる。

 

「で、それは飯田と柊のどっちがいじめられてんだ?」

「ちゃうねん!」

「すまん、発端は俺なんだ」

 

抗議の姿勢を見せる麗日の向かいに座った飯田がビシッと腕を直角に曲げて片手をあげた。

麗日がその後に続いてまくしたてる。

 

「飯田君がね、このあとクラス委員の用事が出来たから早く食べたいのに、うっかりカツ丼のライス大盛り頼んじゃってね? でも残すとかアレやんね? せやから私が柊さんのうどんツユブッかければえーやんて提案しました!」

「はい麗日ギルティ」

「なんでや!」

「お前って、生活面はだいぶ横着(おうちゃく)いよな……」

「なんやと!」

 

麗日はプンスコと(ほお)をふくらませて拳を握った。

それを見た、砂藤の向かいに座る柊がアワアワと、麗日をなだめるような姿勢をとる。

 

飯田はテーブルの真ん中に置いていたどんぶりを丁寧に自分のトレイに戻しながら言った。

 

「すまんな砂藤くん、行儀が悪いとは思ったんだが……恥ずかしながらこう、白米に汁かけ的な食べ方をしたことがなくてだな……一度やってみたかったんだ」

 

「わあ、おぼっちゃんだぁ……」

「行儀悪いてひどない?」

「まあ飯田がいいなら俺は気にしねぇよ。でも、柊はそれでいいのかよ……って、カツと交換したのか」

「えへへ、かけうどんがカツうどんになったので、得しちゃいましたかね」

 

柊の前には、ツユを失い白いうどんが露出した器の隣に、卵でとじられた豚カツをふた切れ乗せられた小皿が置かれていた。

 

「おツユはふたりにさんざん蹂躙(じゅうりん)されてしまいましたけれども」

「言い方がやらしい」

 

「「「いだだきまーす」」」

 

四人が同時に手を合わせて宣言した後、飯田はすぐさまどんぶりを手に持ち、口元に寄せてガガガと勢いよく白米をかき込みはじめた。

 

「うむ! 美味い! これは(はかど)る!」

「せやろー、めんつゆは万能! これぞ忙しい高校生の時短メニューやで!」

「麗日ギルティ」

「なんでぇー!?」

「そら白米には何でも合うけどよぉ」

 

砂藤はそう言いながら、自分の制服の胸ポケットに指を差しいれた。

そしてポケットから銀色に光る金属製のタブレット缶のようなケースを取り出す。

 

「その香り、出汁はカツオと昆布だな。色は濃いけど、おそらくこのうどんのためだけに作られた関西風アレンジだぜ」

「「ほえー」」

 

半ばぼんやりと相槌をうつ柊と麗日が見守る中、砂藤はタブレット缶の蓋をずらすと、その中身を繊細な手つきでビーフシチューに振りかけた。

ビーフシチューに黒い粉のようなものが乗る。

 

「ランチラッシュの味付けは一品ごとに細かい作為があるんだ。こいつをちゃんと楽しまねぇのはもったいねぇよ」

 

その場に一瞬だけ、胡椒(こしょう)のかぐわしい芳香が漂った。

砂藤はスプーンを持って軽くシチューを味見をした後、嬉しそうに微笑んでタブレット缶を胸ポケットに戻した。

 

そこまで見届けた柊と麗日は嘆息した。

 

「マイ胡椒(こしょう)だ……」

「ホントに持ってる人初めて見たわ」

「あ、そういえば青山くんもなんかペッパーミルをカバンに入れてましたね」

「ブッフォ!!」

 

早くもどんぶりを制圧しつつある飯田が口元にご飯つぶをつけたまま砂藤に話しかける。

 

「砂藤君はグルメなんだな」

「おう、趣味は菓子作りだぜ」

「パティシエやん! ところで今日、いつメンはどしたん?」

「ん? ああー、まだいつメンってほどつるんでねぇぞ?」

 

砂藤は普段、別のグループで集まって昼食を摂っている。

まだ新学期が始まって日も浅く、それぞれの性格も把握しきれていないところだ。

でも、確かに今の調子ならそのうちいつものメンバーと呼ばれるだろうな、と思えるくらいには仲よくやってるのも事実であった。

 

口田(こうだ)常闇(とこやみ)はなんか調べ物があるっつって今日は図書室」

「へー、私まだ図書室行ったことないわぁ」

「わたし、毎日通ってますよ?」

「今度一緒に行こ!」

「よろこんで」

 

「んで尾白は……葉隠と二人でどっか行った……」

「「おお!」」

 

砂藤は苦々しいといった表情でそう言い捨てた。

飯田は無反応だったが、麗日と柊は小さく歓声をあげる。

 

「あの二人、めっちゃ仲いいよね!」

「ですよね、やっぱりそういうことなんですか?」

「戦闘訓練でペアになってから縁が出来たらしいな」

「あいつらコソコソしてねぇで、もう付き合っちゃえよ!」

 

ふんすと鼻息も荒く、悔しそうな表情で砂藤は声をあげた。

 

「ちくしょう羨ましいぜ! ていうか俺が付き合いたい!」

「あはは、砂藤くんはそういうのオープンなんやね」

「おうよ。なんなら俺、最初から、麗日のことも気になってたけどよ」

「ええっ! ほんまー?」

 

突然、クラスメイトから気になる女子と宣言された麗日は顔を真っ赤にした。

 

「でも、見てたら二週目くらいであっ……てなったぜ」

「本人の前で言うのエグない?」

「そこまでオープンにしなくても……」

「砂藤君、女性へのデリカシーが足りないぞ!」

 

三人の猛抗議を受け流し、砂藤はビーフシチューを楽しむ姿勢に戻った。

 

「ま、そういうわけで唐突なボッチと嫉妬でナーバスになっちまった俺は、ひとり階段に消えていこうとする柊をおもわず捕獲したってわけだ」

「捕獲て」

「柊くんはお昼いつの間にか消えてるからな」

「えへへ……捕まっちゃいました」

 

柊がうどんを箸でつまみ上げながら、恥ずかしそうに言った。

 

──砂藤の方も少々色気をだしたのは事実だが、彼が柊を食堂に誘った理由はどちらかというと義務感だった。

 

生まれついての大柄な容貌で、順当にガキ大将として子ども時代を過ごした砂藤少年は、柊の寂しそうな後ろ姿を見て、ふとかつての子分達と重ねてしまったのである。

 

こいつは面倒を見てやらないと、自分でそうと気づかずにやらかすタイプだと。

 

(とどろき)が言うみてぇに、馴れ合いがしたいわけじゃないけどよ。俺としちゃやっぱりこういう交流の機会まで逃すのはねぇなって思うんだ」

「ワカル!!」

「俺もいいと思う。馴れ合いで結構じゃないか?」

 

麗日と飯田が砂藤の意見に賛同した。

 

「あ、でも、柊さんはご飯ひとりの方がよかったりするの?」

 

ちょうどうどんを一本、口に含んでいた柊は、視線が集まると真っ赤になって両手で口元を隠した。

そのままもごもごと咀嚼(そしゃく)して口の中を落ち着けた後、柊は目をそらしながら答えた。

 

「その……食べるところを見られるのが……恥ずかしいんです……」

「歯とか、口の中を見られたくない感じ?」

「いえ……えっと……そうかも?」

 

曖昧に答える柊の口元からちらりと見える、鋭い八重歯が印象に残った。

話の流れに乗せられて、ついつい柊の口内までのぞき込んでしまった砂藤は、柊に小さく謝罪する。

 

「誰もそこまで見とらんよー」

「わりー、今俺、柊の口ん中ガン見しちゃったわ」

「オイ」

「あはは……」

「俺も麗日くんと同意見だが、気分的なものだからな」

 

早くもどんぶりの大盛りご飯を制圧した飯田は小皿に乗せかえたカツへと箸を伸ばしていた。

 

「どんな形であれ本人が気持ちよく食事を楽しめるのがいちばんだと思う」

「柊、無理やり引っ張ってきて悪かったな」

「いえ……」

「でもね、さっき砂藤君の言ってたとおりかなって。私も交流サボりたないから、柊さんもたまにお昼付き合ってくれると嬉しい!」

 

指先を重ねない、独特のポーズで手を合わせながら、麗日が柊に懇願する。

それに少しきょとんとした柊は、戸惑いを混じえながらも嬉しそうな笑顔を返して見せた。

 

「いえ……わたしは大丈夫です。みなさんが退屈でなければ、また呼んでください」

「やった! 今日柊さんを捕獲してくれた砂藤くんはグッジョブやね!」

「うむ! ブラボーだ!」

「へへっ、よかったぜ」

 

「失礼、A組諸君。横を通らせてもらうよ」

 

わざわざ声をかけて、四人の座るテーブルの横を通過したのは、砂藤の記憶が確かならば、彼は1年B組の物間という男子生徒だった。

 

「ふふ……」

 

彼は通り過ぎる際、テーブルの端に座る柊を(あお)るような表情で(にら)みつけていたが、柊はニコニコの笑顔を貼り付けたままで微動だにせずそれをガン無視しており、砂藤は逆に怖かった。

 

そのまま何事もなく通り過ぎていった物間は隣を歩いていたサイドテールの女生徒に拳骨をくらっていた。

 

そのさらに向こうで、見覚えのある、普通科らしき生徒が遠くからこちらを見ていた。

砂藤と目が合うと、その生徒はさっと目を逸らしてしまう。

砂藤はその男子生徒とは入試で同じ会場だったことを覚えていた。

 

「……結構、視線感じるよなー」

「そうだな」

 

笑顔でフリーズしていた柊が元に戻り、またうどんを箸でつまみはじめる。

 

「体育祭が近いからでしょうね。ふふ、()はこんな空気になるんですねぇ」

「B組はともかく、他の学科の人たちもピリピリしとるよね?」

「聞いた話だと、ヒーロー科()()のチャンスは初年度までらしい。そこに賭けている人もいるのだろう」

 

麗日が両手を握り込んでガッツポーズをした。

 

「私もがんばるよ! ここで知名度稼いで、目指すは初年度ランクイン!」

 

麗日がこの体育祭にかける意気込みについては、クラスメイトの大半がすでに聞いていた。

ヒーローになって、お金を稼いで、将来は両親に楽をさせたいというのが彼女の夢だった。

 

その明確な目標設定に、特に飯田が感銘を受けていた。

 

「飯田君や柊さん的には、やっぱあかんかな……不純?」

「そんなことないですよ」

「俺はむしろ、そういう明確なスタンスにはあこがれているよ。かっこいい兄の背中を追って、フワっとヒーローを志しただけの俺とは大違いだ」

「インゲニウムの名を背負うというのは、十分崇高な心構えだと思いますが……」

 

飯田はそれを聞いて、嬉しそうに笑ったが、そうだな、話しておこうか、と姿勢を正した。

 

「俺は、春休みにとある人物の指導を受けてな。その人が言っていたんだ。『ヒーローが、一般市民と同じように、ルールにおもねるなんてズルだし、そもそもそれでは遅すぎる』とね」

 

それに柊が即座に反論する。

 

「わたしはルールを詰めることこそが判断の速さにつながると思いますけど」

「俺もそう思っていたが、言われて気がついたんだ。その解釈にはまだ先があると」

「ほう」

 

飯田は自分の胸に手をあてた。

 

「ルールを守る側の人間こそ、自分が主で、ルールが従という形であるべきなんだ。判断し、行動するのは自分自身なのだから。そのためにまずは、自分が何を正しいと思う人間なのかを明確にしておくんだ」

「社会のルールの上に、自分のルールを置くということですか?」

「有り体にいえばそうだな。そうして自分が何者で、何をやりたいのかを明確にしておけば、ルールに照らし合わせる行為もあらかじめやっておけるようになる。そうすれば現場ではどんな状況でも最速で判断できるようになるというわけだ」

「そこまでする必要があるでしょうか? 結果を出せれば同じはずです」

 

柊は首をかしげながら真剣な表情でなにやら考えこんでいる。

砂藤は突然始まった議論についていけず、半周遅れくらいになっていた。

 

「それもいいだろう。だが、速さを信条とするならば。特に、俺みたいに迷うと足が止まるタイプはそうしないといけないんだ」

「つまり、ヒーローはたとえルールの枠から外れた状況でも、自分の正しさに従い、判断を鈍らせてはいけないと?」

「俺はそういうことだと理解した」

 

柊は口に手を当てて少し考え込む様子を見せたが、納得したようだった。

 

「なるほど……勉強になります。でもそのひと、ずいぶん厳しいこと言いますね……」

 

うむ、あれは大変だった、と言いながら飯田はトレイの上を丁寧に片付けはじめた。

 

「そこで得たいろいろな薫陶(くんとう)もあってな。俺は今、自分は何をしたいのかを知り、いずれ己を制するための訓練をしているんだ。このつゆかけご飯もその一環というわけだな」

「ちょっと欲望に囚われすぎではないでしょうか?」

「ははは、君に言われたくないな!」

 

笑い合う二人を半ば呆然(ぼうぜん)としながら眺めていると、横に座る麗日が声をかけてきた。

 

「ねえ、砂藤くん、いまの話わかった?」

「わかるっちゃわかるけど、レベル高ぇ……」

「だよねぇー」

「柊はヒーローの話になるとすげぇな」

 

柊は五教科だけならおそらくクラスでも最底辺の学力なのだが、ヒーロー専門教科になると目の色が変わり、飯田や八百万とも堂々と議論ができてしまうのだった。

 

強烈な『個性』に、ヒーローに特化したようなメンタル。

柊はクラスメイトたちの間でも、実技に限定すれば、轟と並んで実力トップと目されている。

 

それなのに、彼女の弱々しい表情を見ていると、やはりぜんぜん頼りない印象を受けてしまう。

砂藤はクラスで唯一、柊だけはヒーローになったときの姿が想像できていなかった。

 

「ごちそうさまでした! ではお先に!」

 

飯田がトレイを持って立ち上がった。

 

「また教室でねー」

「食器、俺が片しといてやろうか?」

「大丈夫だ、その程度の余裕はある! ぶっかけご飯はいいな! ハハハ……」

 

飯田はそのままきびきびと食器の返却口へと歩いていった。

 

「飯田君と話してると現役のヒーローさんと話してるみたいだよね」

「まあ、あいつは本物を見て育ってるからな」

「しかも『インゲニウム』ですからねぇ」

 

うんうんと三人でうなずき合っていると、突然横から大人の男性の声が割り込んできた。

 

「いや、マジであいつがいると先生楽でいいわ。クラスにひとりは欲しいよね」

「わお」

「あ、相澤(あいざわ)先生……」

 

小汚さが先にくるレベルで不精なスタンス。

黒い戦闘服の肩に捕縛布を巻きつけた、いつものコスチューム。

そんな1年A組の担任教師、イレイザーヘッドこと相澤が飯田の開けた席に座り、ラーメンのどんぶりに箸をつけていた。

 

「先生、食堂とか珍しいっすね」

「いつもパックのゼリーをヂュッてやって終了やん?」

「今日はチートデイだ」

「ブッフフ!!」

「何がおかしい」

 

ちょっと真剣な表情をしながらも、麗日が笑い上戸だとわかっていての発言らしく、相澤はその返事を待たずに食事を再開していた。

 

「ま、モチベーションと集中力を保つには、たまの息抜きも大事ってことだ」

「はい先生! 私、ご飯は三食しっかり食べたほうがいいと思います!」

 

それを聞いた相澤はなぜか煤けたような表情をした。

 

「若いうちはそうするべきだな。でもさすがに三十路を過ぎるとな……毎食ドカ食いしてたら胃腸に肝臓、どちらも保たない……」

「ウチの父ちゃんとおんなじこと言ってるー」

「いや先生、30歳はまだ大丈夫っしょー、知らんけど」

 

砂藤のフォローを受けて、相澤はうさんくさい微笑みを返した。

それを見た砂藤は思わず顎を引いてしまった。

 

「そうだな砂藤。みんなそうやってちゃんと知らないまま、経験則だけで語っているんだ。世の中に溢れる健康ネタはたいがい自己責任が伴うから、君たちも気をつけるんだぞ。胃腸が強くない奴は特に……あと柊」

「は、はいっ!?」

 

呼ばれた柊がぴんと背筋を伸ばした。

 

「放課後、職員室に来なさい。()()()()()があります」

「はい?」

 

何事かと(いぶか)しむ柊がはっと正面を見ると、向かいに座る麗日と砂藤が、鎮痛な面持ちで柊をみつめていた。

 

「柊さん、もしかして、除籍……?」

「ええっ!?」

「ああー、ついに確定しちまったかー」

「ち、違いますよね先生? だって今日はまだ何もしてないはず!」

「今日は?」

「まだ?」

「い、いつもしてまてぇん!」

「……」

「先生、なんか言ってくださいよぉーっ!」

 

柊が隣に座る相澤の肩をゆさぶった。

相澤は上体を押されながらも器用に器の平衡を保ち、黙々と(めん)(すす)っている。

 

麗日と砂藤がわざとらしく目尻を擦りながら、嘆くフリをして見せた。

 

「うてなちゃん、学校変わってもお友達でいようね?」

「おう、短い付き合いだったけど、連絡先教えてくれれば同窓会とか、二次会には呼んでやっからよ……」

「イヤー!!」

 

柊の除籍ネタについては、砂藤と麗日がノーサインで連携した悪ノリだったのだが。

 

それを真にうけて半泣きになる柊を見て、砂藤は失礼ながらもちょっと面白いと思ってしまった。

 

 

02.相澤の選択  

 

────────

 

1年A組の担任教師、相澤(あいざわ)消太(しょうた)は、柊うてなの処遇についてはすでに決めていた。

 

放課後、日もだいぶ傾いた帰り際になってようやく、渋々といった表情で柊は職員室にやってきた。

彼女と共に生徒指導室に入った相澤は、柊に書かせる書類の説明をしたあと、すぐにスマートフォンを取り出して発信アイコンをタップした。

 

先ほどから何度も電話をかけていた相手からの折り返し着信があったからだった。

 

「もしもし。忙しいとこ悪いね、障子(しょうじ)くん」

『……こちらこそすいません』

 

相手の名前を呼んだ相澤の声を聞き、柊が顔をあげたが、相澤がにらみつけると書類に目を戻した。

だが、その手が止まっているのでつついてやると、柊は慌てて書類に取り掛かりはじめる。

 

(彼女に余計な情報を渡してしまうことになるが、まあいいか)

 

もともと、彼女も完全に無関係ではない案件だ。

 

「体育祭の件だ。申請通り、学校としてマスク着用を許可する」

 

『ありがとうございます』

 

「まあ実を言うとな。二、三年生は毎年クラスでお揃いのリボンやハチマキを申請してくるし、それを身につけるまでなら認めてるんだよ。申請すればね」

 

『ご迷惑をおかけします』

 

障子の回答は感情の消えた、淡々としたものだったが、相澤にはそれがむしろ痛々しく思えた。

 

「学校として、君が『それ』に意味を持たせたくないという気持ちは理解しているつもりだ」

『はい』

「でもな障子、それを理由に、目立たず、大人しくやり過ごそうとなんてするなよ?」

『……いけませんか?』

「月並みな言葉だが、みんな必死でやってんだよ」

 

相澤は指で耳をかきながら、脱力した声を出した。

 

「やってないのはお前と目の前のやつのバカ二人だけ」

「ふえっ?」

 

柊が心外だという表情で相澤を見たが、無視した。

 

『柊さんもそちらに?』

「俺は誰とも言ってないが?」

『……ですが』

 

はっ、と相澤は少し笑いを漏らしながら言った。

 

「そりゃ無理して付き合う必要はないかもしれない。だが、ここでやらなかったという過去は、いつかお前自身を『場違い』だと思わせるぞ」

『……』

「障子、答え合わせがされるのは土壇場になってからだよ。お前が何を思い、何をして、何をしてこなかったか。キャリアとはそれだ。縮こまってる暇なんてないぞ」

 

『……』

「……」

 

相澤の表情にまた、少しの笑いが浮かぶ。

障子はいま、目の前の柊と同じように神妙な顔をしているだろうか。

 

 

──今年のヒーロー科1年生には、例年は見ないレベルで厄介な出自を抱えた人物が数名在籍している。

その中でも障子(しょうじ)目蔵(めぞう)という異形の男子生徒が置かれている状況は特に過酷だった。

 

幼少期に集落ぐるみで行われた『異形』差別に、生死に関わるレベルの虐待。

それはやはり集落全体でグルになって隠蔽され、ついぞ表沙汰になることはなかった。

 

そのはずだった。

 

それを生き延びて、行政の助けを得ながら、別の街でひとり、日常を取り戻そうとしていた彼を待ち構えていたのが、その地域に根付きながら『異形の解放』を訴える市民団体。

 

障子はその傷の原因を暴かれたうえで、彼らの後援を受けて、今度は地域ぐるみで彼をヒーロー科の最高峰にまで押し上げられていくことになった。

 

地域の星から、夢は全国区へ。

鳴り物入りで送り出された異形の少年。

目指すは異形のトップヒーロー、そして……。

 

「なあ、障子」

 

──本人の意向など一度も確認されぬまま、彼は()()()()()()()()()()()()──

 

「学校を、もう一度信じてみないか?」

『……』

 

相澤は電話越しに障子の無言の抗議を聞いた気がした。

 

「中学で散々やられたのは知ってる。大人たちの思惑に振り回され続けているお前が、もう何も信じたくないという気持ちもわかる」

 

『信じなかったことなんてありませんでした。みなさん()()()()()()()()()

 

「……けどな、学校ってやつは本来、そうやって子どもを利用しようとする大人や社会から、お前たちを守りながら育てるために作られた場所なんだ。偏見や迷信に絡め取られることなく、子どもが本来持つ可能性を実現できるように。正しい知識と教養を与えて社会に送り出す。ずっと昔からそうしてきたんだよ」

『……』

「だからあと一回だけだ。雄英高校に、ヒーロー科の最高峰に、お前も期待してみないか?」

 

(俺が言わなくても、お前だってそのつもりのはずなんだ)

 

相澤は念じるように、そう思った。

ここは、()()()()()合格できるような、生半可な倍率の高校ではない。

 

「俺たちに任せろ。大人たちの思惑なんて、気にしなくてよくしてやる」

 

だから、お前をそうした連中にも。

そうなったお前を利用しようとする連中にも。

お前は見せつけてやるべきなんだ。

お前というヒーローが現れたことを、堂々と。

 

「体育祭、全国が注目しているビッグイベントだ。そこで知らしめてやれよ。『君が来た』ってさ」

『……善処、します』

「また明日な」

『ありがとうございます』

 

相澤が電話を切り、柊の方を見ると、それを待っていたとばかりに柊が口を開いた。

 

「『異形の星』……しつこいですよね」

「知ってたか」

「はい。わたしもその、()()()()ですので」

 

柊はそうつぶやいて、柊は紫色の横髪を軽く()き上げて見せた。

その側頭部、かすかに見える頭皮から、小さな角が生えている。

 

「施設や児童館にいるとよく現れて、いろいろ聞かされるんです。まわりの大人は空気読んで感銘したフリをして。でも繰り返し聞かされるわたしたちはみんな、ずっとウンザリ顔でしたねぇ」

 

人よりすこしだけ長く尖った八重歯を見せながら、柊は細い声でくすくすと笑った。

 

(さて、障子に続いて柊とは、ひでえダブルヘッダーだが……)

 

相澤は柊の向かいの椅子に座った。

 

「書類書けた?」

「はい、これでいいでしょうか?」

 

柊は数枚の書類を相澤に手渡した。

相澤はそれを一枚ずつ机に並べて読んでいく。

 

それは生徒の学籍情報を変更するための申請書だった。

柊の養い親が変更されていたことが他所から発覚したため、それを本人に確認するための儀式のようなものだった。

 

「こういうのはちゃんと言わないとダメだぞ」

「すいません、わたし、そういうの全然知らなくて……」

 

柊の手書きで「筒美(つつみ)火伊那(かいな)」と書かれたその欄を見て、相澤は目を細めた。

 

里親はそう簡単に変えられるものではないし、何より子どもの抱える事情が寛恕(かんじょ)されると限らない。

ましてや、公然と、推定(ヴィラン)と目されるような人物を里親にするなど──

 

相澤は柊に向けて『抹消』を発動した。

にらまれるだけで『個性』の発動を()き消されるというその個性はまさに魔眼であった。

強烈な視線に射られて、柊はぴくんと背筋を伸ばしてしまう。

 

その状態のまま、相澤は凪いだ口調で柊に語りかけた。

 

「先に言っておくと、これからする質問に君がどう答えたとしても、君の処遇が変わることはない」

「はい……」

「だから、答えたくなければ言わなくてもいいよ。この人と知り合ったのはいつだ?」

「三年前ですね。お仕事の関係で……」

 

柊うてなは『個性』を封じられても動揺していない様子だった。

 

その後も彼女は事実上の尋問に対して、よどみなく答えてみせた。

だが、その回答は、ウソではないものの、当たり障りのない範囲を選んだような内容だった。

 

言いたくないことを、決定的な証言を、黙秘している。

その可能性が残ってしまった。

 

相澤は瞬きをして『抹消』を解除した。

 

「君は、その人についてどう思う?」

「……火伊那さんはいい人ですよ」

「いい人でも、(ヴィラン)の疑いが持たれているのは知ってるな?」

「はい……あの、もしよければ、私があの人に本意をお聞きしましょうか?」

「……ま、それはおいおいだな。たとえヒーローでも、警察を差し置いて動くのはいろいろとマズいんだ」

「そうですか……あっ、でも、そういえば、以前ですね──」

 

柊が里親の擁護を続けているが、相澤はそれを聞き流していた。

 

今の段階で「それ」を問い詰めたところで、この子がこの場にいづらくなるだけで、何も解決しないのだ。

 

相澤が見る限り、柊うてなの性質は善良だ。

決定的なものを突きつければ、彼女はいつものおどおどしたような表情で、おとなしくここを去っていくのだろう。

 

『擬態じゃないな。僕たちには見えていないんだ。彼女の底が』

 

そして、その後はもう二度と彼女を捕まえられない。

相澤はそんな予感がしていた。

 

『柊さんは、少なくとも無関係ではありえない』

 

今朝、相澤は校長室で根津校長に、その選択を迫られた。

 

生徒を守る、それは大前提として。

その守るべき生徒の枠内に、推定(ヴィラン)の関係者を含めるべきか。

 

『だけど、その権限はもう相澤君に渡してあるのさ。君が選びなさい』

 

本来ならば、他の生徒たちのためにも、安全策を採るべきところだろう。

学校は、生徒同士が高め合う事に期待するがゆえに、生徒同士が傷つけ合うことをすぐには止められない。

 

たびたび見せる、ヒーローどころか一般生徒としてすらも不適格な素行。

進級できるかも怪しいような、ギリギリの学力。

 

一方で、それを吹き飛ばすかのように発揮される、実戦能力と精神力。

そこだけは、相澤をして()()()()()と思えるまでのものに仕上がっている。

 

 

──世代を重ねるごとに、人類の『個性』はより複雑に、より強烈に進化している。

今年も次世代のヒーローに相応しい、相澤の世代よりはるかに強烈な『個性』の持ち主が集まってきた。

柊うてなの『使い魔創造(クリエイトファミリア)』はその中でもさらに鮮烈なグループに属している。

 

 

──彼女が「こちら側」にいることで、防げる悲劇があるのならば。

 

大した覚悟もなくフワッとヒーロー科に転がり込んできたこいつは、餌をぶら下げてでも、ケツを引っ(ぱた)いてでも、次の世代の(ヴィラン)を制するヒーローにハメ込むべきじゃないのか?

 

相澤にその合理的な選択をする勇気を与えたのは、彼女がヒーローを語るときだけに現れる、強い感情のこもった目の輝きだった。

 

(後悔は……たぶんしないだろうな)

 

そうして相澤は、柊うてなを雄英高校に残すことを選んだ。

 

 

『──柊さんは自ら【(オリ)】に迷い込んできた猛獣なのさ』

『【(オリ)】ですか?』

『外の手から中を護り、中に閉じ込めることで外もまた守る。学校に似ていると思わないかい?』

『皮肉ですね』

 

根津はちょこまかと相澤の周りを歩きながら、語っていく。

今朝、校長室に呼び出された相澤は、そこで唐突に柊の事情を聞かされ、相澤はその場で選択を迫られた。

即答した相澤の返事を受けて、根津校長はうなずいて見せた。

 

『正解だ。そのまま逃してしまえば、その場では誰も傷つかないし、誰も責任を取らなくてよくなるね。でも、僕らは【(オリ)】を管理するだけが仕事じゃない。当然逃す手はないよな?』

『相変わらず、()()が悪い……』

『ハハッ、ナイスジョーク。それでは、これからの話をしようか──』

 

遺伝子上はネズミそのものだという、かの『ハイスペック』に、いまだ新米教師の相澤としては恐れ入るばかりである。

 

(結論はすでに決まってたんだ。俺の権限は関係なかった。今朝、あの場で決まったのは柊の去就ではなく、体育祭以降の人事。1年A組の正式な担任教師……)

 

答えを間違えていたらどうなったのか。

相澤は、サディスティックにこちらを見下ろして、高笑いしたであろうかの女史を想像して、軽く身震いをした。

 

 

──柊うてなと筒美火伊那。この二人の唐突な縁組関係が意味するところは何か。

 

根津校長が独自の伝手で調査したところ、レディ・ナガンはすでに十年近く、この国のシステムそのものに対してケンカを売り続けていた。

 

彼女の手口、その常套手段は、一年前の多古場火災事件でも見せた、全体的な対応能力を飽和させていくストレッサーの役割を辛抱強く続けていくこと。

 

そうやって社会に無理矢理隙間をこじ開けて、そこに自分の主義主張を通していく。

それこそが、かのテロリストが自分以外の全てと敵対する日々の中で身につけた、(ヴィラン)としての生存術なのだろう。

 

『この子を()()()()()()()()()

 

つまるところこれは、雄英高校とその教師たちに、それ以外の全てを人質にして突きつけられた、レディ・ナガンからの挑戦状なのだ。

 

対する、雄英高校の方針は、相澤が選ぶ前から決まっていた。

いまだ正体不明の少女、柊うてなを捕らえられるいちばんましな(おり)はここだけだと。

 

相澤は、根津校長から聞かされた『柊うてな更生計画』を思い出しながら、『わたしと火伊那さんの愛の語らい:チャプター2(ツー)』などとのたまい、やけにねっとりとした口調で語りはじめた彼女の頭をはたくタイミングを計っていた。

 

 






【あとがき】  トップにもどる

残した後半部は平日どこかで投稿します。
後半はよりシリアス。いろんなキャラが出てきます。
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