デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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いろんな意味であと少し!

【もくじ】
01.紅颱斗゛(クリムゾンタイド)
02.体育祭の前日

※1に流血・残酷な描写あり。



(7)体育祭の前日

 

01.紅颱斗゛(クリムゾンタイド)  

 

────────

 

マンションが建ち並ぶ区画を、三度(みたび)銃声が貫き、今日の仕事が終わった。

 

(もろ)すぎて、眩暈(めまい)がするぜ……」

 

ビルの上階に開けられた、十五度しか動かせない回転式の窓。

その隙間に銃口を寝かせ、スコープをのぞき込んでいる女がゆっくりと息を吐く。

 

引き金を弾きはじめる、二分前ぶりの呼吸であった。

損失を取り戻し始めた循環器はすみやかに酸素を脳に送り届け、(しび)れていた末端が痛みを伴いながら感覚を取り戻していく。

 

「何を驚いている? その寝床はセーフ・ハウスじゃねぇぞ」

 

スコープにより光を曲げられ、(ゆが)んだ像の中央に、血の池を作りながら横たわる、裸の男の姿があった。

そばのコート掛けにはヒーローのコスチュームらしきものが掛けられており、派手な色合いのそれは血飛沫を浴びてさらに派手になっていた。

そして隣のベッドの上では、同衾(どうきん)していたのであろう、女が大きな口を空けている。

悲鳴でもあげているのだろう。

 

「もうヒーローに安全地帯なんてねぇのさ。あるとすれば、それは私の死体の上だけ……」

 

キザすぎたかも、とぼんやりとした声で言い捨てた女はスコープから目を離し、窓の隙間から銃身を引き抜いた。

その銃身はくまなく白い煙を吐き出している。

 

「これで三日目……耳がおかしくなりそうだ……」

 

その横に、耳をふさいで顔をしかめる少女が立っていた。

長い髪を伸ばした頭にはハスの花をモチーフにした髪飾り。

フリルのついたブラウスに、大きく前の割れたスカートとミニスカートを重ね履きしている。

その少女らしい衣装は光の中でならよく映えたのだろうが、赤の非常灯しか(とも)っていないその場所では浮浪者のようなシルエットに見えていた。

 

女の方は、黒く軽い生地のワンピース一枚。

微風によく揺れるその服装は虚空に漂う幽鬼のようにも見えた。

 

「今日はもう終わりだ。ずらかるぞ」

 

そう言いながら、女──レディ・ナガンは銃身を右腕に収納した。

彼女の個性は『ライフル』。

右腕をライフルに、ダークブルーとピンクの髪を銃弾に変化させ、いつでも、どこでも好き放題に狙撃できる能力。

 

「わかった……けどそれ」

 

少女が小さな手で、レディ・ナガンの右腕を指差した。

ライフルを収納した肘の隙間から、いまも白い煙がもうもうと(くゆ)っている。

 

「昨日はそんなケムリ出てなかっただろ。お前、大丈夫か?」

 

そう言いながらこちらを見上げる、大きな両目にレディ・ナガンは唇の端を釣り上げた。

 

「なんだよ、心配してくれてるのか?」

 

言われた少女は不愉快そうに目を細め、歯を見せた。

 

「俺の仕事はお前を無事に返すことだ。勝手にくたばられても困るんだよ」

 

唇をとがらせながらそう言う少女──マジアロートスの頭に、レディ・ナガンは煙を吹く右手を乗せた。

その目が煙に(いぶ)されて閉じられ、マジアロートスは悲鳴混じりの声をあげた。

 

「熱いんだけど!」

「そうだ。銃身に余計な熱がこもっちまってるだけだ。そのうち直る」

「ならいいか」

「だがまあ、このまま人前には出られねぇな。その辺で休憩してからにするか」

「わかった」

 

マジアロートスが返事をした瞬間、ふたりの姿がそこから消失した。

 

 

──『転移』した先の路上で、レディ・ナガンは道端に座り込んでいた。

 

熱に浮かされたような表情で、ビルの隙間から見える夜空を見上げる。

天気は快晴で、星がよく見えていた。

 

マジアロートスにはああ言ったが、レディ・ナガンはその銃身を酷使し過ぎていた。

多古場火災事件でヒーロー・オールマイトに敗れてから一年。

その間、彼女がその引き金を弾かなかった日はない。

薬物も使用して(だま)(だま)し、ここまでやってきたが、いよいよ限界ということらしかった。

 

「ま、インゲニウムもやったし、キリはいいのかもな。そろそろ休むか……ゴールデンウィークも近い……」

「なぁ……」

 

隣で黄色いラベルの缶コーヒーをちびちびと()めるように飲んでいた少女が、思い出したような響きでレディ・ナガンに尋ねた。

 

「なんだ?」

「今撃ったのって、ヒーローだよな?」

「そうだが?」

 

レディ・ナガンがこの一年間、(あお)り続けていたのはヒーローたちの危機感だ。

所詮、人間ひとりがその生涯で傷つけられる人間の数には限りがある。

レディ・ナガンはこの社会を「(もろ)いハリボテ」だと思っているが、それだとしても彼女ひとりの力で崩壊させられるような……支え甲斐のない代物でもなかった。

 

レディ・ナガンはすべてのヒーローを射抜くことはできない。

だが、ヒーローの誰もがその兇弾(きょうだん)を免られるわけでもない。

彼女が社会に向けて醸したかったのは、その恐怖感だった。

 

(命が惜しいやつは、逃げちまえよ。そうすりゃお前は助かるし、こっちもやり易くなる。お互い得じゃねぇか?)

 

彼女がその胸に秘めた目的を果たすためには、もう何枚かだけ、その脆弱(ぜいじゃく)な社会の薄皮を()ぎ取る必要があった。

 

「さっきのやつ、俺、テレビで見たことあるぜ。しかも最近だ」

 

マジアロートスがどこか心配そうな表情で言った。

 

「何が言いたい?」

「ベーゼが言ってたルールあるだろ? これ、あいつが知ったら怒るんじゃねぇかな?」

 

さて、今仕留めた、あのヒーローは社会的にはどんな評価だったか?

待てよ、とっくにインゲニウムは撃っちまったぞ。

 

言われて、ようやく少女の言いたいことがわかったレディ・ナガンは、空を見上げて考え込んだ。

そして顔を下ろして正面をまっすぐ見据え、あごに手をやりながら思案する。

そして腕を組みながらもう一度顔を上げ、もう一度下ろした後、無表情でマジアロートスの方を見た。

 

「……どうしようか?」

「そんなお前に俺もどうしようだよバッキャロー!」

 

マジアロートスが頭を抱えて叫び散らした。

 

「やべぇ! 今日で三日目、とっくに居場所もバレてる! お仕置きされる! すぐにでも追手(おって)の使い魔が来るぞ!」

 

マジアロートスはそう言いながらわたわたと動きまわり、キョロキョロと辺りを見回す。

その様子を家で飼い主を迎える犬みたいだと思ったレディ・ナガンは思わず吹き出してしまった。

 

「何がおかしい!」

「別にいいじゃねぇか。あんなのじゃれあいみてーなもんだろう?」

「そのじゃれあいみてーなお仕置きで俺ぁ何度も死にかけてんだよぉ!」

「お前も懲りねぇやつだな」

「待てよ? この場合俺までお仕置きされるのか? お前がやったんだから悪いのお前だけだよな?」

「知らねぇが、普通はバディを組んだら連帯責任だよな?」

「それこそ知るか! いざとなったら俺はテメェを置いて逃げるからな!」

「冷てぇなぁ。置いていったら私は大人しく捕まって証言させてもらうぞ。『ぜんぶ偉大なる大幹部ロートス様の指示でやりました』ってな」

「このクソッタレヤロウが!!」

 

地団駄を踏みながら、こいつ始末しちまうか、などと物騒なことを言い始めたマジアロートスが、突然表情を青ざめさせるとばっと勢い良く上空を見上げた。

 

「うわっ、やっぱり来た、『転移』の反応だ!」

「マジアベーゼか?」

「この魔力はベーゼじゃねぇ!」

 

そう言うマジアロートスは両こめかみに指をあて、その髪をざわざわと(うごめ)かせている。

その可愛らしいポーズは彼女が『魔力』を使用して何かを探るときの仕草だった。

 

「いまんとこ、静岡から三百キロを一発で転移できるやつは、ベーゼを除いてひとりだけだ……四天王……クリムゾン!」

「四天王?」

「つっても三人しかいねーけどな。くそ、どっちだ? いっちょまえにステルスまで掛けやがって……」

 

きょろきょろと首を動かしながら辺りを探るマジアロートスは、しばらくしてレディ・ナガンににらまれていることに気がついた。

そして自分の説明が不足していたのだと察し、言葉を(つな)ぐ。

 

「……四天王ってのは、ベーゼの信者から選ばれた、対オールマイトに特化した人間ベースの使い魔どもだ」

「強いのか?」

「知らん。でもベーゼは四人目作るのやめちまった。クリムゾンの調整を優先するためにな。もうあいつで十分だろってことだ」

 

それを聞いたレディ・ナガンは片眉を上げた。

 

「そいつはやべぇな……まだオールマイトに倒れられては困る……消しとくか?」

「何言ってんだよ! ……あっ、俺の魔力がバレた! こっち来るぞ!」

「ちっ」

 

レディ・ナガンが飛び上がるようにして立ち上がり、右腕をライフルに変形させた。

そのまま膝をつき、どの方角にも向けられるように銃身を真上に立てる。

 

その時、虚空から連なった鈴が鳴るような、涼しい音がした。

 

『良いヒーローは、ベーゼ様のもの』

 

そして、女の声が頭の中で響く。

 

『これがあたしらエノルミータの数少ないルールだろう? レディ・ナガン?』

 

レディ・ナガンは耳を澄ませるが、その音の出所が特定できなかった。

横目でちらりとマジアロートスを見るが、彼女も同じ様子だった。

 

『それをこんな遠くでコソコソと。度胸がないねぇ』

 

銃身を下ろし、あてずっぽうで正面の道の向こうに狙いを定めた。

こういうまっすぐな物言いをする女は、大した搦手(からめて)は使えないし、使わない。

不意打ちめいたことすらしないかもしれない。

そんな、経験頼りの、ただの勘であった。

 

レディ・ナガンは舌で唇を湿らせ、返事をした。

 

「これが私の仕事だよ」

「見守るってのはね、手の届く範囲でやるもんさ」

「!?」

「ひぃえっ!」

 

マジアロートスが悲鳴をあげて尻餅をついた。

彼女の想像通り、敵は正面から現れた。

だが、その距離が近過ぎた。

 

それは、いつのまにかレディ・ナガンの真正面、その銃身の先端よりも手前まで肉薄していた。

 

「おいたをした子どもはその場でブン殴ってやらないとねぇ」

 

その20歳前後と思われる、ひょろりとした背の高い女は、目がチカチカしそうな派手な外套を羽織っていた。

そのロングコートには黒い生地に赤と金の刺繍(ししゅう)が巡らされており、正面の右胸には漢字で『紅颱斗』と縫いつけられていた。

その最後の「斗」の字は点がふたつではなく四つになっており、内ふたつの点は字の右上に大きくはみ出している。

上半身にはコート以外何も着けておらず、先端部こそコートの下に隠れているが、鍛えられた腹筋と胸筋の上に乗った、薄すぎず豊かすぎてもいない部分は惜しげもなく晒されていた。

真っ赤なメッシュの入った黒髪の中で、濃い化粧がされた眉に包まれ、黒い眼球に白い瞳孔の白黒逆転した瞳がぎらぎらと輝いている。

 

金属製のマスクに、『特攻服』なる独特のデザインをした上着。

そのコスチュームを着ていた、伝説のヒーローのことを、レディ・ナガンは記録映像を通して覚えていた。

 

紅頼雄斗(クリムゾンライオット)のファンか?」

「まあね。その逆を張ってんのさ」

 

この距離では撃てない。

殴り合いなら受けて立つ、とばかりにレディ・ナガンは立ち上がり、目の前の女、クリムゾンとにらみ合った。

殺意の込められた互いの視線が交錯する。

先に口を開いたのはクリムゾンの方だった。

 

「あんた、そんなやり方じゃあ、いずれベーゼ様まで傷つけるよ?」

「このやり方しか知らねぇのさ」

「……やっぱり、今消しちまうかねぇ」

「そらこっちの台詞だよ……!」

「ま、待てお前らっ!」

 

慌てて止めようとするマジアロートスを放置して、ふたりの女はそれぞれ拳を握り締めた。

 

殴り合いを開始する、その挙動はレディ・ナガンの方が圧倒的に速かった。

握った左拳を口元まで上げてボクシングの構えを取ると、一瞬で3度の左ジャブを放つ。

 

鞭を振り回すような連打で目(くらま)しをした隙に、(かかと)を突き出すような姿勢で前蹴りを放った。

そのままフッ飛ばして距離を取り、撃ち殺す。

そのつもりだったが、蹴りをみぞおちに受けたクリムゾンは、のけぞることもなく、その場に踏みとどまった。

 

レディ・ナガンはそのケースも織り込み済みだった。

そのまま腹に食い込ませた(かかと)で踏み切り、バック転をする。

重心の違いから、右腕の長い銃身だけがわずかに遅れて追従する。

 

その時、クリムゾンがぼそりと何かをつぶやいた。

 

躊躇(ヘジテーション)

 

そのまま伸びた右腕で空中から発砲しようとしたレディ・ナガンだったが、なぜか発砲姿勢のまま硬直し、地面に激突してしまった。

 

「なっ? あぐっ!」

『あたしを【思う】と、あんたは行動まで半秒遅れる』

 

そう言いながら、クリムゾンはその場でゆっくりと拳を大きく振りかぶった。

レディ・ナガンは素早く身を起こし、再度引き金を弾こうとするが、やはり指が動かない。

 

(動かない! どんな『個性』だ!?)

 

クリムゾンが再び一瞬で眼前まで肉薄し、レディ・ナガンの顔面に振りかぶった右拳を放った。

 

「がはぁっ!?」

 

かろうじて首の防御が間に合うが、体は流されて再び地面に倒れ込む。

唇を()み切り、飛びそうになる意識を必死で(つな)ぎ止めながら、レディ・ナガンは右腕を振り上げた。

 

今度は発砲に成功し、銃弾はクリムゾンの左肩を撃ち抜いたように見えた。

が、期待していた血や肉片が飛び散ることはなかった。

それどころか、先ほどと同じくクリムゾンは微動だにしなかった。

 

『あたしがあんたを【思う】と、あたしは3秒遅れちまう。勝負にならないねぇ』

 

クリムゾンは、楽しそうに目元を(ゆが)めながら、再びゆっくりと右拳をふりかぶりはじめた。

 

「くそっ!」

『でもね、腕のいいやつほどマメに修正する。頭のいいやつほど上手いこと切り替える。そして、そうするたびに遅れていく』

 

再び引き金に触れることもできないまま、レディ・ナガンは殴り飛ばされた。

 

『あたしはグズでバカだから、最初に思ったことをやり通すだけさ』

「がっ!?」

 

今度は受け身も間に合わず、右肩を地面に強く打ち付けてしまう。

そのはずみで発砲してしまい、レディ・ナガンはついに弾倉に詰めた銃弾を喪失してしまった。

 

『つまり、良いやつであればあるほど、こうやってあたしにボコられちまうのさ。じゃあね』

 

クリムゾンが目にも留まらぬ速さでレディ・ナガンに肉薄し、その頭を踏み潰そうとした。

だが、それを遮るように、薄い黄色と深緑の混ざった巨大な拳が襲った。

腕を十字に組んでその拳を受け止めたクリムゾンは、少しよろめきながら後退し、その拳の主と距離を取った。

 

レディナガンとクリムゾンの間に、マジアロートスが立ち塞がった。

 

「ふん、いい度胸だ。ついガードしちまったよ……」

「ちっ、てめぇも俺と同じ『魔力タンク』になれるタイプだな!」

「さてねぇ。説明聞いたけど忘れちまった」

 

 

──強い『想い』が器となり、そこに力が流れ込んで『魔力』を成すという。

しかし、中にはその『想い』の強さに関わらず、その肉体に外から魔力を詰め込められるタイプの人間がいるらしい。

 

マジアロートスは「みち子」なる謎の単語を織り交ぜながらそう説明するヴェナリータに、自分もそういうタイプなのだと教えられていた。

 

だが、本来の器を超えて詰め込まれた魔力にはリスクが生じる。

例えばこの少女であれば、疲れや負傷などで魔力制御が不安定になると本来の姿であるヘドロの形をとれなくなってしまい、不自由な少女の姿を強いられるという欠点があった。

 

あの女はあれだけの『魔力』を抱えこむのと引き換えに、いったい何を失ったのだろうか?

 

「──だが、『魔力』勝負ならオレだって!」

 

マジアロートスの長い髪がどろりと粘性を生み出しながら変化し、渦を巻いて巨大な拳の形をとった。

拳は勢いよくクリムゾンの上半身を撃ち抜いたように思われたが、その身体は微動だにしなかった。

クリムゾンは、腕で身体を庇うこともせず、特攻服のポケットに手を突っ込んだまま、それを顔面で受け止めていた。

 

「『魔力』勝負なら、なんだって?」

「ううっ……!」

 

何のダメージも見られないその顔面から放たれた強烈な眼光にマジアロートスはすっかりひるんでしまっていた。

マジアロートスは、ヘドロの男だった頃からずっと、相手の実力の底が見えないときは逃げ隠れするという生き方をしていた。

だから、よほどの勝算でもない限り、未知のもの、強いものに立ち向かう(すべ)を知らなかった。

 

「もう折れたのかい? 度胸がないねぇ」

「ちくしょう、おかしいだろ! 今、どうやってこのバケモノ女を仕留めたんだ?」

「はぁ……あんだけ丁寧に説明したのにわからなかったのかい?」

 

クリムゾンはポケットに手を突っ込んだまま首を傾げた。

 

「アンタみたいな、人を人とも思わず殺れちまいそうなクズにはわからないだろうねぇ」

「けっ、俺様の前ではどいつも下等生物だばーか!」

「そんなアンタが、どうしてそいつを庇うんだい?」

「庇ってねーよ! んぎゃっ! ……なんの、隙あり!」

 

頭を張られて地面に(たた)きつけられたロートスはすぐさま全身をどろりと溶かし、ヘドロに変化したかと思うと、さらに一瞬で立って足を振り上げた姿勢で元に戻り、チートじみた速さの回し蹴りを放った。

 

「!?」

 

それを腰で受けたクリムゾンは面食らったような顔をしてたたらを踏む。

その攻撃が通じたことに気づいていないロートスは、必死な表情で(まく)し立てた。

 

「わ、わかんねーけど、今こいつを殺すのは絶対ダメだ! そんな気がする!」

「……それは、ベーゼ様のためかい?」

「ンンーなわけねーだろ! ばーか! ばーか! くそばばあ!」

「誰がババアだ! このドチビが!」

 

しっちゃかめっちゃかになったロートスが乏しい語彙(ごい)罵詈雑言(ばりぞうごん)を繰り出すと、案外それに乗ってきたクリムゾンとの不毛な罵り合いが始まった。

すると、レディ・ナガンが急に呼吸を荒げ、苦しみはじめた。

 

「はあっ、はあっ!」

「あ! どうしたナガン!? くそっ、お前か? 何しやがった!?」

 

クリムゾンは首を振った。

 

「あたしじゃないよ……過呼吸だ。ロートス、あんたこいつに『寄生』してやりな」

「はぁ?」

「知らないのかい? いいからあんたがその女に『寄生』して、神経を落ち着かせてやるんだよ。ほっとくと半日苦しみ続けるよ」

「くっそ!」

 

ロートスはわけのわからないまま身体をヘドロの形状に変化させると、のたうち苦しむレディ・ナガンの首にまとわりつき、やがて吸い込まれるようにしてその身体に入っていった。

 

苦しむレディ・ナガンの表情をのぞき込みながら、クリムゾンは懐かしそうに目を細めた。

 

「あたしの『個性』を受けて、思い出しちまったんだろうねぇ」

「……げほ」

 

レディ・ナガンが立ち上がった。

その呼吸は落ち着き、そのピンクとダークブルーの髪が、漂白されたように変色していた。

 

「人を救けられる、良いヒーローほど、『動けなかった自分』がトラウマなのさ。この女もそうだったってことさ」

「意味わからん……」

 

レディ・ナガンは首を傾げつつ、苦しそうな顔をして深呼吸を続けていた。

その声はレディ・ナガンのものだったが、その表情と口調は幼くなっていた。

マジアロートスがレディ・ナガンの身体に『寄生』して、その制御を掌握したのだった。

 

その様子を観察していたクリムゾンは、ゆっくりと振り返り、背を向けた。

 

「ロートス。今日はあんたに免じて逃してやるよ」

「は?」

「でもそいつは危険だよ。あたしはこいつみたいな女の末路をよく知ってる。いずれ、自分の手でなにもかも台無しにしちまうのさ」

「……」

 

レディ・ナガンに寄生したマジアロートスは、何も答えようがなかった。

とりあえず、逃がしてくれるなら戦う必要もなくなったと考えている。

 

「レディ・ナガンはいずれ排除する。あんたも付き合いは程々にしときなよ」

「知るか!」

「ほとぼりが覚めたらあたしの屋台に来な。ベーゼ様に顔つなぎくらいはしてやるからさ」

「ばーか!」

 

マジアロートスは捨て台詞を吐きながら、レディ・ナガンの身体で『転移』をして消えてしまった。

 

「寄生したままでも『魔力』を使えるのか……おバカだけど、あれが本家の実力ってやつだろうねぇ」

 

そしてクリムゾンはポケットから手を出し、腕を組みながら空を見上げる。

 

「あんなクズでも、足るを知れば丸くなるか……ベーゼ様のやり方が正しいんだろうねぇ」

 

仕切りにうなずきながら、手をかざし、黒い(もや)で覆われた『転移』のゲートを生み出した。

 

「ならば、代わりに血と泥を被ってやるのが老婆心……おっと、あたしはまだまだ、これからさ……」

 

そしてゲートを潜り、どこかへと消えていった。

 

 

 

──これが惨劇の顛末(てんまつ)だった。

 

この事件は後に犯人不明とされたまま、『復讐(ふくしゅう)の狙撃手事件』と呼ばれることになる。

 

ヒーロー『インゲニウム』が撃たれたことから始まり、その後三日にわたって次々とヒーローが撃たれていき、都内を恐慌に陥れ、戒厳令寸前まで混乱させた連続銃撃・爆破事件。

 

この事件を皮切りにして、プロヒーローの資格を返上し中途引退する者が──まだ、少しずつではあるが──増加の一途を辿ることになる。

 

 

 

02.体育祭の前日  

 

────────

 

あたたかくて やわらかくて なめらかな あのかんしょく

もういちど もういちど ふれられたら──

 

 

「──(ひいらぎ)少女!」

「はっ!?」

 

暑苦しい声が静かな教室に響き渡る。

緩やかな春の陽が差し込む窓側の席でうとうとしていた柊うてなは、その音に驚いたようにびくんと身体を震わせた。

 

「どうした柊少女? ぼーっとして、ここは大事だぞ。中間テストに出るぞ?」

「あっ……す……すみません!」

 

平謝りする柊を見ながら軽く息をついて、オールマイトは授業を再開しようとしたが、その背中に追い討ちをかけるようにクラス中がどよめき始めた。

 

「あの柊がオールマイトの授業で居眠りを……」

「異常事態やん!」

「いや授業内容は確かにアレだけども」

「明日は雪か」「アラレヤコンコン!」

 

オールマイトの地獄耳(マイトイヤー)は生徒たちのボヤきを正確に聞き分けていた。

腕の震えを隠しながらゆっくりと生徒たちに向き直る。

 

「せ、先生の授業、そんなにつまんないかな……?」

 

ちょっと声も震えていた。

 

「先生、それはわかってても生徒に尋ねちゃダメなやつです!」

(うう……だって……)

「プふッ」

 

上鳴(かみなり)のフォローになってない残念な気遣いに対し、オールマイトが小さく口ごもった弱音を、耳郎(じろう)だけが聞き取り、吹き出してしまった。

 

「あわわ……」

 

騒ぎの発端となってしまった柊は混沌と化しつつある教室をなんとかなだめようと身振り手振りする。

その様子を見て、オールマイトの表情が変わった。

 

「むっ……君たち、少々中断だ」

 

教師の様子が変わったことを察知した生徒たちはサッと静まり返る。

この辺りは何かと除籍をちらつかせる鬼の担任教師こと相澤(あいざわ)による教練の成果が出始めていた。

 

オールマイトが柊の方へと歩いていく。

 

「柊少女、立ちたまえ」

「は、はい」

 

言われたとおり席を立つ柊。

叱責されるのかと固唾を飲んで見守るクラスメイトたち。

 

だが、柊を後ろの座席から見ていた八百万(やおよろず)(とどろき)は、立ち上がる際に彼女の上体がわずかにブレたのに気づき、そこからオールマイトの意図を読み取っていた。

 

「少し触ってもいいか?」

「はい、どうぞ」

「なぜハグ待ちのポーズに……? まあいい、腕を失礼するぞ」

 

何かを勘違いした柊が両腕を広げて受け入れ姿勢を取ったが、オールマイトはその右手だけを取って、何かを探るようにその腕を触りはじめた。

 

「公開セクハラだ!」

「チゲーヨ!」

「ふぎゃ!」

 

それを見て騒ぎだそうとした峰田(みねた)を、隣の常闇(とこやみ)の個性、黒影(ダークシャドウ)が慣れた手つきではたき落とす。

 

「あっ、待って、二の腕はちょっと……」

「やはり、筋肉が熱を持ち過ぎている。完全にオーバーワークだな」

「えっ!?」

 

オールマイトが人差し指で柊の頭を優しく小突いた。

 

「ここまで追い込んだのは褒めてやるけども。無理のし過ぎは逆効果だぞ、柊少女。もういい、座りなさい」

「あっ、すみません……」

 

教室内で晒し上げにされたというのに、柊の表情はどこか嬉しそうであった。

推しとスキンシップを交わした歓びを()み締めているのであろう──と察するまで、クラスメイトの何人かは彼女の理解が進んでいた。

 

「先生も授業中に筋トレしてた(クチ)だから、あまり強くは言えないんだけどさ」

 

教壇に戻りながら、オールマイトが話しはじめる。

 

「君たち、ほとんど全員が、授業とは別に独自のトレーニングをしているだろう?」

 

生徒全員がうなずいた。

 

「我らが雄英高校、ヒーロー科のカリキュラムは君たちの体を限界ギリギリまで追い込むつもりで組み立てているが、それはあくまで学問に支障のない範囲でだ」

 

生徒の半数が顔面を引き()らせながら首を振った。

 

「そこから先の訓練量は君たちの裁量に委ねられている。でも、決してやりすぎるなよ。雄英高校には、私がここの生徒だった40年以上前から続いている伝統がいくつかある」

 

オールマイトが拳を握って見せつけた。

それはあらゆる(ヴィラン)が震え上がる、心優しい彼にできるせいいっぱいの威嚇のポーズ。

 

「その中のひとつ! ウチは、訓練にかまけて勉学を怠った者……つまり赤点を取った者にはとても厳しいぞ!」

「「ひえっ!」」

 

一部の生徒たちが小さく悲鳴をあげた。

入試で実力順にふるい分けをしても、どの学校にもなぜか一定数は勉強の苦手な生徒が混ざるものである。

赤点と追試はそんな生徒たちの為にある救済のシステムであり、本来の学力が合格水準をわずかに下回っている柊もそのグループの中にいて(おび)えていた。

 

「モチベーションは大事だ。これがなければ人間は何も成すことはできない」

 

オールマイトの教授が続く。

 

「だが、モチベーションの上がった、意思に満ちた状態というのは、精神(メンタル)が肉体を追い込んでいる状態でもあるということを忘れるな。生活にメリハリをつけなさい。追い込んだ分は必ず休息を取ること。ルーティンを大切に。夜更かしをしてゲームしたり電話したり、徹夜なんてもってのほかだぞ!」

 

身に覚えのある生徒たちが目を閉じて自省しながらうなずいた。

 

「柊少女も含め、君たち全員、今日は長めに身体を休めるように! 何故って? 明日は君たち全員、年に一度、休日返上の一大イベント『雄英体育祭』だからさ! いいね?」

「「はい!」」

「よし、授業を再開しよう!」

 

最後に歯を輝かせた鉄板のマイトスマイルで締めたのち、オールマイトは教科書の棒読み朗読を再開した。

 

 

──ヒーロー基礎科の授業が終わるとすぐに、八百万が席を立って柊に声をかけた。

 

「大丈夫ですか、柊さん?」

「あっ……八百万さん、すみません、わたし授業の邪魔をしちゃって……」

「それは気にしてませんわ」

 

そう言いながら八百万がすす、と手を横に動かして何かを退けるような仕草をした。

八百万は見るからに育ちの良さがにじみ出る振る舞いをするが、たまにこういうひょうげた動きを見せるので、柊は彼女にお調子者の気配を覚えている。

 

「そうではなくて、柊さんのことです」

「えっ?」

「そのお疲れが明日に響いてしまうのではありませんか?」

 

だがそうであったとしても、明確な育ちの違いという壁を乗り越えて積極的に友好を深めようとする八百万の姿勢は、柊にとっては中学を卒業するまで出会ったことのなかった人格であり、強い好感も覚えていた。

 

「えへへ、大丈夫ですよ。この程度の疲れで、みなさんに遅れはとりませんので!」

「んまっ」

「チィッ!!」

 

何か気に障ったのか、柊の前の席に座っていた爆豪(ばくごう)が派手な舌打ちをし、乱暴に席を立っていった。

それをふたりでまったりと見送ってから、八百万が微笑みを浮かべて柊に流し目を送る。

 

「自信家ですのね?」

「いいえ、ふふ、『準備』はできたというだけでして。これでダメならまあいいかなって気分です」

「……あなたのそういう所には少しあこがれますわ」

「そうですか?」

「その『自信』の造り方、体育祭が終わったら教えてくださいね」

「えっ?」

「明日はひとまず、わたしなりに考えたやり方をお見せしますわ」

「??」

「……察しの悪いお方ですわね」

 

なんのことかわからず、目を白黒させはじめた柊に、そっとため息を隠した八百万は柊の正面に回るとその両肩を(つか)んだ。

すると、柊は目をそらしながらぼそぼそと言った。

 

「あの……えっと、すみません、お金なら持ってません……」

「この状況でカツアゲをされていると!? 違いますわ!」

 

目をそらす柊の視線を追うようにしながら、八百万は文字通りの挑戦的な表情を見せつける。

 

(わたくし)、体育祭では柊さんに挑戦いたしますので。どちらがより優れた『創造(クリエイト)』か、勝負ですわ!」

「ええっ!?」

 

そこまで言われてようやく趣旨を理解したらしい柊は、にこりと笑って答えた。

 

「ふふ……よろこんで……うけて立ちますとも……!」

「ようやくいいお顔になりましたわね。やはりお疲れが過ぎているのでは? 熱も少しありそうですわよ?」

 

ぺたり、と音を立てて、柊の額に手をあてながら八百万が言った。

柊はひんやりとしたその手を心地よく感じながら、そこで何かに気づいたかのように眉間にしわをよせ、腕を組む。

 

「いえ、大丈夫です……大丈夫なんですけど……」

「?」

 

柊の視点からでは真正面になった、前傾姿勢になったことでその質量とシャツのボタンの相剋(そうこく)が始まってしまったそれを凝視しながら、柊は首をかしげた。

 

「何か、忘れている気がするんですよねぇ……ええ、何か、すっごく大事なことを……」

「なんで私の胸を見ながら言うんですか!?」

 

八百万は嫌そうな顔で自分の胸を両腕で保護した。

 

 

「──いえぇっっきし!」

 

その頃、心操(しんそう)人使(ひとし)は1年C組の教室で盛大なくしゃみをしていた。

 

「アハハ! 男らしいくしゃみが出たねぇ」

「校内でウワサされてんじゃないのー?」

 

心操の席を囲むクラスメイト達が心操を(はや)す。

どっか冷やしたかな、とつぶやきながら心操は小さく鼻を鳴らした。

 

「そろそろホームルーム始まるよ。先生うるさいから静かにしとこうぜ」

 

周囲にそう言い放った心操を、生徒たちは逆に(あお)りはじめた。

 

「おっ、出たよ優等生ちゃん」

「初っ端からサボり倒したお前が一番ヤバいからな?」

「うっせ! 優等生でもなんでもやらねーと俺には後がないんだよ! 出席日数的な意味でな! はやく席戻れ!」

「はいはい」

「あはははっ!」

 

心操は失礼なフォームで手を振り、クラスメイトたちを追い払った。

復帰初日こそ教室を黙らせ、空気を変えて見せたが、その後はすっかりいじられキャラとして定着していた。

 

 

──ここから下剋上(げこくじょう)を成すと、心に決めて。

 

雄英高校ヒーロー科の入試には毎年一万人を超える生徒が集まる。

その全員が同じ年齢ではないが、それでも年齢別人口で考えると、全国の中学三年生の、ふたクラスにひとりはその入試に参加したという計算になる。

 

雄英高校ヒーロー科の受験に合格できなかった生徒たち。

それだけの母数を抱えると、やはり、道を誤る生徒は現れる。

現役高卒でのヒーロー免許取得ができなくなるというリスクを飲み込み、編入という狭すぎる門を目指して別学科に入学してきた生徒たちがいた。

 

彼らにとっては、明日の体育祭が大きなチャンスである。

そのはずだった。

 

だが、入学からひと月も校内で過ごしていれば、そんな彼らにも客観的に現実が見えてくる。

 

ヒーロー科に合格した同級生、そして同じ境遇だったであろう、二年生、三年生の先輩達。

それを目の当たりにする機会は、そのまま気づきの機会でもある。

彼らはそこに踏み込んだ実力があるからこそ、それを理解する。

 

自分はなぜ届かなかったのか。

あのとき、そして今、何が足りていないのか。

そのギャップを埋めて、ヒーローになるという夢を叶えるためには、これから「本当は」何をしないといけないのか。

 

ゆえに、雄英高校体育祭は、そんな生徒達にとって『最後の機会』となる。

彼らにとってそれは、道を決め直すための儀式なのだ。

 

 

だが、今年の彼らには少しだけ違う空気があった。

それは同じグループに途中から紛れ込んできた、心操人使という生徒の存在だった。

 

 

その生徒は──その特徴的なルックスを除けば──彼らから見てもさほど飛び抜けているわけではない。

彼らにはまだ、それくらいの自負は残っていた。

 

その性格はまあ、華やかな第一印象からはガッカリするくらいのネガティブだ。

化粧でごまかしているが、よく見れば目つきもだいぶアレな感じで。

とにかく陰鬱で、覇気に欠ける性質。

だからこその()()調()なのだろう。

 

そんな調子でいながら、自分たちと同じ無謀な成り上がりの夢を、雄英高校ヒーロー科へのあこがれを、ギラギラと(まぶ)しいくらいに抱え込んでいる。

 

それに、見た目とのギャップはイジり甲斐があるし、イジられっぷりはなかなかのもの。

 

その『個性』もなかなかクセが強く、確かにこれで今年の入試を受かるのはほぼ不可能だっただろう。

褒められたことではないが、学校をサボりたくなる気持ちもわかるのだ。

 

要は、自分と同じようにふさわしいものと、ふさわしくないものを併せ持っていて。

それでいて、ルールが違っていればもう少しチャンスがあったのではないかと思うところもあって。

 

こいつでダメなら、自分なんて引っかかるわけないという諦め。

そして、もし自分がダメでも、こいつならいけるんじゃないかという希望。

 

そんな相反する感情を抱えて、彼らは心操に同一化していたのだった。

 

もしかして、心操ならいけるんじゃないか。

まだ「間に合う」んじゃないか。

 

その感情をモチベーションにして、体育祭を「目指す」生徒達は生き残っていた。

同じ境遇の生徒たちの中で、それを知らないのは心操だけであった。

 

 

「──ま、泣いても、笑っても、もう明日だな。頑張ろうな」

 

生徒のひとりが感慨深げにそうひとりごちると、何人かの生徒がそれにうなずいた。

あまりに重い感情がこもっているような気がして、心操は気遣わしげに口をはさんだ。

 

「おいおい、確かに大事な行事だけどさ……」

「これは始まりでしかない、だろ? もう何度も聞いたぞ」

「うん……」

 

まだ心配そうに見てくる心操に対して、その生徒は笑いながら言った。

 

「大丈夫。きっとみんなそう思ってるよ。俺たちも()()()()だってな」

 

 

──爆豪は体育館裏みたいな場所に来ていた。

 

爆豪ともうひとりを除いて、人の気配はない。

 

重厚な鉄骨に薄っぺらい化粧漆喰の吹き付けられた外壁、金属製の重そうな引き戸。

細かく硬い砂地の端から、隙間を埋めるようにして雑草が伸び始めている。

そしてその側に建てられた、いかにもな金属横張りのプレハブ倉庫。

 

そこは見事に体育館裏な雰囲気のある場所だったが、その建物は実際体育館でも何でもない謎の建物で、つまりは全てハリボテだった。

 

訓練のために仮設したまま放置されたか、あるいはどっかの酔狂な教師か生徒が遊びで作ったに違いない、と爆豪は思った。

この雄英高校には、独特のバカみたいに広大な敷地を生かしてそういう遊びをやる校風があることを爆豪は知っていた。

 

『おーいバクゴー、(ツラ)貸しな』

 

そう軽い調子で言いながらここまで爆豪を引っ張ってきた芦戸(あしど)

爆豪と芦戸には入学以来ほとんど接点というものはなく、彼は自分がなぜこんな場所まで連れてこられたのか皆目見当もつかなった。

 

こういったときの用向きは、経験上──

 

「ここで果たし合いでもするのか? なかなかいい場所じゃねーか。高校では初めてだわ」

「バカかよ! てか中学でやったことあんのかよ!」

「あぁ?」

 

不愉快そうに顔をしかめてガンをつける爆豪に対して、芦戸は歯をむいて挑発し返した。

 

「ってかフツーは、すわ恋の告白かー!? とか考えるトコじゃないのぉ?」

「はぁ? お前、そうなのか?」

「ちげーわ!」

「じゃあ何なんだクソピンクが!」

「そのあだ名やめろや! あ、話はそれじゃなくてさ」

 

爆豪をして混乱しかねない勢いで目まぐるしく表情を変えていく芦戸は、最終的に挑発的な笑顔を見せながら言い放った。

 

「バクゴー君さぁー、私に聞くことあるんじゃね?」

「はぁー?」

 

爆豪は今度こそ不快感を爆発させて(にら)みつけたが、それを芦戸は上機嫌なにやけ顔をしたまま受け止める。

そしてブレザーの右腕、その袖をまくり、さらにその下のシャツの袖もまくりはじめた。

 

「わっかんねーかなー? コレだよ、コレ」

 

二の腕がちらりと見えるまで袖をまくった芦戸がそのまま肘を上げて見せる。

すると、肘の先端から液体がこぼれ、地面に落ち、じゅわっと音を立てて煙を出した。

 

彼女の個性、『酸』が肌から分泌されたのだった。

 

「実技の授業中に、あんたが試行錯誤してるの見ちゃったんだ。あんたも皮膚……たぶん汗腺から出すタイプなんでしょ? そんならコツを教えてやろーと思ったの」

 

芦戸が腕を伸ばすと、腕全体からどろりとまとまった量の酸がこぼれ落ちていく。

あまり強い酸ではないようで、地面に落ちると反応こそ起きている様子だが、爆豪の方には酸化特有の匂いも、有毒ガスらしきものも漂ってこなかった。

 

「ソレ、最初はできなかったのか? どうやってできるようになった?」

 

確かに図星だった。

爆豪は緑谷(みどりや)出久(いずく)から聞き出した『柊うてなに体育祭で勝つ方法』を実現するために、それを試していたのだった。

現状では手のひらからしか制御できない個性『爆破』の、爆発を起こす因子を、手のひら以外の場所からも出す方法を。

 

素直に質問してきた爆豪に満足そうな微笑みを返し、芦戸は朗々と語りはじめた。

 

「そう、それは(さかのぼ)ること十年前……」

「話なげーならやっぱいいわ」

「いや聞けよ!」

 

爆豪は察した。

だいぶ勿体ぶっていたが、こいつは実際のところ同系統の能力者にそういう話をしたくてしょうがないのだと。

 

「私は玉の柔肌をもつ美幼女だったけど、一方で、ものすごいストレスを抱えていたの……体の中を駆け巡っているものを、全て外に出したいという衝動。あんたもそうだったんじゃない?」

 

爆豪は視線を上にあげ、少し記憶をたどってみたが、思い当たらなかった。

 

「私ね、バクゴーのこと、わりと尊敬してるところがあって。それ、よくこの歳まで手だけで我慢できたよね?」

 

そうでなくても癇癪(かんしゃく)持ちである彼には、あまりそういう苦労はなかった気がする。

 

「私やバクゴーみたいなタイプの個性の人は、みんなそうなるみたいだよ。中にできたものをぶっ放したいって。私はその衝動が特にキツかった。やがて手のひらから『個性』の酸を出せるようになったけど、私はそれじゃ全然足りなかったの」

 

確かにその衝動はあった。

爆豪はとある幼馴染を『爆破』でたびたび吹っ飛ばしてきた記憶を思い出しながら、芦戸の境遇を想像できるようにもなっていた。

だが、そう言う意味では、自分は言うほど我慢はできていなかった気がする。

だいぶ手近なところで発散できていたからだ。

 

共感できないというモヤモヤがおおむね解消されたので、爆豪はもう核心を聞き出すことにした。

 

「で、どうやって全身から出せるようになった?」

「全身の皮、自分で全部溶かした!」

「パンクにも程があるわ!」

 

あまりにも期待はずれの回答が返ってきて、爆豪はキレた。

 

「よく生きとったなァテメェ……死にぞこなった未練があるという話なら俺がトドメ刺したろか……!」

「なんでそんな世紀末的な話になるんだよ!」

「テメェの話だろうが!」

「……ま、そこは出した酸が保護膜になったとかそんな感じでね。こうして私はこのキュートなピンク肌と全身発酸能力を手に入れたのだった!」

 

最後にポーズを決めた芦戸はやり切った感に満ちた笑顔だった。

爆豪は舌打ちをして頭をかいた。

 

「ち、想定未満のクソ回答だった。なんの解決にもならねーわ」

「おいおい、やっぱ気づいてねーなぁ。核心はこっからなんだぜー?」

「ああ?」

 

芦戸が嘲笑するかのように高らかに笑う。

誰かの真似をしたような、サディスティックな笑顔を見せたが、下手くそなモノマネだと爆豪は思った。

謎の上から目線でマウントを取られ続けている爆豪はとっくに喧嘩腰であったのだが、彼女はそれを気にもとめず、明るい表情で言った。

 

「バクゴー忘れたの? アンタにもあるでしょ、皮膚が入れ替わったばかりのトコロがさ?」

「!?」

「思い出した? 要は『変われる』チャンスがあるとすれば、皮膚が再生するときだってことよ」

 

爆豪は忘れていた。

というか忘れたい記憶だった。

 

爆豪は入学直後の最初の戦闘訓練で、クラスメイトの柊うてなに敗北していた。

しつこく負けを認めずに食い下がった爆豪だが、実際のところ、最初に食らった鞭による一撃で背中を裂かれ、倒された時点で勝負は決まっていた。

敗因は心構えの差だった。

 

「これは実体験だけど、皮膚ってめちゃくちゃ回復早くてさ。培養したやつ貼っただけでも定着さえすれば一週間で血が通うし、そっから一ヶ月かかんないくらいでまるごと入れ替わって元通りになっちゃうんだよ」

 

芦戸はしてやったりという笑顔でニッっと口で言いながら歯を見せた。

 

「だから、背中。ギリギリだけど、まだ間に合うかもしれないねぇ?」

「……てめぇ、俺に塩を送ったつもりか?」

「ヒッヒッヒ! ちっげーよ!」

 

爆豪が尋ねると、芦戸は大笑いしながら両手の親指を下に向けた。

 

「目の上のタンコブヤローに、ギャンブルそそのかして少しでも勝率上げようとしてんのさ! あんたが荒れたり、荒らしたりしてくれるほど私のチャンスは広がる! 麗日(うららか)ほどガチじゃないけど、こちとら生涯年収がかかってんだから!」

「フン」

 

そう言うことにしてやるか、と爆豪は内心で思った。

 

「ま、ちょっとでも恩に感じてんならさ、その分は切島(きりしま)のメンドーみてやってよ」

「ああ? あのクソ髪は面倒見られるようなタマじゃねーだろ」

「マジで言ってんの!?」

 

芦戸は驚いた様子で捲し立てた。

 

「それ見た目だけだから! ナヨいとこあんだよあいつは! 私も自分のことで目一杯! 男同士のアレコレはぜんぜんわかんないしさ! とりあえず『爆破』のマトにでもしてやんなよ!」

「まーそんくらいなら」

「よっしゃ、言質取ったからね!」

 

要求が通った芦戸は、ほっとしたような表情を見せた。

 

「私たちさ、こうやって補い合うために、雄英高校(ここ)に集まったんだと思うよ。私、バクゴーや柊も入れて、みんなでそうやっていけたらいいなって思ってるんだ」

 

それは、爆豪が初めて見る、彼女の根っこにある、穏やかな気性が現れた顔だった。

 

「そして、きっとここで全てがかみ合うんだ。そんな予感がする……ぐあー! メルヘンかましちまった!」

 

告白より恥ずいわー! と半ば叫びながら芦戸は頭を抱えこんだ。

その気持ちにはやはり共感できなかったが、効率の良い成長には別の視点が必要だということを爆豪はすでに実感していた。

 

「テメェは……クソピンクからピンクに格上げしてやる」

「そういうシステムだったの!? つか変なあだ名をやめろよ!」

「じゃーなピンク」

「おう! 明日、決勝で会おうぜ!」

「気が早すぎるわ」

 

 

──教室で帰り支度をしていた八百万は、柊がボストンバッグから取り出された木箱をさらに開けて、鉢植えの植物を取り出すのを見かけた。

 

「あら、柊さん、許可が出たんですか? それは確か……エケベリアですわね」

「へへへ……いいヒダしてんじゃねーか……」

 

自然に会話に混ざったつもりの峰田は柊に首根っこを(つか)まれ、そのまま片腕の腕力だけで窓の外に放り出されたが、柊の隣の机にいた瀬呂(せろ)が『テープ』でギリギリキャッチに成功し、怪我はせずに済んだ。

 

「はい……相澤先生がひと鉢だけ、食虫植物じゃなければって許してくれて……」

 

柊は何事もなかったかのように、笑顔で八百万に鉢植えを見せる。

鉢植えには紅い輪郭をした葉肉がフリルのように花開いた、独特の形状をした多肉植物が植えられていた。

 

「可愛いらしいですわ」

「品種は『クリムゾンタイド』っていうんです」

 






【あとがき】  トップにもどる

※次回、ついにエンデヴァー登場! 天よどうか轟家に救いを!
(2024.03.25 訂正:申し訳ありません、予告がずれました。次回がデク再登場で、次々回がエンデヴァー登場になります)

【キャラ設:紅颱斗゛(クリムゾンタイド)

本名:松良井為子(まつらい ためこ)
61歳。
かつて(ヴィラン)『無法松』として逮捕され、無期懲役、40年服役したのち出所した。
※詳しい罪状についてはおいおい。
服役前からやっていたタコ焼き屋を営む。

個性:『躊躇(ヘジテーション)
発動中、不特定多数に対して自分への行動を強制的にためらわせる能力。
自分に向かって意図した行動は、思ってから実際に行動するまで、およそ0.5秒遅延する。
一方、自分が特定人物に向かって意図した行動は3秒遅延する。
発動対象を1人に絞った場合に限り、自身の遅延時間が3秒から2秒に変わる。本人はこれを「タイマンモード」と呼んでいる。

コスチューム:特攻服
20歳くらいの女性に変身する。
目は白黒反転し、 伝説のヒーロー、紅頼雄斗(クリムゾンライオット)をモチーフにしたコスチュームに。
ただしその意匠は紅頼雄斗の質実剛健なスタイルに逆張りしたかのようにド派手である。
紅頼雄斗と同じ金属製のマスクを装着している。
特攻服の前面には赤い刺繍で「紅颱斗゛」と刺繍されている。
※「斗」の字に濁点をつけてドと読むらしい
上着の下は上半身裸。
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