「僕の……せい…………!」
避難経路を外れて中庭に向かおうとする三人の子どもたちを見かけた出久は、大慌てでそれを追いかけた。
小さな女の子が疲れて座りこんでいなければ、追いつけなかっただろう。
ギリギリのところで子どもたちを呼び止めるのに成功した。
話を聞くと、イベントの途中でトイレに行き、戻る途中でこの騒ぎが始まったらしい。
状況を理解していない子ども達を出久は必死で説得し、もたつきながらも避難経路に戻ろうとしたとき、出久のカメラをいじりだした男の子がシャッターを押してしまい、その場の注目を集めてしまった。
その結果、自分達を庇う形でウワバミが突出して
「僕のせいだ……!」
それは誤った認識だったが、そんな出久の内面に誰も気づけるわけが無かった。
「──
ウワバミは
ひとつ目が水を蹴るかのように地面をめくり上げる攻撃。
ふたつ目が腕から伸びる
おそらく地面に埋まった無数の根がその
ただ歩くだけでも発生するその攻撃は、土砂だけでなく地中の大きな石まで飛ばしてくるため、巻き込まれれば重傷を負う可能性が高い危険な攻撃だった。
しかし、ウワバミはその個性『
地表近くで土石が混ざることで生じた赤外線の様子から、攻撃の予兆と方向を見切ることができた。
蔓の方は、見た目は鞭のように見えるが実際の動きとしては地を這う蛇に近い。
自立できる程の支持力は無いが、代わりに這い回るスピードが非常に早かった。
そして完全に巻き付かれると引きはがすのが困難で、蔓を切るしかないのだが、これがまた頑丈だった。
この蔓に巻きつかれて指や腕を折られてしまう
しかし、ウワバミにとってはこちらも対応できる攻撃だった。
『キエエエエエッ!』
「はあっ!」
接近する蔓の動きに合わせて、ウワバミが『蛇髪』で身を守る。
蔓と『蛇髪』の「巻きつこうとする力」がほぼ
蔓と蛇は互いに巻きつこうとしては失敗し、より太く長い蔓の方が自重に耐えかねて力なく引き下がるということを繰り返した。
蔓と比べて『蛇髪』はリーチで大幅に劣るが、ウワバミ自身の身のこなしでカバーしていた。
『オノレエエエエエッ!』
「うわあ、かっこいい!」
何度目かの攻防に失敗した緑の巨人が怒りのボルテージを上げる。
ウワバミの華麗な体術を特等席で見られるうてなのテンションも上がっていた。
『もう一度!』
『ヨロコンデェェェェッ!』
「無駄よ! 何度でも見せてあげる!」
うてなの指示で緑の巨人が再び蔓を繰り出し、ウワバミがそれをしのぐ。
ウワバミは余裕の表情を装っていたが、実際のところかなりスタミナを消耗していた。
(運動不足! 脇腹痛い! 早く片付けてこっち来て!)
彼女の内心の懇願はわりと早く叶った。
三体の緑の巨人が中庭に入り込んできたときはウワバミも覚悟を決めていた。
しかしその三体はそこで弱々しく膝をついて苦しみ始めたのだった。
「ナイスだけど、何やったの?」
やや想定外の光景にウワバミが尋ねると、無線連絡を受けた
「マニュアルさんが除草剤ぶちこんだらしいです」
「うわえっぐ」
デステゴロから
マニュアルは除草液を自分の『個性』で操作し、待ち伏せで巨人たちの頭上に撒いたのがこの結果ということだった。
本人
「マニュアルさんってたまにキレッキレだよな」
「平均値じゃなくて中央値の時がある」
「それ」
あとで本人に言ってやろと思いながらウワバミは残る一体の巨人に向き直った。
「さあ後はあなただけよ? いいかげん投降しなさい」
うてなは慌てて巨人に聞いた。
『できました?』
『抜カリ無ク!』
うてなは息を吸い込んで、少し大きく声を張った。
『みんな踊って』
そう言った瞬間、中庭全体で一斉に巨大化した草が伸び始めた。
巨人
「なっ……しまっ……!?」
その勢いで足場が崩壊し、よろめいたウワバミの体に素早く二本の蔓が巻きついた。
ウワバミはそのまま拘束され、巨人の足元まで引き摺られてしまった。
「ウワバミさんっ!」
「くそっ、近づけん!」
その草は近くの人間に巻きつこうとするが、力強さはなく、簡単に千切ることができた。
だが一歩進むとまた別の草が絡み、進もうとするほど足を取られる状態だった。
中庭の端にいた、出久と子ども達の周りにも草が伸びたが、二人のヒーローが飛び出してそれを薙ぎ払った。
「遅くなってごめん! しばらくじっとしてるんだよ!」
「子ども達の安全確保!」
小さい子らは草で視界が遮られたせいか、困惑しつつも比較的落ち着いていた。
一方、出久の身長だとちょうど草から顔が出る形となり、彼にはっきり見えてしまった。
「ああ……そんな……!」
拘束され、
そして、それを見ながら悦に浸っている、なんだかものすごく
──ヴェナリータは
「はぁー、たわわぁ…… いいですね、いいですよォこの質感! あぁ伝わりますでしょうか? もっちりとしてツヤッツヤの白いお肌からは大福餅もしくはマシュマロのようなフワフワ感が想像されますが、違います! この絶妙な食い込み加減、これは鍛えてますよォ、お鍛えになられております! 鍛えられた内側の張りが食い込みに抵抗しておられます! この絶妙な張りはパッドやシリコンでは決して再現できません! ましてや画像加工なんてとんでもない! やはりRunRunはガチ! ウワバミの巻頭グラビアが4ページもある四月号は十冊買っておいてよかったです! 誰ですか加工疑惑をかけたのは! ツイート、リツイートも全部記録しましたからね! 絶対に許さないからな! それでは次に参りましょう! 腰ほっそ! あまりの細さにわたしの語彙も先細りして……」
放っておくとそのままずっとブツブツやり続けそうなので、ヴェナリータは釘を刺した。
「ほら、そのままだと、その人ちぎれちゃうよ」
「ぐっ……、ううっ……」
「ホァァァーッ、ごめんなさぃぃぃ!! ちょっと、『緩めて緩めて!』」
「ねえキャラ変わってない?」
「いいえそんなことは……えへへ」
これは彼女の半生について調べておく必要があるな、とヴェナリータは心のTODOリストに書き加えた。
(──あ、危なかった)
狙い過ぎたか、とウワバミは反省する。
拘束が緩まなければこのまま失神していたかもしれない。
捕まった瞬間、「最後の手段」を実行するために狙いを定めていたが、慎重になりすぎてしまい、巨人の蔓による締め付けを許してしまった。
その後なにか会話をしていたようだが、横隔膜を締められて激痛に晒されていたため、聞いている余裕はなかった。
ウワバミは今日何度目かの覚悟を決めた。
酸素が不足して視界がぼやけたままだ。
だが、締め付けがいつ再開するかわからない以上、もう今やるしかないだろう。
自分の『個性』を信じる。
(大丈夫だ。たとえしくじっても、私の意図は伝わる……)
一体どういう仕組みで自我まであるのかがわからないが。
この巨人のような
ウワバミは「最後の手段」を放った。
「行け、『蛇髪』!」
ウワバミの髪から『蛇髪』が分離し、うてなに飛びついた。
「うぐっ!」
『蛇髪』はそのままうてなの首に巻き付いて締め上げる。
『オオオ何シテクレトンジャァァァァ!!』
巨人もまた激昂しながらウワバミに巻き付けた蔓の締め上げを再開した。
『クルァァァァゴ主人様ヲ離セェェェ!!』
「ふふ、どっちが先に落ちるかしらね……」
かつてない圧迫感。
ウワバミの横隔膜が潰れ、鎖骨が、肋骨が悲鳴を上げる。
(これはすぐにでもねじ切られる……)
歯を食いしばり、まだこの身よ
(蛇の執念を甘く見ないで! たとえ引き裂かれ窒息し心臓を止められようと! この「巻きつき」と「締め上げ」の勝負では負けるものか!)
「わーたーしーがー」
天から声が聞こえてきた。
「山を飛び越えて来た!」
それが着地した瞬間。
ドンッ、と重く、硬く、そしてどこか小気味の良い衝撃音が響いた。
ウワバミにはその姿は見えなかったが、その『匂い』で誰が来たかはわかった。
蔓が引きちぎられ、拘束から解放される。
ブチブチブチブチとエンドレスに続く草がちぎれていく音は、おそらく中庭全体にバラ撒かれたシロツメグサが吹き飛ばされているのだろう。
ウワバミは腹に残ったわずかな空気を振り絞って叫んだ。
「植物型!」
「
返事をした男が打撃姿勢をストレートから地を這うようなアッパーに切り替えた。
「
オールマイトの渾身のパンチを受けた
一体どこまで根を張っていたのか、ステージ全体を土どころかその下の基礎まで巻き込んで飛び、四百メートルほど離れた山の斜面に着弾した。
オールマイトは片腕でウワバミを抱き抱え、拳風に巻き上げられた
暴風が落ち着くと、遠くキラキラと
「うーん春一番! いい行楽日和だねこっちは!」
「あら、いままでどちらに?」
「北海道で山岳救助!」
オールマイトが周囲を見回す。
「んんっ? ヴィランは4人いるんじゃなかったかね? それらしい人が……」
「大丈夫です、あなたが吹っ飛ばしたので全部です」
「おおっとそうか!? よし、みんな、もう安心だ! 助けが必要なら周りに声をかけて! ここで私が見ているよ!」
──HAHAHA、と笑いながらオールマイトが周りのヒーロー達を労っている。
呼吸が落ち着いたウワバミは体を起こした。
「ウワバミ君、君も手当が必要だね」
「ええ、少しガンバっちゃいました」
「よく頑張った」
ああ、この人がなんでも背負って解決してしまうから。
私のようにヒーローのやり甲斐を忘れてしまう者たちがいる……
決してこの人のせいではないのだが、少し言ってやりたくなった。
「うふふ、甘やかさないでください。雁首揃えて無様なものですよ」
「ううむ」
でも、たとえばこのようにちょっと
これに日本のヒーロー達はみんな絆されてしまうのだ。
やっぱりこの人がヒーローの中のヒーローなのだと。
「助かりました。ありがとうございます、オールマイト」
オールマイトもニッコリとそれに応え、サムズアップした。
「──君たち! 大丈夫かい! さあ、お母さんのところに行こう!」
「よくここで我慢できたね! みんなすごいぞ!」
「もじゃもじゃのお兄ちゃんが助けてくれた!」
「おぶってくれたの!」
「あれ、いなくなっちゃった?」
「そうか、あの子が……あんな小さくてもやるじゃないか」
「さ、もう大丈夫だよ、そのお兄ちゃんみたいにお父さんお母さんのところに戻ろう!」
「うん!」
──考えるより先に体が動いていた。
オールマイトを見た瞬間、デクは
出久は自転車置き場に向かって走った。
その目には涙が溢れている。
「そうだよ……心なんだ……体なんだ……個性なんて関係なかったんだ」
今日の散々な一日には、不幸なんてひとつもなかった。
個性がなくてもやれたことが、ぜんぜんダメだった。
逃げ遅れてしまった。
逃げるべきところで、足が
言われないと動けなかった。
走るのが遅かった。
子どもをひとりしかおんぶできなかった。
そのせいでヒーローの足を引っ張った。
……ウワバミが死にそうになった。
彼は間近で見てしまっていた。
引き裂かれる寸前まで締め上げられたウワバミの姿を。
人が無事でいられる形ではなかった。
きっと大怪我をしてしまったのだ。
オールマイトがいなければ、今頃彼女は……
彼女は助かったようだが、その後の容体を知るのも、もう出久にとっては怖かった。
自転車置き場に着いた頃、それは
「かっちゃんが正しかったんだ……ボクなんかが……出しゃばるから……仕事の邪魔をして……」
「個性とか関係ない……ボクではなれない……ヒーローになれるわけない……」
「うっ、ううぅ、帰ろう……もう帰ろう……」
その日、少年は夢から背を向けた。
幼少期からの思い出と共に、心の奥底に仕舞い込むことを決めた。
(2023.04.03) ここまでお読みいただきありがとうございます。
以上、第一話になります。
4月の節目の勢いで見切り発車でした!
この先は一話をおおよそ4〜6本に分割して、週二回投降で進めて参ります。
第四話までプレ編で、五話からアカデミアになります。
四話以降は書き溜めがあるんですが、二話、三話で伏線を埋め込む作業が難航しております……