※第一競技が前中後編でまとまらないのでもう一本前後編をはさみこみます。我ながらひどい(´・ω・`)
【もくじ】
01.教師の思惑
02.うてな墜落
03.ダークホース(前)
※3にほんのりTSF要素があります。
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競技会場アリーナの外壁に設置された横幅が40メートルを超える大型液晶ディスプレイには、赤と白の二色に分かれた髪を乱しながら、向かい風の中を走る少年の姿が映し出されていた。
『さあ第一関門へと飛び込む先頭グループは……おおっといきなり独走状態だ! 先頭を走るのは1年A組
『スタート直後に通路を凍らせてまとめて足止めしたようだ』
競技フィールドを取り囲む観客の反応は、開会直後の熱を帯びているが、徐々に薄まり始めてもいる。
まだ全科の生徒が集う予選ということもあり、観客側も雑談や飲み食いをしながらのくだけた調子だ。
結果として第一競技で起きた『異常』が見逃されたのは、観客側にも例年、第一競技は地味な内容になりがちで、観覧者として気の抜きどころだという共通意識のおかげだった。
観客やテレビ視聴者が見たいのはヒーローの卵や雛達がその『個性』を活かして動き回る光景であって、一般的な高校生の青春風景は必須栄養素だが二の次でもある。
最初から見逃すまいと食い入るようにモニター見続けるのは、スカウト意欲に燃える一部のヒーローやその関係者、そして一部のむしろ青春のほうが見たい派の人間のみであった。
『そいつぁ派手だな! 後続はまだフリーズ中か?』
『いや、別の生徒が氷を虫に変えて大騒ぎになってる』
『
『これはちょっとお見せできません。放送コード的な意味で』
『HAHAHA! ソーリィー! スタート直後は毎年恒例の新入生やらかしポイントだ! オーディエンスも暖かく見守ってやってくれ! 見せられないけど!』
これに会場から少しのざわめきと笑いが起きたが、反応といえばその程度だった。
放送席はディスプレイの下に設置されており、観客席含めた場内を
会場側の実況を担当するのはヒーロー教師、プレゼント・マイク。
その補佐として同じくヒーロー教師にして、1年A組の担任である、イレイザーヘッド。
通常はこれにカメラや音声の制御をするスタッフも加わるのだが、今年はトップシークレットの案件が含まれているため、スタッフには別室からの補助という形をとってもらっている。
このため、放送室にずらりと並ぶ制御装置の操作は主にプレゼント・マイクが行なっていた。
『通路出口で動きがある。こっちはお見せできそうです』
『オゥラィ、まずは後を追う生徒達の様子を見てみようぜ! スタッフぅー、カメラ48のNにスイッチプリィーズ!』
プレゼント・マイクは機材を操作しながらのライブ実況というスタイルに性が合っているようで、競技と会場の雰囲気に合わせてめまぐるしく手と口を動かしている。
そんな
(本来であれば──)
相澤は注意深くモニターを注視しながら、行き届かない己の未熟を
一年生の競技は、例年通り、もっと地味な内容になるはずだった。
それは当然、まだ中学生から上がったばかりの幼い生徒達を衆目の目に晒すというのは、あまりにも酷だからである。
入学してくるのは全科まとめて、そのほとんどが目立ちたがりのヒーロー業界志望者だ。
それだけに、やらかしひとつで夢が
電撃的なオールマイトの教師就任。
これにより、メディアの注目を集めたところで、オールマイトの命を狙う
ここまでならまだ、
(これは、俺の責任でもある──)
相澤自身を含めたヒーロー教師達の気の緩みにより、反応が遅れ、生徒に負傷者を出したうえに一部の
捜査の手綱は警察に手渡すこととなり、ヒーロー教師達はほぼ全員、内心で歯がゆい思いを募らせている。
事件の直後、オールマイト本人が各方面の伝手を頼りに、矢面に立って記者会見を開いてくれたことで、各メディアの追及は比較的
ここで生徒達を隠すような動きをしてしまえば、かえって報道は加熱する。
『いいじゃないか。生徒らもまた戦い、身を
オールマイトは気楽にそんな事を言っていたが。
確かに
(だが、時代は変わった──)
かつては
市民の日常を守り、いつかは平和を取り戻さんとするヒーロー達の意思と犠牲は世紀をかけて受け
日本中に平和のムードが色づきはじめると、ヒーローの犠牲は大きく減り、かつての誉れだけが残った。
ヒーローは世間にとって「有望な就職先」となり、相対的に狭き門となってしまった。
経済的な需要が細り、人員が飽和したことで食い詰めてしまうヒーローの数は年々増加し、ヒーロー公安委員会は毎年少しずつ、ヒーロー共済金を値上げしつつ合格者を絞っている。
(半端に夢を追わせること程、残酷なものはない──)
狭き門、厳しい要件に立ち向かうには莫大な努力が要求される。それは当然のように人間の生活を搾取し、ひいては命を削る分量となる。
だから、時代が変わっても変えられない、春の終わりのこの行事。
雄英高校はこの体育祭にヒーロー科以外の生徒達へのメッセージを含めることにした。
雄英高校はヒーロー科に重心を置いている。
それは前提として、それでも学科に関係なくすべての生徒達を見ているし、それを
狭き門となったヒーロー業界、さらにその最高峰である雄英高校ヒーロー科に、実力ひとつで「編入」できる者など、実質的には存在しない。
それがわかっていて、それでも「編入」を夢見て飛び込んでくる大バカ者達がいる。
その半端ないエネルギーは、
だから早い段階で競わせ、終わらせる。
衆目の面前でヒーロー科とそれ以外の格差を見せつける。
第三者が見守る中で思い知らされれば、
この雄英高校がどのような性格の学校で、自分たちをどこへ導こうとしているのかを。
雄英高校としては、毎年一年生に与えるこの酷な洗礼の儀式を、できればエンターテイメントにはしたくないのだった。
(だが、それでもだ──)
それでも、雄英高校は体育祭で学年全科を競わせるし、『ヒーロー科編入』というシステムを残しているし、そのシステムを利用するケースがそこそこ発生している。
ときに、一念は精神肉体を
上澄みを
例えば、もしもこの雄英体育祭という衆目の場で、現役ヒーローでも踏みとどまりかねないようなこの状況で、ヒーロー科以外に「何か出来る」奴がいるというのなら、その時は……
「──そんな気持ちを精魂込めて、俺達教師が設計から製造に体を張ってテストまでやった第一競技4キロコース。生徒達にはこちらを存分にお楽しみいただく予定でしたが、それはスタート直後でおシャカになりました」
「そーいう愚痴はミュートでヨロシクぅ!」
今年はきっと、そんなイレギュラーが出てくる『当たり』の年だ。
これは今年の春、相澤を含めた、すべての教師達が覚えた予感であった。
────────
会場のディスプレイは映像が切り替わり、体操服は見えてもその中身は見えない少女、
その身体は透明だが、それでも体操服の下にほのめかされたシルエットは豊かで、会場の視線にぱっと熱が帯びる。
『さあ、独走する轟を追って入口通路から続々と出てくる生徒達! その先頭を行くのは……透明人間だ!!』
「うぉーっ、なんか知らんけど二位になってる! もしかして私、今、人生史上最高に目立ってるかも!?」
その体操服の中には何かが這い回っているようで、走るのとは別のリズムでわさわさと体操服を揺らしている。
『1年A組、葉隠透だ。通路で妨害を受けたがものともしていないらしい』
『オー、ナイスタフネス!』
なお、観客と実況の声は遠く、外周を走る生徒達からは明瞭に聞こえない。
その雰囲気が少しわかるかもしれないといった程度だ。
『おいおい、服の中重そうだな、そのまま走ってると……』
心配そうに言う相澤の声は届かず、内側に氷でできたムカデが張り付いたせいで、過剰な負荷のかかった体操ズボンの紐が解け、スルっと落ちてしまった。
「オワァーッ!!」
『おおーっと! アァクシデンッ! 葉隠のズボンが脱げたぁー!』
『言わんこっちゃない……』
葉隠は脱げたズボンに足を取られたが、かろうじて転倒せず踏ん張り、被害の拡大を
ちなみにテレビの電波へ乗る前に、センシティブな映像が入るとAIが自動判別してモザイクをかけるシステムを通過するので、実際チラっと見えてしまっていた純白のクロッチが全国放映されることはなかった。
『今年のアクシデント第1号! ここ2年は
『何言ってんだお前』
「ひええーっ、恥ずかしいよーっ!」
遠く、競技場の観客から届くざわめきが、葉隠の体操ズボンに呼応したことでさすがに自分の事だとわかったらしい。
アセアセと慌てて体操ズボンを上げようとする葉隠だが体表を
「恥ずかしいけど、私きっとチョー目立ってるよ! ジレンマだ!」
「いや、何言ってんの……」
バチンと弾けるような音がして、そのムカデにテープのようなものが張り付き、葉隠の身体からムカデが引きはがされた。
「さすがに見捨てらんねーわ……ちらっと見ちゃうのはゴメンな」
「あ、ありがとーっ、瀬呂くん! マジ助かった!」
ムカデの妨害がなくなった隙に葉隠はズボンを上げてようやく映像にモザイクがなくなった。
『葉隠を助けたのは1年A組
『競争の足を止めての紳士的行動だ! テレビの前で凍りついたご家庭もこれでもう安心だ!』
「うぇっ、なんだこのムカデ……」
瀬呂はテープに張り付いたままぎちぎちぐねぐねと
「気をつけてね、そいつ肌の上をめっちゃワサってくるよ」
「よくこれ耐えてたね!?」
「あはははっ♪ 葉隠さぁーん!」
上から聞き覚えのある笑い声がして、葉隠と瀬呂は空を見上げる。
「えぇっ、柊なの!?」
「出たなこのメンタァー!」
瀬呂は初めて見るその姿に目も飛び出そうな勢いで驚き、葉隠は怒りの叫びをあげながら拳を振り上げジャンプした。
「よきお姿でしたぁー!」
「このドスケベ! おぼえてろーっ!」
ふたりの上を、
その姿は普段みせていたものとは違い、頭には角が、背中には羽が生えている。
柊は満面の笑顔で旋回しながら挑発を残して飛び去っていった。
「悔しかったら、わたしを倒しにいらっしゃーい」
「誰かバスターライフル持ってこい!」
「ねぇよんなもん……」
『怪しく羽ばたく紫の六枚羽! 謎のフライングガールが追い越していったァ! そしてさらにその上からもうひとり……』
空に爆音が轟き、太陽を背にして黒い影が飛来する。
『開会式をヤベェ空気に変えたあの男がやってきた!』
それは遠くで実況に
「やっぱり飛べたなクソサド女がァ!」
「なっ、上から!?」
『爆音! 爆炎! ロケッツボーイがド派手な急降下だぜ!』
強い風圧を受けたその顔面は普段以上に引き
不意をつかれた柊は慌てて急上昇するが、落下速度が乗った爆豪も小刻みに『爆破』を繰り返した急旋回で追いつき、柊を射程に収めると爆炎を浴びせはじめた。
「トサカに、羽に、クソ
「足はそんなに太くないもん!」
「オラオラどうした、やられるままかァ!? ならばここで落ちて死ね!」
「ヒーローは死ねとか言わない! おまえが地面に顔を擦り付けなさい!」
爆豪に
そのままふたりは上昇し、爆炎と煙が尾を引く
『いきなり空中戦をおっ始めたぜ! ルール無用がルールとはいえ、こいつらもうレース忘れてねぇか?』
『1年A組の柊うてなと爆豪勝己。普段から犬猿の仲だ』
『またA組か! 他のクラスはどうしたぁ!?』
その声に応えたわけではないのだろうが、通路の出口から生徒の一団が飛び出してきた。
「くそ、ムカデに手こずったぜ!」
「轟との距離、およそ三百メートルか……してやられたな」
「
「まだ慌てることはない、余裕で巻き返せる距離だ!」
「やべぇ、オイラすげぇの閃いちまった! 八百万はどこだ?」
「
『アイヨ!』
「まだ何もしてねぇゲフゥ!!」
「
まず1年A組の男子がそれぞれ競い合いつつもかたまって走り、その後ろから女子がややマイペース気味に駆け出てきた。
「うわー、こうして見ると距離ヤッバ! 『酸』は温存しなきゃ!」
「ウチ走り切れるかなぁ……」
「景色を楽しみながら走るのがコツよ」
「その景色にげんなりしてまう場合はどうすればええの?」
「……いろいろ楽しみながら走るのよ」
「
「
『続々と出てきたが、今んとこ全員A組だな!
『持ち上げ過ぎじゃないかな』
『担任の先生シヴィーッ! ちゃんとオーディエンスの期待に応えてくれてるんだぜ! もっと先生が褒めてやんねーといけねーよなぁ! みんなそう思うだろ?』
「YEAAAAH!!」
『……まあ、頑張ってるな。だがまだ始まったばかりだ。ヒーロー科、A組B組の実力に差はない。このくらいは簡単に
『ザッツラィ! 一足遅れた他クラス諸君! みんなが君たちの追い上げを期待してるぜぇー!』
──柊と爆豪のふたりは地上から二百メートル近くまで上昇し、殴り合っていた。
できるならすぐにでも柊へのリベンジを果たしたい爆豪。
その爆豪に、そう自信があるわけではないがそこまで悪いとも思ってない容姿をけなされてご立腹の柊。
ふたりとも今が体育祭、競争の最中だとついつい忘れてしまっていたが、上昇し景色が開けてくると、先に柊の方が我に返った。
「ふふ……爆発君、あちらをご覧なさい」
「あぁ!?」
柊が地上を指差しながら言うので、爆豪は柊を視野に収めたまま、注意深くそちらを見た。
案の定、目線を動かした隙に蹴り込んできたので爆破でやり返す。
「バァカ! その手には乗らねーよ!」
「ちっ……ご覧の通り、第一関門、あれは『入試の再現』です」
柊が第一関門と呼んだフィールドは半キロ先、会場スタジアムを取り囲む外周の一角にあった。
直径はおよそ五百メートル。
所々で炎が上がる荒野の中に、巨大ロボットと赤黒い触手を束ねたような謎の巨大生物が取っ組み合いをしているのが見えた。
地上の様子は陽炎と砂煙で見えにくいが、人間より一回り大きいロボットが何体も
爆豪はそのロボット達には見覚えがあった。
記憶が確かならば、あの巨大ロボットも含めて、入試に出てきた
確かに柊の言うとおり、入試のリソースが使いまわされているようだが、そのロボット達はやたら
「あれこそが最初のふるい。あそこで
「それがテメェの見解かぁ? じゃあその辺のコナツブでしかないお前はここでふるい落とされてねぇとダメだなぁ?」
「ふふふ……できるものならやってみなさい」
「なにぃ!?」
柊が急加速し、それに機敏に反応した爆豪が『爆破』による弾幕を張る。
だが、柊は発生する爆風の影響圏外、その隙間を縫うような繊細な機動で爆豪に肉薄し、飛び蹴りを入れた。
爆豪はかろうじてガードは間に合ったが、飛行姿勢を大きく崩され、落下しはじめる。
「でも、その程度ですと、ここでリタイアするのはあなたかもしれませんねぇ?」
「クソがぁーッ!!」
罵声を飛ばしながら落ちる爆豪を柊は見下すように下卑た笑い声で見送った。
(しくった、忘れとった!)
『空を飛べる、
本気の空中戦では敵わない可能性が高い。
幼馴染の
爆豪の全力機動に匹敵する、鋭角の切り返しを次々と決めながら、邪悪な笑顔をした柊が迫る。
爆豪は迎撃しようとするが狙いが絞れない。
「さぁぁ、悪いことは言いません。あなたも地面を虫けらのように
「なめんなよクソサド女がぁ!」
「なめてません! 他のみなさんと一緒に、あなたも
爆豪が地面に蹴り落とされようとする寸前で、なぜか柊の顔面が爆発した。
思わぬ閃光に手をかざし、目を細めた爆豪は、さらに悪寒がして直感的に柊への目線を切り、背後に向き直る。
すると地上から空に向かって十数個の弾頭らしき物体が尻から炎と煙を吹きながらふたりに迫っていた。
「ミサイルだとぉ!?」
慌ててミサイルを迎撃しようとした爆豪だが、ミサイルは彼から離れていき、柊を追ってその間近で爆発する。
「えぇーっ!? どうしてわたしを!?」
紫の長髪を少し焦がした柊だが、不意打ちでなければそれに対応できるようで、空中を鋭く切り返しながらミサイルを回避していく。
だがその顔は焦りと困惑で満ちており、その無様な表情を間近で観賞した爆豪はちょっとだけ
「なんだ? あの女だけを狙った……いやちげぇわ!」
今度は爆豪の体を火線が掠めた。
初弾こそ勘で避けられただけが、そのひと体験で感覚を覚えた爆豪はすかさず回避機動を行う。
「……っぶね! これは……」
爆豪と柊を狙ったのは地上のロボット達だった。
そのマニピュレーターに取り付けられた機銃を発砲し、あるいは天板に搭載されたランチャーからミサイルを射出している。
『Сущность "Путешественник" найдена! Идентификационный номер - 1616161616161616...』
爆豪の真下で、地上に群がるロボットのうち一体が突然煙を吹き出しながら停止した。
(なんだあれ、バグってんのか?)
『Черт, он подтвердился! Не сканируйте этого парня. Вы вызовете переполнение стека!』
『Всем стрелять из всех орудий! Немедленно потушить огонь!』
『『『Ураaaaaaaa!』』』
地上のロボット達が謎の機械音でコミュニケーション取り合ったかと思うと、一斉に対空ミサイルを放ってきた。
今度は桁違い、百発以上のミサイルが同時発射され、地上を覆いつくすような噴煙を残しながら上昇していく。
「ちょ、それは無理ぃぃ!?」
「うおおおっ!?」
柊と共に驚きの声をあげた爆豪だが、一方で彼の冷静な思考回路は今起きている現象からある法則を見出し、打算を弾き始めてもいた。
(これは、判定がズレたんだ! あいつは「飛んで」いて、俺は「飛ばしてる」だけだと!)
雄英高校でさまざまなアシスタントを務めるロボット達は漏れなく自律思考型のAIが搭載されており、他機とコミュニケーションを取り合いながら自身の判断で行動しているという。
その高度な判断能力で、柊うてなは自由自在に飛行をしている一方で、爆豪は弾道飛行をしているだけだと判定したのだと爆豪は推定した。
そのためにロボットにとっての優先順位に差が発生し、対空攻撃の密度が柊うてなに偏ったのだ。
(つまり、あいつをオトリに! 俺様は悠々と距離を稼げる!)
勝負カンに優れた男である爆豪は瞬時にそこまで判断し、唇の両端を引き上げて笑った。
想定通りミサイルは爆豪の方には飛んでこず、柊だけを狙って飛翔していく。
爆豪は柊に向かってガッツポーズじみた勢いで中指を立てながら腕を振り上げた。
「ギャハハハッ! ザマァ! クッソザマァ! てめぇはそこで墜落してろ! 一位は俺が取っといたるわ! せーぜー這い上がってこいやぁ!」
「あーれえぇぇぇぇぇぇ!!」
柊は数秒粘ったが逃げきれず、ミサイルの爆発に巻き込まれて大輪の花火に包まれた後、
その様子をバカ笑いで見届けながら、爆豪は地上からの機銃掃射を爆風で軽々と受け流しつつ、第一関門フィールドの中央まで飛び込んでいった。
『Feindliche U-Boote identifiziert』
柊をけなすのに夢中だった彼は、そこに全高十五メートルを超える触手型生物が待ち構えていることに気づくのが遅れた。
──その一方、会場の観客たちはディスプレイに映し出されたその光景を見とどけた後、観客席から同じ方角と思われる空の
『えー、説明いたします』
放送席から会場全体へ、相澤のどんよりとした声が届けられる。
『今年の生徒で百メートル以上の高度を飛んで行けそうな生徒は五人。彼らには飛んでもいいけど大変な思いをしてもらう方向で、ロボットさん達に対空砲を装備してもらいました。威力はあくまで非殺傷レベルです』
『非殺傷にしたって、あんだけ数まとまると火力ヤバくないか?』
『たぶん、柊ならギリ耐えられるかな。たぶん……USJ基準なら……』
『それはそれでスゲェな!』
そこまで明るく喋ってからプレゼント・マイクは音声を切り、椅子を蹴って立ち上がり、隣の椅子で腕を組み
「ってか理由が苦しいよイレイザー!」
「スマン」
「どうなってんだ? なんで柊が真っ先にやられてんの?」
「わからんが、おそらく……あいつなんか設定ミスったな?」
────────
自分より能力で劣る者が、自分より評価されることに納得がいかなかった。
「ひとりも見つからないとか! みんなどの辺にいるんだろう?」
定期テストの成績はいつも1番。
何かの文系コンクールに作品を出せば最優秀賞。
それが中学卒業までの彼女の日常であった。
彼女は自分より劣るものが、たまたまメンバーに恵まれて成果をあげたり、たまたま困難な出来事を乗り越えたりして、能力に不相応に評価されることが気に入らなかった。
そんな少女が、周囲と折り合いをつけたフリをしながら最終的に望んだのは、付け入る隙のないほどの栄達。
具体的に言えばトップヒーローの称号である。
「ルールはなんでもあり。あいつらだってそこまでバカじゃないんだ。気づいたはず」
そしてもちろん、それに至る経歴も完璧でなければならない。
雄英高校とは、彼女の完璧な経歴のスタートラインでもあったのだ。
だが、彼女は入試に、ヒーロー科に合格できなかった。
ここでもやはり、自分より頭脳で劣ると思われる者達がより高く評価され、合格していった。
「今年の競技は、ヒーロー科以外全員リタイアさせるつもりだって」
結果を知ったときにはじめて知らされた隠し評価基準、レスキューポイント。
自分が獲得できた総合成績は、想定される合格ラインより数ポイント下だった。
これに気づいていれば結果は違っていた。
気づいてさえいれば……
「協力し合うのは前提なんだ。そして、『私たち』はそれにもうひとつ加える必要がある……」
そう思うとやりきれず、彼女は他校のヒーロー科ではなく、普通科に入学した。
現実的には実現し得ないとわかっていながら、十立方メートルの三次元空間のどこかに浮かぶ縫い針に目隠しで十五分以内に糸を通すような、細い、細い可能性に
だが、入学して一ヶ月が経ち、今は少しだけ考えが変わっている。
「これは『私たち』がどれだけ理解したかの確認だ。誰かは知らないけれど、この学校には『私たち』を見てくれている人がいる」
では、あの時、自分はなぜ気がつかなかったのか。
いや、そもそも本当に気づかないといけないものだったのか?
きっかけは、同じ思いを抱いて入学した仲間達と、もうひとりの少女との出会いだった。
「もぉーっ、あの子はどこにいったのよ? 先行っちゃったの? でもあの上背で見つからないなんてありえる?」
百八十センチの長身を頼って、上の方ばかり見ていたのが少女の失敗だった。
──結局、少女が探していたもうひとりの
心操は通路の端で頭を抱え、座り込み、うずくまって震えていた。
その背中にうっすらと霜が降り、体操服が濡れている。
見知った顔の男子生徒が膝をついてこわごわといった様子でそれを介抱していた。
その男子生徒が少女の顔を見つけて、助かった、と言いたげな表情をした。
「遅いぞ」
「あんたらを探し回ってたんだよ!」
「そいつはすまん」
スタート直前まで元気いっぱいだった1年C組で最高身長の女子生徒は、見るも無惨に
その落差に、少女は思わず息をのんだ。
「虫苦手だったの?」
「いや、素手で豪快に潰してたぞ」
「それがどうして?」
「突然倒れこんでしまって、そのままずっとこの調子なんだ。何か小声で
「おっけ、だいたいわかった。ちょっと離れていて」
「それなら、俺はみんなを集めてくる」
「……できればB組の集団に追いつきたい」
「急げということだな?」
男子生徒はニヤリと笑みを浮かべ、親指を立てて見せ、駆けていった。
その姿が見えなくなると、少女は心操の背中に抱きついて、その耳元に口を寄せた。
「大丈夫?」
「……思い出したんだ」
「えっ?」
心操は小さな声だが、その言葉ははっきりしていた。
おそらく、本人は最初から聞かせるつもりで声を出していたのだが、聞き取れる音量になっていないだけだった。
その顔は真っ青で、身体も冷え切っているが、心臓だけが異常に高鳴っている。
それは何か言いようのない、恐怖にうち震えている様子だった。
「俺……俺……もう、とっくに心が折れていたんだ……」
「そっか……思い出したんだね」
少女はすでに聞いていた。
心操は雄英高校を受験した後の記憶を失っているということを。
その時失ったものを取り戻そうと
だが、少女からすれば、その失われた記憶が良いものだとは思えなかった。
そう案じたとおり、心操は最悪のタイミングでそれを思い出し、今その恐怖に溺れてしまっている。
(……いや、もしかしたら最高のタイミングだったのかもしれない)
少女の瞳の奥に閃きの光が灯った。
心操が先に行かず、まだこの通路に残っていたこと。これは幸運かもしれなかった。
背後の少女の様子が変わったのに気づかないまま、ぼそぼそと、心操はうわごとのような無感情で語り続けている。
「学科試験が終わったときには、これはもうダメだなって。周りはみんな俺よりガタイが良くて、勉強もできそうな奴ばかり。難しかったけどなんとかなりそうだよ、なんて揺るぎない穏やかな口調で話してやがった。それで『個性』もきっと、俺なんかより立派なんだぜ」
「なんで男子と比べてんのよ?」
それを聞かされても、少女は特に驚かなかった。
「やっぱり、実技試験は受けなかったんだね?」
「気づいてた?」
「そりゃあ、実技の試験会場、説明会で姿を見た覚えもなかったし……」
心操の頭を撫でながら少女は語る。
「それに、あなたほどの人でも落ちる理由があるとすれば、そんな所かなって。うっすらとは感じてた」
「はは……やる前から諦めるなんて、ダサいよな……」
心操は力無く笑った。
少女はその笑顔を見て、痛ましい気持ちになったが、実際それどころではなかった。
おそらく、相応の実力がなければリタイアさせられることが前提のこの競技。
ヒーロー科以外の学科の生徒が勝ち抜けるには、運も必要だし時間制限もある。
少なくとも、A組から出遅れたらしいB組に追いつかないと、その勝負の舞台に上がることすらできないのだ。
「そう、諦めた。その帰り道で、俺は『手帳』を拾って……」
少女はその言葉を
「それで、どうするの? リタイアする? 私はあなたを引きずってでも連れていきたい気分なんだけど?」
そうずけずけと言いながら、心操の冷え切った顔を
その表情はいつになく虚ろだったが、まだ目は死んでないと気がついた。
その作り込まれた顔は、何度見ても、惚れ惚れするような「仕上がり」だった。
恥を捨てて、15年の人生ですっかりねじくれて凝り固まったプライドも捨てて、土下座で頼み込めば、そのお化粧のコツを教えてもらえるのだろうか?
もっと仲のいい友達になれるだろうか?
どんな形でも、努力は裏切らないのだ。自分自身がその成果から目を逸らさない限り。
それを理解できる人間が見れば、惚れ惚れするような何かが残る。
そしてその何かは、努力の続く限り活き続けるのだ。
だが、他人が、そのまた他者のそれを活かしたいと思ったときはどうすればいいのだろうか。
他人行儀な評価を越えて、その努力に直接、華を添えるためには、さらにもう一歩だけ歩み寄らないといけない。
それは、本人にとって大げさでもなく、パーソナリティの内側における王朝の交代を意味する。
またの呼び名を『滅私』という。
それは文字通りの大げさな言葉ではないが、文字通りの痛みを伴う行為なのだ。
「いや……いくよ。行かなきゃ」
心操は少女の目を見た後、どこか焦点の合わない、虚ろな目をしたまま、よろよろと立ち上がった。
「俺、
「そんな無理をするのもどうだろうね?」
少女はその左腕を取り、その身長差に戸惑いながらも、少しでも支えになればと肩を貸した。
「それに、あこがれる気持ちは、消えなかった……心は折れても、あこがれは残っていたんだ……」
眉をハの字にして、弱弱しく苦笑いする心操に、少女は今まで誰にも見せたことのなかった笑顔を返した。
「よかった。そのつもりならたぶん、あなたを連れていってあげられる」