デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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木曜日に予定していた分です……(日曜日分は4/23AMに投稿予定)

【もくじ】
01.デクと変節者
02.デクと侵入者たち



(11)デクとミルコ

 

01.デクと変節者  

 

────────

 

 

斜めに差し込む強い日差しが影を圧縮し、影はその光量に目を細める市民たちの認識を欺きながら街を横切っていた。

 

その日、緑谷(みどりや)出久(いずく)田等院(たとういん)のとある雑居ビル、その屋上に居座り双眼鏡で周囲を眺めていた。

 

彼の雇用主であるヒーロー、Mt.(マウント)レディは雄英(ゆうえい)高校で行われている体育祭の警備に駆り出されている。

今年、この全国区のイベントには彼女以外にもシンリンカムイやデステゴロなど、近隣の有力なヒーローが半数近く集まっているらしい。

 

この警備体制は例年にない規模だが、雄英高校は直前に(ヴィラン)事件の被害に逢っており、それを踏まえると想定通りでもあったようだ。

 

ただの警備なのに久々のメディア露出だと大張り切りのMt.レディは今朝事務所で1時間近くかけてメイクを直した後で意気揚々と出掛けていった。

デクはその留守番である。

 

とは言っても、休日のデクが事務所で出来ることはせいぜい掃除か電話番。

なぜなら事務員の人が土日祝日はお休みだから。

 

市民の目から見るとMt.レディの相棒(サイドキック)として活動しているデクだが、実際には現場に立ち入るだけでヒーロー活動はやっていない……ということになっている。

 

書類上アルバイトである出久は責任者の直接的な監督の元、あるいは正式な委託契約をしない限り業務の代行ができない。

そして無資格、しかも未成年である出久に対して正式な業務委託の契約書は発行できない。

よってデクは責任者が同室していなければ事務所の窓口すら開くことができない。

 

主にお金の周りでうしろめたいものを抱えているMt.レディ事務所はそれが発覚することを恐れるからこそ表向きの体裁は完璧であった。

 

デクはMt.レディを見送った後、事務所の固定電話を自分の端末へ転送するようにしてから施錠して外に出た。

今日のデクに課せられた仕事はMt.レディが出張っている間、街を見守るパトロール兼電話番である。

 

 

──尻ポケットに入れていたスマートフォンから着信音が鳴り、出久は発信元を確認した後で通話モードに切り替えた。

 

「もしもし、こちらMt.レディ事務所です……はい……ええ……変質者?」

 

実際にはこのように電話越しでの通報や相談の応対に、Mt.レディ不在時は人目を忍んでの監視パトロール。

そこで事件が起これば事務所名義で関係各所に通報連携、さらには「お使い」と称した、Mt.レディの活動により壊れたり壊したりした建物に関する保険屋・警察への報告と資料説明まで。

出久の平日放課後に合わせて予定は組まれ、稼働時間に対して利益の少ない業務はガッツリと委託されていた。

 

Mt.レディと事務員さんはそうして空けた稼働時間にアイドルめいた巡業を差し込み、臨時の売り上げを増やして資金繰りを改善しようという魂胆であった。

 

「あぁ……それは確かに話しかけづらいですねぇ。わかりました、こちらから人を送りますので……はい、それではしばらく様子を見てあげてください、お願いします」

 

出久の社会経験は年齢相応に未熟だったが、対人スキルの総合値はともかく共感する必要のない事務的ビジネストークならばわりと度胸が働くという行動的オタクの素養を持ち合わせていたため、この業態の異常に気づかずホイホイ指示を聞いては勤しんでいた。

 

「マスクは……ひとりだし、無しのほうがいいかな」

 

出久はコスチュームと機材の入ったバッグを置いて、ビルの階段を降りていった。

 

 

──十分ほど歩いた先の公園では、通報を受けたとおりの光景が繰り広げられていた。

 

「いっくよぉー!」

 

女の子の元気な掛け声。

その公園の一角では、幼い少女が遊具で遊んでいた。

 

「しゃあっ! 来いやお嬢ちゃん!」

 

そしてその下では、出久と同い年か少し上くらいの女が、べったりと仰向けで地面にへばりつき、なかなかお高い機種のデジカメを構えて幼い少女を下からのぞきこんでいた。

 

「あははっ、おねえちゃん、また変なポーズしてるぅー!」

「おおーっ! ナイスアングルじゃ! ええぞー、お嬢ちゃん、そのまま滑り降りるのじゃ!」

「きゃははっ! わぁーい!」

「はあぁぁっ♪ こ、これじゃあー! わしはずっとこれがやりたかったぁーっ!!」

 

白黒ゼブラ柄のニット帽をかぶり、丸眼鏡をかけた少女はスカートの丈がやたらと短く、じたばたとはしゃぐ細い脚の根本で白いコットンが砂まみれになっていたが、出久は無防備なそれを目に入れても何もピンと来なかった。

 

そして、カメラを愛するオタクのひとりとして、そういう傾向の変態に関する知識を有していた出久は流れるような手つきでスマートフォンの緊急通報をフリックした。

 

「もしもし……公園でローアングラーの変態女が小さな子に悪戯(イタズラ)を」

「そこの小僧待てぇぇい!!」

 

それに気づいた女が慌てて止めに入ったが出久は止まらなかった。

 

「……はい、そうです、駅裏のお寺の隣にある公園です。よろしくおねがいしまーす」

「待ってくりゃれ! 弁解の機会が欲しいのじゃぁー!」

 

出久は地面を這いずるようにして足にすがりついてきた変態少女の襟首を(つか)み、ひっぱり上げた。

ほっそりした見た目よりも、さらに軽々と持ち上がったその女はすんなりと立ち上がり、身長差で背伸び気味となる。

目の高さを合わせた出久は幼馴染(かっちゃん)の真似をして眉間に(しわ)をよせ、女にガンを飛ばして見せた。

 

「聞いたところによるともう二時間近く、道ゆく幼女を(あめ)で釣っては、とっかえひっかえお(たわむ)れになっているそうだけど?」

「な、なんのことかなァ……」

 

しらばっくれた女は目が泳いでいた。

よく見れば、丸縁の眼鏡は鼈甲(べっこう)細工の高級品だ。

その中でカラーコンタクトを入れたのだろうか、とても鮮やかなグリーンの瞳が小刻みに動き回っている。

その目は明らかにこちらの隙を探し回っていたので、出久は警戒心を一段階引き上げた。

 

「……通報を受けたということは、お主ヒーローじゃな? 非番かの?」

「どうかな? でも『使われた』ら、対応変わっちゃうかもしれないね?」

「ぬぅ……そんな手慣れとったら確定じゃろがい」

 

こいつは常習犯だと出久は推定した。

『個性』犯罪とヒーロー活動の法的な成立要件を熟知している。

それだけ「お世話になってる」手合いだということだ。

 

そして、出久のハッタリに対する反応から、使ったらそれとわかるタイプの『個性』だと判明した。

さらに言えば『個性』を発動するだけでやり過ごせるような都合の良い能力でもない。

『無個性』の出久だったが、そこには付け入る隙があった。

 

法律で『個性』の使用が原則禁止とされた理由は、当時の差し迫った事情に拠る。

『個性』の内容によっては、それを使ったかどうかを立証できないケースがあった。

特に超常黎明期(れいめいき)と呼ばれる時代は、『個性』犯罪の立件が現行犯以外では極めて困難だった。

ゆえに原則使用を禁止とし、『個性』の届出を義務とし、『個性』の使用を許可制とし、その功罪を問わず社会の雰囲気として『個性』の濫用(らんよう)に忌避感を持たせるしかなかったのだ。

 

「すきぁりぃぃっ!」

 

突然、女が奇声とともに身体をねじるような姿勢で回転したかと思うと、凄まじい速さで蹴り足が伸びてきた。

 

「いやバレバレ」

「なにぃっ!?」

 

出久がその動きを読めた理由は単純であった。

まだ女の襟を引いたままで、女が密かに行ったつもりの体重移動を感じていたから。そして出久がよく知っている足技を繰り出してきたからである。

その飛び後ろ回し蹴りの勢いに逆らわず、出久は上半身を大きく反らしてそれをかわし、伸び切った足を取ってそのまま倒れ込んだ。

 

「バカな! わしの『超高速ソバット』が!?」

()()()()()()、僕の世代の男子はみんな真似してるんだよね」

「くうーっ! 見せすぎたかぁ〜!」

「キミのはかなり再現度高かったよ」

「なんじゃその上から目線は! わしがオリジ……」

 

出久は女の話を聞かず、女と自分の足を組み、裏4の字固めの姿勢に移行した。

 

「おい待て! お主それ自分も痛いやつじゃろ!?」

「うん、拘束が目的だからね」

「アダダダダッ! 待って、取れる、取れちゃう! 足が取れちゃうのじゃー!」

 

抵抗し、よく暴れるうえにスカートが全然仕事をしていないその女に対し、出久は紳士的に関節技をかけて拘束し、そのまま警官が来るのを待つことにした。

 

堪忍(かんにん)じゃーっ! 仕方なかったのじゃー!」

「性犯罪者はみんなそう言うんだよ!」

 

 

──そのまま駆けつけた警察官に突き出し、警察署まで同行して軽い事情聴取を受けた出久は、最終的にその女と共に警察署を出ることになった。

 

「まさか本当に14歳とは……」

「あっぶねぇ〜っ、作っといてよかったわい……」

「何か言った?」

「なんもなのじゃ!」

 

女は持っていた学生証から中学生であることが判明し、身元照会も問題がなかったため、厳重注意のち釈放ということになった。

たとえどんな年齢性別でもこいつはアカン、という認識で応対した強面(コワモテ)の警察官と出久の心はひとつとなり厳しい尋問が行われたのだが、女はビビりつつものらりくらりと言い逃れを続け、そのうちに身元が判明してお開きとなってしまったのである。

 

「しかもなんで雄英体育祭の入場パスなんて持ってるんだよ……」

「わしの貴重な時間を取らせよって! ()び代わりに駅まで案内せいっ!」

 

その身なりから想定はしていたが、この女、これで相当のお嬢様らしい。

ベージュ調の高級ブランドのジャケットにチェックのフレアスカート。

その下は白のハイソックスに明るい色をした革のパンプス。

同系色で地味な装いなのに、妙に華やかなのは服の生地が良いせいか、あるいは首から上が派手なせいか。

ニット帽を取った女は艶やかな黒髪を綺麗に切りそろえたおかっぱ頭で、その両側から長く伸びた竹の葉のような形の耳──いわゆるエルフ耳──がのびていた。

その耳たぶには繊細な金細工のピアスがつけられ、少女らしからぬ趣味の丸眼鏡がさらなるアクセントとなっている。

 

美人ではあるが、それ以上にとにかく良く手入れされている、あるいはお金がかかっているという印象だった。

ちょうど最近、Mt.レディの手によりかなりいい感じに仕上がりはじめた同僚(しんそう)を見ていたので特にそう感じる。

格差社会の現実を見てしまった出久は最後の意地とばかりに女を脅した。

 

「次顔見たら速攻で通報するからね?」

「さっきはちょっとはっちゃけてただけじゃ! わし普段はもっと紳士じゃから!」

「紳士て」

 

出久は言い訳ではなく本当に道に迷っているらしい女を駅まで送っていた。

それは親切心というよりも、この女にはもうとにかく速やかにこの街を出ていって欲しいという気持ちである。

 

 

──強くなった日差しが歩道の路面に反射してその明度を上げ、暑苦しさを覚えるようになった。

気づけばすっかり緑葉が生い茂るようになった街路樹はその根本に深い影を作り、視界に飛び込む強いコントラストが次の季節を思わせる。

 

田等院(たとういん)の駅前はいつも通り、少し寂れたような雰囲気を醸しつつも、自動車と道ゆく歩行者の声で騒がしい。

高架の上を駆け抜けていく電車を見上げながら、その女はため息をついた。

 

「はぁー、あんな普通電車、乗るのもすっごい久々じゃのー」

 

この女はこのように何を見ても立ち止まっては物思いに(ふけ)りはじめる。

一体どんだけ箱入りなんだろうと出久は(いぶか)しんだ。

 

「どうしてひとりで電車乗ることになったの?」

「今日は近くのホテルに泊まっておったんじゃが、寝坊したらなんかリムジンにタクシーまで全部三時間待ちだったのじゃ」

「ああ、連休でしかも体育祭だからね……」

 

適当に相槌を打ちながら、出久はやたら道草を食おうとする女の手をぐいぐい引いて歩く。

 

「そんなら電車にでも乗るかと適当に歩いとったら、けがれなき太陽のごとき高慢ちき天使(エンジェル)たちの集うドキワクパラダイスに迷い込んでしまったのじゃ。わしはなんも悪くないのじゃ」

「もしもしポリスメン?」

「待って!?」

 

そこに、突然横から声をかけられた。

 

「あー、いたいた。お前が『デク』だな?」

「ええっ!?」

「げぇっ!?」

 

ふたりにとって、声をかけてきた相手はよく知った、それでいて最大級に想定外の人物だったので、同時に目を皿のようにしてぎょっとした。

 

「ミッ、ンミ゛ッ……!」

 

まず目立つのはまっすぐ上にのびた長い耳。

白い毛に覆われたそれを巻き込むように銀色の光沢を持った白く長い髪が、よく鍛えられた褐色の肌の肩から背中へと流れ落ちていく。

戦意と扇情のバイラテラルな攻撃性が溢れまくるきわどいレオタードでさらに攻撃的にカッティングされた胸部と腹筋を包み込んだ、コスチューム姿の女性ヒーローが立っていた。

 

出久は幼な子のように目を輝かせ、若干キモい顔で歓喜した。

 

「ミルコだぁ!!」

「お主あいつとリアクションそっくりじゃのう……」

 

そのヒーロー、ミルコは出久と女を交互に見て目を細めると、両手を腰にあてて挑発的な口調で詰め寄ってきた。

 

「お前、仕事サボってナンパとはなかなかやるなぁ?」

「いえ、違います」

 

出久は遺憾(いかん)の意とばかりに表情を殺して隣の女を指差した。

 

「この人、性犯罪者予備軍です。顔覚えといてください」

「はぁ?」

「お主なんてこと言うのじゃ!」

 

ミルコが出久の眼前まで近づいてきた。

映像媒体ではいつも、元気いっぱい画面いっぱいに映り込むその身体。

こうして生で見ると意外と小さいなと出久は思った。

背は出久よりも低く、百六十センチあるかないかといったところだ。

それでいて露出した肩や腕は出久よりもがっしりしている。

特に(もも)の筋肉量は陸上部で瞬発力を鍛え抜いた出久と比べても倍はあるかもしれない。

 

「まぁいいや、お前を探してたんだ。すぐ見つかってよかったよ」

 

うっすらと微笑むミルコの視線は明らかに出久を品定めしている。

 

「あの……どうして僕のことを……?」

 

ミルコはそれに答えず、いきなり左足でハイキックをしてきた。

 

「うおわっ!?」

 

出久は慌てて隣の女の頭を庇いながらその蹴り足を腕で受け止めた。

が、その足に重みはなかった。元から寸止めだったらしい。

 

「んー、どことなくシロウトくせぇなぁ。まあ見えてるならいいや。合格」

「な、何を……?」

「コレ」

「あっ!?」

 

足を戻したミルコが背負っていた黒いリュックサックを降ろし、出久に差し出してきた。

それは出久がビルの屋上に隠してきた、コスチュームと機材一式の入ったものだった。

 

ミルコはそれを手渡しながら出久の耳元に顔を寄せ、すんすんと小さく鼻を鳴らした。

 

「お前のだろ? ニオイでわかったぜ……」

「うっひぃぃぃ!」

 

急接近され、思わず嗅いでしまった香水の香りに出久はおもわず背筋をピンと伸ばした。

 

「相変わらずその気なしに男を惑わすえちえちモンスターじゃのぉ……」

「何か言ったか?」

「なんでもないのじゃ! ほんじゃあわしはこれで! 世話になったな小僧!」

 

女はそそくさと、さっきまでの徘徊(はいかい)老人ムーブは何だったのかと言いたくなるような俊敏さで駆け去っていった。

出久はその女の背中を指差しながらミルコに説明した。

 

「『個性』は使ってなさそうでしたけど。あんな感じでずっと挙動不審だったんです」

「なるほどわかった」

「あと、サインいただけますか?」

「同業者にはやらんと決めてる」

「オーゴッド!!」

 

出久は天をあおぎ、絶望に(むせ)び泣きながら頭を抱えて両膝をついた。

その目から(こぼ)れ落ちる涙の量に若干引きながら、ミルコは握り拳に親指を立てて後方を差した。

 

「ついてこい。車で移動するぞ」

 

 

 

02.デクと侵入者たち  

 

────────

 

数分後、出久はミルコと隣り合わせで車の後部座席に座っていた。

 

「到着マデ30分ホドニナリマス」

 

ロボットの運転するタクシーはすでに高速道路に入り、西へと巡航している。

 

「でも、なんで僕を……?」

 

出久はコスチュームに着替え、『デク』の姿になっていた。

シンリンカムイと同じコスチュームにパチモンマスク、その頭頂部からもじゃっと飛び出した緑色の髪で差別化している。シンリンカムイの厄介ファンという設定である。

そんな偽物のヒーローと化したデクは、隣のシートで足を組んでスマートフォンの画面を操作しているミルコから説明を受けていた。

 

塚内(つかうち)さんからの紹介だ。今日はお前が空いていて、あの辺をパトロールしているだろうとな。移動のついでに拾っていくのに都合が良かった」

「あぁー……」

 

その一言でデクはいろいろと納得した。

 

デクは明言こそしていないがMt.レディの相棒(サイドキック)という名目で彼女に同伴し、様々な事件現場に顔をだしている。

 

その中でも名前と顔を覚えられるに至った警察関係者のひとりが塚内警部であった。

デクはMt.レディの指示で心操(しんそう)人使(ひとし)に関する件も塚内に報告しており、すっかり顔見知りとなっている。

落ち着いたら会ってその件で話をしたいとも言われていた。

 

お前の上司(Mt.レディ)がなんかゴネまくってたけどとりあえず押し通した。今日は私とチームアップを組んでもらうぞ」

「はい……まあ、僕としてはみんながいいならそれでって感じです……」

「覇気がねぇなぁ」

「ははは……」

 

デクの立場としてはもはや何を言ってもボロが出てしまいそうな感じなので、とりあえず流れに任せておいて、ややこしくなる前にうまいことバックレるチャンスを待つしかなかった。

 

「私たちは増援チームとして雄英高校に向かう」

「はい」

 

それは想像通りだった。

今日この辺でトップヒーロー、No.7(ナンバーセブン)が投入されるとしたら現場はそこしかないだろうなと。

 

「お前に期待してるのは『眼』と『足』ともうひとつ……体育祭の会場に(ヴィラン)が紛れ込んだ」

「ええっ!?」

「まあ、そこまでなら毎年恒例らしいけどな。そのメンツが厄介だ」

 

ミルコは手に持っていたスマートフォンを見せてきた。

そこには四名の顔写真がサムネイルで並んでいた。

 

ひとりはニュースでよく見る凶悪(ヴィラン)、通称『ヒーロー殺し』だった。

その隣には見覚えがまったく無いが、なんとなくヤクザっぽい風貌をした男。

その下には顎と目元に大きな火傷の痕がある黒髪の男。

そして最後のひとり。

 

「うえっ……」

 

デクはマスクの下でおもわずうめき声をあげる。

それは見覚えのある女性……ショッピングモールで遭遇した(ヴィラン)のひとり、通称『トガヒミコ』だった。

塞がってはいるが、皮膚の上に白い線を描いて残っている、いくつもの切り傷が(うず)いた気がした。

 

「察したか? 今ん(トコ)、コイツと接触したことがあるお前はレア(モン)なんだ。塚内さんはその経験を買ったってことだな。ざっと説明してやるけど、詳しくは現場で動きながら本部に聞け」

「はい」

 

ミルコは左上のヒーロー殺しの写真を指差した。

 

「とはいっても、さすがにコイツは面が割れ過ぎてる。通報が2件立て続けに来たからリストに上がってるけど、続報もねえし見間違いじゃないかって話だ」

「まあ、本当なら今頃大騒ぎですよね」

「私としちゃこいつが大本命なんだが」

「くわばら……」

 

ははは、と軽く笑いながら、ミルコは親指と人差し指で残り二人の男性を差した。

 

「こいつらは雄英高校の防犯カメラに映った。右上のオッサンは天蓋(てんがい)壁慈(へきじ)。いわゆる殺し屋ってヤツだ」

 

出久はさらっと「殺し屋」というワードが出てきたことに戦慄(せんりつ)する。

短めに刈り込んだ髪に、細目が印象的な強面の男だった。

 

「個性は『防壁(バリア)』。こいつは見つけても絶対に手を出さず、すぐに離れて私に知らせろ」

「わかりました」

「もうひとり、こいつは厳密には(ヴィラン)じゃないらしいが、放火殺人未遂の容疑で手配されてる。名前、身元、『個性』もろもろ不明。こいつを見かけたら職質に持ち込め」

「はい。テロの阻止を最優先ですね」

「そうだな……目に力がねぇし、そう大それたことをやれる奴じゃねぇだろうが、念の為ってな。そんで最後。私が塚内さんにアシスタントを要求した理由はコイツだ」

 

ミルコは右下の女の写真を指で弾く。

その女の画像だけは生写真からのスキャン取り込みらしく、すこし映像がくすんでいた。

 

「トガヒミコ、連続殺人犯。例の事件で『エノルミータ』関係者としても手配されているが、全く足取りが(つか)めない。とにかく(カン)が鋭くて、何かあるとパッと消えちまう。追跡能力に定評のあるヒーローが何人も失敗した。私を含めてな」

「しかも個性が『変身』ですからね……どうして潜り込まれているとわかったんですか?」

「会場内スタッフの名簿にコイツの名前があった」

「ガバガバじゃないですか」

「これがこいつの犯行パターンさ。あえて同姓同名の別人になりすまして、社会に平然と紛れ込んで獲物を探している。厄介だろう?」

「ああ、なるほど……」

 

出久は自分が襲われたときに見た、トガヒミコの凄絶な笑顔を思い出していた。

ついでにその下の柔肌(ヤワハダ)も思い出したが頑張って意識から追い出した。

 

目的も、理由も、本人の口からねっとりと説明されたが全く理解できなかった。

それでも、なぜだかわからないが、自分にまっすぐに向けられたあの笑顔にはどこか忘れ難いものがあった。

自分に何が求められていたのかを知りたかった。

 

「何か執着心のようなものがありました……もしかしたら、向こうから接触してくるかもしれません」

「そいつは最高だな。私らの担当は競技場の外周だ。おまえと私はとにかく歩き回って、こいつらを発見したらどうにか接触。『匂い』だけでも拾ってくれれば満点だ」

「僕、そこまで鼻はよくなくて……ああ、すいません、サンプルを取れと?」

「そういうこと。嗅覚(きゅうかく)での追跡に関して、雄英には私以上の凄腕(プロ)がいるらしい。説明は以上な」

 

そこまで言うとミルコはがばりと両足を上げて、隣に座るデクの膝の上に乗せ、そのまま横に寝転んでしまった。

 

「ちょっとぉ!?」

「寝るわ。着いたら起こしてくれ」

「どどどうやってぇ?」

「シリかモモを(たた)けばいいよ」

「できるわけないでしょぉー!」

 

「シートベルトヲオ締メクダサイ」

 

運転席でロボットが、前を向いたまま控えめな音量でそう言ったが、ミルコは構わず目を閉じてしまった。

 

車を降りる頃には出久の全身の筋肉は緊張と硬直でバキバキになっていた。

 

 

──予定通り30分後に車は到着し、先に降りたデクは軽くストレッチをしながら、雄英高校の外縁部に建てられた巨大な校門を見上げていた。

 

人通りは少ない。

まだ始まったばかりの時分のはずだが、観客の大半はきっちり入場を果たして観戦中。

遅れてきた観客がまばらに入門している程度だった。

 

遠く、門の向こうの空からは低い音の声援が聞こえてくる。

 

「ここが雄英高校……ヒーロー科の最高峰か……」

 

生で見るのは初めてだった。

あこがれのヒーロー、オールマイトの母校。

ヒーロー科に行くなら絶っっ対雄英! と思っていた時期もある。

 

緑谷出久にはもう二度と届かない場所だった。

そう思うと忘れていた喪失感が呼び起こされ、ほんの少しだけ感慨がよぎった。

が、ミルコがデクの後頭部のもじゃもじゃ部位に手を突っ込んでぐしゃぐしゃとイジりはじめたので正気に帰った。

 

「政府からは『これは通常業務ではない』と言われている」

「はい?」

「体育祭を止めないことを最優先に行動しろ、とのお達しだ」

「……」

 

言いたいことはわかる。

このイベントは、国民を鼓舞するための催しとして、政府によるすさまじいテコ入れがされている。

『個性』の出現により、プロスポーツというものがほとんど廃れてしまったこの時代においては、かつてのオリンピック、あるいは甲子園の代替と位置付けされるほどの祭典なのだ。

 

デクの後頭部を弄ぶ手を止めて、機敏な足取りでミルコは校門に進んでいった。

デクは慌てて彼女の後を追う。

 

ミルコの背中はそのほとんどが白く長い髪に覆われ、その頭頂より先に長い耳が伸びている。

その耳はぴくぴくと向きを変えながら動いており、辺りの音を聴いてまわっているらしい。

 

校門を抜けた後も、複数のセキュリティゲートを通過した。

平時であれば、この多重のゲートが(ヴィラン)の行く手を阻むのだろう。

だが、この祭典の日だけはそのゲートが一般開放され、警備が緩んでしまう。

 

ゲートを抜けるとようやく、歓声に沸く競技場のスタジアムが見えてきた。

 

競技場は学年ごとに三棟建てられている。

その間を通す通路に沿って、屋台やフードコート、各企業の持ち込んだ小規模なイベントブースが展開されていた。

 

その空に突然、盛大な爆音と共に無数の火球が膨れ上がり、火花と黒煙を散らして空の一角を覆った。

一年生の競技場の周りで何か起きたらしい。

デクはその轟音にぎょっとしたが、ミルコは慣れた調子でそれを見上げながら歓声をあげた。

 

「ははっ! 今年も派手にやってんなぁ!」

 

周りを歩く観客も驚きより歓声が(まさ)っている様子だ。

そんなお祭り騒ぎの雰囲気に包まれ、仕事で来たつもりのデクもついワクワクとしてしまった。

ミルコの方を見れば、そんなデク以上に上機嫌となっている。

歯を見せニンマリと笑みを浮かべながらその一帯を眺めた後、ミルコはいつもの自信に満ちた表情で言った。

 

「構うこたねぇ。いつも通りやろうぜ」

「……」

「未来のヒーローのための祭典で、ヒーローがヒーローらしくやらねぇなんてねぇわな」

「そうですね!」

「まず蹴っ飛ばす。考えるのはその後でいい!」

「はい!」

 

正直それもどうかと思ったが、それがミルコ流の気合いだとわかっていたので、デクは元気よく返事をした。

 

(いつだってそうさ。まずは救けてからだ!)

 

 

──そう意気込んで警備を開始したデクだが、それから十分も経たずにトラブルが発生した。

 

それとなく物陰に紛れ込み、誰も気づいていないことを確認してから無線機能のあるインカムのスイッチを入れる。

 

「本部、こちらデク。手配書にあった、火傷をした黒髪の青年を発見しました。二年生競技場の東ゲート近くです」

『こちら本部。座標を確認した。遊撃チームを送る。気づかれないように注意しつつ、そのまま追跡してくれ』

「了解」

 

その指示には新人扱いであるデクへの配慮が含まれていた。

ありがたいと思いながら、デクは監視を続ける。

 

その男は白いTシャツの上に黒いジャケットを羽織り、黒いズボンを穿いていた。

べったりした質感の黒髪をヘアワックスで根本から持ち上げて、最低限の身だしなみとしているようだが、毛先はバラバラで適当にセルフカットしていることは明らかだ。

 

よく見ればジャケットの袖もズボンの裾もボロボロで、裸足に黒いローファーを履いている。

露出した手首足首は黒ずんだ火傷の痕があり、全体的なシルエットは黒ずくめに見えた。

あの格好でよく中まで通してもらえたなと感心する。

あるいは、正規の入り口から入場していないのか。

 

人混みからやや外れた場所を歩くその男は、ふらふらと頭が動く、安定しない足取りで、そのボロボロの服装も相まってゾンビのようであった。

その背筋は伸びており、足運びもしっかりしているにもかかわらず。

表皮の火傷だけではなく、身体のどこかを──おそらくは、複数箇所の関節を──痛めているのだと推測する。

 

(写真じゃそこまでわかんなかったけど、ヤバいぞ、あの人……)

 

あんな満身創痍(まんしんそうい)で、一体何をしにここへ来たのか。

そこにはなんらかの強固な意志を感じざるを得なかった。

 

そこはかとない危機感を覚え、距離を詰めようとした出久の前を、不意に人が横切った。

 

よく見る派遣会社のロゴが入ったツナギを着て帽子を被り、大きな不織布(ふしょくふ)マスクを着け、腰には掃除道具を満載にしたツールベルトを巻いて、ゴミ収集用のキャスターつきカゴを押す男。

雄英高校がこの体育祭のために雇った臨時の清掃員だろうか。

 

「……!」

 

ふと目に入ったその横顔を見て、デクは思わず硬直した。してしまった。

 

デクがその顔を見たのは二度目だった。

前に見たのは、小学校を卒業した翌々日。

挫折に沈む少年を曲芸で慰めてくれたあの男。

 

デクはその男の正体を後からニュースで知った。

 

(ひっ……ヒーロー殺し!?)

 

まずいと思ったデクは必死で平静を装う。

清掃員を装うその男の前で動揺するそぶりを見せれば、こちらがその正体を見破ったことがバレるかもしれない。

 

その男の刻んだ数字が、そのままその男の能力を表していた。

プロヒーローと真正面から斬り結んで殺傷せしめるような化け物に、『無個性』のデクが対抗できる手段など何もない。

 

デクは何も気づいていないフリをしながらその男とすれ違った。

互いに黙々と通り過ぎようとした瞬間。

デクが少し気を緩めようとする寸前に、その声は発せられた。

 

「俺の擬態(ぎたい)を見破ったか……」

 

デクは思わずぎくりとしてしまった。

さすがにもうごまかせないと思いつつ、最後の悪あがきをする。

 

「!?……あ、あの、何か?」

「しらばっくれなくていい」

 

どうやら即ぶった斬られる感じではなさそうだ。

男の言葉に甘えて出久はさっと距離を取り、通路に面した建物の壁を背にして向き合い、往来を空けた。

まだ積極的に騒ぎを起こすつもりはない、という意図は伝わっただろうか?

 

できればこのクソ雑魚『無個性』を取るに足らないと思って見逃して欲しい、とデクは弱気になって期待したが、残念ながら目の前の犯罪者の眼光は完璧に真剣だった。

 

「名を聞こうか、新人ヒーロー?」

「……デク」

「……それは概念か? 信念か?」

「は?」

「そのヒーロー(ネーム)に刻む、お前の意思を尋ねている」

 

よし時間を稼ごう。

デクはとりあえずハッタリでもいいからなんか答えることにした。

 

「……ヒーローは、何もしない役立たずと(ののし)られるくらいでちょうどいい」

「ハァ……つまりは、平和か……それがお前の信念。概念へと成り果てる覚悟……」

 

ポイント稼げたかなと期待したが、返ってきたのはさらに厳しい眼光だった。

 

「だが、さもしいな」

 

そう言いながら、男は目に留まった床の汚れをモップで拭き取りはじめた。

 

「ヒーローが卑屈になってどうする。純粋であれば、その道はおのずと賞賛と尊敬で満たされるのだ」

「そこまで承認欲求ないんで」

「ハァ……まあいいだろう」

 

デクは掃除をする男の背中から、何かが膨れ上がったのを感じた。

 

(やば……)

 

そして、師──いまはなぜか同居人となっているあの女──が修行中にぶつけてきて、思春期のデクをちびらせたアレはやっぱり本物のそれだったと認識する。

 

その気配を表す言葉は、殺気。

 

「ヒーローと(ヴィラン)、出会ったならば、渡り合うが道理」

「はは」

 

デクは唐突に放り込まれた土壇場(どたんば)に、思わず笑ってしまった。

男は中腰で行っていた掃除の手を止めて、ゆらりと背筋をのばす。

 

「ただの日銭稼ぎ。騒ぎを起こすつもりはなかったが……」

 

男が自らの背中へと手を伸ばす。

その殺意に()まれそうになったデクは、横から肩を(たた)かれた。

 

「ちょっと、あんたヒーローだろう?」

「は!? え、あっ、はい」

「何おびえてんだい? 度胸がないねぇ」

 

声をかけてきたのは高齢の女性だった。

ロックバンドのロゴが入ったTシャツにジーパン。

真っ赤なメッシュの入った長い黒髪をゴムでまとめて、その上からバンダナを巻いている。

その若々しい着こなしは顔に深く刻まれた(しわ)に似合わず、それでいてどこか様になっていた。

 

「ちょいと来てもらってもいいかい? うちの店で()め事が起きちまったのさ」

「あ、はい」

「無法松……だと……」

 

その女性の姿を見たヒーロー殺しは目を見開き、驚いていた。

その場に漂っていた殺気はすでに霧散している。

 

「出所していたのか……」

 

そう(つぶや)く男に向けて、長身の女性がデクの頭越しに何らかのサインを送ったのを感じた。

それを見たヒーロー殺しはこちらに背を向け、何事も無かったかのように立ち去っていく。

 

「ほら、こっちさ、来ておくれよ」

 

デクは女性に手を引かれて移動した。

その時、デクはまだ動揺しており、半ば放心状態であった。

 

 

──それから十秒も経たずに連れ込まれたその場所は、屋台の並ぶ通路の裏に立てられた仮設テントのひとつだった。

八畳間くらいの広さをしたそこは休憩所と倉庫を兼ねているようで、テーブルの周りにパイプ椅子が四脚置かれ、壁にはぎっしりと段ボール箱が積み上げられている。

テントの外からガソリン発電機の駆動音が低く鳴り響いていた。

 

「あの、ありがとうございます」

「危なかったねぇ」

 

あまり察しの良いほうでないデクでも、流石に助けられたと気づいていた。

薄暗いテントの中に立たされ、手持ち無沙汰な気分になったが、自分が仕事中だったことを思い出す。

 

「そうだ、連絡しなきゃ!」

 

デクはすっかり忘れていた無線連絡をしようと耳に手を伸ばしたが、いつのまにかインカムを失くしていた。

 

「!?」

 

驚き、インカムが失われたタイミングを想像して女性の方を向けば、案の定、インカムは女性の手の中にあった。

その小さな機械を手の中でもてあそびながら、女は含みをたっぷり込めた笑顔でデクをじっと見つめている。

デクは気を引き締めなおし、毅然とした口調で女性に声をかけた。

 

「それ、返してもらえませんか?」

「もちろんです。ですが、助けてあげたので、いくつか取引をしたいのです」

「のです!?」

 

聞き覚えのある口調に嫌な予感がしてデクは制止しようとしたが、何の効果もなかった。

 

アイスクリームが熱で溶けていくように、女の身体の表面ががどろりと崩れ落ちていく。

そしてその中から女の顔が現れ、鎖骨が現れ、肩が現れ、乳房が現れた。

 

そうして中から出てきた全裸の女は、それを恥ずかしがり、手で隠しながらも、嬉しそうな笑顔でデクをからかった。

 

「デクくぅーん? またヒーローやってるぅ、いーけないんだぁ♪」

「ああっ……もうとっくにキャパオーバーなんだけど!」

 

デクはパトロール開始から十分で、捜索対象となった四人のうち三人を発見してしまった。

 

 

 






【あとがき】  トップにもどる

※Mt.レディのアイドル巡業……「僕のヒーローアカデミア すまっしゅ!!」より
※エルフ耳……「ヴィジランテ」の相澤先生過去編でクラスメイトに褐色エルフさんがいるので、たぶんそんなに珍しくない異形。
※7話全体としてはここが折り返し地点になります(ただし文字数がそうとは限らない)
※次回、1年B組の猛追!
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