「わぁっ、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツだ!!」
「出たわねキティ! サクサク確保ぉーっ!」
ワイプシの四人が山林の捜索を開始してから二時間後。
四人は対象の推定
ピクシーボブが地面に手を置くと、その数秒後、少女の周囲の地面から土の柱が伸びだした。
柱の側面から枝が伸び、格子状に連なり、最後に天井が出来て
「わわっ!」
少女が慌てて格子を
草は土でできた格子の中に根を伸ばし、芽を出し、さらに草を生やして広がり、やがて格子をボロボロに破壊した。
ピクシーボブはその様子を観察する。
(その判断力はやっぱり
今のは目くらましと軽い足止めで拘束の意図はない。
それを見たまんま対応した少女の未熟さにちょっとほんわかしてしまう。
彼女の個性『土流』は土の動きを操ることでこのような成形も可能だが、その場の即興では土をそこまで強固にできず、精密操作が可能でも、それ以上に質量の暴力でゴリ押しするのが得意だ。
四人はそれぞれ強力な『個性』を持っているが、個々の対人戦闘能力は他のトップヒーローに比べるとそれほど高くなかった。
四人はそれをチームワークで補い、上位ランカーの一角を担う成果を上げている。
この遭遇においてもすでにその必勝パターンが始まっていた。
まずピクシーボブが先手を取り、ラグドールが
マンダレイと虎は同時に動いて前衛を務める。
今回は
その間にラグドールが
ラグドールから他の3人に向けては無線チャンネルがひとつオープンにされており、彼女が提供する情報を元に、声を掛け合いながら
仮に分断されたり乱戦になった場合はラグドールから随時提供される位置情報に基づいてマンダレイが、彼女の個性『テレパシー』で指示を出す司令塔となることでチームワークが維持される。
しかし、今回はその戦術の要であるラグドールが動揺したことから綻びが始まった。
『な……この個性……ちょっと……何?』
相手の『個性』が難解でラグドールからの情報が遅れるケースはままある。
マンダレイが『テレパシー』を使いラグドールに声をかけた。
『いいわラグドール、わかる範囲でいいから教えてちょうだい』
マンダレイの声でラグドールはすぐに持ち直し、自身の判断を伝えた。
『ごめんっ! マーク完了、みんな
ラグドールからの撤退指示は原則遵守、というのが四人のルールだった。
中・長距離で攻守共に万能なピクシーボブがいる限り継戦能力は保たれる。
情報共有に多少のもたつきがあってもじっくりと交戦を続ければいい。
それでもラグドールが撤退を判断したということは、ラグドールが見通した
また、彼女達には撤退のリスクがほぼ無いという理由もある。
マークした人物を追跡可能なラグドールと、四人を土流に乗せて高速移動できるピクシーボブの二人がいる限り、何度でも仕切り直せるという圧倒的な強みがあった。
ここまで織り込み済みだった冷静な司令塔、マンダレイが『テレパシー』で指示を引き継いだ。
『いったん距離を取りましょう。ラグドールは先導、私そのフォロー、ピクシーボブは土流ぶっぱして後退。
少女を取り囲もうとしていた四人が突然バラバラに走りだした。
それを見て慌てる少女の横から小さな異形が現れる。
「おや、逃げるみたいだね」
「あれ、隠れてたのでは?」
「なんかバレちゃったみたい」
「お、追いかけなきゃ!」
少女が何かをしようとしゃがみ込んだところを、ピクシーボブが作り出した土の波が襲った。
「わぷ!」
「もひとつオマケよキティ! 土魔獣!」
ピクシーボブが何やらポーズを決めながら地面に手を置くと、少女を飲み込んだ小規模な土石流が一ヶ所に集まり、四足歩行の獣の形を成した。
『ああっ、ピクシーボブ、それダメェ!』
ラグドールの焦った声が無線から響く。
「え?」
『おすわり』
少女に襲い掛かるよう操作したはずの土魔獣が後ろ足を折り畳み、座り込んてしまった。
少女の手に何か長いものが握られているのが見えた。
『とってこい』
『ハッ、ハッ、ハッ……』
少女が得物をピクシーボブに向けると、土魔獣が荒い呼吸をしながらピクシーボブの方を振り返り、大きく口を開いて駆け出した。
「ウッソォ!!」
「ぬうんっ!」
Uターンしてきた土魔獣に、ピクシーボブが食いつかれそうになったところを虎が庇う。
その巨大な顎に挟まれたはずの虎は、ぬるりと体を複雑に曲げて抜け出した。
「ここは任せろ!」
「ゴメン!」
虎が土魔獣に立ち塞がり、ピクシーボブは足元の土を操作して高速での逃走を始めた。
虎が
だが、そんな虎に向かって前方から二本の木が倒れ込んできた。
「ぬおお!?」
虎から見ると二本の木の枝が網の目のように重なりながら自分に向かって落ちてくるようだった。
虎の個性『軟体』は彼の全身を柔軟にする能力で、細長くなったり平たくなったり、骨格を無視してかなりの融通が効くものだったが、さすがにこの体積の暴力から即座に抜け出すというのは困難でそのまま木の下敷きとなった。
「やった! 虎さんつーかまーえた!」
「虎!」
ピクシーボブが引き返そうとしたが、虎はそれを大声で遮った。
「我に構うな! 行け!」
虎は生き物のように這い回り、自身を拘束しようとする木の枝に対し、殴る蹴るの抵抗を続けていた。
──その死体は頭を撃ち抜かれていた。
「ハァ……物騒だな……」
森の中でそれを見つけた男、ステインは背中に隠した刀を
鞘の先端で遺体の頭を押すと、それはごろり、と逆を向く。
何かが後頭部から入って、側頭部から抜けている。
刃物や矢、そして投石の類ではなく、おそらく銃弾によるものなのだろう。
彼にその場でそれ以上の判断はできなかった。
「知識に無い大口径……
軽く検分を終えたステインは、刀を肩に担ぎ、ゆっくりと辺りを見回した。
そこは杉の木が並ぶ、かつての人工林だった。
杉は成長し、来たる収穫の時を待って、さらに何十年も経ったのだろう。
ささやかに地面まで届く緑の陽光は、かろうじて苔のみを養い、それ以外の草花はほぼ死に絶えている。
淡色系にまとまった静かな森の光景に、全く似合わない鮮やかな血の匂い。
それを嗅ぎ取ったステインは慎重にここまで足を運んだつもりだったが。
(誘い込まれたか……?)
そう読んだステインを
「Lサイズの隠れ
「零点だ」
ステインの肩から鞘が飛んだ。
残った刀はそのまま上段の構えから一閃、落ちてきたそれを三つに切り分ける。
しかし、それは切られたことを意に介せず、身を
「何が零点だバーカ! とっくに勝ち確なんだよぉ!」
それは喋る、泥のような何かだった。
泥の塊と呼ぶには崩れ過ぎていて、泥水と呼ぶには粘り気が強かった。
確実に悪臭を放ちそうな色をしたその泥は、流動を続けながら人間の上半身を形作っている。
それはステインの頭を抱き込むようにすると、口の中へと入り込んでいった。
「すげぇ斬撃だったぜ! 前のが
泥の中から目と口のようなものが現れ、
「なぁに、苦しいのは約四十五秒……すぐ楽に……あ……あれ……?」
ステインに取り付いていた泥が、突然、重力に逆うのを止めてどろりと地面に流れ落ちた。
「う……動かねぇ……なんでぇ……?」
ステインは口の中に残った泥を吐き出し、立ち上がった。
「ハァ……その
「ハヒッ!?」
ステインの個性、『
その時間は血液型により異なるが、血液型とは体内に酸素を運ぶ赤血球の型に由来する。
この泥のような異形の中にもヒト由来のそれがあり、そのためにステインの『個性』から逃れることはできなかった。
「世には居るものだな……俺の『個性』に
──彼はそこで初めて
そして直感した。
(やべぇ、ご同類だ……)
自分と同じ人殺しの類。
だがおそらくはその理由が違う。
そして確実に殺した人数の桁が違う。
彼の『個性』には人に寄生する能力がある。
完全に掌握するためには対象をヘドロの身体に沈め、意識を奪う必要があるが、完全でなくともある程度取り込んでしまえば対象の身体だけではなくその『個性』まで利用できる、強力な『個性』だ。
しかし、寄生の条件が成立しなければ彼はヘドロでできた身体をした、底辺中の最底辺の異形型『個性』をもった人間にすぎない。
普段は護身のためにいろいろなものを取り込んで
人外の異形ではあるが呼吸を全くしないということはなく、泥が乾けば弱るし、食事は人並みに必要だ。
当然、ここまで死に迫る憂き目にも幾度となく遭遇してきた。
生きていくためには危険でも犯罪でも『個性』を利用せざるを得なかったし、必要とあれば殺しもやってきた。
だからこそ、彼は目の前の相手が格上らしいと解るとすぐさま手の平を返した。
「申し訳ありませんでしたぁぁ!! 見ての通りオレはただのクッセェ汚ねぇヘドロ人間でごぜぇやすぅぅぅ! どうか命ばかりはお助けをぉぉぉぉぉ!!」
「そう自分を卑下するな」
「ひいっ!」
「肥えて丸まった
そう言った男はその長い舌でゆっくりと自分の口の周りを拭った。
「ひぃぃ、変態だぁぁ……」
──数分後、ヘドロの男はやたらとビビッドな色をした半透明の袋に詰められて木の枝にぶら下げられていた。
自分をそうした相手に向かって必死に助命を訴えている。
「殺さないでください!」
「その状態でも喋れるのか」
「助けてください!」
「お前は裁かれるべきだ……が、俺はこの手で川底を全て
その男は立ち話をしながら、目だけを動かし、辺りに視線を這わせている。
その両手はだらりと弛緩したように見せているが、指先はホルスターに収まるナイフの柄に掛かっていた。
「この剣は正しき社会へ導くために振るう。故に、お前を血の
「えっ?」
「……利用価値を考えているということだ」
「何でもします! 助けてください! お願いします!」
「保留だな」
その男は木陰に腰を下ろした。
「さすがに撃ってはこないか」などと小声で物騒な台詞を吐いていた。
ヘドロの男は自分の事情を洗いざらいぶちまけていた。
他人に寄生して強盗したこと。
警察に追われ逃げていること。
逃げてこの森の中に入った途中で何者かに撃たれたこと。
「あ、あのー、それで、話は変わるんですが……」
ヘドロの男は、自分が閉じ込められている袋の色と感触が気になっていた。
ものすごく嫌な予感がする。
「今オレが詰められているこの袋ってもしかして」
「コンドームだが?」
「ぎゃあぁぁぁやっぱりぃぃぃぃ!!」
びたんびたんとコンドームの中身が暴れ出した。
「イヤアァァァ出してぇぇぇ!!」
「騒がしい奴だな……」
──
忘れ物を取りに行った、ショッピングモールからの帰り道。
その途中にある川は南アルプスから流れ込む一級河川で、下流も下流であるこの辺りだが、水は音を立てて早く流れ、まだ清流と呼んでも差し支えない透明度を維持している。
堤防にまばらに植えられた
「何も磨いていない、かぁ……」
コンクリートの斜面に座り、出久は先ほど不審な
出久はヒーローになるための努力は自分なりにしてきたつもりだったが、実際のところその内容は漠然としていた。
ヒーローになるための前提である『個性』が無かったからだ。
だが、今の出久はヒーローの要件である『個性』とは別に、求められる物がまだあることに気づいている。
そこまで考えたところで、出久は自分の頭を両手でひっぱたいた。
「うう、まだヒーローになるつもりでいるぞ僕は。そういう事じゃないんだ……」
今の自分にその資質はない。
そう念じながら、言い聞かせながら、それでもせめて、と考える。
昨日の苦い記憶がフラッシュバックする。
それでも、あんな思いはしたくない。
「うん……そうだな。何かあったとき、人を
出久はカメラを手に持って立ち上がった。
「何かを磨く……マスターするっていうことなら、やっぱこういうのがいいかな」
カメラを近くの橋に向けて、ディスプレイをのぞき込む。
その橋は歩道と車道に分かれた、何の変哲もない普通の橋だが、カメラ初心者の出久が被写体にするにはちょうどよかった。
マニュアル一夜漬けで操作方法はあんまり覚えていないが、プロのカメラマンになったつもりで、なんかそれっぽく適当にズームしたりパラメータをいじったりしながら、シャッターチャンスを窺う。
そうしていると、ディスプレイに、橋を渡る女性が映り込んだ。
(
出久は思わずディスプレイを凝視した。
女性は画面の中央近くまで進んだところで、急に足を止め、こちらを向いた。
(わっ、気づかれちゃった!?)
レンズ越しの鋭い眼光に出久は縮み上がった。
女性は厳しい表情でにらんでいたが、出久の姿を認めると、眼光を緩め、しかし硬い表情のまま、ピースサインをした。
『撮っていいぞ』のサイン。
唐突にカメラを向けられたプロヒーローがよくやる反応だ。
これは撮らないと逆に失礼だ、と気づいた出久は慌ててシャッターを切り、ディスプレイに撮影完了のアイコンが出ると、すぐにカメラを下ろして頭を下げた。
卒業式の練習が思わぬところで役に立った、と思いながら目一杯頭を下げる。
顔を上げると、もう橋の上には誰もいなくなっていた。
(多分、あの人ヒーローだよな)
出久はその女性に見覚えがなかったが、女性ヒーローは早い時期に引退する人が比較的多い。
自分が六歳のころから毎年入手しているヒーロー年鑑より前の世代の人かもしれない。
「おお……」
先ほど撮った写真を確認すると、思わず声が出た。
先ほど思わず
「もしかして、こういうことなのか……?」
自分を取り巻く外の世界に向けて、何かを働きかけ、何かを作り出していくこと。
それはなんと危うく、なんと思い通りにならず、そしてなんと鮮やかなのだろう。
次にこのような成果を得るために、どれだけ備え、どれだけ走り、どれだけ待つことになるのだろう。
出久はカメラを持って立ったまま、しばらくの間、思いを馳せていた。
春休み。少年がようやく手にしたささやかな成功体験は、その後の少年をどっぷり
※最後のシーンで登場したお方についてですが、本作においては犯行後捕まらず逃走したという設定でよろしくお願いします(エピソード回収はだいぶ後になるため……すみません)
※本作のヘドロさんは準レギュラー。今後もひどい目に遭っていただきます。
「実は女性だった」とか来たらどうしよう、などといらぬ心配をしながら、来週のジャンプを楽しみにしております……
(2024.01.19 追記) 大丈夫だった。ヘドロさん再登場ってもう一年近く前なの!?