デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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(2024.01.19 追記) ※まほあこ原作4話(アニメ2話)のシーンを再現してます。


第二話 ワイプシvs怪人サド女(4)

 

「点と線が(つな)がり……ハァ……俺は『奴』が動いたと確信した……」

「はい」

 

ヘドロの男は、ちゃぷちゃぷと音を立てながら、持ち運ばれていた。

彼は偶然にもその森にいる人間達の中で、もっとも正確に全体の状況を把握しつつあった。

 

彼のヘドロでできた体は、ゴムでできた半透明の袋に包まれている。

その袋の内側に塗られた破損防止用のローションはヘドロの身体と混ざらず、ヌルヌルしていて不快感を覚える。

いくら自分の身体より清潔でも嫌なのであった。

早く出たい。とにかく出たい。彼はそればかり願っていた。

 

「俺は影の実践者。ならば、光は? と奴は問いかけてきた」

 

ヘドロの男を片手で持ち運ぶ、その男は足を止めて片膝をついた。

地面についた痕跡を辿っている。

 

「そう、オールマイトの終焉(しゅうえん)。その先に光の実践者は続くのか。純粋なる正義は生き続けるのか? そういう問いだ」

「はい」

 

それはわずかな痕跡だったが、彼にもついさっき出来た(わだち)だとわかった。

二輪車のそれに近いが、こんな森の中でそれが急に()()()わけがない。

それに似た『個性』を持った者が近くにいる。

 

「奴はオールマイトをいかに終わらせるか、と説いてきた。悪くない着眼点だ。だがそれは公安も案じている。奴らはオールマイトを偶像化しようとしているのだ。最善でも、最悪でもない、無難な対策だ」

「そうですね」

 

これは十中八九、公安が派遣したヒーローの移動した痕跡だ。

この男から知らされたことだが、昨日、近くの商業施設で大きな(ヴィラン)事件が起きたらしい。

 

そのヒーローと、彼を捕まえたこの男、二者がその(ヴィラン)を追っている。

 

「俺はそうなる前に、一刻も早く(わだち)を残すべきだと説いた。後に続くべき者達を導くのだ。遅きに失してはならないと」

「はい」

 

「その問答は三ヶ月続いた」

 

男は、ある方向に向かって、歩調を早めて進んだ。

 

程なくして林道に出る。

あの痕跡からどうしてそう結論付けたのかわからないが、その方角はあまりにも正確だった。

公安が設置したと見られる臨時監視所のカメラが稼働している。

 

彼は自分の想定より公安の捜査規模が大きいことに戦慄した。

 

(公安のドローンまで出張ってやがる! 大物(スーパーヴィラン)扱いされているのは誰だ? 俺か? こいつか? 昨日暴れたという(ヴィラン)か? それとも……)

 

男は歩調を変えないまま、悠々とカメラの背後を取り、林道を横切る。

 

「ある日、俺と奴はようやくひとつの合意と決裂に至った」

「はい」

 

「俺は血の(わだち)を完成させる。奴はオールマイトを()()()()()()()()()

 

最後にもう一人。

自分が寄生していた犯罪者を射殺した何者か。

その者の狙いが、裏社会に寄生して生きてきた彼にはよくわかっていた。

自分を運ぶこの男が、その死体から回収した()()

()()自体はヤバいが、存在は露見しているものであり、それを手放した自分が追われる可能性は低いだろう。

 

つまり、自分がこの場を生存するには、最低でもこの男から逃れる必要がある。

 

「だがな」

「ヒッ!」

 

男が、その手の中にあるコンドームを握る手に力を込めた。

 

「解釈違いがある。英雄とは、自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない」

 

彼には、この男の激昂するポイントが全然わからなかった。

 

「だが、『奴』はもはや動き始めた。まさかこのようなやり方をするとはな」

「はぃ……」

「見極めなければ。偽物ならば……粛清対象だ」

 

林道を横切ってから五分も経たずに、何か聞こえてきた。

不規則で、しかしながら人工的なリズムで、何かがぶつかり合う音。

彼にもそれが戦闘音だとわかった。

男は走り始めた。

 

「交戦になる。役に立って見せろ。そうすれば今は捨て置いてやる」

「は、はいぃ……」

 

そしてこの男の目的は……

要するに、自分が運営するサイトを荒らした犯人を特定したから今から会いに行く、ということらしかった。

彼の体からちゃぷん、と水の音がした。

 

 

──ワイプシメンバーの一人、虎は尋問を受けていた。

 

……という(てい)で、待ち人が同じなので、おしゃべりに付き合っていた。

 

ちなみに彼はいまだ拘束されたままであり、抵抗の結果逆さ()り状態になっており、コスチュームも負荷がかかって決壊寸前のままである。

 

「小娘がどうでもいいことばかり聞くからだよ。何だよ我のトップアンダー差って!」

「……今年のヒーロー年鑑に書いてなかったんです」

「どの年でも書いてないでしょうよ!」

「虎さん、今年の冬はSNSに寒い寒いって書いてたから、あったかい下着をプレゼントしようかなって……」

「小娘……トゥンク……でも(ワレ)、ブラは着けてないから」

 

虎は、どうにもこの小娘からプロヒーローへのリスペクトを感じるのだ。

このような()()()(ヴィラン)行為に至る理由は大抵、その生まれ育ち、そして『個性』の難しさが原因である。

 

「小娘よ、お前本当は自分の力を試したいだけだろう?」

 

彼自身も経験があったため、どうにも親身になってしまうところがあった。

 

「戦ってからでもいい、投降しなさいよ。それからでも、更生すればプロヒーローになれるぞ。この我がそうだからな」

「うーん、その通りなんですが、いろいろと事情がありまして……」

 

その目が少し泳いだのを、虎は見逃さなかった。

 

「脅されているのか?」

「あっ、えーと、それもアレなんですが……なんというか……楽しくなってきちゃいまして……えへへ……」

 

少女のはにかんだ笑顔を見て、虎はため息をついた。

 

「我はお前の『個性』をよく知らないが……この後は期待するような戦いにはならんよ」

 

この子も自分の『個性』に自信があるのだろう。

それは、少女の周りを固めている、百体近い木製人形の群れを見れば納得できる。

木人形の兵隊達は、恐ろしい生々しさを以て、じっと少女の意を伺っていた。

まるで、一体ごとに個別の息遣いがあるような……

 

「今頃、我の仲間がお前の『個性』とその弱点を丸裸にしているだろう。ラグドールの『サーチ』はすごいぞ。どんなに強い(ヴィラン)でも、我らの必勝パターンが決まったときは絶対に『卑怯(ひきょう)だぞ』って言うからな」

 

「ふふ……楽しみです」

「皆そう言うんだよなぁ」

 

それまで人形のようにじっと座っていた異形(ヴェナリータ)が、宙に浮いた。

その手が一方の方角を指す。

 

「来るよ。三人だ。すごい速さだね。あと十秒とちょっと」

「はい」

 

「小娘よ、事情は知らん。だが、人並みの人生まで諦めることはないんだよ」

「……ありがとうございます」

 

大量の土石が流れ込み、少女達を取り囲んで逃げ場を(ふさ)いだ。

 

「来ましたね……真正面から……なっ!?」

 

そのひときわ高く盛り上げられた土砂の上から、三人が姿を現した。

 

「煌めく眼でロックオン!!」

「猫の手手助けやって来る!!」

「キュートにキャットにスティンガー!!」

 

「「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」」

「「「幻のサマー・ニャンニャンスタイル!!」」」

 

どぉぉぉん、と、少女の心象背景に爆発音が轟いた。

 

三人は、布面積の低いビキニに、三毛猫のモチーフが描かれたパレオを巻いた、揃いのコスチュームに着替えていた。

手足の武装はそのままだが、実質水着姿であった。

 

「なっ、なっ、なっ……」

 

少女が鼻を押さえながら後ずさると、彼女を守る木人形達までおろおろし始める。

『支配』が解けて、元の木片に戻るものまで出始めた。

 

「ホントに効いてる……」

「少女の秘められた性癖を暴いてしまったわね!」

「あちきら、大人としてはアウトでは?」

 

少女の個性『支配(ドミネイト)』の成立要件はあくまで『そう思い込むこと』である。

意志があるものに対しては合意形成が必要になるが、意志の無いものであれば「この子は私のもの」と思い込むだけで支配が成立してしまう、極めて独善的な能力だ。

 

しかし、思い込みだからこそ、支配者として『うしろめたさ』を覚えてしまえばそれだけで崩れる。

少女は未熟であるが故に自分の社会的尊厳と、ガールズラブ的な意味で人並み外れた性癖の両立手段がわかっておらず、ラグドールの個性『サーチ』にその弱点を的確に突かれた。

 

男子向けに具体例を挙げると、小学生の頃、トイレの個室に入っただけでイジられる心配をしないといけなかった的なアレである。

 

「虎、無事!?」

「みんな……すまん、我はもうダメかもしれん……かつてない全身拘束の先に、新しい扉が見えてしまった……」

「開発されとるにゃ」

「元気そうだからヨシ!」

 

わなわなと震えながら(ヴィラン)の少女が叫ぶ。

 

卑怯(ひきょう)ですよ! なんてハレンチな!」

「鼻血出てるわよ」

「だから我、忠告したのに……」

「企画落ちしたコスチューム、取っておいて良かったわね!」

 

このコスチュームは数年前、適齢期的なアレで焦りを覚えはじめた彼女達が一時の気の迷いで考案したセルフテコ入れ企画のコスチュームであり、これでちゃんと活動しようとしていたため、露出度の高い見た目に反して性能はそこそこ優れている。

 

しかし運悪く、同時期にとあるヒーローが過激なコスチュームで世間を騒がせ、これによりヒーロー活動時の肌露出面積に関する規制法が制定され、企画もお蔵入りとなってしまった。

数年ぶりにこれを着用した彼女達は「めげずに毎月エステ脱毛コース通っていてよかった」と思った。

 

なお、このコスチュームをドローンで運搬させられたヒーロー公安委員会はワイプシを要監察対象(グレーリスト)に投入した。数年のうちに税務調査が入るだろう。

 

「はっ!」

 

何かに気づいた少女が後ろを振り返った。

 

「ヴェナリータさん、今です! 今こそ録画の時ですよ!」

「もう撮ってるよ、ってダメだよ今話しかけたら」

「はい一匹目確保ぉー!」

「うわあ」

 

『認識阻害』が解け、姿を現したヴェナリータはピクシーボブが放った土石流に流され、そのまま土と石でできた(まゆ)に閉じ込められた。

 

「あ゛あ゛ーっ、しまったぁー!!」

 

それを見た少女は自分の致命的なミスに少女らしからぬ絶望の叫びを上げた。

 

卑怯(ひきょう)ですよ! なんと言うものを見せてくれるのですか! そんな、お胸バーンなコスチューム、普段のコミカルな貞淑(ていしゅく)さからのギャップで背徳感マシマシじゃないですか! こんなの推せる! ひどいですよ! 虎さんなんてあんな姿になってまでボロロンするの我慢してたんですよ!」

 

「全くだよ! もっと言ってやりなよ小娘!」

(あんた)はどっちの味方なのよ……」

「ちょっと『支配』効いてんじゃないの?」

「違うわ。あのとき自分のコスを作ってもらえなかったのを根に持っているんだわ」

 

「でも……もういいんだ、小娘よ……」

「虎さん……」

「我が信頼する仲間達の、半ば無駄にしつつある無駄に男好きのする無駄な乳が日の目を見るなんて……こんなに嬉しいことはない」

「チームの絆……エモです……」

 

「アンタこれ片付いた後本気でぶつからね!」

「爪立ててやるにゃ!」

「心は十八!!」

 

マンダレイが少女を指差して叫ぶ。

 

「さあ茶番はここまで! 大人しく確保されなさい!」

「なんの、まだまだですよ!」

 

少女が手を振ると、木人形が一斉に動いた。

かろうじて生き残った十数体の木人形は方陣を組んで三人に襲い掛かったが、マンダレイとラグドールに蹴散らされていく。

飽和攻撃のために木人形のサイズを揃えたのが(あだ)となった。

 

「やっと運動ができそうね!」

「あちきを『個性』だけの女と思うな……よっと!」

 

フリーになったピクシーボブが『土流』操作を始める。

身長3メートル、上半身と片腕だけの巨大な人形が生み出されていく。

 

「いくよキティ、『土魔人』!! キティの『支配』が成功するまでに、この3.5トン級ラリアットを受け切れるかな?」

 

「ふふふ、悪手ですね……」

 

少女が鞭で地面を打つと、地中から木の幹が何本も盛り上がって編み上げられ、手の形を成した。

木の手はメキメキと折れ曲がりながらも『土魔人』の腕を受け止め、その腕に少女が手の平を当てる。

 

『まわれ、みぎ』

 

『土魔人』が胴体を逆方向に(ねじ)らせてピクシーボブに向かって腕を振るう。

 

「なんの、こっからよ! ふんぎぎぎ、うりゃぁっ!」

 

ピクシーボブが地面に手を当てて力む。

彼女を襲った巨大な腕は大きく外れ、空振りした。

 

「ええっ!?」

 

『土魔人』の胴体はそのまま止まらず、ぐるりと一回転していく。

 

「うそっ! 取り返された!?」

「必殺、『土流支配返し』! 支配されてもそのまんま無理やり操作する!」

「ゴリ押しが過ぎるぅ!」

 

『支配』されても土は土のままであるため、ピクシーボブの『土流』による操作はまだ通る。

もちろん『支配』された『土魔人』は自らの意思で抵抗しようとする。

 

もともとの質量や遠心力なども利用して巧みに抵抗をいなしつつ、少女が「取られた」と思い込むまでの間であれば、ピクシーボブの側に十分な勝算があった。

 

(ふぎぎ、鼻血出そう!)

 

笑顔は崩していないが、『個性』を操るピクシーボブはかつてない負荷感を覚えていた。

『土魔人』はぐるりと一回転して再び少女を襲う。

 

「うぐっ!」

 

遠心力が加算された土の腕の質量に耐えられず、木の腕が砕けていく。

同じく『支配』を喪失し、運動エネルギーに振り回され過ぎた『土魔人』もまた、形を保てずバラバラになった。

残骸に巻き込まれて少女が後方に倒れ込んでいく。

ピクシーボブがガッツポーズをしながら指示を出した。

 

「マンダレイ、ゴー!」

「伏兵に警戒してね!」

 

土流に乗ってマンダレイが一気に距離を詰めた。

少女は鞭を振り回してこれに相対したが、その頭の中にマンダレイの声が聞こえてきた。

 

『いいのよ、女の子がおっぱい好きでも』

 

「こ、これは、『テレパシー』?」

 

『だって、私も、あなたの気持ちがわかるんだから』

 

「ええっ、そんな……」

 

いきなりそんな事を言われても。

動揺し、それを疑う少女の目は、どうしてもマンダレイのステップに遅れて揺れる双丘に釘付けとなる。

 

『だから、いいのよ、私なら……さあ、おいで』

 

「う、あ……」

 

『私の胸に飛び込んでいらっしゃい!』

 

「ま、マンダレイさぁぁぁん!!」

 

少女は歓喜の表情でマンダレイに抱きつこうとしたが、マンダレイは軽快なフットワークでその背中に回り込み、手を鍵状に組み肩を入れて背後からがっちりと少女の腰を抱え込んだ。

 

「え」

「ごめんね。必殺! テレパスキャット・ジャーマン(スープ)レックス!!」

「うひゃぁあああああ!?」

 

技名を叫びながら落下地点を調整したマンダレイはそのまま少女を持ち上げ、腰を反って柔らかそうな苔地に少女の背中を投げ込んだ。

 

「キティ確保! おっかない『支配』があるからちょっと地均し(じならし)するわ」

 

脳と三半規管を揺らされて失神した少女を、ピクシーボブが平坦な場所に運び、その周りの石やら木の枝やらを除去していく。

 

その時、その男は現れた。

 

「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツか。ハァ……随分と上等な」

 

片手で中身の詰まったコンドームを弄び、もう片方の手で逆手持ちしたナイフに舌を這わせながら、その男は現れた。

 

その姿にワイプシの4人の思考は同調する。

 

((((変態だ……))))

 

マンダレイが男の前に立ち塞がった。

 

「何の用? 見ての通りこちらは(ヴィラン)を逮捕中よ、邪魔しないでくれる?」

 

男はナイフを持った手で少女を指差す。

 

「それに用がある。お前らこそ邪魔するな」

「フン、そのナイフは銃刀法違反だわ。推定(ヴィラン)ってとこね。確保するわ」

「一人抑えろ」

「はいっ!」

 

男が手に持っていたコンドームをピクシーボブに投げつけた。

 

「ばっちい!」

 

ピクシーボブが土の壁を作ってそれを受け止めたが、何かがその壁をずるりと乗り越えてピクシーボブに覆いかぶさった。

 

「やっと出られた……Sサイズの隠れ蓑……」

「がぼっ!!」

「ピクシーボブ!」

 

ピクシーボブはヘドロに飲まれながら、ラグドールに向かって手の平を見せた後、横に九十度回転させた。

『問題なし』のサインだった。

 

マンダレイは男を制圧しようと襲い掛かる。

その男と向かい合って、拳を交わすことなく、軽く牽制(フェイント)しただけのはずだった。

マンダレイはいつのまにか膝の内側に小さな切り傷がついたことに気がつくと、急に動けなくなった。

 

「なっ、体が!?」

「季節に合わぬ格好を……まあ、加減し易くていい」

 

男は動けないマンダレイの首を抱える。

そのまま彼女を引きずり、少女の方へと進んでいった。

ラグドールが男に近づこうとするが、男がナイフを突きつけて制止する。

 

「コイツ、『凝血(ぎょうけつ)』!? マンダレイを離してっ!」

「動くな。貴様らは殺さん。大人しくしてろ……ん、これは虎か? 無様だな」

 

男は少女の側に立つとマンダレイを突き飛ばし、背中から刀を抜いた。

 

「おい! その子をどうするつもりだ!」

「確かめるだけだ」

 

そう言って刀を少女の胸に突き立てようとする。

 

「止めろ!!」

 

虎が絶叫した瞬間、何かが通過し、刀を複数の破片に変えて吹き飛ばした。

男は刀を破壊された勢いに体ごともっていかれ、たたらを踏む。

 

その衝撃から少し遅れて、空から遠く、2つの銃声が鳴り轟いた。

木々のどこからか、くぐもった、スピーカー越しの声が流れる。

 

『消えろ、変態野郎。脳漿(のうしょう)をブチ撒けてな』

 

男はその声が発せられる前に身を投げ出して横っ飛びした。

何かが通過して地面に着弾し、視界を遮る程に土と木屑を巻き上げた。

男はそのまま転がるようにして木の影に隠れる。

 

「九百メートルか。()()()の腕だが、目は群盲のようだな」

 

『あぁ? ……なっ!?』

 

すでに少女の胸に一本のナイフが突き立っていた。

 

「それが本当に『奴』であれば、今の俺の()()()()()など届かん」

 

そう言うと、少女の姿形が崩れ、どろりと溶けていき、地面の土と同化した。

 

「やはり擬態か」

 

どこからともなく、少女の声が聞こえる。

 

『あなたが()()()ですね。来るかもしれない、とは思っていました』

 

その中の誰も、少女がどこから声を発しているかわからなかった。

その声を聞いて、スピーカーの主ですら、息を飲んだらしいノイズが聞こえる。

 

「これが、始まりとみなしていいな?」

『もちろんです。ですが、長い戦いとなるでしょう。あなたとも、あの方とも』

 

男と少女の、奇妙な問答が続く。

 

「幾百の(はかりごと)に、幾千の(わな)を仕掛けたとて、本物の英雄(オールマイト)に届くと思うか?」

『届かせますとも。届かねば幾万の人質をも立てて見せましょう』

 

「ハァ……まあいいだろう。名を聞こうか」

『私の、名前ですか?』

「俺はステイン。赤黒血染(あかぐろちぞめ)の仮面を捨てた、顔無き理念。存在せず行為する者。そこにただ残る染み(ステイン)

 

少女の声は少し間を置いたあと響いた。

 

böse(ベーゼ)

 

『マジアベーゼ。英雄(ヒーロー)の、(ヴィラン)の、あなたたちの、悪となる者』

 

(ベーゼ)……それがお前の信念か」

 

『ふふ……皆様、またお逢いしましょう』

 

遮るように銃声が轟いた。

スピーカー越しに一度。空からもう一度。

 

木を遮蔽物としていたステインがべたりと地を這う、うつ伏せの姿勢になる。

彼の頭があった辺りの木が削り取られ、その後を暴風が通り抜けて破片を撒き散らした。

 

『お前は私のウサギだぜ、変態野郎』

「ハァ……俺の用は済んだ。追えるものなら来てみろよ。レディ・ナガン」

 

ステインが駆け出した。

通りすがりにナイフを拾い、銃弾に取り付けられたマイクロスピーカーを破壊していった。

 

ラグドールと動けるようになったマンダレイは、姿勢を低くして周囲を警戒したが、その後、銃声が鳴ることはなかった。

 

 

「──畜生(キャット・シット)!」

 

ピクシーボブが悪態をつきながらヴェナリータを閉じ込めた(まゆ)を蹴る。

蹴って崩された繭の中は空っぽになっていた。

自分の『土流』操作で確かに拘束したという()()()()()()()

 

「あの小さい異形が一番の曲者じゃない! ラグドール、どう?」

「ダメ。今、あちきら以外誰もいないわ」

「ヘドロも回収されたか……」

 

ヘドロ状の何かに襲われたピクシーボブだが、何かが自分の口の中に侵入しようとしているのがわかると、すぐに手足に仕込んだ緊急用の土袋を開け、その中身を口に運んだ。

硬度の高い石英を多く含んだその土はピクシーボブの口内を高速で駆け巡り、ヘドロをミキサーのように攪拌(かくはん)した後でそれを絡め取って吐き出させた。

 

ヘドロの男はそれに抵抗できず、身体の一部をすりおろされて意識を失った。

日に二度も天敵と出会ってしまった、彼の不運であった。

 

ピクシーボブは座り込んでいるマンダレイとラグドールの間に無理やり隙間を開けて座った。

三人はそのまま密着する。

意味深な何にかではなく、単にコスチュームの露出度が高すぎて寒いからである。

 

森の木陰から見上げる太陽は天頂から傾きはじめていた。

 

「はあ、こりゃタダ働きかなぁ」

「公安だし、少しは出ると思うよー?」

 

マンダレイは気になっていることを二人に相談した。

 

「ねぇ……さっきの厨二病トーク。意味わかった?」

「わかるわけないでしょ、ああいうのは匂わせだけで雰囲気でフレーズを合せてるのよ。深読みさせるのが目的なの」

「連歌みたいなものだにゃ」

「そうなのね……」

「あの……そろそろ我を降ろして……」

 

虎を救助していると、無線通信が入った。

マンダレイは全員が聞けるようにヘッドギアのスイッチを切り替える。

 

「マンダレイ、感度安定(メリット)、どうぞ」

『本部の目良(めら)です。ご苦労様です。お手柄ですよ。『レディ・ナガン』の生存が確認されました。事前にお伝えしましたとおり、現時刻を以て本件は全面的に機密案件とさせていただきます。皆様につきましては、契約書を更新しますので至急多古場警察署の公安委員会窓口まで……』

 

 

「──やあ、はじめまして。ボクの名前はヴェナリータだよ」

 

背後からの声を無視して、彼女はライターを点火した。

しかし、明かりは生まれなかった。

 

当たり前だ。ここはすでに光に満ちている。

日光が肌を温める感触もある。

それなのに、辺りを暗闇が覆っていた。

 

「『転移』持ちか。珍しいな」

 

しかし、それだけではこの闇の空間の説明がつかない。

まあ、一人ではないということだろう。

手前にいる奴から順番にいけばいいか、と腰元に手を掛ける。

 

「ボクは勧誘に来たんだ」

「いきなり何だ」

「あの子を手伝ってあげてくれないかな。陰ながらでもいいからさ」

「……」

 

彼女は少し返答が遅れた。

それを好感触と思ったか、黒い顔は(まく)し立てる。

 

「対価としては、キミのタクシーになってあげるよ。予定が合うときだけね。あと、将来的には隠れ家(セーフハウス)を提供してあげられるよ。今はまだ建築中なんだ」

 

蓋を閉じ、ライターの火を消した。

 

「信用できねぇよ」

「キミに対する誠意なんてないし、信頼関係なんてボクの方がご免だね」

 

異形が、彼女の前に移動する。

その輪郭は闇に溶けて曖昧だった。

 

「ただね、ボクはキミがあの子……マジアベーゼを守ろうとした、その行動を利用したいだけなんだ」

「あんたは何モンだ? ()()()()()()()()?」

「何も知らないよ」

 

異形は両手を横に広げて、首を傾けた。

 

「言うなれば、ボクはこの世にひとり放り出されて、あの子に全賭けするしかない哀れな『妖精』なのさ」

「『悪魔』の間違いだろ?」

「どうだろうね。じゃあ気が向いたらよろしく」

 

周りの闇がその異形に吸い込まれるように消え、最後にその異形も姿を消した。

影も残っていない中で、彼女の耳元にだけ声が届いた。

 

『あの子の行く先はどうしたって剣呑(けんのん)だよ。それでも、できるなら華やいでもらいたいじゃないか』

 

視界を封じられていたのは、時間にして一分くらいだろうか。

彼女がそれまで追っていた変態野郎(ステイン)の痕跡まで()()()()隠蔽されている。

 

(なるほど、あの野郎、使()()()()()()()()()()()()()ってか……)

 

「……言われなくともそうするさ」

 

見覚えのあるドローンが空から迫っているのが見えた。

 

「だが、獲物(ターゲット)の横取りは許さねぇぞ」

 

彼女は()()()()()()()()し、走り出した。

 

 

──静岡県のとある中核都市にあるショッピングモールを、四体のヴィランが襲撃した。

通称「エンジョイモール襲撃事件」は、多数のヒーローが活躍したこともあり、世間をそれなりに賑わせた。

 

その翌日に、同市でもうひとつの事件が発生していたことを知る者は少ない。

ヒーロー公安委員会により即刻機密扱いとされたその事件は「スーパー(ヴィラン)連続ニアミス事件」というラベルが付けられており、一定以上のセキュリティ権限が認められたプロヒーロー以外は閲覧できない情報となった。

 

かつて公安委員会の会長を殺害したプロヒーロー、レディ・ナガンの生存。

これをヒーロー公安委員会は()()()()()公表するわけにはいかなかった。

 

また、これが、公式記録に(ヴィラン)『マジアベーゼ』の名が最初に記された事件となった。

 

 

「──マンダレイさんに(もてあそ)ばれちゃいました……」

 

現場を少し離れた山の中で、マジアベーゼこと(ひいらぎ)うてなは体育座りをしてべそをかいていた。

 

「戦闘中にロマンスなんてあるわけないじゃないか。ロボットアニメじゃあるまいし」

 

ヴェナリータはどこからか取り出したプラケースを眺めている。

 

「ぐすっ……でもぉ、もしかしたらって思うじゃないですかぁ……」

「ちゃんと段階を踏むべきものだと思うな。特に同性は」

 

プラケースの中にはヘドロのようなものが詰められていて、それを観察しているようだ。

 

「それにしてもこの世界の住人はスペック高すぎるよ。ボクはしんどいからもっと仲間が欲しいところだね」

「その箱なんですか?」

 

うてなはヴェナリータの隣に座った。

 

「これでも人間らしいよ」

「ええっ?」

 

興味深そうに箱をのぞき込む。

濃い緑色をした粘液は何も動きを見せなかった。

 

「ピクシーボブにやられた奴を拾ってきたんだ。見た目ただのヘドロに見えるけど、体組織がすり下ろされたみたいにズタズタで動けないんだよ」

「うわぁ……」

「このままだと、すぐにではないけどそのうち死んじゃうだろうね」

 

「そんな……助けてあげましょうよ」

「そうだね、うてなも手伝って欲しいんだけど」

「私、消毒したり、絆創膏貼ったりくらいしかできませんよ?」

 

ヴェナリータがうてなの方を見た。

 

「キミの『支配(ドミネイト)』が要るんだよ」

「……どうして?」

 

「こいつ『魔力』の素養があるから()()()()()()()()()()かなって」

 

うてなは突然キリッと表情を変えると立ち上がり、その辺の木に背中を預けて腕と足を組み、前髪で片方の目を隠してヴェナリータに流し目を送った。

 

「詳しく聞きましょうか……」

「もう帰ってからにしようよ。ボク、今日は働きすぎたよ」

 




※ご注意:ステインさんは本気ですが、うてなちゃんは合わせただけです。(ヒーローたちが見てるので張り切りました)
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