キンジ・ア・ライブ   作:赤須

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Ⅸ弾 武偵法10条

……あ、ありえん。

 

この時、遠山キンジこと俺は手元にあるサイフの中身を見つめていた。

さっきまで5000円があったというのに、いつの間にか札が消えていることに気が付いた。俺は少し怪訝そうに目の前の少女……精霊・十香に視線を移す。

 

パン屋をあとにした俺と十香は、色んな店を回って事あるごとに食べ物を買っていた。

それらを美味しそうに食べる十香なのだが、それでもまだ満腹になっていないらしく、ちょうど歩いている途中で喫茶店があったので立ち寄ってみたものの……

 

「お、お前の胃袋はどうなってんだよ。ブラックホールでも飼っているのか……?」

 

あむ、もしゅもしゅごくん

と、テーブルに乗せられていたスパゲッティや骨付き肉、サラダなど次から次へと消えていく。

 

ひょい、ぱくぱくこきゅ、ひょい、あむ

俺は俺でエビフライ定食を食べていたのだが、これを見ていると何だかもうお腹がいっぱいになってきたな。

……ごくん、と十香は幸せそうな表情で頼んだ全ての料理という料理を平らげてしまった。

す、すげぇな。レキと張り合えるんじゃないだろうか、下手したら満漢全席とか1人でいけそうだぞ。

 

「うむ、シドー! これがデェトなのだな!」

 

「あ、いや……あながち間違ってはいないが……」

 

先ほどの食べっぷりに思わず口を開けたままボッ―――としていた俺は慌てて答えるが、お前ってアイツと同様大食いだったんだな。

 

「ぬ……まだデェトというのがあるのか……デェトとは奥深いな」

 

あごに指を置き、考える仕草をする十香。

俺は食べ終わった十香を待たせるのも悪いと思ったので急いでエビフライを食べようと思ったのだが、目の前から視線を感じる……

よく見れば十香が箸で摘まんでいたエビフライを物欲しそうな顔をしていた。

まだ食べんのかっ、お前は!

精霊の胃袋っていったいどうなってやがんだ。

 

「……し、シドー」

 

「なっ、なんだ!?」

 

「それは何だ? 物凄く美味しそうなのだが、それも食べられるのか?」

 

「ああ……これはエビフライだ。なんだ欲しいのか……?」

 

俺がそう言うと十香はコクコクと頷いた。

断るのもアレだったので、俺はエビフライをスッ―――と持っていた箸で十香に近づけると……

 

パクッ

 

あ、食った。なんも躊躇わず……

 

「おお、こ、これがエビフライ……美味だ!」

 

「そ、そうか。よかったな」

 

「うむ!」

 

十香はにっこりと無垢な表情で笑顔を向けてきた。

……その微笑みがどことなく愛らしくて、純粋で真っ直ぐなところが良いと思ってしまう。

そんな暖かい雰囲気が、こっちまでその気にさせてくる。十香のそういうところが長所なのかもしれないな。

生憎だが、俺はネクラとか昼行燈と呼ばれるだけあって十香のその太陽のような光はとても眩しいよ。

そう胸に抱きながら俺は、そっと十香に向けて微笑を浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

…………ピ、ピンチだ……主に金銭が……

エビフライを頬張った十香は嬉しそうにしているところ、その横からまた食べ物がドッサリと並べられたのである。

サイフの事情も考えれば、これはもう風穴ヴォルケイノレベルにヤバい。

 

俺と十香は喫茶店から出ようとレジに向かったはいいものの、肝心のお金がない。

ここがもし前世だったら武偵法で犯罪行為していたら武偵3倍刑によって通常の犯罪による刑罰が3倍になるんだ。

……よ、よかった。ここが来世で。

っと思うが、やはりサイフの中身は変わらず小銭だけで、レシート見るだけで気分が悪くなってくる……

 

(5ケタはねえだろ。5ケタは……)

 

「どうしたのだ、シドー?」

 

「い、いや……何でもない。気にするな」

 

うわぁー、これどう対処するんだ。

ここでお金がないなんて一言たりとも言えねえし、

かと言っていつまでもここで立ち止まっているわけにはいかないしな。

 

「……お会計は、820円です」

 

店員に言われてサイフから小銭を小銭皿に入れる。

……ん、この声……どこかで聞いたことがあるよな?

 

「……820円、ちょうどお預かり致します」

 

「―――なっ、あ、アンタは……!?」

 

このあまりにも特徴的な口調はしっかりと俺の脳裏に焼き付いていた。

目の前の女性―――目元に隈が出来ており、あまりにも眠たそうな顔に加え、ボーッとした表情……俺の知る人物の中で、想像できるのは……そう、1人。

 

「れ、令音さん!?」

 

村雨令音解析官……<ラタトスク機関>の1人で、

30年も寝ていないという変人。

 

「どうしたシドー! 敵かっ? 奇襲かっ?」

 

直後、十香が後ろから俺に話しかけてくる。

 

「……ッ、な、なんでもねぇ!」

 

唐突な出来事に驚き、声を上げるとともに俺は十香を制した。

なんだって令音がここにいるんだよ。てか、よく見れば俺の背後にニコニコと笑顔で振舞っているメイド服を着た俺の妹……琴里がいるのだが、この際だからもう何も言わねえぞ。

 

そんなことを思っていた俺に、店員役の令音が手にカラフルな紙切れを差し出してきた。見れば福引券と書かれているのだが……

 

「……こちら、商店街の福引き券でございます。当店の外に出て、右手沿いの道路に行かれますと福引き券を引く場所がありますので、よろしければご利用ください」

 

……これはあれか。そこに行って福引き券をしろってことだよな?

ようやく<ラタトスク>からの支援が来るわけだし、ここは令音の言う通りにしておこう。また勝手なことをすれば後ろにいる琴里が何しでかすかわからんからな。

 

俺は一度十香に福引き券のことを話すと、十香はそれに興味深そうな意思が見られたので、

 

「ぬ……フクビキケンとはわからんが、面白そうだ」

 

「まぁ……お前が行きたいのなら行ってみるが、どうする」

 

「私はフクビキケンのことは知らん。だがシドーはどうなのだ?」

 

などと呟いた十香は、俺が令音にもらった福引き券を見ると……十香は後頭部に結ってあるリボンをピクピクと動かし、俺の方をチラチラ見てくる。

表情からして行きたそうな顔だな。行きたいなら行きたいと言えばいいのに……

かと言って、他の所に行くのもサイフの事情も考えればこれ以上は正直キツイ。

 

「あー……そうだな……サイフの中身もあまり残ってねえし、行ってみるか」

 

そう答えると、それに伴って十香の表情が嬉しそうに変える。

 

「では行くぞ、シドー! デェトの続きだ!」

 

などと一声上げた十香は真っ先に店から出ていった。

俺は令音のお辞儀を背に十香を追う。

 

 

 

 

 

 

 

商店街の中心……それも人が多く混雑する中で福引き券が使える場所に辿り着いた俺と十香は、何人か並んでいる最後尾に俺たちも付くと、福引き所で抽選器を見た十香は物珍しそうな目で見ていた。

 

そして数分とたった後、俺と十香で福引き券を係員に渡す。

……なんでアンタがやっているんだ、<早すぎた倦怠期>川越。

聞けばこれも<ラタトスク>の総力を挙げた支援らしいが、改めて思うと金持ってんなー。喫茶店で令音と琴里が店員役としてやっていたのも何か裏で取引とかやっていたんだろうし、組織としては相当デカい上に行動が迅速ってのも驚きだ。

前世でもリバティーメイソンや魔女連隊、藍幇……などといった大規模な組織があったのだが、それら全てを均衡に束ねさせた超規模な組織があった。その名もイ・ウー。シャーロックがいたからなんだろうが、その影響に則られた行動はもはや国家レベルの危険度があったからな。

改めて思うと組織ってのは恐ろしいものだぜ……

 

などと思っていると、

 

「大当たりぃ~!!」

 

カランコロンッと係員川越が商店街全体に向けて大声を上げた。

……はい? と、俺は唐突な現象に唖然と声が上がる。

先ほど福引き券を渡し、十香にやらせたのだが……どうやら1等賞を当てたようだな。

福引き券も俺たちで最後だったらしいし、残り物には福があるってことか……

っと思ってた俺は川越の方をチラッと見ると、川越はグッと腕を上げて手の親指を立てた。

さてはこれ仕組んでたな。さっきまで何十人ものの一般人が福引き券をしても1等賞が出ないのはこいつらが原因だったのか。やることがエグい。

などと考えていた俺は、何のチケットなのか気になって十香にチケットの裏を見せてもらう。その表紙には地図が書いており、テーマパークが載ってあった。

 

(……テーマパーク? こんなところにあったか……?)

 

あいつらのことだから何かがあるのは確かなのだろう。

だが何故かは知らんが、嫌な予感しかないのは気のせいだろうか。

 

「十香はどうするんだ?」

 

「うむっ、面白そうだ。行ってみるぞ」

 

十香も行く気みたいだし、ここは行ってみるか。

場所も近いし、テーマパークにしては住宅街の多い場所だが、そこは<ラタトスク>が何かしたのだろう。

 

そう思った俺は十香と共にテーマパークを目指して歩いてみたはいいものの、

俺の想像と、今目にしている光景とでは全くと言っていいほど違っていた。

 

(……テーマパークってラブホテルのことかよっ!?)

 

てっきり遊園地のような場所かと思いきや、それは名前だけで目の前の建物が俺の想像を裏切った。何せ、ここは大人が入るようなホテルなのだ。俺でもわかるぞこんなの。

なんだってこんなところに連れ込もうとするんだよ……琴里たちは何を考えてやがんだ。

 

「シドー! 城だ! あそこでデェトをするのだっ!?」

 

好奇心旺盛な十香は、先ほどまで見せなかった輝きの目をホテルの方へと写す。

いくら常識に対して無知な精霊とはいえ、何故こうも反応するんだ。と、俺は思いつつすぐさまに十香の手首を掴み取り、途方へと行こうとした。

 

「む……どうしたのだシドー。あそこではないのか?」

 

「あ、あそこじゃないっ! 違う場所だっ」

 

流石の十香には悪くは思うが、これもお前と俺のためだ。

ヒス的にも危険信号が鳴りっぱなしだし、早めに立ち去るべきだぜ……

 

十香は表情を曇らせながらも、何とか場所を変えることに成功した俺はそのままこの場を離れることにした。

 

 

 

 

 

その後の俺たちは様々な店に行き、ゲームセンターのクレーンゲームできなこパンの抱き枕を取ったり、クレープ屋で一番人気のミックスベリーというのを道端でカップルの噂話を聞いたので頼もうとしたが売り切れだったそうなので、とりあえずイチゴ味とブルーベリー味を買ってみるなど、色んな所に回っていった。

 

それは前世でも味わったこの楽しさと同じく……誰もが味わう日常で、平和なやり取りは、悪くはなかった。女との関わりを拒絶していた俺なのだが、それは俺のこの体質を利用しようとするヤツらがいたからであって、本当はいい奴らばっかりなんだ。人種とか宗教とか、組織とか隔てなく……ただ人が良ければ、その人がどんなヤツでも許せるんだって、俺は思う。

だから、俺は今目の前にいる精霊の少女……十香を……俺は受け入れようと思う。

どんなに力が強くても、どんなに優れていても、それは関係ないんだって……俺は前世で学んだことなんだ。どこぞのお嬢様に俺を巻き込み、どこぞの爆弾魔が俺を襲い、どこぞの巫女さんが俺を支え、どこぞの狙撃手が俺を主としてきた。おかげで俺の前世は死にもの狂いにならなくちゃならんかった。だがそれを無理とは言わなかった。疲れたとは言わなかった。めんどくさいの一言も言わなかった。それは言えなかったのだ。アリアが俺にムリ・疲れた・めんどくさいの3つを口にすることを禁止してきたからな。まあ、悪くはない人生だったし、今こうして死んで転生された身なんだが後悔はない。

 

 

 

―――時刻は18時。楽しさのあまり時間すら忘れてしまった俺と十香は天宮市を一望で高台の小さな公園にやってきていた。夕日が都市1つを覆うかのような夕焼けに染まっている。まるで青春ドラマか映画のような雰囲気だな。悪くはない……

 

「おお、綺麗だな!」

 

十香はきなこパンの抱き枕をを左手に、もう片方の右手を手すりに置いて、夕焼け空を眺めていた。この時に写しだされる彼女の姿はとても……綺麗だった。

 

「……そうだな」

 

この時、俺は十香になんて話してやればいいんだろうな。俺、こういうの苦手だから、どう話に持ち込めばいいのかわからん。ただこうして彼女の言葉に「ああ」とか「そうだな」と答えればいいのか……

 

ここに辿り着くまで<フラクシナス>のクルーたちによるサポートのおかげで、ちょうどいい時間帯にこの場所に来れたのは、選択肢としては良好だろう。

俺もここには時々だが来る時もある。静かで人気もないし、何よりこの夕焼け空が見れるからな。

 

「シドーよ! あれは何なのだっ!?」

 

「ん……ああ、あれは電車といってな。俺たち人間が移動に使う乗り物だ。まあ……俺はあまり好かんが……」

 

武藤ならあれを見れば喜ぶだろうな。見れば前世にない電車だし、天宮市は科学の結晶でできた都市だから、あの電車は最新型の技術を取り入れているはず。

などと思い浮かべていた俺は前世にいた友人の武藤の顔を思い出し、思わず苦笑いしてしまう。

……すると、

 

「―――シドー」

 

「……っ」

 

突然十香が話題を逸らすように声のトーンを下げて話しかけてきた。

体をうー、といきなり伸ばすものだから反射的に驚いてしまう。なんせ、十香は見た目こそ美人で、スタイルがよく、可愛いのだ。ヒス的にも危ない体勢だったため、思わずドキッとしてしまうが、それをどうにか堪えようと歯噛みした。

よ、良かった……ヒステリアモードになっていない。このままやり過ごせればいいが……

 

「……どうしたのだシドー。顔が真っ赤だぞ?」

 

「……ッ、き、気のせいだっ。顔が赤いのも夕日の明かりだろっ」

 

戸惑った俺に十香は目を丸くしながら近寄ってくる。

 

「ふむ、やはり赤くなっているではないかシドー」

 

「んなっ!?」

 

迫ってきた十香と俺の距離はすでに互いの息がかかるほどの間であった。

それがどれだけ血流を熱くさせるのか、思い知ったことじゃない。

だが、十香から匂う香りは、とても……甘く、ほんのりとした大人の感触……

 

(や、ヤバい……このままだと、ヒスる……!)

 

どうにかこれを対処しないと……だが、どうする!?

十香に不信感を抱かせるのはよくないし、かと言ってこのまま動かないってのもヒス的に危険だ。

そして俺は、とうとう十香から1歩遠のいて、素早く背を向けた。

 

「ぬ……? どうしたシドー、そんなに慌てて」

 

「んなこと言われたってなあ……」

 

などと渋々呟く俺は顔を半分だけ十香に向け、呆れたような、当然のような口ぶりで話した。昨日のことと、10日前に出会ったときの十香の表情が憂鬱な顔であったことを思い浮かべる。それが今でも忘れることなく、脳裏に残っていた。

なんせ、あの時の十香ときたら今と比べてかなり変わっていたからな。というか変わりすぎだ。

まあ、なんだ。それはいけないことじゃないし、俺たちにとっては嬉しいことだ。十香もこの通りデートを楽しんで行ってもらえているみたいだから、問題はないのだろう。

 

「―――その、だな。……俺とのデートは……つまらなかったか?」

 

「……ぬ? なんだシドーは、おかしなことを言うな。私は楽しかったぞ。少なくとも私の生涯で一番―――いや、初めてこんな楽しい気分にさせたのだからな」

 

「そ、そうか……なら良かった」

 

「シドーはどうだったのだ? 私とのデェトは……楽しかったか?」

 

「……ッ、あ、ああ……楽しかったぞ。こんなに楽しんだのも久しぶりだ」

 

「そうか」

 

くすっ、と微笑む十香は、まるで俺の心を見透かしているのか、と思うような目で瞳をゆっくりと瞑った。

 

「―――シドーの言うとおりだったな。人間はとても優しかった。私を見ても拒絶しないし、否定する動向もない。メカメカ団とは大違いだ」

 

メカメカ団ってのはASTのことなのだろう。

あいつらも今頃何しているのか知らないが、今こうして襲ってこないってことは十香がここにいるのを感づいていないってことだ。

襲ってくるにせよ、<フラクシナス>にいる琴里やクルーが教えてくれるはずだし、そこはあまり考えないことにしよう。

 

「今でも驚いているのだぞ? 人間が私に偽って罠を張ろうとか、油断させて奇襲してくるんじゃないかと思っていたぐらいだ」

 

「はは、そこまで言うか」

 

まあ、実際に精霊じゃないから確証は持てないが、十香にとってはそれが普通のことなのかもしれない、と俺は思った。前世で武偵をやっていたこともあり……人との会話には常に気を張るのは当然なのだが、それでも信頼できるヤツにはとことん信頼していったものだ。

だが、十香には……そういう人間や精霊がいなかったんだ。そこが俺とお前との違い……

 

「ふふっ、だがなシドー……お前だけは敵だとは思わなかったぞ」

 

「……ん?」

 

俺が敵じゃない……? 意外だな。最初会った時の十香は俺の妄言が本当かどうかを確かめるために付き合ってくれているわけだから、ずっと疑っているものだと思ってたぞ。

そんなことを胸に抱きながら俺は十香を見つめていると、十香は照れ臭そうに視線を逸らし、綺麗な髪の毛を指で弄んでいた。そして数秒後に再び俺の方に視線を向けると、

 

「……シドーが敵じゃないとわかって……シドーに教えてもらった人間の本当の姿を見れて、シドーがデェトに誘ってくれて、今日は……とても心地が良い1日だった。世界がこんなにも温かく、優しい……そして、楽しいのだな。こんな思いをするなんて、思いもしなかったぞ」

 

「そうか……」

 

それだけ聞いて、俺はゆっくりと一息入れるかのように肩を落とした。

精霊を口説くとか、恋をさせるとか、そういうのはどうでもいい。なんかそれはどうでもよくなってきた。なんせ、俺はそういうのは苦手だからな。

 

「―――だがな、あいつら……メカメカ団とやらの考え……少しだけ分かってきた気がする」

 

「なに……?」

 

今一瞬の言葉に俺は眉間を歪に変える。対する十香は何か悟ったかのような表情をした。

それがどんなに苦しそうなのか、どんなに悲しそうなのか、改めて分かってくる。

かつて、前世にいたアリアたちと同じように……

 

「……私は精霊だ。この世界に現界するたびに、この世界の素晴らしいものを奪っているのだな」

 

「……ッ」

 

俺は一瞬、声が出なかった。

何故だろうか、否定したいのに……言葉がない。見つからない。

それを承知しているとでも思っているかのような……そんな感覚だ。

 

「確かにこれは私の意思によるものではない。それはお前も十分知っているはずだ」

 

「あ、ああ」

 

「しかし、それは流れであって、結果ではない。……私がこの世界の一部を奪ったという結果には変わりないからな。……ASTが私を殺そうとする理由が、今になって気づくとは……人間をバカにしていた私が、本当にバカなのだ」

 

唖然と、声に出なかった俺の口がさらに閉じていく。

どんなに振り絞っても、声が出ず……口すら開かない。

くそっ、開けっ……開けよっ! 遠山キンジッ

 

「シドー……私は、この世界にいない方が……いいな」

 

寂しげな瞳に、力が篭ってなかった。

例えるなら、世界にいる人間がただ1人の自分に視線すら合わせず……存在なんか感じてなんかいないかのような、そんな感じだ。

俺は、転生してきたというのに……なんでいつもこうなんだ。

前世の経験がなんだ。こんなにも、悲しげな少女がいるってのによ……俺は何もしてやれねえのかよっ。

結局、俺は前世と何ら変わってないってことか……

 

いや……それこそナンセンスだ。ムリ・疲れた・めんどくさいを禁止された男、それが俺じゃねえか。

武偵憲章・10条『諦めるな。武偵は決して、諦めるな』、だ。

俺は諦めねえぞ。なんたって俺は『不可能を可能にする男(エネイブル)』……なんだ。これくらいのこと、可能にしてみせるさ。

 

「……そんなことはない。お前は……今日、空間震を起こしてないじゃねえか」

 

「た、確かに今日は私の存在があちらに引き寄せられることはなかったが、それがいつ来るのか分からないのだぞっ!?」

 

「必ずしも戻されるわけじゃないのだろ? それに戻る戻らない以前に、お前はここに居ればいい。そうすれば空間震なんて二度と起こらないはずだ」

 

琴里の話によれば、精霊というのは異空間とこの世界の移動に発生する余波が空間震だという話だ。ようするに、十香がこの世界に居座り続ければ、空間震なんて発生しないわけだ。

 

「だ、だが……それができるのか?」

 

「ああ、できるさ。俺はお前を救いに来た正義の味方なんだからな」

 

かつて、前世……遠山キンジの一族は、正義の味方の家系であった。

ある時は妖怪を退治する侍。ある時は悪人を懲らしめる町奉行。ある時は戦場を駆け巡る軍人。ある時は国家に属する武装検事。ある時……現代の俺は武偵だ。元とはいえ、前世がそうだったんだから、きちんと実行しなくちゃな。

 

「し、シドー……その、だ……な。私はこの世界で知らないことが多すぎるのだぞ?」

 

「それくらい、俺が教えてやる」

 

確かに俺は転生者だ。前世でも俺は世界には無知と言っていいほど知らないことが多かったからな。だが一般常識ぐらいは持ち合わせているつもりだ。

 

「私の住むところはっ? 食事だって、必要なのだぞ?」

 

「それも何とかしてやるさ」

 

お前はレキ同様、大食いだが……それくらいで困るほど苦労はしていないし、

もし金銭的に問題が起きれば俺がバイトして稼ぐぐらいはできるだろ。

 

「予想外の出来事が起きるかもしれんのだぞ?」

 

「あー……残念だが、それはすでに経験済みだ」

 

前世のおかげで俺はすでに予想外というものを何度も味わってきたからな。

今更予想外が出ても、それが当たり前のように感じるぜ。そもそも俺にとってはお前が精霊ってこと自体が予想外なんだが。

 

「……私が、この世界に生きてて……いいのか?」

 

そんなことを聞いてくる十香に対し、この状況をまるで当たり前のように感じた俺は呆れながらも吐息を出しながら後頭部を掻いた。

 

「あのな、前に言ったはずだぞ、十香。お前は生きてて良いってな」

 

「……そんなことを言ってくれるのは、シドーしかいないだろうな。だがASTやほかの人間はどうする。こんな危険な私が、自分たちの傍にいたら……きっと拒絶するに決まっている」

 

「それが何だっていうんだ。それこそ気にするな、十香。例えASTや他の奴らが、お前を批判しようってんならな……――――――俺が許さねえよ」

 

夕日に翳された2人の間に、1本の手が差し伸べられた。

これは俺の手だった。……十香はそんな俺の行動に目を丸くしてこちらを見てくる。

 

「もし、だ。この世界にいたいっていうのなら、俺の手を取れ。このチャンスは2度……同じドアをノックしない」

 

真剣な眼差しで、俺は十香を見た。

そんな十香も、肩を震わせながら顔を下に、思案を浮かべている。

……そして、ゆっくりと十香は自分の目線を俺の目に合わし、手を伸ばしてきた。

その直後―――俺は十香の背後……遥か遠くの場所からマズルフラッシュが点滅したのに、俺は気付いた。気付いてしまった。

 

(―――あれは……狙撃か!?)

 

刹那に思い浮かべる言葉がそれだった。

 

「―――十香っ!!」

 

俺は叫び、ドンッと十香を叫びよりも早く、反射的に十香を突き飛ばして俺は彼女を覆い隠した。精霊の力が発揮しない今の十香は唐突な出来事にすぐさま理解もできず、ただ俺の力によって後ろに身を預けるのであった。

 

「――――――――――――ッ」

 

声を出すまでもなく、銃弾逸らし(スラッシュ)による防御や心臓に桜花をぶつけて強制的に蘇生する技『回天』できない。

そもそも今の俺はヒステリアモードですらないのだ。

 

だから俺……遠山キンジこと五河士道は……

 

 

 

―――死んだ。

 

 

 

 

 

「な、何をする! シドー!?」

 

尻餅を付いた十香は言うが早いか、突発的な言葉を発するが、士道の反応が見られない。

なんせ、今の士道の胴体には……風穴が開いていたからだ。

 

「シドー……?」

 

十香は士道の様子がおかしいと気付いたのか、瞳を大きく開かせながら彼の名前を口にした。だが、それでも士道は動かず、聞きなれた声すら耳に入らなかった。

わからない―――なぜ―――どうして―――彼は? ―――意味―――わからない。

 

これらの連鎖が、十香の頭の中でグルグルと回っていた。

 

「シ……ドー……?」

 

十香は士道の傍に駆け寄り、膝をついて彼の頭を人差し指で小突いた。

しかし、彼は起き上がってこなかった。これは死んだふりなのだろうか……

それだったら早く起きてくれ、予想以上に騙されたぞ。と、十香はそう胸に抱く。

だが士道の反応はピクリとも動かなかった。

 

「……あ、あぁぅ、あ――――――」

 

ここまで来て、十香は理解した。理解せざるを得なかった。

今しがた自分と話していた人間……五河士道が、自分の目の前で死んだのだ。

 

しかもこの臭い……ASTのモノと見て間違いはないだろう。

だとすれば、士道に撃ったのは確実にヤツ……あの女のものだ。

今の霊装はただの人間には傷つけることすら不可能なのだが、ASTのモノであれほどの威力を自分に放たれたら、ただでは済まないはず。

おそらく士道は、その危険性に察し、自分を庇ったと十香は感じ取った。

 

「……っ」

 

十香は気付いた。この攻撃……何も加護を受けていない士道が自分を庇って受けたのだから……―――士道は……もう!

 

 

 

 

 

刹那―――……十香の怒りが頂点に達した。

 




更新が遅れてしまい、それと今回で十香デッドエンドを終わらせる予定だったのに、終わらせられなくて、申し訳ありませんでした!
次は終わらせられますので、そこは大丈夫です……たぶん。

それにしても十香のあのブラックホールの胃袋は凄いですよね。
因みにエビフライを十香に食べさせるシーンで間接キスというシチュエーションを入れてみました。原作の1巻でもアリアがキンジのコーラを飲んでもキンジは動揺とかしてなかったので、間接キスという描写は抜かしました。
ですが間接キスしたというのは変わりありませんw

感想・批評・誤字脱字などありましたらよろしくお願いします。

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