激昂と共に大剣―――【
他のASTも同様に薙ぎ払って殲滅し、仇であるあの女を始末しようと再び斬撃を繰り出していく。
これが王。これこそが王者に立つに相応しい暴力にして、裁きである。
その行く手を阻もうとする輩がいれば即座に締め上げ、蹂躙し、弾圧に掛けるであろう。
十香はこれまで最強にして最悪が故に、孤独で戦い続けていた。
自分という存在が意識し始めたのは、いつだったかも覚えておらず、気付いた時にはこの世界に顕現していた十香は生まれてから間もない頃に人間に襲われ、先ほど述べた通り戦い続けてきた。
人間が自分の存在を拒絶しているのか……? 否、世界が自分を拒絶しているのだ。
自らの在るべき理由というものを知らず、ただいるだけで清浄の対象にされてしまう。
この時、十香は思った。
―――私はこの世界で生きてても良いのか……?
と……
それらを教えてくれる者などいなかった。
いや……敵であるメカメカ団は私は死なねばならない、と言っていた。
地球上の一部を抉る災害生命体だと……
嗚呼、そうか―――私は……生きてはいけなかったのか。
そう思っていた。が、
『だから、君は……生きてて良いんだよ……!』
私は生きてて、良い。
今までに出会ってきた人間は、死なねばならない。存在してはならない。
などと、否定され続けられてきた十香にとって、初めての言葉であった。
―――士道。その初めてを言った人間だ。
姿も自分が知るメカメカ団のモノではなかったし、初めて会った時もメカメカ団とは違う雰囲気が感じられた。
初めは自分を欺く敵なのだと捉えていた。しかし、違っていた。
士道という人間は、
私という存在を受け入れてくれた。
十香という人間の名前をくれた
そしてデェトというものをしてもらった。
人間の本当の姿を見せてくれた。
士道は私を救う、と言ってくれた。
世界の敵のような、存在してはいけないという自分の存在を士道は真っ直ぐに肯定してくれた。私はこの世界で生きててもいいと……
そんな人間になど、自分が生まれてから一度として言われたことがなかった。
さらに言えば、士道が私にしてくれたことが何もかもが初めてで、私の知らないことをたくさん……たくさんというモノを教えてくれた。
士道自身も人間のくせして人間の物や動作に一々驚く姿が妙にもどかしく思わせてくる。
単純に言えば、十香は人間の士道に対する物珍しさから、士道としての人間に惹かれていた、に心変わりしていたのだ。
ヤツは雰囲気や口調がころころ変わる不思議な人間だが、そんな彼にどこか惹かれる魅力があった。ぶっきらぼうではあるが、意外と面倒見がある。だがその裏腹に心配してしまいそうな感じもある。それがいいと十香は思ってしまった。
そして十香は気づく―――
―――私は、士道という存在が気に入っていたのだと……
だから今こうして怒っているのだな、と十香は思った。
士道が殺されて、ここまで怒り狂うなんて十香自身も想像以上に感じたことがなかったのだろう。
「―――
そう、士道は殺された。存在を肯定してくれる士道が……
ASTである鳶一折紙は
十香はこれを好機に全力にして最大―――総てを以てして【最後の剣】に力を溜める。
「我が友よ、我が親友よ……今こそ仇を討っ――――――」
言葉が―――途切れた。今こそ渾身の一撃を喰らわせようとしたその瞬間に、だ。
それは、十香にとって思いがけない現象であったからだ。
その現象とは―――
「―――十香ッ!!」
「シ……ドー……?」
遠山キンジこと五河士道は、暗闇の中で……密かに精神を彷徨っていた。
(……まだ、俺は死んでいないのか……?)
だったら早く目を覚まさせないとな。じゃないと十香に心配を掛けさせちまう。
そう思った俺はゆっくりと瞼を空けたのだが、そこはあの高台の公園じゃなかった。
ここは、どこだ? 何もないぞ
辺りを見回すのだが、どこもかしこも白い……しかも地平線というものがない。
本当に、何もない空間であった。
―――久しぶり。
(……?)
―――やっと、やっと会えたね。『―――』
突然、話しかけられて一瞬動揺したが……誰だ? お前は……
それは声とは言い難い声で、モヤによる霧が掛かっててヤツの姿が確認できない。
(だが……どこか懐かしい感じがするな)
―――嬉しいよ。でも、もう少しだけ……待って。
(お、おいっ……お前は、誰なんだ!?)
―――もう、絶対に離さないから。もう、君を間違えたりしないから……ね、だから。
男なのか女なのかわからん声が、スゥ―――と消えていった。
その直後―――
「―――……つぅッッ!?」
気付いたら、夕焼けに照らされた小さな公園で俺は気絶していた。
それが突然の高熱が体に帯び始め、覆い尽くすと……
「傷がない……だと?」
あれだけ盛大に空けられたというのに、今では何も痕跡すら残さず治っていた。
これは、前に琴里が言っていた不思議な力だというのか。
俺も
「―――それに、なっているな」
ドクンッと唸りあがる血流が、HSSが目覚めていく。
これはヒステリア・アゴニザンテ……通称・『
あー……風穴空けられて生き返ったんだから、マジで俺……どんどん人間やめた人間になっていくな。
などと思い浮かべていた俺は、溜息を1つ付きながら頬を指先で掻いた。
その時だった―――途方から衝撃波による突風と震動が高台の公園を震わせていたのに気付く。
(あれは、十香か……?)
先の制服姿から、あの鎧のドレス姿になっている。
さらに言えば十香の表情が憤慨に満ちており、その怒りのまま長大な大剣を振るいながら漆黒の眩い光を、ASTの1人に炸裂させていた。しかも攻撃を喰らっているのは鳶一折紙。
ということは、さっき狙撃したのは折紙だったのか……
この刹那を思考に当てていた俺はすぐに対応策を練っていた。
折紙の着装しているCR-ユニットも相当頑丈にできているようだが、相手は精霊―――絶大なる力の前にいつまでも保てるような耐久力はないはず。それにいずれにせよ、あの力だ。すぐに手を打たないと公園ごと吹き飛ばされかねないぞ……!
それに十香のもとに行くのはいいが、これほどの風と震動だ。歩くのもままならない。
いったい、どうすれば……
と、思っていた矢先に俺は……俺の視界が白くなった。
「……!」
この感覚は孫の
そう理解した俺はすぐさまに艦内の内部に辿り着き、
「―――こちらへ!」
艦内のクルーと思われる男が駆けつけて俺を艦橋へと誘導される。
「目覚めた気分はどうだったかしら? 士道」
「……最悪だ。それと琴里、目覚めたばかりで状況が掴めない。外の様子はどうなんだ?」
艦橋に着いた俺は琴里の言葉に応答し、次に俺が質問をする。
まるでこのことを予め分かっていたかのような琴里はチュッパチャプスを咥えながら再び口が開く。
「そうね……士道がASTに狙撃されちゃって、怒っちゃったお姫様がASTに殺しにかかっているわ」
説明と共に艦橋の大スクリーンが映し出され、琴里はその映像の中にいる十香を指した。
……確かにさっき見た通り怒りに猛威を発しているな。
画面を見れば折紙が襲われているうちに他のASTが十香に兵器を打ち込んでいるものの、それは儚い塵に過ぎず……体部に掠り傷を負うことは全くと言っていいほどなかった。十香はギロりと鋭い目線を小賢しいと思うばかりか大剣で薙ぎ払うと、ASTのウィザードたちは単純な衝撃波だけで吹き飛ばされていく。
(これが、精霊本来の力か……)
例え……通常の俺がヒステリア・レガルメンテで75倍まで引き上げたとしても、勝てる相手ではない。前世で玉藻が言っていた緋々神もこんな感じなんだろうかと俺は思った。
「完全にキレてるわね。よほど士道が殺されたことが許せないのかしら」
殺された、ね……そういえば琴里はどうして俺が殺されたことに、何も動じないんだ。
確かに1・2回死んだことがある俺が言うのも釈然としないが、人が画面越しとはいえ、目の前で兄である俺が死んだんだ。それを琴里は全く動じず、まるで俺が生き返ることを想定していたとでも言うような口調であった。
と、俺は琴里の言葉から疑問がいろいろと浮かび上がるんだが、これだけは聞いておきたいな。例え聞けなくても、ヒステリアモードの俺ならたった一言で多少は理解できるかもしれない。
「……琴里、1つ聞きたいことがあるんだが……何故俺はあの時生き返れたんだ?」
心臓が止まった瞬間、死に際に至るわけだからアゴニザンテが発動する。そして直後に心臓を回天で動かせばいい。だが、精霊でもない俺が胴体に風穴を空けられて即死したはずなのに、生き返っている。……しかも空けられた部分が跡形もなく治っているのだ。気にならないというわけにはいかない。
……琴里は知っているはずだ。俺が持つ精霊を封じる何かを。
その何かに関して、琴里から聞き出せないか試みると―――
「ん~……その辺の話は別にしましょ。それに先にやることはあるんだから」
はぐらかそうとする琴里なのだが、どういうわけか俺の何かに関するこの力を話したがらない。
おそらく、今知られてしまうとマズイと判断しているのだろう。
風穴空けられたときに働いたあの炎は普通のモノではなく、白雪の超能力のように特別な力が感じられたわけだし、そのおかげで再生したんだからな。
ただ、それだけで俺の持つこの力が全てだとは思えないが、どうしても引っ掛かる。
俺が何故そんな力を持ち、どこでそんな力を得たのか……
(琴里はどこまで俺の力を理解しているんだ……?)
長いこと琴里とは共に過ごしてきた兄妹なのだが、今までに不審な行動をとった仕草なんか見たことがない。
俺の場合、遠山家の先祖が丸暗記のために開発した猾経があるのだが、あれはヒステリアモードの時に『
それと何故か知らないが、今世の記憶が半ば曖昧で……まるでごっそりと持ってかれたかのような感覚があり、昔のことがハッキリと覚えていないのだ。
今可能な限りヒス俺の中に眠る記憶を思い出そうとしているのだが……やはり思い浮かべれないか。
「ほら、ぐずぐずしてないで急ぐわよ。自分のことは後にしなさい」
……そうだったな。今は自分のことなんかどうでもいい。
優先すべきは十香だ。早くとめないと公園もそうだが、天宮市の市内も危険に陥ってしまう。
「わかった。……だが十香の精霊の力をどうするつもりだ」
俺は十香に好意を抱かせることが条件だとは聞いてはいたが、それだけで精霊の力を封印できるとは思えない。なら方法は何だ、というのだ。さっきの蘇生したのと何か関係があるのか?
いくらヒステリアモードの俺でも、これだけは思い至ることは出来なかった。
結局のところ、琴里の考えることは最後まで分からなかった……ということだ。
妹ってヤツは本当にやることなすこと分からないもだな。
と、思っていると―――琴里の表情がニヤりと笑みに変わるのに気付く。
「そうねー、私としても精霊のせいで街中や人身による被害は控えたいものよね」
「ああ、俺もそれは戴けないな」
「うん、上出来! それでこそ
そう言って琴里は楽観的に俺から視線を逸らしてモニターの方へと向けてから声を張り上げて艦橋内を響かせた。
「<フラクシナス>旋回! 戦闘ポイントに移動! ズレは1メートル以内に収めなさい!」
『了解!!』
クルーたちによる声が一斉に応答する。
その直後……微動だが、<フラクシナス>が動いているのがわかる。
「で、結局は精霊の力を封じるのはどうやるんだ?」
「知らないの? 呪いにかかったお姫様を救う方法……そんなの、1つしかないじゃない――――――」
クスッ、と笑う琴里は手にしたチュッパチャプスにソッ、と口づけする。
ヒステリアモードとなった俺の思考は琴里のその動作だけですぐに理解してしまった。
……ああ、なるほど……そういうことか。
確かにお姫様を救うのはそれが定番だろうな。
琴里は画面上の十香の様子を伺っていると、
「んー……お姫様は滞空中かー。それなら士道を突き落しちゃえばいいわね。パラシュート? 直下のズレ? そんなの士道なら何とかなるでしょ。失敗しても真っ赤なお花が開くだけでしょうけど……」
おい……琴里よ、兄である俺に何をさせる気なんだ。
パラシュートから察するに、まさかだと思うが……いやいや、流石の俺でもパラなしでそれは無理があるだろ。
「こ、琴里……君がやろうとしてるのは、まさかだとは思うけど……」
「ええ、士道のお察しの通りよ」
パチンッと琴里はニヤりと楽しそうに微笑を浮かべながら指を鳴らすと、俺の両脇に鍛え上げられた男性が現れる。と、思った瞬間―――ガシッと身動きができないよう両腕を拘束される。
「こ……琴里……?」
「グッドラック!」
琴里は親指を立てて、ウインクをしてくる。
驚愕に加え、唖然と掴まされた俺は身動きできない体を2人の男が軽々と持ち上げられ、そのまま連れ去られるのだが……
「お、おい……」
<フラクシナス>の下部に着いたと思ったらこれだ。
ハッチが開かれ、男は外に落ちるギリギリまで俺を連れてこさせてくる。
(う……うそだろっ!?)
見れば見るほどゾッとするぜ。確かに俺は前世で上空何千メートルものの高さからカツェと共に飛行船の上から落ちたものだが、あの時はパラシュートや山の表面が斜めっていたから偶然助かったんだ。
だが今の俺は……そんな偶然になりそうなものなんて……なさそうだ。
すぐにでも抵抗して見せようかと思ったのだが、どうやら力でどうにかできるようなものじゃないらしい。つまり―――
『―――幸運を』
「……ッ!?」
有無を言わさず、ただ俺は男2人に何もない空中へと放り込まれた。
「う、うおおおおおぉぉぉぉぉッッッ!?」
バスジャックでヘリからバスに移る際に飛び降りたあの感覚。
ブラドとの戦いで上空296mのビルから生身で落ちそうになったあの感覚。
シャーロックが消える直後にICBMから落ちたあの感覚。
ワトソンと攻防一戦時に追い詰められた際に建設途中の
ジーサードとの激闘でガリオンから落とされそうになったあの感覚。
カツェと飛行船上で争った時、共に身を擲ってしまったあの感覚。
……そして、今回の俺は空飛ぶ艦隊から降下するわけだが、
俺ってヤツはとことんお空の上から振り落とされることが多いのな。
悲鳴ついでにそんなことを考えていた俺なのだが、パラシュートも空飛ぶ魔法も持たないので、もうどうしようもないのである。いくらヒステリアモードが天下無双だからって、人間は何もなければ何もできないのだ。
……それと今気づいたんだが、不思議と体に浮遊感がある。
落下するとき普通は降下スピードが上がるものなんだが、一向に速さが高まらない。
ヒステリアモードの思考から、これは<ラタトスク>の仕業だな……と感じ取れた。理屈はわからないが、瞬間移動や空飛ぶ見えない艦隊があるのだからこれぐらいあって当然だろう、に加えてこの世界がこういう世界なんだと思えば納得が付く。
ああ、なるほど……とな。
だからと言ってこの高さから落ちていることには変わりはない。
それに十香は今、折紙やASTの隊員と交戦中なのだ。これをどうにか鎮めないとな。
俺は視線を下に流し、荒ぶる十香に向けて思いっきり口を大きく吸った―――
「―――十香ッ!!」
人間サイズとは思えないほどの大きさを誇る大剣を軽々と振り回す十香に叫んだ。
あまりの怒りに聞こえなかったらどうしようかと思ったのだが、どうやら無事に俺の声が届いたらしく、十香は顔をこちらに振り向かせる。
「シ……ドー……?」
目を丸くした十香。ははっ、さっきまで死んでいたはずの俺がなぜ生きているのか、って顔だね。でもそれは仕方ない。俺も生き返るとは思わなかったんだからな。
ヒステリアモードなりの解釈をした俺は両腕と両足、身体を全体に広げ、十香は落下してくる俺を軽く受け止めた。
俺をその大剣を持ったままお姫様抱っことは……閻同様凄いな。鬼や精霊っていうのは……人間にはない魅力があるよ。
「やあ、十香。さっきぶりだね」
「し、シドー……生きているのだな。嘘ではないのだな」
「もちろん、君を救いに来たよ。ヒーローというのは遅れてやってくるものだからね。……とは言ってみたものの、救われたのは俺の方かな」
空から落ちる俺を受け止めてくれたのだから、騎士とお姫様の立場が真逆になってしまったよ。それに、普通は空から落ちるのって男ではなく女の子だと思うんだがね。
などと思っていた俺はお姫様抱っこから空中に立つかのような体勢を取るのだが、十香はそんな俺をお構いなしに体を震わせていた。その直後、
「と、十香……君の剣が凄く光っているように見えるのだけれど、これはどういうことかなっ?」
「……!? し、しまった……! 力の制御がっ」
十香は自分の持つ剣を見て大きく瞳を開かれる。
しかも、剣から発せられる漆黒の稲妻が外に漏れだし、地面や木々を抉っていた。
「こ……これは……っ?」
「【最後の剣】の力を引き出しすぎた……! どこかに力を放出させねば!?」
「どこって、どうするつもりだ」
見れば見るほど大剣の力が大きくなっていくのが分かる。
確かにこのままでは不味いな。
そう思っていた俺に対し、十香はスッ―――と視線を下に向けた。
「……っ?」
俺も十香の目線をなぞって移すと、その視界には気絶している折紙がいた。
まさか―――!?
「十香! そっちに向けては駄目だッ!!」
「……ッ、ではどうするのだっ!? もう限界だぞ……!」
「……!」
十香が焦る中、俺はヒステリアモードの影響なのか、こんな時でも冷静であった。
焦っていては戦闘時に支障が起こり兼ねないし、混乱していては埒があかない。
それでどうする。……確か、琴里がやっていたあの仕草。
本当にその方法で精霊の力を封じることができるのか? そんなマンガやお伽噺染みた方法で……
だが……やるしかないだろうな。キス……を。
それに俺は妹の言葉を信じている。どんなに嘘をつかれようと、騙されていると知っていようと、常に妹や弟を信じてやるのが兄としての役目だからね。
「―――待ってくれ十香、落ち着いて聞いてほしい」
「なんだ! こんな時に……!」
「こんな時だからこそ落ち着かせるべきだと思うよ。それに……この現象をどうにかできるかもしれないんだ」
「な、なんだと!? シドー! それはどうするのだ!?」
……お姫様を救う方法はいつだって決まってる。
アニメでも、漫画でも、映画でも、いつだって愛の力が世界を救うのだからね。
「……十香、俺とキスをしよう」
「キス……っ? シドー、キスとは何だ」
―――十香はキスのことも知らない。
なら、教えてあげよう。
さっき十香の知らないことを教えてあげると約束したばかりだからね。
俺は「フッ」と笑みを零しながら、
「キスは―――唇と唇を合わせる、愛情表現のこと。自分と相手……互いが好きだという証のことを言うんだよ」
そして、愛の力によって世界を救うのは勇者でも、正義の味方でも、救世主でもない。
救うのは―――物語の主人公である。
十香は自分の桃色の唇を微かに動かした。
「唇と、唇……」
「そうだ、十香。……だけど、ムリとは言わない。嫌だったら、避けてくれて構わない――――――」
それを最後に、俺はゆっくりと十香の唇に向けて自分の唇を……近づけた。
だが、十香は俺を避けようとせず、受け入れてくれた。
―――柔らかい。甘くて、ほんのりとしていて、若干きなこの匂いがするものの……これは正しく女性の唇だ。
(これほどの熱さは、久しぶりだ)
アリアより微かに劣るが、それでも……血流が速く、獰猛に動いている。
先ほどまでの俺はアゴニザンテであったが、今の俺はノルマーレ。どうやら十香のキスで目覚めたらしい。
そして―――
顕現された【最後の剣】は膨大な力を雲散霧消の如く光の粒子となって消え失せ―――長大な刀身は亀裂が走り、砕け散った。
「な―――っ?」
さらに十香が突然声を上げたかと思い、俺は去った【最後の剣】に向けていた視線を下に向けると、
「……!!」
なんと自分の装っていた鎧のドレスが一瞬にして剣と同じく光の粒子となってしまった。次第にそれも全て肌蹴させてしまい、もろ素っ裸である……!
十香が驚いていたのはこれのことだったのか。俺がそれを見ていることに気づいた十香は自分の姿がアレなものなので思わずと言った感じで頬を赤くなる。
「み、見るな!」
「す、済まない! 決して悪気があったわけじゃないんだっ」
十香に言われた俺は慌てて顔の向きを上に、視線も瞼を閉じて見ないようにした。
だが気付けば、足元に何やら地面が着いたという感触がする。
そうか……これが琴里が言っていた封印だったんだな。好感度の上昇を条件に、デートして、恋をさせ、そしてキスさせることで完璧に封じる……なるほど、俺の能力ってのはそういう性質なんだ。
っと、感心を抱いている場合じゃない。
裸になった十香に上着か何かを着せないと……
「それでは見えてしまうではないかっ、後ろを向け!」
「……? ……ああ、わかった」
脱ぎ掛けの上着を思わず袖に腕を再び通してしまい、あげくヒス俺は基本女性の言うことを大抵聞くので咄嗟に後ろに振り返ってしまったのだが、十香は俺に後ろを向かせてどうするつもりなんだい。
などと思っていると、何やら後ろからピトっ―――と十香は俺の胴に両腕を回して抱き付いてきた。
―――これは……
「十香……?」
「……これで見えないのだ」
「いや、確かに見えないけれど……それで良いのかな?」
顔を半分だけ振り返りながら聞いてみると、十香は後ろでコクリと頷いてくる。
うーん、この子は人間のように羞恥心を持っているようだけれど、こういうのは大丈夫なのかな、と俺は思うのだが今のところ十香はこれで満足しているようなので、ソッとしておくのがベストなのだろう。
……それにしても、背中に柔らかいモノが当たっているのだが……これは困ったな。
十香自身、気付いていないみたいだし、どうしたものか。
と、考えていた俺に、
「シドー……」
後ろから上目遣いをした十香が話しかけてきた。
「ん……どうしたんだい?」
「また、連れて行ってくれるか……デェトに」
「―――……お姫様からの申し出だ。断る理由なんてないよ」
俺はそう答えると、十香は満面な笑みを浮かべた。
―――あれからというものの、ヒステリアモードを保っていた俺はすぐに<フラクシナス>にインカムを通して転送装置で移動するなり医務室のベッドを借りて一眠りしようと思っていた。あれだけの事だったから疲れで眠れるだろうと思ったのだが、ヒステリアモードの覚醒が遮ってて寝つけが悪かったのを覚えている。
<フラクシナス>内で琴里を探そうと思ったのだが、その時不在だったようで令音に聞いてみたところ、急用な事情があるらしく、琴里にしか入れないと言われている<フラクシナス>の部屋に向かったらしい。
そのことを詳しく聞こうかと思ったのだが、令音も神無月も知らされていないそうだ。
まあ、好奇心は猫を殺すかっていうし、これ以上の詮索は止しておこう。
そして問題は十香だ。検査中というが、やはり心配である。
だが<ラタトスク機関>の構成員と思われる人たちに問いかけても、俺と十香に会わせる様子も見せない。メディカルチェックを受けているそうなので、ひとまず安心ってところか……
「……ふぁ」
ヒステリアモードもその直後に解けてきたので、やはり……というべきか脳に負担を掛けるHSSの反動が今になってきたな。……眠い。
俺は再び医務室に戻り、ちょうど令音がいたのでベッドを借りると……
「……シン、ご苦労だったね」
「お陰様でな。……十香の容態はどうなんですか?」
「……今のところ問題ないよ。驚くことに霊力の反応が見られないし、至って正常だ」
そうか、それなら良かったな。
これで十香もASTに狙われることはまず無いし、俺ら人間のように日常が送れるようになったわけだ。
「……それと前にも言ったが、私のことは令音で構わない。敬語も必要ないからタメ口でいい……連携と協力は信頼から来るものだからね」
「ん……ああ、わかった」
もちろん、私も君のことを名前で呼ぶ―――というので、俺はそうさせてもらうか。
こっちの方が気楽だし、前世でもふつうにそうさせてきたのだから、連携と協力は信頼から来るってのは確かに一理ある。武偵法1条『仲間を信じ、仲間を助けよ』……のようにな。
案外、令音の前世は武偵だったんじゃないだろうか……
「……もう1つ、シン。君に聞きたいことがあるのだが……いいかい」
「あー……応えられる範囲なら構わん」
正直今は寝たいという気持ちが強く、流れで俺は答えつつ……
ドッカリと横たわり、ベッドの掛布団を自分に掛けた俺は令音に背を向けつつ、
身体を埋めるように丸くなった。
それを気にも留めない令音は淡々と口を動かす。
「……君は精霊―――十香と今日のことや出会った時もそうだが、あの時の君はどこか性格が入れ替わったかのように見えた」
「なっ!?」
バッ―――と跳躍するかのように起き上がった。
まさか、ヒステリアモードのことがバレたのか……っ?
令音はこの艦の解析官や医者の真似事をしているぐらいだから、俺の正体を知っていても不思議じゃない。
今までの眠気が覚めるが如く目を見開いた俺は声を出せずに口を開けたまま呆然と令音に耳を傾けた。
「……君は……――――――」
「……」
ごくりと喉を唸らせ、俺は深刻そうな表情を作りながら冷や汗を掻く。
こんなところでバレて……もし琴里や<ラタトスク機関>に知れ渡ったらたいへんなことになりかねん。
この世界において俺の持つHSSを知るのは誰1人としていないのだ。
今ここで俺は知られないように気を付けていたのだが、ここまでなのか……
俺は苦にしたように令音を見つめ、答えを待っていた。
そして―――
「―――……二重人格なのかい?」
お気に入り登録者が200人越えです!
ありがとうございます!
まだまだ未熟な自分ですが、これからもよろしくお願いします。
そして十香編終了です。いやー長かった。
今回は原作に基づいた風に書きましたが、次回から徐々に変化していく予定ですので、キンちゃんの活躍と共にお楽しみください。
次回といえば、あの子の登場。みんなはわかるよね?
それでは感想・批評・誤字脱字がありましたらよろしくお願いします。