「で、なんで十香が俺の家……しかも風呂を使ってんだ?」
俺は口元をへの字に変えて夜刀神十香に尋ねてみる。
その一方で先ほどの風呂の件で十香は、「むぅ」と頬を染めながらキチンしたと服装で風呂場から出て来てくれた、が……なんて姿だ。
十香が着用しているのは俺のワイシャツだった。
そこまでは別にいい。だが着慣れないのか所々ボタンに
体格的にも俺の方が大きいせいか、十香の着るワイシャツの襟が少しズレて肌が晒されており、風呂上りの可愛らしい
「シドーの妹から話を聞いていないのか? 妹はナンチャラ訓練をやるらしくてだな。しばらくの間はシドーの家に住むことになった」
と、十香なりに説明してくれるのは有り難いが、
俺の脳内は今ヒステリア性による刺激が強すぎて頭がそっちに向いちゃっているようだ。
懸命に説明してくれているのに、何だかすみません。ホントに……
「……てことは、その訓練の内容は琴里に聞いた方がいいってことか」
何とか訓練や住むの言葉を聞き取ったが、また俺に訓練という名のギャルゲーとかナンパとかさせるんじゃないんだろうな。二度とごめんだぞ、あんなの。
「ぬ……私もそこまでしか聞かされていないのだ。すまん」
「いや、琴里のことだ。どうせ何か企んでいるに違いないと思うんだが、あくまで<ラタトスク機関>の企画か何かだろ。気にすんな」
性的に今は十香の方へ顔を向けているとヒステリアモードに
などと俺の言葉をどう受け取ったのか知らないが、十香はホッとした表情を浮かべ「おお」と無邪気な返事をした。その直後、
「―――……邪魔しているよ、キンイチ」
と、やけに眠たそうな女性の声が俺の耳に入る。
その声には俺も聞き覚えがあった。
「令音か。というか、それは兄さ―――じゃなくて俺は士道だ。いい加減覚えろよ」
などと呆れた口調で言うが、実際のところ令音は俺の正体を知っているとかじゃないだろうな。あの時も俺のHSSの正体を数回見せただけで気付き始めたぐらいだし、今のところ二重人格で通したが、それも時間の問題だろう。
<フラクシナス>にはどうやら俺の性的興奮を感じ取る機械が搭載されているみたいだから、下手な行動して悟られてしまったらマズイことになりかねん。
念を押して気を引き締めておかないとな。
「……ああ、失礼。名前が違っていたね、シンジ」
「あくまでも俺の名前を言わないつもりか……」
愛称も何気に士道とキンジの間をとったような名前じゃねえか。
もはや士道という名前を愛称として呼ばないと令音にとっては納得がいかないらしい。
「……まあ、それはさておき。先ほどシンジと十香の話を聞かせてもらったが、今回の訓練に十香が必要だったので連れて来させてもらったよ」
すでにシンジと呼称するようになった令音に俺は頷く。
十香がここにいる理由はさっき十香本人に聞いたからわかるとして、その本人が訓練になんで必要なのか尋ねてみようと思った直後、リビングの方から足音が聞こえたので振り向いたら、1人の幼げな紅色のツインテールをした琴里がひょっこりと顔を出し、
「おー? おにーちゃん、おかえりー」
と、口にチュッパチャプスを咥えた状態で出迎えて来てくれた。
それに俺は「ただいま」と返事をすると令音はその色付いた目の下の隈を指先で擦りながら口を開く。
「……それと、シンジは訓練の内容を話す前に……君は先に風呂に入るべきではないのかね」
令音に指摘され、自分のずぶ濡れた姿を見て俺は溜息を吐く。
そういや、シャーロックに傘を差してもらうまではずっと濡れたまま帰ったんだっけ。
だからなのか、制服が張り付いてて妙に気持ち悪いなとは思っていたが、十香や訓練の件で頭がそっちにいってたから忘れてたぜ。
「……そうさせてもらうよ」
風呂から上がった俺は薄い灰色のトップに半ズボンを履いた普段着の姿で琴里の部屋に上がり、テーブルを間に琴里と令音を向い合せた状態で座り込んだ。周りを見渡せばタンスやベッドが置いてあり、それらの上には如何にも女の子って感じのぬいぐるみが飾ってあった。
あまり女子の部屋に詳しくないが、理子にレキ、ジャンヌや萌などの部屋を見てきた限り琴里の部屋はどちらかというと萌の実家の部屋にそっくりな印象がある。まあ、あれが一般人の当たり前の姿だがな。
「それはそうと、訓練って何をやればいいんだ? またギャルゲとかナンパとか……あんなのはお断りだからな」
この砂糖菓子のような甘くて危険な匂いが鼻孔を擽っているので、早めに切り上げたいと思った俺は琴里に尋ねてみる。
「……それについては私から話しておこうか」
令音は手元に砂糖を多めっていうか、角砂糖がカップからはみ出るほどの量を詰め込んだコーヒーカップを口に付け、その直後に喋りだす。
「……話すことと言っても、事の重大な話は2つだけだがね。まず1つは十香のアフターケアーのためさ」
「アフターケアーって、どこか悪いのか? 見る限り十香は如何にも健康体って感じに思えるが」
などと俺は令音に尋ねる。十香はリビングでアニメの再放送とかで夢中になっているらしく、今こうしてアニメを時間稼ぎに利用して訓練の内容を聞いているのだが、今日まで風邪一つすら掛からなかったアイツにヒーリングなんて必要あるのか?
そう考えていると、令音は俺の考えに察したらしく、ジト目のような瞳で否定した。
「……いや、君の言うアフターケアーと少し違うかな。シンジは先月、十香の精霊の力を封印したのを記憶に残っているね?」
「あ、あぁ……覚えてる。まあ、あんな衝撃的な出来事を数ヵ月で忘れることが出来たらある意味では凄いかもな」
実際にあの頃の出来事を再び思い返してみても分かるように、今まで平穏な日常を送っていた俺だが、精霊やらASTなどの出現で静かな日常をいっきにひっくり返され、俺にその精霊の力を封印できるとかでまた、前世のような壮絶な非日常を過ごすようになってきたんだから、これを忘れろ、と言う方がおかしい。
「で、それがどう関係にあるんだよ。アフターケアーや封印と何か関係があるのか……?」
と尋ねた俺は眉間に皺を寄せて耳を傾ける。
対する令音は至って表情に変化がなく、まるで機械か人形のように言動を発した。
「……そうだね。君や十香には目に見えない、
「その話が確かなら、俺の方にASTからの御鉢が回ってくるんじゃないのか?」
体内に流れてくるんだから、その霊力っていうのは俺の中にあるということになる。それがASTなんかに感知されて、あの空飛ぶ
……せめて同じCR-ユニットとやらがあれば話は変わるんだがな。
「……ん、ああ。確かにその可能性はあったようだがね。霊力はどうやら発動しなければ感知されないようだ。たとえば、十香とのデートの際に彼女がASTに感知されるのが遅かったように、君も霊力に触れなければ狙われることはないのさ。まるで君という隠れ蓑が十香の霊力を隠しているようにね」
そこまで聞いて俺はゆっくりと頷く。すると令音は途端に腕を組みだし、このシリアスな雰囲気を促しながら口を開いた。
「……それと先ほど言った経路は、十香の心情によって変化が生じることがあると分かってね。精神状態が悪くなると封印された霊力がシンジの体内から逆流してしまう恐れがあるそうだ」
「それは大丈夫なんだろうな……」
十香にとって何か不都合な事が起きれば霊力が戻ってくるっていうのかよ。
それも、アリア以上に厄介な条件のようだ。あいつは闘争心や恋愛という感情から干渉しなければ緋々神にならずに済むし、アリアもその辺のことは弁えているはず。
だが十香は違う。精霊ということもあって人間とは異なった人情を持っている。人間に近いとはいえ、社会的にも遠い立ち位置にいるわけだから、間違った方向に進めばそれこそ危うい位置取りになるわけだ。
「……大丈夫だ、シンジ。我々がこの件について何もしていないわけではない。今は君の家に住まわせる予定ではあるが、暫くすると<フラクシナス>の隔離施設から外部居住区に移させる計画を見積もっているようだ」
外部居住区って、いわゆる寮みたいな俺の前世でいうあんな感じのモノだろうか。
令音によると、特設住宅っていうのは、精霊のちょっとした暴走でもある程度は耐えられるという要塞染みた頑丈さを持つ家らしい。<ラタトスク機関>で1日2回もの定期検査の際、あまり好きではないという十香もこれなら精神状態も安定に持ち込めるだろうと、考慮したそうだ。
「それなら速く建設できるようにしてくれ。風呂の件も含めてだが、屋根の下に男1人に女が何人もいると、俺の気がもたん」
他の男子からすればこういうのは喜ぶのだろうが、俺の場合は喜ばしいものではないからな。だが悲しいかな。こういう事を言っても大抵は、
「……残念ながらね。我々も最善に尽くしてはいるが、それでも何日かは掛かるそうだ。その間に君と彼女で訓練させるさ」
などと令音は淡々と答えるが、正直言うとあまり聞きたくなかったな。
俺と十香で訓練って、ギャルゲとナンパの次なのだから何をしてくるか想像できない。
毎回警戒しなきゃならないってことなのかよ。
ムッとした口元に変えながら俺は令音の言い分に返す言葉が無かったので仕方なく……仕方なくだが、従うことにしておこう。断ったら隣にいる琴里から何されるか分からんからな。どっかの誰かさんと似た雰囲気をしているからかな、本能的にわずか身震いを仕出す。
「……それに、十香は君といる時が他と比べて一番安定しているんだよ」
「そ、そうなのか?」
突然話題が変えられて戸惑う俺だが、先の言葉を聞いて疑問を浮かべる。
(あの十香が俺といて安定している……だと?)
ハッキリ言うと、俺といる時の十香って、普段から学校でしかいないわけだから。
そんな十香の姿って言ったら、折紙とじゃれあう姿でしか頭に浮かばないのだが……
逆に不機嫌とかになるんじゃないのか?
「……ああ、君から見れば想像し難いと思うのだが……学校の生徒たちや我々<ラタトスク機関>の皆はもちろん、それなりに長い時間を過ごしている私や琴里ですらも信頼に対する心が開いていない様子だ。が、君を除いてね」
「……ッ」
ということは、十香は俺にしか信頼を寄せてはいないってことだ。
懐かれているみたいで少し擽ったいが、かと言ってそれがずっとという訳にはいかないだろう。生まれたての雛だって何れは自由な空へと羽搏く社会に向かっていくわけだ。十香も人間の社会に溶け込めるようにしなくてはならないし、俺みたいなネクラでコミュ力のないヤツに付いてもアレだしなあ。
「はぁ……それで、もう1つの理由ってのはなんだよ」
などと呆れた素振りを見せながら溜息を付く俺は、令音に尋ねてみる。
「……そうだね、これは単純にしてシンプルな内容だ。
―――シンジ……君のための訓練さ」
令音たちとの話が終わったので、やっとのことで解放された俺は一刻も早く自室に向かい、ベッドに身を投じた。琴里からも訓練について話してはくれたが、普段通りに過ごしていればいいとのこと。何か裏がありそうな雰囲気かもしれないが、今日はもう眠たい気分なんだ。あの女の子といい、シャーロックといい、訓練といい、こういうハプニングの連続は慣れているとはいえ、精神的にしんどい……だがこんだけ眠気が差していれば、すぐに眠れるさ。……おやすみ。
『……里。琴里、起きてくれ、作戦時間だ』
「うっ、んー……令音ー?」
『寝起きのところ悪いが、準備が出来たのでね。指示を頼みたい』
誰もが眠っているこの時間。その中で令音が1人の少女……琴里を起こしていた。
「……そう、ね。もう時間かー。……うぅ」
普段起きない時間帯のせいか、眠気が再び襲い掛かり、落ちかけている所を令音は1本のチュッパチャプスを琴里の口に咥えさせた。その時に掛かる甘味が脳内に刺激を与えるが如く意識をハッキリさせる。
「―――ッ!! ……目が、覚めたわ」
黒いリボンをツインテールにしながら巻き上げると、すぐさまにキリッとした態度の司令官へと変貌した。
『……それは良かった。では行こうか琴里』
「ええ。で、準備にかかる構成員の用意は……?」
『……ああ、もちろん指示通りに待機させてあるよ。今すぐにでも向かわせることが出来るさ』
玄関のカギを開けるため、兄である士道に気付かれないように足音を殺しながら琴里と令音は階段を下り、錠を開けたこの光景にはまるでデルタフォースかSATのような特殊部隊染みた黒集団が門内で待ち伏せていた。
彼らは<ラタトスク機関>に属する部隊の戦闘員とクルーである川越・幹本・中津川の3人が出揃っている。琴里はそれを見て、あることを気にしていた。
「……ターゲットは二階で就寝中よ。予定通り、頑張ってちょうだい」
『『『ラジャー』』』
(……頑張れれば、ね)
気にしていた事は、ただ1つ……
彼らに兄である五河士道を予定通りに行けるかどうかだった。
―――就寝中。
睡眠に入ってから数時間と経った今、ドアの方から隙間風が流れてくるのを感じる。
俺や
しかし、このパターン……どこか身に覚えが……?
『……眠ってるか?』
『士道くん、見た感じだと結構疲れてそうな顔でしたから、流石に寝てるでしょ』
ああ、そっか。昔妖刀にやられ、ベッドで就寝していたところを襲われたという悪夢があったんだ。
……
…………
………………妖刀ッ
『これより作戦を開始するぞ、お前たち』
『『『ラジャー』』』
などと男たちの小声が1秒ごとに近づいてくる。妖刀じゃない? 相手は複数か……
瞬間的に目が覚めた俺は即座に立ち上がれるよう、体勢を作り、跳ね起きる感覚で上体を起こす。
……俺はあれから夜襲にも対応できるよう琴里たちが言っていた訓練とやらと違って本格的にやってきたんだ。今回だけは感謝だな、妖刀……!
『よし、侵入成功だ』
『あとは彼を十香ちゃんのベッドにインさせるだけですね』
「……何を、俺にインさせるつもりだったんだ? お前ら」
『『『―――!?』』』
たった一声で、彼らの戸惑う様子が伺える。
……無理もないだろうな。一般市民の1人である俺が、訓練されたお前たちに気付かれるなど、思ってもみなかったんだろうが……生憎、俺も訓練された武偵だったんだ。そのくらいの足音なら俺じゃなくても並の武偵なら誰だって気付く。
それに俺はその昔、妖刀に夜襲を受けた悪夢を見た失態を晒しちまったんだからな。
見に染まった感覚は忘れないものさ。恨むなら妖刀に恨め。
「おい、川越」
「は、はい……な、なな何でしょう」
何やら怯えたような顔付きでいる<
幹本も中津川もテンパりすぎだろ。別にとって食ったりはしないぞ。
などと呆れた風に溜息を付く俺は眠気が覚めてしまったので腹いせに説教することにした。どうせ<ラタトスク機関>の……いや、琴里の仕業なんだろうし。
「歩くときの動作が堅すぎだ。それじゃあ足音を殺そうとしても殺しきれないだろ」
「は、はい!」
「幹本はワインや香水の匂いが濃い。ドアの隙間風で臭いがした。今後これを機に、夜のお店とやらに通うことを控えるんだな」
「あ……えぇ!?」
「あとお前もだ、中津川。暗い部屋の中だからって、その嵌めてあるグローブの金具から光が反射してたら、意味がないぞ」
「い、イエス・サー……」
「他のヤツらもだ。こんな夜遅くに狙うのは絶好のタイミングなんだろうが、狙う相手を油断しすぎたな」
そう言っている間にも少しずつ時間が経っていくのだが、いつの間にかコイツら正座してやがる……! こっちは叱っているつもりなんだがな、逆に関心するかのような目付きで見上げているぞ、コイツら。
中には『おおー』とか、『コイツ、できる』とか、『まるで司令のようだ』などと呟いているヤツらもいるし、俺って威厳っていうヤツがないのかな。
そう思い浮かべていたら、ほんの少しだが体が軽くなったような気がした。
(……まぁ、いいか。俺も最近……色々な出来事に遭遇されて疲れてたからな。毎日は嫌だが、偶にこういう刺激的な動意も悪くはない……おかげで日々のストレス発散にもなったしな)
毎度ながら遅れてしまい申し訳ありません。
更新ペースを上げられると思いきや、免許の取得や卒業のために色々と準備があって執筆する時間が取れませんでした。更新ペースも今のところ1ヵ月に1度という感じで安定しているので、これからはこのぐらいの更新速度でストーリーを進めていきたいと思います。
もちろん、完結にまで持っていかせるのでご安心を……
……そろそろキンちゃんに戦闘シーンがあっても良さそうですね。それに次回はあの娘が再び登場ですし。