1万3千という文字数に誤字脱字の確認、それと作者の利き腕である黄金の左腕が骨折してしまいまして、更新に遅れてしまいました。本当に申し訳ないです。
それとお気に入り数が500件、突破達成です!
皆さん、有難うございます!
あれから、よしのんとどれくらいの時間を過ごしたのだろうか。
十香と同様―――人間社会に関してはからっきし無知に等しく、何かと質問攻めには流石に参る俺だったが、この新鮮さに暇を持て余すような退屈さは無かった。
よしのんと一緒に居ても飽きないし、理子と同じようなテンションの高さは慣れているからなのか話しやすい。
何も喋らない少女の方も気になるが、喋りたくもないのに強要してしまえば嫌われかねない。ここはソッとしておいた方が安全なのかもしれんな。
『―――存外、良い雰囲気じゃない。人懐っこい性格がここまで良好に行くとは思わなかったわ』
などと口にしている琴里なのだが、<フラクシナス>に搭載されている精神状態のモニタリングによれば、かなりの数値を割り出しているらしく。好感度も安定しているらしい。
『―――これならキスしよう、って言えばしてくれるんじゃないかしら』
「……いや、それはないだろ」
冗談か本気かは知らんが、俺はそれに対し、眉間を歪に変えながら否定した。
精霊との封印の際、キスをする事によって成立する。
しかし、そのキスをして精霊の霊力を封じるために必要な条件の好感度が、一定以上でなければならないそうだ。好感度、そしてキス……十香の時もそうだが、これは明らかに『男女関係』の好意が関わっているのだろう。それぐらいは、俺でも分かる。
だが、
『くふふ、お喋りは楽しいねぇ。どーもあの人たちは無粋でさー』
「あ、ああ……そうだな」
必要な好感度が上がっているとはいえ、どうにも釈然としない。
休むことの無く雄弁に語る感情豊かなよしのんだが、喋っているのはよしのんであって、よしのんを操っている少女は至って変化がないのだ。
無言で無表情で無感情の三拍子揃ったそれは、まるでロボットレキのように感じるのだが……似て似非ずってヤツか、そうじゃない気がする。
さっきこの少女が俺を怖れてよしのんに入れ替わったあの時から、どこか引っ掛かるのだ。少女とよしのんとの間に何かが生じているっていうのを。
何かが足りない。それが分かればきっと見えてくるはずだ。
『……おおっ!!』
「ん、どうかしたのか?」
などと考えている内に、俺たちはどうやら玩具売場まで歩いてきたらしく、よしのんが興奮するかのようにいそいそと向かったのは、お子様用のジャングルジムだった。
『すっごーいねぇ! これ何て言うんっ?』
「……ジャングルジムだよ。それに登ったり、潜ったりする遊具だ」
と、言った矢先によしのんが『ほぇー』と呟きながら、せっせとそのジャングルジムを登り始める。少女も登らなくてはならないのにも拘らず、意外と器用なんだな。
先日の何もないところで転んだあの時とは大違いだ。
「おい、そんなところに登ってどうするつもりなんだ」
ジムの頂上に辿り着くなり、わはは、と笑うよしのんに俺は見上げながら聞いてみる。
『もちろん、士道くんを見下ろすために決まってるじゃなーい?』
人形のくせして何を言っているんだ、こいつは。
そしてよしのんは王様気分でも味わえたのか、調子に乗ってジムの上で動き回っていた。
危なっかしい感じもしたが、まあ空を飛べるみたいだし、仮に落ちたとしても対処できるだろう。
そう思っていた直後―――ずるっ!
『わッ、わわ……!?』
少女の片脚がジャングルジムの手すりを踏み外し……こっちに降ってきたぞ!?
「ちょ、おい、よしのんっ?」
予想はしていたが、まさか思っていた直後に降りかかってくるとは思いもしなかった俺は咄嗟のあまり手を伸ばしてしまった。
空を飛べる事は知ってたが、それ以前に身体の勝手が反射的に動いてしまい、少女とよしのんを落ちる地点に目掛けて滑り込み、腰を左手で抱え、右手を右肩に回す―――抱き寄せた状態を維持したまま、俺は地面を背中で受け止める。
だが、前世の身体と違い、石頭じゃないためか、受け身を取った衝撃に頭から激痛がまっしぐらに弾き出され―――クラッ、と一瞬だけ視界が黒く包まれていく。
「―――ッ」
そして俺は、ある事に気付いた。
意識を失いかけるものの、それ以前にこの状況で何が起こっているのかが衝撃的過ぎて気を失う事すら忘れてしまう。
―――この、柔らかい唇。この感覚……何かに触れている。これは……
(キス、しているのか……っ?)
唐突な出来事に、言葉すら失う。
そもそも口が口で防がれてて喋れないんだが、今、俺は精霊の女の子とキスしているんだ。だが、
(……っ)
―――……なってない、ヒステリアモードに。
こんな可愛らしい女の子とキスしているのにも拘らず、血の流れが熱くならない。
『―――……わお、やるじゃない。士道』
と、突然の琴里の声が耳に流れる。
流石の司令官もこの状況に赴くとは思ってもみなかったのだろう。
しかし、
(だとしたら、封印は……されたのか?)
確かに事故とはいえ、俺はキスをした。
精霊の力を封印するには、好感度を上げた状態でキスする事によって初めて霊力が封じられる。
だが、十香の頃と比べると、何故だか違和感が生じるばかりだ。
あの時、キスをした俺の中に何かが流れ込んでくる感覚はあった、が……それが感じられない。
令音から聞いた話だが、俺と十香との間には見えない
それが感じられないという事は、おそらく……
(封印は、されてないな)
ヒステリアモードにもなってない、封印もされてない。
条件も揃っているのにも拘らず、どれもが外れているのだ。
などと試行錯誤に俺は考えていると、
ウィンウィンウィンッ―――!!
(なっ、これは……!)
確かこの音は、精霊の機嫌が陥落した時に生じる警報音だったか。
今ここで鳴り響いているということは、ま、まさか……!
『―――あったたっ。士道くん、ごめんねぇ……よしのんの不注意だったよー』
―――ん?
機嫌を悪くすると鳴るように仕掛けが備わっているはずのサイレン。
だが明らかによしのんはその機嫌を損ねたという雰囲気とは思えなかった。
どういうことだ……
『―――士道……緊急事態よ。それも、史上凶悪にして最恐最悪の』
「まさか透明人間か?」
『―――違うわ、……そのASTはまだ見つかってないけど。それとは比べものにならないぐらい、
そう語る琴里の言葉に訝しく眉を顰める俺だったが、
―――感じ取れた。
凶悪にして、最恐最悪の……
「……ッ……」
確かに琴里の言う通りだ。透明人間なんかよりも、ヤバい。
バッ―――と振り返ると、その先に立つ1人の少女が怒りの
「と、十香……っ?」
来禅高校の制服を着た
―――いた。
外は雨でそんな中を走ってきたのか、全身がずぶ濡れで、息を荒くしている―――
「―――シドー、心配していたのだぞ」
ここで俺は、戦慄というものを肌で触れた。
それは、アリアのそれと同じで、それと同等な風穴モノを感じる。
「なのに……」
ぐすっ、と涙目を浮かべながら勢いに任せる、十香は……
「女とイチャコラしてるとは何事かあああぁぁぁ――――――ッッ!!」
「なっ……!?」
ダンッ―――!! と、地団駄を踏んだ。
床を陥没させ、亀裂を奔らせる。
……ッ、このっ、アリア同様、また真新しいタイプの地団駄を踏んでやがるな。
ひどく揺れるフロアに俺は何かにしがみついて耐え忍びながら考える。
精霊の力を封印したとはいえ、人間ほど身体能力に陥ってはおらず、常識はずれな運動能力は、微々たるものだが精霊の力を使用できるというのだ。
しかし、俺が思っているほどの微力ではなく、これは……
『―――……どうやら、士道と十香との間に繋がっている経路が逆流しているようね』
「ぎゃ、逆流っ? おい、それってまさか……!」
これも前に令音が言っていた事なんだが、封印した精霊の力……つまるところ俺に封じられている十香の霊力が、本人に戻っていくという事になる。そうなれば、
『―――そのまさかよ。今まさに十香は、
「……!」
それって、かなりマズイ事態に陥っているじゃねえか!?
外にはASTが、しかもデパート内に透明になったヤツもいる。
今の衝撃でそいつが感付いていてもおかしくない。
どうする……!
などと充ち溢れんばかりの焦燥感に、十香がこちらにやってきた。
先ほどの地団駄で少しは我を戻せたらしく、うるうると目尻に涙を溜めながら俺とよしのんを交互に見つめる。
と、とりあえず、十香にはこの誤解を何とか解かないと……
「シドー……さっき言っていた用事とは、この娘に会う事だったのか……!?」
「ま、待て、十香! それは……ちが―――」
と、そこで俺は咄嗟に口を紡がせた。
(ダメだ、言えない……!)
ここで「違う」と言うだけなら簡単だ。しかし、後ろにいるよしのんに疑いを持たれてしまいかねない。かと言って「そうだ」と肯定すれば、今度は十香に不信を抱かれてしまう。
「シドー、まさか……」
「……っ」
―――選べない。
どちらの選択肢も、功を成すが、禍も成す。とんでもない選択肢だ。
頼りになるはずの<フラクシナス>からの通信が来ない。琴里からの指示も、無い。
(……クソッ)
舞台を揺るがすこの状況下の中で、解決策を考えていた俺の思考が―――
ドオォウウウンッッッ!!
何かの衝撃を加えた一撃を以てして―――床を、真下から殴ったヤツがいたのだ。
「―――おい、これはどういうことだ? 民間人が紛れているじゃねェーか」
「「「!!?」」」
姿を現した1つの人影が、全身に
着用型接続装置の上にコートと言うより、ギリースーツと呼ぶべきモノを着込んでおり、サングラス状の
そして俺はヤツの姿を見て、一瞬で脳裏に電流が奔らせた。
素顔は見て採れないが、俺は、あの男を知っている……!
「な、に……っ?」
―――かつて、前世で極東戦役が行われたイ・ウーの残党同士の争い。
その中にこの男がいた。『
しかも……俺の
(じ、ジーサードっ。なぜお前がっ!?)
シャーロックに続いて、ジーサードまでもがこの世界に来ている。
見えないASTだと言われてきたのも、コイツなら<フラクシナス>でも探知が出来なかったのにも納得が付く。
……どうりで<フラクシナス>の探知機で躍起になって探しても見つからないわけだ。相手が悪すぎる。
―――そして、ジーサードは次に俺たちを見て、まるで俺―――遠山キンジじゃない、他人のような目で口を開かせた。
「そこの
俺が焦っていたのは、今の俺が遠山キンジではなく……五河士道という姿でいるためか、ジーサードは俺の存在に気付いてないということ。
シャーロックの場合は最初っから知っていたみたいだが、ジーサードはそれを知らないらしい。
すると、そこにインカムの音源から琴里の声が聞こえてくる。
『―――士道! 聞こえるっ? 大変よ、今まで姿を消してたASTが現れたわっ!!』
「……ああ、分かってる。だが生憎だったな琴里。どうやら俺や十香を民間人だと思ってくれているみたいなんだが、そいつは目の前に居るぞ」
『―――何ですってッ!?』
などと予想外とでも言いたげな琴里の驚愕に、俺は冷や汗を頬に伝わせながら呟いた。
不幸中の幸いなのか、先ほどの地響きが十香の仕業だっていうのをジーサードは見てないらしく、ただよしのんと精霊の女の子だけに向けて殺気立てている。
『―――なら士道、急いで十香を連れて脱出するのよ! 民間人と思われているなら尚更だわっ』
「そうしたいのは山々なんだが……」
琴里の言う通り、今なら十香を連れ出してさっさと逃げようと思えば、すぐにこの場から離れられるかもしれないが、下手すればジーサードは異変に気付きかねない。
雰囲気からすると、どうやらあいつ……ヒステリアモードに
(……ヤバいな……)
ヒステリアモードの洞察力の高さは、この身がよく知っている。
特に、前世から今まで染みついてきた
歩き方だけで多少なりとも情報は得られるからな。
プロ武偵であるジーサードがそこに目を付けないはずがない。
(それに……)
逃げるとしても、よしのんとあの女の子はどうする。見捨てるのか。
今までASTと十香との戦闘を見てきた俺だから言えるのだが、その時にジーサードが戦陣切って出ていれば、もしかすると……十香は、突破されていたのかもしれない。
よしのんや女の子の精霊としての力がどれだけ強かろうとも、人が鬼と対峙できるように、人と精霊も対峙させることが可能なのだという。
お伽噺でもよくある話だ。
現にそのためのASTがいるわけだし、今はジーサードが付いている。
小国と渡り合える戦闘能力を持った武偵ランクの最上位、『R』という称号を手にした俺の弟。あの精霊が相手しているのはそういう男なのだ。それも着装型接続装置により今まで凄まじかったあの威圧感がさらに増している。
(戦えば、きっと……少女と、よしのんは……)
殺されるんだろう。あの子は一応、人類の、世界の災厄を呼ぶ精霊だ。そんな存在をASTが見逃すはずもない。……可愛そうだが、運が良ければジーサードから見逃してくれるかもしれん。
それに今は十香の事も気になる。あの様子だとかなり興奮しきっている状態で冷静が保てていない感じだ。このままだと危険すぎるぞ。仮にも精霊である事がバレてしまったらよしのんから十香へと標的が移りかねないからな。
あの子には悪いが……ここは琴里の言う通り、隙を図らって逃げさせてもらおう。
「……」
と、俺はすぐに十香を連れていこうとよしのんや少女から目を逸らし、無言のまま立ち去ろうとする。
『……正義の、味方……?』
「…………」
(残念ながら……ここに正義の味方はいない。というかお前の目の前にいる俺の弟が趣味で世界中の悪党を狩っている正義の味方をしているんだ)
皮肉な話だが、今は十香だ。ここは早めに区切りをつけて逃げなければ。
それに、ジーサードは強いがよしのんや少女も精霊だ。上手くすれば逃げられる可能性だってある。しかも彼女は世界を滅ぼすほどの力を持った精霊なんだぞ。そう簡単にくたばっちまうようならとっくの昔に精霊はいなくなっているはずだ。
と、玩具売場から出ようと俺は十香の元へと歩み続け……
「十香、今の内に―――」
『……ヒー、ロー?』
(……まただ。いったい、何が……)
ふと、記憶の中から浮かび上がった言葉が、俺の脳裏に彷彿させてくる。
あれは先ほど再開した時に、少女が初めて口にした言葉だ。それがどんな意味を持っているのか、俺には分からない。
ただ分かっているのは、
「……」
正義の味方とは、正義とは……義を以てして、巨悪を討つ事。かつて兄さんもそれと同じようなことを言っていた。
しかし、俺が思っている正義の味方とは、とても残酷で、苦しい象徴でもあるんだ。
正義の味方とは、弱き人々を助け、戦って傷ついた挙句、石を投げつけられる損な役割なのだと。
自らの救いがないんだと、俺はそう思っている。
そこは単なる覚悟が足りないだけかもしれない。だが、仮に覚悟があったとしても、俺は、
俺は、義の一族である遠山家の欠陥品だからな。
(アリア、お前ならこの状況をどう打開する……?)
そう自分に問い合わせるかのように、俺は考えを胸に抱かせる。
まあ、アリアならきっと弾丸のように向かって風穴でも空けに行くのだろう。
弾幕で近づきにくくても、罠が張り巡らされていても、どんな困難が待ち受けていようとも、必ず立ち向かって素早く、無駄のない動きで相手を容赦なくボコり、鎮圧させるアリアの姿が……奴隷こと俺の中で思い浮かんでくる。
あのイ・ウーを相手に1人で挑んでたぐらいだ。あいつなら、目の前で困っている人がいたら助けに行くんだろうし、何だかんだ言ってお人好しだからな。
そして、俺は―――
「十香、少しの間そこにいるんだ。俺はあいつの所へ行ってくる。訳はあとで説明するから」
「な……っ、シドー!?」
いつの間にか、あの精霊の娘へと踵を返してしまった。
か、勘違いするなよ、キンジ。もし、ここであの娘に死なれたら、後で寝覚めが悪いからだ。安眠は大事だからな。心配なんて一切してないぞ。
そ、それに、俺の狙いはこれじゃないんだ。
(……ジーサードに、俺のことを気付いてもらうか)
逆もまた真なり―――この状況から逃げられない今、気付かれないようにするよりも逆に気付かれた方が後々楽になるかもしれん。
そう、そうだ。俺の狙いはジーサードに俺がこの世界に居る事を知ってもらい、協力してもらう事なんだ。
特にジーサードはシャーロックと違って協力してくれそうだからな。かなめ同様お兄ちゃんっ子でもあるし、俺の言う事も聞いてくれるだろう。
だがそれには右耳に付けたインカム、光屈折迷彩と似たような原理を持ち、その辺に浮いて俺たちを監視しているカメラの存在や、十香からの目を欺かせる必要がある。
ヒステリアモードではない以上、素の俺に出来ることなんて限られているし……そもそもHSS同士ならば雰囲気だけで気付くだろうから、なれば早いかもしれないが、生憎、俺はそこまで器用じゃないんでな。
とりあえず1つ思い浮かんだ案として、
十香やよしのんはもちろん、琴里や令音、神無月たちが知らない手段でもある。
まさか俺とジーサードとでマバタキによるやり取りをしているだなんて思わないだろ。
(まあ、問題はそれにジーサードが気付いてくれるかどうかなんだがな……)
しかし、それだからこそのイチかバチかの選択肢だ。
ギャルゲーの選択肢も然り、殿町の言ってたあのよくわからんアンケートの選択肢も然り、どの場面にも選ぶことは、可能性を賭けた一種の博打のようなもの。
当たりを引くか、外れを引くか、2分の1の確率に過ぎんが、不幸な目に遭う事で定評な俺にとっては100分の1だったりするのかもしれん。
だがそこに賭けるしかない。外れたら、まあそこは……なるようになれ、だが。
「行くか……」
そう俺は言った―――その直後、
ドクンッ。
すでにジーサードとよしのんたちは激戦を繰り広げており、ババババッ、とH&K USP マッチモデルに酷似していた拳銃で
―――射撃―――
ドンッッ―――!!
と、体を横向きにしながら頭と腰を落とし、右足を後方へ引く状態を作り、そこから拳で振り被る勢いに任せながら、超加速―――流星を描くようなジーサードの渾身の一撃、『
ジーサードにとって、その動作までの手順も、前世とは比べ物にならないぐらい速くなっていて、少女にとって『よしのん』としての余裕がなくなるほど速かった。
「……! ……!」
―――ゴォオオオッッッ!!
圧倒的な速度と共に撃ち込まれていく拳が、少女へと向けられ、
「お前に恨みがある訳じゃねェが、ここで散ってもらうッ」
「い、や―――」
悲鳴らしき小声で訴える少女が、その一撃を紙一重でくるりっと身を捻り、ジーサードの流星をまるで流すかのようにして、躱そうと試みる。
が、そのあまりにも速過ぎる超音速の拳は少女を捉えるのに安易な考えは通用しない。
「……!」
(誰、か―――)
―――たす、けて……ください……―――
少女は、願った。
刹那、振り掛かる強烈な風が……疾風怒濤の如く吹き荒れる。
―――パアアアァァァァァァァァンッッッ!!
風圧をも切り裂くかのような炸裂音が飛び上がり、奔り、そして―――
「な、っ……!?」
襲い掛かってきていたはずのジーサードが、何かの塊にぶつけられたかのように吹っ飛ばされていった。
「……ぇ?」
何が起こったのかすら、精霊である少女も予想が付かなかった。
周囲を見れば、先ほど飛んで行ったジーサードと、その反対側に1人の少年と少女だけ。しかもその少年は逃げようとしてて転んでしまったのか、仰向けになっている。
だが、さっきの風は明らかに異常だ。
密室の空間で、それもこれほどの風が吹くなんて……
「…………正義の、味方」
と、少女は倒れていた少年へと視線を見続け、疑い始める。
何故なら―――
風は、少年の方からやってきていたのだから……
(―――どう、なっているっ?)
少女を助けに行こうとした瞬間、不意を突かんばかりの疑念に俺は感じ取った。
体中の血流が速くなっており、熱くなっている。
どうやら、俺は
先ほどキスをされたから、とは思わないが……おかげで
『ヒステリアモード』に。
その理由も今思いついたところなんだが、それはまた後だ。それよりも……
(あれは、
ジーサードの事だから殺さないだろうと思っていたのだが、本気で、殺しに掛かっているようだ。
あの音速の一撃を、あの少女に向けられれば……一溜まりもないだろう。
「……!」
そして俺がヒステリアモードになれたことで、ジーサードも俺の気配に気が付いたらしく、流星をキャンセルしようとするが―――もう、止まらない。止められない。
(マズい!)
超音速をも見通す集中力で遅く、『スーパースロー』で見ていた俺はそう感じ取れた。この距離では、いくらヒステリアモードの俺でも瞬間移動しない限り、届くことは〝不可能〟だと……
「間に、合わない……!!」
俺は、猴のように瞬間移動ができない。
桜花でも、秋水でも、閻が見せてくれたあの羅刹でも届かないだろう。
だが俺は―――届かないという条理を、破壊していく存在。『不可能を可能にする』という『
それでも今の俺に出来る事は限られているのだが、それでも閃いている。この脳裏から電流の如く奔らせる必勝法が。
身体だけで……それも
(仕方ない。ジーサードには悪いが、俺に気付けなかったお仕置きだ)
君を、守って見せる。届かないのなら―――
右手を手刀に変え、桜花染みた突発力と秋水を加えた指の先端速度に、
(……ジーサード、この桜吹雪……)
息と心蔵の鼓動を合わせ、つま先から踵、膝、腰と流れ、胸椎……そして肩椎に続き、肘関節を一気に連動、橈骨手根関節を捻らせたその速度、指先の速さは―――音速をも超えた。超音速。それをさらに超えさせる。
(見忘れたとは言わせないぞ……!!)
ブリュッセルの夜空に浮かぶ妖刕の姿を思い描きながら、あの時にヤツが見せてくれた『サクガ』をヒステリアモードで再現させる。それが、
(―――桜花―秋水―桜花―
藤の蔓のように捻じり回った上腕・手首を連動させ、ジーサードと同様に円錐水蒸気を撒き散らしながら―――
そして、
―――パアアアァァァァァァァァンッッッ!!
この技に身体への負荷が耐えられなかったのか、もしくは不完全だったからなのか、藤花を撃ったのと同時に衝撃波が、俺の手や腕を切り刻み、手首から僅かな鮮血が飛び散らせる。
そう、正に藤の花弁のように飛んでいき、繰り出された藤花の衝撃波は、ジーサードへと向かっていく。
……到底、あの『サクガ』とまでは敵わないが、それでも、相手を吹き飛ばすぐらいの風圧は成せるはずだ―――
「うお……!!」
「……ッ、シドー!?」
『―――士道っ』
―――君は言ってたよね、俺の事を『正義の味方』だと。
不本意ながらも、確かに俺はその生業として継がれ続けてきた遠山家の1人だ。
弱き者を助け、悪と戦う……そんな父さんや兄さんに憧れを抱いた事さえもあった。
しかし、正義の味方を目指しているうちに、それは、今では何とも言い難い忌むべき象徴に過ぎないと気付いてしまっていてね。
俺は、その正義の味方である遠山家の……欠陥品で、女は苦手で、勉強も碌にできない。父さんや兄さんのようにヒステリアモードを自由自在に操ることさえ儘ならない出来損ないなんだ。
……だから、君の願う『正義の味方』というのは俺には相応しくないかもしれない。
でも、それでもだ。
君がもし、俺に助けを求めるというのなら、十香の時と同じように、俺は正義の味方を演じきってみせよう。
それが、君の願いだと言うのなら。
障壁となりかねない風を衝撃波で引き裂き、藤花が真っ直ぐと押し出されていく。
その先には、流星を放とうとしていたジーサード。藤花による翔け抜けた炸裂音が轟き、尋常じゃない一撃が
同時に足がもつれ、転んだかのように上体を前へと押し出す。
十香や琴里の声が上がったが、どうやら
「な、っ……!?」
そして、余波は荒れる硝子の破片や塵を紛う事無く飛び散らせ、ただよしのんと少女に近づくジーサードが弾き飛ばされていった。
(ヒステリアモードは、こんなことも出来るんだな……)
藤花を撃ち放った直後、転んだかのように見せて俯かせた俺はすぐによしのんや少女の様子を伺ったが、見た限りでは無事だったようだ。
……それにしても銃弾を斬り、逸らし、跳ね返し、あまつさえ銃弾を掴むなどとやってのけたヒステリアモードは伊達じゃないね。
今さら驚くことじゃないんだが、それでも自分のやる
拳で衝撃波を飛ばすとか、ドラゴンボールかよ。
しかも、藤花による傷も
「……ぇ?」
よしのんを抱えた少女は、キョトン、とした目付きをしながら驚愕している。
まあ、ここまで来ると流石にもう人間やめましたと納得するしかないよな。……認めたくはないが。
と、思わず苦笑いしてしまった俺はそのまま、うっ、とサービスに呻き声を出す演技を入れながら立ち上がり、
「し、シドー……」
おそるおそると近づいてきた十香に、俺は大丈夫だ。と言わんばかりに……
十香の細くて白い手首を手に取り、引き寄せる。
「……ッ! な、ななっ、何をするのだ!?」
はわっ、と仔犬のように目を丸く開きながら驚く十香にヒス俺は、そのまま引き寄せた彼女の膝裏に左手を回して抱え、右手で背中を抱え、お姫様抱っこを―――してあげた。
霊力封印したあの日、天宮市を一望できる高台の公園で俺は十香にお姫様抱っこされた訳だが、今回は俺がしてあげよう。
「く、早く降ろせ……!」
そして君がどうしてそんな躍起になっているのか、今なら理解できる。
俺は、俺と少女でキスをしてしまったところを目撃してしまった十香に、あの高台の公園でキスをしたのだ。だから1人の男が複数の女にそういう行為をしてしまうのは、それは確かに遺憾だと思われても仕方のない話だろう。つまり、
「―――十香、嬉しいよ」
「……ッ、きゅ、急に何を言うかシドー!?」
俺の腕に抱かれていた十香は雨に浸かれて熱でもあるのか、急速に……かぁああぁ、とアリア並の速度で頬を赤らめながら愛らしい声を上げる。
―――ああ。
君は……
それは嬉しい発見だ。
精霊である彼女が人間としての感情を持つようになった。この日常の中で十香は学んで成長しているという証拠でもある。
ただまぁ、嫉妬というのはあまり良い話ではなかったけどな。
「十香、君は俺の事が心配で来てくれたんだよね。あの時、俺も後でシェルターに行くと約束したのにすぐに向かう事が出来なかった。それにあのキスの事は不可抗力だったんだ。誤解させたことについて、本当にすまないと思っている……」
「……シドー」
と、申し訳なさそうに俺は謝罪の意を込めながら、十香に語り掛けた。
「だけどこれには訳があったんだ。話は長くなるが……簡潔に言えば十香、あそこにいる少女も君と同じ、精霊なんだ」
「なんだと……っ? それは本当か」
「ああ」
そう頷きながら俺は十香に説明をしながら再びジーサードが動き出さないか注意を張る。……いや、どうやら必要ないみたいだ。ジーサードは『
意識がこっちに向いているというのならこっちも都合が良い。
俺は一度、ジーサードに目線を合わせ、マバタキを繰り返す。それに気付いたらしいジーサードは瞬間、目を見開きながら驚愕の表情で捉えた。
『ジーサード 俺 ハ 遠山キンジ 話 ハ 後日 ノ 天宮高台公園 デ スルゾ』
「―――ッ、嘘だろ。何やってんだよ兄貴……っ」
などと<フラクシナス>の集音器や十香に聞こえない程度の声で呟くジーサードは、俺の正体に気付いたようだ。流石は
「―――……そういう訳だ、十香。納得してくれたかい?」
そして、十香に説明する俺はジーサードとの接触を終え、少女の方へと視線を向けて確認する。事情を聴いた十香も不服ながら難しい表情を浮かべ、納得したかのように頷く。
「ではあの者は私と同じ精霊で、シドーはあの娘を救うために会っていたというのか……」
「ああ、彼女も君と同じ精霊というだけでASTに攻撃され、今もなお苦しんでいる少女なんだ。だから、俺は何としても彼女を助けなければならない。十香、さっき言えなかった事……本当にすまなかった」
<フラクシナス>や俺の封印能力、ヒステリアモードの性質に関した情報は伏せておく。が、それでもおそらくは十香もいずれ知る事になるかもしれない。そう思えば思うほど十香に罪悪感が押し寄せてくる。
この謝罪も、それを含めた感情なのかもしれないな。
(……だから、十香)
俺に霊力を封印される前の十香は、この<フラクシナス>による計画と拘っているとは知る由もない。今もそうだ。これはお前たちを保護し、幸せに過ごさせるのが目的の秘密組織にして、俺はそれに協力しているだけ。彼女たちを助けたいという気持ちは本意だが、騙している事には変わりないのだ。
(いずれ全部話してやるから、それまで待っててくれ)
そんな俺に対し好意を向けてくれる十香。
これは、報われなければ……ならないよな。こんなに良い娘なんだ。
ヒステリアモードでなくても、そう思えてしまうよ。
「それと、ありがとう。十香が来てくれて……」
「……っ、か、勘違いするなシドー。私はただシドーが中々来ないから心配で来ただけなのだ。た、他意はないぞっ」
「はは、それでも嬉しかったよ」
「し、シドー……」
きゅぅぅ、と胸を押さえるような仕草で赤面する十香は、その姿を見られまいと俺の胸中に顔を押し付けて、ただ1人の女の子として恥じらっていた。
どうも、赤須です。
今回のキンちゃんはどうでしたか?
オリ技……静刃くんの技をパクッた『藤花』という技。
そもそもな話、キンちゃんの技である『桜花』『橘花』『秋水』『回天』のほとんどが太平洋戦争や第二次世界大戦に使用された戦闘機なんですよね、回天は魚雷の名ですが……
序でに言うと、どれも特攻兵器ばかりです。
なので作者もそれに倣って『藤花』という技名に選びました。
※ですがキンちゃんの技の由来が間違っている可能性もあります。これはあくまで作者の見解に過ぎないので……
それでは感想・批評・誤字脱字などがありましたらよろしくお願いします。