「……はぁ」
遠山キンジこと五河士道に憑依転生した俺は、昨日出会った精霊―――
十香と呼ばれる(俺が名付けた)少女にデートを誘った。
『明日……俺とデートしに行かないか?』……という風に、誘ったはいい。
しかし、俺はあそこで少し過ちを犯していた。
それは……
「待ち合わせ……言ってなかったな……」
あの時は鳶一折紙による武力介入で言いそびれてしまい、
そのまま彼女と別れ離れになってしまったのだ。おかげでこの後の接触が難しくなってしまうという有様……どうしたものか。
今日は学校が倒壊してしまったことにより、休校となっているので、
暇だからという理由で俺はこの街中を歩いてみた。
昨日精霊が出現したというのに、街はまるで何もなかったかのように道端やコンビニの中、公園に人がいる。
もし数週間前、あの子に出会わなければ俺はきっとあの一般人の中にいたのだろうな。
……気付いたら、学校にいた。
昨日出会った場所だし、待ち合わせの場所を言っていないので、もしかしたらと思ったのだが……やっぱりそう簡単にはいかないか。
―――……十香。
これが彼女の名前……その正体は特殊災害生命体である精霊。
突然現れ『―――ドー』て、気付いたら消えているという不思議な存在。
いわゆる神出鬼没な存在で、各地に召喚される『おいっ、シ―――』から、もしかしたらもう既に日本には『聞いておるのか! シドー!』いないかもな……
「―――無視をするなっ!」
「……っ」
背後から怒声が聞こえ、それに俺は思わず肩を竦ませる。
ゆっくりと振り返ってみれば、瓦礫の上に少女1人……凛とした構えで腕組みしながら立っていた。
それも、世の常識に囚われない非合理的な姿に俺は驚かざるを得なかった。
「と、十香っ?」
「ようやく気付いたか、ばーかばーか」
俺を見下ろしていた少女―――十香はタンッと瓦礫から飛び降り、
目の前に降り立った。
……俺が驚いたのは彼女の出現もそうだが、
精霊という存在が出現して空間震警報が発令しなかったのが一番の驚きだった。
「十香、お前……なんでこんなところに……いや、そんなことよりも空間震はどうした」
「ぬ……私になんでと言われても……わからんぞ」
問い詰める俺に十香は首を横に振る。
普通は精霊が顕現させる場合、空間震が起きるはずだというのに。
今は……何ともない。
考え事をしている俺に、十香は俺に対して不信感を抱く。
「むぅ、シドーがデェトとやらに行くと誘ったのは貴様ではないか」
「……あ」
十香の言葉に呆気にとられ、俺は茫然と立ち竦んだ。
そういや、そうだったな。思わずのことだったから忘れるところだった。
まぁ、警報が鳴っていないのならASTもこないわけだし、こっちの方が好都合か……
「あ……ああ、そ、そうだったな。てっきりお前が俺の誘いを受けてくれるとは思わなかったから……来てくれたことに驚いただけだ」
「おお、そういうことだったのか。うむ、まあ……シドーは人間の情報を得る重要な人物だからな。このくらいの誘いは乗ってやらんでもない」
うんうん、と頷く十香は腕を組みながらこちらに視線を向けてきた。
何も起きなかったことに安心した俺は、ホッと安堵の息を吐く。
次の瞬間……十香は俺に指を向けてきて、
「だが、勘違いするなよ。そのデェトとやらが気になってきたんじゃないんだからな!」
「本音はそっちかよっ」
「し、仕方ないだろう。シドーがデェトの説明をしてくれる前にあのメカメカ団に邪魔されたんだからな。気になるのも無理ないだろう」
頬を染めながら呟く十香に俺は『まぁ、確かに』な表情をしながら後頭部を掻く。
「それよりもシドー、早くデェトに行こうではないか! デェトデェトデェトデェト!」
「……っ」
恋愛経験がない俺にとって、その単語はまさに顔が赤くなるには十分なものであった。
デートの意味を知らないで言葉を連呼しているから余計にヤバい。
俺は咄嗟に彼女から踵を返し、彼女に見られまいと肩に力を入れて我慢する。
「……ぬ? シドー、なんだあいつらは。敵か?」
そうしているうちに、十香は妙なモノを発見したらしく声を発しながら俺に話しかけてきた。
「ん……あぁ、あれは敵でも何でもない。そこらにいるお婆ちゃんだ」
十香が指していたのは、さっきから俺たちに視線を向けてヒソヒソと話している奥様方だ。しかも話している内容が『ねぇ、あの娘。コスプレか何かかしら』『まぁ、若いわねぇ』などとよくわからん言葉を話しているが、中には十香の姿に怪訝そうに見る人物もいる。
「何を言うかシドー。あの女、目つきが鋭い。……数々の戦場を潜り抜けたかのような目だぞ。見ろ、あの籠の中にある大量の布束……きっとあの中にはメカメカ団の……」
「いやいや! あれはタイムセールとかで大量に買い込んだ服だ! お前に危害を加えるようなモノなんてねぇよ!」
確かにあそこは戦場といえば、戦場だろうが、
それは奥様方にとっては、だ。
十香のその常識の知らなさには俺もよく理解してはいたが、
まさかここまで大変だとは思わなかったな。
「……むぅ」
慌てて力を抑えるように俺は説得し、十香は不機嫌そうな表情で先ほどまで指先に出していた精霊の力を凝縮し、無に帰させた。
「たくっ、安心しろ。昨日言ったはずだ、人間はお前を襲うようなヤツらばかりじゃねえって」
「ふん、まあいい。それで、デェトを―――」
「あ~待て待て、ここはマズイ。場所を移すぞ」
なんせ、十香の……その、装っているそれがあまりにも目立ちすぎるからな。
街中で歩かせたらそれこそ周りの注目の的になりかねない。
俺はスタスタと人気のなさそうなところへと向かおうとする。
「ぬ。シドー、どこへ行く!」
十香は俺の行く先に追いかけ、そのまま俺と並列になって歩きながらプクーと頬を膨らませながら不満そうに声を出す。
そして、着いた先が誰もいない学校の影のある場所であった。
ここなら立ち入り封鎖となっているので、ここに立ち寄る人間なんていないだろう。
「シドー、ここは何だ、何もないぞ」
「悪いな。そのデートとやらの前に聞いておきたいことがいくつかある。十香、お前は昨日、ASTに襲われてからどうしたんだ?」
消失、とまでは知ってはいるが、それがどのように消失するのか、またどのように現れるのかが気になる。それが精霊の特有の力だというのなら猶更だ。
「……特に意味もない。ただ斬れない刃を振るわれ、貫けぬ弾丸を撃たれ。果てに行く先は私の身が突然消えるのだ」
「消える……?」
口調からして、まるで自らの意志で現出しているわけでもなさそうだな。
それに、琴里の口からもそんな言葉を発していたような気がする。
「うむ、この世界とは別の空間に移るだけだ」
「それは、精霊だけの世界とかじゃないよな……?」
ファンタジーものの物語だったら、そんな世界がないとは言えないからな。
同時に精霊本人が目の前にいるのだから、十分にあり得そうだ。
それに前世でもいないと思ってたモノが本当にいたりと結構驚かされたもんだぜ。
「よくわからん」
そして帰ってきた答えがこれだった。
え……よくわからん……?
「空間に移った瞬間、自分でも意識しない内に昏睡状態に陥るのだ。何とか感じたのは暗い空間でふよふよと漂っている感触だ。私からしてみれば眠りにつくようなものだな」
「てことは目が覚めればこちらの世界にいるってことか」
「少し違うな。どっちかといえば、私の意思とは関係なく、この世界に引き摺り込まれる。そうだな、例えるなら叩き起こされるような感覚だ」
……つまり、彼女は自分の意思でこの世界とあちらの世界を行き来しているわけでもなく、何かしらの現象によってとっかえひっかえしている、ってわけか。
しかもその際にこの世界に生じる空間震も起きるんだから余計に理不尽な話だ。
十香にとって起こしたいと思っているわけじゃないんだから、これは明らかに事故だ。
それをASTは精霊のせいだと決めつけている。
同情とまではいかないが、それでも十香……お前は―――
「そんな話より、シドー! 早くデェトとやらを教えろ」
そこに十香の声によって俺の頭に遮る疑念が消え失せてしまった。
……これ以上、あーだこーだ言い争ってても仕方ないよな。それに今日は十香の力を封印すべく、デートに誘ったのだ。危うくまた目的を忘れるところだったよ。
「……そうだな、デートってのは俺もあまり詳しくはないが、男女2人で遊んだり、食べたり、まあ色々だ」
たぶん、そうだと思う。正直、これがデートというのは俺もよく知らない。
そういうのには全く興味なんて持たなかったんだからな。
いや……興味を持つとか、持たないとかそういう理屈じゃなく、俺の場合は避けたかった、だからな。
前世の神奈川武偵付属中にいた頃なんて、女子どもに俺を『正義の味方』に仕立て上げ、女子限定の便利な奴隷へとなっていたのだ。
俺は女に対して、苦手意識を持つようになったのもその頃だったし、それ以前に、ヒステリアモードになることすら俺は嫌がっていた。
このよくわからない体質のせいで兄さんを殺した(まあ、あとから生きていたことを知ったんだが)、それまではハンパな力を女子たちに利用され続けられ、あげく非難されるならもうこんな体質なんて無くていいと思っていた。
だからこそ俺は女子から避けていたんだ。
今思えば、それは逃げているのと変わりないよな。
ハンパな力だからこそ、それを制御しなくてはならない。
そう、俺は子供だったから……大人な父さんや兄さんみたいにヒステリアモードを自由自在に使うことができなかったから、今こうして悩んでいるんだ。
恋愛というものを……
(そろそろ、俺も大人にならないといけないのかもな……)
「デェトとは、それだけなのか?」
目の前に立つ少女、十香はきょとんとした顔で目を丸くする。
「ああ、そうだ」
恋愛経験がない俺にとって、これが精いっぱいの返答だった。
もし、これがヒステリアモードの俺だったら……どう答えたんだろうな。
「……つまり、昨日シドーは私と遊びたいと言ってきたのか?」
「あ、ああ……そう、なるんだろうな」
俺がそう返すと、十香の表情が少し緩やかになり明るさが増したのに気付く。
「だとすれば、貴様は良くも悪くも変わった人間だな。私の目の前に現れ、突然雰囲気が変わったかと思えば、メカメカ団と私の戦いを止めるし、私を救いたいなどと妄言を吐くし、その、だな……デェトとやらにも誘うのだから、貴様は相当変わった人間だぞ」
「……あー……否定したいが、否定しづらいな」
「ふふ、そうか」
「お、おいっ、十香っ?」
クスッと微笑む十香はくるりと俺に背を向け、路地裏から出ていこうとした。
それを俺に呼び止められ、不思議そうな表情でこちらに顔を半分だけ向けてくる。
「なんだ、シドー。私と行くのだろう? デェトに」
「た、確かにそうなんだがな。……その、なんだ」
俺の視界に十香がいる。それはまだいい。
問題は服装だ。美しき今宵の空、と言うべき鎧のドレスが何とも言えないほど、
……目立つのだ。
「……と、十香。まずその服をなんとかした方がいいぞ……着替えとかないのか?」
「む、シドーはここで脱げというのか?」
「ち、違うっ。その格好だと目立つからなっ。……例えばだな、ああいう服にしろ」
今一瞬、脱げという単語に心臓がドクンドクンッと高鳴っているのに焦り、
俺は慌ててちょうど校門の傍で通りかかった少女に指をさした。
少女はうちの学校の制服を着用しているので、何か学校に用事があるのだろう。
おまけに眠そうだし、急ぎなんだろうな。
「ぬ? ……ふむ、ああいう服ならいいんだな」
と、口にした十香は何をしでかすかと思えば、
指先に黒い光球を発生させ、今にも発射しかねない状態だった。
「お、おいっ、何をしようとしてんだ」
「もちろん気絶させて服を借りるだけだが……」
この……無自覚なところが何気に恐ろしい。
琴里たちからは今のところ連絡もないし、さて……どうしたものか。
一応、ビシッと言っておくか……これでも前世は武偵だしな。
「あのな、そんなことをしたら犯罪だ。人の物を取るってことは盗み……つまり、卑怯者がやることなんだぞ? それをお前はやるってのか?」
「むぅ……それはイヤだな。……わかった、覚えておこう」
訝しくも首を縦に振った十香は眉を顰めながら指先に灯った光球を凝縮し、粒子に返還させた。そんな十香は不満そうな表情で『……仕方ない、服は自前で用意するか』と呟いて、指をパチンと鳴らす。
「……なっ!?」
パァ―――と突然、十香の体が光りだしたかと思えば、今装っていたあの鎧のドレスが光の粒子となっていき、そこから俺がよく知る制服へと変貌する。
まるで、理子がよく見るアニメの魔法少女みたいじゃねえか。まあ、どっちかといえば変身を解除した姿なのだが……
「ふふん~、霊装から新しく服を新調し、視認情報だけを頼りに作ることができたぞ。多少は異なるかもしれんが、まあ問題ないだろう」
「……つーか、それができるんだったら最初っからやれよ!」
誇らしく腕組んで仁王立ちしているのはいいが、それができるんだったら態々他人の物を剥ぎ取る必要なんてなかったんじゃねえのか? って思うのだが……
溜息を吐く俺に対し、十香は無邪気な笑みを浮かべながら路地裏から出ようとする。
「そういえば、シドー。今からどこへ行くのだ?」
「あ、ああ、そうだな。今の時間帯から考えて……」
左腕の手首に巻いてある安物の腕時計を見つめ、時間を確認する。
……時間は9時にも満たしていないが、デートとなるとどこに行けばいいのやら。
店もこの時間じゃあ、まだ開いているかどうかもわからんし、とりあえず歩きで着いた時には多少は店とかもやってるだろ。
「そうだな。まずデートの前に、人間がお前に対して本当に危害を加えないかどうかを証明してやる。ついてこい」
「……な、な……なんだこの人間の数は! 総力戦かっ?」
商店街に着くまで約10分ぐらいか、俺と十香はこの商店街。
この時間帯ともなれば人の数も多く、通路に溢れているだけあって賑わいがある。
俺としては出来ればこういう活気がありすぎるような場所には行きたくはないが、
十香もいることだし、ここが最適だと思った。
そして十香の反応も予想通りと言えば、そうなるがこんなに人間がいるのだから、
精霊である彼女にとって驚きに値することなのだろう。
「まあ、これが俺たち人間の当り前の姿だよ。……っておい、今何をしようとしてんだ」
「ぬ……? これほどの人間がいるのだ。メカメカ団による陰謀かもしれんのだぞ」
説明しようとした直後、十香の指先に濃縮された光球が今まさに飛ばされようとしているのだ。放たれたら最後……ここにいる近所の奥様方や老人からここで経営しているお店の人たちまで吹き飛ぶのだ。
そう思った俺は血の気が真っ青になり、青ざめていくのと同時に十香の手首を握り、腕を地面に向けて彼女を制する。
「な……何をするかシドー! 今こいつらを消さねば……!」
「ちょ、ま……お前な。少し考えすぎるぞ。確かに人で溢れているが、誰もお前の命なんか狙わねぇって!?」
そう言い聞かせた俺は訝しそうに顔を作ると、十香は不満そうに口をへの字にしながら敵がいないかと周囲を見渡して再び俺のほうに顔を向ける。
「……本当か?」
「ああ、本当だよ。大体お前は精霊なんだ。仮にお前という精霊がここにいて、もしあっち側にASTの隊員がいたら、そいつは十香に対して黙っていられるか?」
「う、うむ。ヤツらは私が現れた直後に襲い掛かるのだからな」
「そうだろ? だったらあいつらが敵でもなければ十香に対して怖がるようなヤツらもいないってことだ。わかったか」
若干呆れながら語る俺なのだが、十香はよく聞いているな。
一見、凛とした風貌に感じるが、関わっていくごとに十香は単なる警戒心が強く、
それに伴った冷たさがあったからこそ最初に出会った時はそう見えたのだ。
今ではすっかりとやんちゃで幼い子供ってところか。
アリアとか理子とかまた違うタイプの子だな。
「……シドー」
「ん、どうしたんだ?」
「さっきから感じるのだが、この香りはいったい何だ?」
香り……? そういや、きなこみたいな匂いがするな。
前世のように鼻が利くような体質ではないのだが、これほど香ばしさに満ちていれば誰だって気付く。
俺は十香と共にその匂いの先に向かって視線を追うと、俺の右手近くにパン屋が建っていた。そこには食パンやフランスパンのような当たり前のようなモノから、カレーパンやメロンパン、新入荷のパンといったオリジナルっぽいものまで置いてある。
「パン屋か……食べたいのか?」
「た、食べれるのかっ」
「……食べられるよ」
食べられるとわかった十香の表情はまさに食欲に満ちた獣のようだ。
そこまで食べたいのか……
『食事代は男が奢るのだ。仮に食事代が100円でも女から見れば嬉しいし、女性に女扱いしてやるのもデートの秘訣だ。』
……と、ジャンヌに教わったことがある。
彼女曰く、そういう男らしさを見せてやるのが最大必須だそうだ。
ここはそうだな。手持ちも義理の両親からある程度の額を貰っているから……そこそこ使っても問題ないだろう。
「もしなんだったら入ってみるか?」
そう聞いてみると、十香は両手の指を弄りながら思い悩んでいた。
すると、ぐーぎゅるると腹の音が鳴り始める。ふむ……どうやら精霊もお腹だけは正直者らしいな。
「し、シドーが入りたいのなら入ってやらんでもない」
今の腹の響きが恥ずかしかったらしく、頬を染めながら答えた。
か、可愛いな。見た目が凛とした感じだからなのか、そのギャップに驚かされるぜ。
とはいえ、いつまでもこんなところに立ち止っててもしょうがないので、
「……まあ、ちょうど小腹が空いたところだしな。入ろうか」
「うむ! シドーがそこまで言うのなら仕方ないな!」
ポニーテールの髪型に結ったリボンをピクピクっと動かした十香は大きく頷き、そのまま俺に有無を言わず入って行ってしまった。
「……」
物陰に隠れていた1人の少女はパン屋の近くで男女が会話しているのをジッと見つめている。気付かれないよう口元を小さく開け、ソッと息を吐く。
平日なのでいつものように登校するも、昨日の件で学校が休校なのを行きの途中で思い出し、仕方なく帰ろうとしたのだが、途中で2人の少年少女が親しく歩いているのを目撃した。
男女が並んで歩くなど珍しいことではない。ほんの些細なことなのは少女も知っていた。だが、その男女の内1人……五河士道がいたのだ。
別に士道が誰といようが問題はないが、相手が女子で、その正体が精霊ならもっての外だ。
「……なぜ精霊が」
本来なら精霊が顕現する際には空間震警報が鳴るものだ。
しかし、今は鳴っていない。つまり……今士道と歩いている彼女は少女の知る精霊とは他人の空似かもしれない。
「……そんなはずがない」
少女は改めて確信する。あの精霊とは戦場で幾度と逢い見えており、何度も剣を交えた仇敵なのだ。それを間違えるなど少女にとってありえないこと。
「…………」
長い沈黙を続けながらあの男女を見つめていた少女は携帯電話を取り出し、
アドレスの端末にボタンで操作しながら選択ボタンを押す。
「―――AST、鳶一折紙一曹。A-0613」
所属する
「……観測機を1つ、回して」
何故かは知らんが……この商店街に着いてから、どこからか視線が感じるのだが……
「シドー! 早く早く~!」
「あ、あぁ、わかった。すぐ行く」
十香から呼び声がきたので俺はすぐに応じ、止まっていた足を動かした。
振り返ろうと半面を傾けると、さきほどまで感じていた視線の気配がふと消え失せる。
(気のせいか……?)
今それよりも十香だな。待たせるのも悪いし、さっさとパン屋に入るか。
入店する時の鳴る音に気付いた店員のお姉さんがこちらを向いてニコっと微笑ましい表情で迎えてくる。
そして俺が入ってきたことに気付いた十香はすぐに俺の袖を引っ張り、目的地に着いたかと思うと、十香はバッと人差し指をあるモノに指した。
「シドー! これは何だっ?」
「……? あぁ、それは」
どうやらパンのことを聞きたかったらしい。
びっしりと並べられた色とりどりのパン。そのうち1つだけやたら大きく、またふっくらとした歯ごたえのありそうな……甘い匂いのパンが十香の指先にあった。
値札のところに視線を送ると、そこには『きなこパン』と書かれてあるのに気付く。
……きなこ、パン? こんな組み合わせのパン、初めて見たぞ。
十香は自前の嗅覚でパンの匂いを嗅いでいる。
「おお、シドー……さっきの香ばしい匂いはこれなのだな?」
「ん……まあ、そうだな。十香はこれが食べたいのか?」
興味津々の十香は、俺の言葉にコクコクと頷く。
十香の場合、顔だけ見れば偉い美人に見える反面、食欲に満ちたお年頃の女の子だ。
花より団子とはこのことだな。まあ、機嫌を損なわすとあれだし、買ってやるか。
「よし、十香。とりあえず好きなだけ……ってわけじゃないが、せめて5000円……ここの店では1000円までいいぞ」
「ぬ? 1000円とは何だ」
「……1000円というより、金だな。人間が物のやり取りをする際に必要なモノだ。これがないと大抵のモノは手に入らないと思え」
「ほう、人間とは世知辛い生き物だな。仕方ない……少し待っていろ。私がその金とやらを調達してくる」
「え……ちょ、待てって、十香! お前何をする気だっ」
十香はくるりと引き返したかと思えば、とんでも発言をしやがる……
なんとか十香を止めることに成功したが……覇美が率いる鬼や十香のような精霊は、人間の常識というモノを簡単に力づくに変えてしまうらしいな。
「……」
こうして俺と十香とのデートが始まるのだが、やはり何をしていいのかわからんというの結論に至った俺はただ溜息をつくだけであった。
因みにパンは何とか1000円の額に収まったので良しとするか……
更新遅れてしまい申し訳ありませんでした!
最近リアルが忙しく、書こうと思っていても新しく更新されたSSにつられて思わず見入ってしまい、時間がどんどん過ぎていくので書けない……
まぁ、こんな作者の小言など脇に置いといて、
今回はキンちゃん様と十香のデートです! この組み合わせを自分はどれほど待ち望んでいたか……
あらすじにも書いてあるように、「やってみたかった」の1つ何ですよね。
次回はキンちゃん様と十香のデートで、とりあえず十香デットエンド編を終わらせる予定です。
一応この作品の本番は四糸乃編が終わった後なので、それまで長い道のりになると思いますが、気長にご読了ください。
それでは感想・批評・誤字脱字などがありましたらよろしくお願いします!