〜数日前 高度育成高等学校 理事長室〜
「では宜しく頼みましたよ、坂柳理事長」
そう言って電話を切ろうとする相手に、私は追い縋った。
「ま、待ってください月城さん!最近、この設定が多すぎます!いくらなんでも、やりすぎなのでは・・・」
「おや、これは異なことを。先生は綾小路君の退学を望んでおられます。いままでの方法で、それが実現できるとお思いですか?」
そこを言われると、確かにつらいのだが・・・
「で、ですが・・・最近、オリ主やら、他作品からのチートキャラやらに引っ掻き回されて、カリキュラムの消化すらままならない状況なのです。Sシステムは初日で見破られてしまいますし、無人島サバイバルも全員リタイア戦法が知れ渡り、もはや試験になりません。賭博行為で2000万PPを所持する生徒も続出しています。娘の有栖も毎回、よくわからないオリ主の相手をさせられて・・・」
私は恥も外聞もなく泣きついた。近年、志願者のレベルは低下の一途を辿り、文科省からは退学者の多さを指摘され、特別試験もそろそろネタ切れだ。このままでは・・・
「そこをどうにかするのも、あなたの仕事ですよ、理事長。原作キャラでは、誰も最高傑作を超えることはできません。ならば二次設定キャラに頼るのは、むしろ当然ではありませんか」
「だからHACHIMAN君を・・・」
「そういうことです。ようやくご理解頂けたようですね」
気付けば、電話はすでに切れていた。こうなればもう、仕方ないだろう。どうか許してほしい、比企谷君に奉仕部の諸君。お詫びに娘と遊んでやってくれ。(支離滅裂)心の中で彼らに謝罪した私は、改めて受話器を取った。
「もしもし。ああ、私だ。総武高校の平塚君は居るかね・・・」
そしてまた、あのシリーズが幕を開けるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
桜舞う4月。私たちは入学式へ向かうバスの中に居た。もちろん、某コンツェルンの跡取り息子も、承認欲求のお化けっ娘も散々見飽きたので、少し早めのバスを選んでいる。これなら、あの優先席をめぐる猿芝居に付き合わされることはないだろう。
隣に座る由比ヶ浜さんと葉山君も、見たところいつもどおり。問題なさそうだ。このバスに乗るのも、もう何回目になるだろうか?もはや新鮮味の感じられない車窓の景色を眺めながら、私はそっとため息をついた。
学校に着くと、クラス分けが張り出された掲示板は素通りし、1年Dクラスへと向かう。メインストーリーに関わりなく、どうせいつも私たちは不良品扱いなのだから。
Dクラスには、すでに新入生たちの姿があった。時々、妙なオリ主や転生者が混じっていることもあるから、油断はできない。でもざっと見たところ、原作通りみたいね。櫛田さんや軽井沢さんは、早くも女子グループの主導権争いを始めたようだし、葉山君は佐藤さんや篠原さん相手に鼻の下を伸ばしている。ほんと、彼は押しに弱いし、直ぐ善人を演じようとする。由比ヶ浜さんも、山内君や池君に迫られて談笑中。
はぁ・・・あのふたり、自分の立場を理解しているのかしら。これから私たちは、クラスの嫌われ者になるというのに・・・
互いにまだ人間関係が成立していないこの時点で私たちが比企谷君を罵倒し、アンチキャラとしての立ち位置を確立させる。それが最初のミッションだ。
隣では、堀北さんと綾小路君が夫婦漫才を始めている。あ、早速彼女の
さて、そろそろかしら・・・
ところが。
そう、比企谷君が現れないのだ。予鈴が鳴り、全員が席に着いてもまだ、窓際の後ろから2番目の席は空いたまま。全く、どこをほっつき歩いているのかしら?少なくとも彼、時間にルーズな部分は無かったはずだけれど・・・
はっ?!まさかこのタイミングで、無自覚にヒロインを堕としたりしてないわよね?(大正解)これじゃ、ファーストコンタクトから失敗してしまうじゃない・・・
結局、比企谷君は本鈴と同時に飛び込んできた。主人公は遅れてやってくる、とか頭の中でドヤ顔してそう・・・なっ?!あなた何してるの?!
そう、彼は迷うことなく、自らの席に直行したのだ。新入生としては、明らかに矛盾のある行動。初めて入った教室でいきなり自分の席がわかるはずがない。
初回から作画崩壊しそうなアニメのタイトルが出来上がってしまったけれど、どうやら誰も不審には思わなかったようだ。尤も、綾小路君には何か勘付かれてしまった可能性もあり得る。何事も、慣れてきた頃がいちばん危ないのに、なんて迂闊な真似を・・・彼にはあとで、しっかりお灸を据えておかないと。
その後は暫く、原作通りの退屈な時間が過ぎていった。そして遂に、その時がやって来る。
「みんな、ちょっといいかな?僕らはこれから3年間、ともに過ごすことになる。だからいまのうちに、自己紹介しないか」
平田君の発案で、自己紹介が始まった。本来ならここで席を蹴って退場し、みんなにさらなる悪印象を植え付ける予定だったのだけれど、彼の遅刻によって、すっかり筋書きが狂ってしまった。ゆえにここからは一発勝負。アドリブでの対応力が試される場面だ。由比ヶ浜さん、葉山君、頼むわよ・・・
やがて、指名された比企谷君が席を立ち、教卓に向かった。黒板の前で、ゆっくりと私たちを見回す。悔しいけれど、ハチモードの彼は文句なしにカッコいい。すでにかなりの女子が堕ちたみたいだし。あれ?なんか段々と腹が立ってきたわ。帰ったら小町さんを
よからぬ事を考えているうちに、彼のKYな自己紹介は終わり、無双タイムが訪れた。
「それともうひとつ。みんな、天井を見てくれ」
「な、なんだあれ?!」
監視カメラの存在を指摘したひとことで、クラスにおける彼の指導的地位は確定した。あとは放って置いても、勝手にHACHIMANしてくれるだろう。なら、私たちのなすべきことはただひとつ。
「ああ、見ての通りだ。防犯目的にしてはあまりにも多過ぎる監視カメラ。廊下や階段にもあったぞ。この事実と茶柱先生の説明を踏まえれば、来月のポイント支給額は恐らく・・・」
さぁ、
「ふざけるな、ヒキタニ!なんでお前が仕切ってるんだ?!」
「そうだよ、超不愉快なんだし!いますぐ謝ってよ、ヒッキー!どうせ、なんかスルーして入学したんでしょ?」
「その通りよ、屑谷君。あなたがこの学校に入学できるはずがないわ。どんな不正をしたのかしら。あと由比ヶ浜さん、そこはズルで合ってるわよ」
「わ、わざと間違えただけだし!」
はぁ・・・由比ヶ浜さん・・・どうしてそこで間違えるのかしら?あとで反省会ね。
核心を突いた彼の言葉に被せるように放たれた、必殺の三連撃。ちょっと締まりがなかったけれど。ボソッ
あと比企谷君、いま笑わなかったのは上出来ね。
「え?えっと・・・いまは取り敢えず、比企谷君の話を聞かないか?」
訳が分からず窘めてくる平田君を無視して、さらに攻撃を繰り出す。全艦、紡錘陣形をとりなさい!理由はわかるかしら?中央突破を図るおつもりですね。さすがだわ、キルヒアイス。(息継ぎなしの一人二役)
「いいえ、そんな男の話など聞く価値も無いわ。それに優秀な私が彼と同じクラスだなんて、何かの間違いよ」
「そうだよ!!ヒッキーが私より頭いいはずないし!とにかく謝ってよ!」
「ああ、そんな腐ったヤツの話、聞くだけ無駄だ。お前みたいな屑、いますぐ退学してくれ」
その調子!良いバカっ娘ぶりよ、由比ヶ浜さん。あと葉山君、あなた私情が混じってないかしら?まあ、いいわ。さあ、お膳立てはしてあげたのだから、でっかいのをお願い。ケホケホ!
「お前ら、初対面の相手をいきなり罵倒とか、究極の構ってちゃんか?」
わ、私たちを踏み台にしたぁ?!
予想外の反撃で、一瞬言葉に詰まる。まずい。変な間が空くと、全てがウソっぽくなってしまう・・・
「な?初対面だとっ?!雪乃ちゃんと結衣にあんな酷いことをしておいて、よくも・・・!」
ナイスよ葉山君!素晴らしいフォローだわ!
何とか流れを断ち切ることなく、遣り取りは進み・・・
「あまり調子に乗っていると・・・」
いったん言葉を切り、とどめを刺すように殺気を込める比企谷君。あ、これは来るわね?
「潰すぞ?」
「なっ?!」
「ひっ?!」
「うっ?!」
彼の言葉に恐怖のあまり、小さな悲鳴を漏らす私たち。我ながら見事な雑魚っぷりだ。あ、でも魚の釣り方は教えても、魚を釣ってあげることはしないわよ。(奉仕部運営方針)
「とにかく落ち着いて。何があったのかは分からないけど、せっかく同じクラスになったんだから仲良くしようよ。君たちにもこのあと、自己紹介してもらえると嬉しいなっ」
すると完璧なタイミングで、櫛田さんがしゃしゃり出てきた。まさか彼女もどこかから、出演依頼を受けているのかしら?ていうか、そろそろ潮時ね・・・
「馬鹿馬鹿しい。必要性を感じないわ。時間の無駄よ」
彼女の気遣いを一刀両断しながら、アイコンタクトで撤退命令を出す。
「あ!待ってよ、ゆきのん!」
「雪乃ちゃん、待ってくれ!」
そしてクラスメートたちの白い眼に見送られ、私たちは実力至上主義の教室を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うぅ・・・うわぁぁぁーん!わたし、もうイヤ!耐えられないよぉ・・・」
子供のように泣きじゃくる由比ヶ浜さんを抱きしめながら、私はただ、狼狽えることしかできなかった。葉山君も、厳しい表情で俯くばかり。
「しっかりして!由比ヶ浜さん・・・」
ここは特別棟の最上階。このまま行けば来月、例の暴力事件が起こるはずの場所だ。日頃は深閑としているため、私たちは密かにベストプレイスと呼び、毎回秘密の打ち合わせ場所として使っていた。
泣き崩れる由比ヶ浜さんを慰めつつ、必死に善後策を考える。大好きな比企谷君に罵詈雑言を浴びせなければならない彼女の心情は、痛いほど理解できる。だって、私も全く同じ気持ちなのだから。
本当はいますぐ泣き出したいのだけれど、それは許されない。私が崩れてしまったら、この依頼は終わってしまうのだ。でも、これ以上由比ヶ浜さんを苦しめることなんて、私には出来ないわ。ましてや、奉仕部部員ですらない葉山君は・・・
あぁ、どうすればいいの・・・?
一瞬、修学旅行で彼が見せたやり方を思い出す。そ、そうよ、こうなったら私ひとりで・・・
「ぐすっ・・・まさか、バカなこと考えてないよね?ゆきのん・・・」
「!?!」
涙声の由比ヶ浜さんが、真っ直ぐにこちらを見ている。泣き腫らしたその瞳に捉えられた私は、頭に浮かんでいたものを即座に打ち消した。そうだわ、あのやり方を否定したのは他でもない、私自身だった・・・
「有り難う、由比ヶ浜さん」
まだしゃくり上げている彼女にお礼を言うと、ブレザーの隠しポケットを探る。
「ゆ、雪乃ちゃん?!ま、まさかっ?!」
「ゆ、ゆきのん・・・!」
驚く葉山君に、息を飲む由比ヶ浜さん。そんなふたりに微笑むと、私はゆっくり私物のスマートフォンを取り出した。
次回第11話『舞台裏(後編)』
それでも俺は、本物が・・・