あの〜犬神じゃが……寝てたらなんか人類滅んどらんか? 作:黒葉 傘
僕は被創造物だ、人間の。
そうあるべきだとデザインされ、そうあるべきだと産み出された。
僕は温かな肉ではなく、冷たい試験管の中でその命を芽吹かせた。
その製造目的は一つ、新たな神の創造、ただそれだけ。
人間のための、人間だけの神。
今人間は戦争をしている。
それに神は手を出さない。
どれだけ人間を愛しているとその口が吐いても、守ってはくれない。
神は動かない、だから人は創造した。
自分たちだけの味方を、絶対に裏切らない信仰を、自分たちを真に愛してくれる神を。
「おはよう」
その言葉とともに僕の朝は始まる。
別にその言葉の前から目は覚めているけど、目を閉じて寝たふりをする。
パパとママの言葉で目を覚ましたいのだ僕は。
パパとママの言葉で目を覚せたらその日はハッピー、つまりは毎日ハッピー。
目を覚ましたら、たくさんのパパやママに身支度をしてもらう。
いつもの白い服、パパとママの白衣とお揃い。
着替えが終わったら検査や実験がはじまる。
何をするかは日によって違うけど、今日は切除の実験みたいだった。
麻酔が打ち込まれる。
舌が痺れて味が分からなくなるから僕はこれ好きじゃない。
それでもパパとママのお願いだから聞いてあげる、僕いい子でしょう?
舌が痺れて身体の感覚がすっかりしなくなったら、切除の開始。
今日は腕。
パパとママがノコギリでギコギコと僕の腕を切断する。
麻酔が効いてるから全く痛くないけど、自分の腕が切断されているのを眺めるのは変な感じ。
切り離された腕が僕の前にごとりと置かれた。
なんだか作り物みたい、あれが数秒前まで自分の一部だったなんてちょっと信じられない。
「さぁ、腕が切られてしまったね、どうすればいい?」
「まずは血を止めなきゃ」
ママの優しい問いかけに僕は澱みなく答える。
もう慣れたものだ、僕は感覚のない切断面を意識し、身体のモヤモヤを動かす。
傷を覆うように、そうすると血はピタリと止まる。
最初の頃はモヤモヤを動かすのが難しくて、血を止めるのも一苦労だった。
最初に止血に成功した時はパパもママも大喜びで嬉しかったなぁ。
でもそんなのは過去の話で、今はもっと難しいことが要求されている。
「実験体OZ04止血完了、体温脈拍共に問題ありません」
「偉いわ。次はどうするの?腕がなくちゃ困るでしょう?」
「うん!次は再生だね」
僕に要求された次のステップ、それは失った身体の部位の復元だ。
これが、とっても難しい。
うんうん唸ってモヤモヤを腕の形に伸ばすんだけど、腕になってくれない。
やり方はこれであっていると思うんだけど。
できるはずなのだ。
パパの1人は実離値がどうたらこうたらと訳の分からないことを言うけど、できるはず僕も神の端くれなのだから。
できる!できる!できる!
結局僕は10分近く唸ったけど、腕は生えてこなかった。
いつも通り、腕を縫合してもらい今日はおしまい、悔しいなぁ。
腕を開いたり閉じたりして、ちゃんと接合できているかうんざりするほど確認される。
ちゃんとついてるって、これで何度目だと思ってるの?もう慣れたものだよ。
「やはり実離値の絶対量が足りないのかもしれないな」
「しかし外部投与はもう難しいのだろう?OZ04にこれ以上の伸び代は期待できないのでは」
「それでは新しい実験体を?それこそ無理な話だ。彼女は唯一の成功体なんだぞ」
「そもそも弱気すぎるのだ。適合すれば不死なのだから、最初から致死量の実離子を投与すればいい。OZ04だって初期の投与量が少なくなければこうはならなかった」
「何を馬鹿なことを、あれが現段階で限界の投与量だ、これ以上は脳が壊死する」
「だいたいなぜ人間の遺伝子を組み込まなければいけないのです?実離子で一から構成すれば拒否反応も糞もないでしょう」
パパとママがまた難しい話で喧嘩してる。
僕は置いてきぼり。
僕が実験を成功させていれば、パパとママはニコニコしてくれるけど失敗するといつもこうだ。
最近はどれも上手くいかなくてパパとママはちょっと不機嫌だ。
はぁ……不甲斐ないなぁ。
喧嘩するパパとママを尻目に、私は部屋を出る。
午前中の実験はもう終わったから、後は昼まで自由時間だ。
「あ、白楊!」
部屋を出ると廊下をのんびりと歩く白楊と出会した。
「やぁエト、お前は今日も元気だねぇ」
大きな手が僕の頭を撫でる。
白楊、この施設に居候してる変なやつ。
白楊は、僕のパパじゃない。
初めの頃はみんなと同じようにパパって呼んだけど、パパじゃないって否定されちゃった。
じゃあ、あなたは何と問えばただの白楊だと。
だから彼は白楊、僕の家族ではないみたい。
だけど、それにしては僕を見る目は施設内の誰よりも優しい。
OZ04なんていう番号じゃなくて、エトっていう名前を僕に与えてくれたのも彼だ。
それに、彼の体からは僕と同じ匂いがする。
僕の中にあるモヤモヤ、実離子?……だっけ、それと同じ匂いがする。
だから、実のところ彼は僕の本当の父親なんじゃないかって思ってる。
でもそう言ったって白楊は困ったように笑うだけ。
「お前を作ったのは人間だよ」
と彼は言う。
それってなんだか自分は人間じゃないみたいな口ぶりじゃない?
だとしたら僕とお揃いじゃん。
ぼくだって人じゃないし。
僕は人の神になるべく、作られた人工の神なんだからね。
「上手くいってないみたいだね、お偉さんたちが頭を抱えてるよ」
白楊は実験室でまだ口論を続けているパパとママを見て首を振る。
なんだか他人事みたいだねぇ白楊。
「ね、ね、教えてよ。腕の生やし方」
僕の中にあるモヤモヤの使い方を教えてくれたのは、白楊だ。
白楊は実離子だとか超越現象だとか難しい言葉は使わない、だからすごく分かりやすい。
モヤモヤが神様の力だって教えてくれたのも白楊だし、その扱い方や止血のアドバイスをくれたのも白楊だ。
実際に彼の身体の中でモヤモヤがどう動くのかを見せながら教えてくれるからとっても参考になる。
「再生の仕方?そうだねぇ」
彼は顎に手を当てて、私を見つめる。
できない、彼はそう言わない。
「エト、神様の力は適応なんだよ。適応、分かるかい?人だって寒かったら上着を着るだろう、それと同じさ。環境により適した身体に自らを変異させる。何も難しいことじゃない」
「それ、何度も聞いたよ」
神様の力の原理ぐらい僕も勉強してる。
腕がないと不便だから、モヤモヤを腕へと変異させ環境に適応する、そういうことでしょう。
それが分かってもできないから困っているんじゃない。
「もしかして、お前にはそれが出来るという確信が足りないのかもしれないな」
「確信?」
「失った部位を復元するなんて現実じゃないと、心のどこかで思っているのかもしれない。現実からかけ離れすぎているかもしれないと」
「う〜ん?」
そうなのだろうか?そうかもしれない。
白楊はできるって言うけど、確信は確かにない。
失敗が重なるにつれ、自信が、確信が遠のいているのは感じる。
「見て、簡単なことなんだ」
そう言うと白楊は手に手刀を添える。
ぼとり。
瞬きする間に彼の腕が落ちた。
血が噴き出るかと思ったけど切断面は静かなものだ。
もう止血してる、私より遥かに手際がいい。
そんなことよりも手刀で腕を切断できるのも驚きだけど。
どうやったんだろう?早業すぎて見逃してしまった。
「力の動きに注目して」
「あ」
モヤモヤが身体から伸びて腕を形作る。
編み込むように重なって枝分かれしていくモヤモヤ。
ああ、なるほど血管を模倣しているのか。
血、骨、肉、肉体を構成する要素がより集まっていく。
ただ腕の形にするだけではダメ…………腕がどんなものなのかきちんと考えなくちゃだめなんだ。
モヤが厚みを増し、肉体へと変わっていく。
白楊は複製した腕を確かめるように動かした。
すごい、細かいシワまで元のままだ。
「はい、あげる。好きに分解して調べればいい」
切り離した方の腕を手渡される。
勉強しろ、ということだろう。
白楊からの宿題だ。
「ありがとー白楊!」
よし、じゃぁお昼まではこの腕を解体して勉強しようかな。
そうと決まればメスを借りてこなくちゃ。
……………………………
…………………
……
「はい、終わり」
僕は複製した腕を開閉しながら伸びをした。
目の前には切り離した僕の腕が置いてあるけど、それはもういらない。
いつもの切除の実験。
失った身体の部位の複製に成功したのは、これで三度目かな。
パパとママは私の複製が上手くいっているのかスキャンをして何度も調べている。
そんなに念入りにしなくても大丈夫だよ。
再生はもう慣れたものだ。
パパとママは嬉しそうに記録をまとめている。
実験が順調ならば、僕もみんなも笑顔だ。
「素晴らしいわ。これで計画は次の段階へ移れる」
次の段階、ということはそろそろ近いのだろうか。
僕という神の完成が。
喜びのまま立ち上がると、地面が揺れた。
「おっと、とと」
地面の揺れと共に明かりが点滅する。
遠く頭上で、サイレンの音がかすかに聞こえた。
「またか……」
パパの1人がそうぼやく。
確かに、ここ数日こんなふうに地面が揺れることが増えた。
地上では、戦争が激しくなっているのかもしれない。
「ここももう安全ではないのかもしれないな」
「攻撃の手がここまで届くのが先か、それともエトが完成するのが先か」
さっきまで笑顔だったパパとママの顔に影がさす。
戦火はもうすぐ側まで迫っているのだろうか。
僕は、何も知らない。
地上で行われている惨劇を。
僕は戦争を終わらせるために作られた存在なのに。
パパとママは僕を暴力から遠ざけている。
「ねぇ…………」
「大変です!」
僕の言葉は突如として扉を開けたママの1人に遮られた。
「こ、こ、これ……!」
彼女は抱えたタブレットを焦ったように差し出す。
パパとママがそれを覗き込む。
僕も覗き込みたいけど、パパとママより背が低いからよく見えないなぁ。
と思っていたら、背後から抱えられて、僕の身体が地面から離れた。
「あ、白楊」
いつの間に来たのか、僕を持ち上げてくれたのは白楊だった。
これで僕もタブレットに映ったものを見ることが出来る。
「うーん?」
映っていたのは地上の映像だった。
僕の知らない戦争の映像。
銃弾と爆発物が炸裂し、怒号が鳴り響く戦場。
映像がとらえていたのは、そんな戦場で兵士たちと肩を並べて戦う少女たちの姿だった。
「私と同じ顔?」
その少女たちは皆同じ顔をしていた。
白髪に、私とそっくりな顔つき。
そんな少女たちが戦士に混じって戦場にいる。
兵士と色違いの白い軍服がなんだか不気味だった。
「あ!」
足元に転がった手榴弾が弾け、少女の内の1人の片足が弾け飛ぶ。
軍服が赤く染まる。
だけど、少女が崩れ落ちることはなかった。
まるで何かに固定されているかのように、少女は片足で直立する。
それどころか失われた彼女の足が復元されていく。
私と同じ、神の力。
戦場に適応し、変異する兵隊。
そんな人外たちが戦場に放たれていた。
これが……戦争なの?
「……誰だ」
不意に底知れぬ低い声がした。
鳥肌が立つ。
その声が僕の背後から、白楊から聞こえてきたとはとても信じられなかった。
普段の優しい彼とはかけ離れた冷たい声音。
「裏切り者は……研究資料を外部に持ち出したのは……誰だ?」
殺してやる。
その声音はそう言っていた。
……………………………
…………………
……
「……………………」
僕は部屋にぶら下がった電球をぼんやり眺めていた。
停滞、それが僕の眼前に永遠と横たわっている。
ベットと明かりだけの狭い部屋、あの日から僕はずっとここに閉じ込められていた。
理由も告げられず、食事さえ与えられず。
まぁ、僕は未完成とはいえ神の端くれだから食事はなくても別になんとかなるんだけど。
停滞が、不満であり不気味だった。
あの日白楊はパパとママをどうしたんだろう?殺したのだろうか?
あの時の彼にはそれが出来るほどの殺意があった。
かつて扉の向こうから聞こえた人間の気配は、もう全くない。
戦争は終わってない。
僕の実験はまだ終わっていない、僕はまだ完成していない。
あの少女たちは何?
僕は本当に何もしなくて大丈夫なの?
答えはない。
だから、僕は今日もベットに腰掛け電球を眺めるばかり。
別に部屋に鍵なんてかかっていない。
だけど、白楊がここから出るなと言ったから、僕は外に出ない。
僕いい子でしょう?
「あぁ、こんな所にいたのか」
その少女がいつからそこにいたのか、僕には分からなかった。
彼女はいつの間にか僕の隣に腰掛け、こちらを見つめていた。
扉は、閉まったままだった、確実に。
僕はその扉が開くのをずっと待っていたのだから、開けば分かる。
扉は開かなかったのに、どうして彼女は入ってこれたんだろう。
「君がオリジナル?なんだか想像とちょっと違うね」
「あなた、だぁれ?」
「私?私日向、日向ちゃんって呼んでくれてもいいのよ」
おどけたように笑う彼女からは嗅ぎ慣れた匂いがした。
私と同じ、モヤモヤの匂いだ。
「僕は……」
「当てましょうか。詠都、でしょう?」
彼女の言葉に僕は頷く。
僕を知っているみたい、パパとママの知り合いかな?
「やっぱり、白楊なら同じ名前にするって思ってたの」
僕の肯定に日向は得意げに笑う。
パパとママじゃなくて、白楊の知り合いかぁ。
だとしたら、彼女から同じ匂いがするのも納得かもしれない。
きっと彼女も人間じゃないんだ、僕と同じように。
「いや、私は人間だよ」
まるで僕の思考を読んだように、彼女の口が動く。
「神と名乗りはしても、私は自分の本質を見失いはしない。いつ、どんな時代も、私は生まれたままに、人だった」
彼女の両腕が伸びてきて、私の顔を包み込む。
柔らかい感触だった。
それに温かい、生きている肉だ。
「君は何?人?神?それとも人間の道具かな?」
僕?
ぼくは何だろう、神だけどまだ未完成だ。
彼女の両腕が撫でるように頬を滑ると、首にかかった。
首に、圧迫感を感じる。
あれ、首絞められてる?
「ごめんなさいね、どのみち殺すわ、私あなたを」
首に指が食い込む。
殺す?僕を?
僕は未完成とはいえ神だ、神であれと作られた存在だ。
腕をちぎられても死なない。
飢えも、外傷も無意味、もちろん窒息などしない。
そんな僕の首を絞めたって無意味なのに。
そう考えていたけど、すぐにそれは違うと気がついた。
彼女の両腕にモヤモヤが集まっていく。
僕の首の肉が、ミチミチと嫌な音を立て始めた。
引きちぎるつもりなのかもしれない、僕の頭を。
流石に頭部が切断されれば僕も死ぬのだろうか?
分からない頭部を切除したことなんてない。
「止めないでよ、白楊」
激痛が生じる中、彼女の口が動く。
その口は白楊の名をつぶやいた。
瞬きをすると彼女の背後に白楊がいた。
またいつの間にかいる。
この部屋は秘密の出入り口でもあるのかな。
そんなもの使わなくても鍵なんて閉まってないのに。
「彼女は違う」
「違う?何と」
「エトは兵器じゃない。この子は誰も傷つけていない」
「それが?…………白楊、君は何が問題なのか分かっていないんじゃない」
首を絞められる僕を置いてきぼりにして2人は会話を進める。
さっきから首の傷を修復しようとしているのに、一向に治らない。
何だろう、これ。
「人間は神の尊厳を横領し、盗み取った。あなたはそれを危険視しているのだろう」
「そうだね、人間は君が命を賭けて解き明かした神の構造原理を盗み、それを兵器に転用している」
「知識に、罪などない。問題は神の構造原理を悪用したあの強化人間たちだろう!その子は関係ない!!」
「やっぱり…………君は何が問題かまるで分かっていない」
首を絞める力が一層力強くなる。
私の頭が不恰好にグラグラと揺れた。
「やめろ!」
白楊が日向の手を掴む。
その白楊の手も日向と同じように神の力が込められていた。
ため息と共に、僕を絞める手が緩められる。
支えを失った僕は立つこともままならずベットへと沈み込む。
まだ首が繋がっているのか、それすら自信がない。
痛みだけが身体を支配していた。
いくら再生しようとしても、その痛みは消えなかった。
「知識は罪だよ白楊。分かるはずだ、この研究所の研究記録を抹消したのは他ならぬ君なのだから」
「それ……は…………」
「私たちは何だい?神か?いや、違う。私たちは力を持ってしまっただけの獣だ。それが神を自称しているにすぎない」
神……じゃない?
痛くて、呼吸をするのも苦しい。
それでも僕は意識を保ち続けた。
2人の会話を聞きたかったから。
何か、とてつもない話が交わされている、その確信が僕にはあった。
「そんな私たちが神として神座に君臨するため、犯されてはいけないものは何だと思う?」
「……信仰か」
「違う。そんなものは後からどうとでもなる。大切なのはね、不可侵性なんだよ、分かるかい白楊」
神が神であるための条件、不可侵性。
僕という創造物はそれを犯しているのだろうか、だから処分されようとしている?
「神がかった力を持つ次元を超越した存在、神とはそうでなくてはいけない。その不可侵性が失われた時神と人との関係性は崩れ、人は神の利用方法を考え始める」
「この子がその不可侵性を犯したから今回の事態が起こった、そう言うのですか」
「そう、人は神の構造原理……すなわち私たちのDNAを知った。知ったの、私たちが生物を超越した存在ではなく自分たちと同じように遺伝子構造を持ったただの生物だと。だからこそ人はそれを利用し、怪物を創造した」
「……………………」
あぁ、そういうことなのか。
僕はなんとなく事態の全貌が見えてきた。
僕という存在が禁忌の知識そのものなんだ。
神がただの力を持っただけの動物だという証明、それが僕だ。
今地上で人々を蹂躙しているあの白い人擬きは、僕の姉妹。
僕という知識から作られた生物兵器だ。
「それでも…………この子に罪はない、裁くのは人と私…………そう……そうあるべきだ」
「そんなにこの子の命が惜しいの?」
「そんなこと!?……」
「これは詠都じゃないんだよ白楊」
日向が僕の髪を掴んで白楊に見えるように持ち上げる。
まだ首が痛いのでやめて欲しい。
でもこの首を傷つけたのは彼女なのだからそんな主張は通らないだろうな。
「詠都は死んだ、もう土の下だ。それは君が一番よく分かっているでしょう」
詠都、エト、音は同じだけど何か違う。
最初はよく分かっていなかったけど日向が言う詠都と僕は同一の存在じゃない、それが分かってきた。
ねぇ、詠都って誰白楊?
「死人の安寧を破り、墓を暴いて手に入れた彼女のDNAと君のDNA、それを掛け合わせて人と共に作ったこれは本当に詠都だった?」
「…………………………………………ちが、う……詠都は…………もっと我儘だった。聞き分けのない子で……よく泣いてた」
「そう……分かっているじゃない。じゃぁこれは処分してもいいわね」
「待てッ!」
再度の制止に日向の手が離される。
僕はグラグラする首をなんとか支えた。
僕の死を引き止める白楊をぼんやりと眺める。
2人が言い争っているのは僕の生死の話なのに、なんだか他人事みたいに感じていた。
「それでも…………それ、でも、私はその子を……愛しているんだ!詠都の代わりではなく。ただ1人のエトとして」
「……白楊」
初めて、彼の愛情を正面から貰った気がした。
白楊はいつも一歩引いていた。
優しい目をしているのに、パパとママに囲まれる僕に歩み寄りはしない。
遠くから微笑むだけ。
だけど、やっぱりそうじゃないか……白楊君は僕に親としての愛情を抱いていたんじゃないか。
「うふふ…………いいね、ようやく君の本音が聞けた」
「…………主神様?」
日向は手を叩き、場違いに笑った。
「愛、人を神を狂わせる感情。かつて君は人を愛したから猿神と殺し合った。愛こそが過ちなんだ!愛するから間違う!………………でもそれでいいんだ。なぜなら私こそが人間を愛してしまった最も愚かな人の末路なのだから!!」
日向は笑う、頬を赤らめ、目をきらめかせて。
彼女は滑稽なほど浮かれていた。
その愛こそが、始まりなのだと。
人の神たる所以を、僕はそこに見た気がした。
愛されるよりも、愛さなければいけないと。
「ではこうしましょう鹿神。私と君とでこの過ちを根絶する。生まれるべきではなかった命を全て摘み取り、その返り血で大地を染め、踊りましょう。そうして赤く染まった空の下で私はこの子を許しましょう。生まれるべきではなかった命を祝福しましょう」
日向が手を差し伸べる、赤く染まった頬で笑いかける。
白楊は、その手を取った。
そうしてここに約束が交わされ、過ちがまた新しい過ちで塗りつぶされた。
人と人の戦争は、人と人擬きの戦争になり、人と人擬きと神の戦争になった。
禁は破られ、神が戦争に降臨した。
だけど僕はその結末を知らない…………だって僕はその戦争において愛らしい景品でしかなかったから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「のぅ、何をぼけっとしておるんじゃお主」
水たまりに映る自分を見つめていたエトは顔を上げた。
孤狼が呆れたように彼女を見つめていた。
随分と遠いところまで来た。
多くの人間が姉妹たちが死に絶え、今時代は新たなステージに進もうとしている。
エト自身もあの頃とは違う。
「お主は人形か?それとも本体か?」
「あぁ、僕は僕だよ」
エトは首を掻く、そこにはまだあの時の痣が残っていた。
変わったとしても忘れられないあの日の記憶が。
「答えになっとらんのじゃがー……まぁいい。壊れた建物を修復するのにお主の人形たちがいればだいぶ楽そうじゃ。手伝ってくれんか、お主も人間の味方、なんじゃろう?」
「うん!僕は愛しているよパパとママを」
エトに合わせて数多の人形たちが笑った。
そう……エトは人を愛している、それが過ちだと知っていても。
だって彼女はそう望んで作られたのだから。