あの〜犬神じゃが……寝てたらなんか人類滅んどらんか?   作:黒葉 傘

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犬神様医療都市に行く

 頬に当たる風が気持ちいい。

 孤狼は風を浴びながら大きく伸びをした。

 白い巫女服がはためいて青空に映える。

 

「おい、危ないぞ」

 

 運転席の方から夕のぼやく声が聞こえてくる。

 だが孤狼はそれに頓着せず走行するトラックの上で尻尾を振るばかり。

 

「あれが第13都市か」

 

 その視線の先には灰色のドームがそびえ立っていた。

 ビル群の中に建設されたそのドームは何重もの壁に囲まれ、外界との接触を絶っている。

 孤狼たちはちょうどその最後の壁を通過したところだった。

 

「しかし意外だね〜、感染者を通すなんて」

 

 エトも孤狼の横によじ登ってきた。

 その目線は今通過したばかりの大きな関門を胡乱げに見つめている。

 その点に関しては孤狼も同意だった。

 

「感染者が種子を撒き散らすのはその死後、生きている間は無闇に隔離する必要はない。まぁ……理性的な判断だな」

 

 そう言いはするが、夕自身もなんだか居心地が悪そうに身をゆすっている。

 彼女の右肩から生えた若木には厳重に黒いビニールが巻かれ、その首にはチョーカーが装着されていた。

 関門を通る際に都市の人間によって施された装備だ。

 ビニールは若木の光合成を妨げ成長を阻害、そしてチョーカーは感染者のバイタルを測り管制塔に送信、現在位置を常にモニタリングしているんだとか。

 流石に厳重な監視体制だ。

 しかし厳重とはいえそれで通していいものかとも考えてしまう。

 今までの集落が感染者を露骨に排斥していたため、そちらとの隔たりが大きく感じてしまう。

 感染者だと知っただけで銃を向けて警戒する、それが孤狼たちにとって当たり前だったというのに。

 

「残存した人類最大の医療都市だ、感染者のリスクは熟知してるんだろ」

 

 禄太はそう言うが、感染者を都市から追い出した人類種存続機構、その本部でもある都市なのだ。

 カンパニー創設の大元であり今の人類の大勢を作った都市。

 この対応には何か違和感を覚えるが、現時点で警戒心を抱くほどの何かはない。

 

「いい加減屋根から降りろ、ドームに入るぞ」

 

「……うむ」

 

 頭を捻るが違和感の正体の答えが出ぬまに足元が叩かれてしまったので、のそのそと屋根から降りる。

 そもそも頭を使うのはあまり得意じゃないのだ。

 知識面はいつも蛇神や兎神、あるいは鹿神だとか主神に任せきりにしてきた。

 最近そのツケが廻ってきたような気がする孤狼なのであった。

 

 

 

……………………………

 

 

 

…………………

 

 

 

……

 

 

 

「ぷあっ!」

 

 孤狼は煩わしそうに身体を振った。

 鼻につくアルコール臭がなんとも煩わしい。

 第13都市に入った孤狼たちを待っていたのは永遠と続く殺菌と感染検査だった。

 事前に清潔無菌が求められる場所だと聞いていたがその徹底ぶりは聞いていた以上のものだった。

 あちこちから消毒液を吹きかけられ、身体をスキャンされる。

 特に感染検査ではなにやら妙な数値が出たらしく担当医はしきりに首を傾げていた。

 当然のことだが孤狼は人間ではない、その本質は宝剣に宿った物の怪であり、その身体は肉の寄り合せの生命もどきだ。

 精密検査なぞしようものならボロが出るのは当然と言えば当然だった。

 しかし、数値がおかしいからと言っても感染の兆候があるわけではなく、綿密な検査の後に解放された。

 

「遅かったな」

 

「もううんざりだよ〜」

 

 長い時間をかけてようやく都市への入場を果たした孤狼、入り口のすぐそこでは夕たちが荷物を椅子に待ってくれていた。

 言動から察するにエトも長い間拘束されたようだ。

 彼女もまた神でありその肉体の特異性が担当医を困惑させたのであろうことは想像に難くない。

 孤狼の後ろからも続々と都市へ入ってくる人々が見える、都市間の往来はそれなりにあるらしい。

 人類最後の医療都市と聞いたので、地下や海底のような隔離された場所にあると思っていたのだが、ドームに囲まれているとはいえ地上にあるし、意外と開けた都市だ。

 

「なにか違和感があるのぉ」

 

 先程と同じように引っ掛かりを覚える。

 また首を傾ける孤狼、だが彼女の思考がまとまる前に声がかかる。

 

『カンパニー御一行様でしょうか?』

 

「あぁ……ってんん?なんだこれ」

 

 なんだか懐かしい感じの電子音。

 声が聞こえた方を見るとなんだか妙な物が鎮座していた。

 ゴミ箱に画面とキャタピラをつけた代物と言えばいいのか。

 都市を構成する白い合金と同じ素材でできた機械、その画面にはご機嫌なニッコリマークが表示されていた。

 

『ワタクシは自立型都市案内ユニットDiです。この度はようこそ第13都市へ!』

 

「おぉ……ハイテクだねぇ」

 

「なんじゃ機械が案内しとるのか……」

 

 キャタピラがうなりガタンッと機体が傾く、お辞儀のつもりなのだろうか。

 画面はニッコリマークからようこそ!という文字に切り替わっている。

 愛嬌があるような……ないような。

 孤狼はいまだ懐にしまってある壊れた友人を思い出して若干寂しくなった。

 

「じゃぁ引き継ぎの話をしたいんだけど……」

 

『お待ちください!本日はもう遅い時間ですのでお休みください。Diがホテルへご案内します』

 

 勇足の禄太をDiが押し留める。

 DiはついてきてくださいとばかりにUターンして走り出す。

 

「ホテル……お金が……」

 

『ご心配ありません、ご来訪者様へは無料となっています』

 

「ただぁ!?」

 

「太っ腹じゃのぉ」

 

 禄太と夕は疑わしげに、エトと孤狼はご機嫌にDiに続いて歩き出した。

 都市の玄関口は様々な店が立ち並び人々で賑わっている。

 その中を歩くのはなんだか変な感じだった。

 以前訪れた集落でも感じた感染者とは異なる希望に満ち溢れた平和そうな顔、顔、顔。

 それに混じり忙しそうに行き来する白衣の人間達。

 以前の集落と異なるのはその圧倒的な文明力の高さ。

 文明崩壊前の建物の寄せ集めだったあの集落とは違いほとんどが真新しい建物、Diのような自立型ユニットが当たり前のように闊歩する景色、何もかも規格外だ。

 眠りにつく前の文明よりも高いかもしれないとすら思えるその街並みに孤狼は鼻を鳴らした。

 

「おお〜すごい、水がたっくさん」

 

「あ、こら!」

 

 噴水に向かって頭を突っ込むエト、案内されたホテルは大きな噴水を持つ豪華なものだった。

 色とりどりにライトアップされた水が宙を踊る。

 このような設備が作れるのもきちんと水栓設備が整っているからこそだろう。

 

「これ、はしたないぞエト」

 

「孤狼も、飲み水じゃないから。上品に掬ってもダメだぞ」

 

「え゛?」

 

 2匹の神を噴水から引き離す夕、もはや保護者である、2匹の方が年上のはずなのだが。

 Diは『ごゆっくり』という画面に切り替わり道を引き返していく。

 あれの案内は完了したということだろう。

 禄太は尻尾を振って優雅に、夕は2匹の首根っこを捕まえながらホテルへと足を踏み入れる。

 シャンデリアに照らされたエントランスで孤狼たちを迎えたのもまた自立型ユニットだった。

 

『ようこそカンパニー御一行様、お食事をご用意しております』

 

「うん?」

 

 またも機械に案内されたのはホテルの食堂だった。

 ビッフェ形式に並べられた豪華な食事たちが孤狼をお出迎えする。

 

「………………なにか」

 

「待遇が良すぎないか?」

 

 ここにきて流石に禄太達は訝しみ始めた。

 自分たちが思っていたよりも遥かに南という人間は重要なポストに就いていたのだろうか。

 それにしてもこの待遇は大袈裟なきもするが。

 

「うまいぞ」

 

 孤狼だけが呑気に甘味を頬張っていた。

 

 

 

……………………………

 

 

 

…………………

 

 

 

……

 

 

 

『申し訳ございません。本日のスケジュールは埋まっております。また明日お越しください』

 

「はぁ!?また!どうなってんだ」

 

「うーん……?」

 

 第13都市の中央部、一際高いビルの前で夕は自立型ユニットを蹴飛ばした。

 鈍い金属音を立てて機体が傾く、それでもそれの答えは変わらなかった。

 

『また明日お越しください』

 

「なんだこいつ、腹立つなぁ!」

 

「どうどう、乱暴するでない夕」

 

 孤狼たちがこの都市に足を踏み入れたからもう三日経っていた。

 三日、三日である。

 それだけの時間が過ぎたというのに孤狼たちの計画は何一つ進んでいなかった。

 当初予定していた都市の重役との面会はスケジュールが合わないという相手の一方的な理由によってキャンセルされ続けている。

 カンパニーには皆に行き渡るだけのワクチンが尽きようとしている、こんな風にのんびりしている暇はないのだ。

 だというのに肝心のDr.への足がかりにすら会えていない。

 謎の高待遇のせいで衣食には困っていないが、だからといってこのまま状況が停滞するのは考えものだ。

 

「明日来いと言っとるのだから、明日会えるかもしれんじゃろう?」

 

「昨日もそう言われたが!?」

 

「やれやれ、長生きしてる奴は悠長でダメだね。もっと危機感持とうよ先輩〜」

 

 ジリジリと時間だけが過ぎていく中、孤狼は呑気なものだった。

 悠久の時を生きる孤狼にとって三日という歳月は些細なものなのかもしれない。

 孤狼は仲間との意識の違いに気まずそうに耳を伏せた。

 

「機械相手じゃ話にならん!どうにか関係者を探すしかないか……」

 

 自立型ユニットではいくら訴えたところで重役に届いているか分からないのだ。

 スケジュールがいっぱいの重役とうやらがどこで何をしているか知らないが、地道に探すしかないのかもしれない。

 

「じゃぁ儂も……」

 

「ちょっと待った先輩」

 

 各自手がかりを探そうと歩き出す中、エトが引き止めてきた。

 

「この都市、どう思う」

 

 ざっくりとした問いかけではあった。

 だがエトの目は疑心が見え隠れしていた。

 この都市はどうも変だと。

 

「まぁ平和なもんじゃな〜」

 

「ボケるなよ先輩〜。僕たちへの対応も含めどうも怪しいと思うでしょ。何か企んでるというか」

 

 のらりくらりとした孤狼をエトがゆする。

 確かにこの都市に入ってから違和感は常に感じている。

 だが自分たちに対する敵意のような感情が全く無いので、孤狼としてはそこまで危機感を持てずにいた。

 やる気の見えない孤狼相手にエトは深いため息を吐く。

 

「先輩、甘味好きだったよね」

 

「うむ?」

 

 甘味という言葉に孤狼の耳が直立する。

 

「パフェでも奢るからやる気出してよね」

 

「ぱふぇ!??」

 

 エトが孤狼を案内したのは都市の活気あふれる区画に店を構えたカフェだった。

 通りが一望できるテラス席に2匹は向かい合って腰をかける。

 孤狼は早速メニューに鼻面を突っ込んで熟読そていた。

 勇んで注文をする孤狼の横で、都市の人々が行き交うのをエトは眺めていた。

 

「しかし奢ると言うてもお金はどうするんじゃ?ここは外のように除草剤で取引しとる訳じゃなかろう」

 

「お金ならあるよ」

 

 そう言ってエトは懐から財布を取り出す。

 そこには紙幣がぎっちり詰まっていた。

 

「んな!?」

 

 この都市で流通している紙幣だろうか、孤狼の見たことのないデザインだった。

 この都市に来たことがあるわけでもないのになぜそんな物を持っているのだろうか。

 よく見れば紙幣以外にもたくさんのカードや貨幣が詰まっている。

 

「拾ったんだ」

 

 いつものようにニコニコとエトは笑う。

 

「僕らでね」

 

「む?」

 

 孤狼の横の席に誰かが腰掛ける。

 目を向けるとそこにはエトと同じニコニコ顔の人形が座っていた。

 植物を司る鹿神の権能、それを利用して動かす樹木人形だ。

 だが数えきれないほどあったその人形は嵩張って荷物になるという理由でカンパニーに置いてきたはずだった。

 それがなぜか目の前に座っている、どこから持ってきたのだろうか?

 

「噴水といいこの都市には水が豊富にあったから種を蒔いたんだ。ここの水は綺麗だね、思いの外良く育ったよ」

 

 疑問に答えるエト。

 口ぶりからするとこの都市に着いた初日にはもう種を蒔いていたのだろう、一体や二体ではなくそれなりの数を。

 そしておそらく急速に成長させた樹木人形を使ってこの都市を探った。

 このお金はその副産物というわけか。

 

「人海戦術を駆使して何か分かったかの?」

 

「そうだね……この都市には僕たち以外にも外部の人間が存在する。それこそ感染者と非感染者を問わずに。不可解なことにこの都市は感染者を歓迎しているみたいだ。でも…………何に利用するつもりかは見当もつかないな〜」

 

「平和じゃろう?ここは」

 

 孤狼の言葉にエトは不服そうに頷く。

 彼女からすれば何の企みもなく感染者たちを受け入れるこの都市の人々は信用できないのかもしれない。

 

「怪しんだところで大したものは見つからなかった。先輩はそれが分かっていたみたいだね、もしかして無駄にだらけていたわけじゃないの?」

 

「失敬な奴じゃのうお主。儂なりに調べたわい」

 

「じゃぁ……不甲斐ない後輩に答えを教えてよ」

 

「む」

 

 パフェがテーブルへ運ばれてくる。

 真っ赤なイチゴとクリームが何層にも重なった芸術的なパフェをうっとりと見つめる孤狼。

 孤狼の小さな指がそのてっぺんに燦然と輝く赤い果実を摘み上げる。

 まるで見せつけるように突き出されたそれをエトは怪訝に見返す。

 

「やはり神がいるぞ、この都市に」

 

「へぇ…………」

 

 伊達に何百年も神をやっていたわけではない。

 孤狼がこの都市で感じたもの、それは信仰のような何か。

 それが人々から感染の恐怖を拭い去っている。

 未完成のワクチンなどではない、その程度のもので人は感染者を受けいれたりなどしない。

 緑繁教のような狂信でもない、人々はいたって平静に見える。

 絶対的な安心それが保証されているかのような態度。

 神々が見守ったかつての都市を知っている孤狼にとってそれは見慣れたものだった。

 たとえ最悪の事態になっても助けてもらえる、そう人々が思えるだけの何かがこの都市にはいる。

 

「いいね!この都市に来た価値はあったみたいだ。で、どこにいると思うそいつ?」

 

「うむ……それがここ薬臭くて鼻がよく効かぬのじゃ……」

 

 摘んだイチゴを口の中に放り投げ、咀嚼する。

 その果実の香りに混じる苦い香り。

 ドームで密閉されているからか、この都市は独特の匂いが充満していた。

 

「まぁ、いると分かれば目星はつくかー、あのビルか、それともワクチン工場か」

 

 孤狼たちは中央部に聳え立つビルに目を向ける。

 この都市の行政を担っていると言われている建物だ。

 ワクチンの工場というのは孤狼は見たことがないが、エトの口ぶりからすると場所は把握できているのだろう。

 

「で、先輩はどっちに行く?」

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