あの〜犬神じゃが……寝てたらなんか人類滅んどらんか? 作:黒葉 傘
次回は来週までには投稿したいところ……
「コロ、コロや」
「おい孤狼」
「犬神殿ー?」
名を呼ばれた。
たくさんの気配。
それに懐かしい声音、友の声だ。
重たい目を擦り瞳を開けると、そこには見覚えのある景色が広がっていた。
白く、静謐な和室。
畳の匂いが鼻腔をくすぐる。
色のない世界の中に色彩を放つ12の座卓。
その座卓にはそれぞれの神が座していた。
神の座す12の席、主神に選ばれた12匹の獣たちがそこにはいた。
孤狼もこの12の席のうちの1席を与えられた獣の1匹だ。
周りを見渡せば友人である神々と目があった。
「こんなところで寝るなんて孤狼は豪胆だね」
「まったく、あの眠姫ですら起きているというのに……」
鹿神が孤狼を心配そうに覗き込み、狐神は呆れたように首を振っている。
孤狼は自分の失態を誤魔化すように咳払いをした。
犬猿の中である猿神がニヤニヤと笑いながらこちらを見ているのがなんとも腹立たしい。
大切な神々の集会だというのに、自分はなぜ眠ってしまったのだろう?
眠気を吹き飛ばすように犬神は頭を振る。
自分以外の神々はもう席についているようだった。
人の姿、巨大な獣、小さな獣、皆めいめいの楽な姿を象って席に座っている。
孤狼も巨大な化け犬からいつもの人の姿へと変化すると席についた。
これで、全ての神々が集結した。
途端に神々は話を止め、居住まいを正す。
いつも喧しい鳥神ですら、その口を噤んだ。
皆の視線が上座へと注がれる。
静まり返る部屋に、どこからか鈴の音とそれに続く衣ずれの音が微かに聞こえてきた。
空席である上座、13番個目の座卓に誰かが歩み寄る。
それは神々の主。
12の獣を統べる主神。
長たる神、人神が席に座し神々の集会は厳かに始まった。
……………………………
…………………
……
「ふがッ」
身体を震わせ、孤狼は目を覚ます。
まだ辺りは暗い。
火の消えた焚き火が燻り、微かな熱と光を放っている。
また、いいところで目を覚ましてしまった。
孤狼は寝袋にくるまりながらため息を吐いた。
犬神の尻尾が狭い寝袋の中で暴れる。
あと少しで主神様の顔を拝めるかと思ったのに……
懐かしい夢だった。
神々の集会……もうだいぶ長い間開かれていない。
最後に皆で集まったのはあの忌々しい戦争が始まる前だったか。
それ以降、孤狼は主神様には会えていない。
あの輝かしいご尊顔も拝めていないし、琴の音色のような涼やかなお声も拝聴できていない。
いまもご健在なのだろうか……?
今日見た夢には懐かしい顔ぶれがたくさんいた。
仲の良かった者も悪かった者も皆等しく仲間、神という友人たち。
『仲間の何匹かは逝去してしまった』
それは猫神の眠姫から聞いた話しだ。
信じたくはないが、恐らく本当の話。
だからもう仲間の全員がかつてのように一堂に会することはないのかもしれない。
「んぁ〜〜〜」
孤狼は寝袋から抜け出すと大きく伸びをする。
当初の目標だった人類との再会は叶った。
新しい友も作れそうだ。
そろそろ、仲間であるかつての神々の捜索も始めたいところだ。
古き友人と再会できれば、自分が寝ていた間の話も聞けるだろう。
木々に浸食されたビル群に、朝日が差し込む。
人の気配の消えた都市、静かな夜明けだった。
「悪くない朝じゃな」
生存が確定しているのは今のところ狐神と猫神だけ。
狐神は海の向こうにいるらしいし、さしあたって探すなら猫神の方だろう。
孤狼は元気に尻尾を揺らす。
夕が目を覚ますまで、孤狼はそうやって静かに登る日を見つめていた。
……………………………
…………………
……
「ここからしばらく進めば、私たちのカンパニーだ」
ひび割れたアスファルトを踏みしめ、孤狼は夕に続いて歩く。
鼻歌交じりのステップ、犬神はいつもの様子でご機嫌だ。
それに対して夕はマスク越しに顔をしかめ、不満げだった。
「お前、本当によかったのか?」
「何がじゃ?」
「お前は非感染者なんだぞ。もっと安全な場所で暮らすこともできる。それなのに感染者の根城を選ぶのか?」
「儂にとっては感染者も非感染者も変わりはないわ」
「馬鹿なのか?」
「そうですコロウ様は馬鹿なのです」
「おい、不敬じゃぞ!」
呆れたように見つめる夕とMoに孤狼は憤慨した。
孤狼としてはただ好感の持てる方に付いていっただけなのに、ひどい言われようである。
神は人間をそんな風に区別などしない。
それに、あの集落は孤立し、完結していた。
そこに神を必要とする余地を感じなかったのだ。
病に侵され迫害される人々にこそ、自分は必要なのかもしれない。
彼らが世界に絶望したというならば、神はまだ人を見捨ててはいないと知らしめる必要がある。
孤狼はそんなことも考え、夕についてきたのだ。
それを阿呆だのなんだの……失敬な。
神として太古からの約束は守る、鼻息を荒く孤狼はそう決意した。
もっとも犬神の腹の中など知るわけもなく、夕たちの呆れた様子は変わらなかったが……
夕の言葉通り、それからしばらく歩みを進めると大きな建物が見えてきた。
「ようこそ私たちの家、『猫又カンパニー』へ」
夕が孤狼を招き入れるように手を広げた。
彼女の背後には大型の建造物、その正面には二つの尻尾を持った黒い猫が描かれた看板が掲げられている。
それは元はショッピングセンターだったのだろう、ガラス張りの建造物は運送会社へと改造され、少なくない人間が働いている様子が確認できた。
今も武装したトラックが物資を積み込み、カンパニーを出入りしている。
夕は運び屋で、運送会社であるカンパニーの人間、そう説明を聞いていた孤狼だったがそのことをイマイチ理解できていなかった。
だが目の前の様子を見て孤狼はようやくそのことを理解できた。
あの集落に夕が物資を届けたように、多くの人間が物資を各集落に届けて回っているのだろう。
そうして報酬を受け取り、またここに戻ってくる。
「ふむ……」
孤狼の目が、カンパニーの人間たちに向けられる。
よく見ればここで働く全員が夕と同じように体のどこかしらに木を生やしていた。
感染者なのだろう、全員。
孤狼の目が細められる。
集落で見たような景色はそこにはなかった。
誰もが疲れた目をして、物資を運んでいる。
子供でさえも遊ぶことなく、荷物を抱えている。
「……やはり歪じゃな」
孤狼は小さくこぼす。
その声は孤狼たちの横を通り過ぎていったトラックの走行音によってかき消されてしまった。
孤狼は夕に手を引かれ、ノロノロとカンパニーに足を踏み入れる。
中はたくさんの段ボールが積まれ、雑然としていた。
「おかえり夕。その白いのはどうした?」
足から若木を生やした青年が夕に声をかける。
彼は夕に手を引かれる白髪の少女を訝しげに見つめていた。
白髪、そこから覗く犬耳や尻尾、汚れひとつない巫女服、それらが珍しいのだろう。
その青年だけでなく、いくつかの視線を孤狼は感じた。
「あぁ、拾った。副社長はどこだ」
「おまっ、拾ったって……副社長ならいつもの部屋にいるぞ」
夕は青年の問いに歩みを止めることなく答える。
拾ったとは、ずいぶんな言われようである。
「そいつ普通の奴には見えないな、訳ありか?新入?」
「さぁな、それは副社長次第だ」
副社長次第……
どうやら、その副社長とやらの許可がないと孤狼はこの一団の仲間には入れないようだ。
副社長……社長ではなく?
孤狼は疑問に思ったが、夕はそんな彼女を気にかけることなくズンズンと先へ進んでいく。
動くことのないエスカレーターを階段代わりに、上層階へと進む。
エスカレーターは大きな吹き抜けをまたぎ、各階をつなげていた。
階層をひとつひとつ上がっていき、最上階である5階にきて夕はようやく足を止めた。
段ボールの山の向こうに、扉がひとつ。
どうやらそこが目的地らしかった。
夕は服を払い、身体についたゴミを念入りにふるい落とす。
「いいか、今からお前が会うのはこのカンパニーで2番目に偉い人物だ、くれぐれも失礼のないように!」
「はぁ……」
厳しい顔をする夕に対して孤狼はやる気なさげだ。
偉いと言っても人間の中でじゃろう、儂には関係ないの。
そんな失礼なことを孤狼は考えていた。
「特に、副社長の外見について何か言うのは厳禁だ」
「うん?」
外見について文句を言ってはいけないのか?
ということは副社長は何かおかしな姿をしているのだろうか。
孤狼が何か口を挟みたくなるような人間なのか?
「いいな?」
「お、おぅぅ」
よく事情が分からず戸惑っていると再度夕が念を押してくる。
まったく納得はいっていなかったが孤狼はとりあえず頷いた。
耳を不安げに揺らす孤狼の前で扉がノックされる。
「小鳥遊です、ただいま戻りました。外でカンパニーに帰属したいという者を見つけました。副社長にご確認いただいても大丈夫でしょうか?」
「おう、新入り?入れ入れ」
孤狼が想像していたよりも気安い返事が返ってきた。
甲高い声だった、女性?それにしては変な濁声だ。
「失礼します」
夕によって扉が開けられる。
中には大きな机とその上に積み上げられたたくさんの書類があった。
段ボールといい、書類といい、ここではいちいち物が溢れている。
「?」
孤狼は部屋の中を見渡して首を傾ける。
その部屋には誰もいないように見えた。
机の奥の椅子には人が座っておらず、ただ置いてあるだけ。
さっき夕がノックした時には確かに中から返事が聞こえてきたのに。
部屋の主は見当たらなかった。
「散らかっててすまんなー。ちと繁忙期でのー」
扉の奥から聞こえてきた、あのダミ声が聞こえた。
声の出所は目の前に積まれた書類の奥、そこに何かがいる。
机を回り込んだ孤狼はようやくそれを見つけた。
黒い体躯。
肉球で器用にペンを掴み、書類を書いている。
2本の長い尻尾が意思を持ったように揺らめく。
「猫、いや猫又?」
「そういうお前はなんだ?ずいぶん珍妙なナリをしとるなー」
金色の目が愉快そうに細められる。
『猫又カンパニー』……その名に違わぬ副社長だった。