カツン
カツン
カツン
ウマ娘の一日の終わりには、だいたいみんなこんな音を響かせてる。
ローファーの蹄鉄の釘をしっかりと見定めて、それであともう2~3回叩いておこうかなってハンマーを振ったら、だけど今度は違う音がした。
ベキッ!
「あ、……やっばぁ」
持ち手が折れてその先の、ハンマーの鉄の部分がゴトンと床に落っこちた。
「トーセンちゃん、それ大丈夫?」
あたしの日課を隣で見ていた、居候で同じ家に住まわせてもらってる麻上さんが心配してくれたけど、まあそれもそうなるわけで。
「蹄鉄ハンマー、折れちゃった……」
こっちの世界で売ってるのかなあ……。
「蹄鉄の釘を打つハンマー、か」
翌朝、いつものようにK先生の診療所へ行って爪の様子を診てもらって、ついでに折れた蹄鉄ハンマーの事を相談してみたのだけど。
「この診療所にも医療用なら、打診器あるいはテーラーハンマーと呼ばれる、そうコレだ。ヘッドがゴム製のハンマーであったり、あるいはマレットと言う手術に使うものならいくつかあるが」
K先生が村井さんと診療所のあちこちから持って来てくれた、いくつかのハンマーをあたしに見せてくれる。
「うーん、なんてゆうか。……しっくりしない」
まず叩く面がゴムの柔らかいのじゃ釘を打てないから論外で、手術に使うマレットっていういくつかは鉄っぽいけど、試しに軽く振ってみたら感じが何か全然良くなかった。
「やはり、用途が違いますから合わないようですな」
「それにこの蹄鉄ハンマーの柄、 凝った意匠の蹄鉄か何かと花を模した焼印もされている、かなり良い物だったのでは?」
「あ、わかる?それパーマーに教えてもらったブランドのなんだけど、元はメジロの工房だったんだって。といっても買ったのは3年くらい前だし買い替え時だったのかなあ」
「こうなると
「オノトギさん?」
「ああ、代々村で斧や鉈といった山仕事や農作業で使う刃物を中心に扱っている金物屋でな、たしかハンマーも幾つか種類があったはずだ」
「へえー」
「蹄鉄ハンマー?っつうと装蹄鎚の事か?ありゃ村から農耕馬も輓馬もおらんくなった親父の頃で作んの止めちまったなあ」
期待してK先生と一緒に鈇研さん家のおじいさんに会いに行ってみればコレよ。
「しかし馬の娘っ子、トーセンさんや。柄が折れただけなら
「はーい。お願います」
そのオノトギさんはK先生に左足首を診て貰ってるんだけど、話によると刃物を研いでる時の姿勢が悪かったとかで痛めちゃったらしい。
そういえば姿勢に変なクセがあると怪我し易くて後で大変なんだって、トレーナーも言ってたなあ。
んで、折れちゃった蹄鉄ハンマーをオノトギさんに見てもらったんだけど。
「うん?この装蹄鎚、柄に使ってんのは樫じゃねえんか?ナラでもクルミでもねえ。……なんじゃこれ」
もしかして、あたしたちの世界にしか無い木でも使ってたのかなあ?
「ま、とりあえず有り物の柄を試してみっか。1本くらえ合う奴はあるじゃろ」
そう言ってオノトギさんは店の奥から木の棒の束を抱えてきて、その中から引き抜いた1本をあたしの蹄鉄ハンマーの頭に挿して渡してきた。
「これはどうじゃ?ハンマーの柄と言えばの定番、樫の木、34cmとちょい長いのは、まあその辺りは後でいくらでも調整できる」
「おー」
持ち手が挿し替えられて返された蹄鉄ハンマーを見て、あたしは「治ったじゃん」って言いそうになったんだけど、でもオノトギさんはすぐ違う事を言った。
「ほら、振ってみなさい」
「あ、うん」
そうだった、診療所で持たされたハンマーも振ってみたら全然合わなかったじゃん。って、それで軽く振ってみたのよ。
すぽんーーーどすん
「「え?」」
ほんの、ほんの軽く手首のスナップで振っただけなのに、持ち手から抜けた先端がすっぽ抜けて勢いよく吹っ飛び、店の奥に置いてあった丸太に突き刺さった。それも、けっこう深く。
「……ふむ、合わなかったようじゃな」
「えっと、ごめんなさい」
「なあに気に病むな。たかが1つ柄が合わなかっただけじゃ。次は、……うむ、アメリカはノースカロライナのヒッコリー、まあクルミの木の柄の11インチじゃ。向こうの工具なんかにはよく使われとる」
蹄鉄ハンマーの先端が吹っ飛んだ事なんて、ちょっと風が強く吹いたなあくらいにしか思ってなさそうな声で、また取り出した1本で蹄鉄ハンマーを組み直してあたしに渡してくる。
「ほれもう一度、振ってみなさい」
「トーセンジョーダン、今度は
「そりゃあ、もちろん」
あたしだって何か物を壊したくて振った訳じゃ無いんだけどなあって、さっきよりもそっと、ゆっくり振ってみる。
べきっ
「「は?」」
折れた。ていうか持ち手の真ん中からざっくり大きなヒビが出来た。
「なんか、マジでごめんなさい」
「ふむ、ヒッコリーはダメと。輸入木材は駄目なんじゃろか?となると、これはどうじゃ。鹿児島のイスノキ、23センチ、示現流の木刀にも使われとる事で有名」
間違いなくあたしはこの店の商品を壊しちゃったはずなんだけど、それもオノトギさんは気にも留めず、今度はもっと高そうな木の持ち手で渡してきた。
「え、ちょっと、あたしそこまで蹄鉄ハンマーに拘ってるわけじゃ」
「いいから。いいから、振ってみい」
「「……」」
どうしようかK先生と見合わせて、でも振ってみるしかないっぽくて。ええいままよと振り上げ。
「いや駄目じゃな」
ひょいとオノトギさんに奪われた。
「うーぬ、蹄鉄ハンマーとやら、難しいやっちゃなあ。そもそも元の柄に使われとった木も分からんままじゃし……」
そのままオノトギさんはうんうんと唸りながら店の奥へと引っ込んじゃった。
「K先生、どうなんのこれ?あたしの蹄鉄ハンマー大丈夫なん?」
「……心配はしなくて良い。鈇研さんの道具でハズレだった事は今まで一度も無かった」
「そ、そうなの?」
それでK先生が信じるオノトギさんを信じてしばらく待ってみて、少しして「おおそうじゃコレがあった!」なんて大声が聞こえてきて、そしたらあたしと同じくらい大きな丸太を1本抱えて戻って来た。
丸太にあたしの蹄鉄ハンマーの先端を当ててみて何かまたうんうん唸ってるんだけど、……まさかこのおじいさんヒシアケボノ先輩専用蹄鉄ハンマーでも作る気なんじゃ?
と思ったら、今度はのこぎりやら斧やら持ち出して丸太を切って割っての大仕事を始めちゃって、それで1本の持ち手を作ってんの。もうウケるわ。
「ほら待たせた。村の佐倉さんの庭で7年前に切り倒した柿の木、28センチと少し。これでどうじゃ」
渡された蹄鉄ハンマーの持ち手は所々に黒っぽい差し色の模様が入った木で、不思議と手に馴染んだ。
「おー、良いじゃん。柿の木ってこんな差し色あるんだ」
「柿の木で、黒い差し色?……それはもしや」
試しに振ってみても、急に折れたり先端がすっぽ抜けたりもしないし。
「振った感じも、まあいい感じ?なんか違う感じはするけど。ねえオノトギさん、これで試しに蹄鉄叩いてみて良い?」
「……おう、やってみい」
とりあえずOKも出たので履いてたローファーを片足だけ脱いで、その蹄鉄の釘を叩いてみる。
カツン
「おー、良いじゃん」
「うぬ……。いや、その頭ならもうちっと良い音が鳴るはずなんじゃが、ダメじゃな。今ウチにある木でそれ以上を作れる気がせん」
でもなんかオノトギのおじいさんは納得出来てないみたいで。
「おいトーセンさん。今日はそれで帰ってくれ。今度また、良い木を見つけたらもっと良いのを作ってやる」
「え、別にあたしはコレで良いんだけど」
「いかん!ワシが納得できんのじゃ!」
あー、これはバクシンオーとかそっち系の止まらない奴だ。
別にあたし、もうレースで走る訳でもないから道具に拘ってもって感じなんだけど、それを言っても止まらないんだろなあ。
「じゃあ、……また何か良いのがあったらお願いしまーす」
それで今日はお開きという事になって、あたしはK先生と診療所に帰ろうとして。
「ああそれと鈇研さん、先ほどノコギリで黒柿を切ってる時、また左足首に任せたクセが出ていました。気を付けて下さいね」
「おっといかん。ついうっかりじゃ。気を付けんとな」
わーあ、そんな所まで見てたんだK先生ってば。
ウマ娘世界の蹄鉄ハンマーが普通の装蹄鎚なワケ無いですよね。
極ってなんですか獲得ステータス35%上昇って。
そしてメジロの工房だったブランドが蹄鉄ハンマーの柄に使う木って言ったらアレでしょう。
別の方向から縁のある黒い模様の入った柿の木でも代用にはなるはず。