トーセンジョーダンがN県T村でちょっと過ごす話   作:鶴岡

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第21話 魔法みたいな(3)

「トーセンジョーダン、君がやる事は麻上さんが一也に渡したのと同じ道具を俺に渡す事だ。だからひとまず、そこに並べた道具の見た目を覚えて、準備が出来たら教えてくれ」

 

「うん、わかった」

 

 目の前に置かれた銀色のトレイに並べられた幾つもの道具たち。

 メスとかいう何かで聞いた事があるような細長いナイフ、刃がやたら小さくて細長いハサミ、鉛筆よりちょっと細い金属やプラスチックのパイプが何種類か、袋に入ってる糸の繋がった針も何種類かあって、これで靭帯を縫って繋げるのかな?……あとはまあ、他にもいっぱい。

 

 それと気になったのが、銀色のトレイに並んだ道具とは別に、プラスチックの箱に収まった工具セットみたいなのがあるんだけど、コレは何に使うんだろう?

 

 それとK先生と一也の隣にけっこうな大画面のテレビが置かれてるのも気になるんだけど。

 

「……多くない?」

 

「ああ、だが焦る必要はまったく無い。靭帯の損傷は他のよくある怪我と異なり、出血や呼吸困難など処置に急を要する要因が乏しい事が多い。宇原さんも発見時こそ軽度の脱水症状があったが、他に外傷は擦り傷程度で出血は無く意識も明瞭だったろう?」

 

「うん。そうだった。……ねえ、K先生、とりあえず始めても大丈夫だと思う」

 

「よし、それでは関節鏡視下での両肘関節内側側副靭帯の同時修復手術を行う。一也、始めよう」

 

 

 

 この手術の事を、この日に起こった事を、あたしはずっと忘れない。

 

 あたしが関わった初めての手術。

 

 そして、あたしというウマ娘を変えた日。

 

 

 

「はい。では麻上さん、メス」

 

 麻上さんが一也に渡したメスっていうナイフと同じのを銀色のトレイの上から探して、一番右にあったからすぐに分かったそれをK先生に渡す。

 それを使って一也とK先生が宇原のおばあちゃんの肘の辺りに小さな切れ込みを3つ入れていく。

 

 あれ、こういうのってスパーッって切ったのを広げて中の靭帯ってのを繋げ治すんじゃないんだ?

 一也もK先生も切れ込み3つだけでメスを置いちゃった。

 

「次、関節鏡を」

 

 そして次に麻上さんが手に取ったのが、細い金属のパイプ。その中でも何かの電線みたいなのが大画面テレビまで繋がってるやつ。それをあたしもK先生に渡す。

 

 そしたらK先生はパイプの先端をさっきのメスで切った切れ込みの1ヵ所に差し込んで、……止まった?何かあったのかな?

 

「トーセンジョーダン、俺が見ている方を見ろ」

 

 そう言われてK先生の目を見てみたら、なんでか見てるのは手元じゃなくてもっと上の方、あの大画面テレビだった。

 

 その、さっきまでは何も映っていなかったその大画面いっぱいに今はピンク色の何かが映っている。

 

「え、もしかしてコレってカメラ?……映ってるのって、このカメラが突っ込まれてる肘の中身?」

 

「そうだ。この状態で手術を進めていく。ほら、そろそろ次の道具が要るぞ」

 

「へえ~、へ?」

 

「カニューラを2つ」

 

 なんか何をやってるのかあたしが理解するまで待っていたみたいなんだけど。

 あれ?これちゃんとした本番の手術なんだよね?バカなあたしに合わせてやってたらダメなんじゃね?

 

 とりあえずそのカニューラっていう、麻上さんが手に持ってるプラスチックのパイプをトレイから探してK先生に渡す。

 そのパイプはカメラが刺さってない残りの切れ込みに突き立てられた。

 

「ハサミ」

 

 次は刃がやたら小さくて細長いハサミ。それがカニューラっていうパイプを通して肘の中へ。

 それでテレビの方を見れば、何かの膜っぽいのをハサミが切り開いて、今度はその膜の中へとカメラが進んでいく。

 

 そしたら筋っぽい肉みたいなのと白くて硬そうな何かが見えた。これが筋肉と骨?

 

「見えたな?これが靭帯と骨だ。ココとココが繋がっているのが正常なのだが、今は千切れてしまっている。これから繋げ治すぞ」

 

「スーチャーアンカー、ドリル」

 

 今度はプラスチックの箱の工具セットからドリルとそのハンドル。

 ……麻上さんが取ったのと同じのを取ったんだけど、なんか見た目がドリルっぽくないというか、ただ先端が尖ってる鉄の棒みたいな?

 

 でもK先生はそんな鉄の棒をカニューラを通して肘の中に進めると、あっという間に2つの穴を骨に開けてしまった。

 

「アンカー」

 

 同じ工具セットの中から金属の棒。他にも似たような形のがいくつかあって、麻上さんがゆっくり手に取ってなかったらどれか分からなかった。

 

 K先生はその金属の棒をまたカニューラに通して、さっきドリルで開けた穴の1つに突き刺して、抜いちゃった?

 ああいや違うわ。棒の先端だけ穴の中に残ってて、そこから糸みたいなのが2本伸びてる。

 

「もう1つ、アンカー」

 

 骨に開けた穴は2つだから、アンカーも2つ使うんかなって、そう思って2本目のアンカーを渡せば、予想通り。骨の穴に2つ目のアンカーが埋まった。

 

「グラスパー、2つ」

 

 次はさっきのハサミに似た、でも先端がハサミじゃなくてピンセットみたくなってるやつを2つ。

 

「これでスーチャーアンカーから伸びている糸を掴んで、骨に靭帯を繋ぎ治していくぞ」

 

「おー、なるほど」

 

 グラスパーっていうピンセットを2つ器用に使ってアンカーから伸びてる糸を掴んで靭帯に通したり結んだり。

 

「わーあー」

 

 あたしが息を漏らした頃には靭帯が骨にピッタリ結び付けられちゃった。

 

「これにて右肘の靭帯修復は完了だ」

 

「左肘も出来ました。これより縫合に移ります。モノフィラメント吸収糸で6-0を」

 

 麻上さんが取ったのは糸と針が入った袋。何種類かある中でピンク色の袋ってのは見えたんだけどさ。

 

「えっと、ピンクの袋に入った糸と針で、6-0って……。あ、コレで合ってる?」

 

「そうだ。それを持針器の先端に付けて渡してくれ」

 

 モチハリキって何よ?ってなって麻上さんの方を見ると、袋から出した針を細長い棒で引き伸ばされた先に小さなハサミみたいなのが付いた道具で掴んでた。

 

「えっーと、コレ?あー、ハサミとかペンチとかと同じじゃん?これで針を掴んでっと。こんなんで良い?」

 

「うむ。初めてにしては上出来だ」

 

「えへへ、ダテにネイルで手先の器用さ鍛えてないっしょ」

 

 その針を挟んだモチハリキをK先生が受け取ると、そのままカニューラに通して切れ目を開けてた膜を縫って閉じていった。

 

「あと2つ、モノフィラメント吸収糸で6-0を」

 

 そっか、開けた切れ目は3つあるから糸と針も3つ要るんだ。

 とりあえず同じピンク色の袋で6-0のを選び取って同じようにモチハリキにセットしてK先生に渡す。そんでK先生が縫ってる間にもう1つもセットしてと。

 

「はい、3つ目」

 

「良し。慣れて来たじゃないか」

 

「筋膜の縫合終わりました。これより皮膚の縫合に移ります。モノフィラメントのナイロン糸で6-0を」

 

 これで皮膚の中に色々と細長いのを突っ込んでの作業は終わりっぽくて、今引き抜いたカニューラが刺さってた皮膚の切れ目を縫って閉じれば全部終わりなんかな?

 

 さっきまでと同じようにピンク色の袋から6-0のを選び取ってとーーー。

 

「トーセンジョーダン、それは違うぞ。ナイロンの糸は緑色の袋だ」

 

「へ?」

 

 慌てて麻上さんの方を見てみたら、手には6-0とは書かれてるけどピンク色じゃなくて緑色の袋。なんならモチハリキもさっきまでとは違う、長くない奴を使ってる。

 

「ヤッバ。えーと、緑色の袋の、それで6-0ので、モチハリキはコレで……」

 

「大丈夫だ。慌てなくて良い。これはもう焦らなくて良い手術なんだ」

 

 そうは言っても、手術で失敗なんて怖いもんは怖いんだって。

 

 でもそんな弱気を吐いてばかりで手術を止めちゃうのはもっとダメで、もう気合いで無理矢理に気持ち立て直すしか無いじゃん!

 

「はい!緑の6-0の糸と針、長くないモチハリキで挟んだやつ!」

 

「そうだ。手渡すまでに間違いに気付いて直せていれば、それはまだミスじゃない」

 

 

 

 そんで長い長い手術の全てが終わってみれば、なんと時間は30分も掛かっていなかった。

 

「どうだった?始めての手術は?」

 

 K先生はそんな気軽に聞いてくれるけどさ?

 

「ねえ、さっきまであたし達って、あの靭帯の手術をしたんだよね?」

 

「そうだが?ああ、言い忘れていたが、良くやったな。1つのミスも無かった良い助手だったぞ」

 

 そんな事言っちゃってくれるけどさ。

 でもさ、あたしってウマ娘じゃん。それもたかが糸の種類を間違えちゃったバカなウマ娘じゃん。

 

 そんでもって、靭帯の怪我でレースを引退する事がよくあるウマ娘の1人なワケじゃん。

 

 だから、あたしが脚引っ張りまくったのに30分も掛からなかった靭帯の手術を見てて思っちゃったのよ。

 

「靭帯ってのは、こんな簡単に、魔法みたいな手術ですぐ治せちゃうもんなの?」

 

「まさか、靭帯の修復手術であれば寺井の方が上手いぞ。それに手術が簡単だったのはトーセンジョーダンが宇原さんを闇夜の中から見つけてくれて、すぐに診療所まで背負ってきてくれたからだ」

 

「え?ああ、うん、どういたしまして?」

 

 あれ、いやでも寺井さんって美容整形が専門じゃなかったっけ?……じゃなくてさ。

 

「それに、すぐ治るものではない。むしろ長いのはこれからだ。スーチャーアンカーで繋ぎ留めた骨と靭帯が定着するまで2週間。そこからリハビリを続けて日常生活に支障が無くなるまでは更に2ヶ月、違和感が無くなるほど治るには早くても半年、長ければ1年以上も掛かる」

 

「あんな綺麗にくっ付けたのに、ちゃんと治るまで1年……」

 

「むしろ、魔法みたいなのは人の身体のその修復力の方だと、俺は思っているのだがな。俺たち医者がしているのはあくまでその手伝いに過ぎん」

 

 魔法みたいな、人の身体の修復力。その手伝い。

 その言葉に、あたしは見えちゃったんだ。

 

「それってさ、ウマ娘も同じなんかな?……あたしみたいな、バカみたいに頭悪いウマ娘でも、出来るのかな?」

 

「何を言ってる?出来ているじゃないか。トーセンジョーダンの爪は治りつつあるし、そして宇原さんの右肘の手術を手伝ったのも、君だ」

 

 闇を照らす光ってヤツ。

 ちゃんとした言葉で言うと夢ってなるんだろうけど、あたしには光にしか見えなかったのよ。




還流液だとか細かい描写をかなり省いたはずなのに手術描写が大変でした……。

2024年2月29日、縫合描写を追加。
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