「それで、ウマ娘という生き物は、いったいどんな生き物なんですか?」
ウマ娘がどんな生き物なのかって言われても、えーっと、授業じゃなんて言ってたっけ?
「トキちゃんは走るのがえらい速くて、走るのが大好きな子じゃったな」
「あーうん!あたしも走るの大好き!」
そりゃもうあたしウマ娘だし!当然っしょ!
「走るのが好きと。ちなみに速さはどのくらい?タイムを測った事は?」
「えーっと、確か去年のホープフルステークスで勝った時のタイムが2分とちょっとくらいだったかな」
「そのホープフルステークスというのは、何かの大会の名前か?距離はどのくらい?」
「大会?うーんと……」
レースの事を大会とも言えるのかな?と分かんなくなった所で、髭のお医者さんが顔色を変えた。
「いえ、まさか。トーセンジョーダンさん、ホープフルステークスと言いましたね?ステークスと。それは芝、あるいはダートのコースを走る競技ではありませんか?」
「う、うん。ホープフルは芝のレースだよ。他にダートのレースもあるけどあたしは苦手かな」
おお!もしかしてこの髭のおじさんは話が分かるお医者さん!?
「村井さん、芝やダートを走るスポーツに何か心当たりが?」
「ええ、ウマ娘という名前で気付くべきでした。トーセンジョーダンさん、貴方が走った競技の名前は、競馬と言うのではありませんか?」
「……は?……違うけど?てかケーバってなに?」
なんだろ。ケーバなんていうレースあったっけ?
「違う?いやしかし、……その競技にはG1やG2といった等級分けがありませんか?」
「う、うん。あるけど。なんならあたしG1のホープフル勝ったG1ウマ娘よ」
今となってはそれくらいしか自慢できる事が無いとも言うけど。
「それは凄いですね。他にも質問をしますが、スタートは横一列に並んだゲートの扉が開かれたらではありませんか?」
「うん、スタートはそんな感じ」
むしろゲートを使わないレースって何?野良レース?
「次の質問は、私もあまり詳しくないので間違っているかもしれませんが、ダービーや天皇賞、有馬記念といった名前のレースがありませんか?」
「あっ!ある!有馬記念はパーマーが勝ったレースじゃん!」
「ダービーはトキちゃんが勝った言うておったな」
「え!トキちゃんダービー勝ったの!?めちゃ凄いじゃん!」
トキちゃん凄いウマ娘だったんだ。
あと天皇賞もなんか聞いた事あるような?
「村井さん、これは、質問しているのは競馬についてではありませんか?」
「ええ。おそらく、トーセンジョーダンさんやトキノミノルさんが走ったレース競技は、何らかの形で競馬との繋がりがあると思われます。そして、もしやすると……、トーセンジョーダンさん、貴方は馬と同じくらい速く走れるのではないですか?」
「ウマ?……ウマって何?」
何だろう、バカなあたしでも一つだけ分かる事がある。
間違いなく今のあたしは、ウマ娘を初めて聞いた時のこのお医者さん達みたいな顔をしている。
「え、ええと、馬というのは、脚を4本持っていて、トーセンジョーダンさんと同じような尻尾と耳が特徴の動物です」
「脚が4本で、……は?牛とか豚みたいなのにうちらみたいな尻尾と耳!?ちょ、それないわ。きもすぎ」
想像したらまじで鳥肌立ったんだけど。ウマ娘の尻尾と耳はうちらウマ娘だけのもんでしょうが!
「いえ、牛や豚よりも首が長くてですね。ああいいえ、村に馬がいれば良かったのですが」
「トキちゃんが来た頃には農耕馬が何頭かおったんじゃがの。後でその頃の写真も持ってくるか」
ええ、この世界そんなきもい奴いんの……。
「ひとまず、我々もそこまで馬や競馬に詳しい訳でも無い以上、さらに問答を繰り返しても埒が明かない。競馬に詳しい人なら心当たりはあるが、その人に会うには村の外へ出なければならない。なので、トーセンジョーダンさん、爪の治療をしませんか」
「爪?あーそうだった。……あたしの爪、治るん?」
「ええ、もちろん。治します」
そん時の医者のお兄さんのギュッっとした視線は、なんかあたしを安心させてくれた。
「ではこれより、爪甲縦裂症に対する人工爪設置および爪下血腫のドレナージを行う」
「へ?え?そーこーじゅーれつしょー?そーかけっしゅ?」
車椅子に載せられ連れていかれた手術室でいきなり謎の呪文を言われたんだけど?
「割れた爪と黒くなった爪、それらを難しい言葉で言うとそうなる。まずは割れた爪の処置からやるぞ」
「へー、とりまお願いしまーす」
何をやるんだろうと医者のお兄さんの手元を見ると、そこにあったのはブランドこそ見覚えが無いけど見慣れたのがあった。
「あれ?それチップとグルーじゃん?それなら今までも自分でやってたよ」
「そうだ。美容目的で扱われているものともあまり変わらん。これで割れた爪どうしを繋げて固定する」
「ふーん。じゃあお手並み拝見、って早い早い、もう貼り終わってるし!」
普段からネイル慣れしてるあたしがやり方を見てやろうとしたら、いつの間にか全部終わってた。
「はわー、しかも綺麗に貼れてるし。お兄さんもネイルやってるの?」
「いや、足先に物を落としたりして爪を割ってしまう人が少なくないからな。それの治療で慣れている」
なんだあ、ネイル仲間と思ったのに残念。
「とりあえず、この人工爪は爪が生え変わるまでの仮処置だ。人工爪があるからとこの状態で運動をすれば治りも遅くなり、爪が変形して生える恐れも……、まさかその顔は」
いやもうその通りで。走っちゃった。
「えへへー。実は1ヶ月くらい前のトレーニング中にもこんくらいざっくり割っちゃって、それにチップ貼ったまま皐月賞を走ったらまたこんな感じで……。ごめんなさい」
「皐月賞というのも、その走るレースの大会の名前なんだな?痛かっただろう?」
「うん。……痛かった」
じゃあどうして走ったんだ。そう怒られると思った。でも、お兄さんは優しい顔をしていた。
「あまり、痛みというのを無視しないでくれ。痛みというのは、それ以上は危険だと知らせる為の大事な知らせなんだ」
そう言いながらお兄さんが取り出したのは、先端が尖った何かの機械。なんか似たようなのを歯医者で見た事があるんだけど―――。
「待ってお兄さん。それ、何?」
「これか?これはドリルだ。これより爪下血腫のドレナージ、爪の下に溜まった血の除去を行う」
「……ちょっとそれ絶対痛い奴!ダメな奴だって!」
「大丈夫だ。爪にだけ穴を開けるから痛みは無い。こら暴れようとするな」
キイイインと甲高い音を立てるドリルから逃げようと足を動かそうとして、がしっとお兄さんとムライさんに両足を掴まれた。
「待って!何で!?足が抜けない!?噓でしょ!?いやっ!いやああああああ!!!」
「これで処置は終わりだ。痛くなかっただろう?」
「はい。痛くなかったです。まったく痛くなかったです」
本当に痛くなかった。なんで?
ドリルで小さな穴を開けられた爪を見れば、あんなに赤黒かった爪は元の薄ピンク色に戻っていて、そして爪の穴にはなんか青い糸が突っ込まれてテープで固定されてた。
「ねえお兄さん、穴を開けて血を抜いたのは分かったんだけど、その穴にこの青い糸を突っ込んでるのはなんで?穴を塞がないの?」
「穴に糸を差し込んでいるのはナイロン糸ドレナージ法という手法だ。爪が赤黒くなっていたのは爪の下で出血して血が溜まっていたのが原因だが、今回は溜まった血を抜いただけで、出血そのものは治療できていない。なので出血が自然に治るまでは爪の穴を塞がず、糸を伝って血が外に出れるようにしているのだ」
「ふーん。うーん?」
なんとなく、あたしにも分かりやすいように説明してくれたっぽい。あんま分からなかったけど。
でも、別の事には気付いた。
「あとさ、割れた爪がチップを貼っただけなんだけど、テーピングはしないの?」
「テーピングはしない。君の場合は普段からテーピングをしていただろう。そのせいで指の血の巡りが悪くなって爪が弱く割れやすくなる悪循環に陥っている。なので爪が生え変わるまでテーピングはしない」
あー。いつものテーピングのせいで爪が弱くなってたの。そりゃ何度も割れるわ。
「これで今日の処置は終了だ。ただし、これはあくまで応急的な処置だ。また今度、専門の設備がある所で、専門の医者と共に本格的な治療をする事になる」
「はーい。りょーかいっす」
やっぱ、ちゃんと治そうとすると違うんだなあ。
今回の作中ガバ
・K先生にタイムを聞かれたのにレースの名前とタイムだけ答え、肝心の距離を答えなかったトーセンジョーダン。
・K先生に再度距離を聞かれ、もう少しで答える所だったトーセンジョーダンに口を挟んだ村井。
トーセンジョーダンは今までならレースの名前=距離も言ったようなものとして、村井はUMAもといウマ娘を前にしてあんまり冷静じゃないですね。
爪甲縦裂症は爪根の辺りに生じたグロムス腫瘍が原因の場合があるようですが、それを検査するには目視出来なければMRIがないといけないようで。
K先生なら目視触診で全部分かりそうだけど、ちゃんと後でMRI検査をどこかで挟む予定。
ドクターK世界のウマ娘2人目はトキノミノルとあんまり関係無いかな?実馬あんまり詳しくないので、どうなんだろ。
ヒントとしては、黄金世代でトーセンジョーダンと同じくアプリの出走スケジュールと実馬の出走スケジュールとでズレの大きくなるウマ娘です。
あと2~3話くらいで出せるはず。