体を冷たいものが覆う感覚と共に、視界も何かに覆われた。
それは透明だったために視界が遮られる事はなかったが、その向こう側に見える光景は水を通してみるように歪んで見えた。それに、恐らくアキラさんの声も、何故かくぐもって聞こえる。
自分の体が、なにかにまとわりつかれたのは確かだった。反射的に、顔の辺りのそれを取ろうと触れるが、冷たいぐにっと感触があるだけで、何かを掴むことはできず手が滑る。
更には体の所々がちりちりと痛み出す。──間違いなく攻撃を受けてるよな、これ!
ただその痛みのおかげか、逆に落ち着きを取り戻した。そうだ、ここはダンジョン。そしてこのダンジョンにはスライムが存在していたはず、間違いなくそれだよな!?
だとしたら対処法はちゃんと決まっている。ただ、それには口がふさがれているのをなんとかしないと
……いや、口動くな? 呼吸もできてるし……あ、そっか、<<ワイドプロテクション>>の効果か! やってて良かった<<ワイドプロテクション>>! ほぼ肌の側なので冷気は感じるけれど、直接覆われてないなら何も問題ない。
俺は自分の目の前に手を翳し、その手に向けて術を使う。
「<<ディスインテグレイト>>!」
少しの発動ラグの後、俺の手を中心に<<ディスインテグレイト>>の効果が発動し、
パァン!
何かが弾けるような音がした。と同時に、俺の全身に水が降り注ぐ。
<<ワイドプロテクション>>は全てのモノを弾くわけではなく、魔力を失った事によりただの水と化したため防いでくれなかったようだ(水を弾く魔術は別にある)。
「うぇぇぇ……」
お陰でずぶ濡れである。まぁ魔力がないと完全に水に戻るようで、どろどろべたべたしてないだけましだけど。
『カズサちゃん大丈夫!?』
『痛いところない!?』
『早く治療しないと』
コメント欄は心配一色だ。
ありがたいけど、<<ワイドプロテクション>>のおかげでさしたるダメージはない。ところどころヒリヒリするところはあるけど、ここは<<ワイドプロテクション>>の効果を抜かれちゃったところかな。まぁでもせいぜい擦り傷レベルの痛みなのでダメージというダメージはないだろう。むしろずぶ濡れがしんどい。
服はアキラさんに<<ドライ>>で乾かしてもらおうかな、髪は無理だけど。
そんな事を考えると、アキラさんがすぐ俺の側に腰を降ろした。
「怪我してるわね、回復するわ」
「あ、でも大した怪我じゃ」
「私別に全然魔力残ってるし、後は帰るだけだから痛いの我慢する必要ないでしょ?」
確かに。ちなみに俺は<<ディスインテグレイト>>を使ったせいで更に疲労が出てきていたので、ここはありがたく<<ヒーリング>>をしてもらうことにした。
……おお、赤くなっていたところが元の肌の色に戻ってゆく……ちゃんと痛みもひいた。すごいな魔術の力。
「どう?」
「うん、もう痛いところないです」
「そっか、よかった。……でも服はボロボロになっちゃったわね……」
言われて自分の体を確認すると、確かに先ほどまでヒリヒリしていた二の腕や鎖骨の辺り、太腿の辺りの生地がボロボロになり、下の肌が見えてしまっていた。
『エッッ』
『さすが俺らのカズサちゃん、エロファンタジー系の定番シチュをきっちりこなすとは』
『胸の所は補強されてるからセーフなのね。ほっとしたのと残念な気分が半々』
『濡れてボロボロになった服とか、ちょっとその……興奮しますね』
『まぁ無事でよかった』
こっちが大丈夫だと思ったら、いつもの欲望垂れ流しモードに戻りやがったな!? まぁでも無事を確認してからだったのでジト目で見るのは許してやる。というかジト目で見ても喜ばれるだけだし。
「それにしても、こんな所で"隠蔽"もちのスライムが出てくるとはな」
アキラさんについでにお願いして服を乾かしてもらっていると、グウェンさんが周囲を見回しつつこちらにやってきた。
「はぐれだったのかな? 潜んでいそうな所を確認したけど、特に他にいる感じはしないね」
テイルさんも同様にしてこちらにやってくる。二人は他に潜んでいるスライムがないか確認していたらしい。
スライムはあまり動きが早くなく、大体の場合はどこかに潜みそこを通った獲物に襲い掛かる。俺の場合は頭上から来た感じだったので天井の裂け目か何かにでも潜んでいたのだろう。そんな感じだから視角で見つけるのはかなり注意してみないと難しいので、アキラさん達は時たま探知の魔術を使い確認しながら進んでいた。なのに俺を襲ってきた奴には皆が気づかなかった。
そういった探知をかいくぐる能力持ちがいるって話は聞いていたんだけど、そういった"特殊個体"はもっとダンジョンの奥にいかないと出てこないって聞いてたんだよな。具体的に言うとさっきのロックドラゴンが中ボスみたいな感じで、あの部屋以降にランクがあがるって話だったんだけど……まぁテイルさんのいう通り、エリアを移動して来た逸れみたいな感じだったのかね。
ちなみに強い力持ちは隠蔽しきれないから、そういった能力持ちは対して強くはないのが救いだね。今回みたいに防御の対策を取っていれば大きな被害を受ける事は少ないそうだ。
『さすがカズサちゃん、そんなレアなケースを引くとか持っておられる』
個人としてはそんな引きは欠片も欲しくないけど、配信者としては稀有な才能なのかなぁ……
「とりあえず服は乾かしたけど……髪はこんな所で乾かしているわけにもいかないし、後は戻ってお風呂入ればいいかしらね」
「あ、はい。そうですね」
家に帰れば、<<クリエイトウォーター>>+<<ボイルウォーター>>ですぐにお風呂沸かせるしな。それに今日は風呂に入らずに3日目で、更に動き回ったからわりとベタベタしてきてるし。いやそのべたべた感は先ほどの水で大分なくなったけども。
「それじゃ、<<ポイントテレポート>>使うから。皆、私に捕まって」
そうアキラさんが告げると、グウェンさんが左を、テイルさんが右の手を握った。……両隣が埋まってしまった。それじゃ俺は背中から肩にでも捕まって──
「カズサちゃんは前ね?」
前!?
……まぁいいか。正面から肩に手を伸ばすのってちょっと照れ臭いけど、ほんのちょっとの時間の話だしな。そう思って肩に触れると、何故かアキラさんが口の端を釣り上げた笑みを見せた。
「こーら。ちゃんと捕まってないと、カズサちゃんだけ取り残されたら大変な事になるでしょ?」
あ、その顔明らかに別の理由ですよね? またいたいけな青少年(少女)を揶揄うつもりですね?
『キマシタワー』
『さすがアキラさん、リスナーが求めている物をカズサちゃん以上にわかってらっしゃる』
『ありがとうございますありがとうございます』
やめろ! アキラさんに触れにくくなるだろ。
「そうだな。ちゃんと捕まった方がいいだろ」
グウェンさん! 貴方まで……あ、いやグウェンさんはこれ普通に心配してくれているだけだな。多分本当に不慮の何かがあって俺が手を離してしまうの考慮してる。
まぁ、うん……じゃあいいですよ。アキラさんがいいって言ってるんだし! 俺は気持ち的には半分やけになるとあくまで軽くではあるが、アキラさんに正面から抱き着いた。これなら突然足元が揺れたりどこからか衝撃を受けても話す事はないだろう。
「カズサちゃん、ちょっと鼻息がくすぐったい」
言わないでぇ! ちょっと鼻息荒くなってるのわかってるの! 革製の胸当てがなくて直接胸と胸が当たっていたらもっと不味かったかもしれん。
「ま、とにかく行くわね。<<ポイントテレポート>>」
──とにかくこうして、俺の初めての異世界ダンジョン探索は無事終了した。最後が締まらない終わり方だったけどね……