「ふぁ……」
自室に戻ってきてから、最早何度目かわからない欠伸が口から漏れ出る。
瞼も重い。気を抜けば閉じようとするそれを、気づくたびにぱちぱちとしてなんとか開く。
『カズサちゃん、やっぱり眠い?』
『無理しないでー』
「うんー……」
正直、コメント欄に流れているコメントも、あまり頭に入ってきていない気がする。
──初めてのダンジョン探索を終え、アキラさんの<<ポイントテレポート>>でアキラさんの家へと帰還した俺達は、今日の所はそのまま解散する事にした。
魔石の納入先は、ギルド経由で例の以前お仕事を受けた商会とすでにグウェンさんが繋いでくれてある。それに別段現時点でお金に切羽詰まっているわけではないので、急ぐ必要はない。
何より、明らかに疲労している俺を皆が気づかってくれた結果だ。
なんならウチで泊っていく? とアキラさんがいってくれたりもしたが、これは今日の所は辞退した。なにせ着替えがないからな。モデリング済みのストックがあれば生み出す事ができたけど、それもないし。今日の所は素直にそれぞれ自宅へ帰る事になった。
……ただリスナー達が『お泊り!』『美少女3人パジャマパーティ!』とうるさいので、明日以降にお泊り会はすることになった。「みんなもお望みだし、親睦深める為にもいいんじゃない?」 まぁあそうなんですけどね? パジャマなんですか? 俺が落ち着かなくなるんですけど。
まあそれはともかくとして、俺はテイルさんと一緒にアパートメントへと帰還。早速風呂を<<クリエイトウォーター>>+<<ボイルウォーター>>で沸かすと(さすがにこの程度を使えなくなるほどへろへろではないので)、帰還直前に水を被っていた事もあり一番風呂を譲ってもらった俺は数日ぶりの風呂を堪能させてもらうことにした。
で、だ。
ひさびさの風呂に、疲れ切った体。そんな状態で風呂になんか入ったら、どうなるかわかるよね?
うん、一気に眠気が押し寄せてきた。
さすがに風呂の中で眠ってしまうことは耐えきったんだけど、部屋に戻って来た時はもう大分グロッキーだった。じゃあもう寝ちゃえばいいと思うんだけど、俺はこれでも配信者だ。出発以降、これまでは殆ど毎日していた皆との雑談タイムも取れてなかったので、今日は戻ってきてからは皆としばらく語らうつもりだった。ここ3日間はアキラさん達と一緒か片手間になっちゃってたしね。
だけどこの眠気はさすがに予想外。
少しだけ仮眠をとってから……というのは確実に無理そうだというのは自分でわかる。この状態で寝たらさすがに爆睡だろう。
だけど、やっぱり初めてのダンジョン探索。その内容に皆も興奮してくれているだろうし、早く話したいハズ。そう思って、俺は──ベッドにうつ伏せに身を投げ出して雑談を開始した。
……いや、解ってる。多分この時点で俺の頭は半分寝ていたんだろう。うつ伏せにねれば、胸が圧迫されることになるから、寝ないとで済むだろうと思ったんだよな。その結果が話始めて5分もたたないうちのこのザマである。多分疲れが思考も体を横たえる方向に誘導してしまっていた気がする。
というわけで、もう無理そう。瞼が下がる。意識が全くはたらかない。腕を枕にしているとはいえ胸が潰れてるはずなのに体が持ち上がらない。
あ、もう、だめだ、意識が、沈む……
(以降第三者視点)
企業勢でもなく何の後ろ盾もなしだが、配信を始めて短い期間で軽く10万を超える登録者を持つカズサは当然SNSや匿名掲示板等でファン同士で語り合われている。特にカズサの配信はコメントの流れる速度も速いため、ゆっくり語りたいリスナーは配信を見つつ別の場所を利用していた。とある世界的コミュニケーションツール内のカズサリスナー向けサーバーもその一つだった。
『あー……カズサちゃんやっぱり寝ちゃった』
『そりゃあんだけ眠そうならねぇ。何ならお風呂入っている時も声眠そうだったし』
『無理しないで寝てくれてよかったんだけどね』
『カズサちゃんだいぶ生真面目だからねー。ここ数日がっつり俺達の相手をしてなかったの結構気にしてそう』
『まぁその三日間も俺達は大分満足な内容だったんだけど』
『やっぱりテイルちゃんとアキラさんっていう二大美少女が配信に加わったのでかいよな。というかカズサちゃん本当に人の引きが良すぎる』
『グウェンさんも忘れないで上げて。多分あの人いないと多分探索もっとgdgdになっていた感じがある』
『引率の先生感』
『俺もカズサちゃん達引率したい……』
『お巡りさんこの人です』
『ちなみにここ最近で登録者爆増です。今日の切り抜きでまーた増えるんじゃないかな? 多分20万は超えるよね』
『そこは確実だろうな』
『最近ちょっと勢いが落ちていたけど、こないだの歌枠以降また右肩上がりになったよね』
『ちょっと配信がマンネリ傾向にあったけど、あの歌枠すげぇ良かったから新しい魅力を見せられたよね』
『あとあのオタクの妄想を具現化してくれるRPは素晴らしい。もっとやって欲しい』
『あの時のずぶ濡れカズサちゃん、スマホの壁紙にしてる』
『今日のバトルとか臨場感めっちゃすごかったよな。まさにファンタジーって感じ』
『テイルちゃんのアクロバット的な動きとかマジに魅了されたわ。岩ドラゴンもすげぇ迫力あったし』
『正直ここまではファンタジー色は街並みと獣人くらいだった感じがあったけど、今回はまさにファンタジー世界!って感じでチャンネルとして一段階上に言った気がする』
『そしてきっちりファンタジーのお約束をこなしてくれるカズサちゃん。異世界転移配信者の鑑』
『現状カズサちゃんしかいなけどな』
『すごいのはお約束を狙っていないのに達成するところ。めっちゃ持っていると言わざるを得ない』
『そもそも美少女化して異世界にいっている時点で持っているのでは? 持っていないともいえるが』
『残念だったのは、ちゃんとした防具来てたせいで胸元とかせんしちぶな部分はきっちり守られていたところ』
『馬鹿野郎、ボロボロになった服の隙間から覗く太腿とか鎖骨とか二の腕とか充分せんしちぶだろ』
『注:カズサちゃんのチャンネルは健全なチャンネルです』
『あ……お前ら配信の方見ろ』
『ん? どうした』
『よ だ れ』
『よだれ! カズサちゃんの久々のよだれ! ハンカチで拭き取って永久保存したい!』
『突然興奮しだすよだれ民こっわ』
『うつ伏せで寝るから……カズサちゃんお口だらしないよね』
『あーでも、寝苦しそう』
『カズサちゃんわりと立派なお胸あるからね……形崩れとかするのかな?』
『あ、寝返りうった』
『やっぱり苦しかったかー』
そこで、それまで配信のコメント欄ほどではないにしろ、結構な速さで流れていたチャットの動きが一瞬止まった。
その理由は単純だった。ほんの十数秒の時間を開けて、再びチャットが流れ出す。
『うわぁ、配信のコメント欄大騒ぎ』
『そらそうなるわ』
配信画面に映るカズサのその姿、その胸元が大きく開いていたのだ。何度かもぞもぞとして寝返りをうったとき、ちゃんと留めきれていなかった一番上のボタンが外れたのだ。
『てかなんで2番目まで外れてんだよ! 一気に二つ外れているとかある?』
『いや、2番目は最初から留まってなかったよ。部屋に戻ってきてベッドに倒れこむ時ちらっと見えた』
『なんでそのタイミングで気づけるんだよ……』
『これまずくない? 結構大きく開いてちゃってるし』
『下着はちゃんと付けているみたいだから、配信BANはなさそうだけど。つけている奴も寝る時用の奴っぽいからエロくない奴だし』
『カズサちゃんが普段エロい下着を着けているという誤解を招きそうな発言』
『カズサちゃんがつければ何でもエロいよ』
『お前らカズサちゃんが元男だからそっち方面寛容だからって、ほどほどにしとけよ?』
『むしろその辺を理解しているからこういった閉じられた場所で言っているんだが?』
『えらい』
『えらいか?』
『てかカズサちゃん今回は仕方なにしてもガード甘いよね。特に上半身の方』
『そりゃ男だったら、そういう所気にする事そうそうないもんなぁ』
『女の子歴短いからね、仕方ないね』
『でも最近は、微妙に男の視線を気にして隠したりする仕草とすることがあって、ちょっとドキドキしてきますよ』
『俺らに対してはそういうのは見せないのって、それだけ俺達を信用してくれているって事……?』
『単純にカメラ越しなので視線を感じないだけでは?』
『でも最近そういう事以外にも、自然に出る仕草も可愛くなってきたよね。最初の頃は細々とした仕草に男を感じていたけど、その辺がなくなってきた気がする』
『結構コメント欄でこういう仕草可愛いとか言ってたりしてたからな。カズサちゃんもそういうの結構意識してた、それが身について自然とでるようになってきた感じかね』
『カズサちゃんはワシらが育てた』
『チャンネル名もTS少女育成計画だし、当然の結果だな』
『多分求められていた育成の内容ってそういうこっちゃない気もするけど』
『それにしてもカズサちゃん、もう男に戻る事は不可能なのでは……?』
『さすがに配信の方ではいわないけど、カズサちゃんが女の子でなくなるのはこの世界の損失すぎる』
『そもそも戻る方法とかあるのかね? 姿もそうだけど、そもそもこっちの世界にさ』
『カズサちゃんが向こうに呼ばれた理由が朧気ながら見えて来たきがするけど、戻る云々の話はないしなぁ』
『日常生活の中の癒しがこの配信なんです! 終わらないでください!』
『カズサちゃんの寝息を聞きながらだと安眠できます』
『カズサちゃんのおかげで大口の契約がとれました』
『宗教か何か?』
『信仰心的なの持ってる奴はいそうだけどな……』
『まぁそんな話は置いといて。とりあえず酒を入れてきた。これからカズサちゃんの胸の谷間を眺めながら酒を飲む』
『月見酒かよ』
『乳見酒……?』
『最低で草』
『表でそう言う事いうなよ、さすがに当人に言うのはあれだし、それにマネする奴大量に出てくるから。──俺も酒入れてくる』
『お前ら……』
『……あれ? 誰か扉ノックしてる?』
静かな部屋の中に、コンコンと音が響く。それから少しして、扉がゆっくりと開くと髪を濡らした少女──テイルがひょっこりと顔をだした。
その彼女はキョロキョロと部屋を眺め、有る事に気づいて音を立てないようにしてベッドへと近寄る。そして胸元に手を伸ばすと、開いていた胸元を閉じボタンを閉めた。
それから『あーっ!』というセリフが大量に流れているコメント欄をちらっと見てからカメラに近づくと、ちょっと眉を顰めて人差し指で軽く突くような仕草をする。
そしてその後ふふっと笑ってからカズサに毛布を掛け、枕元のランプの灯りを落としてから「おやすみ」とカズサとカメラに向けて告げて、部屋を立ち去っていった。
『あっあっ、ありがとうございます』
『湯上り美少女のめっとかご褒美以外の何物でもないのでは?』
『てかテイルちゃん気遣いが優しい……ええ女や』
『ところで乳見酒勢はご愁傷様』
『スクショ済みなので何も問題はないな』
(カズサ視点)
翌日。がっつり朝まで爆睡してしまった俺を待っていたのはリスナーからのお説教だった。
どうやら寝ている間に寝間着がはだけてしまっていたらしい。目が覚めた時にはちゃんとしていたけど、これは様子を見に来たテイルさんが直してくれたそうだ。
『カズサちゃん、女の子なんだからほんと気をつけてね!』
「あ、はい、すみません」
いや外見だけで、中身は男なんだけどな。その辺ガードが緩くなるのはある程度甘く見てもらいたいけどな。事故が起きないようにブラはちゃんと付けてるんだし。まぁ心配してくれるのはわかるけど。大体心配してたのは一部で、後大半は喜んでたんじゃないですかね。俺も男だからわかりますよ。
後テイルさんにはちゃんとお礼を言っておきました。「そんなだと、悪い人に食べられちゃうよ!」とかいいつつがおーってポーズとってたのが可愛かったです。