「同じ森でも大分雰囲気が変わるものだなぁ」
森の中、整備された街道を歩きながらそう俺は独り言ちる。
クーストスを出てからすでに半日。いよいよ突入したレンオアム大森林は初めの頃はそれほど他の森との違いは感じなかったものの、グウェンさん曰く森の3分の1程進んだ辺りになると目に見えて変化を感じるようになってきた。
なんというか、密度が濃い。
言うなればこれまでは日本の森林の中を歩いてきたけど、今はアマゾンの中を歩いている感じ? 勿論アマゾンなんていったことはないからあくまで映像から得た情報からのイメージでしかないけど。
とりあえず樹木自体の数、それに絡まるように伸びる蔦や下草のせいで奥の方が見通せない光景からくる不気味さは、普通の森の数段上なのは間違いない。
『鳴き声とか大きな物音が聞こえるたびにぴくっとするカズサちゃんが愛おしい』
『カズサちゃん以外は気にも留めていない感じでまさに熟練冒険者って感じ』
『暗くなったらカズサちゃんここで一人残してその様子を見つめていたい』
恐ろしい事考えるのはやめろ。ドSか? さすがに泣くぞ。
……いや、そういう連中は泣き姿見たいんだろうな。
それはさておきとして、俺だけ反応しちゃうのは仕方ないだろう。何せ何の鳴き声なのかとかわからないんだから。その点他の3人は恐らくそれぞれの音がなんの音か理解してるっぽくて、問題ないとわかってるから反応してないそうだ。実際何度か鳴き声みたいなのが聞こえた時は三人ともそちら側に注意を払っていた。恐らく危険性のある生物の鳴き声だったんだと思う。
ようするに、この反応の違いは経験の違いであって。俺がチキン野郎だというわけではない。まあ三人程肝が据わっていないのは、勿論否定しないけど。
「それにしても、どんどん陽射しが遮られて行っているなぁ」
かなりきっちり整備されているらしい街道自体はそれほど草は生えていないが、道路の端にはかなり草葉が伸びてきているし頭上に至っては左右にある背の高い木が大きく枝を広げておりその青々と生い茂った葉が頭上を覆っている。そのせいかまだ昼間で整備された街道を歩いているというのに周囲は薄暗かった。完全に陽射しを遮っているわけではないから、視界に困るほど暗い訳ではないけれど。
「まあ街道部分はまだマシな方だ。大森林の奥の方だとそれこそ光が殆ど遮られるくらい緑が生い茂っている場所もあるらしいからな」
最後尾を歩いているグウェンさんが俺の呟きを広い、そう教えてくれる。
うへぇ、そんな場所は絶対に行きたくないなぁ。めっちゃじめじめしてそうだし、間違いなくヤバそうな奴が生息してるでしょ。
『カズサちゃん探検隊企画クルー?』
『見える、見えるぞ、触手に絡みつかれているカズサちゃんの姿が』
『ちょっとエッチなハプニング期待』
やらねぇよ。MP稼ぎは大事だけど、そこまで体張った企画はする気はない。配信者ではあるけど、芸人じゃないんだぞ。
というか視聴数は取れるにしてもそこまで行く労力とリスクがデカすぎるわ。昔のテレビのアレな探検企画じゃなくてマジモンどころかもっとヤバイ生物いるんんだからな、こっち。
「さすがに私でもレンオアム大森林の奥まで行くのは御免被るかなー」
「だよね、危険度が高すぎてボクもさすがにパスだし、カズサちゃんにそこまで危ない事させられないよ」
ノリがよくて普段はリスナーの意見に賛同したりしているアキラさんやテイルさんも、今回は俺の想いに同意してくれるようだ。さもありなん。実際問題として、それこそそこに生える希少な薬草が必要とかない限り行くメリットよりデメリットの方がでかそうである。……いや、余計な事を考えるのはやめよう。またフラグが立ちそうだ。
というか、森の奥にいく事よりとっとと森を抜けるのが今の目的である。
リンブルムに行くのもそんな危ない所に行くためじゃなく、珍しい生物を映すのが目的だからな。遺跡の時と違って今度は相手が生物だから戦ってる姿はあんまり映せないし、まぁお金稼ぐために多少狩りはする必要があるかもしれないけど、あまり無茶をする気はないのです。現状命を賭けるような事する理由ないんで……
しばらくはまぁリンブルム内散策と、遠目からの映像、それにアキラさんとテイルさんとのコラボ配信で視聴者は稼げるだろうし! その間にちょっと移動、戦闘系能力を整理して、そのうち臨場感のある映像を撮れたらいいなーなんて思ってる。ま、この辺はリンヴルムについてからの検討で問題ないハズ。
……グリッドからパストラに移動して以来の長い旅になったけど、結局平穏な旅になったなー。美人さんのアキラさんと途中まで二人だったからナンパ的なのはちょくちょくあってたけど、基本的にアキラさんが上手くさばいてくれてたから事なきを得たし。少し道中の危険度が増した後半になっても、大きな問題は起こっていない。なので、感覚的にはのんびりとした観光旅行に近い気がする。
──とまぁ、そんな事を考えてしまったのがフラグを立ててしまったのかはわからないが。
最初に反応したのは先頭を歩いているテイルさんだった。彼女はふと足を止めると、右側の森へと視線を向ける。それを見たアキラさんが彼女の視線の方に顔を向け、眉を顰めた。その向こう側ではグウェンさんが武器を構えている。
その理由には、俺も遅れて気づくことが出来た。音だ。小枝が折れたりする音が森の中から響いてくる。その音は明らかにこちらに向かって来ていた。
テイルさんが身構え、アキラさんは右手をその音の方向へ向ける。
そして間もなく、その音の主が森の奥から姿を現した。
人だ。鎧らしきものを纏った一人の男がこちらに向かって来ていた。向こうもこちらに気づいたようで、こちらに向かって進む向きを変えた。武器を構えているわけでもなく、他に人の姿も見えない。少なくとも野盗の類には見えず、俺は気を抜いた。──が、他の三人がまだ警戒を解いていないのをみて、慌てて気合を入れなおして男の姿を見る。……って、あれ?
「あの人、怪我してる?」
見れば彼の体の何か所に大きな赤いシミができていた。ただ術で強化しているのか彼はかなりの速度で走っており、大怪我を負っているようではないが。
アキラさんが俺の肩を抱いて後ろに下がり、テイルさんとグウェンさんがその前に出る。その前に丁度飛び出すように男は完全に姿を現して、男は息を止めた。さすがに息が荒い。だが男はその荒れた息を整える事もせずに焦りを含んだ声音で叫んだ。
「君達の中に回復術を使える人間はいないか!?」
「えっ、あっ」
「私が使えるわ。どこを怪我しているの?」
男の言葉に俺が反応しようとする前に、アキラさんがそう告げて前の方に進み出た(代わりにスイッチしてテイルさんが俺の横に下がって来た)。だが彼はそんなアキラさんの言葉に首を振る。
「俺は怪我していない。この血も俺のものではないんだ。──森の中に、怪我をした仲間がいる。悪いがついてきてくれないか?」
男のその言葉に、だがアキラさんも他の二人も返事を返さなかった。それどころか、眉を顰める。
理由は俺にも分かった。突然森の中から現れた男に、森の中に連れ込まれようとしている。疑うのは当然だろう。
「……ああ、身分を明かすからそれで信じてくれないか?」
その我々の懸念に男は気づいたのだろう。そう告げると、こちらに向けて左手に身に着けているブレスレットを差し出してきた。