俺は術は発動したままで、カメラに手を伸ばすと口元まで引き寄せる。
「……今誰かがコメントした<<チャージ>>を使おうと思うんだけど、どう思う?」
『アッアッアッ……』
『ヤッター! カズサちゃんのお口アップ!』
『カズサちゃんのお口の中、舌まで見えてなんだかエロスを感じる』
『これは誘ってますね間違いない』
『気が付いたらスマホの画面にキスしていたんだが?』
「真面目な話してるんだけど?」
『アッハイ』
『すみませんでした』
『ごめんなさい』
よし。
いつもなら流すネタだけど、今は流石にそういう状況じゃない。無表情になってややきつめの口調でいったら、コメント欄の皆は大概大人しくなった。まぁ一部アレなコメントをしてくる奴は残ってるけど、そういった連中はもう何言っても無駄な連中だろうから無視する。とりあえずある程度真面目な話を出来る空気になればよし。今の視聴者数ではそれ以上はどうにもならん。
まぁカメラをこんな口元に近づけなければいい話なんだけど、ここの人たちはコメント欄とか配信の事なんか当然知らないわけで、すると俺は虚空に向かって話しかける怪しい人になってしまう。治療行為をしている以上それにとやかく言ってくる人はいないと思うが、後で聞かれるかもしれないし余計な注目は浴びない方がいい。
その意図に気づいたらしいテイルさんが顔を寄せてきてくれたので、これで彼女と話しているように見えるだろう。
よし、話を戻そう。
「で、改めて聞くけど<<チャージ>>を使おうと思うんだけど、どうかな?」
俺は基本的にMPを消費する際は、リスナーの皆に確認をとっている。獲得するスキルは当然の事、主に衣装製作専門となってきているアイテム制作や最近は使う事がなかった現地通貨へのコンバートも含めて。皆が貴重なお金を投げてくれることで入手できるポイントだし、そもそもウチのチャンネル名「TS少女育成計画」だし。好き放題MPを使いまくって皆に呆れられたりそっぽを向かれたら困るのだ。
だから完全に媚を売る目的のコスプレRPなんてこともやっているわけで……
まぁ今はそんな事はいい。
『問題ないんじゃないかな?』
『アレならカズサちゃんに無理させず俺達のお金の力で代用できるからな』
『MP使用、承認します!』
よし、概ね肯定的意見だな。ま、状況的に否定する人間はそれほど多くはないと思たし、否定的な人間が多めだったら何か"代償"を提供してあららめてお願いするつもりではあったけど。
とすると、だ。
「後は、いくら使うかだな」
<<チャージ>>はMPを消費して使う能力だ。その消費量を決める必要がある。
ここでちょっと<<チャージ>>の性質の話になるが、まずスキルのクールタイムが割と長い。何時間とか何十分とかそういうレベルではないが状況的に時間がかかるのはよろしくないので、あまり出し惜しみはできない。それと、<<チャージ>>で上昇する効果は対象となる能力の獲得コストに依存する。具体的に言うと、獲得コスト以下の消費では殆ど上昇は見込めない。
ということは、
『確か<<ワイドヒーリング>>って獲得コスト10万超えてたよね』
『カズサちゃん、<<チャージ>>なしの回復具合ってどんな感じなの?』
『最低限10万以上必要なのは確定してるけど』
「正直焼け石に水に近い」
『マジかー』
『となると、2倍とか3倍でもきつそうだね』
『コストの5倍突っ込む? それでも65万MPもするのか』
<<ワイドヒーリング>>の取得MPは13万だった。5倍でも今の手持ちMPの半分近くが吹っ飛ぶことになる。
一応現時点で欲しい術は獲得済みではあるし、生活費は普通に手持ちがあるから問題ない。コスプレRPの衣装は今となってはそこまでおおきな負担にならないから気にする程でもない。
5倍で行くか? ただ正直な所今の感覚だと5倍で使ってもどこまで回復させられるか怪しいところだ。 どうする?
ただ、こうして悩んでいる間にも使用している<<ワイドヒーリング>>によって俺の体力は削られて行ってるし、回復術を使っているとはいえまだ出血が止まっていない重体者は失血死する可能性だってある。あまり悩んでいる暇はない。
だとしたら……
『いっそのこと、上限一杯使っちゃえば?』
その時、思った事と全く同じことをコメント欄で誰かが書き込んだ。いや、名前にAOTとある。俺がこの姿になる前からの常連……というかVRC時代からの知り合いだった。
『上限って、確か10倍だっけ……130万!?』
『さすがに無茶が過ぎるのでは……』
『人の命が掛かってるとはいえさぁ』
『ありだな。中途半端に使って回復しきれなかった場合、カズサちゃんめっちゃショック受けるだろ』
続く意見は否定的より……だが、一人の発したコメントで流れが変わった。
『あー……確かに』
『カズサちゃんいい子だし繊細だからねぇ』
『カズサちゃんを曇らせるわけにはいかない。そっち系の性癖持ちは俺が処す』
『よし、10倍プッシュだ!』
皆が最大値の<<チャージ>>の使用を認めてくれている。今の手持ちの大部分を消費しきる事になってしまうが、
「本当に、いいの?」
『カズサちゃんの心の安寧より優先する事があるとお思いで?』
『大丈夫、MPはすぐに補充するから! とりあえず後でもやし買ってくるわ!』
『残業手当で給料倍近くなってる俺に任せろー。カズサちゃんの配信で精神癒されてるからwinwinです』
『カズサちゃんはそこの騎士さん達を守る。そして俺達がお金の力でカズサちゃんの心を守る。完璧だぜ!』
「お前ら……」
くそっ、いつもはアレな事ばっかり言ってるくせにこんな時は妙に恰好つけやがって……瞳になにか熱いものがこみ上げてくるのを感じるが、なんとか堪えて前を見る。今カメラは口元しか映していないから、皆には気づかれないハズ。
……あと、もやしの人はあまり無理しないでね? 今すぐにそこまでMPが必要になる訳でもないから。
とにかく、GOサインが出た。ならばもう躊躇している時間はない。
「アキラさん!」
俺は、一番の重傷者に治療を続けていたアキラさんに声を掛ける。
「"全力"で<<ワイドヒーリング>>を使います!」
伝えたのはそれだけ。だが手持ちの能力に関しては説明済みのアキラさんには意図は伝わったのだろう。彼女は治療の手を止め、立ち上がった。
「カズサちゃんっ、それは……!」
焦った様子で何かを云おうとし、アキラさんは口ごもる。
その反応で、気づいた。そうだ、<<ワイドヒーリング>>でそこまでの効果出したらいろいろ疑われるのでは?
でももう口に出しちゃったしやれることに気づいて心も決めたから止まらない! アキラさんもそう思ってくれたか、彼女は俺の術とバッティングしないように治療対象者から離れる。
……よし。
「<<チャージ>>! 130万MP!」
まずは<<チャージ>>を使用。それから立て続けに、
「<<ワイドヒーリング>>!」
これでダメだったらどうしようもないが、ここまで出血大サービスしたんだ、なんとしても直したい。全ての力を籠める気持ちで、術を発動させる。
「っ……!?」
途端、体から一気に力が抜ける感覚が来た。先ほど術を使っていた時よりも強い感覚。思わず崩れ落ちそうになったが、テイルさんがとっさに体を支えてくれる。
意識が飛びそうだ。だけど、皆から与えられた力を無駄にするわけにはいかない。体自体はテイルさんにゆだねたまま、ただ意識を保つことに集中する。他の人たちなら術の継続を意識しなければいけないだろうが、俺の場合意識が途切れない限りは術は継続されるハズ。
そうして、どれくらいの時間がたった後だろうか。
「カズサちゃん、もう大丈夫よ!」
どこからか、そうアキラさんの声が聞こえて。
俺の意識は闇へと沈んでいった。
前回残MP:1523980
今回増減:
<<チャージ>>使用コスト -1300000
残MP:223980