声のした方に視線を向ければ、そこには金髪碧眼の美しい女性が立っていた。
その顔には見覚えがある。重傷だった女騎士だ。今は鎧を纏っておらず、また着替えたようであれほど全身に散っていた鮮血も全く見当たらないが。
その彼女が姿を現したことで、グウェンさん達が姿勢を正そうとし……だがそれは苦笑いを浮かべた女性に「そのままで」と差し止められた。
……これ、目上の人とかが来た時に見せる態度だよな? そういえば治療の時の周囲の反応とかからも、彼女が一番高位には見えたけど。
『あれ、この声姫ちゃんじゃない?』
『あっあっ、カズサちゃんお姫様映して』
『金髪美人! 金髪美人!』
「……お姫様?」
『ああそっか、カズサちゃんずっと気絶してたからアイリーンちゃんの正体しらないのか』
『カズサちゃんが助けた金髪の女騎士、リアルお姫様だったんだよ』
『アストラ王国の第七王女だってさ』
へー、お姫様。やっぱりファンタジー世界だけあってお姫様いるんだ。いや、地球にも皇室とかある国があるからお姫様は普通にいるんだろうけどさ。
第七王女ねぇ……
……
「お姫様ぁ!?」
「!?」
一呼吸おいてから情報が頭に浸透してきた俺は思わず大声を上げてしまう。すぐ横で体を支えてくれていたテイルさんが驚いてビクッと体を震わせた。
だけどそのテイルさんの方には反応できず、俺は金髪の女性騎士の方に視線を向ける。
女性は突然大きな声を上げた俺に驚いたようで、眼を見開いてこちらを見ていた。それを確認した瞬間、俺は全身を包む倦怠感に逆らい、咄嗟にある体勢を取っていた、
地面に手をつき、その上に額をこすりつけ、下半身は正座の状態。
──そう、土下座である。
いや、なんで土下座なんだよと思うが、相手がこの国でトップクラスにえらい人だと思った瞬間体が勝手に動いてしまったのだ。
「ちょ、いきなりどうしたのだ? よくわからぬがとりあえず頭を上げてくれないか?」
しまった、そもそもこっちの世界で土下座は理解されていなかった。涼やかな声でそう言われ顔を上げると、困惑顔の金髪美女と流れるコメントが目に入った。
『なんで土下座!?』
『前もそうだったけど、流れるような動きで草も生えない』
『えらい人見て即土下座とか意味わからん。江戸時代の人か何か?』
『カズサちゃん、三下属性持ちかな? そういうところも嫌いじゃないわ』
突っ込みの嵐だった。うん、ごもっとも。偉い人に反応するにしても姿勢を正すかせいぜい首を垂れるくらいで、土下座するのはおかしいのでは……?
「うっ……」
自分の行動に疑問を感じていると、体がふらりと揺れて崩れ落ちそうになった。とっさにテイルさんが支えてくれたが。
「気にせず、休んでいてくれ。そもそも礼を尽くさなければいけないのは私達の方だ。キミたちのおかげで騎士達も、そして私自身も助けられたんだ。──本当に感謝する」
そう告げて、金髪美女は頭を下げた。……えっと?
王女様に頭下げられた経験なんてないので(リスナー達の中にだって一人もいないだろう)反応に困りテイルさんやアキラさんの方を見ると、テイルさんが耳元でささやいてくれた。
「難しく考えないで感謝を受け取っておいて大丈夫だよ」
感謝を受け取るっていっても……うーん?
「えっと、皆さん無事でよかったです」
とりあえず当たり障りのない言葉を掛けると、金髪美女は顔を上げふわりと笑った。あ、この娘笑うと幼い感じになってかわいい……
『カズサちゃん、カメラ位置直してー』
『カズサちゃんの柔らかそうなほっぺprpr』
『アキラさん達やアイリーンちゃん映して欲しいな』
アイリーンってのは……さっきも行ってたけど王女様の事か。
ひとまず、先ほどのお言葉に甘えて俺は再び体を横たえた。テイルさんが支えててくれるけどやっぱりまだ体を重く感じるので。ちなみにアイリーンさん……様?はそのまま明日の出発の事とかを話して元の位置──少し離れた場所で騎士たちが夜営をしていた──に戻って行った。残念だったなお前ら。
まぁその話をしている間は全員映るようにカメラの配置をしたら、
『何この空間。美少女しかいないんだが?』
『天国や! 天国はここにあったんや!』
『絶対にいいにおいする。間違いない』
『いやグウェンさんも映ってるんだけど?』
『こうなったらグウェンさんもTSしろ』
と大騒ぎになってたけども。後さすがに汗かいたしアイリーン様に至っては戦闘で傷ついたりもしているので、正直結構汗の匂いとかすると思うけど。汗の匂いをいい匂いと感じているなら知らないが。
ちなみにその後、三人から俺が倒れた後の事について教えてもらった。
あの後無事重傷者はほぼ完治したらしい。ただ傷が治っただけで出血した分が回復する訳ではなく、失った体力もあり重傷者組はすぐには長距離は移動は無理だという事で、ある程度リンヴルム方面に移動してから野営する事になったそうだ。ちなみに移動したのは出来るだけ魔獣の類に遭遇しない場所へ向かう為と、そもそもあの俺が倒れた場所の周辺は血の匂いやらなにやらでとても夜営できる場所ではなかったからだ。あ、移動に関してはグウェンさんがおぶってくれていたそう。感謝の言葉を告げたら、気にするなと笑ってくれた。
尚あの場所にいた騎士がそのまま全員残っているわけではなく、一部のメンバーは先行してリンヴルムへ戻って行ったそうだ。伝令の為かな? 逆にあの時にはいなかった騎士や術士っぽい人もいて、彼らは遅れていた後続のメンバーらしい。
で、そのメンバーと明日一緒にリンヴルムに向かう事になったらしい。
なんでそんな事になったのかといえば、まぁ俺が倒れていたのが第一。今回パストラ帰還のためのポインタをセットしているのは俺だったので、パストラ帰還は不可能。まぁクーストス近郊にアキラさんが仮でセットしていたからそっちに帰る手段はあったのだけど……なんか、アイリーン様達から強く同行を求められたらしい。
向かう先が同じリンヴルムなら、我々と共に帰還する方が安全だろうというのがあちらの言い分。それにお礼もしたいとのこと。お礼は一度不要と答えたらしいが、是非にと言われてしまったそうで……これをあまりに断りすぎるのも不敬になりかねないそうだ。行き先がリンヴルムじゃなければ断れたかもしれないが……この街道の先にはリンヴルムしかないので言い訳も効かない。そして騎士団と一緒に行動した方が安全なのも事実で、結果として断るのが難しかったとのことだった。結構強く勧められたらしい。それは間違いなく感謝の気持ちからなのだろうが、
「目を着けられたかもしれないわねぇ……」
アキラさんが、そう口にする。
俺が見せたあの回復力は、本来なら回復系の最上位術で見せるような回復力だったそうだ。本来なら俺くらいの(外見)年齢の子が使えるような力ではない。そしてあのレベルの回復術を"普通に"使える人間なら間違いなく国から目を付けられる。そりゃそうである。
なのでアキラさんはあのお姫様や騎士達には、「彼女は回復術の適性が高く、また魔力も豊富なため、本来の術の限界を超えた効果が発揮されてしまった」と説明したらしい。
これは一応稀にではあるが起こる事らしい。適性高、魔力高、で技術低の若手がやらかす魔術の暴走のようなもので、高い効果を出す事はあるものの、魔術消費の効率が非常に悪く、また体にも負担が大きく掛かる事象なのだそうだ。本来のそういった事を考慮した術の範疇から外れるから当然といえば当然で、人によっては魔術自体がまともに使えなくなるような事もあるとの事。
今回の俺が倒れたのは原因は別だが結果としては同じようになっているので、それで通したわけである。それにあの効果が「限界を超えた無茶の結果」だと知れば、向こうとしてもそれを今後求める事もしづらくなるだろう。成程、といった感じである。
問題は、お姫様みたいな相手にうその説明をしてしまった事だけど……まぁあって間もない相手に配信の事とか俺の能力の事とか話すわけにはいかないしな……少なくとも向こうに害が生じる嘘ではないので許して欲しいところ。
そんな事を考えていたら、思いっきり眉を顰めていたらしい。微笑みながらテイルさんやアキラさんに今は難しい事を考えずにゆっくり休みなと顔や頭を軽く撫でられて、俺は言葉に甘えて目をゆっくりと閉じた。
焚火のパチパチという音、そして穏やかな話声に包まれて、食事を終えた俺の疲労した体はゆっくりと意識に霞が掛かっていく。
……まあ、命の掛かった話でもなし。なんとかなるだろ……