「記録装置、設置したよー」
「テイルさん、ありがとう」
最終目的地である池は、沢を下流へ向けて下っていく事で割とすぐにたどり着いた。
俺たちが下って来た沢を含め、いくつかの水の流れが合流している池はそれなりの規模だ。対岸までは200mくらいあるだろうか?
これだけの大きさがあると記録装置の設置場所に悩みそうなところだが、幸いな事にというか池の周囲の大部分はその淵の部分まで深い緑に包まれており、小型の動物ならともかく一定規模の大きさの生物が水を飲むにはあまり適した場所ではない。ただその一角だけは木々が生えておらず浜のようになっていたので、そこの近くに装置を設置することにしたわけである。
「んー、でもこっちでも何かしら見れるかなと思ったけど……外れだったか」
この池にやってきて以降、小動物は見かけた物のそれ以外の動物の類は見かけていない。さっきの沢ではあっさり見れたのは単純に運が良かったってことかな。
「この周囲にはあまり大きな動物の気配はない。しばらくは現れないんじゃないか」
「そうポンポン現れるようだったらここにやってくるまでにエンカウントしているハズだしね」
グウェンさんの言葉に、木から降りてきたテイルさんが同意する。
まぁ確かに。レンオアム大森林は広大だし、そんな中でポンポン大型の動物と遭遇するような状況だったらさすがにヤバいか。結果として余裕をもって設置する場所も吟味できたし、まぁ丁度良かったかな。
「残念だけど、今日の撮れ高はさっき映した子達だけで終わりかぁ」
まぁ自然相手だから仕方ないね。後はこの設置した記録装置にたくさん映ってくれる事を祈ろう。
『今日の一番は汗でびしょびしょのカズサちゃんでは?』
『カズサちゃん汗滅茶苦茶かいたし、ここで水浴びしていけば? 撮れ高になるよ!』
『天才か? アキラさんとテイルちゃんも是非ご一緒にどうぞ』
『グウェンさんもその鍛えられた肉体美を晒してくれていいぞ!』
「こんないつヤバイ獣が出るかもしれない場所で水浴びなんてできるか馬鹿者共」
確かに引いてきたとはいえ全身汗だくだったし、水浴びをしたいのは確か。だがこんな落ち着かないところで水浴びする程俺は脳内お花畑ではない。そもそも水の中にだって……あ。
「アキラさん」
「? 何かしら」
「ここって魚の魔物とかいるのかな?」
俺自体はまったく見たことないけど、魚類の魔物もいるって話だ。そういった奴がいるなら……いやさすがに映すのは難しいか。
「いえ、ここそもそも水深はそこまで深くないし……魚類系の魔物はいないはずだけど」
「そうなんだ」
ちらっと魚影も見えたけど。確かにそれほど大きい感じじゃなかったし普通の魚がいる感じなのかな。なんの魚がいるんだろ?
俺は割と無意識に、ちらっと魚影が見えた方に向けて足を勧めた。すると、後ろの方でアキラさんが焦った声を上げた。
「あ、ちょっとカズサちゃん! あまり不用意に近寄ったら」
「え?」
言われて、俺は足を止めた。何かいるのかと軽快して水面を舐めるように眺める……が、とくに何も……いや、なんかボールみたいなのが沈んでいる?
そう思った瞬間だった。突然水が隆起し、こちらにとびかかって来た。俺は咄嗟にそれを避けようと後方に飛ぼうとしたが……間に合わず、その胸元から肩、腕辺りにべちゃっとした何かがへばり付く。同時に、服の中で金属で保護されていない部分の繊維がボロボロになりだし、肌をちりちりと差すような痛みが襲った。
この痛みには──覚えがある。
「カズサちゃん、動かないで!」
慌てて開いている左手の方でへばりついた何かをひっぺがそうとしたが、その前にテイルさんの言葉が耳に届き、動きを止める。するとナイフを持ったテイルさんがすぐに俺の側にやってきて、へばり付いた何かの中に浮かんだピンポン玉くらいのサイズの何かにナイフを突き刺した。
ただそれだけで、べったりとへばり付いた何かは力を失い……ドロドロのローションのようになって剥がれ落ちてゆく。
「カズサちゃん、じっとしてて」
アキラさんからもそう言われ従うと、アキラさんが魔術で水を生み出し残ったローションのようなものを洗い流してくれた。それから、ちょっとした程度の痛みではあったものの、<<ヒーリング>>で傷を治してくれる。それからぺちっとおでこにデコピンされた。
「あいた」
「カズサちゃん。確かに魚の魔物はいないとはいったけど、水辺とか隠れられそうな場所に不用意に近寄っちゃ駄目よ」
「はい……ごめんなさい」
確かに……魚の魔物がいないと聞いた時点で地球の池と同じ感覚で近寄ってしまっていた。それでなくともこの辺りの生態は変わっているって聞いているのに不注意が過ぎた。
『カズサちゃん、だから探索中に注意力散漫になるのは駄目だとあれほど……』
『そっちの世界じゃ不注意は命取りになりかねないんだからね! 本当に気を付けて!』
だよなぁ……多分スライム(倒した後水には戻らなかったから魔法生物ではなく自然由来のものだろうか)だからまだ良かったものの、テッポウウオみたいな魚が増えていたらマジヤバかったからな。
ああ、また服がボロボロだ……修理に出さないと。
『ぬれぬれカズサちゃん』
『前回のスライムの時と比べて、ダメージは小さかった感じかな? 露出している場所少ないし』
『カズサちゃんスライムが天敵過ぎない? これはエロ同人体質では』
誰がエロ同人体質じゃい。
それはおいといて、リンヴルムへの旅路、戦闘自体は殆どしていなかったし、こないだいったクアンドロ地下遺跡の戦闘はもう完全に戦法が確立してて危険な目に合う事殆どなかったからな。いかんいかん、平和な期間が長く続いた上に頼れ過ぎる仲間が常に側にいてくれるせいでまた注意力が散漫になってきている。
危険慣れしていない俺はそういった警戒を無意識にやるのなんて無理なんだから、本当に行動には気を付けないと。とりあえずこういった場所ではアキラさん達から離れず、安全そうに見えても不用意には近寄らない。駄目、絶対。
「とりあえず水気取るねー」
ポーチの中から手ぬぐいを取り出したテイルさんが、水に濡れた俺の二の腕の部分や胸元を拭いてくれる。まぁ元々汗で濡れていたので、むしろべったりした感が減ってマシになったような……
「ん?」
そんな事を思いつつ拭かれるに身を任せていると、視線の先──池の対岸に何かの姿が見えた。
「あれは……」
「ん? どしたのカズサちゃん」
やや腰を落として水気を吸ってくれていたテイルさんがこちらを見上げて聞いてくる。
「えっと」
一度下に視線を落としてテイルさんを見、それから再び先ほどの位置に視線を向けると……そこにはすでに何の姿もなかった。
「何かあったの、カズサちゃん?」
改めてアキラさんに聞かれ、俺は先ほど目にしたものを口にする事にした。
「池の対岸に、人影が見えた気がして……」
そう、あれは人だったと思う。2足歩行をしていたし、遠目でも見た限り服を着ている様に見えた。
「……この辺りの探索に出ているのって、俺達だけだですよね?」
「そのはずよ?」
「不法侵入者か?」
グウェンさんが池の対岸の方に視線を向けながら、そう口にする。
レンオアム大森林は現在立ち入り制限が掛かっている。ここにいるとしたら調査に来ている騎士団か探索者だけのはずだが、調査区域は担当分けされており、本来なら俺達以外にここに人がいるわけがないのだ。
「どうするべきかな」
「……まぁギルドには報告はするとして、それだけでいいんじゃないか。不法侵入者の取り締まりは俺達の仕事じゃない」
「グウェンのいう通りね。ここで下手に動く方が怒られそうだし」
「それに俺が見たのも一瞬だったから、本当に人だったかどうかもはっきりしない……それで良さそう」
結局それから俺達がそこにいる間に人影が再び姿を現す事もなく、俺達は帰路に着いた。ギルドに報告したら念のため次の探索時はあの辺りの担当を騎士団に割り当てるとの事だったので、後は本職の方々に任せておこう。