突然の揺れにつんのめりかけた俺は、手に持っていた鍋の水を思いっきりぶちまけた。
幸いな事に自分の方ではなく、ぶちまけた先にも人がいなかったので誰かがずぶ濡れになる事はなかったが
『ああ、こぼれちゃった……』
『なんともったいない事を』
『今俺はこの場の大地となりたい』
『ちょっと! そこで自分で被ってずぶ濡れになるのがカズサちゃんの役目でしょ!?』
そんな役目を背負ってねえよ!
揺れは長く続くものではなく、ガツンと強いのが一度来ただけの感じだった。震源近い所の直下型の地震? とか思ったけど、すぐにそうでないことに気づく。他のメンバーがこぞってとある方向に厳しい視線を向けていたからだ。
そちらの方を見ても俺は何があるのかは分からなかったが、三人が同じ方向に視線を向けている以上そちらに何かがあるのだろう。俺は手に持った鍋をインベントリに放り込むと、外していた胸当てを着けなおす。
慌てていたせいで少し手間取ったがそれでもなんとか身に着け終わると、三人は地面に降ろしていた荷物を抱え直していた。そして武器であるハンマーも担いだグウェンさんがこちらに振り返って告げた。
「あちらで何かが起きたのは間違いない。行ってみよう」
◇◆
「なんだアレは……」
途中でアイリーン様からの連絡が入り彼女の隊と合流した俺達は、振動の原因を確認するために慎重に森の奥深くへと進んでいた。最深部に近いこの場所はこれまで進んできた場所に比べるとそれぞれの植物がより巨大になってはいるが、密度はこれまでよりも薄くなっていたため案外その原因は早く見つける事ができた。
まだ距離があるにも関わらず、視界強化もしていないのにハッキリとそれがなんだかわかるくらいには、それは巨大だったのだ。そして……
レンオアム大森林の魔物など見慣れているハズの百戦錬磨の騎士の一人がそうこぼしてしまうくらいに、その存在は異質だった。
その場所には、たくさんの動く存在があった。その中には明らかに俺よりでかい奴も数多くいる。だがそいつらすら小さく見えるほど巨大な奴が二体。
一体はまるで博物館にある恐竜の骨格標本のような奴。そしてもう一体は所々体が腐れ落ちているように見えるが……それは物語に出てくるドラゴンに酷似していた。
「ドラゴンゾンビ……」
……アイリーン様が漏らした言葉を聞く限り、ドラゴンで間違いないらしい。
先程の揺れは、あのデカブツが何かしたのだろうか?
「この近くでドラゴンがいる場所ってあるんですか?」
「隣接しているハイネス連峰にはドラゴンの生息地域があるから、この近くにドラゴンの死骸があったとしてもおかしくないわね」
「リンヴルムの方まで来ることはないけど、レンオアム大森林の深部に捕食に来ているドラゴンの姿は何度も確認されているからね」
俺の問いにアキラさんが答えてくれて、そこにアイリーン様が捕捉を入れてくる。ってことはアレは本当にドラゴンで間違いないのか。……こんな状況下じゃなければ配信映えする存在だったんだけどな……今はそれどころじゃないし、そもそもゾンビじゃあ絵面が悪すぎる。
「ドラゴンのゾンビとスケルトンが目立つが、それよりあの数が不味いだろう。まさかアレが全部アンデッドなのか?」
「本来一緒にいる事がありえない種の動物があの場にいます。アンデッド化している可能性は高いです」
グウェンさんの言葉に答えた騎士の顔は青ざめていた。そうなる気持ちはわかる。見える範囲だけでも100を軽く超えるアンデッドがあの場にいると思える量だ。
あの場所に、アンデッドの大量発生が起きている理由と関わりのある何かが存在するのは間違いないだろう。
「これは自然発生の可能性は低いわね」
「本来アンデッドは大規模に死体が産まれるようなは事でもない限り、あのように群れを成す事はありません。それ以前にあの密度は異常です……何かしらの意図が絡んでいるとしか思えません」
アイリーン様と巫女さんが言葉を交わしている。アンデッドに慣れている巫女さんですら、この状況は異常なのだろう。険しい表情を浮かべたまま彼女は言葉を続ける。
「この場にいる人間だけで対処できる数ではありません。……一度撤退をする事を進言します」
「できれば原因を特定したかったけど、あの中にあるとしたら無理ね。わかったわ、一度撤退を──」
「そう焦って帰る事もなかろう。ゆっくりしていくといい」
アイリーン様の言葉を遮るように突然、背後から聞きなれない声がした。同時、俺の前にいたテイルさんが振り返ると俺を抱えて大きく跳んだ。
同様にアキラさんやグウェンさん、他の騎士達も大きく跳び退るのが視界に入る。
「がっ……!」
だが全員が即座に反応できたわけではなかったらしい。動きが遅れた一人の騎士が呻き声をあげた。その腹部には白い槍のようなものが突き刺さっている。いや、それだけではない。先ほどまで俺達が経っていた場所にも同じようなものが地面から生えるようにして突き立っていた。テイルさんがいなければあの槍が俺の体を貫いていた可能性があったことに気づき、ぞっとする。
「オーキス!」
「大っ……丈夫です!」
腹部を貫かれた騎士が手にもった剣を槍に叩きつけると、白い槍は音を立てて折れた。同様に回避してきた別の騎士が背面側から伸びる槍を叩き負った後、白い槍を引き抜き地面に放ってから騎士の腹部に手を翳す。恐らく<<ヒーリング>>しているのだろう。
そこで、俺は気づいた。これ、もしかして骨か?
白い槍は形状自体は骨そのものといった感じではないが、その材質は動物の骨に酷似しているように見えた。そこまで直接骨を見たことが何度もあるわけではないから自信はないけど……
「おや、一人除いて躱したか。なかなか優秀な素体のようだ。その体私にくれないか?」
再び先ほどと同じ声。それに合わせて地面が隆起してそこからスケルトンが数体出現する……が、それはすぐに崩れ落ちた。俺は何もしていないので巫女さんが恐らく<<サンクチュアリ>>を使ったのだろう。
だがそれにも関わらず、今度はその倍のスケルトンが出現する。
「繰り返しても無駄です! 何度でも祓ってみせます!」
「いや相手にするなシグレ殿! あちらの大群もこちらに気づいた、逃げるのを優先するぞ!」
再び術を行使しようとする巫女さんの腕をアイリーンさんが使える。その言葉に振り返れば確かに向こうの群れがこちらに向かって動き始めているのが見えた。アレに飲み込まれたらさすがに厳しいのは間違いない。
幸いな事に、出現したスケルトンは少し離れた場所に現れていた。恐らくはこのスケルトンたちは足止めに過ぎなく、後ろの群れが本命だろう。即座に襲ってくる様子がないのは僥倖だった。俺達はアキラさんの元へ、アイリーン様達は<<ポイントテレポート>>を使える術者の元へ駆け寄る。
「……む? 何かをするつもりか? 逃がさぬぞ」
先程より声が近い。その声の方に視線を向ければ、くすんだ黄色のボロボロのローブを身に纏った骸骨が、その眼窩の中に蓄えた赤い光でこちらを見ていた。声の主はこいつか……? 普通に会話できている感じだったし人間の姿を予想してたけど、コイツもアンデッド……どういうことだ?
奴の言葉に応じて、再び地面から骨が伸びてきたが今度は反応した騎士達やグウェンさん達が砕いて防ぐ。
今のもアイツがやったんだよな? でもアイツがアンデッドなら……いや、俺の持っている術だと距離が届かない。巫女さんの方は届かせることができないか? そう思って視線を向けたが、彼女は何故か青ざめた顔で硬直していた。
どうしてだ? さっきまでは普通だったのに……
そうこうしているうちに一番離れた場所にいたグウェンさんがアキラさんの手を掴み、アイリーン様側の方も撤退の準備を確認したアキラさんが声を張り上げ、
「飛ぶわよ!」
次の瞬間、目の前に浮かぶ景色は消失した。