「全身に力が入ってる。そんなんだと本番が始まる前に疲れちゃうわよ」
言葉と共に、背後から肩に手が置かれ、そのまま揉みしだかれる。突然の感覚に思わず「んっ……」って声が漏れたら即座にコメント欄に「エッツツ」とか「急にエロい声だすのやめてもろて」とかコメントが流れていた。反応早い上に過剰反応すぎるだろ。
声の主は見ずともわかる、アキラさんだった。緊張でガチガチになっているのに気づいて声をかけてくれたようだ。その気遣いと肩に与えられる感触に、俺は大きく息を吐いて体から力を抜いた。
今いる場所はリンヴルムの城壁の外。城壁とレンオアム大森林の間に広がる平原地帯だった。
ここで今から俺達は。リンヴルムの防衛戦に突入する。──そう、防衛戦だ。
俺達がカシュナート様たちと話し合ってから3日目。<<ポイントテレポート>>使いもフル活用し、フリージアからの援軍は予定通り到着した。それ以外にも近隣から有力な騎士や傭兵が集まっている。
本来はこれらの戦力を持って、森の中へ攻め入る予定だったのだが……事前に斥候部隊からアンデッドの大群がリンヴルムへ向かっているという報告が入った。そのため予定を変更し、防衛戦へと切り替えたのだ。相手方に獣型のアンデッドが多い事、更に森の中だと獣たちからアンデッドの補充が容易な事から、奴らがこちらに出張ってくるならわざわざ不利な環境に飛び込む必要がないからだ。
そうして今このそれほど広いわけでもない平原には、およそ300程度の騎士や傭兵たちが控えている。
当然と言えば当然だが、これはリンヴルムにおける全戦力ではない。今回の戦いはフリージアから援軍としてやってきた巫女の他対霊術式を持つ術士は総動員されているが、その総員を使って<<コンセクレーション>><<ポセッションガード>>で支援できる限界がこの人数だった。ヒロイックサーガを俺が使えばもっと戦力は増やせるけど……俺の能力はできるだけ大物にぶつけるべきだということに話し合いでなった。だから時間制限もあるし、今の時点では変身もしていない。
それから一応大森林の南方側(俺達がやってきた方だ)にも多少ではあるが戦力を割いている。敵の本体は場所を概ね確認できているが、わざとやっているのか制御がきいていないのか集団からはずれて動いている個体がいるのは確認していて、そういった連中の抑えも必要になるからだ。そちらにも一部の対霊術者と腕利きを回している。それ以外の騎士や傭兵に関してはリンヴルムの城壁の中だ。最終防衛ライン……というよるは、考えたくはないけどいざという時に撤退するための手助けをする事が彼らの仕事となるだろう。防衛戦に出ている腕利きたちが一掃されるような事になったらいくら数がいるとはいえ城壁内の戦力でなんとかなるとは思えないからな。
ようするに、俺達が最前線であり最終防衛ラインというわけだ。
「……合図があがったな。カズサ、術を頼む」
「あ、うん」
グウェンさんの言う通り、森の方の木々の上で光が瞬いたのが見えた。斥候が監視していたラインを敵の軍団の戦闘が通過した事を示す合図だ。この合図があがったら前衛の戦士たちに術を掛ける指示が出ていたので、俺は<<コンセクレーション>><<ポセッションガード>>を掛けていく。グウェンさん、アキラさん、テイルさん、それ以外にもこちらの近くに配属されている騎士達10人前後にも同様に。さすがに人数が多いから消耗するが、俺はヒロイックサーガを使うまでは前線には出ないよう言われているし、ヒロイックサーガ使用後は消費するMPコストの中に能力を使うのに必要となるコストも含まれているのか、本来俺が持つ魔力とは別の力が使われている感覚がある。だからあまり節約を考えて使う必要はないので問題なかった。
「それじゃ行ってくるわね、カズサちゃん」
「うん。アキラさんもグウェンさんも気を付けて」
「テイル、カズサを頼むぞ」
「うん、任せて」
俺自身は前線にはでないけど、今回の戦いで実力者を後方で待機させる程の数の余裕はない。特に強力な術士であるアキラさんや打撃系で高い破壊力を持つグウェンさんは前線に出る事を求められていた。二人はそれぞ俺とテイルさんに声を掛けた後、騎士達と一緒に予定された防衛ラインの所へと向かっていく。
「カズサちゃん、また力入ってるよ。リラックス……は無理かもしれないけど、もうちょっと力抜こ?」
俺と一緒にこの場に残ったテイルさんがそう声を掛けてくると共に、背中に柔らかくてあったかいものが包み込むように張り付いてくる。いや胸当ては着けてるから硬い部分もあるんだけど。テイルさんが後ろから手を回してぎゅっと抱きしめてくれたらしい。
二人を見送ることで、また緊張が蘇ってきて力が入ってしまったらしい。まぁ自分で言うのもなんだけど、正直仕方ないと思う。いくらこちらの世界に着て何度か戦いを経験したとはいえ、こんな大規模な戦いは経験したことないし……日本にいる時も当然ない。
多分、いざ戦闘が入ってしまえば逆にこういった緊張はなくなる気がしているけど。余計な事を考えている暇なんてないだろうし。
「ん……ありがと、テイルさん」
後ろからお腹の辺りに回されたテイルさんの手に振れる。今はグローブを着けているけど、露出している部分から感じる暖かさが、俺の心に安堵を感じさせる。
その心の動きに気づかれたのだろうか。テイルさんは一度体を離してから横に立つと、改めて手を握って来た。
「戦いが始まるまではこうやって手を繋いでよっか」
「……うん」
ちょっとだけ悩んで、でもその申し出をありがたく受け入れることにする。手を繋いでいるだけでも安心感がある。なんか小さい子供みたいでちょっと恥ずかしいけど、羞恥心より実益だ。
うん、準備はちゃんとした。作戦もちゃんと立てた。全体の指揮をするのは当然俺の役目じゃないし、ここまで来たら難しい事を考える必要はないよな。後は皆を信じて、自分の持つ能力を信じて、自分が出来る中で最大限の事をするだけだ。
と、正面の方から喧騒の音が聞こえた。
「……始まったかな」
まだ手を握ったまま、テイルさんが呟く。
まだ、先の方に見える最前線のラインに大きな動きはない。がその隙間から見える更に向こう側に、動くなにかの姿が見えた。それは人のような姿のものもいれば、獣の姿のようなものが見える。
アンデッド軍団の先鋒が、森の中から姿を現したのだ。