『カズサちゃん大丈夫?』
『怖くない? 平気?』
「……大丈夫だよ、安心して」
戦場の状況を映すためにカメラを俺の後方に配置しているから、様子がわからなくて不安を感じたのだろうか。リスナーの皆がこぞって心配そうな声を掛けて来たので、俺はカメラの方を振り向いて笑顔と共に返事を返しておく。カメラに映った自分の顔は、多少の緊張はまだ残っているものの、顔色も表情も全く問題はなく見える。
アンデッドとの戦いはレンオアム大森林で何度も経験したし、いざ戦いが始まれば心も据わってくれたようだ。
──すでに前線では森から現れたアンデッド達との戦いは始まっている。現状は、完全にこちら側が優勢だ。さすがに騎士と探索者の中から精鋭を集めただけはある。普通のアンデッド程度なら、対霊術の支援を受けている中で戦線が崩れるようなことはないようだ。
尤も、あくまで相手側も先発部隊で本隊じゃない。レンオアム大森林の奥深くで見た大型のアンデッドも、不死の王も姿を見せていないから。本番はそれらが姿を現してからだろう。
……大型のアンデッドはこちらへ向かっている事をすでに確認されている。もう少ししたら姿を現すはずだ。怖いのはゼノギアで、あの日以来その存在を確認できていない。アンデッドの群れがこっちに向かっている以上奴が近辺にいるのは間違いないだろうけど、場所を抑えていないのは不気味がすぎる。
とはいえ現時点では俺としてはどうしようもない。サエさんの姿に変身した後ならある程度の範囲を探知できる術もあるから、変身後になら探ってもいいかもしれないが……とりあえず奴と戦う分のMPを残す事だけは頭に入れて戦わないとな。皆のおかげで変身は1時間程持つ。それくらいの余裕はあるはずだ。
前線では特に味方が倒れるような光景は見当たらない。怪我人くらいは出ているかもしれないが、倒された味方はまずいないと考えて良さそうだ。怪我人に関しても今回は回復役もちゃんと準備されているから俺が気にする必要はない。倒れっていているのはアンデッド側だけだ。……あ、なんか爆発起きた。アキラさんかな、アレ。
「カズサちゃん。ひとまず戦線は大丈夫そうだし、そろそろ移動しない?」
「あ、うん。そうだね」
横で俺と同じように戦況を見守っていたテイルさんから声を掛けられて、俺は頷く。敵の本隊が着たら変身して戦う予定だけど、その場合こんな所で変身は出来ない。正体がバレバレになるからな。今回俺は自分の能力をカシュナート様たちにばらしたけど、こんな特殊な能力を世間一般にまで公開するつもりはないのだ、ちゃんと姿を隠せる場所で行う必要がある。一応今の状態のままでの対霊術での支援も可能なようにこの場にのこっていたけど、今の様子を見る限り、敵の本隊が現れるまでは前線に出ている対霊術者だけで問題ないだろう。
俺達は戦場に背を向け、後退する。目指すのは後方に設置された大きな天幕だ。こういったのは遠征してきた軍が戦争開始前に陣取った場所に立てるようなイメージがあるけど、今回はすぐ後方にリンヴルムの街があるので意味がない。なのになんでそんなものを立てているかと言えば、完全に俺の為だ。
とはいえ、表向きの理由は別にある。今回の一戦に関してフリージアの方から本来表に出す事はまずない秘密兵器と言える術者が来ており、そのものをギリギリまで人目につかせないために設置したとされている。その人物はポイントテレポートであのテントの中にやってきており、現時点では全く人目についていない。
──嘘である。秘密兵器は勿論俺の事だ。
俺の能力に関しては前述の通りおおっぴらにすることはないが、さすがにあの場所にいた人間だけでは動きづらすぎるという事でカシュナート様やアイリーン様達が信頼できる人間を選別して情報を伝えている。後今回の一件で偽装に協力しているフリージアの巫女さん達にもだ。ちなみにすでに話を知っているシグレさんだけでなく、新たにやってきた巫女さん達も俺に対しては好意的で、情報秘匿の誓約書──カシュナート様が作ってくれたものなので、破った場合は俺だけではなく国に関わる問題となるにも関わらず彼女達は喜々として署名をしてくれた。多分シグレさんからサエさんの話を詳細に聞いたんだと思う。
「失礼します」
外で立っている護衛の人たちに一礼し、天幕の中に入る。
中にいる人影は少ない。アイリーン様や巫女さん達は前線に出ているため、この場にいるのはカシュナート様とシグレさん、それに護衛であろう騎士が二人、あとは魔術士らしき人が一人だった。この人は<<ポイントテレポート>>使いのはずなので、カシュナート様の緊急避難用かな? 俺の偽装の為かも。
「カズサ嬢、丁度いい所に」
誰かと話をしていたのか通信機を耳に当てていたカシュナート様は、入って来た俺達に気づき声を掛けてくる。
「偵察部隊から連絡が入った。ドラゴンゾンビを含むアンデッドの大部隊は第三ラインを超えた。数は間違いなく数百はいるそうだ……ドラゴンゾンビがここから視界に映る辺りまで来たら、出撃をお願いしたい」
「……承知しました」
数百。近年では類をみない、それこそ過去のゼノギアの時以来のアンデッドの大群だろう。驕る訳ではないけど、もしこの場に俺がいなかったら処理しきれる数ではなかったと思う。そうなればリンヴルムの街は……やはり理由を持って俺は呼び出されたんだろう、ということを実感する。リンヴルムにやってきたのは偶然のめぐりあわせではあるけれど。
第三ラインというのは戦線のラインではなく、偵察のラインだ。第三ラインは一番森も外周に近いライン。……そのまま進めばもうまもなく巨躯のドラゴンゾンビ等はここから見えることになるだろう。ここは予定通りなので即承諾する。だが、
「ゼノギアの姿は、確認できましたか?」
気になるのはやはり不死の王の所在だ。その本隊の中に奴がいるかいないかで、戦い方は変えなければいけない。本体の先頭に立ってくれていれば、奴を速攻で潰すという戦法も充分に考えられるんだけど……
「……明確に確認できたわけではないが、群れの後方、ドラゴンゾンビの内の一体の近くに黄色いくすんだローブの人型アンデットの姿があったらしい」
……そこまで温くはないか。遭遇した時の感じ、自信家ぽかったような気もしたからワンチャンあるかとも思ったけど……素直に削るしかないかな。さすがに群れの大群の中でアイツと戦うのは、いくら変身後の姿でも危険が過ぎる。
「ゾンビやスケルトンの類は我々で対処します。カズサさんはファントムや大型アンデッドの対処を優先してお願いいたします」
シグレさんがそう告げて頭を下げてくる。ファントムは死体などに憑依せず霊体のまま襲ってくるアンデッドだ。実態を持たないせいで物理攻撃は通りにくいし、存在としても憑依などをするゴーストに比べると上位なので滅ぼすのに力がいる。確かに俺が処理するのがいいだろう。デカブツは言わずもがなだ。
「ゼノギアを捕捉した場合、俺はそちらに向けて侵攻します。その場合は援護をお願いします」
「承知致しました」
ゼノギアが奴等の頭なのは間違いない。本来そこまで統率が取れることがないアンデッドが群れを成して襲ってくるのは間違いなく奴の存在があるせいで、奴を倒せば統率を失うと俺達が予測していた。それになにより、あの時奴は奇襲とはいえあっさりと騎士の一人に大きな傷を与えた。精鋭とはいえ対霊術者でもない人間が簡単に相手できる相手ではない。奴が出現した時は俺が相対するのがマストの選択肢だった。
一つ深呼吸をする。次に指示が来た時が出撃の時だろう。
ぎゅっと手が握られた。テイルさんの暖かい手だ。うん、テイルさんは側にいる。アキラさんもグウェンさんも近くで戦っている。アイリーン様と精鋭たちだっている。
足は震えていない。思考はクリアになっている。大丈夫だ……勝つ。