前線にゼノギアの姿は見えない。前回俺達を直接襲ってきたくらいだから前に出てくるかと思ったけど、今回は後方に控えているようだ。途中の見張り担当からの報告では姿は確認しているから、後方の集団の中に潜んでいるのだろうか。そんなキャラでもなかった気もするが……
出来ればその後方集団に突っ込んでいきたいところだろうが、ゼノギアを倒すのに手間取ってしまった場合大型のアンデッド達が手つかずで放置される。他の巫女は通常のアンデッド達だけで手いっぱいのハズ。先ほどの"雪椿"の効果で戦士たちは戦えるだろうが、大型だといくら支援があってもそこまで楽な相手ではないだろう。大型もサイズに差はあれど2桁を超える数が出現している。全滅させないまでもある程度数を減らさないと戦線が崩れかねない。
通常のアンデッドは護衛についてくれた騎士達やテイルさんに任せ、俺は大型のアンデッドの中、一番突出した位置にいたマンモスのようなアンデッドに近寄ると力を放つ。
「"竜舌蘭"」
──以前も言った通り名前と術の効果はあまり繋がりがないが、先ほどの"雪"椿のようにある程度言葉と繋がりのある術も存在する。高位の浄化術式であるこの"竜舌蘭"はその一つだ。
目に見えるわけではないが、俺の手元から放たれた力は獲物の胴体の下あたりで動きを止めると、そこから周囲に広がっていく。その広がり方がまるで竜舌蘭の葉のようだからそれで名付けた名前ではないかななんて勝手に思う。いや何のつながりもないかもしれないけど。
広がる力はそのままアンデッドマンモスの全身を包み込み──そしてマンモスは力を失い、その場に倒れ伏す。憑依した霊が動かしていただけだから、ピクリともしない。霊体を消せばあれはただの物言わぬ死体にすぎないからだ。
その死体に近場にいた戦士たちが襲い掛かり、足を抉り落としていく。死体そのままじゃ再利用されかねないからね、当初の予定通りの動きだ。さすがに熟練の戦士たちだ、動きがいい。俺は後始末を彼らに任せ、他の大型アンデッドへと標的を変えていく。
……他の術を使っている分にはあまり消耗を感じないこの体だけど(さすがに雪椿はそれなりに力を使った感じはあったが)、この"竜舌蘭"は多くの力を使いその術も複雑なためか消耗が結構大きい。2、3発程度でどうのという話ではないけど、ゼノギアとの戦いを考えると無駄撃ちできるほどでもない。鶏とトカゲを合わせたようなコカトリス擬きの化け物、巨大なワニのような化け物、と的確に"竜舌蘭"で対象を捉えて大型アンデッドを屠っていく。
「完全に乱戦になっちゃったね」
4体目の大型アンデッドを倒した辺りで、すぐ側で俺に向かってきたスケルトンの肩と首の骨を砕き、更に蹴りで大腿骨の骨を砕いたテイルさんがそう声を掛けてくる。
彼女の言う通りの状況だった。
敵の本隊が完全に戦場になだれ込んだのだろう。明らかにアンデッドの数が先ほどより大幅に増加している。
さすがに熟練の者達だから各個撃破などにはならず、それぞれある程度の集団で動けてはいるが。戦線を乱しかねない大型とファントムを優先的に処理で来ているのが大きいだろう。
「……ドラゴンゾンビを倒します」
「お願いします。突出している3体は対処できているようなので問題ありません」
そう宣言した俺に声を返したのは、俺の護衛に回った騎士がそう返してくる。彼の言うとおり大分前の方に出てきている大型アンデッドがいるが、大型の中ではサイズが小さめな事もあり騎士と魔術士の混成部隊で充分防げている。その中の一段にはアキラさんとグウェンさんもいた。心の中にそちらに向かいたい気持ちも芽生えるが、苦戦しているふうでもないのでその必要もないだろう。
4体倒したことで大型アンデッドの数は2桁を割った。俺の視線の先、大型アンデッドの数は全部で5体。敵の主力であろうドラゴンゾンビ3体が大分そちら側へ密集している。──あの位置にゼノギアもいる可能性が高い。ここが勝負どころだ。
──ここまでにかかった時間は変身してから10分前後。まだまだ時間には余裕がある。
「"竜舌蘭"」
ドラゴンゾンビの元への道を塞ぐ大型を"竜舌蘭"で浄化し、その倒れる横を駆け抜ける。
ドラゴンゾンビはすべてのアンデッドの中で尤もサイズが大きい。そして死体とはいえ腐敗も殆ど進んでおらず、本来のドラゴンが持つ皮膚の硬さと魔術耐性のせいで手が付けられない状況だった。幸い動きだけはそれほど素早くないので、爆発系や拘束系、土系の魔術を使いなんとか足止めをしている状態だ。
そしてそれだけの存在を操っているだけあって、憑依している霊にも強い力を感じる。恐らく"竜舌蘭"ですらコイツを簡単に浄化する事はできない。
だったら、より強力な術を叩き込むだけだ。
サエさんの体がもつ記憶には、より強力な術がある。ただ……
「テイルさん、カバネさん」
俺は常に俺のすぐ横に陣取り俺を護ってくれているテイルさんと、護衛の騎士のリーダーに声を掛ける。
それぞれが相手取っていたアンデッドを処理し、こちらに視線を向けてきたのを確認して俺は言葉を続ける。
「これからドラゴンゾンビ相手に大技を使います。その間ほぼ動けなくなりますのでフォローをお願いします」
「りょーかい。どれくらい?」
「多分、十数秒」
「うん、任せて」
「承知しました」
俺の言葉に二人は頷きを返し、テイルさんは俺の前へ、カバネさんは他の騎士に指示をして周囲を取り囲むように陣を組む。それを確認してから俺は術の行使に入る。
自身の体内に宿る力を練り上げ、一つの強力なエネルギーへと組み上げていく。
本来ならこういった対霊術式に限らず、術の行使には必要なプロセス。俺の取得した魔術は普段このプロセスを無視して術の行使が可能だけど、この過去の英雄の姿を借りた状態でおこなう術は本来のプロセスを行う必要があるらしい。……力を練り上げるってこんな感じなんだなと場違いな事を考えつつ、彼女の流派が持つ術式の中でも奥義の一つを構築していく。
強い力が生み出されようとしていることに気付いたのか、術の準備を始めた直後からアンデッドの多くがこちらを標的に動き出す。だけど周囲を守るテイルさんや騎士達がそれを片っ端から打ち砕いてくれていた。激化した攻撃に何人かの騎士達が傷つくのが見えるが、持ちこたえてくれている。
そしてついにはドラゴンゾンビのうち2体までがこちらへと標的を変える。それぞれ魔術士の放つ魔術で足止めを喰らっていたドラゴンゾンビが自身へのダメージを無視してでもこちらへの突進を開始する。
だが、もう遅い。
術の準備をして16秒。力を組み上げた俺は、術を解き放つ。
「"彼岸桜"」
放った力はこちらへ向かうドラゴンゾンビ2体の丁度中間の辺り──その頭上で弾けた。そしてその弾けた力は雨のように下へ向けて降り注ぎ、ドラゴンゾンビ2体とその周辺にいたアンデッド達に降り注ぐ。
その雨の中聞こえた甲高い音は、アンデッド達の断末魔か。
霊体を打ち砕く力の奔流が終わったその後には、その場にいた全てのアンデッドは倒れ伏し、動くものは一体として存在しない。
その光景に、護衛の騎士だけではない。周囲で戦っていた騎士や探索者からも歓声があがり、それが轟音となって戦場へ響き渡った。