その歓声に背を押されるように、俺は敵陣深くへ足を進める。
残るドラゴンゾンビは後1体。そいつは余り戦線には喰い込まず、全体を俯瞰するような森を出たばかりの後方に位置していた。ただ自分と同等の存在が倒されたためか、そいつはゆっくりと加速しつつ戦場へと突っ込んでくる。その方角は……完全に俺の方へ向かうものだ。その進行方向上で戦っていた戦士たちが慌てて避けるのが見える。……というか数は多くないけど味方のゾンビとか吹っ飛ばしていない、アイツ?
こっちに向かってくるなら準備に入らないと不味いな。同じようにこちらに向かってこようとしたマンモス型の大型アンデッドを"竜舌蘭"で滅しつつ、先ほどと同じように周囲に合図して"彼岸桜"の準備に入る。
出来ればあのまま突っ込んでゼノギアの位置を抑えたかったが、さすがにコイツは放置できないから仕方ない。
……というか、何故アイツは前に出てこない?
レンオアム大森林の奥で遭遇した奴は、直接攻撃をしかけてきた。死体がないとうまく攻撃できない可能性もあるが、今この場にはそこら中にアンデッドの死体が転がっている。出来るだけ腕や足を潰したりしてあるから新しく霊を憑依してもほぼ役には立たないだろうが、骨を操っての攻撃などはできるだろう。
準備をしっかり行い、実力者ばかり集めた戦線はいまだ崩れることはなく、サエさんの力を借りた俺が出撃したことで戦況は完全にこちらに傾いている。切り札のハズの大型アンデッドもすでに当初の半数を切った。まだいくらか大型アンデッドはいるが、ドラゴンゾンビ以外はなんとか他の隊で抑えきれている。このドラゴンゾンビを滅ぼせばほぼあちら側の戦線崩壊といっていいレベルじゃないか? それでまだ何も手を打ってこないのは違和感がある。
可能性としては奴を過去に滅ぼした存在であるサエさんの姿を目にしたことで、逃げ出したのかもしれない。その場合問題の根本解決にならないからちと面倒な事になるけど……。
とにかく今はドラゴンゾンビを片付けるのが先か。
奴は動き出しの鈍重さが仇となり、こちらの術が完成するまでに俺の所までたどり着くのは不可能だろう。浄霊したところで慣性でアイツは動くだろうが、その分を加味しても距離はある。周囲から襲い掛かってくるゾンビやスケルトンたちはテイルさん達に任せ、俺は"彼岸桜"の術式を組み上げていく。
……よし、終わりだ。
「"彼岸桜"」
先程と同じように術を発動する。発動した力は奴の頭上から降り注ぎ、ドラゴンゾンビはその動きを止め──なかった。
「は?」
放った術が不発だったわけではない。先ほどまで感じていたドラゴンゾンビに憑依していたであろう霊の気配は見えている。なのに、何故止まらない?
──本当のトウドウ サエさんなら、ここで次の行動に出ただろう。だが、俺は彼女の力を借りているだけの、平和な日本で暮らしていた一般人だ。あまりにも想定と異なる結果がでたことで、一度思考が停止してしまった。
不味いとおもった時にはもう遅い。すぐ目の前までドラゴンゾンビの巨体が迫ってきていて──
「カズサちゃん!」
次の瞬間、俺の体は浮遊感に包まれた。強い衝撃を受ける事なく、優しく包み込まれるような感触と一緒に。
同時に視界に見慣れた顔が入ってきた。体の下には手を回される感覚で、何が起きたのか理解する。テイルさんが身体強化の術を使って俺を抱えて飛んでくれたみたいだ。やがて浮遊感は落下の感覚に変わり、ちょっとした揺れと共に地面に着地すると、テイルさんは俺を地面に降ろしてくれる。
『テイルちゃんかっけー!』
『お姫様抱っこ! 尊い!』
『揺れたな……すごく……』
こんだけデカいんだ、サラシで固めているとはいえ揺れるのは当たり前だろ!
いやそんな事はどうでもいい。俺は安堵の息を一つ吐いてから、テイルさんにお礼を告げる。
「テイルさんありがとう、助かった」
「ん!」
短い言葉と共に、テイルさんは構えを取る。そうだ、今はのんびりしている場合はない。
先程まで自分達がいた場所の方に視線を向ければ、そこには動きを止めたドラゴンゾンビが居た。いや、動きを止めているわけではないな。体を旋回させている……となると、やはりターゲットは俺か。とりあえず俺の護衛についてた騎士は先ほどの突進には巻き込まれなかったようで、それには安堵する。
でも……どうしよう? 単純に憑依している霊を消しきれなかったのであれば、また術を叩き込めばいいだけなんだけど……今のこいつに憑依している霊の気配は感じない。だとしたら、なんで今動いているんだ。
どうすればいいかわからないけど、とりあえず奴が俺をターゲットにしているのは助かるかもしれない。戦場に突っ込まれる方がこまるからな。
「テイルさん、ちょっと跳ぶ」
「うん!」
「《テレポート》!」
差し出した手にテイルさんが握るのを確認し、小規模のテレポートを実行する。ドラゴンゾンビの体の側面からややうしろの位置へ姿を現すと、ドラゴンゾンビは再び旋回を始める。
とりあえずこれで時間は稼げるけど……マジどうしよう? 戦況的にはコイツをフリーにしなければ敗北はなさそうだけど、さすがにこの手がいつまでも使えると思えない。俺をターゲットとするのをやめて街の方に向かわれると不味い。さすがに今ここにいる術士たちが攻撃を集中させれば倒すことは可能だろうけど、今そんな事をしたら他の戦線が崩壊する。俺がとにかく他のアンデッドどもを浄化して行って、その分コイツに集中放火してもらうか? いや、そもそも。
ゼノギアを滅ぼせばコイツも止まるんじゃないか? 憑依している霊の気配を感じない以上、コイツは別の力によって動いている。思いつくとしたらゼノギアが何かしら別の力でコイツを直接操っているくらいだ。だとしたらアイツを直接滅ぼせば──
顔を左右に振り、視線を戦場に走らせる。奴があの目立つ黄色のローブを今も纏っているかわからないが…⋯…いや、いた!
最後のドラゴンゾンビが向かってきた方向、奴がなぎ倒した樹々の並ぶ森の入り口辺りに黄色のローブが見えた。ドラゴンゾンビが突っ込んできたせいで、そのラインは空いている。だったら……!
「テイルさん、ゼノギアだ!」
その俺の叫ぶような声に、テイルさんは即座に意図を察して俺の手を掴んでくる。
「《テレポート》!」
再度、瞬間転移。転移先は奴とやや離れた場所、術の効果範囲のギリギリのライン。転移が終わり、改めて奴の姿を確認して即座に転移前からくみ上げていた術を放つ。
「"竜舌蘭"!」
本当は"彼岸桜"を叩き込みたい所だが、術を練っている間に攻撃を喰らうだろう。ゼノギア相手に"竜舌蘭"一発でどうなるとは思っていないが、効かないわけでもないハズだ。攻撃を連続して叩き込めば──
そうして発動した術は確実にゼノギアを捉え、ガシャリという音と共にローブが崩れ落ちた。
……は?
先程に続いて目の前の光景が理解できず、思考が一瞬止まり、それから困惑が浮かんでくる。
え、倒した、ゼノギアを? 竜舌蘭の一撃で? 嘘だろう?
これだけの軍勢を生み出した不死の王をこんなにあっさりと?
目の前で起きたことが信じられず、まだ周囲に他のアンデッドが存在するにも関わらず呆けてしまう。そんな俺の耳に、次の瞬間、
「カズサちゃん!」
アキラさんの俺を呼ぶ声と、小型通信機からの呼び出し音が同時に届いた。